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三百二十七話

 木々の合間を駆る。

 背の低い木に飛び移り、そのまま外壁を飛び越え布施屋へと着地。

 一瞬背後に目を向け、レイスも同じルートを辿り着いて来ていること確認し、すぐさま先程の人影を捜索する。

 剣を地面に突き立て、私は彼を模倣する。カイくんのよく使う、魔力の波で周囲を探るあの技を。

 私にあんな芸当を完全に模倣する事は出来ないけれど、魔力の流れの淀みだけなら分かる。

 そう、相手が魔力を持っているのなら、確実に見つけられるんだ。


「……レイス、私が切り込む。援護をお願いするね」

「はい。お気をつけて」


 薪小屋の影に、確かに存在する魔力を持った存在。

 剣を抜き放ち、そのまま一足に影へと飛び込み、その相手に向かい腕を振るう。

 けれども――当てるつもりがなかったとはいえ、私の剣はその相手に弾かれてしまう。

 それはつまり交戦の意思ありという事。すぐさま距離をとり警戒の度合いを一段階引き上げる。


「……追手ですか」

「ふむ、つまり逃亡している最中なのかい? 何者だ、君は」


 所々擦り切れた布を纏い身体を隠しているその相手は、珍しい剣を手にしていた。

 カタナだ。あれは神隷期ですら滅多にお目にかかれない、そしてシュンが良く使っていた武器と同じ種類の剣。


「生憎、お話する事はありません。追手でないのでしたら……命は取りません、このまま私の事を見逃すことをおすすめします」

「残念だけれど、私はこの場所でお世話になっていてね。不審者をそのままっていう訳にもいかな――」


 その刹那、彼女の姿が掻き消える。

 一瞬のはためき、布の端が視界に映ったと思った次の瞬間、私の髪が数本宙を舞う。

 けれども同時にうめき声が上がり、片腕を押さえた彼女が背後でうずくまっていた。


「レイス、助かったよ。いや驚いたね……私の不意を突ける人間がいるなんて」

「リュエ……この相手は危険です。あの布の部分、魔眼の力を弾いてしまうみたいです」


 背後を取られた事への驚愕。そして不意の初撃すら弾いた反応速度への警戒。

 なによりも、レイスの魔眼が通じない装備……おかしい、ならさっきの魔力反応は――


「レイス! もう一人隠れているはずだよ!」

「っ! 分かりました!」

「っ! 待って!」


 つまりあの魔力反応は目の前の剣士のものではないという事だ。

 すかさず薪小屋の影に向かうレイス。そして目の前の剣士もまた、レイスを阻止しようと動き出す。

 させるものかと、今度は地面から氷のトゲを無数に生やす。

 けれども、相手はそれを一太刀の元切り伏せてしまった。


「行かせないよ――『ウェイブモーション』」

「っ! 古式剣術……!」


 久々に放った剣術。その飛ぶ斬撃が侵入者へと向かうも、それをまたしても斬り伏せられる。

 ほぼ見えない、そしてあの速度まで切り伏せるなんて。


「何の為に忍び込んだのかは分からないけれど、大人しく捕まっておくれ。命までは取りはしないから」

「……っ!」


 技を掻き消した隙を突き、彼女の喉元に剣を突きつける。

するとようやく諦めたのか、剣を手にしたまま立ちすくむ相手。

 ……小さいね。私も人のことを言えないけれど、声の感じからするに若い女の人。

 ここまで戦える人間が、こんな場所で一体何をしようというのだろう。


「ひっ! やめでけれはむ! はむなんもわりーごどしてねぇはむ!」


 その瞬間、薪小屋の裏から小さな子供の嘆きが聞こえてきた。

 聞き覚えのあるその声に、急ぎ私も向かおうとする。


「待って! ……お願いします、あの子だけでも見逃してあげてください……」

「……まずは話を聞いてからだよ」


 レイスに連れられて影から現れたのは――港町で別れたきりになっていた小さな女の子。

 私の為にいろいろ気を使ってくれた、心優しくて、ちょっぴりおかしな話し方をする……はむちゃんだった。


「へ……羽のお姉ちゃんと白い姉ちゃんはむ……」


 影から現れたはむちゃんは、以前とは違い、ぼろぼろになってしまったワンピースと、ボサボサになってしまった麦わら帽子を被っていたんだ。

 それは、ひどい目にあったのだと想像に容易い有様で、それに気がついたレイスもまた、彼女を強く強く抱きしめる。


「……まさか、知り合いなのですか?」

「君は、この子にどんな風に接していたのか。その答え次第だと、私は君を生かしておく自信を失ってしまう事になる」


 再び剣を向ける。けれども相手はそれを受けても自分の剣を取ろうとしない。

 ……一先ず、ここで話すのはやめようか。どうやら人目につきたくないようだし、満足に話も出来そうにないし。

 私達は、彼女を自分達の客人だと偽り、部屋へと案内する事にした。




「では、まず彼女の話から聞きます。途中、一言でも口を挟むのなら、私も容赦はしません」

「分かりました。その子の話を聞いてあげて下さい」


 自室に無事連行……もとい連れてきてすぐに、この剣士の武器を預かり座らせる。

 そしてはむちゃんを守るように抱いたレイスとこの剣士の間に立ち、まずははむちゃんの話を聞くことにした。


「お久しぶりです。貴女はどうしてこの人と一緒にいたんですか?」

「はむは、知らないおっちゃんのお世話になっていたはむ。でも“ちーちゃん”が、おっちゃんは悪い人だからって、それで急にはむに目隠ししたはむ……後はわがらねはむ。目隠しはずしたら、いつのまにか山の中さ居だはむ」

「ちーちゃん? この人の事ですか?」

「んだはむ。ちーちゃんは良い人はむ。だから許してあげて欲しいはむ」


 いまいち要領を得ないけれど、少なくともはむちゃんにとってこの剣士は悪人ではない、と。

 ふむ、もしかして――

 一度はむちゃんから話を聞くのを止め、今度はこのちーちゃんと呼ばれた剣士の話を聞く。


「じゃあ、次はちーちゃんの話を聞かせてもらうよ」

「……まさか普通にそう呼ばれるとは思いませんでした」

「あ……うん、じゃあちーさんで」

「リュ、リュエ? そういう問題ではないと思います」


 むぅ……とにかく話してもらうよ!


「私は……理由あって行き倒れになっていたところ、その子に助けられました」

「おお、偉いねぇはむちゃん。頭なでてあげよう!」

「へへへ……照れるはむなぁ」

「リュエ、話の途中です」


 しまったついうっかり。

 なんて優しい子なんだはむちゃん……!


「彼女は、ある男達と行動を共にしていました。ですがそれはお世辞にも良い環境とは言えませんでした。満足にご飯も貰えてないようでしたし」

「そんたごどねーはむよ? 一日一回、ちゃんとパンをまるまる一つ、はむの握り拳と同じくらい大きいのを食わせでけだはむ」

「……それは、本当ですか?」

「それに、彼女の首には首輪がはめられていました。普段は馬車の中に繋がれていましたが、その時はたまたま手伝いの為に外されていたみたいです」

「はむ、アクセサリー初めて貰ったのに、ちーちゃんが『こんなの付けていちゃダメ』って」


 はむちゃんはどうやら、自分がいかに酷い扱いを受けていたのか自覚がないようだった。

 けれども、この子の話を加味するに……まさか、この子はあの事件の?

 私ははむちゃんに聞こえないように、先日の件――馬車の乗員全てが殺害されていた、今朝気をつけるようにと言われていた事件の犯人なのではないかと尋ねてみた。

 すると案の定――


「私がやりました。連中、どうやら私とこの子をどこかに売るつもりだったようです。私としては、この場所に用事があったので利用させてもらっていたのですが」

「はむちゃんの目隠しっていうのはつまり、そういう事なんだね」

「……子供に見せるべき光景ではありませんから」

「けれど皆殺しはさすがに……他にやりようはなかったのかい?」

「話を聞く限り、あの連中は人さらいを繰り返してきた悪人です。ここでも子供を連れ去る算段をしていました。確かに無力化出来たら一番良いのでしょうが――」


 私はその瞬間、おかしな既視感を覚えた。

 ボロ布を纏っていた剣士。けれどもそれがずれ落ちると同時にようやく露わになったそのあどけなさの残る顔で彼女が口にしたのは――


「抑えきれませんでした。殺したくて殺したくて、平然と外道な行いをしようと笑うあの人間を、生かしておく気が――微塵も湧きませんでした」


 狂気すら覚えるほどの強い怒りを孕んだその瞳が。

 ゾクリと悪寒を覚える程の、感情の起伏を排除した声色が。

 絶対に許さない、死を以って贖わせるという強い意思が。

 凄く――凄くカイくんに似ていると、思ったんだ。


「……事情は分かった。都の人間も、既にあの商人達が怪しい人間だった可能性を示唆していたから……けど、君は捕まるつもりはないんだね?」

「はい。このまま私を突き出すつもりなのでしたら――盛大に抵抗させて頂きます」


 次の瞬間、私の手の中にあったはず彼女の刀が、本来の主の手の中に収まっていた。

 ……魔剣の類だったみたいだね。やっぱり油断できそうにない相手だ。

 けれどもまぁ……私は別に、この都に忠誠を誓ったわけでもなんでもないしね。

 どちらかと言うと、カイくんを襲撃したりアリシアちゃんを困らせたりして、嫌な人達だなって思っていたくらいだ。

 だから――


「見逃す……というか、そもそもどうしてここに忍び込もうとしたんだい?」

「……さすがに、この子を連れていく訳にもいきませんからね。ついでに食料でも拝借しようかと思い……」


 見れば確かに、はむちゃんもこの子も随分とやつれていた。

 特に目の前の彼女は酷い有様だった。

 髪もボサボサだし、目にも隈があるし、頬もだいぶ痩けてしまっていて……それがなんだか、大昔の自分のように見えてしまって、なんだか胸が痛くなる。


「レイス、はむちゃんは私達で保護しようか。この人は――」

「私達の客人ですし、お風呂を使わせてもらいましょう。食料も少しでしたらお分け出来ますし」

「うん、そうしよう。はむちゃんの恩人なんだし、私に言わせたら上場借用……?」

「情状酌量の余地あり、ですね。年頃の女性がそんな人間と共にいて、さぞや大変でしたでしょう。ゆっくりは出来ないでしょうが、それでも少しは疲れをとれるはずです」


 どうやらレイスとしても、この人の境遇には思うところがあったみたい。

 そっか、色々な理由があって、行くところを無くした人達を、レイスはこれまで何人も育ててきたんだもんね。

 そういった意味だと、この人は運が良い……のかな。


「……情けをかけて頂き、有難うございます」

「うん? ちーちゃん許してもらったはむか? いがったはむー」

「ふふ、勿論さ。はむちゃんを助けてくれた良い人だからね」




 レイスが二人を入浴場へ連れていき、私は布施屋の人間が何か尋ねに来るかもしれないからと、念の為部屋に残る事にした。


「ちーちゃん……ヒューマンだよね。つまり外見通りの年齢……あそこまで戦えるのは、ちょっと異常だよ……」


 一瞬の攻防。けれども確かに私の背後を取り、レイスの攻撃も凌いで見せた。

 洗練された動きではないけれど、その反応速度や思い切りの良さは天性のものだと感じた。

 才能……恵まれた才能だ。けれども、いとも容易く命を奪える人間にさらにあの才能を与えられたとなると……なんだかもう、その未来が、行末が決められてしまったかのようで。

 まだ年若い女の子が、そんな道に進もうとしているかのようで。


「……もう、そういう時代は終わったと思っていたんだけど……な」


 柄にもなくナーバスになっていると、部屋の外に誰かが近づく気配がした。

 そしてかけられる声は――


「リュエ様。カイ様よりお届けものでございます」

「あ、はーい」


 少しだけ落ち込んだ思考を放り投げて、気持ちを変えるように明るい声を出す。

一体なんだろう?

 するとまたしてもあのお姉さんが、そわそわとした様子で、黒塗りの四角い箱を持ってきた。

 ウルシっていうやつだね? 何段にも重なっているけれど、これはなんだろう?


「あ、オイナリサン! そっか、すっかり忘れていたよ。お姉さん、今日は私達の晩ごはんこれにするから、そっちで用意はしなくて良いからね」

「は、はい……まさかカイ様が料理人だったとは……とても素晴らしい腕前でございましたね」

「ふふ、そうだろうそうだろう」

「はぁ……なんと羨ましい」


 箱を受け取っても、なんだか名残惜しげに視線を向けるお姉さん。

 ……ふふ、仕方ないなぁ。

 私は一番上の蓋を外し、それをお姉さんに差し出す。


「オイナリサン、お一つどうぞ」

「い、いいのですか!? じ、じつはアカツキ様の様子を見てから、一度で良いので食べてみたいと熱望していたのです! で、では遠慮なく……」


 ……どうしてだろう。確かにオイナリサンはすっごく美味しいんだけど、フォクシーテイルの人が食べるともっと美味しく感じるのかな?

 なんだかもう腰砕けになっちゃっているんだけど……。

 はっ! まさかこれがご禁制の一品なのかな!?


「い……生きててよかった……ここで働いていてよかった……!」


 少し大げさ過ぎる言葉を呟きながら去っていくのを見送る。

 ささ、じゃあ私も――皆が戻って来てから食べようかな、我慢我慢。


 それから一人でオイナリサンの誘惑に耐えていると、お風呂から皆が戻ってきた。

 ただ、レイスが少しだけ不満そうな顔をしており、何かあったのかと尋ねてみると――


「はむちゃん、絶対に帽子を取らないんです。頭も洗ってあげようとしたのですが……」

「その子はいつも帽子を外そうとしませんでした。ただ、どういう訳かこの子、身につけている物は汚れても、身体そのものは汚れないみたいで……」

「そうはむ。はむは綺麗好きだから汚くなんてならないはむー」


 そう言いながら彼女は、両手でグッと帽子を深く被り直す。

 ……可愛いんだけれど、少し気になるね。

 それにだいぶボロボロになってしまっているし……。


「確かにはむちゃん、髪の毛サラサラだね。あっちこっち跳ねているけど」


 と、その時。目の前にある彼女の小さなお腹から『くぅ』と可愛い音がした。

 そうだ、ちーさんもはむちゃんもお腹が空いているんだったね。

 私は早速、さっき届いたこの素敵なお弁当箱を披露する。


「カイくんが届けてくれたんだ。みんなで食べようよ」

「あ! 黒いにーちゃんのご飯はむ? 黒にーちゃんどごさ行ったはむ?」

「カイさんは、今お仕事で出かけているんですよ」


 あ、よかったねカイくん。ちゃんと覚えてもらえているみたいだよ。

 私は早速その段々重ねになっている箱を、一段、また一段と開けていく。

 一番上のオイナリサンに、レイスが食べたいと言っていたお魚料理、そして一番下はなんだろう、煮物かな? キレイな色をした美味しそうな物が次々に現れる。


「……お重。お節みたい」

「知っているのかい?」

「はい」


 剣士の子、ちーさんがどこか淋しげに呟く。

 ……この子も行き倒れになっていたという話だったけれど、一体何があったんだろうね。

 私にはどうもこの子が、ただの訳ありの人間には思えなかった。

 なんだか少し似ているんだ。まるで、自分の居場所を突然奪われたような、知らない場所に迷い込んだような……そう、初めてこの世界に降り立った時の私に。


「ささ、じゃあ食べようかみんな」


 食卓を囲みながら、はむちゃんがこれまでどうしていたのかを詳しく聞く。

 どうやら彼女は、私達が貨物と一緒に船を降りた後、普通に乗務員と一緒に降り立ったそうだ。

 確かにこんな小さな子が降りてきても、誰もわざわざ気に留めないかもしれないね。

 けれども、右も左も分からなかったこの子は、よりにもよって一番関わってはいけない人間の馬車に乗り込んでしまったらしい。

 その後の事は、先程はむちゃんとちーさんが語ってくれた通り。


「うめぇはむぅ……甘くってしょっぱくて美味しいはむぅ……」

「まだまだ沢山ありますからね? 落ち着いて食べて下さい。もう、安心ですからね」

「羽のお姉ちゃんは優しいはむなぁ……」


 感激しながら食べる彼女を見ていると、なんだか胸がホワンと温かくなる。

 その一方で、ちーさんはただ無言で料理を食べていた。

 けれども――その途中で私はある事に気がついた。

 黙々と食べ続ける彼女の瞳に、ゆっくりと涙が溜まっている事に。

 ……辛かったのかな。私と一緒で、ひもじくて、お腹が空いて、ひどい目にあって。

 それでもはむちゃんの為にこれまで頑張ってきていたのかな。


「ちーさん、もっともっと食べてくれて良いからね」

「はい、ありがとう御座います。凄く、凄く美味しいです」


 時折不思議そうな顔をしながら、目をつぶり何かを思い出しているようにしながら。

 何度も何度も、静かに目をこすりながら。


 料理が全てなくなった頃、いつのまにかはむちゃんが寝息を立てている事に気がつく。

 やっぱりかなり疲れていたのだろうなと、布団にそっと彼女を寝かせる。

 するとそのタイミングでちーさんが静かに立ち上がり、おもむろに虚空から首飾りを取り出してみせた。

 それはアイテムボックス。私達以外で使える人は、この旅に出てから里長、そしてカイくんが言うには解放者と呼ばれている子しか使えなかった稀少スキル。

 珍しい……今の時代でも使える子がまだ残っているなんて。それもこんなに若いのに。


「起きたらその子に渡してください。どうやら、本当に首輪をアクセサリーとして気に入っていたみたいなので、代わりにこれをつけてあげてください」

「これは……随分と精巧に出来ていますね、私も見たことがない程に……」

「……故郷で買った物です。良いんです、今の私には必要のない物ですから」


 それは、白銀の細い鎖の通されたネックレスだった。

 レイスの言う通り、恐ろしく細やかな彫刻のされたそれは、まるでレース模様を縮小したかのようで、中心にはピンク色の石がはめられていた。

正直、おいそれと人に渡せる品にはとても思えないような逸品だった。


「もう、行くのですか?」

「はい。きっと、起きていたら駄々をこねられると思うので」

「……ねぇ、何か目的があるのなら、教えておくれよ。私達に手伝える事なら手を貸すよ?」

「……いえ、大丈夫です。私はただ――『故郷に帰りたいだけ』ですから」


 その時、私は再び強烈な既視感を覚えた。どんな事をしてでも目的を果たすという強い意志の込められた瞳と、その発せられる覇気に。

 ……故郷に帰る、か。私も、初めのうちはそう思っていたっけ……。


「……そっか。じゃあ、食料分けてあげないとね。実は私もアイテムボックスを使えるんだ」

「な……とても珍しい物だと聞いていますが、まさか使える人がいたなんて」

「ふふん、こう見えても私は長生きなんだよ。稀少スキルの一つや二つ持っていてもおかしくないのさ」


 中身の時間が止まるアイテムボックスを持っているのなら、色々と融通が効くだろうと、私は蒸したジャガイモをたっぷり籠で二つ、そしてタルタルソースを大きな瓶で一つ。

 それと焼き立てをすぐにしまいこんだバゲットを籠いっぱい彼女に手渡した。

 さすがにその量に彼女が遠慮しはじめたけれど――はむちゃんを救ってくれたんだ。これでも返しきれない程だよ。


「私からは食料と、服を。見たところだいぶ傷んでしまっている様子ですし。少々サイズが合わないかもしれませんが、どうぞ使ってください」

「……何からなにまで、有難うございます。では、なにも返せませんが――せめてもの情報です。出来るだけ早いうちに、この都を出て下さい。近々……この場所で大きな事件が起きるかもしれません」


 その不穏な物言いを訝しむ。

 そして同時に、思い当たる節が多くあるせいか、彼女が何を知っているのか、つい剣呑の視線を向けてしまった。


「理由は言えません。ですが――この場所は、間違いなく荒れます。私は一足先に出立しますが、皆さんもどうか……」

「……私達もここに大切な用事があるんだ。けれど……覚えておくよ」


 私の言葉に満足したのか、彼女は部屋の出口ではなく、窓に足をかけて音もなく夜の闇へと消えていった。

 不思議な子だ。なんだか、急造された暗殺者のような、どこかちぐはぐな印象を受ける。


「行っちゃったね、ちーさん」

「少々怪しい方でしたが……少なくとも、悪人ではないように思えました。たた――私は、あんなに辛そうに食事を摂る人を……始めてみました」

「……うん。どこにでもいるものなんだね、辛い境遇にいる人っていうのは……」


 故郷に戻る。きっとそれは、ただ離れている場所に戻りたいという意味ではないのだろうね。

 きっと、しなければいけない事が、辛い事がこれからも待っているんだと思う。

 けれども、私は祈るよ。君が、本懐を果たして故郷に戻る事を。

 君を待っている人や家族と、再び会える事を――








 久しぶりに、人の親切を、好意を信じる事が出来た気がした。

 それはたぶん、見せかけの言葉や哀れみの言葉だけでなく、互いに殺意を持って剣を交えたからこそ……なのだろうか。

 そんな経験、今までした事はなかったけれど、だけど本気でこちらに挑んできた相手だからこそ、その言動の一つ一つに『本気』感じたのだ。

 それに――あの子の知り合いという話だ。きっと悪い人ではないのだと思う。


「強かったな、あの人。それに優しかった」


 再び山に入り、そのまま都の外へと出る。

 本当はここの封印の解除を考えていたけれど――どうやら私の出番はなさそうだから。

 逃亡の最中に見かけた『同胞』の姿。間違いなく、あの子はここの封印を破壊するつもりだ。

 なら、私は次の場所へと向かえば良い。その方が効率だって良いのだから。


「絶対に、大きな戦いになる……その前にここを去ってくれたら良いのだけど」


 あの二人の強さなら、たぶん戦乱をくぐり抜ける事も容易いと思う。

 けれども、危ない目に遭って欲しくない。

 思考がその結論に至った時だった。私は『自分が他人を思いやるなんてこの世界に来てから初めてなのでは』という事に気がついた。

 はむちゃんへの保護欲、恩返し、義務感とも違う、純粋な思い。

 無事でいて欲しいという願い。

 ……なんだ、まだ私の心は死んでいなかったんだ。

 人を、何人も殺したのに。

 自分の人生において絶対にするはずのない行為に手を染めたのに。

 あんなに冷徹に、人の人生を終わらせたのに。

 それでも、まだ私の心は生きているなんて。


「……ヒトデナシだ、私も」


 心があるからこそ、ヒトデナシ。

 人のまま人がしてはいけない事を出来る、ヒトデナシ。

 ああ――そういえばそんな家族が私にもいた。


「本当、あの都は私にとって毒だ……なんであんなに日本に似ているのよ」


 都から離れた山中で、私は持たせてもらったいなり寿司を一つ取り出す。

 食べたことがないくらい、上品で美味しい、けれどもありふれていた料理。

 だけど――なぜかその味は、凄く懐かしい気がして。

 帰りたい。私は帰りたいんだ。『もういない人』が戻ってくるかもしれない、そして一人になってしまった父の待つ、あの世界に――


(´・ω・`)はむちゃんおかえり

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