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三百二十六話

(´・ω・`)おまたせしますた

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」

「変な声出すなよ……気が散る。お前身体硬すぎだろ」

「そうかあ゛あ゛あ゛? あまり意識してなかったけど」


 競い合いが終わった翌日、一先ず俺達の処遇は決まった。

 俺は七日後にこの都を訪れる、セリュー領の人間を交えた宴の席で振る舞う料理を、シミズとその部下と共に手がけるという事になり、それまでの期間は『シミズの店に赴き、メニューの改良や知識の伝授などをするように』とのこと。

 その一方、俺以外の三人はと言うと――『なにもなし』つまり晴れて自由の身だ。

 そして本日、最初の出向、もといメニューの改良を終えて戻ってきたのだが……やはり老舗の厨房というのは精神的にも肉体的にもかなりのダメージを負うわけでして。


「しかし……ああー……お前整体なんて出来たのか……」

「長い間生きてりゃ知識も増えるさ。効率的な補助や回復を考えた結果、現代医療……って程専門的じゃあないが、ある程度科学的見地からアプローチする必要があったんだよ」


 現在、ダリアに身体のガタを癒やして頂いております。

 いやすごいね、整体と回復魔法の組み合わせって。

 ゴリゴリゴキゴキ音たてながら、身体の奥に温かい魔力が流れ込んでくるんですよ。

 ほぼ常時[生命力極限強化]を自身に使っている身ではあるのだが、疲労感や体力を回復させるのと、蓄積した老廃物やズレた骨格を正すのは別問題だって訳だ。

 むしろ、常に回復している所為で根本的な治療が出来ていなかったのではないだろうか。


「ちょいと骨の隙間に……指いれるぞ、痛かったら言え、やめはしないが」

「おおおおおおああああああああ! 痛気持ち良い!」

「やーっぱりこの世界にも魔法以外の医療関係の知識、浸透させた方が良いよなぁ」








『あ……あああ!』

『なーんでこんなになるまで放っておいたのかね』

『あ゛あ゛あ゛あ゛――』

『変な声――』

『お前――』

『――いれるぞ、痛かったら――』


 ――これは、どういうことでしょう。

 頭に血が昇る。視界が赤く染まっていくような錯覚がする。


「あれ、レイスどうしたんだい? 部屋の外で武器なんて出して」

「……リュエ。……いえ、なんでも――」

「もうすぐ夕方だし、そろそろカイくん戻ってこないかなぁ」


 すると彼女は私の目の前で部屋の戸を開けて――


「あ、帰ってきていたんだカイくん。何をしているんだい? まさか喧嘩かい?」

「リュ、リュエ! 今入っては――あ……れ……?」


 部屋の中ではカイさんがうつ伏せになり、そしてダリアさんがその上に立ち、背中を踏んづけているところでした。


「ダリアだめだよ暴力は。踏まれて可哀そうじゃないか」

「そうなんだよ。ダリアにいじめられていたんだよ。助けてーリュエー」

「やめい。いやコイツがあんまり腰とか肩が痛いって言うから解していたんだよ。まったく……回復魔法とか能力に頼ってばかりだからこうなるんだ」


 ……最近購入した本の影響なんです、私が勘違いしたのは。

 普段なら真っ先にマッサージだと分かりましたとも……。








「なるほど、つまり俺がダリアにアレな暴行を受けていたと勘違いした訳だ」

「やめてくれ……その攻撃は俺に効く……やめてくれ……シュンに続いてカイヴォンかよ」


 レイスお姉さん、俺がこのロリエルフに襲われて(性的な意味で)いると勘違いしていた模様。

 いや声を我慢するのが難しいくらい気持ちよかったんですよ。

 是非とも貴女も体験してみてください。


「そ、そんなに気持ち良いものなんでしょうか……あの、私も慢性的な肩こりが……」


 そりゃそんな大きく立派な物をお持ちですから……。

 一方リュエはというと、ダリアの一風変わった回復魔法……回復施術と言った方が良いだろうか。

 それについて詳しく尋ねているところだった。


「あー、確かに身体をグイーって伸ばすと気持ちいいもんね。それを回復魔法に取り入れるなんて……やっぱり凄いなぁダリアは」

「よせやい調子に乗ってしまうだろ。よっしゃ、じゃあちょっとうつ伏せになれリュエ助」


 あ、早速リュエがとろけだした。

 なんというか一昔前に流行った『たれ◯◯◯』のような、そんな感じに完全に顔がとろけている。

 ううむ、これで一財産稼げそうじゃないかね君。


「ところで、今日はどんな様子でしたか、お料理の方は」

「ん? ああ、概ね良好だよ。やっぱり競い合いの場での働きを向こうの人間も見ていてくれたからか、風当たりも悪くないし、皆ともうまくやれそうだよ」

「あーあーあー……ねぇカイくん、またあのオイナリサンっていうの作っておくれよ。私が今まで食べたライスを使った料理の中だと、ベストスリーに入る美味しさだったもん」


 たれリュエさんの弁に、ならば他の二つのメニューはなんなのかと聞いたところ、アギダルで食べた『天丼』と、昔彼女の家で作った『ドリア』がランクインしているそうな。

 残念、肉巻きおにぎりこと『らんらんロール』は四位なのだそうだ。


「あ、そうだダリア。マッサージしながらで良いから聞いてくれ」

「なんじゃらほい。あ、こら動くなリュエ助。次は背筋に沿っていくからな」

「あああああ……気持ちいよぉ……天国だねぇ……」


 だんだん声が艶っぽくなってきている我が家の白エルフさんに、少しだけ心拍数を上げつつ、今日シミズの店で教えられた事をダリアに伝える。


「なんでも、先代代表は何年か前に体調を崩したらしい。それで今は封印の拠点の側、聖地って呼ばれている場所で、神聖な氣を浴びて療養しているんだとさ」

「聖地……ああ、その場所なら分かる。この辺りで一番魔力が集中している場所で、例えるならあの隠れ里の『白霊樹』みたいな木が群生している山だな。ふむ……少し気になるな。明日ちょっと俺の方で聖地周辺の偵察にでも――」

「まぁ待て。それでその話の最中にアカツキさんが来たんだよ。だからその時『自分の知り合いに、元代表と面識のある人間がいる。もしかしたら何か力になれるかも』って伝えたんだが、そしたらお前に興味を持ったんだよ」


 いきなり代表が現れ、その時は軽いパニックに陥った従業員達だったのだが、どうやらこちらの働きぶりの確認兼、いなり寿司の試作品を食べにきたのだとか。

 後者が主目的なんですね、わかります。


「ふむ……じゃあ俺は明日、どこに向かえば良いんだ?」

「明日の夕方、俺の仕事が終わるタイミングで一緒に城に来て欲しいそうだ。迎えを寄越すってさ」

「あーずるい! 私もあのお城おおおおおおほおおおおおお! 入ってみたいいいいいいいああああ気持ちい!」

「リュエ、なんて声を出すんですか……あの、私達はどうすれば」


 リュエさんがもう人様に聞かせられない声を上げながら、人様に見せられない顔をしていました。

 ダリア恐るべし。ゴッドフィンガーダリアって名乗っていいぞ。


「一応、今回は俺とダリアだけって事になるんだけど、宴席には二人も出席して配膳の手伝いをしてもらう事になるから、一緒にその聖地で開かれる懇親会には出られるよ」

「なるほど……そういう事でしたらしっかりとお手伝いさせて頂きますね」

「はああああ……気持ちよかった。じゃあ、明日もまた私とレイスは自由行動っていう事でいいのかな? 実は行ってみたい甘味屋さんがあるんだ」

「ああ、構わないよ。明日はもしかたら帰りが遅くなるかもしれないから、夕飯も二人で食べておいてくれて良いからね」

「あ、だったらカイくんにちょっと我儘言ってもいいかな? オイナリサン、私とレイスの分お土産にもってこられないかなーって」


 こちらの料理を気に入り、こんな風強請られるのはやはり嬉しいもので。

 だから明日、迎えの人間に布施屋にいなり寿司を届けてもらうと約束したのだった。

 ちなみにレイスからは『カツオの漬け』をご注文頂きました。

 なんでも『マグロとはまた違った美味しさがあります!』とのこと。

 ……そういえば試作の段階で、俺がマグロを使いだしたと勘違いして凄く悲しそうな顔していましたね?








 朝。一人で暮らしていた頃に比べて、随分と早起きする事が出来るようになった私は、その静かな物音で目を見開いた。

 私の隣。カイくんが布団をたたみ、静かに部屋を出ようとしていた。

 なんでも、シミズさんのお店での料理の研究? は、早朝から行われるらしい。

 だから私は今日も、そっと部屋を抜け出そうとするカイくんに――


「カイくん、いってらっしゃい」

「あ、また起こしちゃったか。うん、いってきます、リュエ」


 声を掛けると、彼は凄く嬉しそうに笑ってくれた。

 ふふ、ダリアもレイスもまだ夢の中。カイくんの行ってきますを、私が独占だ。

 ちょっとした優越感に浸りながら、もう一度このまどろみに身体をあずける事にした。


 それからどれくらい時間が経ったのか、部屋に差し込む日差しが明るくなった頃、レイスの声で起こされる。


「おはようレイス……ん……ダリアはどこだい?」

「ダリアさんでしたらもう出てしまいましたよ。なんでも、昨日カイさんが言っていた聖地と呼ばれる場所の下見に行くとか」

「むむ、ちょっと私も興味があったんだけど……ま、どうせ今度行く事になるからいいかな」


 既に朝食が用意されているからと、身支度を整えて二人で食道? お堂って言うんだったかな?

 板張りの広間に通されて、私達のスペースに着く。

 周りを見渡せば、既に他のお客さんの食べた後の食器を、ここで働いている人が片付けているところだった。

 ここを利用しているお客さんの大半は行商人という話らしく、やっぱりみんな早起きして市場に行くのだろうな、なんて考える。


「今日の朝ごはんはなんだろうね? ここのご飯、なんだかアギダルのご飯に似ていて面白いよね」

「そうですね。知らないお料理も出てきますが、それもまた変わった味付けで、なんだか新鮮です」


 でも私は知っている。レイスはここ最近お肉を食べていないから、内心物足りないって思っている事を。

 うーん、ここでよく出る川魚も美味しいと思うんだけどなー。


 朝食を済ませ、早速出かけようとした時だった。

 私達の担当なのか、よく顔を合わせるフォクシーテイルのお姉さんに呼び止められた。


「リュエ様、レイス様。市中にお出かけになられるのでしたら、どうか暗くなる前にお戻り下さい」

「うん、晩ごはんまでには戻ってくるつもりだけれど」

「あの、なにかあったのですか?」


 どこかこちらを心配するような口ぶりのお姉さん。

 すると彼女は、先程都全体に通達されたという知らせを教えてくれた。


「先日、都にて人死が起きたのですが、その下手人がまだ見つかっておらず、暗くなったら出来るだけ人の少ない場所には立ち入らぬように、と」

「あ、それなら知っているよ。そっか、まだ犯人が見つかっていないんだ」

「……あの、その事件についての詳細はまだ知らされていないのでしょうか?」


 あの事件は、間違いなく腕の立つ剣士の仕業だと思う。

 そして、私の予想では、その場に小さい子供もいた。

 ……平時の、それも町中での殺人は罪になる。

 その事情や境遇、動機にもよりけりだけれど。

 ただ私には、どうにもあの殺された商人達がまっとうな人間とは思えなかったんだ。

 ……体付きが、明らかに荒事を生業とする人のソレだったからね。


「……ここだけの話ですが、その遺体の見つかった馬車、この布施屋を利用していなかったのです。ここでしか滞在権を得る事が出来ないというのに」

「……それってやましいことがあったって事なのかな?」

「そうなりますね。ここ最近、ご禁制の品を持ち込もうとする人間が後を耐えませんから、恐らくその筋の人間だったのでは、というのが我々共の見解です」


 お姉さんはどこか剣呑な空気を醸し出しながら、忌々しげにそう告げる。

 たぶん、ここで働いている人達も、都を守護する人達の一部なんじゃないかな。

 よくよく見れば、ここで働く人達の体捌きは皆、ただの一般人と呼ぶには洗練されすぎているように見える。


「分かりました。では暗くなる前には戻ってきますね」

「うん、そうするよ。じゃあ行ってくるね」

「はい。くれぐれもお気をつけください」




 都に着いてから既に一週間程経ったのだけど、やっぱり近々開かれる生誕祭の影響か、都全体がどこかそわそわしているように感じる。

 どこか浮かれた様子の住人に、飾り付けがほぼ終わりを迎えようとしている建物。

 お店の店先には、外から来た商人から買い付けたのか、様々な木工品や民芸品が並んでいる。

 アクセサリー類も珍しい物が並べられ、レイスも途中何度か興味をしめし、二人でどれが似合いそうかと語りながら、久しぶりの二人きりの時間を楽しく過ごす事が出来た。


「あちこち見ていたらすっかり時間が経ってしまいましたね。リュエの行きたいお店にそろそろ向かいましょうか」

「そうだね。確か、前に行ったシラタマアイスのお店があっただろう? そこを更に過ぎて山を登った先にあるんだ」

「え!? じゃあここからだいぶ離れているじゃないですか!」

「あはは……私もすっかり忘れていたよ。うん、じゃあ乗合馬車を見つけて急いで向かおうか」

「もう……この調子だと戻りは夕方になってしまいそうですね」


 遅くならないようにって注意されていたのに、いやぁうっかりうっかり。

 仕方ないよ、だってこんなに都全体が楽しそうなんだもん。

 それに……さっきから小さい子供達が私達の後ろをコソコソついてくるんだ。

 それがなんだか楽しくて、ついついあちこち見て回って子供達を連れ回すかのように誘導していたんだ。

 やっぱり、獣人以外の人間は今の時期は珍しいのかな? 可愛いなぁ……。


「さてと。じゃあお姉さん達は馬車に乗るから、付いて来るのはここまでだよ?」


 これから更に遠くまで行くのだし、これ以上ついてきたらそれこそ子供達の帰りまで遅くなってしまうからと、振り返りながら後ろにいた子供達に声をかける。


「わぁ見つかった!」

「隠れろ隠れろ!」

「ふふ、どうやらなにかの遊びだったみたいですね?」

「はぁ~~可愛いねぇ……」




 山にあるお茶畑へと続く出口で乗り合い馬車を降りると、やっぱり甘味目当てなのか、多くの人が山道へと向かっていた。

 お茶ってもっとこう、身近な物だから普通の畑みたいな場所で育てられているんだと思っていたんだけどね。なんだか意外だ。

 この干し草にも似た、夏場に草刈りをした時のような匂いを嗅ぐと、古い記憶を思い出す。

 あの森の中、まだ沢山のエルフが暮らしていた時代の事を。

 懐かしいな。良い思い出ばかりではないけれど……それでもこの匂いが好きだ。

 タタミとも違う、この爽やかな香り。この香りを纏って眠ったらさぞや心地良いだろうなぁ。


「さぁ、もう少しですよリュエ。日が徐々に傾いてきました」

「うん、もうひと頑張りだ。楽しみだなぁ……」

「ふふ、今日は暖かいですし、きっと美味しく感じると思いますよ」


 よいしょよいしょと、お茶の葉が入った籠を背負ったお婆ちゃんやお爺ちゃんを追い越しながら上り坂を進んでいくと、この間カイくんが妖術を浴びた場所までたどり着いた。

 いやぁあの時はびっくりしたよ。いきなりあんな量が飛んできて、それが全部カイくんに殺到したんだもん。

 見たところ殺傷能力も低そうだし、カイくんに傷一つつけられないだろうと思ったけど、驚くべきはその発生速度。

 私が発動を感知する間もなく、一瞬で全てカイくんの胸に向かったんだもん、

 追尾、誘導の術式をあんな一瞬で組み込めるなんて大したものだ。


 そんな事を思い出しながら、さらに坂道を登っていく。

 都の中心にそびえ立つ、一風変わったお城よりもさらに上。

 山の中腹に差し掛かろうという場所まで来てようやくお目当てのお店が見えてきた。

 けれども――


「うわぁ……凄い行列だ」

「見たところ……外から来た商人でしょうか? 人気店だけあり皆さん一度は食べたいと思っているのでしょうね……」

「うー……ここまで来て諦めるのも悔しいし、私は並ぶよっ!」

「もう……仕方ないですね、私も付き合います」


 列がゆっくりと進むに連れ、太陽もゆっくりと傾いていく。

 暗くなるのが先か、それともお店に入るのが先か、私はハラハラしながら、早く進め早く進めと、祈るようにじっと列の先を見つめていた。

 そんな私を見かねたのか、レイスが私に『暗くなっても、私達ならそもそも問題ないのでは』と声をかけてくれたのだけど……でも布施屋のお姉さんと約束したし、ね?


「次のお客様は――二名様ですね? ただいまご案内します」

「ふー! やっと私達の番だよレイス。楽しみだなぁ」

「ふふ、そうですね。ここのお店のおすすめはなんなんです?」

「ええとねぇ、聞いた話だと『マッチャのジェラート』っていうアイスだってさ」

「ジェラートですか、それは楽しみですね」


 どんなアイスなんだろう? シャクシャク系? それともねっとり系かな?

 どちらも好きだけど、私の最近のブームはやっぱりねっとりとなめらかなアイスなんだ。

 わくわくしながら席に着き、すぐさまマッチャのジェラートを二つ注文する。

 この待っている時間ですら楽しいね。列に並ぶ時間は苦痛だけれども。


「ふぅ……」

「どうしたんだい、レイス」

「とても美味しい物だというのは周囲の反応で分かるのですが……カイさんにも食べさせてあげたかったと思いまして」

「そうだねぇ……まぁ仕方ないよ。これでうまく行けば封印の調査も出来るんだし」

「分かってはいるのですけれど、ね。もう、最近ダリアさんばかり一緒にいるように思えて、もっと一緒にいたいなぁと思うわけです」


 あ、レイスが焼きもち焼いてる。

 たしかにダリアとカイくんは凄く仲が良いもんね。傍から見ているとオインクよりも気安いというか、距離感が近いというか。

 むむ、そう考えるとなんだか私も羨ましくなってきたぞ。


「そもですよ、これまでの二人のやり取りから察するにですよ? カイさんのいた世界でのあの二人は……こ、恋人だったのではないかと……思うんです」

「ええ!? どうしてだい? ただの友達にしか見えないけれど」

「だって、カイさんの手料理を何度も食べたことがあり、幼い頃から共に勉学を学び、そしてカイさん自身、彼女に会うという目的をずっと掲げていたのですから……」


 その言葉に私もまた息を飲む。

 確かに……手料理を頻繁に食べて、ずっと一緒にいるなんて……。

 ……ん?


「手料理をよく食べてずっと一緒にいるのなら、今の私達も同じじゃないかい? でも、私達は家族であって恋人ではない……ダリアもそういう感じの友達だってだけじゃないかなぁ……私だって、少しは男女のあれこれを理解出来るようになったと自負しているけれど、少なくともダリアとカイくんは……」

「……言われてみれば私達も食べていましたね。うーん、ダリアさんって、ちょっと不思議な方ですよね……」

「そうだねぇ……」


 謎多き女の子、ダリア。

 ずっとシュンと一緒にいたけれど、そっちとも別に恋人って風じゃないし。

 どこまでいっても仲間、友達って感じなんだよねー。

 ……実はオインクがカイくんに好意を抱いていたのは、なんとなく分かっていたんだけれど、ダリアからはそういうのを全然感じないんだよね。


「はぁ……気になります。一体二人はどんな関係だったのか……」

「よし、じゃあ今度私がカイくんにそれとなく聞いてみるよ。たぶん、レイスが思っているような関係じゃないと思うけれどね」


 そんな普段しないような話をしていると、目的の物、待ちに待ったマッチャのジェレ……ジュレ? なんだっけ。とにかくアイスが運ばれてきた。

 けれどもその見た目に、私は思わず言葉を濁してしまった。


「す……すごい色だね……こんなに色の濃い緑色……絵の具ですら見た事ないかも」

「そ、そうですね……ここまで深い緑は染め物でもあまり見ません」


 深い森の中でも見つけられないような緑色に、私の想像していた味や見た目が全て頭から吹き飛んでしまう。

 スプーンをおそるおそる近づけ、まるで真夏の山のように盛り付けられたアイスを掬う。


「た、食べるよ……あむ」

「はむ……」


 口の中に入れた瞬間の衝撃に目を見開き、目の前のレイスを凝視する。

 それは彼女も同じだったようで、驚きに見開かれた目がこちらと合う。

 お、美味しい! なんだこれ、なんだこれ! 苦いようなそうじゃないような……この豊かな風味はなんだい、凄い、良く分からないけど美味しい!


「美味しい! レイスこれ美味しいね!」

「本当に美味しいですね……先日頂いたリョクチャに少し似ていますが、濃厚さが比べ物になりません……」

「うわぁ……こんな色をしているからちょっと警戒していたけれど、こんなに美味しいなんて……トッピングのこれ、クッキーみたいなのも美味しいねぇ」

「本当に……サクサクしていて、それでいて凄く軽くて、口溶けも潔く……」


 トッピングにシラタマが二つ。これにもよく合うね、ぷにぷにしていて相変わらず美味しい。

 二人でお目当ての一品を堪能しながら、その幸せな時間を過ごしたのだった。






「うーん満足満足」

「食後に温かいリョクチャを頂けるのも嬉しい気遣いでしたね。甘く冷たいものの後に、あの優しく芳醇な湯気を口に含む……これは是非ともカイさんやダリアさんも連れて行かなければ」

「ふふ、本当そうだね。それにしても――」


 山道を下りながら、お互いに感想を言い合うけれど、その道はもうすっかり夕闇に消えつつあって。

 このままだと山を下る頃には真っ暗になってしまいそうだった。

 けれども、下り坂って急いで降りようとするとつい走る事になってしまうから、難しいんだよね。

 ふむ……他に道ってあるんじゃないのかな?


「布施屋の方にまっすぐ行ける道ってないのかな……」

「そうですねぇ……農家の皆さんは山の中の道を使っているようですが……」

「……そっちを使ってみようか? この時間だと乗り合い馬車ももうなさそうだし」

「……そうしましょうか? このまま来た道を歩いて帰るとなると、それこそ深夜になってしまうかもしれませんし……」


 幸い、まだ完全に日は落ちていないのだし、まだ農家の人達も山道を使っている最中だ。

 ちょっと道を尋ねながら、なんとか近道をしようと試みた。

 聞いた話によると、この山道は都にある居住区まで繋がっているらしく、途中の分岐路次第では都の入り口、つまり布施屋の近くまでそのままいけるそうだ。


 山に入ると一層暗さが増し、ほんの少しだけ心細くなってくる。

 道そのものも、土を慣らしてあるだけの簡易的なものということもあり、なんだか山奥で迷子になってしまったかのような気持ちなってくる。

 ふと、隣にしっかりレイスがいるか確認する。

 するとどうやら彼女も同じ気持ちだったのか、丁度目が合った。


「ちょ、ちょっと恐いですね……?」

「薄暗いもんね。真っ暗にならないうち帰らないと」

「そうですね……暗くなければ、良い散歩道にもなると思うのですが、今は急ぎませんと」


 そうして、ようやく都の外壁が木々の切れ間から見え始め、もうそろそろ入り口だというところに差し掛かった時の事。

 外壁の向こうに見慣れた建物が見え、それが布施屋の屋根だと気がついた瞬間、そこに面した外壁を、怪しい影が上ろうとしているとしている姿が目に飛び込んできた。


「……レイス、予定変更。直接壁を越えて布施屋に戻るよ」

「……はい。侵入者、ですね」


 どうやら、この都に来てからの私は、随分と冴えているみたいだ。


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