三百二十四話
(´・ω・`)KindleやDMMでも、電子書籍版の暇人六巻が配信が開始されましたん
文庫版ともども是非お手にとってみてくだし
布施屋で過ごす最初の夜。
既にこちらの人間に話がいっているのか、アリシア嬢の居場所を教えなかったこちらに、あの時のお狐お姉さんが少しだけ非難の色を宿した瞳を向けるも、どうやらそこまで険悪な様子には至っていないようだった。
というのも、彼女がこの布施屋に仕事で訪れる事がこれまでもあったのだが、その際に誰かを抱き込んで外に逃げ出すのは、今に始まった事ではないのだとか。
だが今回は時期が悪く、そしてあのヒモロギという男の計画も重なり大事になった、と。
なんにせよ全てのタイミングが悪かったのだ。
「とりあえず取っ掛かりは掴めたな。恐らくどこかで審査でもするのだろうが、当然それなりの人間の耳には入るはずだ。正直ヒヤヒヤものだったが、これでほぼ目的は達成出来たようなものだな」
「俺はアリシア嬢の立場を悪くしたくないって理由も含んで動いてるんだ。審査の結果がそれに関わるなら俺も相応に手を尽くすつもりだが、構わないか?」
「おう、構わん構わん」
畳の上に並んだ四枚の敷布団。
そこに転がりながら、今後の動きについて相談する。
なんだか修学旅行を思い出す部屋の様相に、現在置かれている状況にも拘らず少々心が浮ついてしまう。
それは、横で枕を積み重ねて遊んでいるリュエしかり、照れながらこちらの布団に身体を滑り込ませようとしているレイスしかり。
……なんだか、凄く楽しいな。
「恐らく明日には相手方から連絡が来ると思う。街の観光は俺抜きで行ってきてくれていいんだぞ?」
「ええー、カイくん行かないのかい?」
「一応、料理人枠は俺って事にしているからね。大丈夫、問題が片付けば一緒に行けるんだし、たまには俺抜きで女――女同士で楽しんできなよ」
ダリアの性別が微妙なラインだな、と一瞬思ったのは秘密である。
「カイさんがそう言うのでしたら……あの、私達がいない間になにかトラブルに巻き込まれたりなどは……」
「その時はみんなが帰って来るまでここでゴネて時間を稼ぐさ。無理やり連れて行かれる俺じゃないからね」
「ふふ、それもそうですね。……ええ、分かりました。情報を集める為にも、私達だけで都を見て回りますね」
「んー……まぁお前がそう言うなら。一応、俺も都でセリューとの関係についてそれとなく調べてみるわ」
レイスとダリアは納得してくれたのか、こちらを気遣う素振りを見せつつそう提案してくれる。
そしてリュエもまた――
「……仕方ないよね。うん、じゃあカイくん、お土産は何が良い? 買ってきてあげる。そういえば、私いつも買ってもらってばかりだったし、何かプレゼントしてあげるよ」
「ごめんな、リュエ。じゃあそうだな……何か変わった食材とか食べ物……後はリュエにおまかせしようかな?」
「ふふ、わかったよ。じゃあカイくんが喜ぶようなもの、見つけてくるね」
……凄く胸が温かくなる。なんだろう、の気持ちは。
嬉しいとは少し違う、このたまらない気持ち。
もしかしたら、親が娘から贈り物をされると、こんな気持ちになるのだろうか。
ええい、もそっと近う寄れい。
彼女に手を伸ばし、グイっとこちらに引き寄せる。
なでりこなでりこ。その心遣いにお兄さんは感激してしまいました。
「むむ……カイくん喜んでいるのかい? うりうり」
「ほらほら、いつまでもじゃれ合ってないでそろそろ寝るぞー」
「ふふ、少し羨ましいです。ほらほら、カイさんもリュエも横になってください」
やっぱり、柄にもなく浮かれているな、俺も。
じゃあ、おやすみなさい、みんな。
翌朝。
朝食を終えてすぐに三人は布施屋から都の観光、もとい調査へと向かっていった。
布施屋につけられていたヒモロギの部下と思われる人間に、それについて咎められたのだが、俺がここに残る事で許可を出してもらう。
まぁ最悪リュエが魔術で眠らせていたとは思うが。
そうして、連絡が来るのを布施屋の中庭でぼんやりしながら待っていると、初日にこちらの荷物検査を行ったフォクシーテイルのお姉さんがこちらへとやってきた。
「ええと……そういえばお名前、まだ伺っていませんでしたね?」
「あ、先日はどうも。カイ……です」
「カイさんですね。では、私についてきて下さい。ヒモロギ様より使者が参られております」
彼女に連れられ、建物の奥へと向かう。
初日にも感じた事なのだが、随分頑丈な木材で作られた建物だ。
板張りの廊下を歩いているのだが、相当板が厚いのか、それとも骨組みが頑丈に組まれているのか、足音の反響の仕方が重いのだ。
まるで、古いお寺や神社のようなその踏み心地と外観に、自然とこちらの背筋が伸びていく。
そうして建物の深部、大きな引き戸の前へとたどり着き、内部へと通された。
「お待たせしました。カイ殿をお連れしました」
ここ最近洋式文化に慣れ親しんでいたせいか、座敷の応接間というもの少々気後れしそうになる。
用意されていた座布団を一瞥し、座るように言われそこに正座する。
「さて、今回使者としての役目を授かりました、“シミズ”と申します。初めに聞いておかねばならないのですが、本当に料理をなされるのですか? もし、狂言や策であるのなら、すぐに都を去る事を条件に不問とする、とヒモロギ様より言伝を預かっております」
“シミズ”と名乗った使者の男は、心なしかヒモロギと比べて話の分かる人間のように見えた。
尤も、そう見えるからこそ使者に選ばれたと考えるのが正道だとは思うのだが。
開口一番告げられたものは、やはりというか、余計な手間を省きたいという意思の込められた提案。
こちらも正道、道理だ。が、答えは既に決まっている。
「いえ、こちらの腕を確かめたいという言葉から逃げる真似はしません」
「……そうですか。見たところ料理人の手には見えませんが……」
そしてこちらの答えを受け、男は形容のし難い表情を浮かべる。
それは忌避や嫌悪ではなく、本当にフラットな感情のような、そんな凪の顔。
ただ、こちらの手を見て『料理人のそれではない』と断じる辺り、恐らくその道に通じている人物なのだろう。
「そうですね、あかぎれやタコの跡も少ないでしょう。ですが、私は……俺はやりますよ」
「……分かりました。では、審査は三日後。この場所にて行います。審査方法は――ヒモロギ様の用意した料理人との競い合いです。貴賓来賓の皆様にお出しする『会席料理』を規則にのっとり八品、審査する人間六人分を制限時間以内に作って頂く事になります」
「……随分と急ですね。そちらは既に献立の厳選も済んでいる状態なのでしょう」
「ええ。ですが、アリシア様がお連れしたのは最高の腕を持つ人間と聞き及んでおります」
それは、遠まわしな『それくらいのハンデを背負ってもらう』いや、さもすれば『最初から勝たせる気も認める気もない』という意味合いを持っているのかもしれない。
会席八品……法則も一般的な献立も勿論知っているが、果たしてそれがこの世界、この都でも一緒なのか、まずはそこを調べる必要もあるというのに……。
「仕様可能な食材の一覧をお渡ししておきます。この中からであれば好きに使ってくださって結構です。また、追加の食材を使用する場合や、予め仕込みが必要であれば、この布施屋の人間にお申し付けください」
「……分かりました」
「では、他に聞きたい事がなければ私は失礼致しますが」
「ええ、大丈夫です」
『大丈夫です』と言った直後、シミズと名乗った男が僅かばかりの苛立ちを見せた。
常に凪の表情を浮かべていた彼が最後の最後に何故そのような表情を浮かべたのか。
その疑問は直ぐに晴らされた。
「大丈夫……ですか。自分が負けた際の処遇を尋ねてこないとは思いませんでした」
立ち上がった彼が、戸の前で振り返る。
そこに浮かぶのは、紛れもない怒り……いや、闘争心を剥き出したかのような表情。
「では三日後を楽しみにしております。どうかお手柔らかにお願いしますよ、カイ殿」
「……貴方でしたか、こちらと戦う料理人というのは」
「……思惑がどうあれ、取り巻く環境がどうあれ。私は私のすべき事をするのみ。ですが――少々私情を挟みたくなってしまいましたよ。貴方には地獄を見てもらいます」
そう言い残し去っていくシミズ。
……そうだな。その怒りは尤もだ。
確かにこの身体は、料理の経験も少ない、素人同様のキレイな手だろうさ。
剣の握りダコぐらいはあれど、これは料理人の手などではない。
唐突に現れた自信過剰な素人にしか映らない、か。
「……俺だって、ああなるだろうな。本気の本気で挑まないと失礼、だよな」
その道で生きて来た人間の大一番に水をさしたようなものなのだ。
相応の報いを自分に課さなければ、俺も俺を許せないさ。
「あーあ……仕方ないとは分かっているんだけどさー……」
「ほら、これでも舐めて元気出せよリュエ助」
「ん? あ、キャンディーだ……って、さすがにこれで機嫌を治すなんて子供くらいだよ」
「んー? そうか? まぁ舐めてみろって、気分が落ち着くから」
前を行く二人。まるで姉妹のような後ろ姿を見ていると、今は遠くにいる娘たちを思い出す。
ダリアさんとリュエ。お互いにエルフだという事、そして高位の魔導師という事もあり、二人はよく話すようになっていた。
その所為でしょうか、ダリアさんがだんだんリュエの扱いに慣れてきたように見えます。
……そして私も、この少しだけ変わった彼女の事を、いつしか受け入れている。
最初は警戒していたのですけれど、一緒に旅を続けている内に……。
「レイスも一個どうだい? この都で作られている飴玉で、よくお土産で買われる品なんだ」
「では私もいただきますね。見たところシンプルなべっ甲飴のようですが……」
黄金色のキレイな球体。まるで宝石のようなそれを一つ口に放り込む。
カラコロと、硬質な音を口内で響かせながら、徐々にその味が広がっていく。
「ん……随分と上品な味ですね……美味しいです」
「だろう? 材料の砂糖が良いらしい」
「んー! おいしいねぇこれ!」
ふふ、すっかり機嫌が治ってしまいましたね? リュエ。
それにしても……いざ都を見て回ると言っても、どこから見て回れば良いか迷ってしまいます。
いつもカイさんが基本方針を決めていたという事もありますが、それに加えて慣れない風習、初めての土地です。
周囲を見回しても、それがどんな施設なのかぱっと見では分かりません。
それに、ダリアさんが『セリューについて調べてみる』と言っていましたが……どうやって調べるつもりなのでしょうか?
「あー美味しかった」
「あ、リュエ助噛み砕いたな? もったいない事しおって」
「ついつい、小さくなると噛んでしまわないかい?」
「あ、分かります。私も小さくなると後はガリッと……」
「ええ……」
とりとめのない会話。こうしていると、本当にただの女の子なのに。
不思議な人。時折見せる、どこか人とは違う物を見るような、遠い瞳。
今日は珍しくカイさん抜きでの行動なのですし、色々彼女の事を知る良い機会かもしれませんね。
「ダリアさん、今日はどうしましょうか? 何かを調べるのなら、人の多い場所に向かった方が良いと思うのですが」
「ああ、そのつもりさ。今の時間じゃ酒場って訳にもいかないし、どうしたもんかと」
「だったら市場とかどうだろう? この都にだって市場はあるはずだろう?」
「んー、確かにそうだな。カイヴォンへの土産も見つかるかもしれないし一石二鳥か」
リュエの提案に乗る形で市場を目指す事に。
しかし肝心の場所が分からない私達は、一先ず近くにあった商店、古本屋でしょうか? そこへ聞き込みしてみる事にしました。
古い紙の匂い。誰かが生み出した知識の集合体。
一度は誰かの手に渡り、その役目を果たし、また別の誰かの手に渡るのを待つ、そんな本の数々。
なんだか色々と想像力を掻き立てられるお店ですね。
「すみません、ちょっとお尋ねしたいのですが」
恐らく店主であろう、ふさふさとしたどこか大型犬を彷彿とさせる耳を持つお爺さん。
なにやら一冊の本を熟読している様子で、少々声を掛けるのを申し訳なく思いながら話しかける。
けれども、意外な程にあっさりと本を閉じ、柔和な笑顔を浮かべながらこちらを向いてくれた。
「いらっしゃいべっぴんさん。どうしたね? なにかお探しかね?」
その嬉しそうな声色に、なんだか道だけを聞くのが申し訳ないです。
するとこちらの気持ちを察してなのか、それとも偶然なのか、脇からダリアさんが現れ、一冊の本を差し出しました。
「この本をくれ。あと、出来ればこの都で一番大きな市場の場所を教えてもらいたいんだ」
「おや、また随分と古い本を見つけてきたね。これはええと……ちょっと高いよ?」
告げられた金額は、四人で宿に一泊してもお釣りが来る値段でした。
「よかったんですか? 道を聞くだけならもう少し安そうな本でも……」
教えてもらった道を行きながら彼女に話しかける。
「いや、あれが良かった。ほら、この本のタイトル見てみ」
差し出された本のタイトルは――『アギダルからミササギへ ~遠き地より届いた純白の米文化~』
「なるほど、カイさんの参考になれば、ということですね」
「そういう事。へへ、どうだリュエ助、俺はもうお土産を用意出来たぞ」
「むむむ……私すっかり魔術書の方に気を取られていたよ」
いつの間にか、彼女の手には一冊の本が携えられていました。
むぅ、私も何か買えばよかったかもしれません。
そうして市場へ向かっていた時の事。突然の馬の嘶きや人の悲鳴が周囲から溢れ出し、何事かと思わず足を止める。
その出処を探ると、大通りを行く馬車の中から一台、まるで暴走するかのように歩道へと逸れ、そのまま通行人が逃げ惑う中を突き進んでいく姿が目に入りました。
「っ! あれは……御者が気を失い……いえ、あれではもう」
一瞬だけ見て取れた、去っていく馬車の手綱を握っていた御者。
けれども……恐らくあの人物は既に息がなかったように見えました。
先日から続いていたこの都に微かに漂っていた不穏な空気。それが今の光景にも関わっているのだろうかと、不安が胸中に溜まり始める。
「さっきの御者さん、首に一撃、致命傷を受けていたね」
「ん、リュエ助見えたのか?」
「うん。真っ先に確認した。大抵の場合、馬車や魔車の暴走は御者の異常。そしてその原因の多くは――襲撃だからね」
「……なんだか最近随分と可愛い娘さんになったなって思っていたが、やっぱりリュエ助はリュエ助だな。ちょいと気になる、市場は後回しでいいか?」
「ええ、勿論です。怪我人もいるかもしれませんし向かいましょう」
幸いなことに、この都の住人の殆どが妖術を扱える関係で、皆さん自分の身を守ることが出来ていたようでした。
大きな怪我をしていた方もいましたが、リュエとダリアさんで対処出来る範囲だった事もあり、実質通行人への被害はなかったに等しかったのですが――
「……全員、一撃で殺されているね。走っている馬車の中、御者以外も全員即死となると――」
「恐らく内部の犯行だな。暗殺者でも紛れ込んでいたのかね、この馬車内に」
歩道の先。小さな路地にまで入り込んだ馬車が引き起こした惨状。
多くの野次馬が集まる中、もし生き残りがいたら、という名目で大破した馬車内部を調べる。
ですがその結果は……少々目を覆いたくなるものでした。
建物への追突で亡くなった訳ではなかったのです。
リュエの言う通り、全員首から血を流しながらの絶命。間違いなく、何者かにより殺害された物でした。
「……手練だな。見た限りこの連中、ただの商人って風体じゃない。もしかしたら護衛の傭兵かなにかかもしれないな」
「……殺すだけなら喉を切り裂くだけで良いのに、全員骨まで貫通されているね。暗殺者というより、凄腕の剣士……だね」
「あの……という事はそんな殺人鬼がこの辺りに潜伏しているのでは……」
冷静に遺体を調べる二人の言に、ひやりと冷たい物を感じる。
つい、慌てて背後を振り返ってみるも、そこには野次馬の姿しか見当たらない。
……紛れて? いえ、既に逃げおおせて……?
「なんにせよ手詰まりだ。面倒事に巻き込まれる前にここを離れるぞ」
一応、私達は目をつけられている状態ですし、ね。
私も馬車の荷台から外に出ようとしたその時でした、何か固い物に躓き、バランスを崩してしまう。
「おっと、大丈夫かレイス。何かに躓いて……」
「これは……首輪、でしょうか」
躓いたものの正体は、黒く鈍い輝きを放つ首輪。
鎖の繋がっているその首輪が、丁度半分に割れた状態で転がっていたのでした。
動物……いえ、それなら檻に入れるはずです、まさかこれは……。
「……ミササギはおろか、この大陸じゃ人身売買は禁止されているんだがな」
そう呟いた彼女の表情からは、思わず息を飲むほどの憎悪の色が浮かんでいたのでした。
「そんな往来で暗殺……いや殺人か。確かに気にはなるけれど、今俺達に直接関係はないだろうからなぁ」
夕方。戻ってきた三人の顔が浮かない事に気が付き、何があったのか尋ねてみたところ、どうやらただならぬ事件に遭遇したらしい。
下手をすれば大勢の通行人を巻き込んでいたかもしれないその事件に、確かに不穏な物を感じるのだが、やはり今俺達が直面している件とは関わりがないように思えた。
「案外、行き当たりばったりの犯行だったのかもな。見た限りじゃ犯人はかなり『キレ』ていたように思えるし、衝動的なもんだったのかも」
「察するに、その奴隷と思われる人物が馬車の人間を殺害、逃走したんじゃないかね」
「そうかもしれません。ですが……首輪の大きさから察するに、まだ子供のように思えます。そんな子供が、あんな惨状を生み出せるとは……」
「うーん……奴隷を哀れんだ護衛が、悪い商人を殺して人混みに逃げたーっていうのはどうだい? ここ、いくら制限してるって言っても、なんだかんだで外から来ている人も多いし、周囲は山だし。いくらでも逃げられそうだもん」
「ああ、確かにその線で見るのが一番しっくりくるかも。なんだリュエ、今日は随分冴えているじゃないか」
ドヤ顔リュエさん。昨日、ちょっとだけ君を信用出来ずに黙殺した事を心の中で謝罪します。
人の命が関わる場面での彼女の冴えは、やはり過去の経験の為せる技なのだろう。
一度この話題は切り上げ、今度は本来の目的である、都の観光兼、情報収集について。
どうやら一番大きな市場で情報を集めていたとのことだが、やはりその市場の大半を締めていたのは、外から来た行商人の持ち寄った品々だという。
行商人はその職業柄、複数の都市、領を行き交っている。そこで情報を集めるのは効率的だとは思うのだが――さすが商人、タダで情報を提供してくれるような甘ちゃんではなかったようだ。
「それでその大荷物か。って、まだ出てくるのかい」
「ははは……ついつい余計な物まで買ってしまって」
「右に同じく! カイくんこれ見て! なんとカブトじゃなくてクワガタのヘアバンドだよ! 凄いねぇ、これもウルシっていうので仕上げているのかな?」
「その……私もつい……」
三人がアイテムボックスから次から次へと今日購入した物を並べていく。
いや必要経費、必要経費なんですよね? 分かる、分かりますとも。
……んなわけあるかい! 明らかに情報の代価としては買いすぎでしょう!?
リュエの謎ヘアバンドシリーズに、レイスの表紙を見せてくれない本数十冊。
ダリアの酒器や酒、その他保存食の数々。
三人の衣類からお菓子に……恐らく何かの民芸品。
あのあの、お兄さんへのお土産はないのでしょうか。
「カイくんのお土産もしっかり買ってきたからね! はい、これ私からのプレゼントだよ!」
こちらの不安を察してなのか、彼女はその積まれた荷物の中から小さな箱を選び、こちらに差し出してきた。
その表情は『きっと喜んでくれるに違いない』という期待が込められているようで、なぜだか受け取る側であるこちらの方が緊張してしまった。
「どれどれ……これは……?」
「カイくん、料理する時いつも紐か三角巾で髪を留めるだろう? だから髪留めと、かっこいい布巾を見つけてきたんだ」
「なるほど、確かにこれは良いね、嬉しい、凄く嬉しいよリュエ」
胸がいっぱいになる。
そして……表情が崩れていくのが自分でも分かる。
嬉しい、嬉しい、本当に嬉しいと感情の制御が出来なくなるんだな。
そんな事を学びながら、料理をするでもないのに早速その髪留めを使ってみる。
「ふふふ、カイくんの髪は銀色だから、ちょっと目立つ黒い飾りがついているんだ。うん、よく似合うよ」
「そうかい? ありがとう、リュエ」
「本当によくお似合いですよカイさん。ふふ、では私からもプレゼントです」
すると、微笑ましそうにこちらを見ていたレイスもまた、細長い箱を一つ手渡してきた。
桐のような、そんな見た目よりも軽い木製の箱を、そっと開けてみる。
そこに納められていたのは――
「ふふ、それは櫛です。カイさんも髪が長いので、滑りが良く、上質な櫛を使った方が良いと思いまして。男性への贈り物としては少しおかしいかもしれませんが……」
「いや、これは嬉しい心遣いだよ。たしかにこの櫛、随分と質が良いようだ」
その櫛は、確か『つげ櫛』と呼ばれている物のはずだった。
つややかな見た目と硬い手触り、なめらかでかつキメの細かい歯。
その形状も『男櫛』と呼ばれている男性用の物だった。
早速手にとり、結ばさっていない髪に軽く通してみる。
なめらかな手応えと、サラサラと流れる髪。ああ、間違いなく一級品だ。
偶然なのか示し合わせたのか、二人の贈り物、お土産はどちらも髪に関係する物。
そういえば自分の髪に無頓着だったなと、今更ながら日本にいた頃の習慣とこの身体のギャップを感じてしまった。
「じゃあ最後は俺だな」
「なんだお前もお土産があるのか?」
「ああ。ほら、こいつも何かの参考になるだろ」
そう言って手渡された本の表紙を確認し、すぐにページをめくってみる。
それは、紛うことなきこのミササギの食文化と歴史に纏わる書籍だった。
確かにこいつは今の俺に必要な物だ。ありがたく頂戴しよう。
「サンキューダリア。ちょっと調べたい事もあったし助かる」
「だと思った。さて、んじゃあ本題に入るとしよう」
声色を改めるダリア。
その様子に本を一度閉じ、その報告に耳を貸す。
「セリューとの関係だが……どうやら術式関連の知識交流が主目的なようだ。行商人の何人かが、この都にいる呪導衆……魔術師みたいな連中だな。それをセリューの都市で見かけたそうだ。あちらさんは術の研究に余念がないんだが、これまで他の術を取り込もうとなんてしてこなかったはずなんだけどな」
「……ふむ。向こうが先に動いて、それに乗る形でミササギからも仲を深めようと働きかけているって事なのかね」
「かもな。その辺りは上の人間に聞かないと分からないがね」
……共和国全体が水面下で動いている?
解放者の召喚だけでなく、セリューやヴィオちゃんの故郷であるエルダインでも不穏な動きがあったという。
……こちらとしてはサーズガルドのトップ、フェンネルを叩く大義名分が欲しいのだが、まさかこのまま……。
「……解放者が召喚されたんだ。どこぞがはっきりとサーズガルドに敵対する、戦いを仕掛ける気があるってのは分かっていた」
「ダリア……」
「フェンネルの件もある。俺だってあの国が今のままじゃいけないのは分かっている。だが――戦争だけは、国民に被害が出る形での戦いだけは、なんとしても避けたい」
ああ、分かっているさ。俺も、別に全てが憎いとはもう思ってはいない。
もしも大きな争いが起きてしまうような事があれば……それは止めなければならない。
封印の調査。そして放棄された施設の調査。さらに……不穏な動きを見せる共和国、そして召喚された解放者の調査、か。
どこかで、見えない糸で繋がっているような気がするんだ。
なんの根拠もないが、ただ……この今になって動き出した情勢の裏には、何か統一された意思のような物が、見え隠れしているように思えてならないのだ。
「ま、今は目下の……審査だっけ? 勝負だっけ? それの対策だな。相手さんもこの道のプロなんだろ、勝算はあるのかよ」
「絶対に勝てるとは言わんよ。結局今の俺は料理人ではないんだ。第一線で作り続けている人間と比べたら俺のほうが明らかに腕も劣る……と考えている」
「……むぅ、カイくんが負けるなんて思えないけどなぁ」
リュエの言葉は嬉しいが、上には上がいるんですよ。
例えば、セミフィナルで最後にオインクに連れて行ってもらったレストラン『リアンエテルネル』あそこの料理は、ジャンルこそ違えど俺では到底敵わない、最高級のフレンチの数々を提供してくれた。
なら、この都の料理人が、俺では敵わない和を彷彿とさせる料理を手がけてもなんらおかしくはないのだから……。
「……秘策、もとい下準備は入念にした方が良いかもな。喜べダリア、久しぶりにお前の好物を作ってやれるかもしれないぞ」
ま、この国のトップは……どうやら『お狐様』ですから……ね?
(´・ω・`)色々巻いていかないとなぁ