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三百二十三話

(´・ω・`)おまたせしますた

「お前達! 今すぐ攻撃の手を止めなさい!」


 何をした。この人が何をした。

 呪導衆から放たれた無数の妖術。それは捕縛用などではなく、間違いなく殺傷能力を持つ、強い呪いの込められた物だった。

 私の背後へと消えていったその光の数に、思考が既に諦めへと至る。


「何故! お前達は私を探していたのだろう!? この方達を何故――」

「行方知れずとなった大事なご息女が、見知らぬ、それも剣を背負った男と共にいる。逆に問いましょうアリシア様。何故、そのような人間に我々が手心を加えるとお考えになられるのですか?」


 集団の奥から聞こえてくる、冷ややかで、どこか人を見下したような声。

 現れたのは、私もよく知る男だった。


「我々は、貴女様の身の危険を防ぐ者。得体の知れない人間に『連れ去られた』以上、全力で貴女をお守りしようとするのは当然でしょうに」


 これは、罰なのだろうか。

 分不相応な自由を求め、一時とはいえ盟約に逆らった私に科せられた。

 けれども、これはあんまりではないですか。


「……私は自分の意思で抜け出しました。そんな事、お前も知っているでしょう」

「はて? 賊を仕留め、貴女を無事に連れ戻す事が出来た。これが全てです」


 歯噛みする。顎が痛くなるくらい、強く奥歯を。

 自分の失態にしない為なら、なんでもするつもりなのだ、この相手は。

 ゆっくりとこちらに歩み寄るこの男に、今すぐにでも牙を突き立てたいと願う。

 けれども今は――


「あーびっくりした……鳩尾にダイレクトはさすがに苦しいわ」


 その時、本来聞こえないはずの声が私の背後から聞こえ、目の前の男と恐らく同じ表情を浮かべながら、私は背後へと振り返ったのだった。








「ぼんさん!? え、え? お身体は大丈夫なのですか!?」

「一瞬苦しかったがそれだけだね。さて、一応話は聞こえていた訳だが――」

「馬鹿な……お前達、まさか捕縛術式で放ったのではあるまいな?」

「い、いえ! 確かに我々はあの者を仕留めようと――」


 うわ物騒。事情説明の隙すら与えずに完全に不幸な事故、もしくは死人に口なしをいいことに俺を誘拐犯に仕立て上げるつもりだったと。

 こいつは『ちょいと』どころではないくらい面倒だ。探していたにしては少々空気が剣呑すぎる。

 平和な地方だと思っていたが、どうやら今は状況が変わってきていると見た方がよさそうか?


「察するに、自分達に都合の良い事実を作ろうとしていたのかね? 悪いね、俺はただの旅人で、たまたま行きあったこの迷子の娘さんを目的地に案内していただけだよ」

「この都は現在、外来の人間を制限している。武器を担いで歩くような人間を通す訳が――」


 どうしたものかと、先程からことの成り行きを見守っている後ろの三人へと視線を向ける。

 リュエさんや、たぶん最初から俺が無事なのを確信していたのだろうが、さすがに露骨に見たことの無い術に興味津々で俺の事を一切心配していないのはショックです。

 ほら笑ってごまかさない。

 そしてレイスさんはこっそり手に纏った魔術を消して下さい。


「カイヴォン、出来れば荒事はナシで頼む」

「だよな」


 この状況にダリアもきな臭い空気を感じ取ったのか、慎重にことを運ぶようにと言う。

 ふぅむ……とりあえず怪しいものではないですよとアピール出来たら良いのだろうが、確かにこんな大きな剣を背負っている人間が一般人です、商人ですと言っても信じてもらえないか。

 ……鞘の上から布でも巻いて完全に別物みたいにした方が良かったか。


「嘘ではないですよ。布施屋でしっかり納品も済ませましたし。確認して貰えればすぐに分かります」

「……正規の方法で入ったにも拘らずこのような狼藉を働くとは、これは少々審査を厳しくする必要がありますね」


 まだ言うか。

 慎重にと言ってもこれ以上俺に案なんてないんだが。

 リュエが何やら名案があるとでも言いたげな表情でこちらを見るが、黙殺する。

 君絶対やらかすよね? 俺こういう場面で君になにか任せて面倒な事になった経験が何度かあるんですけれど。


「タネは分かりませんが、そうですねぇ……この場で処断する事は難しそうですし、少々人が集まって来てしまいました。ひとまず連行させて頂きますよ?」


 さて、どうする。正直脱獄だけならばどうとでもなるのだが、身につけているものを没収されるのは非常によろしくない。

 間違いなくこの剣は取り上げられてしまうだろうし、武器と一定以上距離が離れてしまうと、自動的に装備解除されてしまう。

 そうなると、アイテムボックスに収納するのと同様、武器の状態がリセットされてしまう。

 参ったな……大人しく入るが武器は絶対に手放さないぞ、なんて事は――

 その時だった。アリシア嬢がこちらにだけ聞こえるように小声で話しかけてきた。


「ぼんさん、なにか考えがあるようですが、ここはどうか私にまかせてください。私は約束を守る女です」

「……俺も荒事は御免だから、なんとか出来るなら頼む」

「……では、今から話を合わせて下さい」


 そう決意を滲ませた彼女は、どこか諦めたように肩を落としながら、件の男へと歩み寄る。


「……どうやら計画はご破産、ですね」

「計画……?」

「貴方が今思っているようなものではありませんよ。ですが、確かに私は嘘をつきました。彼等は行きずりの人間ではありません。私が手配した者達です」

「手配……ですって? 貴女は一体何を企んでおられたのです」


 不遜に、アリシア嬢は自分の壮大な計画を語るかのように、その与太話を、こちらを守るための物語を語って聞かせ始めた。

 周囲にいる野次馬ですら取り込むような、そんなどこか舞台じみた、けれども引き込まれるくらいの、不思議な引力を秘めたその仕草で。


「今、お祖母様の為、そしてセリューとの親睦を深めるためにと、宴の用意をしていると聞きました。ですが――“ヒモロギ”、貴方に全てを任せるのは、やはり間違いだと私は思うのです」

「これは異な事を。現に今、この都はこれまで類を見ないほどに洗練されているでしょう。余計な物を、この地に見合わない物を除外した結果です」

「それで、貴方は自分の認める物だけで都を彩り、そしてお祖母様や来賓の皆様をもてなす、そう言うのでしょう?」


 ヒモロギというのは、あの男の名前なのだろう。

 そしてこの催しの正体を、そしてアリシア嬢の正体をようやく知る事となった。

 元代表の生誕祭……だが、セリューとの親睦を深める?

 セリューは共和国制度を最初に提唱した地であり、元々この大陸の覇者だったという。

 そんな場所と急に親睦を深める催しを開くとは……どうやら、俺と同じ疑問を抱いたダリアもまた、その幼い顔を悩み歪ませている。

 そして――そんな代表を祖母と呼ぶアリシア嬢は、つまり現代表の娘という事になる。

 やはり関係者だったのだ。


「私も、私なりにお祖母様へのお祝いを、そして来賓の皆様へのおもてなしを考えていたのですよ。その結果――お前のような簒奪を狙う邪な男に、皆様のお口に運ばれる料理を任せるのはいかがなものかと思いましてね!」


 それは、大勢の人間が聞いている前で口にするにはあまりにも問題のある発言だった。

 当然のように周囲からどよめきの声が上がり、そしてヒモロギと呼ばれた男の表情に怒気を宿らせるには十分すぎる効果を持っていた。


「ですから、この方達は私が外からお呼びした料理人だったのです。貴方には彼の背負っている物が剣に見えたのかもしれませんが――それは彼の仕事道具なのですよ」


 おっと、そいつは無理がある。さすがにお兄さんもこの剣で料理なんて出来ません。

 なんだか面白い方向に話が転がり始め、ちょっと内心ウキウキしてきたのだが、そこでちらりとアリシア嬢がこちらに視線を向け始めた。


「ぼんさん、さっきの攻撃で手がダメになってしまったという事にしましょう」

「なるほど。振られたらそれに合わせるよ」


 なんとかこちらにお咎めが及ばないようにしたようだ。

 ここで俺達に手を出せば、周囲の人間がその行いを咎める目と変わり果てるのだから。

 だが……先程の発言は彼女の立場を悪くしてしまうのではないだろうか?


「そんな戯言を……私が簒奪? 貴女の亡きお父上から、今の位を譲り受け、これまで都の守護を任されてきたこの私が、よりによって? ……まぁ、お気持ちは分かります。幼い貴女には、私がお父上の居場所を奪ったように映ったのでしょう」

「私を未だ幼子と侮りますか。まぁ、それも良いでしょう。ですが、彼等は紛れもない、私がお呼びした料理人。その証拠として、彼等は私が手配した、一流の食材をこの地に運んできたのですから。ふふ、お前が八方手を尽くし、そしてこの歪な発布でかき集めた食材ですら及ばない物ですよ」


 するとここで彼女は、すぐにでも確認出来、なおかつ偽りの物語に現実味をもたせる嘘を話に交え始めた。

 うまいやり方だ。確かに彼女は、俺達が食材を、それも高品質の物を布施屋に卸していたのを知っている。

 ……彼女に任せたのは正解だったようだ。間違っても我が家のエルフさんに任せてはいけなかったな、間違いない。

 ならば、そろそろこちらも彼女の話を補強する為に頭を働かせねばなるまい。


「お話の途中失礼します。アリシア様がお話になられた以上、我々も弁解をさせていただきます。確かに、我らは彼女に請われ呼ばれた流浪の料理人でございます。セミフィナル大陸から一級品の食材を、そしてシンデリアにて最高級と名高い野菜を大量に持ち込んでおります」


 隠れ里から野菜、たっぷり頂いておりますから。

 まさか外であんな法外な値段をつけられているとは思いませんでしたが。

 ほらほらどうだ、この食材が欲しいだろう。


「しかし……我々が晴れの舞台で振る舞われる料理を手がけるという栄を受けるという条件の元、この場に食材と共にやってきたのです。アリシア様、これではお話が違うではありませんか」


 なんとかしないと僕たち食材と一緒に帰っちゃうぞ作戦。


「……そういう事です。食材の件は私が彼等と交渉しますが、貴方の行いの所為で、折角のおもてなしの用意が無駄になってしまったのですよ」

「……その話を真実と断じるには、些かの時を要します。……なるほど、貴女を幼子と見誤っていた事を謝罪しましょう」


 ヒモロギが折れたのを確認し、一先ずこちらの危機は去ったと見るべきだろうか。

 そのまま部下の人間に指示し、またたく間に散開する男達。

 恐らく、アリシア嬢の話の裏を取るために布施屋にむかったのだろう。

 ふむ。そういえばあの布施屋のお姉さんも『まさか特級米を貴方のような若い商人が仕入れているとは思いもよりませんでした』と言っていた。

 外見不相応な高級品を手にしているという事実もまた、こちらの身分やアリシア嬢の言に真実味を持たせる結果となってくれる事だろう。


「……して、その料理人とされる方達ですが……一つ疑問が残ります」


 だが、どうやらこの男の追求はここで終わる物ではなかったようだ。


「果たして、それほどまでの腕が、アリシア様が食材の仕入れから、こうして信頼を向ける程の腕を要しているのか。それを知りたいと思いましてね? まさか、咄嗟の嘘とは思いませんが、どうにもこの目で見ないことには信用出来ないものでしてね」

「っ! それは、今貴方達の所為で彼の腕が――」

「後ろの三人は無事でしょう。まさか、たった一人で来賓の皆様すべての料理を手がけるおつもりだったと? それはないでしょう。後ろの三人に、相応の実力があるのならば是非見せてもらいたいのですよ。なんでしたら、助手として使う事も出来るかもしれません」


 ふむ。まぁそうなるだろうな。攻撃を受けたのは俺だけ。そして後ろの三人が無傷なのは誰の目からも明らか。

 唐突に語られたアリシア嬢の話を疑うのも至極当然であり、そこに綻びがあれば、そこから逆転の糸口を探すのも当然だ。

 アリシア嬢も、まさかここまで食い下がるとは思っていなかったのか、若干その表情に陰りが見えてきている。

 しかし、やはり天は二物を与えずというのは嘘であり、美貌と共にこの娘さんは大きな物を与えられているようだ。


「ああ、アリシア様。実はそこまで大きな怪我ではありませんので、料理をするのに支障はありまあせんよ?」

「え、ちょ……ぼんさん、ダメですよそれは」


 どうやら君は類まれなる幸運の持ち主のようだ。

 君の嘘は、半分は真実だ。


「ほう、では証明してくださると? 貴方がその料理人であると、宴を彩るにふさわしい、最高の食材を最高の一品へと昇華させる腕を持っていると?」

「そうですねぇ……少なくとも、人に出すのを恥じるような物を作った事はありません」


 恐らく、これもハッタリだと思っているのだろう。

 いや、仮に俺が本当にアリシア嬢の呼び寄せた人間だとしても、問題ないのだろう。

 それほどまでにこの男には自信が満ち溢れている。

 まるで『何をされようが、何が真実であろうが、結果は変わらない』とでも言うように。


「アリシア様。例え貴女が呼び寄せた人間だとしても、彼等が不審な人物である事実は変わりませんが――良いでしょう、ならば我々が彼等に審判を下しましょうとも」

「わ、私が信用している人間を信用出来ないと言うのですか!」

「ええ、残念ですが。なにせ――貴女は外の世界を知らない方ですから。外から来た人間に簡単に騙されるという事もあるかもしれません」


 その言葉にアリシア嬢が歯噛みする。

それは彼女自身にも何か心当たりがあるのだろう。

 ああ、確かにそうだ。外を知らずして、外の人間を知ることなど出来はしないのだから。


「アリシア嬢。もしも彼等がどこの馬の骨ともわからない、ましてや偽りの甘言で貴女に取り入った不届き者であるのなら……そうですね、今度こそ貴女には、相応の場にて今一度、ご自身がどういう立場なのか学び直して頂くとしましょう……」

「何を……言って……」

「わかりきった事を。この催しは『セリューとの親睦を深める』という意味合いもあるのですから」


 彼女を取り巻く環境を、俺は知らない。

 だが、少なくとも窮地に立たされている事は分かる。

 そして、僅かな娯楽を求め市中に出ることすら難しいという事も。

 しかしまぁ、乗りかかった船であり、またこちらの為に知恵を絞り行動に移してくれたのだ。

 まぁ元を正せば俺達はただ巻き込まれただけにすぎないのだが、それでも行動を共にすると決めたのは俺達なのだから。


「では、俺が証明してみせますので、そちらはどうぞその場を用意してください。それまでの間、なんでしたら俺をそちらの指定する場所に置いて監視してくださっても構いませんよ」

「……だ、そうです。では、彼にはしっかりと証明して頂きましょう。貴女が騙されている訳ではない事を。そして、貴女が私を騙している訳ではないという事を」


『話はこれで終わりにしておきましょう』と告げ、ヒモロギが部下を残し去って行く。

 さすがに残された男達までもがアリシア嬢に強く出る事はなく、その僅かな猶予の間に、彼女は今一度こちらへと向き直った。

 名案のつもりだったのだろう。こちらに掛けられた嫌疑を解き、そして無事に都を去る事が出来るようにする為の。

 そう簡単に行くわけがないでしょうよ。相手は最初から汚い手段を使っていた人間なのだ、そう簡単に善人がやり込める筈がないのだから。


「アテが外れたな、アリシア嬢」

「……ぼんさんが、余計な事を言ったからですよ?」

「まぁ確かに。けど、あのままじゃ君の立場が危なかっただろう?」

「話を聞いていたのなら分かるはずです。私は、この都の現代表の娘です。あれくらい、少し我慢すればどうとでもなったんです」

「けどなぁ……今日一日一緒に過ごした相手が目の前で苦境に立たされていたら助けたいって思っちゃうでしょうよ」


 それに、こちらに敵対行動とってくれちゃっていますし。

 荒事は厳禁だが、意趣返しくらいはしたいと思うのが人情ってもんです。

 それに――あの男からはフェンネルに似た匂いを感じるんだよ。

 それはどうやら俺の考え過ぎではなく、ダリアもまた、同じ結論に至ったようだ。

 ダリアが確認をするようにアリシア嬢へと『それ』を話し始めた。


「アリシア嬢。お前さん、セリューの誰ぞに嫁ぐ事にでもなるのかね?」

「……そういう話は出ていますね。私にその気はありませんが」

「セリューとミササギがそんなに懇意にしてるなんざ初耳だが」

「そうですね、ここ数年急激に、かつて国だった時代の名家が交流を深めてきています」

「ふむ……そうかい。ま、なんにせよ俺達は布施屋で待機する事になりそうだな? カイヴォン」

「あ、そう、それです! どうするつもりなんですかぼんさん。私はもう行かなければなりません……どうやら貴方は戦士として優秀であるようですが、この都から今逃げようとしても――」

「ん? 大丈夫大丈夫。どっちに転がっても俺達はなんともないから、大人しく今日のところは戻っておきなされ。俺達はこのまま君の分までシラタマアイスを堪能するから」


 何やら術士の皆さんもしびれをきらしているようですし?

 大丈夫、一応これで俺達の目的である『現代表への取っ掛かり』も掴めたのだ、要するに今日の出来事は俺達にとってはなんのマイナスにもならないって事だ。

 だから――


「んで、そのうち代わりに美味いシラタマアイス作れるようになって食べさせてあげるから、今は安心しておきなされ。お察しの通りこちとら戦士としては極上の部類だ。どうとでもなる」

「……信じていますからね。主にシラタマアイスの方を」

「そっちだけかい」


 クスリと、不安そうな表情を最後に少しだけ崩し、彼女は踵を返す。

 うーむ、柄にもない事を言ってしまった。やっぱり美人には弱いんですな、俺も。

 それとも、案外すでに『催淫』のような事でもされていたのかね?




「いやぁ、今日のカイくんはちょっといつもより気持ち正義の味方っぽくてかっこよかったねぇ」

「そうですね。少々嫉妬してしまいそうになりましたが、正しい事をしたと思いますよ」

「俺としてはコイツがキレて全員皆殺しにしてしまわないかヒヤヒヤものだったが」

「おい」


 人をなんだと思っているのか。まぁあの術の嵐が俺ではなくリュエ達に向いていたら多少やり返してはいたかもしれないが。

 念の為ステータスを確認してみるも、やはり異常は見当たらないな。

 結局あれはどんな術だったのだろうか?


「ふむ……デザートが運ばれてくるまで、軽く説明でもしようかね。連中の放った術は『妖術』ってヤツだな。魔力を細分化して、その中から自分の身体に尤も適合する部分だけ内に取り込み、自分の命の力と練り合わせて発動させる術だな」

「へー! 魔力を態々分解するのかい? メリットが思い浮かばないのだけど」

「メリットとしては、この術式を身体で覚えれば、誰でも、それこそ子供のうちから術を扱えるくらい、身体によく馴染み、そしてコントロールがしやすくなるんだよ」


 こちらの疑問にダリアが答えてくれる。

 以前コイツのステータスを覗いた際、あらゆる術を納めていた事から恐らく知っているのだろうと思ってはいたのだが。

 するとダリアの解説にリュエが目を輝かせ、もっと聞かせて欲しいと身を乗り出した。

 こらこら、お茶がこぼれてしまうでしょう。


「そ、それはどうやるんだい? 私にも出来るかい?」

「ふむ……俺の場合はその道のプロに指導されて、魔力の分解の仕方を徹底的に身体に教え込まれたからな。独学となるとかなり難しいと思うぞ、俺達エルフは特に魔力との親和性が高いんだ、分解の前に身体と馴染んでしまう」

「えー……でもダリアは出来ているじゃないか。私だってどうにか……」

「とは言ってもな……俺は再生術師でもあるから、元々魔力の合成、収集、分解や組み換えに長けているってのもあるから」


 自分には難しいと分かり、目に見えて頬を膨らます術式マニアさん。

 まぁアリシア嬢の変化の術も種族特有のものだったのだし得手不得手というものがあるのだろう。どんまいリュエさん、シラタマアイスで機嫌を治しておくれ。


「ま、それでも長い時間をかければ少しは出来ると思うけどな。後で俺も見せてやるから、今はそれで機嫌をなおせ、リュエ助」

「むーん……ダリアは良いなぁ……魔導師で再生師だなんて……」

「いやいや、そういうリュエだって聖騎士じゃないか。俺じゃ絶対に使えない秘術を幾つも覚えてるだろう? それも戦闘特化型のを」


 術士二人による謙遜と羨望の混じったやりとりを、どこか微笑ましく眺めていると、隣のレイスもまた、少し考え込むように自分の手のひらを見つめだした。


「どうしたんだい、レイス」

「いえ、ダリアさんが再生師ならば、私ももしかしたら……と思っていたのですが、あの時魔眼を発動していなかった為、その詳細を見ることが出来ず、失敗したな、と」

「まぁいきなりだったからね、仕方ないさ」

「それに……やはり冷静ではいられませんよ。いくらカイさんが強くても、知らない術をあんなに受けて……」


 ああ、その反応が欲しかった。ありがとうレイス。

 もうダリアもリュエも完全に俺が攻撃受けた事をスルーしているんですもん。

 そうこうしているうちに、店員がデザートを運んできた。

 議論が白熱化しつつある術師コンビも一端中断。その運ばれてきた、まるで雪山のような一品に瞳を輝かせる。


「わあ……真っ白で、丸くてつるつるしたのがぽこんぽこんって埋まってる!」

「なんだか雪山にでっかい真珠でも埋まってるみたいな見た目だな」

「あら……随分とぷにぷにと……かわいらしいですね」

「ほー……確かにこれは白玉だ」


 スプーンでその懐かしの感触を楽しんでいると、早速リュエがその白くて丸い、なんだか食べるのが可哀そうに思えるくらい可愛らしいそれを口へと運ぶ。

 ああ、柔らかそう。白玉以上にその薄紅色の唇が。


「んむ……むぐ……面白い! ほんのり甘くて、ぷにぷに口の中で逃げ回るね! バニラアイスの甘さにも良く合うね!」

「うむ……美味いな、美味いんだけど……なぁカイヴォン……あんこ……」

「そのうちな、そのうち。にしても、随分上質な白玉だな……こんな暖かな地方で白玉粉が作れるのか?」

「知らんらん。もち米から作るものだって事しか分からないから、当時それだけ伝えたんだよ。で、二年くらいで誕生したのがこれだ」

「ふむ……米を外部に頼っている以上、これもきっと外から材料が運ばれてきている筈だしなぁ……」


 どうしても細かい事が気になってしまうのが料理好きの性なんです。

 が、美味しいものを美味しいとそれで満足するのが一番美味しく頂ける、というのもまた真実。

 現に今目の前で、満面の笑みを浮かべモチモチとほっぺを膨らませている子がいるんですから。


「もちもちだねぇ……レイスの胸みたいだね」

「リュ、リュエ!」

「ハハハハハ……コメントに困るような事言うんじゃありません」

「同じくノーコメントだ」


 いやまぁ確かに柔らかいと思いますけどね!


「……で、時にお三方。さっきから店の入り口でさっきの残党が待機している訳だが」

「あ、本当だ。なんだろう、まだなにか用事があるのかな」

「ん、恐らく俺達が逃げ出さないように監視でもしているんだろう? さっき布施屋で待っているって伝えたのに、信用されていないみたいだな」


 和気あいあいとしていたところに、ダリアからその報告。

 いやまぁ俺も誰かいるな、とは思っていたのだが……まぁ気にしないでおきましょ。

 不遜で傲慢な物言いかもしれないが……所詮、こちらに対して何も出来ない人間の戯言だ。


「で、この後の事なんだが……恐らくどうにか俺達にケチをつけてアリシア嬢の立場を悪くするのがあの男の狙いなんじゃないか? どうするつもりだよ」

「大方、俺が逃げると踏んでいるんだろうよ。業腹だが俺が料理上手だって言っても誰も信じないだろうし」

「む、そうかい? 私の中ではカイくんイコール料理上手ってイメージなんだけど」


 あら嬉しい。が、それは一種の刷り込みである。ずっと一人で質素な生活をしていたリュエにしてみれば、俺が初めて見る料理人みたいな物なのだから。


「確かに、私も最初は驚きましたね……となると、向こうは油断してくれるのでしょうか?」

「いや、どうもあのヒモロギってヤツ、油断出来ない男に見える。今この都を取り巻いている状況もアイツの仕業のようだし、どうにも胡散臭い」

「だな。セリューと密接な関係を築こうとしているのもどうも解せない。ここの連中、元々は親サーズガルド派だったんだが……」


 ダリアの不満そうな呟きは、まるで親しい友人が別な人間へと靡いたことへの不満のように聞こえた。

 サーズガルドにとって厄介な地方は、旧エルダイン国だけではなかったのだろうか?


「セリューはいわば、かつてのライバルみたいな連中なんだよ。単独でサーズガルドに匹敵する国力を持ち、それでも共和国として、俺達と対等でありたいと願った国。一見すると穏健派のようにも見えるが、オレ個人としては最も警戒すべき場所だ」

「ふむ……確かに余裕を見せている相手ってのは恐いものだからな。まぁつまり、それも含めてあのヒモロギって男は用心深く、そして裏に手を回すのが得意そうなヤツだって話さ」

「では……カイさんとしてはこの後どのような事が起きるとお考えなのでしょうか」


 そうだな。まず俺がアリシア嬢の用意した人間かどうかをはっきりさせる為にも、どこかでそれを証明させる場を用意するはずだ。

 それも、成功のあかつきには、大きくアリシア嬢の立場を下げるような、そんな大舞台を。

 ……まぁ、なるようになるさ。幸いにして、俺には大きなアドバンテージがあるのだから。

 将棋で例えるなら、歩兵が全て飛車角になっているかのような、そんな料理の知識。

 そして――さらにその上で敗北しそうになれば、簡単にその版をひっくり返す事が許されるような暴力を。

 アリシア嬢、君は本当に幸運だ。君の咄嗟の言い訳は、最高の手札を最高の場に出す為の大きな礎になったのだから。


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