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三百二十二話

(´・ω・`)暇人魔王6巻、本日発売です!

更新遅れてしまい申し訳ありません

「なんて事するんですか! 私の自慢の尻尾を無断で握るなんて」


 その怒りの声と同時に『ボン』と、擬音の通り音を再現したかのような破裂音が部屋に響き、そして米俵が白い煙に包まれる。

 煙が薄れ、そのシルエットが浮かび上がる。そして――


「まったく、一言断ってくだされば、いくらでも触らせてあげるというのに」


 尻尾と同じような、大層さわり心地の良さそうな細い金糸のような長い髪。

 髪と同じ色の、やや大きな三角耳を頭の上に生やした若い女性がそこに正座していたのだった。


「米俵が人になった……!」

「あ、しまったつい」


 女性が再び煙に包まれ、そして再び鎮座する米俵。

 今度は尻尾が生えていないが、いやいやさすがに今のやりとりをナシには出来ないからね?

 米俵を羽交い締めにするようにして確保し、話しかける。


「さぁ不審者を捕縛した訳だが、どうしてくれようか。さっき人を探している様子の人間を見かけたし、このまま引き渡そうか」

「カイヴォン、傍から見ると米に話しかけてる頭のおかしい人に見えるぞ」


 俺もそう思う。が、しっかりと米俵からも返事が来る。

 うーむ。これは魔術の類なのだろうか? それとも狐や狸のお約束である变化とでもいうのか?


「それだけは勘弁を! もう少し、もう少しだけ外で遊びたいんですよ!」

「本当に? 実は悪人、逃亡犯かなにかじゃないのかね?」

「悪い事なんてしていませんよ! ちょっとだけ自由を満喫しようとしているだけです!」


 いやいや実にシュールである。抱えた米俵と会話をするなんて。

 ……ふむ。どうやら部屋に入った時に感じたいい匂いの正体はこの米俵ガールのようだ。

 随分といい匂いがする。花や果物とも違う、けれども甘いような、華やかなような。


「ジャコウ種のフォクシーテイルねぇ……おーいカイヴォン、あんまり吸い込むと大変な事になるぞ、主に下半身が」

「……まじかよ」

「ししし、失敬な! そんな誰彼構わず催淫なんてしませんよ! ……おや、随分といい男ですね、ちょっと深呼吸してくれますか? ギンッギンにしてあげますよ」


 恐っ! 自身の尊厳の為に一先ず米俵を解放する。

 するとまたしても煙に包まれながら、先程の女性が現れた。

 ふぅむ……黄金だ。目も髪も耳も、まつ毛に至るまで黄金だ。

 エルフ達とも違う、とても細く繊細そうな毛並、とでも言えば良いのだろうか。

 ……それとすっげー美人。レイスといい勝負……いやヘタをしたら……。

 もしや、彼女がダリアの言っていた元代表なのだろうか?


「で、娘さんよ。とりあえず事情を聞くまで突き出したりはしないから、まず名前でも教えてくれんか」


 だが、ダリアが彼女の事を訪ねているあたり、この人物とは初対面なのだろう。

 そうだな、とりあえずもう少し詳しく事情を聞かせて頂きましょうかね?


「えーとですね……最近都全体が何やら楽しそうな事をしているじゃないですか? なので、少しは私もその空気に触れたくてですね……」

「ふむ。で、名前は?」

「アリシアといいます。どうです、なかなかハイカラな名前でしょう」


 何故か自分の名前を自慢げに名乗る彼女。

 まぁ、確かにこの里のイメージからすると、西洋風だとは思うのだが。

 ……うーむ、なんだか外見と中身に微妙にギャップがある娘さんだ。


「私はリュエだよ。ハイカラかは分からないけど自慢の名前さ」

「私はレイスと言います。ふふ、同じく自慢の名前です」


 すると二人が自己紹介をしながら、そんな事を言う。

 チラリとこちらに視線を向けているのは、きっと俺が名付け親だからなのだろう。

 ……なんだかちょっと照れてしまうな。


「俺はダリア。結構有名な名前だから覚えやすいだろう?」

「おや、たしかサーズガルドの聖女さんの名前ですね。良い名前です」

「そうだろうそうだろう。ほい、じゃあトリは任せた」


 気がつけばラストは俺。なんだかそんな振り方をされると余計に緊張してしまうのだが。


「カイヴォンだよ。よくカイって略されたりする」

「なるほど……カイヴォン……カイ……わかりました」


 すると、こちらの名前を呟きながら何か考え込むアリシア嬢。

 腕を組みながら頭を捻っているのだが……こう、アレが強調されますよね。

 ……本当に迫力がある。デカイ。なにとは言わんがデカイ。服からこぼれてしまいそうだ。

 それに、その黄金の瞳と美しい金糸のような長い金髪も。

 まるでその輝きに魅入られてしまいそうだ。


「アリシアさんとやら。それで俺達にどうして欲しいんですかね?」

「やー、隠れるために咄嗟に变化したんですが、まさかそのまま運ばれてしまうとは思ってもみなくて。ここから抜け出す為に、もう一度運び出して貰えませんか?」

「あ! そう、それそれ! さっきのどうやったんだい!? 魔力の流れも全然感じられなかったよ!? 変身の術なんて私初めて見たよ!」

「おや? 気になりますか? これ、実は魔力を外から取り込んだり、周囲に作用させているんじゃないんですよ。身体の内面にだけ作用させているんです」


 米俵变化に興味津々のリュエが、アリシア嬢へと向かう。

 ワキワキと手を動かし、まるで今にも全身くまなく調べたさそうなその様子がなんだか少しマッドな科学者のようだ。


「私のようなフォクシーテイルは、身体の中身をいじくり回せるんですよ。なので、残念ながらやり方を教えても他の人には出来ないんです」

「えー……残念だなぁ……でも何かの参考になるかもしれないから、また後で詳しく見せておくれよ」


『では』と言いながら再び米俵に変化する彼女。

 そのままの姿で『さぁさぁ! 私を担いでください』と言われ、なんだか不思議な気持ちにさせられる。まるで食材が語りかけてくるようだ。

 よいしょと彼女を担ぎ上げる。ふむ、そういえば米俵にしては少し軽かったな。

 そんなことを考えつつ、落ちてしまわないように米俵の底に手を回した時だった。


『そんな所を触るなんて! 貴方なかなか大胆ですね! 嫌いじゃないですが!』

「カイさん?」

「いや違うよ? これただの硬い藁の感触しかないからね? アリシアさんや、あんまりからかうと転がして運んでいきますよ?」

『それは勘弁してください!』




 途中、相変わらずアリシア嬢を探しているであろう布施屋の人間と鉢合わせするも、やはりこの米俵の正体に気がつくことなく、なんなく外へと出る事が出来た訳だが――


『随分とお米が人気なんですね。みんな私の方を見ながら物欲しそうにしていましたし』

「ああ、なんでも今食料を集めているらしくて、俺がさっきここに納めたお米が一級品だった影響で、君の事も同じ物だと思っていたんじゃないかな」

『ほー、お米なんて毎日食べられる物だと思っていましたが、そうではないんですねぇ』


あれか、マリーアントワネット的な思考なのかね『お米がなければお寿司を食べればいいじゃない』的な。

 ……あれ? あれって作り話なんだっけ?

 しかし、先程も抜け出してきた風な事を言っていたし、案外良い所のお嬢さんだったりするのかね。

 よく物語では、躾の厳しい名家や貴族の令嬢が、好奇心から屋敷を飛び出し、そこでハプニングに巻き込まれてみたり、素敵な出会いを果たしたりと、ロマンチックかつ王道な展開が待っていたりするものだが……残念、君が出会ったのはロマンの欠片もない男であり、そもそもハプニングに巻き込まれそうなフラグが立っているのはこちらなのです。

 嫌だなぁ米俵とのフラグなんて。一緒に炊かれる炊き込みENDとか迎えたらどうしよう。


「さて、無事布施屋から出られた訳だけど、いつまでこうしていればいいのかね?」

『そうですね、どこか人通りの少ない場所で下ろしてくださいませんか?』

「了解」


 なかなか人を使うのに慣れた様子だが、どうせこちらも都を見て回りたいと思っていたところだ。ならばもう少し、この米俵さんをかついでいきましょうか。


「ねぇねぇ、アリシアちゃん。その状態で藁を解いたらどうなっているんだい? 中に本当にお米が入っているのかい?」


 どこを見ても住人が建物の飾り付けに追われている中、どこか落ち着ける場所はないかと見回していると、リュエが興味津々な様子でそんな質問を投げかける。

 それは俺も気になるところだ。もし、中を覗いた結果、内蔵が蠢いていたら……。

 やだ、急にこの米俵放置して逃げたくなってきたんですけど。


「それは私も気になっていました。触った感じは本物と変わらないみたいですが」

『ひ! 指を刺さないで下さい! 痛いです痛いです』

「し、失礼しました。……本当に不思議ですね」

『この状態から崩れると、变化が解けてしまうんですよ。残念ですが中身は見られません』

「そっかー……裸のアリシアちゃんが膝を抱えて隠れているかも、なんて思っていたよ」

『ふふふ、残念でした! 裸が見たければまた今度ですね!』


 次回があれば見せるのかよ! 里長とはまた違った方向でえっちぃ人だな!

 なかなか愉快な人物だと評価を下しながら、ようやく人通りの少ない、空き地や木材が積まれた一角に差し掛かり、その木材の影になる場所に米俵と化した彼女をドシンと下ろす。


『もう少し優しくおろして下さいよー、こう、寝所に女性を優しく寝かせるようにですね』

「米俵にそんな態度を取ろうとは思わないんですがね? ほら、人が来る前に戻りな」

「レイスレイス、念のため魔眼で観察しておこうよ。私も可能な限り解析するから」

『きゃー視姦されるー……とか言ってみたりしますか?』


 無言のキック。くそう、固くてつま先にダメージが。


 三度あの音と煙と共に元の姿に戻る彼女。

 さて、これでこちらの役目は果たしたぞ、と別れを告げようとしたのだが――


「一人で見て回るのも味気ないので、是非一緒に見て回りませう!」

「あー……どうしようか?」

「私は別に良いと思うよ? アリシアちゃん、一緒に行こうか」


 その提案に乗り気なのはリュエ。だが、レイスは少し考え込むような仕草をしていた。

 確かに何かトラブルを引き起こしかねない、ましてや捜索中の身の相手なのだ、彼女が懸念しているのもそういう部分なのだろう。


「そうですね。一つ条件があります。もし、何かアリシアさんにまつわる事柄で問題が発生した際、私達についてもしっかり相手方に説明してくださるのでしたら」

「それはもう! 一から一◯まできっちり説明して、皆さんに不都合がないようにしますとも!」

「それともう一つあります」

「なんなりと!」


 念を押すように、目に力を入れるような表情で彼女がアリシア嬢にずずい、と顔を近づけるレイス。

 その迫力に、ついアリシア嬢だけでなく、こちらもゴクリと喉を鳴らす。


「……私にもその尻尾を触らせてもらえませんか?」

「それでしたらどうぞ! 自慢の尻尾ですからね!」


 あ、羨ましかったんですねリュエが。

 確かに光を受けてツヤツヤキラキラと輝くその毛並みは、思わず手を伸ばしてしまう、ある種の魔性を帯びているかのようだ。


「はぁ……なんて良い手触りなんでしょう……この毛皮で襟巻を作ることが出来れば、どんなに素敵な物が出来ますでしょうか……」

「ひぃ! 私の尻尾はあげませんよ!?」

「ふふふふ……ええ、勿論ですとも。はぁ……思わず頬ずりしてしまいますねぇ」


 もしかして、レイスは毛皮が好きなのだろうか……?

 いや、確かにセレブな女性と毛皮は切っても切れない関係だとは思うのだが。

 そういえば、狐の姿そのままのマフラーとかありますよね?

 ……アリシア嬢、少しだけ自分の身の危険を考えた方がいいかもしれんぞ。


「ところでダリア、どうしたんだ? さっきから黙り込んで」

「んー? あぁ、ちょっとあの娘さんについて考えていたんだ」

「ああ、俺も気になっていたんだ。……元代表と関係あると見ていいのかね」

「可能性は高い。ここで顔を繋いでおいて損はないと思う」

「なるほど……じゃあしばし一緒に観光といきますか」


 キャイキャイと尻尾で遊ぶ三人を眺めながら、この都での予定を――先に待ち受けているであろう障害や問題について、少しずつ考えを組み上げていくのだった。




「えー? じゃあアリシアちゃんはこの都について詳しくないのかい?」

「いやはやお恥ずかしい限りです。ほとんど出歩いたことがないんですよう」

「となると……どうしましょう? 大きな通りを散策してみましょうか?」

「ふむ。ダリア、お前は詳しくないのか? どこかおすすめの場所とか」

「いやぁ流石に久しぶり過ぎて……あ、でもこの都はデザートが美味いぞ」


 早速彼女を交えて都の散策へと向かうも、残念な事に彼女は都の事をあまり知らず、そして頼みの綱であるダリアもまた、すっかり変わってしまった街並みに、完全に困惑してしまっていた。

 けれども、こうして知らない場所をのんびりと見て回るのは、やはり何度経験しても楽しいものだ。

 どこかワクワクするような、冒険心を刺激されるような、好奇心を揺さぶられるような。

 何を見ても、それについて詳しく知りたいという欲求が湧き上がり、たまらなくなってしまう。

 それはどこか懐かしい瓦屋根の店であったり、この辺りの風習なのか、美しい花を軒先に飾り付けた多くの商店だったり。

 最初はチグハグに見えたこの不思議な都も、こうして身近に見て歩くと、なんだかとても素敵に見えて。

 懐かしくも新鮮、そんな相反する二つの感情を抱かせてくれる。そんな都だ。


「甘味かい!? どんな物があるんだろう!」

「甘味ですか? でしたら私はシラタマアイスが食べたいですねぇ」

「シラタマアイスですか……?」

「私の家でたまに出る甘味なのですが、ぷにぷにもっちりしたものが、冷たいアイスの中に混ざっているんです」

「あー……そういやそんなのもあったな。本当はクリームぜんざいにしたかったんだけどアンコが作れなかったんだよ」

「ふむ……小豆がないのか」


 楽しげに語る三人と、どこか懐かしむように語るダリア。

 おいおい、あからさまに『お前ならなんとかアンコ再現出来たりしねぇ?』って表情向けるんじゃありません。

 さすがに小豆がなければ――まぁ普通にクリとか別な豆でもアンコは作ることが出来るが。


「小豆そのものはあるんだが、この世界じゃ家畜の飼料用だな。渋みが酷くて」

「渋抜きの文化くらいあるだろ、さすがに」

「いやいや、冷静に考えてすでに家畜の餌として浸透しているものを態々人間が食べるのに利用しようと研究はしないって」

「いや、お前が研究しろよ」

「すまん、さっぱりわからん。水につけてもどうにもならなかった」

「世の中にはどんぐりを食用として根付かせたおえらいさんだっているんだぞ?」

「……マジかよオインク」


 もしかして、見た目が同じなだけで全然別物だったりするのかねぇ。


「ね、ねぇカイくん。そのシラタマアイスを食べに行きたいと思うんだけど……」

「ん? 勿論かまわないよ。じゃあお店を探そうか」

「いやー本当ならお店を紹介出来たら良いのですがー」


 申し訳無さそうなアリシア嬢。なんだかまるで市中に出てきたお姫様のようだ。

 案外、この感想は的を射ているかもしれない、か。

 ……少々『えろい』お姫様ではありますが。

 道行く人間も、その眩い髪と、まるで着崩した着物のような、やや大きく開いた胸元に視線を吸い込まれている様子。

 まぁもっとも、それは隣にいるレイスや、ニコニコと笑顔を絶やさないリュエがいるのも影響しているのだろうが。

 ダリアどんまい。お前小さいから三人の影に隠れてしまっているぞ。


「おっと! 皆さん、ちょっと回り道をしましょうか」


 するとその時、一番先頭でキョロキョロと周囲を見回しながら歩いていたアリシア嬢が、サササとこちらの背中に隠れるように移動しながら言う。

 彼女が何かに反応したのだろうと、道の先へと視線を向ける。

 そこには、丁度馬車を引き止め、中を検めている一団の姿がある。

 先程の布施屋で見かけた法衣のような物を身にまとった男性の一団だ。

 察するに、アリシア嬢と関わりのある人間たちなのだろう。


「程々で戻るんだぞ? あんな風に人員を割いているんだから」

「……そういうのじゃないと思いますけどね。けどまぁ、今日だけ、ですから」


 少しだけ、しゅん、と三角耳をへたらせる彼女。

 罪悪感なのか、それとも他の感情なのか、出会ったばかりに俺にそれを推し量る術はないものの。

 それでも、楽しい気分に水を差したのは間違いない、か。


「余計な事を言ったね、悪かった。んじゃ、甘味処を探しますか」

「そうです、甘味処です甘味処」

「ダリアさんがここにいた頃は、どこかそういったお店が並ぶ区画はなかったのですか?」

「んー……どうだったっけなぁ……うーむ……あー……」


 気を取り直す。再び甘味処、シラタマアイスなる物を食さんが為に女性陣に活気が宿る。

 が、想像以上に建物が多く、幾つもの道が入り組んでいるこの都で、目当ての店をノーヒントで見つけるのはなかなかに難しい。

 再びレイスがダリアに問うと、今度は深く深く記憶の底を探るようにダリアが考え込む。


「あー! そうだ、たしかお茶畑の近くにそういう店があったな。さすがに畑の場所は変わってないはずだし、アリシア嬢、知らんかね?」

「お茶畑ですか! それでしたら――お城から見て畑が……そうです! ここからお城の方に向かって、途中で大きな道を右に曲がればいけるはずです」


 すると彼女は、都の中心部にそびえる、なんちゃって名古屋城を指し示す。

 城の右側となると、山の斜面の方だろうか?

 そういえばお茶畑って山の斜面に作られる事が多いと聞いた事があったな。

 ならばそこに向かおうと、再び足を動かし始める。

 お茶……もしかして緑茶だろうか? この世界に来てから飲んだお茶の大半は紅茶だった事を考えると、なんだかワクワクしてくる。

 あのアギダルですら、緑茶ではなくウーローン茶風な煎茶だったのだから。


「なるほど……サーディスのお茶の大半はこの領地で生産されているのでしょうか?」

「正解。この大陸の気候は元々温暖で、いろんな植物を外部から取り寄せて生育していたんだ。スパイス類はセカンダリア大陸から。花は世界中の種を。野菜類はセミフィナル大陸からだな」

「そうだったんですか……私、実は自分のお店を持っていたのですが、紅茶は断然サーディす産の物が良いと教えられたんです」

「ほほう……って、レイスは店をやっていたのか? 初耳なんだが」

「あら、そうでしたっけ? ふふ、でもこうしてその生産地に来る事が出来るなんて、なんだか不思議な気分です」


 あ……もしかしなくても紅茶みたいですね。

 いやいやいや、まだ分からないぞ。もしかしたらこの都では加工前の状態、すなわち緑茶のまま飲まれているかもしれないではないか。

 緑茶、紅茶、烏龍茶が全部同じ種類の茶葉だったと知った時は俺も大層驚いたものだ。

 頼むミササギの都。俺に久方ぶりの緑茶を、出来れば玉露さんを味あわせてくれ。


「……皆さん、先程からボンさんが百面相をしているのですが」

「え? あ、それ俺の事なのか。なんだその呼び方は」

「いやぁ、皆さんカイさんって呼んでいるので、私は呼ばれていない方を呼んであげようかと思いまして?」

「あはははは、ボンさんだって! なんだか可愛いねぇ」

「ボンさんですか? ふふ、私もたまにはそう呼びましょうか?」

「や、やめてくれよ……」


 もしかしてずっと考えていたのか俺の呼び方を……。

 着眼点がちょっと独特ですね?


「俺の呼び方はひとまず置いておいて、そのお茶畑を目指そうか」

「そうですね、急ぎましょうボンさん」

「ふふ、行こうかボンくん」

「ささ、早いところ向かいましょうボンさん」

「よし、行くぞボン」

「みんながいじめる」




 都の規模はこちらが想像していたよりもだいぶ広く、途中乗り合い馬車を使用して目的地へと向かう。

 山間の小さな里のような物を想像していたのだが、やはり都というだけあって、徒歩で観光をしようものならまるまる一日潰れてしまいそうだ。

 そうしてたどり着いたのは、山の山頂へと続く小さな門。

 この先に広がるお茶畑の手入れを行う農家の人間や、先程言ったように甘味処や茶屋へと向かう人間が利用する為の物なのだが、やはりここにも一回り小さな鳥居が設置されていた。

 思っていたよりも緩やかな坂道を進んでいくと、次第に懐かしい香りが周囲から漂ってきた。

 それは間違いなく、紅茶や烏龍茶に加工したものでない、しっかりと緑茶の茶葉の香りだった。


「なんだろう、不思議な香りがするね? 懐かしいような……」

「そうですね……干し草とも少し違いますし……」

「これは緑茶の香りだね。嬉しいな、緑茶が飲めるのかここでは」

「おや? ボンさんは緑茶を飲んだことがあるのですか? 一般的に外に出すのは煎茶や紅茶に加工した物らしいですよ、この都の茶葉って」

「まぁ俺もカイヴォンも、緑茶とはちょいと縁があったのさ。ああ、俺も最近は飲んでいなかったな、久々に抹茶でも飲みたい気分だ」


 一人喜びを噛み締めながら、もう一度その芳醇な緑の香りを胸いっぱい吸い込む。

 さぁ、見れば視線の先に、まるで時代劇の世界からそのままセットを運び出してきたかのような茶屋があるではないですか。

 赤い番傘に赤い布の敷かれた縁台。そして店の作りも古い日本家屋風。

 紛れもない、まさしく茶屋オブ茶屋だ。


「みんな、ひとまずあのお店で休憩しよう。お茶でも飲んで!」

「珍しいね、カイくんがそんなにそわそわしているなんて」

「ふふ、新鮮ですね。私もそのリョクチャという物を頂いてみたいです」


 店までの残り僅かな坂道を一足先に駆け上がり、後ろの皆に呼びかける。

 さぁさぁ、ここにはどんなメニューがあるのでしょう。

 出来れば抹茶とお団子という王道の組み合わせを頂きたいところですが、はてさて――




「お待ちどうさまです。ご注文頂いた抹茶と、五目ちまきです」

「……ありがとうございます」


『悲報。甘いお茶請けが置いていない』

 塩むすびと五目ちまき、そして醤油煎餅しか置いていませんでした!

 ちーがーうーだーろー! 濃いお抹茶には甘いお菓子だって相場は決まって――


「……抹茶がめっちゃ甘い。抹茶ラテでもないのに」

「え? 抹茶は普通甘いものですよ? 何言ってるんですか?」

「そうなのか……いや、でも美味しい。挽きたての良い香りだ」


 きっと、最初に抹茶を伝えた人間が極度の甘党だったのだろう。

 酒好きのくせに甘いものも大好きで、自分の好みになるように文化を伝えたのだろう。


「ダリア。何か言うことは?」

「う……ま、まぁ次からは砂糖抜きで注文したらいい」

「まったく。ところで二人はどうだい? 緑茶を注文したみたいだけど」


 一頻り見た目と味のギャップを味わったところで、本日緑茶初体験の二人に問う。

 まさか、そちらも砂糖入りなんて事はないですよね?


「凄く綺麗な色をしているね。薄緑色で、優しい香りがするよ」

「ええ、本当に。紅茶とはまったく違う色ですが……この香りは凄く落ち着きます」


 静かに茶碗を傾ける二人。

 そしてアチアチと急ぎ口を離すリュエ。んむ、可愛い。

 もう一度ふぅふぅと息を吹きかけて口をつけ、そして静かに彼女達の反応を待つ。

 すると、アリシア嬢がニマニマと笑いながら小声で耳打ちをしてきた。


「魅惑的な唇ですねぇ……ボンさんはもう両方頂いてしまったのでしょうか?」

「下世話な話をするんじゃありません。まぁ魅惑的なのは確かだけどね」

「おやおや、初心な反応とも、冷静な返しともとれる返答。ふふ、余裕のある男性は好ましいですねぇ」

「そういうアリシア嬢も十分魅力的だがね。ほら、冷める前に飲んでしまいな」

「そうですね、では――ズゾゾゾゾゾ」


 もう突っ込まんぞ!


「ふー……美味しいねぇ。落ち着くねぇ……」

「ふふ、なんだかお婆ちゃんみたいですよ、リュエ」

「むぅ、そういうレイスだって顔がとろけてるよ、お婆ちゃんみたいに」

「むぅ……ふふ、でも確かにそうなってしまいますね。このリョクチャという物は」

「二人も気に入ってくれたみたいで何よりだよ。さて、じゃあもう少し休憩したら出発しようか」


 どうやら、二人も満足してくれたみたいだ。

 自分が好きなものを、自分の好きな相手にも気に入ってもらう。

 ほんの小さな出来事でも、こうして幸せを感じられる。なんだか俺が一番年寄りくさいな。

 五目ちまきを食べ終え、こちらもやたら甘い抹茶を飲み干す。

 さて、一息ついたしそろそろ出発しよう。

 店主さんに支払いと一緒に、この先の甘味処について訪ねてみたところ、一番最初に見えてくる、大きな木の看板のお店が人気店だそうな。


「なんだかんだで随分登ったね。ほら、都が下に見える」

「だな。けど城の天守閣はまだこっちと同じ高さだな」

「見晴らし良さそうだねー。中に入れてもらえたり出来ないのかな?」

「難しいのではないでしょうか? 察するに、この都の中心人物、代表の住まいでしょうし……」

「あー、確かに難しいですね。正式な客人になるか、それなりの地位のある人間でないと」

「あ、ならダリアが――むぐ」


 はいリュエさんお口にチャック。しかるべき時までこちらの情報は伏せておきましょうね。

 口を押さえていると、中から舌が飛び出しこちらの手のひらをくすぐってくる。

 こら、そういう事をするんじゃありません。


「むむ、手のひらが葉っぱの味だね」

「あーちまき食べたから……」


 坂道を登りきると、目的の店の看板が見えてきた。

『甘味処“白甘珠”』見るからに白玉をメインにしていそうな店名だ。

 だが、その店先にはまたしても――


「……まいりましたね。まさかこんな所にまで来ているとは」

「アリシア嬢、どうするね?」


 そう、恐らく彼女を探しているであろう、法衣に似た服装の一団が集まっていたのだ。

 まぁ確かに、抜け出した女性が何を求めるか予想を立てたら、この場所も選択肢に入るのだろう。

 ……どうする、いっその事ここで――


「ふぅ……ここまで皆さんに案内してもらったのに、無駄足にする訳にもいきませんからね。今日はここで捕まる事にします。最後に一品くらい食べさせてくれるでしょう」

「アリシア嬢……いいのかい?」

「ええ。久しぶりにこうして人とお話できましたし、一緒にお茶も頂けました。ふふふ、かなり堪能出来たと思います」


 彼女は、もう逃げも隠れもしないぞと言わんばかりに、こちらを引率するかのように先頭を進んでいく。

 遠目からも目立つ彼女の風貌。当然、店の前にいた一団が彼女の姿に気が付き駆け寄ってくる。

 だが次の瞬間、その一団の手から幾つもの閃光が奔り――


「ぐっ!」

「ボンさん!?」


 こちらの身体に降り注いだのだった。


(´・ω・`)来年からは全部税理士に丸投げすると決意

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