三百二十一話
(´・ω・`)はい、14章よーいスタート
桜吹雪。厳密には桜ではないのだが、視界を覆う桃色の花弁が舞い踊る様は、他の言葉で表すことが出来なくて――
暖かな優しい空気に包まれた、そんな常春のミササギ領を、俺はもう既に好きになり始めていた。
「素敵ですね、カイさん」
「ふふ、まるで吹雪だね。でもこの吹雪、私は好きだよ」
たぶんきっと、それは彼女達も同じなのだろう。
静かに目を閉じ、花の音でも楽しむかのような、そんな少しだけ風流を気取る。
さぁ、もうすぐ到着だ――
『ミササギ領』
かつて『ミササギ国』と名乗っていた都市国家であり、現在は領と改められている。
だがその本質は何ら変わらず、穏やかな気風と気候が訪れる人間の心を優しく解す。
その領土は南東の山岳地帯の七割と広大ではあるのだが、実際に人が住んでいるのはここ『ミササギの都』のみだという。
その成り立ちにはダリアも少なからず関わっており、そしてどこか間違って伝わった知識と共に発展した――
「間違って発展したっていうか、最初から間違ってるよな、これ」
「あっれー? おかしいなー? 俺がいた時はこんなのなかったぜ?」
「なーんで都市の入り口が鳥居なんだよ。しかも奥に山門っぽいのも見えるし」
「すげぇな神社と寺のハイブリットだな?」
初っ端から現れた、朱色に染まった美しく巨大な鳥居に、俺の中にあった『どうかまともな都市でありますように』という希望は脆くも崩れ去ったのだった。
が――
「これはなんとも……趣がありますね……さぞや立派な大樹を使ったのでしょう」
「凄いよ、これ木なのにピカピカ光ってる。まるで陶器みたいな艶だねぇ」
「それは植物の樹液から作る塗料のおかげだね。漆って言うんだ」
二人が楽しそうなので良しとしましょう。
しかし、俺は断じて認めない……これは京都を再現なんてものじゃない、間違いなくどこかの映画村だ。それも微妙に違う年代の物が混在する、そんなテーマパークだ。
それに微妙に建物が装飾過多な気がする。
「く……なんでどの建物にもシャチホコついてるんだよ……」
「あー……たぶんほら、城の真似をしたんじゃないか?」
「素敵、なんて立派な本丸なんでしょう……じゃないが」
「えー? あの城は別にいいだろ?」
「どう見ても名古屋城的な何かだろ。逆にあそこまで再現出来たのが凄いわ」
「たぶん内部は適当だと思うけどな。俺が描いた絵の再現だろうし」
ああ、そういえばお前さん絵心あったな、少なくとも俺よりは。
俺が描いたサイコロのデッサンが『牛の胴体』と評価されたのに対して、お前は正当にサイコロって評価されていたっけ。
「カイさん、どうしたんですかそんな顔して……何か嫌な物でも見ましたか?」
「ああ、いや大丈夫。ちょっとギャップに驚いていただけだから。うん、もう平気だ」
よし、ここはそういう国なのだ。割り切りましょうとも。
ともあれ、どこか懐かしくも不可思議な建物ひしめく都の道を進んでいく。
布施屋だったな。入ってすぐのところにあるはずだから、恐らく他の魔車も停まっているはずだ。
周囲を見回しながら進んでいくと、多くの住人がこちらに注目している事に気がついた。
悪感情……ではないな。今は入行を制限している関係で、皆外から来た人間の持つ品に期待している、といったところだろう。
「わぁ……カイくん見てご覧よ。子供達、頭の上にちっちゃい耳が生えてるよ。すっごく可愛いなぁ……ハムネズミ族ではないんだよね」
「獣人の子供だな。間違っても耳に無断で触るような事はするんじゃないぞ?」
「もちろんだよ。ふふ、手を振ってくれたから振り返さないと」
ニコニコと手を振るリュエと、それを見て嬉しそうに追いかけてくる子供達。
窓から身を乗り出しているリュエが面白かったのか、ケラケラと笑っていた。
そしてレイスが手を振ると、今度は少しだけ年上の人間が色めき立つ。
ふむ、なら俺が手を振ったらどうなるのか。
「……今明らかに青年に舌打ちされたが」
「そりゃハタから見たらお前ハーレム野郎にしか見えんし」
「お前もそのハーレム要員にカウントされる訳だがよろしいか」
「……中に戻るわ」
などと言いながらも、前方に魔車の列が見えてくる。
その列の先には、周囲の建物よりも二回り近く大きな建造物が。
大きな寺院のようにも見えるその場所へ向かっていくと、丁度列が捌かれ始めたのか、すんなりと敷地内へと入ることが出来た。
「はーい、では次の一団の皆さんにも説明しますね。現在、我々は食料と木材を重点的に買い取っています。既に麓の村でリストを受け取っていると思いますが、お譲りして下さる物の種類や量で、この都に滞在出来る期間を決めています。滞在期間中の領内での商業行為は基本的に自由とされておりますが、くれぐれもご禁制の物品の取引などはなさいませんようお願い致します」
大きな三角耳を生やした女性が、今集まっている魔車や馬車へと向かい説明をする。
やはりここは神社や寺に相当する場所なのか、彼女の服装はどこか僧衣のような、尼の法衣のような、そんな落ち着いた雰囲気の物だ。
うむ、なんだか清楚な感じがして宜しいですね。
「ご禁制……態々注意を促すという事は、既に横行しているという事でしょうか……」
「案外、美味しすぎるからマグロはご禁制、とかだったりしてね?」
「もう……そんな意地悪言わないで下さい」
少しだけむくれるレイスに謝罪しながら、こちらも米俵を表に出し、買い取り窓口へ向かう。
お、こっちの担当は今説明していたお姉さんか。
「はーい次の方。ではここでお売り出来る物を見せて下さい。ちなみにですが、ここは商会ではないので、多少割安になってしまいますが、それが滞在用手形の料金だということで納得して頂けるとー」
「了解です。では、この米俵一俵でどれくらいになりますかね?」
「ちょーっと失礼しますね」
狐耳? それとも大きめな猫耳だろうか?
こげ茶色の髪と耳を持つお姉さんが、米俵の確認を行っていく。
軽く叩いてみたり、少し押して重さを確認したり、そして顔を近づけて匂いを嗅いでみたり。
「失礼ですが、この米俵の産地はどうなっているのでしょうか?」
「セミフィナル大陸のアギダルですね」
「ふーむ、ちょっとそれはおかしいですね」
するとお姉さんの目つきがどこか鋭いものとなる。
「この藁の香りや、俵の重さは、間違いなく海を渡る前のものですよ? もしも本当に本物だと言うのであれば、中身を改めさせてもらう事になります。それが嫌でしたら、この場で見逃して差し上げますのでー」
「あー……なるほど。そういうことですか」
このお姉さんの言うことも尤もだ。
米は、海を越えると質が下がる。それは湿気や潮風の影響なのだが、なにもこれは不思議な話ではない。
日本にいた頃にも経験はあるだろう? 新米とそうでない米とでの味の違いとか。
そもそも新米の定義は『梅雨越しをしたか否か』つまり梅雨が訪れる直前なら、前の年に購入した新米も、まだ新米として認められているのだ。
とはいえ、その基準は機関や組織によって変わるらしいのだが。昔と現代じゃ色々変わってくるのだろう。
だいぶ話が逸れてしまった。つまりそれだけ米にとって湿気というのは天敵であるという訳だ。
まぁこの中身は玄米なので、多少湿気にも強いはずなのだが、それにも限度はある、か。
「確認、構いませんよ」
「あら、そうですか……」
そういうと彼女は、専用の器具だろうか、米俵に細い鉄の棒を突き刺した。
恐らく中が管になっていて、内部の米を外に流してくれるのだろう。
パラパラと数粒、彼女の手のひらに現れる玄米。
アイテムボックスの中に収納していたので、海を越えようが川を越えようが、雨の中行軍しようが関係ないのです。
そう考えると、やっぱり一番のチートはこのアイテムボックスではなかろうか?
「むむ! この芳醇な香り……潔い割れ方……噛むほどに広がる、まだ玄米だというのに感じられる仄かな甘さ……おみそれしました、まさか特級米を貴方のような若い商人が仕入れているとは思いもよりませんでした」
「特級米……ですか?」
「おや、ご存じないのですか? 貨物船の中でも最高級とされる、移動式結界を搭載した船で運ばれた食品です。劣化や環境による変質を防いでくれるので、とんでもない値段がつくんです」
「あー……たぶんそれに近い環境で運ばれたお米だと思います。心当たりありますんで」
とりあえずはぐらかしておきましょう。
アイテムボックス持ちってかなり珍しい上にその性質上、何かとトラブルに巻き込まれやすいらしいからね。
……犯罪に使われようものなら絶対にバレないだろうし。
「この等級の、それもアギダルの物でしたら……正直価値がつけられませんね。申し訳ありません、代金をこの場で支払うのは難しくなってしまうのですが、それまでの間は無期限で滞在して構いませんので、お譲り頂けないでしょうか?」
「む、無期限ですか……それはかまわないのですが、たかが米でそこまで……」
「実は、あまり大きな声では話せないのですが、現在食材を集めているのは、その中からさらに最上級の物を選り抜く為なのです。現状、このお米は運び込まれた物の中でも最上級、これ以上は話せません、申し訳ありません」
顔をよせ、ヒソヒソと教えてくれるお姉さん。
……美人さんの美声がこそばゆうごぜーます。
レイス太ももつねらないで。痛いから。割と本気で痛いから。
「では、この米俵をそちらにお預けします」
「本当ですか!? いやー助かります! では、宿泊の宿ですが、沙汰があるまでこちらに宿泊して頂くことになりますが宜しいですか? 勿論、お代は結構ですから」
む、どうやら本当に『布施屋』としての機能も備わっているようだ。
見たところ建物も大きく立派。恐らく普通の宿より充実した施設なのだろう。
レイスに確認を取ると、まだ少しだけ膨れながらも『ここにしましょう』と言ってくれた。
「ふふ、許します。仕方ないですもんね、先程の女性、とても綺麗でしたし」
「それもそのはず、あの娘さんはフォクシーテイルの血筋だ。あの種族は美人が多いからな」
「出たなダリア。詳細プリーズ」
呼んでなくても窓から登場。我らがちびっこの解説が開始される。
「この都の代表、まぁ元代表になるんだが、それがフォクシーテイルなんだよ。名前の通り狐の因子を持った獣人の一族で、獣人の中じゃ一番の長命種だな。で、その血をさっきの姉さんも引いているって訳だ」
「ほほー……お狐様は美人で長命、と」
「ちなみに、覚えているかわからないが、前に俺がレイスに『今までの人生の中で三本の指に入るべっぴんさん』みたいな事を言った記憶があるが、そのうちの一人が今言った元代表のフォクシーテイルの事だ」
「なるほど」
納得しながらレイスをまじまじと見つめると、照れたように顔を隠しだした。
うむ、べっぴんさんだ。照れてる姿も実に様になる。
「じゃあ私は何本の指に入るんだい!?」
「ぐぇ! リュエ助、狭いんだから無理やり出て来るなよー」
「リュエも俺の中だと二本の指に入るねぇ。レイスとリュエの二強だな」
「ふふ、ありがとうカイくん」
「ふふ、照れてしまいますが、嬉しいです。……では私とリュエ以外では?」
やだ、そんな返答に困る質問せんでください。
……なに、これ答えないとダメなパターン? 質問が無限ループする選択肢的な?
「……オ、いや、やっぱりなしで。勘弁してくれよ」
「ふふふ、珍しいですね、カイさんがそんなに顔を赤くするなんて」
チキショウメー。
「あれ!? 今なにか動かなかった!?」
布施屋の人間に、宿泊者用の魔車置き場に案内された時の事だ。
今回売る事にならずに済んだ荷物を客車から下ろしていると、リュエが何かを見つけたように、少し驚きながら声を上げた。
「ん? ネズミかなにかでもいたのかね」
「食べ物そのまま積んでいたからな、何か近寄ってきていたのかもしれん」
「でしたら、早く収納し直してしまいましょうか?」
「んー……一応この食べ物類もこの施設に分けておこうと思う。俺の記憶が確かなら、布施屋って元々ボランティアみたいな感じで運営しているはずだし」
「ああ、たぶんその筈だ。そうだな、ここで印象を良くしておくのも良いかもしれん」
早速施設の人間にその旨を説明すると、大変な喜びと共に『こちらの食材を使い、最高のおもてなしをさせて頂きます』と。
どうやら、今回の買い取りの窓口になった影響もあり、利用者が急増。少々食料に不安が出てきていたとか。
そうして次々に食材が運ばれていく。無論、大きなブリもそのままの姿で。
「ああー……ブリ照り……ブリ大根……ブリしゃぶ……」
「今度作ってやるからそんな情けない声出すなよ」
「絶対だからな!?」
「ダリアさんは随分いろんな料理を知っているんですね……カイさんの得意料理なのでしょうか?」
「ん? こいつに得意じゃない料理なんてないだろ?」
「それは言い過ぎだ」
「だって何作っても店より美味いじゃん」
「美味くなるように手間かけてるだけだっつーの」
よせやい。照れるだろうが。明日にでも作ってやるよオラ。
「あれ? カイくん、米俵がもう一つ残ってるよ? これは引き取って貰わなかったのかい?」
「ん? そんな筈は……米俵って一つしか出していなかったはずだぞ、俺」
「でも現にここに……」
「もしや、他の方の米俵でしょうか?」
確かにこの場所は沢山の食料が集められている様子だし、他の人の物が紛れ込んでしまったのだろうか?
となると……勝手に収納するのはマズいよなぁ。
少々重たいが、この身体のスペックなら問題ないだろう。
肩に担ぎ、そのまま用意された部屋へと向かうのだった。
「よいしょー」
ドシンと音を立てながら米俵を下ろす。
案内された部屋は、なんとまさかの畳部屋、つまり和室だ。
アギダルで過ごした日々を思い出しながら、なんとも懐かしい香りを胸いっぱいに――なんだか妙に良い香りがしますな。花のような、お香? いや、香水?
「レイス、香水を変えたのかい?」
「いえ? 私はいつも同じ物ですが……この部屋の香りと混ざってしまったのでしょうか」
「んー? 俺はとくに何も感じないが」
「俺、嗅覚は鋭い方なんだよ。気の所為かね」
「もしかして私かな? カイくん、私臭う?」
リュエさんはいつもどおりフローラルな香りです。
エルフさん特有のいい匂いでございます。
ちなみに、アマミーはどこか百合のような、ダリアは良く分からないが、少し尖ったような花の香りだ。
「この施設はあっちこっちでお香を焚いているみたいだから、その所為かな」
「そうかもしれませんね。なんだか不思議と落ち着くような香りです」
「私はこの畳の匂いの方が好きだけどねー。えい」
そう言いながら、早速座布団を敷き詰めて転がり始めるリュエ。
確かに気持ちは分かるぞ。座布団が山積みにされていると、ついダイブしたくなるような、あの感覚。
「ダリア的にも、やっぱり懐かしいだろ、和室って」
「だなぁ……なんだかお前の――いや、その」
「別に良いって。俺の家の仏間を思い出すよな」
「……ああ。本当に懐かしい」
ダリアとの間に、奇妙な空気が漂う。
前からちょくちょくこういう事があったが、恐らくきっと、俺よりもお前の方が気にしてくれているんだろう?
「ダリア。俺は、もう気にしていない。こんな毎日を過ごしているんだ、幸せでいっぱいだ」
「……そうだろうな。いつまでも昔のお前のイメージを抱えている訳にもいかないな」
「だーかーらー! またそうやってダリアとカイくんだけの世界に入るー!」
痛い痛い、座布団手裏剣はやめなされ。
「いやぁ、ちょっとこの部屋が前の世界の俺の家に少し似ていたからつい」
「む? そうなのかい? じゃあカイくんの家には座布団が沢山あるのかい?」
「おう、沢山あるぞ。押入れいっぱいにあるんだ」
「へー! 面白そうな家だねぇ」
……面白いだろうか? 座布団が気に入ったみたいですね?
それから部屋の調度品を観察したり、この後の予定を話したりしていた時の事だ。
部屋の外の廊下を急ぎ足で通り抜けるような足音が、幾度となく響いてくる。
なにかあったのだろうか? その好奇心に負け、少々慌ただしい足音の主に声をかけるべく部屋の外へと向かう。
「なにかあったんですか?」
「あ、先程の!」
そこにいたのは、またしてもフォクシーテイルの血を引いたお姉さんだった。
やはり急いでいるのか、少しだけ顔に汗を浮かべな、どこか焦っているような表情だ。
「呼び止めてしまってすみません。何か、お力になれることはありますか?」
「い、いえ……申し訳ありません騒がしくて」
「もしかして……何か探し物でしょうか?」
俺は先程運び込んだ米俵を思い出しながら彼女にたずねてみる。
だが、どうやら俺の予想ははずれたようだった。
「いえ、捜し物ではないのですが……あの、つかぬことを伺いますか、この部屋に誰か訪ねてきたりはしていませんでしょうか?」
「案内されてからは、誰も来ていませんね。もし誰か来たらお知らせします」
「はい、是非お願いします。お騒がせしてしまい申し訳ありませんでした」
すると、やはり急ぎ足で去っていくお姉さん。
ふむ……となると探し人だろうか。
「ねーカイくん。この米俵、尻尾みたいなの生えてるよ」
「ん? ほつれてきてるなら無闇に触らない方が良いよ。中身がこぼれたら大変だ」
ああそうだ、この米俵の事も話せばよかったな。
次に他の人が来たら聞いてみないと。
「ほつれ……どう見ても尻尾だよ?」
「いやいやそんな訳が」
部屋に戻ると、リュエが米俵を凝視し、その一点に向かい訝しげな視線を向けていた。
ふむ? そんなにほつれが気になるなら直して――
「どうみても尻尾だと思うんだけどなぁ……もふもふしてるよ?」
彼女の方へと回り込む。
すると確かに米俵の一箇所から、金色の、大層毛並みの良い、もふもふと柔らかそうな尻尾が生えていた。
……え? なんだこれ、本当に尻尾なのか?
レイスとダリアも呼び寄せ、この謎のしっぽ付き米俵を見せてみる。
「まぁ! 随分と質の良い毛皮ですね! もしかして、密輸品でしょうか?」
「米俵に隠して……? ダリア、どう思う?」
「……まさか、いや……」
するとリュエが我慢出来ずに、そのもふもふ尻尾に手を伸ばす。
あ、ずるい。俺も触りたかったのに。
「えい」
「ヘア!?」
あ、米俵が喋った。
(´・ω・`)6巻発売日は今月末となっておりますん