三百十八話
(´・ω・`)モンハンあきてきた
心、穏やかに。
余計な焦りや不安は、きっと私を鈍らせる。
私はそんなに強くはないから。半分くらいは意地だから。
与えられた力を十全に扱う為に、私は人よりも多く時間をかける。
暗闇の中、手中に現れた刀を腰に下げ、見よう見まねの構えを取る。
「深夜零時、ジャスト。本当に、私はここから抜け出せるんだ」
あの少年は、妙に大人びたあの子は一体何者なのか。
私をただ哀れみ、ここから逃げ出す為の情報を与えてくれた彼の真意はどこにあるのか。
それすらも今この瞬間はただの雑念だと、刀を抜く前に切り捨てる。
「ふぅ――――ハッ!」
本当にこれでいいのか分からない、けれども私の望んだ通りの結果を残す抜刀は、目に見える鉄扉を切り裂き、目に見えない魔法? のような物を打ち砕く。
崩れてしまわないように慌ててその鉄扉を手で抑え、静かに床へと横たえる。
「……地下なら、私が忍び込んだ時の川も近いはず」
ここに、私の目的があるはずなのに、私はここから逃げ出す事を考える。
私が、私を召喚した人間に負わされた使命。それは『七星と呼ばれる存在の解放』。
曰く、この大陸『サーディス』にはその昔、強大な力を持つ二体の魔人がいたらしい。
大陸を荒廃させたその魔物を、当時の戦争相手と共に封印したと私は聞かされた。
なんだか、日本で見た映画やアニメにでもありそうな話だな、なんて考えていたのだが、いざそれを解放しろと言われ、疑問が生まれた。
そんな存在を解放したら、またこの大陸は大変な事になってしまうのでは? と。
けれども、封印され長い時間が経ったその魔人は『既に守護神としてこの大陸を導く存在へと変わっている筈だ』と言っていた。
そもそも、その二体は外敵の侵入に怒り、暴走を始めたのだという。
そしてその外敵こそが、当時の戦争相手『サーディスのエルフ達』。
彼らは今もその恩恵を独占し、そして優位に立ち、私が召喚された共和国に対し、不当な要求を繰り返している――というのが召喚者達の弁だった。
「真実がどうであれ、私には関係ないんだけれどね」
私には私の役目がある。今の私は、召喚者に従い与えられた使命を達成する事に全力を尽くしているけれど、それだけでは元の世界に帰れない。
私は、自由になりたいんだ。誰にも邪魔されず、あの場所で頼まれた『魔王』と呼ばれる存在を、なんとしてでも倒さなければならないのだから。
「……七星、か。きっと、この城のどこかに手がかりがあるはずなのに、な」
二体のうち、一体は共和国側に封印されていると聞いた。
けれどもその封印は強固なものであり、私一人でどうにかするのは難しいと、既に調べはついている。
ならばもう一体。共和国側に伝わっていないもう一体が、きっとこちらの国のどこかに存在しているはずだからと、私は単身こちらへと渡ったのだから。
「封印の要である聖女……この国にはもういないっていうのは想定外だったけれど」
それでも、私はこの城で大きなヒントを手に入れたから。
私の目的の役に立つ、大きなヒント、大きな力の話を聞いたから、それはきっと無駄じゃない。
「国を脅かす存在。その力を借りられたら、きっと私は――」
城の地下道を通り抜けながら、私はこの先の展望を思い描く。
もしも、この国に牙を剥く人間が、私や召喚主以外に存在しているのなら。
そして、既に敵対し逃げ出したその一行の力を借りる事が出来たのなら。
私は、もう一度この場所に戻ってくる事が出来るはず。
けれども――
「なにか、手土産がないと話にならない、か。この城に、何か価値ある情報が、手がかりがあればまた違ってくるのに」
地下道の果てにある水路へとたどり着いた私は、そこを勢い良く暗闇へと向かう流れをただじっと眺める。
小舟はもうない。恐らく城の人間に回収されてしまったのだろう。
今私が持っているのは、この刀ともう一つ、姿を隠してくれる布だけ。
そろそろ城の術式が復活して、巡回の人間もいつもの任務に戻る頃。
私の脱走を気取られるのも時間の問題だ。
「泳げはする……この川でもきっと……」
大丈夫、小さい頃は私もスイミングスクールに通っていたのだ、きっと、大丈夫。
刀を収納し、身一つでその流れに思い切って飛び込もうとする。
けれども、その時視界の隅に少し大きめの木箱が目に入る。
……ないよりはマシだ。それを急いで近くへと引き寄せ、水路へと突き落とす。
頼りなく、ゆらゆらと浮かび上がるその木箱に不安しか感じられないものの、今の私にとっては希望の船だ。
「ええい! 人生やるかやらないかの二択だ!」
自分の座右の銘で気合を入れ、そして私はその暗闇へ続く流れへと身を投じたのだった。
相も変わらず清々しい、気持ちの良い目覚めを迎えたわけなのだが、どうして今日は貴女がいるんですかね?
「レイス、いつ忍び込んだのか分からないけれど寝たふりはやめなされ」
「……バレましたか」
「君普段そんなわざとらしい寝息を立てないからね。静かなものだよいつもは」
「そ、そうなんですか……あ、ちなみに忍び込んだわけではなくてですね、起こしにきたんです。もうすぐ七時ですよ、カイさん」
「じゃあどうしてベッドに忍び込んでいたんだい?」
「ふふふ」
笑って誤魔化したぞこのお姉さん。
やはり高級な宿だけはあり、朝食に先駆けて出発するこちらに、宿の従業員から差し入れとして軽食を頂いた。
既にダリアは魔車の方に移動しており、リュエと二人でどちらが御者をするかジャンケンをしているところだったのだが――
「リュエ、宿の人にコレもらったよ。中でゆっくり食べよう」
「あ、それってリュエフライのあげていないヤツかい!?」
「一応この地方だとウィッチピックって呼ばれているらしいぞ、これ」
「む、それってやっぱりアレと同じ意味じゃないのかい?」
「つまみ食いじゃなくて、魔女に選ばれた物とか、もう少しかっこいい意味だと思うぞ」
「むむ……じゃあその呼び方で良いかな」
聞けば、この町だけでなく、エルフと獣人の混血児、彼等が自称するところのダークエルフの領地でも盛んに食べられているらしい。
もともとこの周囲に住んでいたらしいのだが、国境付近という事でサーズガルドのエルフ達との衝突も昔は多かったそうで、それで離れた場所に移り住んだのだとか。
まぁそれでもこの町で割と見かけるわけなのだが。
「よし揃ったな。じゃあ御者は俺が勤めてやるから、大船に乗ったつもりで案内されると良い。いやぁ、何百年ぶりかね自分でするのは、いつも付き人がやってたからなぁ」
「……レイス、お願いして良いかな」
「はい……ダリアさん、私も御一緒します」
「ん? そうかい?」
ダリア一人に任せるのが不安です。お願いします。
そうして、まだ人通りの少ない、けれども市場へ向かう馬車や魔車が多い、そんな少し日差しの強い朝のうちに、ここシンデリアを旅立ったのだった。
魔車に揺られながら、早速頂いたウィッチピックのサンドイッチを頬張る。
相変わらずブリンブリンと弾けるような弾力と、海老の優しい甘さを感じられるそれに舌鼓を打ちながら、御者席のダリアに問う。
「ダリア、具体的にはどれくらいかかるんだ、ミササギ領までは」
「そうさな、この魔車なら昼夜問わず移動して二日ってところかね。結構いい魔車だぜ、これ」
「そうですね、この速度と地図を見た限りではそれくらいで到着すると思います」
「二日かー、じゃあ野宿だね、途中で」
「一応少し逸れたところに宿場町もあるが、どうするね?」
ふむ、宿場町か。しかし今回はそれなりに急を要している訳だし、出来るだけロスは避けたいところ。
それに、ダリアを含めたこの四人なら、きっと野営だって楽しく充実したものになるだろう。
ほら、この人掘っ立て小屋ならあっという間に作れちゃいますし?
というわけで、期待もかねてダリアにエールを送らせて頂きましょう。
「うぇー……じゃあがんばった分、晩飯は俺のリクエストに応えてくれよ?」
「あいよ。お前のリクエストに応えるなんて、いつもの事だろうが」
「……へへ、そうだったな。なにせこっちはうん百年ぶりだ。期待してるぜ」
小さい子供の顔の癖して、妙に男臭い笑みを浮かべるその姿がなんだかおかしくて。
つい、三人で笑ってしまうのだった。
共和国側は行商人が多いらしく、この道が大きな街道だという理由もあり、途中何台か馬車とすれ違ったのだが、やはりその御者を務めている種族が統一されていることはなく、中には明らかに鳥類ではない、どちらかというと俺の魔王ルックに似た翼を生やした人間の姿も見受けられた。
そういえば、この大陸に来てから魔族を一人も見ていないが、その辺りはどうなっているのだろうか?
「ん? さっきすれ違った商人なら魔族じゃないぞ、ドラゴニアだ。セリュー共和国の名前の元になった『セリュー皇国』、つまり今のセリュー領に多く住んでいる種族だ」
「へぇ、魔族じゃないのか彼等は」
「どうだろうな。広義に捉えたら仲間になるような気がしなくもないが……」
「翼があるという事は、恐らく強い力を持っているのだとは思いますが……」
「レイスの言うとおりだ。連中は俺達エルフに匹敵する魔力と、魔族に匹敵する潜在能力の高さを持ち、尚且つその知識への貪欲さはヒューマンに匹敵する。まぁ、もともとはこの大陸の覇者だったんだよ」
「へぇ、そいつは凄いな。で、今は共和国のまとめ役にでも収まってんのか?」
「ご明察。一応建前上は皆平等ではあるが、共和制立案者であると同時に元この大陸の支配者だ。皆、心のどこかで敬う気持ちは持っているのかもしれないな」
「ふーむ……なるほどなぁ」
なんというか、ドラゴンに関連する種族となると、個人的に俺とどうしても相性が良くないような、そんな気がしてならんのですが……。
俺が倒した七星って『龍』神とプレシード『ドラゴン』ですから。
「いろんな種族がいるんだねぇ……どんな生活をしているのか、いろいろ興味は尽きないね」
「たぶん驚くぞ。連中の魔術は俺達のものとはまったく体系が違うんだ」
そういえば、ダリアのステータス欄に『龍魔導』という物があったと思い出す。
もしや、こいつは各種族の術を全てマスターしているのだろうか?
……なんとも計り知れないちびっこだ。
「へぇー! そこにもいずれ行くんだろう? 楽しみだよ」
「なら良い知らせだ。今から行くミササギにも独自の魔術があるんだよ。たぶん目にする機会も多いだろうし、楽しみにしてな」
「へ~! なんだろうね、凄くワクワクしてきたよ」
嬉しそうな彼女を見られただけでこっちもほっこりします。
さて、じゃあそのミササギに向けて、今日は出来る限り距離を稼ぐとしましょう。
そうして太陽が真上に上る頃には、全道程の1/6を走破する事が出来ていた。
相変わらずの熱帯気候。少しでも日陰を求め、少々密林に入り込むようにして魔車を停める。
こちらもここ最近は温度調節が可能なコートである『法印の黒外套(修繕)』を装備していたのだが、周囲から『見た目が暑苦しいから戦闘以外では着るのを止めなよ』と言われ、なくなく薄手のシャツとなっております。
ちくしょう、あっちの方が涼しくて着心地が良いというのに。
「結界魔導具の設置完了。少しは環境改善の効果もあるから、時期に湿度は下がると思うよ」
「ちなみに、本来この大陸全土が結界に覆われている関係で、その魔導具の発動が難しくなっているんだが、その辺りの改良も昔の俺がやりました。褒めろ」
「よーしよし、よくやったねダリア」
「よ、よせリュエ助。撫でるな撫でるな」
昼食休憩を済ませ行軍再開。シンデリアからミササギへと向かう行商人はそれなりに多い関係で、宿場町ではないにせよ、しっかりと管理されている野営地が存在しているそうだ。
本日はその場所まで向かう事になっているのだが、そういう場所を利用するのは始めてだった。
話を聞く限りでは、ちょっとした市場が隣接しているオートキャプ場のような場所という話なのだが。
ふむ、なんだか楽しみだ。ただの野営よりも、立地条件も設備も整っているのだし、まるで日本でバーベキューをしていた時のような感じになるのではないだろうか?
なんだか懐かしいな、ワクワクしてきた。
「ダリア、次左だからな」
「分かってる分かってる」
今度はダリアと二人で御者をしながら、その野営地の姿が見えてこないかと目を凝らす。
手綱を握るダリアと、地図を片手に指示を出す俺。これも、懐かしい。
前の世界にいた時も、よくこんな風に車の運転をしていたっけ。
「しかし野営場ねぇ、サーズガルドじゃ見かけなかったが」
「あっちは大所帯のキャラバン隊が一般的だったからな。身内の野営だけで十分に安全を確保出来ていたんだよ」
「なるほど。そういや漁船も国で管理されていたし、そういう流通関係は全部国の方針に従って動いてるって事か」
「イエス。商人ギルドでもそっちの方が儲けがデカいって理解しているからか、スタンドアローンな真似をする行商人も少ないんだよ」
隣接していても、まったく異なる文化の国、か。
個人的にはこちらの自由な気風の方が好ましいが、管理されている事への安心感を取る人間も多いのかもしれないな。
「お、もしかしてあれか?」
分岐路を進んでしばらくすると、先の方に何やら木造の柵が見えてくる。
街道脇に広がる草原地帯をまるまる囲うようなその様子に、俺が想像していたキャンプ場のようなイメージが払拭される。
これは、もはや広大な牧場と呼べる程の規模ではないか。
そんな柵内には、こちらと同じような魔車や馬車が綺麗に整列され停められている。
その無秩序とは程遠い様相に、しっかりとここを管理している組織があるのだろうと当たりをつけた。
「うわ、前に来た時より広くなってるな。いやぁ儲かってんなぁこっちの自由騎士団」
「へぇ、これって自由騎士団の管轄なのか」
「まぁ、魔物討伐の拠点としての側面もあるからな。それに、行商人が道中の護衛を雇うのにも利用されてるって訳だ」
「ほー」
魔車の速度を緩め、その野営地の入り口で看板を持っていた鎧姿の人間に誘導される。
いやはや、なんだかとことん懐かしい気持ちにさせられるな、まるで大きな駐車場だ。
「おー! カイくん、凄いね魔車だらけだ」
「ここまで沢山の馬車や魔車が集まっているのを見るのは初めてです私も」
「ここに来る人は必然的に皆、魔車や馬車で来る事になるからね」
誘導された停留場に魔車を停め、出立の際に必要となる整理札を受け取る。
その札には『217』とあり、恐らく俺達が二一七番目の利用者なのだろう。
時刻は午後四時。そろそろ日が落ちてくる頃合いだが、どうしようか。
「とりあえず先にテントを張る場所を決めておかないか? その後少し見て回っても良いし」
「そうですね。先程チラリと見えましたが、なかなか大きな市場も見えましたし」
「こんな道の真ん中に、突然こんな場所があるなんて、不思議な感じがするよ」
「確かに周りには密林しかないし、どんな物を取り扱っているか気になるね」
ならば完全に日が落ちてしまう前に場所を見つけようと、早速テントを張るための広場へと向かうのだった。
到着したその場所は、やはり牧場のような広大な芝生地帯。
だがそんな緑の中に、いくつも点在している様々な色や形状のテント達。
なにかこう、得体の知れない生き物のひしめく牧場のように思えてきて、なんだか少しシュールだ。
「よーし! じゃあ私達はどこにテントを貼ろうか!」
「どうやら水場や火を扱う為の場所が点在しているようですね。人気なのか、テントも多いみたいですし」
「なら、俺達は自前の道具で殆ど賄えるし、少し離れた空いた場所にしようか」
そうして選んだのは、少し離れた場所にあった、以前誰かが宿泊したであろうスペース。
芝生の一部が焼け焦げ土が覗いているが、俺達もここで火を使えばいいだろう。
緑は大切に、だ。
場所をとる意味も込めて、先程整理札と一緒に受け取った、小さな立て看板を地面に突き刺す。もちろん、そこに書かれているのは『217』番だ。
「よし、じゃあ市場の方に行ってみようか」
「モウラス種の肉、一キロあたり三万ルクスで買い取るよー!」
「防具の打ち直し、武器の研ぎ直し承りまーす!」
「冷凍した果物、今なら一カゴで一二◯◯ルクス、どうだい!」
市場というよりも露店のような店が立ち並ぶその一角へ向かうと、すぐに威勢の良い掛け声が四方八方から飛び交ってくる。
一般的な市場と違うのは、やはりこういった道中にある場所な所為か、戦闘を生業にする人間の為の店が多いところだろうか?
「そこのデカイ剣背負った兄さん、どうだい、武器の手入れも大変だろう?」
む、どうやらこちらに向けての呼びかけのようだ。
「大丈夫ですよ、俺の剣なら」
「そうかい? 今なら研ぎ直しからグリップの巻き直しまで全部セットで五◯◯◯ルクス。明日の朝までには終わらせられるよ」
「ははは、すみません」
「ふむ、そいつは残念だ。じゃあそっちのお嬢さんはどうだい? 上等な剣を下げているようだが、手入れは必要かい?」
すると今度は、腰に『神刀“龍仙”』を下げているリュエへと標的をかえたようだ。
……俺の剣もそうだけど、このクラスの武器って汚れこそするものの、刃こぼれも歪みも出来ない、まさしく不滅不壊の武器なんだよなぁ。
それに俺もリュエも、結構こまめに武器の手入れをしているのだし。
「私の剣かい? ほら、ごらんの通り曇り一つないよ」
すると何を思ったのか、リュエが鞘から剣を引き抜き、その透き通るような青い刃を商人に見せつける。
相変わらず、喉を鳴らしてしまう程の輝きに、見せつけられた商人もまた畏怖を覚えたかのように身体をのけぞらせる。
「これは……おみそれしました、さぞや名のある剣士様とお見受けします。これほどまでの逸品に手を加えるなど、私にはとても出来そうにありません」
「ふふふ、そうだろう? 毎日綺麗に磨いているからね」
上機嫌で剣を納めた彼女は商人に別れを告げ、それい続くように次の店へと向かっていく。
なんだか楽しいな、今までとはまた違った雰囲気に、ついこちらも足取りが軽くなていく。
少しすると、完全に日が落ちてしまい空が紺色に染まっていったのだが、それでも市場の明るさは変わりなく、照明の魔導具でも使っているのだろうと観察してみる。
すると、丁度一つの店の店主が、軒先にぶら下げている空き瓶に、光る液体を注いでいるところだった。
魔導具じゃ……ない? その好奇心を刺激する光景に、つい足を止める。
「どうしたんですか、カイさん」
「あ、レイス。見てくれ、アレ。照明だと思うんだけど、初めて見るからさ」
「ええと……あ、本当ですね、あれはなんでしょう?」
レイスも知らないとなると、これはダリアの出番だろうと腰を見下ろす。
ちびっこ先生、解説お願いします。
「あれは“グロウリーランプ”名前の通りの物だが、仕組みは簡単だ。蛍光石や蓄光苔っていう光を溜め込む性質を持つ物質を錬金術で溶液に溶かし込んだ物を、ああいう空き瓶や専用の容器に流し込んで光らせる物なんだ」
「へー! 凄いね、魔導具いらずじゃないか」
「いんや、あれは反応液って別な液体と混ぜてから、大体七時間で光を失ってしまうんだ。つまり中身は使い捨てだから、常用しようとするとそれなりに費用がかかるんだ。けれどもこの国は魔導具の出力が不安定だから、野外ではあれを使っているんだ」
ふむ、前の世界の夜光塗料の、光が強いバージョンという具合だろうか。
しかし周囲を見てみれば、薄緑色から青、はては蛍光灯のような白い光まで多種多様だ。
むしろ魔導具よりこっちの方が汎用性が高いように思える。
「綺麗だねぇ……なんだか幻想的だよ」
「そうですね、光が揺らめいて、凄く不思議……」
そう言いながら、二人は近くの店に下げられているランプをうっとりと眺める。
……確かに、凄く幻想的で美しい。主に二人の横顔が。
そんなこちらの思考を読んでか、ダリアもまた、こちらをニヤニヤと見つめている。
ええい憎たらしい。まぁいい、後でこれ、どこかで買っておこう。
少し手狭で雑多な、けれども幻想的な灯が揺らめく、不思議な空間。
その中を、まるで揺らめく灯と同じように、ゆらゆら、ふらふらと見て歩く。
なんだか、久しぶりにこの世界を異世界なのだな、と強く意識する、そんな一時。
「良い物だね、こういうのも」
「そうだね、なんだか懐かしいような、珍しいような、不思議な感じだね」
「お祭りとも少し違う……なんだか優しいような、そんな雰囲気ですね」
「照明はムードを演出する、とはよく言ったものだよな。俺もこの灯を枕元によく置いていたよ」
さて、じゃあそろそろテントを張りに戻ろう、本格的に暗くなる前に。
名残惜しいが、この幻想風景に背を向けその場所へ戻るのだった。
「で、晩飯のリクエストの件なんだが」
「ダリアも何か食べたいものがあるのかい?」
「そういえば言っていたな。ここならスペースもあるしある程度のものなら作れるぞ」
「まさか、また魚のフライですか? ダメですよ、そんなに揚げ物ばかり食べては」
テントを張り終えたところで、夕食はどうしようかという話題になる。
ダリアのリクエストとなると、リュエやレイスよりも遠慮のない物が来るのではと身構えているわけだが、果たして何を食べたいと申すのか。
……やっぱり和食かね? この大陸じゃあライスすらあまり食べられていないようだし。
「なぁ、醤油とかそういう調味料って持ってるんだよな? あの出店を出していたくらいだし」
「ん? ああ、一応醤油も味噌も、みりんも酒も酢もあるが」
「マジか! じゃあ、照り焼きチキンを所望する!」
「ん? そんなんでいいのか? 俺はてっきり八幡巻きやら砧巻き、松風焼きとか土瓶蒸しでも頼まれるんじゃないかと思ってたんだが」
「なんだよその手間のかかりそうなの。そんな名前知らんぞ俺は」
「……昔作ってやっただろうが」
ふむ、照り焼きとな。そういえば結構好きだったようなそうでなかったような。
まぁ日本人的な味付けの代表格ではあるな、んむ。
「テリヤキ、ですか? チキンということは鶏肉ですよね?」
「そう、照り焼きチキン。俺とカイヴォンの故郷の味だ。照り焼きハンバーグにブリの照り焼き……ああ、懐かしやあの魅惑のあまから味」
うっとりと宙を眺めるダリア。小さい子供にしか見えないお前にそんな事を言われると、美味しいものを食べさせたいと思ってしまう。
おのれ、外見だけは美少女め。
「アマカラ味? アマカラってなんだい?」
「甘くてしょっぱいんだ」
「ええ……なんだかおかしな味だね、それ」
「そんな事はないぞ! まぁ食べてみれば分かるって」
「作るのは俺だけどな。よし、じゃあ準備するか」
どうせなら炭火で塗りながら焼く方式で作るかね、焼き鳥よろしく。
もともと、照り焼きはフライパンで作るのではなく、そうやって塗りながら焼いていくものなのだし。
ああ、ほしいなぁ焼き台。そういえばリュエの家には、小さな七輪みたいな道具があったっけ。
ふぅむ、久々にシンプルな魚の塩焼きも食べたくなってきたな。
「おーいリュエ、ちょっとお願いがあるんだけど」
「うん? なんだいカイくん」
日頃料理の際に彼女にお願い事をしない所為か、ワクワクといった様子で駆け寄ってくる。
『なになに、私にどんなお願いだい?』そんな彼女の心の声が聞こえてきそうなキラキラとした瞳に、なんとも穏やかな気持ちになる。
「今日はリュエに魚の塩焼きを作ってもらいたくて」
「おお!? 私の得意料理じゃないか。どうしたんだい急に」
「なんとなく、リュエの家の事を思い出してね。食べたくなったんだ」
「ふふふ、なんだか嬉しいよ。よしきた、じゃあ私がとっておきの焼き魚を作ってあげるよ!」
さて、これで夕食の楽しみが一つ増えたぞ。
では、久しぶりにお前さんのリクエストに応えさせてもらいましょうか。
(´・ω・`)そろそろゼノブレイド2の二周目ください