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三百十六話

(´・ω・`)県内にはもうないんだ

 日の出と共に上がる気温に、自然とこちらの瞼が開く。

 やはり高い宿なだけはあり、ベッドの寝心地や風通し、そして何らかの魔導具だろうか、蒸し暑いはずの夜を快適にしてくれる乾いた空気のお陰で、気持ちのいい朝を迎える事が出来た。


「そして一人部屋のはずなのになぜいるし……」


 横を見れば、いつの間にかこちらの枕を奪いスヤスヤと気持ちよさそうに眠っているリュエさんの姿。

 薄いタオルケットを纏うその姿が、妙に艶めかしく、ひょっとしなくてもこれをめくれば……。


「散らばる衣類。つまりめくればすっぽんぽん。早々に退避しておきましょうね」


 なーんで人のベッドに入ってまで脱いじゃうんですかね。一歩間違えれば朝チュンですよ。

 たぶんこの辺りにチュンチュン鳴く鳥はいないと思いますが。

 一先ず散乱している服を集め、綺麗に畳んで彼女の枕元に置いておく。

 白い綺麗な肌。安らかな寝顔。つい、このまま彼女を可愛がってしまいたくなる。

 そっと髪を撫でると、くすぐったかったのか小さく『ふふ』と笑う彼女。

 ……なんだろうね、この気持は。

 大好きな、愛している相手と思い合い、一緒にいられるこの幸福感は、きっと他の何かでは代用出来ない、唯一無二の感覚なのだろうな。


「お先に失礼。もう少しおやすみ、リュエ」




「宿と言うよりも小さなリゾートホテルだな」


 まだ起きている人間が少ない時間。徐々に明るくなっていく外を眺めながら独りごちる。

 隣のレイスの部屋からは、まだ彼女の気配を感じる。

 朝に弱い彼女のことだ、目を覚ますのはもっと太陽が昇った頃だろう。

 そうして建物内を進んでいると、中庭が見えてきた。

 緑の芝生と、背の高い南国特有の樹木。そしてそこに実る子供の頭程の大きさの果実。

 近くに海はないものの、まるでハワイやグアムのリゾートホテルを思わせる。

 ふと、その中庭が思いのほか広く、そしてその先に別な建物が隣接している事に気がついた。

 もしや、このスペースは別な宿との共有スペースなのだろうか?

 思えば町中にあったテラス席も複数の店での共有だったし、狭い土地を効率よく利用するという考えが商売をする人間に染み付いているのかもしれないな。


「さて……と。どうせみんなまだ起きてこないんだ、作業でもするかね」


 アイテムボックスから昨日購入した故障してしまった魔導具を取り出す。

 うむ、やはりどう見てもドラム缶だ。この蓋にあたる部分が魔導具の力で冷たくなり、上に乗せた果物を冷やすという仕組みになっているようだ。

 残念ながら俺に魔導具の修理は出来ないのだが、それでもやれる事はある。

 俺の野望を実現させるにはまずこの果物を乗せていた部分を加工する必要があるのだ。


「お、案外簡単に外せるんだな。ふむ……蓋が触れている部分が冷たくなるのかね」


 中を覗き込むと、何やら細かい模様が刻まれた四角いプレートが設置されている。

 これが魔導具の心臓部なのだろう。後でダリアに直せないか聞いてみないと。

 そして俺は、取り外した蓋を地面に置き、魔法を発動させる。

 毎度おなじみ万能属性、闇の結晶を生み出させて頂きましょう。


「うーん……ノミって使った事ないんだよな。まぁ表面の凸凹とかいらない部分を削ぎ落とすだけならいけるだろ」




 作業開始からどれくらい経っただろうか。

 気がつくと中庭には他の宿泊客と思われる子供がボールで遊んでいたり、備え付けられていたハンモックにぶら下がっていたりと賑やかな様子を見せていた。

 しまった、もう朝食の時間を過ぎてしまっただろうか?

 急ぎ作業を中断し、他のみんなが起きているか確認しに向かう。

 すると、丁度俺達が部屋を借りた一角で、ダリアがレイスと話をしているところだった。


「おはよう。リュエはどうしたんだい?」

「あ、なんだ起きていたのかカイヴォン。いやな、リュエが部屋にいなかったんだよそれで今、お前にも聞いてみようとしていたんだが」

「リュエなら何故か俺の部屋で寝ている。たぶん夜のうちに潜り込んだのかね」

「なんと。なかなかに積極的な娘さんじゃないか」

「む、それは聞き捨てなりませんね。じゃあ今晩は私が……」

「部屋代がもったいないので自分の部屋で眠りましょうね?」


 とりあえずリュエさんを起こしましょう。時間を確認すると、朝食の時間ギリギリだ。

 すると丁度そのタイミングで部屋の扉が開き、焦ったような表情のリュエが飛び出してきた。

 顔がこころなしか赤く、そして混乱した様子で早口に彼女が言う。


「部屋が! ベッドの場所が変わって裸で! 大変なんだ!」

「ふむ……カイヴォン解説よろしく」

「『起きたら部屋の家具の配置が変わっているし、着ていた服が全部脱げていた上に、何者かに綺麗に畳んで枕元に置かれていた。なにかされたに違いない』ってところかな」

「そ、そう! そうなんだ! 身体に異常は見当たらなかったんだけど、これは一体……」

「昨日の夜部屋の外に行ったりしませんでしたかね?」

「うん? なんだか喉が乾いたから、ロビーの売店で冷たいお茶を買いにいったけれど……」


 彼女に部屋を間違えた事。相変わらず寝相が悪くて服を脱いだこと。

 俺が眠っていた事にも気が付かずベッドに潜り込んだこと。そして脱ぎ散らかした服を俺が綺麗に畳んだことを伝えておきました。

 ……まぁ初見の宿だし暗かったし仕方ないね。部屋の鍵を魔術でこじ開けたのは目をつむりましょう。


「……てっきり『おーとろっく』っていうやつだと思ったんだよう……」




 朝食を済ませると、レイスが『この町の商業ギルドに顔を出したい』と言い始めた。

 この大陸に来てすぐに借り受けた魔車を、どうにかしてギルドに返却したいようだ。

 それと、度々使っていたギルドの紋章も返さないと不味いから、と。

 すると、リュエがレイスについて行きたいと言い出した。

 明らかに観光ではない外出についていくなんて珍しいと思い理由を訪ねたのだが――


「ほら、あの里に商人が来ていたっていうことは、この町のギルドにはあの里出身の子がいるんじゃないかって思ってね。少しお話出来ないかなーって」

「なるほど。言われてみればそれもそうか。じゃあレイス、ついでにあの町での交換レートについても話しておいておくれ」

「そうですね、本来の適正レートがどれくらいなのか知っておいた方が良いかもしれません」

「ん? ならついでにあの解放者について聞いてみても良いんじゃないか? 商人ギルドは大陸全体に根を張っている組織だ。その情報網は自由騎士団にも負けていない」


 ダリアの提案ももっともだ。もしも里の出身者と良好な関係を結べたら、それを訪ねて見るようにお願いする。

 さすがに、いきなり特定の個人の情報を教えてくれはしないだろう。

 相手はどこかの領地が召喚した人間だ。その背後にどんな人間が付いているか分からないまま動くのはリスクが高い。


「さて、じゃあ俺はどうすっかな。どうやらフェンネルからのちょっかいもないみたいだし、晴れて自由の身になったんだが」

「でしたらダリアさんもカイさんも一緒に行きましょうか? そのまままた町を見て回ってもいいですし、どうでしょう」

「いや、俺は今日一日宿にいるよ。ちょっとやりたい事があってね。ついでにダリア、お前も連行だ」

「ん? まぁ別に構わんが……ああ、あの魔導具でも修理するのか?」

「そういうこと。レイス、リュエ。用事が済んだら昼食までに戻ってこられるかい? なんなら、何か買って帰ってきてくれても良いんだけど」


 彼女達が帰って来るまでに俺の野望が成就してくれると良いのだが、はてさて。

 もし上手くいけば、確実にリュエは大喜びするだろうし、ダリアも興奮する。

 レイスも……たぶん喜んでくれるだろう。なにせ世の女性は甘いものが好きだと相場は決まっているのだから。


 二人と別れ、ダリアと再び中庭へと向かう。

 そして朝に俺が加工していた魔導具一式を取り出し、早速ダリアに修理可能か訪ねてみる。


「ふむ、冷気を発生させる魔導具か。んー……質の悪い魔鉱石を練り込んだプレートに術式を刻み込んでるみたいだな。一応直せはすると思うが……」

「なぁ、治すだけじゃなくて出力を上げたりは出来ないのか?」

「無茶言うなよ、例えるならボロモーターで人間を運べって言ってるようなもんだぞ」

「くっそー……無理だったか……なぁ、じゃあそのまま直したら何度くらいになる?」

「そうだな、このプレートが大体マイナス1℃になって、そっちの上蓋が1℃って感じか」


 悲報。早速俺の野望が頓挫する。完全に積んだ模様。

 なんとかならないんですか聖女様! くそう、こうなったら中にダリアを閉じ込めて、直接上蓋を冷やしてくれようか……。


「お、おいなんだよその手は。お前ロリコンにでもなったか」

「いいや、ちょっとお前をこの中に閉じ込めて魔導具の代わりになってもらおうかと」

「やめろ! そのまま東京湾にコンクリと一緒に沈めそうな顔してんぞお前」

「人聞きが悪いな! あーどうしよう。そうだ、素材があればどうにかなったりしないか?」

「素材つってもなぁ……魔鉱石か魔力結晶が市場にそのまま出回るなんてそうそうないぜ?」

「魔力結晶なら持ってるが?」


 ほら、アギダルでたっぷり手に入れましたから。

 ビバ龍神。お前は死んでからのほうが役に立つな!

 一先ずオインクに預けなかった、ちょいと大きめの結晶を一つ取り出してみせる。

 大きめなビー玉程度だが、恐らくこれでもそうとうな価値があるだろう。

 だが次の瞬間、ダリアの目つきが戦闘時のそれになる。


「お前、こいつをどこで手に入れた」

「ん? 秘密」

「茶化すなよ。こいつは俺の国で産出してるもんだ。この大きさ……通常のルートには決して流れないもんだぞ。ただでさえここ最近、結晶の横流しや密造、強奪が影で行われてんだ、さすがにこれを見逃すほど俺は国を見限っちゃいねぇよ」


 あからさまな殺気。まるでここで一戦交えようと言わんばかりのその様子に、さすがに俺もネタバラシをせざるを得ない。

 じゃあコイツを見せたらいろいろ納得してくれますかね?

 バスケットボール大のそれをデデンとダリアの眼前へと差し出してみせる。

 するとやはり――


「なんじゃこりゃ!!!!! おま……おま……ええ? なにこれおかしくね?」

「お前の国でここまでの大きさの物が作れはしないだろ? 安心しろ、俺の持ってる結晶はこの国産じゃねーよ」

「ええ……マジかよ……さっきの大きさですら結構なものだぜ……どこだよこれ作ったの……下手したらシェア奪われて俺の国の財源が一気に減るんだが……」


 がっくりとうなだれるちびっこって、なんか良いよね。もっといじめたくなりませんか?

 が、とりあえず話が進まないのでこちらもネタバラシ。俺の力で生み出した物だと告げる。


「お前をどっかに閉じ込めて延々魔力結晶を生み出させたら国が潤うな!」

「やめろよそんな微妙にアレなシチュエーション」

「分かる。ちょっと変えるとエロい感じになるな。けど……お前本当にそれとんでもねぇ力だぞ? 金を稼げるなんてもんじゃねぇ、いわば兵器開発に一番必要な部分なんだ」

「つまりあれか。俺がこの力をフル活用したら……戦争で無敗、か?」

「そういうこった。頼むから自重してくれよ?」

「ああ。とりあえずもっと小さい粒やるから、それで魔導具直してくれ」

「……お前がそういう男で助かったよ。ああ心臓に悪い……」


 大量破壊兵器よりも便利な魔導具の方が世のため人のためでしょうよ。

 戦争反対。平和万歳。ただし私闘は大いに結構。個人間の戦いは戦争にあらず、だ。




 そうしてダリアに魔導具の心臓部を修復してもらっている間に、こちらも上蓋の加工を終える。

 綺麗に均され磨かれたそれは、まるで鏡のようにツルリと光を反射してくれている。

 実は昨夜の内に、以前リュエが購入した研磨剤を分けてもらっていたのだ。

 そういえば、あれからリュエの髪飾りの輝きが鈍る様子を見せないが、彼女も定期的に手入れをしているのだろうか。


「よし完成! 言われたとおり出力を上げておいたぞ、だいたいマイナス20℃ってとこだな」

「さっすが。んじゃ後はこの蓋をかぶせてっと」


 セットした瞬間、瞬く間に磨かれた表面が霜に覆われる。

 うむ、ばっちりだ。後はここに――


「それで何をするんだ? 果物屋でも始める気かよ」

「いんや。これは野営をより素敵な物に変えてくれる魔法のドラム缶だ。まぁ見とけって」


 まずはヘラを二つ取り出し、そして先日購入した果物、バナナとマンゴーに似た果実を上に乗せる。

 皮を剥き果肉を取り出したら、そいつをすかさずヘラで細かく刻んでいく。

 カツカツカツと小気味良いリズムと共に、白とオレンジ色の果実がどんどん細切れになりながら、うっすらと表面が凍りはじめる。

 そこに、甘さを追加するために砂糖を加え、さらに牛乳を流し込む。

 すると、牛乳が表面に広がりつつも途中でその流れが止まる。そう、この冷気で凍ってしまうのだ。

 それをヘラで削ぎ、果実と混ぜ合わせながら再び細かく刻んでいく。

 凍りついては削ぎ落とし、再び混ぜ込む。それを繰り返していくと、果物と牛乳が混ざり合い、なめらかなペースト状へと変化していく。


「ほら、あっという間に果物たっぷりのアイスになっただろ?」

「ほー! これはいいな、俺でも作れそうじゃん」

「だろ? お手軽に、どんな物でもアイスにしちまうんだよ。後はコイツを平べったく伸ばして、ヘラで削りながら丸めてやれば……なにか器出してくれ」」


 差し出された木の皿に出来たてのアイスを盛り付けていく。

 筒状に丸められたアイス……うむ、初めて作ったにしては上出来だろう。

 では早速試食とまいりましょう。


「んむ……ああ、この気温の中食べるアイスとか最高の贅沢だな」

「どれ俺も一つ……薄く丸まってるからか口溶けが良いな。果物の甘さも強く感じられるし、こいつはうまい」

「だろ? これがあればいつでも美味い出来たてのアイスが作れるって訳だ」

「ははー……よくこんなの思いついたな?」

「いや、これ地球にもあったからな? っていうか日本でも普通に売ってたから」

「まじかよ……そのうちこれ俺の国でも販売してみるかな」

「全部終わったらそれもいいかもな。なんだかんだでそっちの国も気温が高いし、売れるぜきっと」


 ああ、ねっとりとしていて、それでいて芳醇な南国のフルーツの香りが口いっぱいに。

 いいのかね、こんなお手軽に作れてしまって。


「よーしじゃあ第二弾はチョコレートとバナナで作るか」

「おお、鉄板の組み合わせ! 早く作ってくれ!」


 そうして俺の目論見通りのアイスメーカーが完成し、二人でそれを堪能していた時だった。

 中庭で遊んでいた子供達がこちらへと興味を示し駆け寄ってきたではないか。

 この暑さの中元気に駆け回ってきたのか、この涼しげな品が気になってしょうがないという様子で、少し離れた場所に留まりこちらを見つめている。


「近くにおいで。今冷たいデザートを作っているところなんだ。よかったら君達にも味見をしてもらいたいんだけれどどうかな?」


 すると、俺よりも先にダリアが……言っちゃなんだが、凄く優しいお姉さんのような、耳に心地いい声で子供達へと呼びかけた。

 使い分け上手っすね。なんか変わりすぎて頭が混乱するんですが。


「い、いいの? 僕達今お金持っていないんだけど……」

「大丈夫。このお兄さんはお金をとったりしないから。ね?」

「お、おう。ほら、みんな近くにおいで。結構面白いぞー?」


 結果『僕にもやらせてー!』という子供も多く、大盛況となりましたとさ。

 いやぁ……果物と牛乳と砂糖だけで作れるなんて反則ですな。

 そうして一頻り子供達を満足させ、食べ過ぎるとお腹が痛くなるぞという注意と共に子供達を帰させた時だった、遠巻きにこちらを見つめている、どこか見覚えのある男性に気がついたのは。

 青い髪。短く刈り込んだ、どこか危険な空気を醸し出すその風貌。

 ……うーむ思い出せん。ごく最近見たような気もするのだが。

 すると、こちらが見ていることに気がついた男が、こちらを小馬鹿にするように小さく笑い、まるで威嚇するように大きな歩幅で歩み寄ってきた。


「偉く人気じゃねぇか優男。ガキに媚び売って何企んでんだ?」

「なんだ突然。そんな喧嘩腰に話しかけられる覚えはないんだが?」

「喧嘩腰なんかじゃねぇよ、ちょっとバカにしてるだけだ」

「ほうほう、随分とこちらの関心を引きたいようだ。どうしたね、悪いが俺はお前さんにこれっぽっちも興味が湧かないんだが」


 誰だっけこいつ。おかしいな、こっちの大陸に来てから恨みを買うような真似……してるわ。けどこんな直接的で短絡的な動きをしてくるようなヤツなんて――


「知り合いじゃないのか? じゃあもしかしてアイスが食いたいんじゃないか?」

「なるほど。恥ずかしくて言い出せないと」

「ああ!? おちょくってんのかガキ」

「おい、違ったみたいだぞダリア」

「マジかー……実は見た目に反して甘党なんてオチかと思ったんだが」


 いや、もう思い出したんですがね。こいつあれだ、ミサトの付き人一号だ。

 あの時は詳細鑑定をミサトにしか向けていなかったので、こいつの事は文字通り眼中になかったのだが、あちらさんはしっかりこっちの事を覚えていたらしい。


「まぁちょいと待ちな。先にこっち片付けないとカチカチになってしまう」

「あ、じゃあそれくれ。これは何味だ?」

「分からん。さっきの子供が材料適当にぶっこんだヤツ」

「まぁいいや、くれくれ」


 すまんな付き人君。君の優先順位はアイスの次だ。もうちょい待ちなされ。

 アイスをこそぎ落とそうと悪戦苦闘していると、待ちかねたのか、大きな声と共に影が降り掛かってきた。


「だったら俺がコイツで剥ぎ取ってやるよ!」


 ダリアの静止の声と、風切り音。ならばこちらも――ヘラで応戦させてもらいましょ。

 右手に加わる猛烈な重さと衝撃。そして辺りに反響する金属音。

 それは大剣。俺の背にある奪剣よりも一回り以上大きな一振りの剣だった。

 当然、ただの調理器具ではその衝撃を受け切る事も出来ず――


「あー……ヘラ一つダメになったじゃねぇかおい……これ結構良い物なんだぜ?」

「ぐ……テメェ……」


 買ってからそんなに時間が経っている訳ではないのだが、それでも道具は大事にしたい人間なんだよ俺は。

 それに、同じヘラが二本ないと綺麗なアイスが作れないんだよ。


「弁償だ。いいか、今なら九◯◯ルクス、ヘラの代金払ってくれたら穏便に済ませてやる」

「あー……悪いことは言わん。おとなしく金を払ってくれ。たぶん、割と本気でコイツ怒ってるから」

「だからどうした? おめぇは受けた、つまり交戦の意思ありって訳だろうが」


 ああ、よく見たら金属片がアイスに混ざってしまったじゃないか。お前どうしてくれるんだよ。

 恐らく、ミサトに何か話でも聞いて、それでこちらの様子を伺うつもりだったのだろう。

 だがさすがにこちらのお楽しみを妨害されて許してあげる程温厚じゃあ――


「交戦の意思もなにも、ただ自分の身を守っただけに見えましたが?」

「おいカイヴォン、千客万来だ。またまたいらしたぞ」


 第三者の声に視線を向けると、今度は赤い髪を綺麗に伸ばした……線の細い男が現れる。

 これはさすがに分かる。こいつもミサトの付き人だったはずだ。

 ……なんというか見事にジャンルが別れた二人だな。

 片や荒々しい、今も大剣を押し付けてくる粗暴な戦士風。

 片や女性と見紛う線の細い、騎士風の青年。

 頼むからヘラをもう一つダメにするような展開は勘弁してくれよ。


「“ヘイゼル”……何の用だ」

「先ほど美味しそうなデザートを持った子供達に出会いましてね。話を聞いてやってきてみれば、貴方がそのデザートの作り主を襲撃しているではありませんか。今すぐ剣を引きなさい、私も怒りますよ」


 いいぞ赤髪君。君にこのアイス(金属片入り)をプレゼントしようじゃないか。

 しかし意外だ。青髪がおとなしく剣を引くとは。これは二人の力関係を表しているのだろうか。


「申し訳ありませんでした、ええと……お名前をお聞きしても?」

「俺だけ一方的に名前を知ってしまったからね、教えてあげる――と言いたい所だが、君達のお仲間にもう教えてあるから自分で聞きな。止めてくれた事に感謝はするけれど、その相手の仲間と仲良しこよしって訳にもいかないさ」

「……そうでしょうね。では、一先ずこの話題を終わらせて、改めてお客として対応して頂けないでしょうか」

「……ちょいまち」


 とりあえず金属片を全部取り除いて仕上げてしまおう。

 しっかし何入ってんだこのアイス……あの子達何を入れたんだ?

 完成したアイスを一先ずダリアに手渡す。


「おま! これ異物混入だろ! 不祥事だぞ、営業停止だぞ」

「魔法で調べてみろって。俺は新しい腹ペコさんに作ってやらないといけないの」

「……問題なしみたいだな。あーあーもうお前さんのせいだぞ、お前が食え!」


 するとダリアは、ヘイゼルと呼ばれた青年に止められてからおとなしくなってしまっている青髪へとそれを差し出した。

 やめろって、また騒ぎ出したら厄介だぞ。

 しかし、またしても意外な事に、おとなしくそのアイスを受け取り、あろうことか口に運び出したではないか。

 ……ヘイゼル君に睨まれている所為なんでしょうかね? それともやっぱり甘党なのか。


「……なんだこりゃ? 甘いんだか苦いんだかよくわからねぇ……」

「げ、マジかよ。やっぱりあげて正解だったわ」

「んだとテメェ……ちっ」


 気に入ったのかね。割と早いペースで減っていくアイス。

 さて、じゃあこの青年にも作ってやりますかね。


「……先程の一幕、見させて頂きましたよ。大したものですね、“ガルム”の大剣を片手で止めるとは」

「……何味にしますかー? バナナとブラッドキューブ? はいはい了解」

「彼も本気ではなかったでしょうが、それでも十分貴方の実力はわかりましたよ。安心してミサト様の守りを任せられる逸材と認める事が出来るというものです」

「え? ナッツ抜き? オーケーオーケー、じゃあ代わりにクラッシュキャンディーな」

「……どうやら話を聞く気もないようですね。ではブラッドキューブ少なめで」

「あいよ。じゃあバナナ多目で少し甘めな。キャンディは焦がし気味のヤツで風味付け」

「……なかなかいいチョイスじゃないですか」


 ふぅむ。理性的だな。本当青髪君、もといガルムとやらとは正反対だ。

 しかし、ミサトへの忠誠心は能力で植え付けられた物ではないのだろうか。

 この場に彼女の姿はない。となると、あの能力下にいる訳ではないはずだ。

 案外、国から派遣された騎士かなにかなのだろうか?


「ヘイゼル君、出身はどこだい?」

「秘密にしておきましょう。どうやら貴方は油断してはいけない相手のようだ」

「そうかい……よし完成だ。金はいらんよ、これは魔導具の試運転もかねた試作品だ」

「いいのですか? では、ありがたく頂きます…………非常に美味ですね」


 まぁさすがにそう安々と口は割らない、と。

 けれどもまぁ、少しでも情報は仕入れておくべきだろうな。

 彼がアイスを片手に、ガルムと共に去っていく。

 その背中に向けてすかさず[詳細鑑定]を発動させる。




【Name】 ヘイゼル・リンドシュターク

【種族】  ハーフエルフ

【職業】  剣聖(31)/騎士(34)

【レベル】 104

【称号】  天剣奏者

      翼の騎士


【スキル】 三次元軌道 極剣術 騎士剣術

      回復魔術 簡易調理 部隊編成




 ふむ、なかなかに強い。この大陸での基準となる強さは知らないが、少なくともセミフィナル大陸でなら間違いなくトップクラスに君臨するであろうステータスを誇っている。

 ……今にして思えば、アマミってめちゃくちゃ強かったんだなぁ。


「ダリア。あの赤髪の剣士の家名が判明した。『リンドシュターク』の名に聞き覚えは?」

「ふむ、貴族らしい家名だが、サーズガルドにそんな家はない。となると、共和国側に移り住んだエルフのハーフって事になるが……」

「エルフが多く集まる領地はないのか?」

「ある。ここからだいぶ遠いが……ミササギの次に向かってみるか?」

「何の手がかりもないんだ。一応情報の一つとして覚えておこうぜ」


 そういえば青髪の男。あちらは髪に隠れて見えなかったが、種族はなんだったのだろうか。

 もう姿を見失ってしまったが、次に会うことがあれば確認しておかねば。

 ……個人的には面倒な事になりそうなのでお近づきになりたくないのだが。

 なにはともあれ、まもなくお昼だ。もうすぐ戻ってくるであろう二人の為、再びアイスの材料を用意しようと、一先ずこの場所を後にしたのだった。








「ヘイゼル、ガルム、二人そろって何を食べているの?」

「これはミサト様。もう用事は済んだのですか?」

「ええ。無事に魔車を借りられたわ。それで、どこで買ったの?」

「これは頂いたものですよ。ミサト様が勧誘なされたあの男性から」

「ちっとばかし見どころはあったが、態々あいつなんて必要ねぇとは思うがな」

「私が彼を欲しいの。それにしても……貴方達にアイスのプレゼントなんて,なんだかんだで私達に気があるんじゃない。ふふ、このままもう少し彼にくっついていこっか」

「私は異存ありませんよ。とても美味しいアイスを頂けそうですし」

「そんなに美味いか? 俺にはどうもよくわからねぇんだが」

「え? なにそれカイが作ったの? スイーツ系男子なの? ギャップ萌えなんですけど」

「ところでガルム。後で九◯◯ルクス払って下さいね。私が建て替えておいたので」

「余計な事してんじゃねぇよ……こんなおかしなモン食わされた挙句に金まで取るのかよ」


(´・ω・`)いいよ今度鉄板と液体窒素で作るから……

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