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暇人、魔王の姿で異世界へ ~時々チートなぶらり旅~  作者: 藍敦
十三章

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三百十四話

「随分と人気者じゃないか」


 人だかりが収まってきたのを見計らい、その中心人物であるミサトに声を掛ける。

 相変わらず作り物めいた……いや、わざとらしい程に出来すぎた特徴を持つ彼女に、警戒心を懐きつつ、ゆっくりと歩み寄る。

 だがその瞬間、相手が浮かべた表情に、謎の不快感が押し寄せてくる。

『やっぱり来た、当然だ』そんな自信と仄暗い快感を覚えているかのような顔。

 なんだ……俺は今、どういう目を向けられているんだ……?


「ステキな人、さっきぶりね? ふふ、人気者になった覚えはないけど、みんな凄く親切で。ね?」


 そう言いながら周囲に同意を求めると、まるで寝ぼけているかのように、皆首を縦に振る。

 ……俺ですら魅了されたんだ。一般人なんて耐える術もなしに骨抜きにされてしまうだろう。

 文字通り、傾国の美女ってヤツだ。もしもこいつが本気で男を焚き付けたら、簡単に国家転覆まで持っていけるのではないだろうか。


「ちょいと病的な程だがね。まぁいいや」


 名前でも先に聞いてみるべきなのだろうが、なんだか負けた気がするな。

 男女の駆け引きですら、俺は負けず嫌いなんですよ。

 そのまま、もうお前に用事はないと言わんばかりに彼女の横を通り過ぎる。

 向かう先は、少し先に見える様々な南国のフルーツを扱う店。

 まぁ誘っている訳なのだが、純粋にその色とりどりのフルーツに興味もある。


「店主さん。この妙に角ばった果物はなんて言うんですか?」

「ん? これは――」


 こちらの質問に答える前に、店主が口をぽかんと開き、まるで魂を抜かれたような虚ろな表情を浮かべる。……来るの早すぎない? 君。

 ちょっとマジでこの果物気になるんですけど。妙に硬そうな四角いトマトみたいで超気になるんですけど。


「果物、好きなの? プレゼントしよっか?」

「そんな事をされる覚えはないがね。ほら、お前さんが来たから店主がポンコツになっちまった。少し離れてろ」

「っ……そう、分かった」


 その時小さく、ミサトの口から『やっぱりおかしい』という呟きが漏れ聞こえる。

 ……俺を標的にしたのに、一向に魅了されない事への疑問、だろうか。

 幸い、ダリアとリュエのお陰でこちらの思考にゆらぎは起きていない。

 なら、もう少しばかり焦らして、向こうから名乗らせる事が出来たらいいのだが。

 ちなみに、再起動した店主から『ブラッドキューブ』という果物の名前を教えてもらい、一籠分購入してみました。

 さすがにこいつが見ている前でアイテムボックスに収納は出来ないので、しばしお使い帰りの少年スタイルだ。


「……で、いつまで付いて来るんだお前さんは」

「お前じゃなくて、ミサトって呼んでくれない?」


 相変わらず無視し続けていると、ようやくこちらが待ち望んだ展開がやってきた。

 気になるのだろう。自分のチート能力が効かない俺の事が。

 俺だって自分の守りを突破され、それで気になってお前を追いかけたのだから、その逆だってしかりって訳だ。


「そうか。じゃあいつまで付いて来るんだミサト」

「名前を教えたのに返ってくるのがほぼ同じ言葉なの? なにか言うことない?」

「ないな。強いて言うなら、ミサトを撒くのに早歩きをしているんだが一向に撒けなくて少し疲れたかな」

「あら? じゃあ休もう休もう。ほら、丁度休めそうなお店あるし」


 ケラケラと笑いながら、マイペースに会話を続けるその姿は、彼女の外見とはあまりにもかけ離れていて。

 見た目、二三程度の娘のようだが、その言動はまるで唯我独尊な、ちょっとだけ自分勝手に世の中を謳歌する女子高生のようだ。

 その所為だろうか、こうも彼女がチグハグに見えてしまうのは。


「じゃあ少しだけ。また今度な、ミサト」

「ナチュラルに自分一人で休もうとしないでくれないかな? ほら、一緒に座ろ」


 うむ。完全にこっちの狙い通りである。とりあえず、ここでちょいと会話を弾ませてみますかね。尤も、それは空気の抜けたボール程度の弾み方だとは思いますが。


「ねぇ、私の名前教えてあげたんだからそっちも教えてよ」

「テプレンナオン・オーリシュ・エルシニオ・エマナナンテ・ゼーゴセマン」

「え? え?」

「テプレンナオン・オーリシュ・エルシニオ・エマナナンテ・ゼーゴセマンだ」

「え、ちょ……長すぎ……本当に?」

「嘘だ」

「な、なによそれ!」

「知らない人に無闇に自分の事を教えるものじゃないって教わったものでね。けどまぁ……飲み終わる頃には話す気になってるかもな。店員さん、何かおすすめの飲み物二つ」


 近くにいた店員を呼び止め、有無を言わさず二つ注文する。

 暗に『飲み終わるまで付き合ってやる』という意思を込めて。

 呆気にとられつつも、こちらの意図を理解した様子のミサトは、少しだけ不満そうにしていた表情を消し去り、満足げに椅子に座り直す。

 さて、じゃあもう少しおしゃべりしましょうか。


「ねぇ、貴方と一緒にいた小さい子、あれって彼女?」

「彼女という関係ではないが、彼女以上に大切な存在だな」

「ふぅん。貴方ってもしかして、結構強かったりするの?」

「強いな。少なくともこの大陸で一番強いのは俺だ」

「……真面目に答えてくれるつもりはない、と。ふふ、いいわね貴方。一緒にこない? ボディガードというか付き人を増やそうと考えているんだけど」

「断る。そもそも俺はお前さんの事を何も知らない」


 こちらを餌にするようにして、そちらの事を話すように誘いをかける。

 すると、警戒した様子も見せず、心なしか上機嫌に語り始めた。


「私の事が知りたいの? いいわ、なんでも聞いてちょうだい」

「じゃあ、お前さんはどこの出身だ? 余り見かけない容姿をしている」

「私? ふふ、そうね……この世界じゃない特別なところって感じかな?」

「なるほど、まともに取り合う気がないと。じゃあこれ以上の質問は無駄だな」

「ちょ……なによ、もうちょっと乗ってくれてもいいじゃない?」

「残念ながら、タイムアップだ。ほら、飲み物が運ばれてきたぞ」


 警戒からなのか、それとも自分が異世界から来たという事を暗にほのめかしているつもりなのか。

 どこから来たのかという質問に対し、期待していた答えは返ってこなかった。

 けれども、そう簡単に自分の出自を教えるはずもない、か。

 解放者は、本来国の中枢、立場ある人間が召喚する存在だ。

 当然、その召喚者の思惑もあるだろうし、それに付属した注意点や行動の方針を教え込まれている筈。

 若干、精神年齢の幼さを感じるものの、そう易々と情報を口にはしない、と。

 運ばれてきたカップを受け取り、ストローを咥えて軽く吸う。

 ……ふむ。濃厚なマンゴーにも似た、少々果肉感が強いフルーツジュースだ。

 本来なら美味しいのだろうが、ちょっと温いな。氷をもっと沢山入れてくれ。


「うぇ~……なんかいまいちなんですけどこれ」

「……ちょっと貸してみろ」


 俺が注文した以上、イマイチなまま飲ませるのはさすがに悪い。

 空中に小さな氷の塊を生み出し、それを三つずつ互いのカップに落としてやる。


「ほら、これで冷やして飲め」

「あ、ありがとう。へぇ、魔術師なんだ。剣なんて背負ってるから剣士だと思ったけど」

「これはお守りみたいなもんだ。……んむ、冷たいと美味しいな」

「……幸せそうに飲むんだね、貴方」

「食べ物が美味けりゃ誰だって幸せを感じるだろう」


 ううむ、ここはフルーツが特産っぽいな。後でリュエと一緒に、まるごと果実のシャーベットでも作ってみようか。絶対に喜ぶぞ、アイス大好き娘さんだから。


「さて、じゃあ俺は今度こそお暇するよ。もう付いて来るなよ?」

「えー、もっと話しましょうよ? 私、まだ魔術師の付き人っていないのよね。やっぱり私と来ない? ……勿論、相応のお礼はするつもり。貴方だって、そういうコトに興味がないわけじゃないでしょう?」


 その瞬間、こめかみに見えないナイフでも刺されたかのような激痛が奔る。

 何かが破られる。何度も何度も、こちらの思考をかき混ぜるような、乱すような、そんな鋭い刃を突き刺される。

 ……耐えろ。あの二人の術を無駄には出来ないはずだろ、俺。

 ……胸が高鳴る。獣欲が、この世界に来てから押さえ込んできた欲求が、膨らんでいく。

 目の前の極上の雌を、今すぐに組み伏せ、叩き込み、流し込み、屈服させろ。

 そんな欲求が、思考を埋め尽くそうとする。

 ……気に入らないな。俺が、俺がそれを向けるべきはあの二人だ。

 全てが……ああ、そうだとも。俺が愛している二人にこそ、いつか向けるべき思いだ。

 こんな欲望にかられて、どこの誰とも分からない人間に向けてたまるか、たまるものか。


「……興味はあるが、その対象は残念ながらお前さんじゃあない。余り無闇に自分を安売りするなよ、ミサト。いつか痛い目にあっても俺は知らんぞ」

「っ!? ……分かった。じゃあせめて名前、教えてよ。それなりに良い話し相手にはなれたでしょう?」

「まぁお前さんのお陰で美味いジュースにありつけたからな。カイって呼べば良いんじゃないか?」

「カイ……そう、カイって呼べば良いのね。いいわ、カイ。また今度、勧誘させてもらうわ」

「その時には今よりももう少し、そっちも自分の事を素直に話してくれりゃ良いんだがね」


 何でもない風に、気取られないように、乱れた思考を、高鳴る心臓を押さえ込み、なんとか彼女の前から立ち去る。

 そして店員に二人分のジュースの代金を支払いつつ、ついでにジュースの温度をもう少し低くしたほうが良いと助言をしておく。

 聞けば、冷凍の魔導具の調子が悪く、果物が十分に冷えていなかったのが原因だとか。

 ……その壊れた魔導具、後で買い取りに来て良いですかね?








「やっぱりおかしい……本気で魅了しようとしたんだけど」


 オープンテラスに一人残されたミサトは、今しがた立ち去った男について頭を悩ませていた。

 自分の手に入れた力を、全力で奮ってもなびかなかった、カイヴォンの事を。

 これまで、どんな相手だって自分の虜に出来ていたのに。

 どんな地位にいても、どんな境遇であろうとも、妻子を持つ相手だろうとも。

 自分が望めば、全て思うままに動かすことが出来たのに、と。

 しかしその疑問は、彼女の都合のいい解釈により、歪んだ形で飲み込まれてしまった。


「そっか、フラグがまだ立ってないんだ。イベントこなさないといけないのか、このまま連続でイベントを起こして行けばいいのか……ようやく手応えのある攻略キャラが出てきたって感じかな?」


 根本的に、違うのだ。彼女の思考回路は。

 今目の前にある全てが、彼女にとっては全て紛い物で。

 人の感情も、思いも、行動も、全てが、ただの現象に過ぎないのだ。

 そう、まるでゲーム。いや、まさにゲーム。

 人を動かす事を楽しみ、向けられる思いに快感を覚える、ただの遊び。

 それは、もはや邪悪ですらなく、まるで別な、違う次元の存在、異なる価値観を持つ者。

 それ故に、彼女は平然と、残酷な予想を、希望を、未来を口にする。


「あの子が死んじゃったり、行方不明になったら私のとこに来るのかな? 傷心のクール系イケメンを仲間に加えるなら、定番のイベントだよね……もうちょっと追いかけてみよ」


 本人が聞けば、恐らく一瞬でその狂った価値観ごと、この世界から消滅させられてしまうような事を、ミサトは平然と口にする。

 尤も……それは、絶対に起こり得ない出来事、妄想の域を出ない話ではあるのだが――








「ただいま、みんな」


 バザールを彷徨いつつ別れた皆を探していると、何やら民族衣装やら織物が売られている一角で合流を果たすことが出来た。

 レイスが既に二人に状況を伝えてくれていたからか、ダリアとリュエもまた、心配した面持ちで駆け寄ってくる。


「大丈夫か、カイヴォン……って、殆ど補助が消えてるじゃないか、大丈夫じゃねぇな」

「うわ、私の聖歌が全部発動済みだ。アンチカースでも防げないなんて……」

「ああ、最後にちょっと本気で魅了をしかけてきやがったよ。それでも、こうして防ぎきれたんだ、感謝してるよ二人共」

「カイさん、申し訳ありません。後を追いかけようとしたのですが、男性の人混みが多すぎて近づく事が出来ませんでした」

「いいよいいよ、なにかあったら大変だ。ひとまず普通に会話する分には問題ない事が分かったんだし、本気の魅了? みたいなのも耐えきれるのが分かったんだから」


 尤も、あれを長時間続けられるとさすがに自信もなくなるのだが。

 ……今後は一人で近寄るは止めた方が無難かね、やっぱり。


「んで……何か情報はつかめたのか?」

「そうだな、少なくとも彼女を召喚した人間には、野望がある。出自を訪ねてもうまくはぐらかされた事から、召喚者は自分の存在を知られるのは不味いと思っているようだ」

「なるほどな。つまり……共和国側の人間が呼び出したのは確定と」

「加えて言うなら、彼女の連れが二人いるが、両方とも魔術師ではない。魔術が余り盛んじゃない場所から来たんじゃないか?」

「そいつはどうだろうな。あの女がそもそも魔術師なら、必要ないんじゃないか?」

「いや、それはない。ステータスに魔術に関するもの……それどころか戦闘に関わるスキルが一切存在していなかった」


 現段階では、ここまでしか引き出すことは出来なかったが、少なくとも向こうはこちらに興味を、そして執着心を持ったのではないだろうか。

 そうすれば、この先徐々に情報を手に入れることも出来るだろう。


「そうだ、その取り巻きのステータスは確認しなかったのか? そこから何か分かるかもしれない」

「あ……すまん、それは確認していない。あの時はこっちもだいぶギリギリだったんだ」

「そういえば、先程彼女は一人でしたね……」

「うーん……魔術が発達していない国なのに、召喚なんて出来るものなのかなぁ」


 リュエのぼやきも最もだった。

解放者の召喚は、それこそエンドレシアでは王族のバックアップがあったり、セカンダリアでは最高クラスの魔導師であるマッケンジー老が関わっていた。

 レン君しかり、ナオ君しかり、二人共お供の人間には術者だって同行していたのだ。

 だが……ミサトの弁を信じるのならば、あの付き人二人は魔術師ではない。

 ……あの二人のステータスを確認すれば、もう少し情報も得られる、か。


「ところで……ダリア、お前それが欲しかったのか?」


 ふと、ダリアが被っているフードについて尋ねる。

 やや縫い目の大きい、通気性のよさそうなフード。

 鮮やかな色で染められた糸が、どこか民族的な模様を描いているのだが、気になるのはそれではない。フードの頭頂部だ。


「カモフラージュになるだろ? どうだ、猫耳だぞ、萌えろ」

「残念、せめて外見年齢をもう八つ程上げてくれないと反応しないな」

「ですよねー。けど実際、これならキャトネイルに見られるだろ? なかなかデザインも良いし機能的だ」

「私は絶対カブトムシの角がついていた方がかっこいいと思うんだけどね!」

「私としては、小さな羽のついた物をおすすめしますけれど……」


 二人共、完全に自分の好みで言っていますね。

 ふむ、なかなか良く出来た猫耳だ。毛並みが金色で、ダリアの髪と合っている。


「レイスは何か面白い物でも見つけられたかい?」


 次に彼女に聞いてみると、すぐ側の店へと視線を向けつつ、手に持っていた袋から鮮やかな赤色の糸玉を取り出してみせた。

 見れば、他にも青や緑、黄色の玉も袋の中に入っているようだ。

 編み物でもするつもりなのだろう。


「随分と鮮やかでしたので、つい購入してしまいました。これでショールを編もうかと」

「レイスは手先が器用だからね。どんな風に出来上がるのか楽しみだよ」

「ふふ、また枕カバーでも編んで差し上げますよ」

「お、良かったなダリア。専用のパジャマが増えるぞ」

「俺は枕じゃねぇ!」


 いやもう俺の中では完全にヒートテック枕ですから。




 皆と引き続き市場を見て歩いていると、何やら威勢の良い掛け声が聞こえてくる。

 多くの食品、野菜や加工した干物が売られている一角のようだが、なにやら見覚えのあるマークが目に入った。

 ニンニクのマークに、猫の肉球の描かれたそれは、紛うことなきクーちゃんのブランドマーク。

 となると、この店は隠れ里の野菜を販売しているのだろうか?


「ちょっと見に行ってきますね。どんな値段なのか気になります」

「あ、あのトマトも間違いなくあの場所のだ。大きいよねー」


 だいぶ繁盛しているらしく、今も多くの客が群がる店に、レイスとリュエが並び始める。

 どれ、では俺もちょいとその販売価格を見せてもらいましょうか。


「……なぁダリア。日本と同じ感覚で言わせてもらうんだが……なんでトマト一つでちょっとしたメロン並の価格してるんだ?」

「さすがに暴利が過ぎるが、それでも売れてるんだ。客も納得してるのかね」

「ううむ……見たところ買ってる人間は皆、一般人じゃないように見えるが」

「だな。いずれも商人か、どこかの店の人間のように見える。いやはや……次に里に行ったら、もうちょっと行商人から金をふんだくるように言っておくか」

「あの里の魔力循環のシステムを広めたら、価格もだいぶ落ち着きそうだが、大事な収入源だろうしなぁ……」


 すると、案の定レイスとリュエも、こちらと同じような事を言いながら戻ってきた。

『もっと里に利益があっても良いくらいです』なんて。

 けれども、そこまで里の人間が生活に困っている訳でもないのだし、難しいところだ。


「カイくん、あのオイルだっけ? 小さい瓶で売られていたけど、とんでもない値段だったよ」

「へぇ、いくらだい?」

「香水くらいのちっちゃい瓶一つで一五◯◯ルクスだってさ」

「売れたら大儲けだな、あの商人」


 ちょっとばかし俺もお金を稼ぎたいなんて欲が出て来るも、そもそもお金に困っていなかったと思いとどまる。

 ううむ……需要に対して供給が足りない所為なのかもしれないが、もしあの里の野菜がもっと流通し始めたら、それこそ他の農家の皆さんの作物が売れなくなるのだし、今のままがある意味ではベストなのかもしれないな。


 そうして、市場の散策を終えようとした時だった。

 先程ミサトと休憩した店に通りかかった。

 どうやら今の時間は営業していないらしく、先程調子が悪いと言っていた魔導具をなんとか直そうと、ひっくり返して店員が内部を覗き込んでいるところだった。

 ちなみに店員さんは、白髪をポニーテールにしたダークエルフさんです。

 それが理由ではないんですけどね? ちょっと声をかけにいかせてもらいましょう。


「こんにちは。先程ここで商品を購入した者ですが」

「はいなんでしょう? あ、覚えていますよ、先程も声をかけてくれましたね」

「それ、どうです? 直せそうですか?」


 なかなかに重労働だったのか、工具を片手に顔を上げた女性の額に、キラリと汗が輝く。

 あと薄着だから張り付いてます。なにとは言わんがぴっちりと。

 たわわに張り付いております。


「ちょっとむずかしいですね……これも長く使っていましたし、恐らく寿命でしょう」

「それでしたら、俺が下取りしましょうか? 相場の半額くらいでどうです?」


 その綺麗に磨かれたドラム缶のような魔導具に、実は先程から惹かれていたのだ。

 野営道具一式は既に揃っているが、こういった冷蔵や冷凍に向いている物はまだない。

 こちらにはダリアがいるのだし、もしかしたら修理も可能かもしれないと思っての提案だったのだが――


「え? これ結構高いんですよ? 半額でも一◯万近くするんですけれど」

「じゃあそれでどうです? そのお金で新しい魔導具を買う資金の足しにしてください」

「うーん……これ本当に直すの難しいんですよ? 修理して使いたいのだとは思いますが……」

「ダメ元です。もしダメなら、バーベキュー用のグリルにでも改造しますから」


 冷やすための物でコンロを作ると言ったことがおかしかったのか、彼女はクスリと笑いながらこちらの提案に乗ってくれた。

 本来なら下取りでそんなお金を貰うことはないのだし、せめてコレくらいは、と彼女に台車、そして余ったフルーツを貰い受け、つい夢中になって置いてけぼりにしてしまった三人の元へ戻る。

 だが、待っていたのはどこか冷たい眼差しのレイスと、悔しそうなリュエ。

 そしてニヤニヤと笑みを浮かべたちびっこだった。


「なるほど、カイさんはああいった薄着の方に目がないんですね?」

「違うんです」

「……私だって、もう千年もすれば、もしかしたら大きく……」

「誤解です」

「外見年齢二七かそこらか。カイヴォンの守備範囲内だな」

「そこは否定しないが、違うからね?」


 よーし分かった。俺がどんなステキな計画を立てているか、後で教えてやるからな。

 ともあれ、一度この大荷物をなんとかしようと宿へと戻る事にする。

 時刻はまだ正午前、預け――もとい収納し終わったら昼食を食べに行こうか。

 それこそ、今朝ミサトに妨害されたリベンジもかねて、リュエが食べたがっていたあの料理を買いに行ってもいいかもしれないな――




 蒸し暑い日差し。だがそれを不快に思わない程の楽しい時間。

 ふいに、それを思い出す。

 危険な橋を渡っている訳ではないけれど、それでも何も考えずに旅を楽しむような状況ではないという事を。

 だが、楽しいものは楽しいのだ。最愛の二人がいて、そして旧友が側にいて。

 こうして、知らない文化や新しい物に触れられる日々が。

 ……なぁ、お前はこっちにこられないのか。

 お前が抱えている物を、俺に教える事は出来ないのか?

 今、俺の隣にいる二人と、一歩下がったところにいるダリアを見て思う。

 ……もう一人くらい、後ろで賑やかしてくれても良いんだぞ、と。

 随分と、口調も変わってしまっていたな。

 まるでそうあるべきだと、無理をしているかのように、似合わない堅苦し話し方をしていたな。

 本当なら、俺よりも、ダリアよりも、よく喋るのはお前だったじゃないか。

 楽しいことを見つけるのも、俺に何かして欲しいと提案するのも、お前だっただろ。

 三人の中で、一番年下だったお前を、俺達二人はいつだって、微笑ましく思っていたってのに。


「……ダリア」

「ん? どうした急に」

「……そのうち、シュンにも美味いもん、食わせてやりたいよな」

「っ! ……ああ、そうだな」


 お前は、今どうしている。

 フェンネルの下に残ったお前は、何を思っている。

 あまりにも今この瞬間が楽しくて、つい、それをお前にも分けてやりたいと、柄にもなく思いを飛ばす。

 なぁ、お前を喜ばせそうな物、実はもう作ってあるんだ。

 だから……全てに決着がついたその時は――








「侵入者の様子はどうなっている」

「シュン様! まさかこのようなところに自ら……」

「俺達上の人間が騒がせた所為で、賊が付け入る隙が出来たんだ、少しは気にもする」

「シュン様……は! では報告致します! 捕らえた賊ですが、なにやら特殊な加護を受けているのか、こちらの精神誘導、暗示等は全く効かず、また拷問も試みましたが、抵抗が酷く、今も牢に封印処理をして閉じ込めている状態です」


 まるで、深い森の奥を思わせる、薄暗く、鬱蒼と木の根が周囲を奔る城の地下。

 そこに足を踏み入れたのは、この場所に大きな爪痕を残した存在が、その思いを飛ばした相手だった。

 友との決別。そして長年共にいた相棒と呼べる存在が離れていった事に、少なからず影響を受けているのか、その人物――シュンの顔色は、この薄暗い地下である事を差し引いても少々、影を落としているように見えた。

 ちなみに関係はないのだが、牢を管理する女性騎士は、そんな少々アンニュイな様子の彼を心配しつつも、己を気遣うような言葉に、内心ときめいているようだ。


「加護持ちか。共和国から来たと見て良いんだな?」

「ヒューマンの娘ですが、こちらの国では見ない髪の色をしていますので恐らくは」

「分かった。俺が直接話しを聞いてみる。念のため、お前は下がって警戒しろ」


 城に侵入した相手。その目的や出自を問うために、彼はその牢へと足を進める。

 厳重な封印を、手にした刀を振るうだけで切り裂き、そして――対面する。


「っ! ああ……そうか。どうやら、俺はまだ……」


 普段、静の心を乱さないように心がけていた彼ですら、大きく動揺を見せる。

 噛みしめるように、そして、酷く、悲しみを覚えたかのように、その貌を隠すようにうつむく。

 そして、地下に小さく、彼の絞り出したかのような小さな呟きが溶け込んでいく。


「俺は、まだお前に……借りを返すことが出来そうだよ――カイヴォン」


 彼が出会った存在。それは――


「今後、この相手への取り調べ、及び拷問やそれに類する行為を一切禁じる。また、俺以外の人間がそれを行うように強要した際はすぐに俺に知らせるように!」


 急ぎ、その指示を飛ばす。

 まるで、この相手を丁重に扱えと、傷付ける事は許さないとでも言うように。


「……突然子供が現れたと思ったら、随分とこちらに都合の良い命令を出しましたね。どうやら、貴方は立場ある人とお見受けします」

「……ああ、それなりにな」

「そして、子供ならやりこめるかもしれないという淡い希望を砕く程度には、真面目な方みたいですね」

「そうだな。だが――お前に危害は加えないと、約束しよう」

「……それは助かります」


 まるで、心がないかのように、その人物は言葉を交わす。

 けれども、執念にも似た、強い眼光を向けるその賊の姿に、シュンは言葉を失い、そして大きなため息をつく。


「……名前を、聞かせてくれないか」


 彼は、知っていた。

 多少変化があっても、その賊の名を、知っていた。

 遠い過去に捨てた記憶の中に、その存在があったのだ。

 その名前は――


(´・ω・`)テンプレ女オリ主に教える名前はごぜーません

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