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三百十三話

「それは……本当なのか? 俄には信じられないんだが……」

「ああ。俺は知ろうと思えば、相手のステータスをある程度調べる事も出来るんだ」

「あ! カイくん! それってあの眼鏡だろう!? 悪用厳禁なんだからね!」

「メガネ……ですか? カイさんがメガネなんて――あっ! もしかして私が……」

「まぁその話は一旦置いておいておくれ。とにかく、俺は相手の能力をある程度見る事が出来る。なんならダリア、お前のレベルが今どうなってるか言い当ててやろうか?」

「俺のレベル……それを話題にするって事は、本当に見えてんのか……?」

「ああ。一体どうなってんだ、お前の能力は」


 フードコートに戻り、すぐに俺が見た相手『ヨシカゲ・ミサト』のステータスについて皆に知らせる。

 解放者。それは、封印された七星から漏れ出た魔力を利用する事により召喚可能な存在。

 それはどういう訳か日本人ばかりが選ばれ、そして……解放者の呼び出し促す、術式を人間に与えた何者かは、既に俺を敵と見なしている。

 今ここで全てを話してしまいたいところではあるが、内容が内容だ。一先ず落ち着いて話せる場所、拠点となる宿を探さねば。

 それを伝えると、俺がいない間に料理を買ってきたであろうリュエを含む全員が、どこか緊張した面持ちで料理を急ぎ食べ始める。

 あ、待って俺まだ食ってない。って、リュエさん君食べてるの俺買ってきたヤツ――


「ゔぁああああああああ! 辛い、辛い! たふけて!」

「……人の料理を勝手に食べたからそうなるんだぞ? ほら、氷でも出して舐めなされ」

「わはっは……」


 涙目のままカラコロと頬を膨らましながら氷を口で転がすリュエに、緊張した面々の表情が緩む。

 んむ。ナイスだリュエさん。これで落ち着いて議論が出来るってもんである。

 ところでレイスは……随分と辛そうなタコスっぽいのを食べていますね、後で俺も買わねば。


「じゃあ、宿探しに戻ろうか。落ち着いて話したい」




 飲食通りを過ぎると、予想通り宿泊施設の密集する区画へと差し掛かる。

 これまで旅を続けてきた経験上、飲食通りと宿泊通りは隣接している事が多い。

 というのも、この世界の宿の殆どが『素泊まり』つまり食事等のサービスがない場所が多く、その関係で朝食や夕食を近くで摂る事が出来る場所に密集する傾向にあるのだ。

 まぁ尤も、俺達はどういう訳かこれまでグレードの高い宿ばかりに宿泊しているのだが。

 ……だってこちとら美女と一緒の旅ですよ? 不便をかけたくないじゃないですか。

 軍資金もうなるほどありますし。サンキュー某辺境の領主の三男坊。

 なにはともあれ、今回もグレードの高い、高級宿がひしめく一角にあった、リゾート感満載の外観の宿に泊まる事にしたのだった。

 なお今回は全員一人部屋です。ダリアが必死な様子で懇願してきたので。


「ま、結局俺の部屋にみんな集合するんですけどね」

「うん、そうだよ? どうして一人部屋にしたんだい?」

「いやぁ……なんだかんだで一緒の部屋が続いてきたけど、本来一人部屋でいく方針だったからね?」

「そういえば……確か最後に一人部屋になったのって、レイスのいた街だったかなぁ」

「そうだったんですか? そういえば、旅館にホテル……いつも一緒でしたね」

「君ら本当仲良いな……カイヴォン、間違いはおかしてないだろうな」

「間違えそうになったのは一度や二度じゃないとだけ言っておこう」

「間違え……? 寝るベッドを間違えたりするのかい?」


 こういう暗喩的な言葉には疎いんですよね、うちの娘さん。

 そしてレイスは無言ながらも『間違っても良いんですよ』とでも言いたげな表情を向けてくる。

 やめて、本当にもう堕落しちゃうから! マジで溺れて身動き取れなくなるから!

 君達への愛の深さを甘く見ないで下さいませんかね!


「で……そろそろ本題だ。カイヴォン、お前が最悪の場合、七星を殺すのも厭わないって考えなのは前に聞いた。だが……色々と腑に落ちない点が多すぎる。お前は……解放者について何を知っているんだ?」

「そうだな。この世界の基礎になった旧世界という存在。そしてその旧世界を疎ましく思い、俺達知る神隷期として規模を縮小した存在。そしてこの世界に新たに七星を配した何者かが存在しているって事実。そしてその存在が解放者を呼び出す術式を人類に与え、解放を促しているって事くらいだが――」


 レイニー・リネアリスから聞いた、制約と旧世界の話。

 そこから導き出された、既に俺を敵対視している存在。

 これまで会った二人の解放者に授けられた『?????の使徒』という称号。

 それらの情報を更に共有する。


「レイニー……リネアリス……そいつは、どんなヤツなんだ」

「どんなって言われてもな……飄々としたお姉さんとしか」

「っ! 紫のローブを被った、妙齢のお姉さんか、それは」


 ダリアがこちらの知る彼女の容姿を言い当てる。

 つまり、お前もまた会ったことがあると?


「この大陸の結界を張っていた時に、突然現れた。酷く朧気で、まるで消えかけのビデオの映像みたいだったが、確かに……俺はそんな印象の人間と言葉を交わした」

「やっぱり術式に触れてる部分にしか現れないのか……彼女はなんて言っていたんだ?」

「……当時は意味が分からなかったが、彼女は『愚かなる一歩を踏み出してしまいましたね』と言った。まるで……俺達の結界を間違いだとでも言うように。俺はその時、すぐに共和国側の妨害だろうと消し去ってしまったんだ……」

「むむ……レイニーさんといえば……」


 すると今度はリュエが反応し、アイテムボックスからおもむろに一冊の本を取り出してみせた。

 随分と立派な装丁のされた分厚いそれは、一見すると百科事典のようにも見えた。


「これ、レイニーさんから貰ったんだ。残念ながら中身は見られなかったんだけどね」

「へぇ、レイニーがそんな本をくれたのか。俺には何もくれなかったってのに」


 するとリュエは、改めてその本を開いてみせる。

 だが突然、彼女は『あっ』と声を上げ、興奮した面持ちでそのページをめくりだした。


「読めるようになってる! 前に調べた時は勝手に『まだ読めませんよ』って感じの文字が浮かんできてページをめくれなかったのに」

「ほほう、何か時限式の仕掛けでもあったのかね」

「うーん……たぶん違うかな? 前の時の私には、資格がなかったんだと思う」


 意味ありげに呟きながら、どこかしみじみとページをめくり始める。


「ま、でも今は関係ない……のかね」

「ふむ……とりあえずそのレイニーってヤツが、解放者の呼び出しを促す存在と繋がりがあるってのは理解出来た。それと……どうやら俺が間違った道に進もうとするのを、止めることは出来ずとも、警告はしようとしてくれたんだって事も、今なら分かる」

「少なくとも、現段階で俺はあの人が悪人だと、黒幕やそれに類する存在だとは思っていないさ。得体の知れない存在だとは思うがね」

「あの……それよりも彼女が解放者なら、どこの陣営が召喚したのか探るのが先決ではないでしょうか」


 レイスの言うとおりだ。ただでさえ、共和国の一部に不穏な動きがあるとダリアが言っていたのだ。そのタイミングで解放者と遭遇したのは、ダリアとしても心中穏やかではないはずだ。

 だが……疑問も浮かぶ。今日この国境の街の様子を見ただけなのだが、貧しいとも、廃れているとも思えない。解放者を召喚する程切迫しているようには見えないのだ。

 ましてや、七星の封印で国が貧しい思いをしている訳でもないというのに。

 その疑問をダリアにぶつける。


「本当に不自由なく暮らせているのなら、そもそもエルダインが共和国から独立するなんて言い出さないさ。どこまでいっても、七星の封印は俺達サーズガルドの人間の功績が強い、それに劣等感を抱く人間もいるだろう。つまり連中の一部は『牙を奪われた獣』だ。本能を、尊厳を取り戻そうとする気持ちだってあるんだろう」

「……責任の一端がエルフ達にもあるのかも、って思っているんだな、お前は」


 苦々しげに、けれどもどこか辛そうに話すその横顔には、どうしても拭いきれない罪の意識が残っていた。

 選民意識が強いサーズガルドの住人に、内心では見下されているのだろうという疑心。

 そして事実上の戦の勝者であり、平和への立役者である相手に『生かされている』状態。

 ……耐え難いと、どうにかその状況を変えたいという気持ちは、俺にだって分かる。


「なんにしても、どこの領地で召喚されたのかだけでも知りたいところだな。幸いにして、さっきの女は目立つ。情報なんていくらでも出てきそうなものだが――」


 するとその時、熱心に本を読んでいたリュエが声を上げる。

 まるで、名案でも思いついたかのような、どこか自慢げな様子で。


「簡単だよ。カイくんが直接さっきの子に聞きに行けば良いんだ」

「……リュエ、それでカイさんが今度こそ魅了されて、戻ってこなかったらどうするつもりなんですか……」

「そうだよ。一応耐えられる状態ではあるけれど、油断は出来ないんだから」

「……ふむ。耐えられる……か。いざって時は俺が魔法ぶち込んで引き止めるってのはどうだ?」

「なんで乗り気なんだよ、嫌だぞ俺はあの女と関わるのは。なーんか嫌な感じがするんだ」


 こう、ねっとりと観察されるような、まるで舌舐めずりを目の前でされ続けているような、なんとも言えない嫌悪感のような物を感じたのだ。

 それなのに、どこかそれを受け入れてしまっている自分がいるという、心をかき乱されるような、そんな奇妙な感覚がある。

 ……美人ではあるのだが、どうもそれが嘘くさいのだ。まるでハリボテのご馳走。匂いもなにもない、食欲を刺激しないのに、見た目だけが美味しそうに見えるような……。


「……悪いな。最高効率で物を考えちまった。たしかにリスクは高い、万が一お前を……失ったらと思うと」

「やめろよ、そんなマジなトーンでそんな事言うのは。まぁ……そっちにしたら解放者の召喚は、それほど大きな意味を持っているって事なんだろうけれど」

「だがそうなると……この件を保留にしてミササギに行くのも座りが悪いよな? やっぱりどうにか情報を仕入れておきたいところだが……」


 ううむ……現状のアビリティで極限まで魅了に耐えられる構成でも考えてみたほうが良いのだろうか?

 剣に[龍神の加護]を入れても耐えきれないとなると、ヘタにステータスを上げても意味がないように思える。

 それ故に自分自身に付与しているわけだが……。

[カースギフト]であの女、ミサトの魅力を下げる事が可能ならば話も早いが、そんなアビリティなんて……。

[フォースドコレクション]で彼女の持つ[男性魅了]を一時的に俺が奪うって手段もあるが……やめてくれよ……どうして[異性魅了]じゃないんだよ……勘弁してくれよ本気で。

 そもそも、今は[フォースドコレクション]を『使っていいのか分からない』のだから。

 ああ、こんな事ならもっとこの力の検証をしておけばよかった。


「考え込んでいるとこ悪いけれど、魅了なら普通にあらかじめディスペル系の術で予防したら良いんじゃないかい? 一応私は聖騎士でもあるんだから」

「あー……それで軽減出来るならそれに越したことはないんだけど」

「そうだな、なにもカイヴォン一人の力で対策しなきゃならん訳でもないんだ。俺も抗呪の一つや二つ習得している」

 まるでこちらを励ますように、呪文に精通した二人が言う。

 ううむ……もしもの時は二人が止めてくれるなら……やってみるか?

 こちらとしても、問題が多い今、解決出来るなら早く解決したいという思いもある。

 最高効率を求める事に俺だって異論はないのだ、本来ならば。


「あ、あの! 私は呪文には詳しくないのですが、魅了に耐性を付ける事なら出来るかもしれませんよ!?」


 その時、何か名案でも閃いたのか、レイスが少しだけ食い気味にこちらに寄ってきた。

 グイグイとこちらを押しつぶすかのように身体を寄せてくる彼女。

 まさかとは思うが――『私で耐性をつけてもらおう』とでも考えているのだろうか。

 ……そういえば貴方も『魅了』持ちでしたね。しかも天然の。

 立ち振舞い、生き方、言動、そして容姿。それらを長年持ち続けた人間が得られる、スキルというよりは称号のような物なのだろうか。

 無心で彼女の攻撃に耐えていると、ダリアが堪えきれなくなったのか笑い転げる。

 ああ……やわらかいやわらかい。いいにおいいいにおい。なんかもうこの境地に至ればあの女の魅了も耐えられそうな気がしてきました。




「ま、やるにしてもあちらさんの居場所が分からないとなんとも言えないんだがね」


 一先ず満足したのかレイスも離れ、リュエに術をかけてもらう。

 あらゆる呪術的干渉を軽減してくれる『アンチカース』と、一度だけ自動で状態異常を治療してくれる『聖歌“病み人よ、祈り捧げよ”』という、聖騎士が覚えられる状態異常対策としては最高位に位置する二つだ。

 ううむ……日頃どんな攻撃にも耐え、状態異常とも無縁だっただけに新鮮な気持ちだ。


「そうか……リュエは聖騎士の試練を全部クリアしていたんだったな……羨ましいぜ、その二つは今じゃロストミスティックなんだ」

「ふふん、凄いだろう? これならカイくんだって絶対に大丈夫さ」

「だな。じゃあ俺はそうだな……レイス、再生術の先輩として面白い術を見せようか」

「あ、そういえばダリアさんは私と同じ再生術師でしたね。勉強させてもらいます」


 すると今度は、対抗するかのようにダリアが術を発動させる。

 俺が知る限り、再生術を戦闘に生かし、しっかりと最後まで活用していたプレイヤーはこいつくらいしか知らない。

 故に、俺が知る中ではダリアこそが最強の再生術師だ。

 さて、何を見せてくれるのか……まぁ予想はしているんだがね。


「同じ効果の物を重ね掛けしてもあまり効果が大きくないからな。だったら俺は、再生術の効果を最大限に発揮させてもらう。『アシストリターン』『ギフトアゲイン』『リサイクル』『コモンリサイクル』『フィフスブレッシング』」

「うお、大盤振る舞いだな。えげつねぇ」

「それは……どういったものなんでしょう? 私はリサイクルとコモンリサイクルしか知らないのですが」


 ダリアがかけてくれた術の組み合わせは、ゲーム時代からの鉄板だ。

 あのゲームは『どこまでいっても一芸に特化した職が強い』と言われていたが、それは勿論補助魔法もそうだ。

 そして、再生術の尤も優れた部分は『補助魔法の補助』だ。

『アシストリターン』は対象にかかっている補助が消えた時、一度だけ同じ効果をかけなおしてくれるもの。つまりリュエの『アンチカース』もしくは『聖歌』を復活してくれる。

 そして『ギフトアゲイン』は対象に自分でかけた補助効果をもう一度付与しなおす物。

 すなわち一度発動した『アシストリターン』を再度かけなおしてくれる。

 更に更に『リサイクル』は対象にかかっていた『効果』が消えた際、一ランク下げた状態で同じ『効果』を付与しなおしてくれる。

 無論『コモンリサイクル』はさらにランクを下げた状態で付与し直す、と。

 この『効果』というのは、リサイクルを使用した段階で使用者にかけられていた効果全てを差す。つまり……多少弱まった状態でリュエからかけてもらった二つの効果と、『アシストリターン』と『ギフトアゲイン』がかけなおされる、という訳だ。

 もうね、これだけで効果時間が何倍にも増えますしね? 安心感が半端じゃないのです。

 まぁもっとも、これはリュエのように他に補助魔法を使える人間がいる時限定のコンボなのだが。

 ……そういえばこのコンボ、俺がリュエを操作していた時によく使っていたような。


「っとまぁ、これがダリアの使った再生術の効果だね」

「凄い……これなら、実質リュエが四人いるような物ではないですか」

「ちなみに最後の『フィフスブレッシング』は『再生術師』の最終奥義みたいなもんだね。自分で既に四つ再生術を付与した相手に、最後の一つとしてこの術を使うと、まったく同じ状況をもう一度作り直してくれるんだ。つまりもう一度最初の状態に戻してくれる」


 本当、リュエのような補助魔法持ちと組み合わせると、えげつない強さを発揮する。

 もしもレイスもこの境地まで成長すれば、間違いなく最強の状態に至ってくれる。

 なにせ、彼女自身が再生術師であり、優秀なアタッカーでもあるのだから。

 ……永遠に最高の補助が消えない、遠近どっちもいけるアタッカーとか恐ろしい。


「こ、これでしたらカイさんも絶対に大丈夫ですね……?」

「そうだなぁ……ここまでされたら流石に大丈夫だろうなぁ……」


 ちなみにリサイクルの対象になる『効果』って魔法に限定されてる訳じゃないんですよね。

 俺に今かかってる効果には『龍神の加護』と剣に付与してある『生命力極限強化』も含まれているんですよ。

 いやはや、まっこと恐ろしい。


「じゃ、とりあえずまだお昼前だし、少し街の中でも見て回ろうか?」

「賛成! リュエフライ食べられなかったからね、他のお店とか見つけておかないと」

「ふふ、そうですね。私は……珍しい物があるかもしれませんし、市場を見てみたいです」

「俺はお三方におまかせする。あ、でもとりあえずこっちの国風のフードとか欲しいかな」


 三人がそれぞれの目的を述べる。

 色々とイレギュラーもあったが、ようやく旅の醍醐味を味わえるというわけだ。

 さて、じゃあまずはこの街の市場にでも行ってみますか!






「……カイさん。私はこれまで、貴方に幾度となく救われ、そして時には私の我儘にも付き合ってもらいました。それはとても幸福で、身に余る程で、今でもその思い出は私の中で燦然と輝いています。そして……私は貴方に全てを捧げても良いと、常々思っています……ですが、それなのに私は……私はまだ――貴方に我儘を言わなければならないのです」


 街を見て回っている最中の事だ。

 レイスに呼び止められ、そのまま彼女に『ついてきて欲しい』と言われ、狭い路地へと連れ込まれる。

 どこか切迫した、そして罪悪感を抱え込んでいるかのような物言いに、一体どうしたのかと、彼女の肩を抱き、しっかりとこちらの顔を彼女の前に持っていく。


「レイス、一体どうしたんだ。俺は、君の我儘を我儘とは思わない。君の望みは俺の望みだって言ってもいいくらいだ。何か悩み事が出来たのなら、どうか安心して俺に打ち明けてくれないか……」

「……ごめんなさい……その……一度表に出ましょう」


 妙にいい匂いのする路地裏から出ると、こちらを心配していた二人が近寄ってくる。

 が、それを手で制し、まずは彼女の話を聞こうと再びレイスの様子を見る。


「……今日の夕食ですが、どうか右手に見えるお店にしてはもらえませんでしょうか……今から予約しに行こうかと思っているのです……ごめんなさい……カイさん」

「……はい?」

「そういう状況ではないでしょうし、それに私の独断で勝手に決めるのも悪いとは思っています……ですが、ですがどうか」


 なんだそんな事かと、大げさだなぁと苦笑いを浮かべながら、彼女の心を乱した店へと振り返る。

 ……あっ、なるほど。これは確かにレイスが我儘を言っても仕方ないお店だ。


「どうしたんだい、二人共? そんな深刻な様子で」

「なにか問題でも起きたか?」

「ああいや、レイスがその……晩御飯のお店を予約したいらしくて」

「ふむ、良いんじゃないか? めぼしい店があるなら予約しちまうのも手だろ」

「うん? レイスはどのお店に――あっ、分かった」


 リュエの反応に、レイスが一層顔を赤らめ俯いてしまう。

 彼女が行きたいと、あそこまで思いつめるほど心奪われた店とはなんなのか。

 それは、お店のデモンストレーションもかねているのだろう。

 ガラス張りのショーウィンドウのような小さな調理スペースで、一人の料理人がそれを作っている。

 長大な、まるで丸太のようなソレがくるくると直立して回転していた。

 専用の器具なのだろう。大きな串に刺さったソレが、回転しながら赤熱した加熱用魔導具に炙られ、ジュウジュウと音が聞こえてきそうな様子で肉汁を溢れさせている。

 焼き目がつき、照りが出た回転しているソレを、料理人が大きなナイフで削ぎ落としていくその様は、まるで『常に一番美味しい部分だけを集めている』かのようで。

 そう、その正体は丸太のようになった肉の塊。俗に言う『ドネルケバブ』だ。

 どうやら肉食系女子であるレイスは、あの魅惑の肉塊に完全に心奪われてしまったのだ。


「ああ、ドネルケバブか。元々ただの串焼き文化だったんだけど、昔ほら、祭りの縁日でケバブ売っていたの思い出して、なんとか作れないかなって大昔に相談したんだよ。というわけで、褒めてくれていいぞ」

「お前もなんだかんだで文化の発展に貢献してるのな。いや、スパイス同様グッジョブだけど、味付けはどうなんだ?」

「知らん。俺はあの見た目しか知らんからな。けどまぁ、今も残ってる以上……美味いんだろうな」

「ダリアさんがあの素敵な料理を広めてくれたのですか……ありがとうございます、あんな夢のような食べ物を私は知りません、早速予約しに行ってきます……」


 ふらふらと、まるで夢心地のような足取りでレイスが店へと消えていく。

 ちょっと心配なので、リュエさんついていってあげてくださいな。


「今の時間は準備中で買えないみたいだね、残念。じゃあレイスのこと追いかけてくるね」


 仕方ないな、と笑いながら追いかけていくリュエを見ながら、ダリアに向き直る。

 さて……あの二人がいないので、俺も俺で盛大に――


「よーしよしよし! よくやったちびっこ。結構本格的じゃん? ヘタすりゃ日本の縁日で食うのより美味いかもな!」

「だろ!? 他にも簡単に再現出来そうな物は、結構共和国側の人間に教えてるんだよ。自分の国を悪く言うつもりはないが、サーズガルドはどうしても目新しいものや派手な物を受け入れてくれないんだ。その点、こっちは俺の適当なアイディアもこうして発展させてくれている。たぶん『ミササギ領』に行ったらもっと驚くぞ」

「ほほう、正直色々問題が重なってちょっとばかし不安だったが、それを聞いて少し楽になったわ。いや、マジグッジョブだ。他にも面白そうな物伝えているんだろ? 楽しみにしとく」


 つい一◯代のテンションでハイタッチ。はしゃいでしまいました。

 いやぁ……男の子はいくつになっても楽しいものに目がないのですよ。

 ドネルケバブいいね、テンションあがっちゃうね。

 レイスのこと笑ったり出来ませんよ。


「この街は特に商業の交流地でもあるから、日々新しい物が生まれては消えていく。俺はたぶん、こういう場所が一番好きなんだ。もし、国が変わるなら……誰もがこんな風に新しい事に挑戦出来る国になってくれたらいいな、なんて思ってんだ」

「ははは、お前も、オインクみたいな事を言うな。ちょいと方向性は違うが、オインクも新しい国作りの為に毎日頑張っていたよ」

「ああ、俺も見たよあの国を。俺よりも大人で、現実的で、けれども希望がたっぷりつまったいい国だった。正直、少しだけ憧れた」


 夢を語るのは、若者の特権だなんて言う人間もいるけれど。

 それでも、語らずにはいられないのだ、この世界では。

 それが出来るのが、きっとこの世界だ。未完成だからこそ、誰もがより良い世界を夢見て、それを語り、動く事が出来るのだ。

 ましてや、オインクもダリアも、力と地位を持っている。それを成し遂げられる条件を手にしているのだから。

 ……ああ、俺はそんなお前達の国を旅したい。それが――今の俺の夢だ。


「ま、とりあえずなかなか戻ってこない二人を迎えに行きますかね」

「ははは、だな。しっかし良い匂いすんな。なんの肉だろうな、あれ」

「おいおい、ちょっと恐くなってきたんだが」


 二人を迎えに行くと、予約をすませた後も二人でずっと肉をこそぎ落とす様を見ているところだった。

 料理人さん、美女二人に見つめられてかなり緊張した様子でした。


「つ、ついつい……世の中にはあんなに贅沢な食べ方があるんだね」

「常に焼き目だけを味わえるなんて、贅沢すぎます……夕方六時に、特等席でパフォーマンス付きのコースを予約しておきました」

「ちなみに、リュエフライの中身? あれを丸くお団子にして、くるくる焼いているのもあったんだ。楽しみだなー」

「へぇ、どんな食感になるんだろうね」


 再び散策を開始し、ようやくこの街で最も賑わっている市場、所謂バザールに到着した。

 やはり南国を思わせる果物を売る店も多く、辺りからどこか甘い、熟れたバナナのような芳醇な香りが漂ってくる。


「そういえば、この世界の野菜や果物って、殆ど食用に最適化されてるっていうか、品種改良がされてると思うんだが……ダリア、お前がこの世界に来た当初からこんななのか?」

「ん? そうだな、殆どが今と変わらないぞ。バナナもスイカも昔のままだ」

「だよな……この辺りはゲー……神隷期の影響だったりするのかね」

「俺はあんまり気にした事がなかったが……確かに不思議だな。まぁお陰で美味しい果物が――」


 ダリアがナチュラルに屋台からバナナを一本取り上げつつ、コインを一枚店主に渡す。


「んぐ……こうやって手軽に食えるんだ。あー今年もしっかり甘くて美味いな」

「あ、ずるいダリア! 私も一本買う!」

「バナナがこの値段で買えるのですか……セミフィナルでこういったフルーツを買うと、十倍以上取られますよ……」

「やっぱり輸出コストとかかかるからなのかねー」


 では俺も一本頂きましょう。そういえばこの世界に来てからバナナを食べるのは初めてだったか。リュエの家の倉庫で見かけたような気はするのだが、余りに見慣れた食材だから、ついついスルーしていたっけ。


「へぇー! まるで食べられる為に生まれたみたいじゃないか。簡単に手で皮が剥ける」

「あれ? リュエは食べたことがなかったのかい?」

「倉庫の中で見たことはあったけれど、食べてみる勇気はなかったんだ。ほら、本当にどんなものでも送られてくるから、時には食べられない物とかもあったりしてさ」

「なるほど……でも一度アイテムボックスに収納すれば判別出来たんじゃ?」


 それを告げた瞬間、大きく口を開き固まってしまうリュエ。

 まさに雷にでも打たれたかのような衝撃を感じたのだろう。

 ……迂闊過ぎないか君。


「わ……私はどれほど食べ物を無駄に眺めてきたのだろう……」

「ん? なんだ、その倉庫っていうのは」

「ああ、実は――」


 そうだ。この大陸に来てからリュエのバッグが機能していない事も含め、彼女の家の倉庫や、ギルドにある小さな神殿等、アイテムの転送についてダリアに話す。

 すると、やはりその術式に興味を持ち、同時に大きな衝撃と共に語り始める。


「そいつは、俺達が失敗した術だ……昔俺も挑戦したが、ついぞ実現しなかったもんだ……」

「これを考案、実現した人はクロムウェルっていうエルフの男性で――」

「クロムウェル・アイソード・リヒトか」

「知っているのか?」

「ああ。一応、この国じゃあちょっとした有名人だ。王家の人間、つまりブライトの一族に、真っ向から直談判しに来て、セミフィナルと、この大陸の国交を取り付けた人間だ」

「……やっぱりこの大陸に来たことがあったのか」


 あの隠れ里の設立にも、彼は関わっているという話なのだから。


「やっぱり、どの分野にも天才はいるんだな。俺じゃあ、こんな術式は思いつかんよ。多重構造の術式に、大気中の魔素を回路化、複製増殖する術式。つまりワイヤレス通信みたいなもんだ。それを地脈の流れに添わせて長距離維持を可能にする、か」


 ぶつぶつとリュエのバッグ片手に呟いているが、俺にはなんのことやらさっぱりだ。

 が、どうやらリュエはそうではないらしく、しきりにダリアと意見交換を始めていた。

 ……ここバザールのど真ん中なの忘れていませんかね?

 ふと、レイスが先程から大人しい事に気がついた。

 どうしたのかと彼女の様子を見ると、今度は先程とは違い、少し険しい表情を浮かべていた。


「レイス、どうし――」

「カイさん、頭を少し下げて下さい。あの女性がいます」


 直ぐ様腰を落とし、彼女の指す方向に視線を向ける。

 そこには、周囲の注目を集めながら、様々な商品をまるで貢物のように受け取るミサトの姿があった。

 ……こうして傍から見ると、改めてその異様さが伝わってくる。

 男性が、年齢関係なく彼女の元に何かを持ってやって来ては、言葉をかけられ骨抜きにされたようにフラフラと立ち去る。

 あれは……さすがに病的だ。


「カイさん、調子はどうですか?」

「リュエとダリアの術が効いているのか、異常は感じられないよ」

「……カイさん、どうしますか?」

「ここまで準備をしたんだ、ちょいと……ナンパでもしてくるさ」


 何か情報を手に入れるためにも、先程のリベンジも兼ね、あの絶世の美女……の皮を被った、得体の知れない女の元へと向かうのだった。


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