三百十二話
(´・ω・`)はい、よーいスタート(棒読み)
そこは、規模で言えばちょっと大きな街といった程度。
例えるなら、旧宿場町であるデミドラシルに建物を増やしたくらいの印象だった。
だが、先程まであの隠れ里で過ごしていた所為か、ここ『シンデリア』がとてつもなく大きな、それこそ大都会のようだと錯覚する。
それもそのはず。街の規模に対して行き交う人が多く、街に入った瞬間、威勢のいい客引きの声、大きな積荷を引く馬車と、活気に溢れた様子が広がっていたのだ。
国境に一番近い街。だが、少々お硬いお国柄であるサーズガルドから抜けた反動なのか、皆どこか伸び伸びと、自由を謳歌しているように見えてしまう。
「へぇ、随分と活気があるな。それに――やっぱりまだエルフの姿も目立つけれど、なんだか表情が違って見えるよ」
「まぁサーズガルドの住人は真面目気質も多いし、羽目を外すのは飲食街くらいだからな。けれどもこっちの国に来てしまえば、そういうのを咎める目もない。まぁ当然だな」
「そのうちそっちから国民がいなくなるんじゃないか?」
「いや、代わりに俺達の国は気候が安定しているし、魔素の濃度も高い。故に魔導具の出力も安定している。いわば文明レベルが一世代程進んでいるんだ」
「ほぉ、つまり利便性を取るか、自由を取るか、か」
案外バランスがとれているように思えるその話を聞きながら、太陽の光を照り返す白い石畳の道を行く。
少々気温が高い中、それでも楽しそうに周囲を見回すリュエとレイス。
その様子に釣られるように、俺も道端の露店、それに屋台に視線を向ける。
「ダリアはこの辺りにもよく来るのか?」
「いんや、共和国側に来るのは今回目覚めてからは初めてだ。まぁ天変地異でも起きていない限り地形が変わってるって事もない。安心して案内されてくれ」
「初っ端から地図反対に見た人間が言っても説得力皆無なんですがそれは」
街のメインストリートだろうか、一際大きな通りを行きながら、宿はないかと辺りを見回す。
なんだか露店の品揃えや住人の服装を見ていると、前の世界の東南アジアを思い出す。
青空と降り注ぐ太陽。どこか南国を彷彿とさせる街路樹に、薄着の住人たち。
この辺りでとれる果物だろうか、赤く艶やかな、ボーリングの玉と間違いそうになるそれを並べる露店。
今まで訪れた街とはどこか違うエキゾチックな雰囲気に、少々浮足立つのを感じる。
「あ、髪が白い子がいるよ」
「ああ、共和国側に移り住む人間が多いって里長も言っていたね。けれども……」
ふと、メインストリートを楽しそうに歩く二人組を見つける。
髪から覗く笹の葉型の耳と、太陽の光をキラキラと反射する白髪。だが――
「肌が黒い! カイくん、私初めて見たよ!」
「あー……一応セミフィナル大陸のミスコンの審査員に一人いたぞ?」
「むむ……気が付かなかった。へぇ~日焼けって感じじゃないんだね」
「そうですね、私も始めて見ます。ただ……ちょっと露出が多くありませんか?」
「大変よろしいと思います」
痛い、叩かないで。
するとダリアが彼女達について話してくれた。
「エルフと獣人の混血を祖としているんだよ。ほら、ヴィオみたいに両方の特徴を受け継ぐ人間もいるんだが、多くはあんな風に黒い肌と――ご覧の通り恵体となる訳だ」
「確かにデカイな。何とは言わんが」
「…………なんだか不公平だと思わないかい? 私だって髪が白いのに」
「……カイさん、さすがに見すぎです」
いやはや……ダークエルフさんは発育がよろしいようですね?
もうこれだけで共和国に来た甲斐があるというものですよ。
そんな住人をチラチラと目で追いかけながらも、引き続き宿を探す。
すると今度は、露店や屋台ではなく、テラス席を設けた店が立ち並ぶ通りに差し掛かった。
なにやら揚げ物の香りや、鼻を刺激する辛い香りが漂うその通りは、まだ朝食を摂っていないこちらの胃をまるでいたぶるように刺激してきた。
「朝食、食べようか」
「賛成! なんだか変わった匂いだね、どんな料理だろう」
「スパイス……チリペッパーでしょうか?」
「気候の関係で共和国側はスパイスを使う料理が多いんだよ。ちなみに栽培を提案したのは大昔の俺だ。褒めてくれていいぞ」
「ああ、褒めてやるとも。こりゃいいな、久しぶりに激辛料理が食べたくなってきた」
目についた店へと向かい、そのままテラス席に通される。
どうやら複数の店で共有している席らしく、気に入った料理を出している店に直接こちらが注文しに行くシステムなのだそうだ。
要するに、屋外フードコートみたいな物だ、と。
「むむ……この匂いは……」
席につくなり、リュエが目を閉じ、五感を鼻に集中させるかのようにして辺りを探る。
くんくんと顔を動かす姿がなんとも可愛いじゃありませんか。リュエ犬さん可愛い。
だが、彼女は何に反応したのだろうか?
「間違いない、リュエフライの匂いだ」
「あー……そういえば少し甲殻類のような匂いもするな。行ってみようか」
「よし、じゃあ行くよカイくん!」
「では私は、先程から気になっていた、この刺激的な香りの物を買いに行ってきます」
ダリアはどうするのか、と顔を向けると、仕方ないなと言わんばかりの表情を浮かべながら『席をとっていてやるよ』と送り出してくれた。
ならばと、早速リュエと共に彼女の好物であるフライの店へと向かうのだった。
「おじさん、そのそれ……チリピックロールっていうの? くださいな」
「おや、可愛い娘さんいらっしゃい。こいつは人気でね、丁度これが最後の一つだ」
「あ、ホントだ今揚げてるの最後じゃないか。ふふ、カイくん残念だったね?」
俺の前に並んでリュエが、少しだけ意地悪な表情をしながら振り返る。
悔しい気持ちもあるが、そんなに嬉しそうな表情を見せられると何も言えなくなってしまう。
仕方ないと、俺は隣の店へと向かい、これまたピリ辛そうな野菜炒めと、薄いトルティーヤの様な生地のセットを購入して席に戻る。
――だが席に戻った瞬間、リュエの大きな声が辺りに響く。
急ぎ振り返ると、憤慨した様子のリュエが、店主と、そしてもう一人――
……なんだ、なんだこの気持ちは。
リュエの隣にいたのは、とても、とても美しい女性だった。
彼女の手には、トルティーヤのような料理。あれを、あの人は食べるのか。
俺も、同じものを食べてみたい。ふらりと立ち上がり、その店へと向かう。
「ど、どうしてだい!? 私に売ってくれるんじゃなかったのかい? 最後の一つなのに……」
「いや悪いな嬢ちゃん、どうしても、この人に食べてもらいたくて……午後にまた売るから我慢してくれ」
「おかしいよ……後から来たのになんで……」
ノイズが走る。
自然と動いていた足が、途中でリュエへと向かう。
……あれ? 俺は今、なにをしようとしていたのだろうか。
「リュエ、大丈夫かい?」
「あ、カイくん。うん、大丈夫だよ。ちょっと残念だけど……」
「そっか、良かった。店主さん、それ午後にはまた買えるんですよね?」
美味しそうに、ロールを頬張る彼女から目が離せない。
俺も、同じものを……。
だがなぜだろうか、罪悪感が胸を埋め尽くしてしまう。
けれども、思考にモヤがかかるような、多幸感にも似た感覚が訪れる。
何かしなければいけないような、言わなければならない事があるような気もするのだが……。
「ふふ、横取りしたみたいでごめんね。あら……随分と素敵な彼氏さんね、おチビさん」
「むむ、おチビさんとはなんだい。そこまで小さくないよ私は」
「そう? 私から見るとおチビさんにしか見えないのだけど」
リュエが、その人物に声をかけられる。なんと羨ましい。
彼女が言うように、確かに目の前のこの人は背が高い。
そうだな……レイスより少しだけ高いくらいだ。
スタイルだって良い。この絶妙なバランス、まるで理想を突き詰めたかのような……。
ああ、その瞳をもう少しこちらに向けてもらえないだろうか、もっとその美しい瞳を――
「カイくん? どうしたんだい、ぼうっとして。一緒に席に戻ろう、他の料理を買うから」
「あ……ああ、そうしようか」
リュエに手を引かれ、席に戻る。
するとレイスがこちらに変な物でも見るような目を向けていた。
そして、なぜだかダリアも警戒心を露わにしている。
「カイさん……どうしたんですか、少し様子がおかしいですよ」
「……てっきり店に文句でも言うんじゃないかと心配したんだが……」
ああ、そうだ。店に文句を言わないと。どうしてもっと用意していないんだ。
俺だって、あの人と同じものを食べたいというのに。
もう、その悔しさだけで朝食の事が頭から離れてしまった。
ああ、共和国とはなんと素晴ら――
その時、頬に小さな手が打ち付けられる。
痛みはないが、その衝撃に視界が揺らぐ。
「カイヴォン、しっかりしろ。今すぐ思考を非常時のそれに変えろ」
「な……なんだダリア、突然」
「……お前、精神汚染が始まってるぞ、魔力が乱れ始めている。レイス、魔眼でこいつを見てくれ」
「は、はい!」
なんだ、何を言っているんだ。
俺が精神汚染? 剣にはしっかり[龍神の加護]もいれてあるんだぞ?
するとレイスが、両手を口に当てて大げさに驚いてみせた。
なんだ、俺に何かついているとでも言うのだろうか?
「カイさん……あの……あの……今、自分の名前を言えますか……? 私の名前、言えますか?」
「カイくん……私の事分かる? ねぇ、大丈夫なのかい?」
なんだ、一体どうしたっていうんだ三人共。
俺がどうにかなるわけがないじゃないか。
「カイさんの身体に、得体の知れないなにかが巻き付いています。それが少しずつカイさんの身体に染み込んでいるようで……」
「ねぇ、カイくんは呪いとかに耐性があるんじゃなかったのかい? ねぇ、それをもっと強くする方法はないのかい?」
「カイヴォン、頼むから今だけは俺達の言う事を聞いてくれ。なにか加護があるなら、そいつを出来るだけ強く――」
なんだ、みんなしてそんなごちゃごちゃと。
集中出来ないだろ、ほら、あの人が行ってしまうじゃないか。
「ちっ……“ブレイブリーデフォルト”」
「うぐっ……ダリア何を――」
その瞬間、ダリアの手から閃光が奔り、こちらの額に直撃する。
解呪の魔法……なんのつもりだ突然。
すると、またしても思考にノイズが走る。
なんだかさっきからおかしい、今までの気持ちはどこへ……。
「カイヴォン、今すぐ精神耐性を上げる装備かなにか使ってくれ」
「あ、ああ」
そこまで言うのなら。
武器を経由せずにそのまま直接自分の身体に[龍神の加護]を使ってみせる。
[カースギフト]を発動させ、反転なしで己にそれを付与した瞬間、頭の中に清流が流れ込んできたかのように意識がはっきりする。
そして、まるで思い出したくてもなかなか思い出せなかった事、ど忘れした物がなんだったのかを思い出したかのような、そんな強いひらめきのような快感が思考を埋め尽くす。
……そうだ! 何故、俺はあの店主を咎めなかった。
あんなに嬉しそうに注文した料理を、後からきた人間に売ってしまったという、あの店主を、俺は何故見過ごした?
俺は……何を考えていたんだ……。
「カイヴォン、もう一度あの相手をよく見てみろ。何か気づかないか?」
「ああ、ちょっと待て」
振り返る。あの立ち去ろうとしている、そして何故かこちらに色目を向けているその人物を。
抜群のプロポーションと、白い肌。美しく腰まで伸ばされた白銀の髪。
そして、宝石のような、作り物のようだと思えるほど鮮やかな紫と金のオッドアイ。
なんだ……あの絵に描いたような『理想の美女』は。
所謂『テンプレ』のような容姿に、美しさよりも先行して『違和感』をおぼえる。
少なくとも、俺とダリアは同じ感想を抱いたようだ。
「……出来すぎている、な。それに、情けない話だが、本当に精神汚染を受けていたみたいだ」
「俺やレイス、リュエはなんともなかった。恐らく異性特効……あの店主も、それで料理を優先して売ってしまったんだろ」
「むぅ……確かに凄い美人さんだけど……卑怯だよそれは!」
「……確かに術的な力で心を動かすのは、私も感心しませんね」
だが、待って欲しい。
身体に直接ではないにしろ、俺は剣に[龍神の加護]をセットしていたのだ。
それを破ってまで俺を――このステータスを持つ俺を魅了しただと?
ありえない、ありえないだろそんな事。
あれは……得体の知れないなんてものじゃない。明確に俺の障害たりえる人物だ。
直ぐ様剣に[詳細鑑定]を付与して、通りから消えようとするあの人物を追いかける。
「おい、待てカイヴォン! まさかまだ――」
「いや違う。すぐ戻るから待っていてくれ」
テラス席を立ち、通りから出ていく彼女を追いかける。
使命感、焦燥感、不安、そして何故だろうか、仄かな期待を、薄暗い希望を持って駆け抜ける。
そして彼女の消えた曲がり角をこちらも曲がると、そこには――
「やっぱり。追いかけてきちゃったね? 素敵なヒト」
「っ!」
付き人だろうか。二人の男性を従えたその女性が、こちらを待ち構えていたかのように見つめてくる。
ゆっくりと、妖艶な笑みを浮かべながら、一歩、また一歩と近づいてくる。
宝石のような二色の瞳。俺とよく似た、けれども遥かに透き通ったツヤを持つ白銀の髪。
白く、きめ細やかな肌に、均衡の取れた極上の肢体。
薄手の、身体の動きに合わせてサラリサラリと流れる、純白のベールを思わせる衣服。
一挙一動が、再びこちらの思考を、じわじわと絞め殺すように。
だが――俺の目的を、果たすのだ。
これは、汚染だ。敵だ、惑わされるな。
剣のアビリティを発動させ、強く彼女の姿を目に映す。
そして――
「ねぇ、一緒に来る? 貴方なら歓迎。まだ、銀髪のヒトって私の周囲にはいないのよね」
「……いや、遠慮する。それにどうやら……俺の勘違いだったようだ。すまなかった」
後ろ髪惹かれる思いで、彼女を視界から消し踵を返す。
するとその時、小さく彼女のつぶやきが耳に届いた。
『嘘……どうなってるのよ』という、驚愕の色を滲ませた、それ。
……ああ、そうだろうよ。どうやら、そろそろ『そっち』は明確な武器を手駒に持たせるつもりみたいじゃないか。
俺の目に写った、彼女のステータス。
それは――
【Name】 ミサト・ヨシカゲ
【種族】 異世界人
【職業】 解放者
【レベル】 11
【称号】 ※※※※※の使徒
傾国の美女
【スキル】 メニュー画面表示 男性魅了 天恵の美貌
そう、紛れもない、俺が出会った三人目の……解放者だ。
その名前と外形のギャップ、そして所持しているスキルに俺は一つの仮説を立てた。
『解放者を召喚させている何者かが、特別な力を渡したのではないか』
有り体に言うと『チートのような力』を授けられて召喚されたのではないか、という事だ。
今まで出会った二人だって、十分に反則的な力を、いや素養を持っていた。
普通の人間よりも早く成長し、その能力もまた常人よりも遥かに伸びる、そんな力。
だが、あの女は……スキルという形で、そして外見もまた、変化しているのではないだろうか。
「こりゃちょいと……きな臭いどころの話じゃなくなってきたな」
いよいよ以って俺の知っている情報を全て、皆と共有する必要が出てきた、な。
「ミサト様、用事とは今の男、ですか?」
「そうよ。ねぇ見た? 凄くいい男だったと思わない?」
「はぁ? あんなヘタレがか? ミサトにびびって逃げ帰ったようなヤツだぜ?」
「彼を悪く言わないで。そのうち貴方達の仲間になるんだから」
語る、天恵を得たその女。
当然のように二人の男を従え、まるで欲しい物を見つけた子供のように、無垢な、そして残忍さを覗かせる微笑み。
付き人は、そんな貌にすら惹かれ、ため息をつく。
「ミサト様。あの者がそんなに気に入ったのでしたら、もう少しこの街に滞在なさいますか?」
「そうね、今晩辺り来てくれると期待してみるけれど……来なければ、また私から会いに行っちゃおうか。赤髪に青髪、次は金系統かなって思っていたけれど……いいわね、銀髪も。なかなか良いシナリオじゃないの」
まるで、コレクションのように。己の欲を叶えようと、女は嘯く。
邪悪でも、正義でもない不可思議なその在り方は、果たしてどんな物語を紡ぎ、彼等と関わっていくのだろうか――
(´・ω・`)3人目はメスだ




