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暇人、魔王の姿で異世界へ ~時々チートなぶらり旅~  作者: 藍敦
十三章

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三百九話

(´・ω・`)今年最後の更新

「はい、どうどう。落ち着けちびっこ」


 駆けつけてみれば、珍しく感情を剥き出しにした表情を浮かべたダリアがいた。

 これから取っ組み合いでも始めようかという出で立ちのこいつの襟首を掴み引き止めたからよかったものの、もう少し遅れていたらキャットファイトでも始めていたんじゃないか?


「どうしたんだ、ダリア。贔屓する訳じゃないが、いきなり人の家族に飛びかかるなんて穏やかじゃないぞ」

「…………わた……俺にだって我慢の限界がある」

「ふむ。リュエ、ダリアに何かしたのかい?」


 先程から口を挟む様子も見せず、ただ静かに事の成り行きを見守っていた彼女に言葉をかける。

 どこか、諦めたような。何をされても仕方がないとでも言いたげな、そんな決意を秘めたかのようなリュエが、ゆっくりとその視線をダリアへと向けた。


「……ダリア。認めたくなくても、たぶんこれは事実だよ。残酷で、救いのない話かもしれないけれど、それを平然と行えるくらいには、あの子は狂ってる」

「ふざけるな……俺が……俺達の歩みが、努力が、全部……」


 絞り出すような、ダリアの呻きにも似た言葉。

 そこに、リュエが突きつける。


「無駄だった。この術式は大陸を豊かにするものでも、外的から守る為のものでもない」

「……俺は、俺達はこの結界を張るために、どれだけの戦いを経てきたと……」

「七星の封印は、やっぱり犠牲なしに成立するものなんかじゃなかったんだ」


 一体、リュエは何を知ったのだろう。

 これまでこの大陸で過ごし、見てきた情報から、どんな結論を導き出したのだろう。

 ダリアは何故、ここまで取り乱しているのだろう。

 その謎が、ゆっくりと彼女の口から語られていく。


「二体の七星の同時封印。その際に漏れ出す膨大な不活性魔素や瘴気を再生術で変換し、互いの封印に必要な魔力に相互変換する。それにより、必要最低限の魔力で封印を維持する……それが、ダリア達が構築したこの大陸全土に張りめぐされた術式で、さらに大陸の周囲を覆う結界は、その魔力が外に逃げないように、また外的からの侵入を探知出来るようにする防衛の意味を持っている――と、言う事になっているんだ」

「ああ、そうだ。だから俺は、俺達は大陸全てに術式を張るために、多くの人間と争いを起こした。話し合いだけじゃ解決しないんだよ、世界ってのは」

「それで――その結果張りめぐされたのは、『一方的な魔力徴収術式』と『思考誘導術式』、そして最後に『特定の誰かを生かし続ける延命の魔導』。つまり……いるんだよ、ダリア。この大陸にも、私と同じ境遇の誰かが……」

「誰も! 犠牲にしない為に! 俺達は戦った!」

「それがそもそもの矛盾なんだよ……その戦いで散った命を、ダリアは犠牲とは思わないのかい?」

「思ったに決まってるだろ……だが話が通じない以上、それでより多くの犠牲が、大陸そのものが、全ての人間が滅びるよりは遥かにマシだ……リュエだって……理解出来るだろ」

「……分かるさ。分かるに決まってるよ……でも、この術式は……全部この部分で意味が反転しているんだ」


 リュエは、術式に込められた意味を、正確に読み解き語って聞かせる。

 術式というものは、本来意味ある言葉を、特定の単語に置き換え、並び替え、そして取るべき行動をも言葉で現し、単語に織り交ぜる。

 つまり命令や指示を簡略化して組み合わせる、まさしくプログラミングに親しい物だ。

 そして、ダリア達が刻んだ術式の、解析出来ない部分を彼女が読み解いた結果はこうだ。


『分け与える』のではなく『独占する』。

『失意に飲まれない』のではなく『恐れ続ける』。

『対象を殺し続ける』のではなく『生かし続ける』。


 魔力の負担を皆で分担する筈が、それを書き換えてどこかに集中させている。

 戦いの爪痕や不満、そうした負の感情に囚われないようにという願いの筈が、極度に恐れ、遠ざけ目をつむり、静かに負の感情を蓄積させる。

 そして封印と呼ぶには乱暴だが、対象を殺し続ける事により封印を破る力を削ぎ落とす術式が――誰か特定の人物を生かし続ける術式に変わっていた。


「きっと、いるんだ。生かされ続けて、封印の依代になっている誰かが。……ねぇ、ダリア。君の名前を貰った子供達に、何をしていたんだい?」

「…………教育だ。俺の目覚めに呼応して生まれた以上、生まれる瞬間に通常よりも多くの魔素を、生まれたその身に浴びる事になる。臨月を迎えた妊婦を、俺の眠る場所に運び込むんだ。そして生まれた子供に、魔術に類するあらゆる教育を施していた」


 ……それは、たぶん何も知らなければ、とても光栄な事なのかもしれない。

 自分の子供が、そんな祝福と共に生を授かるのならば……喜んでダリアの元へと集まるのだろう。

 だが、もしその行為に裏があるのだとしたら……。

 そしてその風習を始めたきっかけに、もしあの男が関わっているのだとしたら――


「フェンネルだよね、それを始めようと言ったのは」

「……ああ、そうだ」

「……そっか。ダリア、その施設って今もあるのかな」

「襲撃があって、そこは閉鎖された。今は王宮で行われている」

「閉鎖された場所でも、調べたら色々分かると思うんだけど、どうかな」


 先程までの感情の乱れが静まったダリアの表情には、どこか諦めの色が滲んでいて。

 その感情の乱れも、その諦めの顔も、きっと……自分でも頭のどこかで考えていた、けれどもそんなはずはないと、封じてきた思いだったから、なんだろ?

 お前がそこまで怒り狂うなんて、よっぽどだ。

 お前は、いつだって周囲に流されず、ただ自分の中の考えにもとづき、出すべき感情を決めるヤツだから。

 そして、お前が怒ったのは……きっと自分自身に向けて、だったんだろうな。


「ダリア、少しは落ち着いたか?」

「悪い、少しだけ取り乱した」

「少しじゃないが。しかし……二人の話を聞いていて、ちょいと俺の中でよろしくない考えが構築されていった訳だが、聞いてみる気はないか?」


 どちらも大事な人間だ。その二人が言い争いになってしまうのではという不安の中、相変わらず俺の人でなしの思考は、心配でいっぱいになるべき脳の大半を、別な考えに割いていた。

 これまで聞いた話。見てきた事象。俺の感じた思い。そして想像。

 その出来上がった仮説を、さらに細かな事象から想像出来る妄想で覆っていく。

 完全なる妄想ともいえる考えだが、不思議と、それが正解へと至る事がある。


「……エスパーごっこか。そういや昔から妙にカンが良かったな」

「まぁな。物事をたまに深く考えすぎるんだよ俺は」

「カイくん、話してみておくれ。たぶん、それは真に迫る物だと思うから」


 一定の信頼と評価を得て、語り始める。

 白髪の生まれるタイミングと、選ばれし祝福された子供達。

 モラトリアムの悪夢と、意味の逆転した術式。

 セミエールの名を過度に恐れる住人と、フェンネルの言動。

 七星の封印と、その方法、犠牲になった誰か。

 それらを全て、無理なく一つの物語に当てはめていくように、思考を巡らせる。


「……仮に、一般的な子供が生まれる時にも、なにか大きな加護や魔力を得るとする。リュエが言うには、本来持つべき加護を持たないこの大陸の人間は、簡単な暗示や思考誘導にかかりやすいって話だ。だから、今もセミエールの魔女なんて話が大陸に染み付いているし、住人達も過度な反応を示す」

「ああ、そうだ。子供は生まれる時、この世界では平等に加護を得る。最初に分け与えられるんだよ、この世界から子供達に。まるで免疫のように、魔力を扱う素養を」

「ああ。だが……もしも生まれるタイミングで、その大切な何かをピンポイントで徴収したら? そしてそれが……お前の周りに集められた子供達にだけ集中して与えられたとしたら?」


 これは、俺の中ではもう確定している。


「生まれた子供達の中で、双子だったのは?」

「ある妊婦だけが、唯一双子を産んだ」

「……だよな。その結果、片方に集中すべき何かが分離され、予定とは違う結果が生まれた。ここだけの話だが、アマミはお前の名前を持っているのが確定している。その生まれた双子の片割れで、生まれつき魔術を使えないそうだ」

「……やっぱりそうか。じゃあつまり……アークライト卿の娘なんだな」


 そして、その片割れであるレイラは髪色をアマミに奪われたかのように、極端に淡い色で生まれた。

 魔術の才能がどんなものかは分からないが、俺の予想ではそこまで得意ではなさそうだ。


「白髪の子供は、つまり生まれる時に得るべき魔力を奪われた事の弊害だ。お前の目覚めと名を与えられた子供が同じ日に生まれるのなら、それは白髪の子と祝福の子が同時に生まれてるって事でもあるんだからな」


 これはダリアだって、本当なら気がついているべき事象。簡単な方程式だ。

 だが、やはり自分の目覚めが不幸をもたらすとは……考えたくなかったのだろう。


「そして時同じくして生まれる『モラトリアムの悪魔』これは正直よくわからないが……何かを引き金にして意図的に生まれるようになっているんじゃないのか? 恐怖を植え付ける為に」

「……白髪とあの悪魔を関連付ける人間は、少なくない。その可能性は十分にある」

「そういえば、私も言われたよ。『白髪が厄災を連れてきた』って。たぶん、そういう風に噂を流している人が過去にいたんじゃないかな」

「俺の考えだを纏めると、白髪の子供は、才能を集めた優れた子供を生み出すための弊害で、あの悪魔は白髪を忌む文化を忘れさせないように、意図的に関わり合いを持つように生み出されている何かだ。そして、大陸の術式により恐怖の感情をフェンネルは集めて何かに利用しようとしている。最初から最後まで、あの胡散臭いガキが関わっているんじゃないかってのが俺の仮説だ」


 乱暴だが筋は通る。

 この大陸の、国家の成り立ちにもあのガキが関わっているのだとしたら、そこにあんな胡散臭いガキが何も仕込まないはずがない。

 結果、ダリアの作った結界にも大きな秘密が隠されていたのだから。


「その推論は認めたくないが、俺だって少しは脳裏をよぎったものだ」

「うん、そうだね。でも……それだと一つ分からない事があるよね?」

「……誰が、犠牲になっているのか。ふむ……こればっかりは俺にも分からんね」


 静かにダリアは立ち上がり、手に持っていたノートをリュエに手渡す。

 恐らくあれが彼女のレポートなのだろう。

 それを渡したダリアは、小さなため息を吐き出しながら、こちらへと一歩歩み出た。


「……やっぱり、俺もお前達に同行して共和国に行く。結界の起点の多くは共和国側にあるんだ。それに――アマミ嬢が生まれた施設の跡地も、共和国側の孤島にある」

「……つまり、調査の旅を始めるから、俺達にも同行してくれって事だな?」

「ああ。無論、そっちの要望も聞くし、望むならなんだってしてやる」


 いいさ。前も言ったが、お前がなにか決定的な物を、大義名分を得られるのならば、それに協力しよう。

 お前が反旗を翻す……いや、この場合は国に仇なす本当の敵を討つのならば、俺はそれに便乗するつもりだったのだから。

 ダリアの同行宣言は、先程までの不穏な空気をリュエの中から消し去るには十分すぎる物だったらしく、場違いな程表情を明るくし、こちらに振り返る。


「ダリアが一緒に来てくれるってさ!」

「ああ、元々そうなるかもしれないって話していたんだ。フェンネルの狙いや、封印について調べる以上、ダリアがいてくれた方が都合も良い」

「ま、カイヴォンも元々七星について調べている風な事を言っていたしな。それについてもおいおい聞かせてくれ」


 ダリアは引き続き、リュエと術式の解析結果についての協議、そしてダリアが読み解けなかった部分がどういう物なのかを教えるからと、部屋に篭もる事になった。

 先程のように取り乱したりはもうしないと、酷くバツが悪そう顔をこちらに向けていたが……あれは、果たして何に対してバツが悪いと感じたのだろうか。


「……咄嗟に出てくる感情は、もう完全に『ダリア』としての物、なんだろうな」


 微かに、それを寂しいと思う。変わっていない風に見えていても、やはり五◯◯年という年月は、人を変化させてしまうのだ。

 ……誰だって、変わる。それを成長と呼ぶ事もあるし、否定的に捉える時もある。

 ダリア、お前の場合はどっちなんだろう、な。




「カイさん、大丈夫でしたか……? 大勢で向かうと刺激してしまうのではと思ったのですが、なかなか戻ってこなくて……」


 キッチンに戻ると、俺と共にダリアの声を聞いたレイスが、不安を抑えきれない様子で駆け寄ってきた。

 もう大丈夫だと、先程の会話の内容を簡単にまとめて彼女にも説明する。

 すると、やはり生まれてくる子供を使った実験のような内容に、彼女は憤慨する。


「……母親の子を思う気持ちにつけ込んで、そんな非道な事を……本当に人間のする事なんですか……それに……それではイクスが……まるで多くの子を犠牲にしたようではありませんか――!」

「ああ……けれども幸い、そういった白髪の子達の大半は、ここにいるんだ。イクスさんと同じ年に生まれた子だって、きっとここで暮らしているはずだから……」


 我が子として慈しみ育ててきた子が、多くの子から加護を奪ってしまっている。

 その事実は、やはり彼女の心に少なくはない痛みを与えてしまっていて。

 微かに歪んだレイスの表情。これも……元を辿ればお前の所為なんだろ、フェンネル。

 リュエを騙し、ダリアを騙し、国を騙し、子供を犠牲にし、レイスを悲しませ、国を歪め、自分の欲望を叶えようとする。

 喜べ、お前は歴代最高のクソ野郎だよ。万に一つも助かる道はない。

 待ってろよ、お前は今頃その『不可思議な現象』に気が付き始める頃だろうよ。

 もう、始まっているんだよ、お前の最後に向けての前奏曲は。


「カイさん……?」

「ん?」

「いえ……今、少しだけ恐い顔をしていたので……」

「やだショック。ああ、そうだレイス、もう一つ報告なんだけれど……共和国側に行く時、ダリアも同行する事になった。さっき言った研究所跡や結界の起点の調査もかねてね」


 不満もあるだろうと覚悟していた。

 けれども、彼女は『ああ、やっぱり』とでも言いたそうな、そんな表情を見せた。


「薄々、そうなるような予感はしていました。私は、もう大丈夫です。ダリアさんへの不信は……ふふ、ここでの彼女を見ていて、自然と消えてしまいましたよ」

「まぁ、良くも悪くも見たまんまのヤツだよ、アイツは」

「ええ。飄々としているようで、本当は沢山の事を考えていて、背負っていて。器用そうに見えてどこか不器用で……本当に、誰かさんそっくりです」

「ふむ、そんな知り合いが他にいるんだ」

「ふふ、はい。そうなんです」


 なんとも難儀なヤツがいたもんだ。

 そういう面倒な知り合いとは少しずつ距離を取ったほうが良いぞ、レイス。

 それを伝えると、何故か彼女はおかしそうに、声を出して笑ってしまったのだった。






 その日の夜。昼の宴の続きだと言わんばかりのご馳走をテーブルに並べ、それを皆で堪能し、そろそろテーブルの上の皿の残りも少なくなってきたタイミングで里長が話しだした。


「ふぅ、やはり美味しいですね。人が作った料理で、こんなに美味しいと思った事はこれまでありませんでした。先程のソース、後ほどレシピを教えてもらいたいです」

「ええ、それは勿論」

「さてと……お昼にも言いましたが、カイヴォンさん、この後少しよろしいですか? 出来れば聖女様にも来て頂けると嬉しいのですが」

「んあ? あ、俺の事はダリアで構いませんよ。ではカイヴォンと共に向かいます」


 後片付けをレイスとアマミ、そしてリュエに任せ、早速里長の寝室へと向かう。

 俺達二人を呼び出すというと、恐らく里長の身体や、あの装置についての話題だろう。

 彼女の防衛機構の働きにより焼き切られてしまった部屋の扉を開けると、里長が窓際に置かれた椅子に座り、静かに外を見つめていた。


「ふふ、またノックを忘れていますよカイヴォンさん」

「あ……いやすみません、つい扉が気になって」

「後ほど俺が修復しておきますよ」


 やはり未だ罪の意識が消えないのか、不慣れそうな敬語で話すダリアと共に、部屋にあるソファーに腰掛ける。


「さて……改めてお二人にはお礼を言わなければなりませんね。有難うございました。お陰で私は、これからもこの里を、子供達を見守っていく事が出来ます」

「こちらこそ、ありがとう御座います。この里を、これまで守ってくれて」

「俺は……そもそも礼を受け取る側の人間ではありませんから……」

「いいえ。聞けば、貴女は何も知らされずここに攻め入る事になったのだとか。集落の家の修復も含め、感謝しているんですよ」

「それは……」

「ダリア、感謝は素直に受け取っておけ。俺だって感謝してるんだ、彼女を再び目覚めさせてくれて」

「……分かった」

「ふふ、そこまで私に会いたかったんですかカイヴォンさん。そこまで言うのであれば……色々と他のお礼も出来ますが、いかがです?」


 おっと、非常にそそる提案ですが、さすがにそれはよろしくない。

 非常に、非常に、魅力的で唾飲むお話なんですけれども。

 するとその時、こっそりとダリアが隣で囁いた。

『マジで人間と同じだから……普通に“出来るぞ”』と。

 お前マジでなにしてんの。治療に必要だったんだろうけど今ここでそれ言いますか。

 やめろ、こっちの理性のブレーキに油塗るのはやめろ。


「すみません、非常に魅力的なのですが……その、二人がいますので」

「あら残念。ではダリアさんはどうです? 私の見立てですと、貴女は恐らくどちらもイケるクチだと――」

「すんません勘弁してください。いろいろこっちもバランスとって生きてるんです……あ、でももし一つだけお願いを聞いてもらえるなら、後ほど少し相談がですね……」

「ふふ、分かりました」

「なんだよ、なにか企んでるのか?」

「秘密。俺だってたまには自分の欲を全面に出したくなるんだよ」


 そんなやり取りを続けながらも、本来の目的、里長の話を聞こうと話題を一旦閉じる。

 そして予想通り、里長はあの装置について話し始めた。


「現状、私はもうあの装置を頻繁に使う必要がなくなった訳なのですが、これから十年、二十年と時を過ごせば、そのうち必要になる事もあると思うのです。ですので、もし可能であれば装置の修復もお願いしたいのです」

「あ、それでしたら既に完全に治っていますよ。周囲の魔力の取り込みも、機能不全を起こしていた部分を直しましたし、特定の状況下でないと起動しない、なんて事もないです」

「ええ。俺もダリアと話していたんですが、そのうち館に専用の部屋でも作って、そこに安置した方が良いんじゃないか、と」

「それは……随分と手際が宜しいですね。情けない話ですが、こうして一度、私が言うとおかしいかもしれませんが『死』を感じてしまった影響でしょうか、とても、臆病になってしまっていました」


 里長が、そのどこか完成され過ぎた面差しを、微かに悲しげに歪めて語る。


「また、目覚めなくなってしまったらどうしようか。あの子達の側にいられなくなってしまったらどうしようか。そんな不安を、感じていました。ですから、あの装置があれば、その不安も少しは晴れてくれるのでは、と考えていたんです」

「里長……」


 ……前にも、思った事がある。

 人は、何を以って自分を自分と定義するのか。

 人は、何を以って相手を人と定義するのか。

 その答えは今だって分からないけれど、それでも今、一つ考えが頭に浮かんだ。

『自分以外のなにかの為に、自分の死を恐れる事が出来る』

 それが、人を人たらしめる考え、思想なのではないのか、と。

 生存本能でもない。種を守るための本能でもない。自分で決めた何かの為に、恐怖を感じられる事。

 今、こうして恐れを口にした事が、彼女が人である、何よりもの証拠だと、俺は思った。


「出来れば人に見せたくはありませんよね。よければ今日の深夜にでも、屋敷に運び込みますよ」

「そうですね……では、屋敷の裏、バラ園の中央に運んでくださいますか? あそこはワインセラーの入り口にもなっているんです」

「なるほど、地下に安置するんですか」

「じゃあ、俺は後でそのワインセラーの方で魔力の流れを調整しておきますよ。場所が丁度あの大きな白霊樹から流れる魔力の側だ、あれなら何百年だって稼働するはずです」


 呼吸をする必要のないはずの彼女が、まるでため息をはいたかのように僅かに身体を縮め、脱力する。

 安心、出来ましたか? なら、良かった。


「あ、そうだ。里長さん、実は貴女の身体から取り外した器官なんですが……」


 すると、ダリアが虚空から何やら六角形の塊を取り出してみせた。

 機械のような無機物でもない、かといって有機物のようでもない。

 人工的な形なのに、どこかぬくもりを感じさせる、暖かなツヤを持つ、赤く透明なそれ。

 一瞬、まるで血がその生彩を失わずに結晶化したかのようだ、なんて考えを抱く。


「へぇ……そんな見た目をしていたんですね。自分でも見るのは初めてです」

「その……俺でも詳しい解析は不可能だった。もしかしたら、この先使う事だってあるかもしれないし、返しておこうと思ったんですが」

「ふふ、きっともうそれを使う事は私もないですよ、それは。ただ……そうですね、カイヴォンさん、貴方はこれからも旅を続けるのでしょう?」


 里長が、ダリアから受け取った真紅の結晶を手にしたままこちらへ歩み寄る。


「もし、貴方が旅の先で、私のような存在に出会ったなら。これを見せてあげてくださいな。万に一つでも、可能性があるかもしれませんからね」


 受け取ったそれは、冷たいはずなのに、なぜだか触れた手のひらが温かくなったように感じた。


「分かりました。俺が責任を持って預かります」

「ふふ、私の身体の一部を持って歩くなんて、少しサイコパシーな感じがしますね」

「う……じゃあやっぱり返します」

「お断りします」


 やはり、手玉に取られてしまう。つくづくこの人には敵わない。

 それから、俺達は彼女にこれからの事を話した。

 共和国へ向かう事。そして暫くはこっちに戻れない事。

 そして――近い将来、この国は大きく変わる事を。

 どんな事を話しても、彼女は驚いたりもせず、ただ静かに聞いてくれた。

 それが、なんだか嬉しくて。まるでこちらの行動を、全て肯定してくれているようで。


「となると、共和国側の出入り口について教えておくべきでしょうね。一応、出口までの案内にアマミを……いえ、貴方達だけで行ってください、地図を渡しますから」

「里長……?」

「……迷いを生んでしまうかもしれませんし、ね」

「迷い……ですか?」

「ええ。今日、アマミとも沢山話しましたよ。短い期間で、随分とあの子を取り巻く環境が変わったようですね」


 ああ、なるほど。確かに今、アマミはアークライト卿の庇護下にいる。

 けれども、今は少しだけこの里に残らないといけない状況だ。

 フェンネルに目をつけられる可能性、そしてアークライト卿に迷惑をかけてしまう可能性。

 それはいずれも、俺達がフェンネルと敵対したが故。

 だが、迷いとはなんだ?


「きっと、貴方達と共に生きたいと願ってしまう。でも、あの子はこの里を放っておけない。そんな迷いを抱かせたくはありません」

「……そういえば、ここに残れって言われましたよ、俺も」

「外で出来た、初めての友達、ですからね貴方達は。あの子はこれまで、その境遇故にそうしたものを作れませんでしたから。仕方のない事なんです」

「……もう一度言います。この国は近いうちに変わる。今よりもう少しだけ、優しい世界になると、俺は信じています」

「言うじゃないかカイヴォン。里長さん、俺からもその宣言を補強させてもらいますよ。この国は、俺が言うのもなんですが、狂い始めています。それを、俺は正してみせる」


 お前も、なかなか言うじゃないか。

 ああ――お前がそこまで本気なら、俺だって心強いさ。

 そこまで言うのなら、俺は最後の手札をお前に見せよう。

 その勇気を、決意を後押しするような話を一つ、聞かせてやろう。

 安心しろ、お前の隣にいるのは、最終手段として封印や面倒な術式なんて全部とっぱらって、元凶をぶち殺せるイカれた存在だって。


「聖女様がそこまで言うと、なかなか真に迫るものがありますね。では……今回も少しだけ、期待しておきましょうかね。ふふ、きっと今度もその期待に応えてくれると、信じていますよ」


 そうして、里長の部屋を後にする。

 彼女から共和国側の出入り口の詳細が書かれた地図を受け取ったその足で、俺達の寝室へと向かう。

 さぁ、じゃあ久しぶりに旅の計画を建てようじゃないか――


(´・ω・`)良いお年を

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