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三百六話

(*^-^*)

「何お前テトリスしてんの?」

「いや違うから。これ遊んでるんじゃなくて真面目に回路組んでるとこだから」


 里長の治療を行っているダリアの元へ向かい、なにやら妙な色の明かりが漏れる作業小屋に踏み入った瞬間目に飛び込んできた光景に、まず初めに口から出たのがこの言葉だった。

 円形の紋章が宙に浮かび上がり、その中を幾つもの四角い文様が、まごうことなくテトリスのように積み上げられていたのだ。

 ちょっと楽しそうなんだが? こちとらもう一年以上そういう物に触れていないのだが?


「今、この修復ポッドっていうのか? それともスリープ維持装置って言うべきか、とにかくこのマシンの修復の最終段階なんだよ」

「お、治りそうなのか」

「一応ガワだけはな。後は組み上げたパーツに彫り込んだ魔導回路に術式当てはめて、実際に流してみないといけないんだ。で、これがその回路を組む作業って訳」

「だからテトリスじゃねーかそれ。俺にもやらせてくれよ」

「だから違うって。ぱっとみそう見えるけど本気で気を使うんだ。用があるならもうちょい待ってくれ」


 仕方なしにと、椅子に座りその光景を眺める。

 真剣な表情で一心不乱にブロック状の文様を積み上げている様は、やはりテトリスに見えてしまうのだが……。

 ふと、小屋の様子を観察する。

 懐かしの試験管やらフラスコ、それに彫刻刀のような物からドライバーと、俺の知識にも存在する器具や工具がところせましと並んでいる。

 テーブルの隅を見れば、何か食べた後なのだろう、沢山の串や包み紙も散乱していた。

 どれも片手で食べられる物ばかり。本当に休まずに作業をしていたのだろう。

 ……もうちょい頻繁に顔を出すべきだったか。よくよく見れば、紋章の光に照らされた表情には隠しきれない疲労の跡が見て取れる。

 目の下の隈、充血した瞳。外見上は子供な所為か、酷く不健康そうに見える。

 待っている間にせめてゴミの片付けくらいはしておくか。


「にしても……どんだけ食いもん溜め込んでいるんだあいつのアイテムボックスは」


 出来上がる串の束を見てついつい漏らす。

 まぁ出来たてを保持出来るのだし、溜め込んで好きな時に食べられるという使い方は合理的だとは思うのだが。

 するとその時、先程から微かにこちらを照らしていた光が弱まるのを感じた。


「よし、出来たぞ。それで、どうしたんだカイヴォン」

「お疲れ。お前三日間ずっと篭っていただろ。みんな心配していたから様子見、兼、差し入れだ」


 そう言いながら先程作った特製白身魚のフライサンドを取り出す。

 すると、若干の気だるさを見せていた表情が一挙に華やいだ。

 急ぎこちらへと駆け寄り、掻っ攫うようにパンを受け取るダリア。


「マジか! 形的に白身フライだろこれ!?」

「この里で釣れた魚でさっき俺が作ったんだよ。ちなみにタルタルソースはリュエ作で――ほい、こっちはレイスからジンジャーティーの差し入れだ」

「うわぁ……マジか超嬉しい。じゃあ早速頂きます」


 小さな口をめいっぱい開いてがぶりと齧り付くその姿だけを見れば、とてもほほえましく可愛い光景なのだが……中身がコイツだからなぁ。

 モッシャモッシャと音がしそうな程大きく頬を膨らませながら堪能しているその表情を見ていると、なんとも保護欲や悪戯心が刺激されてくるんだけどなぁ……。


「めっちゃめちゃうめぇ……俺が作るのとは全然違うわ」

「お前は買ってきたフライそのまま食パンに乗せてマヨかけただけだろ、一緒にすんな」

「俺に取っちゃ立派な料理なんだよ、あれでも。いやしかしマジでうめぇ……身がめっちゃふわふわでとろけるし、衣が大きめでザクザクして俺好みだ」

「そのタルタルソースも美味いぜ、リュエの得意料理なんだ」

「なにその素敵な得意料理。タルタルソースって神の与えた至高のソースだよな。何に掛けてもうめぇ」

「同意。知ってるか、カレーのトッピングにちょっとご飯に添えてもうまいんだぜ」

「まじか……日本にいた頃に教えてくれよそれ。カレー……食いてぇなぁ」


 しみじみとつぶやきながらも、二口目を頬張るダリア。

 ふむ。もうカレーはこの世界で作ったと教えてやってもいいが、サプライズとして今度いきなり取り出してみせた方が楽しそうだ。

 二口目を飲み込み、レイス特製のジンジャーティーを冷ましながら口に含む。

 彼女は料理もそうだが、お酒やお茶といったドリンクへの見識が深い。

 疲労感を取り除くにはこれだ、と持たせてくれたのだ。


「ほぁ~……温まるな。生姜湯に似てるな、懐かしい」

「確かに似てるかもな。まぁゆっくり食いな、その間片付けとく」

「サンクス。んじゃ遠慮なく」


 もくもくと食べ続ける。察するに、きちんと食事を意識せずに栄養補給をしていたのだろう。

 久々にしっかりと料理を、味を認識しているのか、しきりに『うまいうまい』とつぶやきながら食べ続けている。

 そうして大きめのフライサンドをたいらげた頃には、物で溢れかえっていた小屋の中も幾分片付き、対面してこちらもお茶を飲める程度のスペースが出来上がっていた。


「ふー……美味かった」

「お粗末さん。俺にそのお茶くれ」

「あいよ」


 紅茶の香りにほのかに混じる、生姜の刺激的で、けれども落ち着くようなその香り。

 それを吸い込みながら、熱々のそれをそっとすすり、こちらも一息付く。


「その装置が修復されたって事は、一先ず里長の活動エネルギーの充填は可能って事か?」

「そうなるな。だが――身体の方にも問題があるのは明白だ。少し調べてみたが……」


 言い淀む。何か難しい問題があるのだと、言外に語っているその様子に、重たいような、目に見えないオモリを腹に入れたような、そんな気持ちになる。

 ……まさか、ダリアでも無理だとでも言うのだろうか。


「恐らく、長年無理な方法で充填をしていたんだろう。内部を解析した結果、恐らくエネルギーを溜めておくはずの器官、その中でも一番容量が大きい部分が完全にぶっ壊れちまってるんだ。だから、予備タンクみたいな場所に定期的に入れて誤魔化していたんじゃないか」

「それは……治せないのか……?」

「……出来ない事はない。だが、俺じゃ再現しきれない。完成形の明確なスペックや仕組みを知らないんだ。修復しようとすると、他の器官に影響が出てしまうんだ。ただ……その器官が妙なんだ」


 ダリアは、里長の身体の内部を隅々まで調べたそうだ。

 その結果、有機的な物は一切使っていないだけで、その構成はほぼ人間と一緒だと。

 だが、一部に用途不明の器官が存在しているという。

 それをもし摘出しても良いのなら、そのスペースを侵食する形でエネルギー充填部分を修復、再構成する事も可能だ、という話だった。


「もし、そいつを摘出して、里長が里長でなくなってしまったら……」

「なるほどな……なぁ、だったら一度、里長を目覚めさせて本人に聞いたらどうだ? 一応その装置に入れたら一時的に補充は出来るんだろ?」

「……やっぱりそうなるか。そうなると、お前に立ち会ってもらう事になる。俺じゃあ話がややこしくなりかねないからな」

「じゃあ、早いとこ始めちまおう。里長の身体は?」

「小屋の裏にもう一つ小さい小屋を作ってある。そのベッドに寝かせているよ」


 善は急げと小屋の裏へ向かうと、畳二畳程度しかない小さな小屋が出来ていた。

 扉を開けば、そこに静かに安置されている里長の姿。

 なんだか触れるのが申し訳ないような気もするが、そっと抱きかかえ持ち上げる。

 ……少しだけ、重いな。人とはやはり違うようだ。


「戻った。装置の用意を」

「なんだかゴスロリ少女を誘拐してきたみたいだな。犯罪的」

「うっさいわ、俺もそう思ったわ!」


 装置はやはり彼女の為の物だからか、綺麗に手足がフィットするような凹みが存在していた。

 彼女をそこに納め、ハッチをしめる。こうしてみると、本当に近未来……いや、SFの世界の存在と言っても過言ではないように見える。

 ここからどうすれば良いのかとダリアに振り返ると、そのまま装置の一部に手をかざし、なにやらコンソールパネルのような物が空中に浮かび上がらせているところだった。

 まるで、俺達が表示するメニュー画面のようなそれを、ダリアはおぼつかない手つきで操作していく。


「おいおい、大丈夫か?」

「言語が違うんだよ。一応解析してどんな意味があるのかは理解してるんだが……よし、これでOKだ。たぶん二時間もしないうちに目覚めると思うが……たぶん、もう殆ど動けないぞ」

「そこまで悪いのか」

「ああ。内部のタンクから漏れ出たエネルギーが他の器官を侵食してる。一応このカプセルで自浄は出来るとは思うが、そもそもそのタンクが壊れているんだ。修復しない限りはどうにもならん」

「……やっぱりそこを解決しない事には八方塞がりか」


 装置の中で青白い光に包まれる里長を眺めながら、どうしたものかと息を吐き出す。

 再び椅子に座り、対面したダリアに『なにか話せよ』と目で訴える。


「その……なんだ。レイスが差し入れくれたって事は、まだ芽はあるって事でいいのかね」

「彼女なりに折り合いを付けたみたいだよ。まぁ、もしレイスに何か言われたり聞かれたら、出来るだけその要望を叶えてやりな。無茶な事は言わないとは思うが」

「本当、いいお姉さんだよ彼女は。羨ましいぜ色男」

「クク……お前もセカンドとかサードキャラを作っときゃよかったのにな」

「まさかこんな事になるなんて思わねーよ。……でも、実際お前はそれで救われたんだな」


 ああ、そうだ。俺は彼女達に救われた。

 知らない世界で力だけを持たされたら、人はどうなるか。

 俺は、性善説なんて信じちゃいない。人は環境に左右される生き物だ。

 間違いなく、この力を悪用していただろう。欲望を叶えることだけに使っていただろう。

 少なくとも、俺はそういう人間だ。大事な物がなくなれば、簡単に全てを捨てて享楽や悦楽、欲望に走るような人間だ。

 だが――大事な物がある限り、俺は絶対に堕ちない。それくらい執着心が強いのも知っている。

 そして、ダリアもそんな俺の性格を、誰よりも知っている。


「……ダリア。お前は、どうしてオインクの願いを断ったんだ?」

「願い……?」


 ずっと、聞きたかった、けれども聞くのが恐かった事を尋ねる。

 かつて、オインクはダリアに助力を願い出たと言う。それはセミフィナル大陸での戦乱の時の事なのだろうが……オインク自身は『一国の立場ある人間ならば、仕方のない事』と、今では納得していた。

 だが――俺は、この大陸の港町で聞いてしまったのだ、あの女、シーリスから。

『王城の前で泣きながら縋り付くあの無様な姿』とあいつは言った。

 それが嘘だった可能性もあるが、それでも確かめねばなるまい。

 俺の聞いた話をそのままダリアに突きつける。


「それは……一体……いつの話だ……?」

「んな!? ダリア、お前オインクと会ったんだよな」

「ああ、会った。その時は協力の打診なんてされた覚えはないぞ。ただ近況報告と、国の説明、あとお前についての情報がないのか聞かれただけだ」

「だが……確かにオインク自身も、協力を打診したと言っていたぞ」

「バカな……おい、具体的にはいつの話だ、そいつは」


 噛み合わない。こちらの知っている情報と、ダリアの記憶が噛み合っていないのだ。

 オインクが協力を打診……セミフィナル大陸の港の位置から考えるに、サーディスに渡ることが出来るのは開戦前のはずだ。

 となると、二◯年以上前のはずだ。開戦の空気が漂う中、そんな危ない橋を渡るとは思えない、もう少し前に協力を打診しに向かったはずだ。


「二◯年かそこら……前回目が覚めたのは……おかしいぞ、俺が目覚めたのはもっと前、それこそオインクが尋ねてきた時だ。そしてオインクの出国を見送り、再び俺は眠った。なぁ、オインクは俺と何度会ったって言っていた?」

「一度だけ、と。もしかしたら、断られた時の事は回数に含んでいない可能性もあるが」

「……俺は知らないぞ……縋り付く? 泣きながら? 忘れるわけがない……そんな事があれば、俺は……」


 分からない。これはどういう事なのだ。

 オインクは、眠っていたはずのダリアに協力を打診しにいった。

 そして、シーリスの言葉を真実だとすれば、城の前でダリアに直接すがりついたという事になる。

 だが……オインクがそんな無様な真似をするとも思えない。やはりあの女の戯言か?


「……まさか、俺が眠っている間にそっくりさんでもいたってのかね」

「それは冗談か? それとも可能性としてありえる話なのか?」

「半々だ。俺と同じ髪と目なんて王族に連なる人間にゃいくらでもいる。それに俺が公務に出る際は専用の装束で顔を半分隠してる事が多いんだ」

「……お前、もうちょっと周囲のこと調べておいた方がよかったんじゃないか」

「今更、だな。まだ確定じゃないが、少なくとも俺の知らない公務記録が残って……るわけないか。フェンネルがそんなヘマをするとは思えん」

「八方塞がり、か。まぁ、俺としてはお前がオインクに非道い態度を取ったわけじゃないって知れただけで万々歳なんだけどな」

「……確かに、俺が他国の戦争に関わるのは不可能だ。だが、そこまで言われてなんの手土産も渡さないで追い返すなんてするわけねぇだろうが。秘蔵の魔導具の一つや二つ、絶対に渡していた」

「なんとも頼もしいな。そういや、この里を襲った時も、なんだかとんでもない魔導具を持ち込まれていたっけ」


 ふと、あの時の事を思い出す。

 兵士の一人が、懐からなにか宝珠のような物を取り出し、次の瞬間この里の術式が全て破壊され、さらには集落内にある森と外部が繋がってしまったのだ。

 たしか『フレイムガルドの禍玉』だったか。随分と物騒な説明文だったと記憶している。


「あれは俺の作った物じゃない。あれは、本来なら封印しておかなきゃいけない呪物だ。元々外の大陸……セカンダリア大陸から持ち込まれた物なんだよ。それこそ、この国に反旗を翻そうとしていた連中がな」

「……やっぱり一枚岩じゃないな、この大陸は。じゃあなにか、あの魔導具でこの大陸の結界まで壊そうって腹だったのか」

「恐らく、な。一応フェンネルの処置で力は弱められていたが、この里の結界を破壊する程度なら余裕だったって訳だ」

「……フェンネルはこの里の事を知っていたんだろうな」

「間違いなく、な」


 何が目的なのか、それが分からない相手というのは厄介だ。

 先手を打つことが出来ないし、考えをトレースする事も出来ない。

 だが、少なくともリュエへの執着や、何か良くない事を、それも大陸規模で企んでいるのは間違いないのだが……。


「正直、お前があの禍玉をすぐに回収したのは不幸中の幸いだったよ。ありゃあ周囲に際限なく呪いを撒き散らす。正直、お前が無事に回収出来たのが不思議でならないくらいだ」

「あー……そういや都合よくアビリティセットしていたっけ」

「ほう、そんなアビリティがあるのか。ひょっとして、あのふざけた回復力も……いや、あの決闘の最中は装備の力は封印していた筈だ。ありゃあなんだったんだ?」

「秘密。けどまぁ……俺を殺すのは不可能だとだけ思ってくれ」

「そうやって脅かしかけるのはやめてくれ。お前と敵対なんてする気はねーよ」


 軽い口調で言っただけだが、ダリアは少々過剰に反応する。

 ちょっと質の悪い冗談だったか。


「まぁ、分からない事を今考えるのは趣味じゃないだろ、俺もお前も」

「だな。じゃあ次だ次。前から気になっていたんだが、お前の武器って杖だったよな? なんで今は剣なんだ?」

「ああ、俺の杖か? ゲーム時代の」


 俺の記憶が確かなら、こいつはゲーム中最もレアリティが高く、そして性能も折り紙つき、RMTなんてしよう物なら一年は遊んで暮らせるような値段の付く、神器中の神器を使っていたはずだ。

 確かドロップ報告しただけで掲示板に嫉妬で晒されてたっけ。


「この世界に来てから色々術式を学んで、その知識で色々作ったり改造していたんだが……ぶっ壊れちまった」

「はあああああああああ!? おま……お前、あれ、あれ壊したのかよ」

「いやぁ……もっと強く出来ないかっていじくり回してたら杖が耐えられなくなってな?」

「マジかよ……あの杖の性能ってヘタすりゃ俺の剣よりヤバイだろ」


 俺の所持しているアビリティに[悪食]というものがある。

 無機物を破壊するとランダムでステータスが増えるというアレだ。

 ダリアがかつて所持していた杖には、それと似たアビリティが付与されていたのだ。

『魔法使いに属する敵を倒した際、ランダムで魔力が+1される』という効果。

 それだけではない、固有アビリティがいくつも付与されており、その杖があるだけで職業カーストをひっくり返して最強職に並ぶほどのスペックを秘めていたのだ。

 それを、こいつは、ぶっ壊したと!


「いやいや、でもほら、見てみろ俺の新しい得物。こいつだって強いんだぜ?」

「ぱっと見木刀だけどな。なんかRPGで例えると『銅の剣』なんだけど」

「止めろよ檜の棒より幾分マシ程度の性能みたいだろそれじゃあ」


 取り出してみせた剣をこちらに差し出してくる。

 ふむ、性能を確認しろと申すか。


『儀礼剣 ジニア・リネアリス』


エルフの知識の粋を集めた儀礼剣

他者との繋がりを糧にその力を増し、持ち主に絶大な魔力を与える


 攻撃力 52

 魔力  2700


【ウェポンアビリティ】

[魔力結合]

[魔刃錬成]

[再生の極み]

[消費MP1/3]

[滅悪剣]

[滅霊剣]

[滅竜剣]

[滅人剣]




 なんだこりゃ。強いって次元じゃないんだが。

 四種族特効持ちで消費MPが激減? これだけで頭おかしいですよ。

 他も全部魔法、再生術の補助に特化している上に素のステータスも最上級ときた。

 まさに自分の為に生み出した一振りではないか。


「なにお前こんな武器まで作れるのかよ」

「まぁ沢山の職人の協力の元、だけどな。使った素材だって、そんじょそこらの魔物の物じゃない、割と曰く有りげな装備を分解して混ぜ込んだんだ」

「ほー……ここまで強い武器なんざ初めて見た」

「お前の剣も大概だろ。なんか昔より色が変わってないか、それ」

「ちょいと色々あって進化してんだよこっちも」

「その色々ってのが気になるところではあるが……」


 これから共に旅に出るかもしれない相手なのだし、ある程度事情を話すべきだろうか。

 だが……こいつを信頼しているし、信用もしているが、取り巻く環境は一切信用出来ないせいで、まだ全てを話す気になれないのだ。

 もし、先程の記憶の齟齬のように、自覚できない何かがダリアの身に宿っているとしたら。

 もし、フェンネルによるなんらかの術式、催眠や洗脳が根付いていたら。

 それを思うと、まだもう少しだけ、近くでこいつの姿を、そして何のために動いているのか、何をしようとしているのか、それを見極めてから方がいいのではないかと、理性がブレーキをかけるのだ。


「カイヴォン、お前がどんな道を歩んでここまで来たのか、それを聞きたい。だが――どうやらまだ話す気にはなれないって感じかね?」

「イエスマイブラザ。もうちょい待ちな、せめて共和国側に行ってからだ。察するに、この国にいる間はある程度お前さんの行動は筒抜けになっている可能性があるんだろ」

「ま、恐らくな。手出しは出来ないとは思うが万が一もある。それこそ、俺が眠っている間に何かされているかもしれない。共和国に着き次第自己解析でもしてみるさ」


 さすが、こっちの考えをしっかりと察してくれる。


「さて、なんだかんだで結構時間も経ったな。里長の様子はどうだ?」

「ちょいまち」


 気がつくと、小屋の外から差し込む陽の光が朱に染まり始めていた。

 随分と話し込んでいたな、という呆れ半分、里長が目をさますのではないかという期待半分。少々急かすようにダリアを立たせ、こちらも装置の側へと向かう。

 表示されている文字は読めないが、恐らくエネルギーの残量を示しているであろう図形を見た限り、すでにそれは満たされつつあるようだ。


「ん、問題なく起こす事が出来そうだな」

「じゃあ、頼む」


 ドクンと心臓が鼓動の音を響かせる。

 冷たく、人形のように眠る彼女が、本当に目覚めてくれるのか、その不安から。

 ……今は、仮初の目覚め。けれども、大きな一歩には違いないのだ。

 頼む、目を開けてくれ。そう祈りながら、彼女の顔をじっと見つめる。

 すると、重なり合ったまつ毛の間から、うっすらと赤い輝きが覗き始めた。

 赤い、赤い、真紅に輝く綺麗な瞳が、徐々に弧月から満月へと変化する。


「里長……聞こえますか、里長」

「…………ぁ」


 小さな、うわ言のような音が、閉じられていた小さな口から漏れ聞こえる。

 白い肌。起きていた時から何ら変わらない白い肌なのに、そこに生気が宿ったように錯覚する。


「……話が……違うじゃありませんか……」

「里長……?」

「……ご馳走が、見当たりませんよ……カイヴォンさん」


 弱々しくも、どこかこちらをからかう色を滲ませたその軽口に、思わず色々なものがこみ上げてきそうになる。

 俺の知っている里長だ。みんなが待ち望んでいる彼女だ。間違いなく思い出を、記憶を持った彼女だ。


「すみません、里長。まだ、治療は終わっていないんです。協力者から話があるので、それに答えてもらいたく、一時的に意識を覚醒させました」

「そう……ですか。見たところ……貴方は歳をとったように見えませんが……あれからどれくらい経ったのですか」

「はは……まだ、三ヶ月も経っていませんよ」

「それはそれは……余程私に会いたかったんですか?」


 横になったまま、多少たどたどしい部分もあるが、しっかりと里長らしい受け答えをする。

 もう少し、もう少しだ。もう少しで彼女を治せるのだと、強い確信を抱く。


「それで、貴女がその協力者というわけですか……」

「……初めまして。貴女が眠り原因を招いた者です」

「……聖女様ですか、貴女が」


 酷く鎮痛な面持ちでダリアが前へ踏み出す。

 ケジメ、なのだ。こいつなりの。治療で罪が帳消しにならないと、自分で分かっているからこそ、今この場でそれを口にしたのだろう。

 里長も、その一言で目の前の少女が聖女だと理解し、探るような目を向けていた。


「……随分と、小さいのですね」

「……はい。私は身体の成長が止まっていますので」

「なるほど。それで……私に聞きたい事があるのでしょう?」

「単刀直入に言います。貴女の身体の中にある、用途不明の器官についての説明と、それの摘出の許可を出してもらいたいのです。それが、貴女を完全に治療するのに必要なのです」

「用途不明……どのあたりにあるのですか?」


 するとダリアは、そっと手を彼女右胸の下に置いた。

 ……あ、意外と大きい。普段フリルの多い服を着ているせいで気が付きませんでした。

 何がとは言いません、何がとは。


「……なるほど、確かに用途不明……というよりは、使う予定がない器官ですね」

「その……これは一体どういう物なのですか。もし、何か身体に支障が出るようなら……もっと膨大な時間をかけて、他の解決策を模索してみますが」

「そうですね……私の本来の目的に必要な器官ですが、この里で生きる上ではまず使わない部分です。取り外してしまっても構いませんよ」


 彼女の本来の目的……『メディカルインターフェイス』という名前から察するに、治療に関係するものなのではないだろうか? それは、この里で生きる上でも十分に利用価値のある物だと思うのだが。

 こちらの考察を彼女に聞かせる。だが、返ってきたのは意外な答えだった。


「……私は、あくまで同族の治療、メンテナンスを目的に生み出された存在です。その器官は、私と同じような存在を治療する為の器官なんですよ……もう、私以外存在していないというのに」

「……そう、なんですか」


 同族……やはり、彼女のような存在が、旧世界には多く存在していたのか。

 もう存在しない者の為の物。それを告げた里長の顔に、微かに、本当に気のせいかもしれないくらい一瞬だけ、影が差したように見えた。


「聖女ダリア。貴女と話したい事はまだまだありますが、どうやら今の状態で話し続けるのは難しいようです。全て、貴女に託します」

「分かりました。では、すぐに治療に取り掛かります。不完全な状態での覚醒、申し訳ありませんでした」

「いえいえ。必要な事だったのでしょう、お気になさらず。では……今度こそご馳走を楽しみにしていますからね……カイヴォンさん……」


 再び、瞳の光が弱まり、瞼が閉じられる。

 ああ、まかせてくれ。最近食材や調味料が充実してきているんだ、たっぷりと、本気で、俺が美味いと思った物を全部、大きなテーブルに隙間なく埋めて待っているから……。


「な? 素敵な人だっただろ」

「ああ、本当にそうだな……じゃあ、今から里長の身体の治療に入るからお前さんはそろそろ帰りな。乙女の柔肌を野郎に見せるのは忍びない」

「お前だって野郎だろうが」

「……五百年も女やってんだ。そんな感覚とっくに消えてるわ」


 ……やっぱりそうなのかね?

 ならばと、今はその『本当に下心ないの?』という下世話な思いを放り投げ、言われるがまま小屋を後にする。

 目処はたった。レイスには悪いが、今はもう少しだけ、ダリアには無理をしてもらう。

 ……もう少し、もう少しで里長は帰って来る。なら、俺達はその快気祝いの為に、やれる事をやろうじゃないか。


「……みんな、喜ぶぞ」


 嬉しい報告をする事が出来る。そう思うと、年甲斐もなく足が軽く、まるでスキップでもするかのように高く上がってしまう。

 途中、木の根に躓きながらも、足早に皆の待つ屋敷へと戻るのだった。


(*^-...:.;::..

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