三百五話
(´・ω・`)燻製万歳
里の子供達に囲まれながら、レイスとリュエ共に小川沿いをのんびりと進む。
少しだけ高い気温も、川のせせらぎや時折吹く風の前には為す術もなく、こちらに与えるはずだったであろう不快感を取り払われ、ただこの和やかな時間のアクセントに成り下がっていた。
成り下がる? むしろ昇華と言うべきだろうか? ともかく、こう、ね? 凄く気分がよろしいのです。
「へぇ、じゃあこの川には大きめのナマズっぽいのがいるのか……」
「そうだよー! レイスお姉ちゃんがね、前にこーんな大きいのを釣ったんだ」
子供の中の一人が、レイスに羨望の眼差しを向けながら、少し大げさに手を広げて魚の大きさを表す。
それを見てレイスが照れたような笑みを浮かべ、そしてリュエが少しだけむくれながら――
「私はそれ、見ていないし食べてもいないけどねー」
「も、もう……ちゃんと今日は釣りますから、それで許してくださいよリュエ」
「ふふ、冗談だよ。じゃあカイくんとレイスで、どっちが大きいのを釣るか勝負だね」
「やっぱりリュエはやらないのか?」
「どうせ私はへたっぴだからね。この子達と一緒に餌になる……ザリガニだっけ? それを釣って遊んでいるよ」
こうして、三人並んで歩く幸せをここ数日、何度も噛み締めていた。
そう、この里に来てから既に四日の時が経過していた。
結局ダリアは、初日に屋敷に来て以来、一度も屋敷へと戻ってくる事はなかった。
やはりそれ程までに里長の治療が難航しているのだろうと、皆口には出さないでいるものの、どこか重たい空気が漂い始めていた。
故に、一度その空気を取り払おうと、こうして三人で釣りにきた訳なのだ。
ちなみにアマミは今、この里の集落でクーちゃんと共に共和国から来た行商人の対応に向かっている。
ここ最近はクーちゃんが睨みを効かせているおかげか、無茶な取引が行われることも無くなっていると言うが、それでもやはり心配なんだとか。
まぁアマミならその肩書で商人を完全に黙らせる事も出来るだろうし、心配はないだろう。
アークライト卿サマサマである。
「着きましたよ。あの桟橋のあたりが狙い目なんです」
「ほー! 水草の丈もあるし、日陰も多いし良い場所だ」
「レイスおねーちゃん、最初魚が隠れているって思っていなくて、なにもいない場所に投げていたんだよー」
「も、もう……秘密です、内緒です」
子供達の語るレイスのポンコツっぷりに思わず笑いを漏らしつつ、今日はどんな仕掛けで釣ろうか、なんて考えながら美しく澄んだ流れを見渡す。
……お前も、早くこっちに来い。釣り、一緒によくやっただろ、ダリア。
今日はそろそろ様子でも見に行こうか、などと考え、俺も自分の釣り竿を取り出す。
以前、リュエから譲り受けた彼女作の逸品だ。
なんでも、貴重な木の枝をそのまま加工したものらしく、その強度は――まぁ三メートル級のカジキさんの引きに耐えられたという事実から推し量るべし。
いいなぁこれ……こんな大きさでそんな強度があるなんて、もう万能竿じゃないか。
まぁ尤も、長さの問題でそこまで遠くに仕掛けを飛ばせないのだが。
ステータスに物を言わせて振るおうものなら、流石に竿もダメになってしまいそうだ。
「そういえばレイスは随分と上物の竿だよなぁ……竹の竿みたいだけど、こんな見事な竿、前の世界で買おうものなら……下手したら一ヶ月分の給料が吹き飛んでしまうよ」
「そ、そんなに凄いものだったなんて……」
途端に竿を持つ手つきが変わるレイス。気持ちは分かる。
「しかしタケ、というのですかこの木材は。凄く綺麗でしなやかですね」
「そうだね。俺のいた国の代表的な植物で、凄く綺麗なんだ。この世界にもあるのなら、いつか生えているところを見せてあげたいくらいだよ」
「カイさんの国の……私の宝物にします、この竿は」
「ははは……けど、その竿の寿命そのものは短いんだ。大きな獲物を何度も釣り上げるとすぐに傷んでしまうから、手入れはしっかりとね。なんなら、リュエに頼んで補強の魔術を使って貰ってもいいかもしれない」
「なるほど……ではリュエ――は、どこにいったのでしょう」
気がつくと、リュエが子供達に混ざって川の縁に細長い植物を垂らしていた。
ザリガニ釣りである。なんだか妙にしっくりくるのは彼女が子供っぽいからなのだろうか。
おかしいな……ついこの間までとのギャップが大きすぎて別人に見えてくる。
「ま、この川にそこまで大きい魚はいないだろうし、すぐにダメになんてならないさ。というわけで俺は今日、いない筈の大物狙いの仕掛けでいこうと思います」
「むむ……私はウキと針とオモリをつける方法しか知らないのですが……」
「一番基本的なヤツだね。それで問題ないと思うよ。じゃあ試しに俺の仕掛けを見ていてごらん」
俺は、以前船で購入した疑似餌を一つ取り出してみせる。
ルアーフィッシングの一種ではあるのだが、今日はこの疑似餌に、本物の餌を巻きつけて使用するつもりだ。
小魚を捕食する程の大きさの魚を狙う仕掛けなのだが、問題は果たしてその大きさの魚がいるのか否か。それを彼女に説明すると――
「私が以前釣り上げた魚でしたら、間違いなくこの大きさなら丸呑みにしていましたね」
「え、本当にそんな大きいのがいるのか……結構期待出来そうだなぁ」
「そういえば私が購入した釣り道具一式にも、疑似餌がありましたね。ちょっと待って下さい」
すると彼女は、小さく短い竹筒のような疑似餌を取り出してみせた。
綺麗に魚の鱗のような彫刻がされ、上手に竹の節で、大きく開けた口を表現しているそれは、俗に『ホッパー』と呼ばれる、水面に浮かべて使うルアーだった。
……凄い、初めて見るぞ竹製のルアーなんて。作った人は余程手先が器用なのだろう。
「う、うらやましい。レイス、それはたぶんこういうキレイな川よりも、水草が多い沼向けのルアーだと思うよ。そうだね、ちょっと水草が多い場所の近くに投げてみたらいいんじゃないかな?」
「そ、そうなんですか? では早速……」
彼女は手早く糸の先にルアーを結びつけると、慣れた動きでヒョイと水草の群生地目掛けて竿を振るう。
狙い通り水草のすぐ側にルアーを着水させたレイスに賞賛を贈ったのだが、どういう訳かレイスはそのまま、ただじっとルアーを眺めていた。
……まさか。
「レイス……?」
「はい?」
「……自分で動かさないとルアーに魚は寄ってこないんだよ」
「……そ、そうなんですか」
なるほど、これが子供達の言っていたレイスか。確かに可愛い。
彼女はゆっくりとリールを巻き始める。すると、水面を浮かぶルアーがカポンカポンと音を立て、小さな波紋をいくつも作りながら、まるで溺れた魚のような動きを見せる。
すごいな、綺麗に動くじゃないか……俺も欲しいな竹ルアー。
「その調子。ああやって弱った魚やカエルだと魚に思わせるん――」
「キャ」
言い終えるや否や、彼女の竿が大きくしなる。
「レイス竿を立てて!」
「はい!」
完全に魚の口に針がかかったのだろう、水面に大きな飛沫が上がる。
見えたその大きさは、間違いなく七◯センチを超えるもの、化け物だ。
大きな魚相手だというのに、彼女は冷静に、魚の動きに合わせて竿を傾け、着実にその獲物を岸へと近づけさせていた。
気がつけばリュエや子供達も固唾を飲んで見守っている。
み、みんな早く餌頂戴! 俺も釣りたい!
「く……もう少し……」
「もう少ししたら網が届く、頑張れレイス」
とにかく今は彼女の手助けだ。タモ網を片手に川岸に降りる。
そして、ついに網の届く範囲まで寄せられたその巨大な魚、恐らくナマズだろう、そいつに向かい手網を伸ばし――
「入った! レイス、もう強く巻いて大丈夫だ」
「は、はい」
猛烈に暴れる魚。やはり、でかい。ナマズの一種と思われる、三角形に似た身体を持つその姿は、俺の記憶が確かなら『パンガシウス』という魚だ。
俗に言う食用ナマズの一種だが……この綺麗な川で育ったのなら、問題なく食べられるだろう。
「以前釣り上げたものよりも大きいです! すごいですルアー!」
「いやぁ、そうやすやすと釣れるはずがないんだけどなぁ……大したもんだよ」
「変な形の魚だね! ヒゲも生えてる。これ食べられるのかい?」
「ああ、美味しいぞ。フライもいけるし、そうだな……香油掛けの甘酢あんかけもうまそうだ」
「実は以前はフリッターにしたのですけれど、他の調理法が分からなくて……カイさん、お願いしてもいいですか?」
「勿論だよ。よし、じゃあ俺も追加で釣るぞー」
「……レイス、そんなにいじけないでくれよ」
「いじけてなんていません……私の中では一番大きかったんです……」
「あはははは、まさかあれでも子供だったなんてねー。里の子達も知らなかったみたいだし、仕方ないよ」
さすがにあの川にあれよりも大きいのが隠れているとは思えず、共和国側の出入り口へと続く森へと一人入っていったのだが、そこに大きな溜池が存在しており、どうやらそこがこの里の川の終着点だったようだ。
それはつまり魚の終着点でもあり、ここで大きく育った個体いたわけで――
「次は私もそちらで釣りますからね、絶対に」
「それにしても大きいねー。海じゃないのに一メートル以上あるなんて」
「これでいろんな揚げ物作ってやるからなー」
そう、釣り上げてしまったのだ。化け物級の一匹を。レイスが釣り上げた七◯センチオーバーが子供に見えてしまう程の、超特大サイズの一匹を。
しかし楽しみだ。レイスが言うには、この魚の身は綺麗な真珠色をしているらしく、臭いもなく味も蛋白ながらもしっかりと感じられ、油との相性も良いとのこと。
カリッカリのフライにして、たっぷりとタルタルソースをかけ、そいつをパンに挟んでかぶりつく。うむ、想像しただけで幸せになれるな。
ここまで大きいと、それこそ衣に変化を付けて、変わり衣にしても楽しそうだ。
「ふむ……そろそろダリアの様子見がてら差し入れでもするかね」
「そうですね……ダリアさん、もう全然こちらに戻ってきていませんし……だいぶ無理をしているかもしれません」
「実はこの魚のフライって、あいつの好物でもあるんだ。俺のいた世界だとこいつのフライって安価で提供されていて、結構人気だったんだ。作ったら持っていってみるよ」
「そうだったんですか。是非持っていってあげてください。可能でしたら、一度戻ってくるように伝えてください」
「了解。じゃあそうだな、今日は子供達を屋敷に呼んで作ろうか」
子供達にそう提案すると、久々に里長の屋敷に行けると喜んでくれた。
彼等には、里長はしばらく仕事で留守にしていると伝えている。
そうだな、子供達の為にも早く戻ってきてもらいたいな、彼女には。
そうして屋敷へ向かい歩いていたのだが、気がつけば子供の数が倍以上に膨れ上がっていた。
それは俺が今担いでいる巨大な魚の影響もあるのだろうが、最たる理由はレイスにある。
以前、彼女は子供達に恐がられ、近づいてもらえなくなっていた。
だがここで暮らしている間、それこそ今日のように釣った魚をみんなに提供していた事もあり『彼女が魚を持っている=美味しいご飯を作ってくれる』という方程式が出来上がっているのだとか。
そして彼女と接していれば、子供達はたちまちその優しさに陥落する、と。
ちなみに、今回は魚の下処理は現場で済ませてある。これは検証もかねているのだが、生きたままアイテムボックスに収納すると、その段階で魚は死ぬ。
つまり、全身に血が通っている、今の今まで生きていたものが、突然死んでしまい、その状態で時が止まり保存されているのだ。
それに対して、今回はその場で生きたまま可能な限り手早く内蔵を取り出し、血抜きもしっかりしてある。
こちらの予想としては、しっかりと処理をした方が味は上なのではないだろうか?
いくら時が止まっているとはいえ、血も内蔵も入ったままでは満足に血抜きも出来ないのだから。
そういった理由もあり、今は二人して大きな魚を手にしている、と。
「そういえば行商人はまだ里に残ってるのかね。釣り場って商人の通り道でもあるはずだし、見かけなかった以上まだいるはずだけど」
「そのはずですよ。私がいると萎縮させてしまうからと、出来るだけ取引の場に私は行かないようにしていましたが……」
「ふむ。今日はクーちゃんがニンニクの加工品を売り込むはずだし、ちょっと様子が気になるな。寄っていこうか」
進路を変え、今日商人が来ている方の居住区へと向かう。
この里は隠れ里とは云え、その人口は大きな村と言っても差し支えがなく、基本的に自給自足が成り立っているのだが、外部からの物資が一切必要ないという訳でもない。
工業製品しかり、初日に見かけた米や小麦しかり。そういった娯楽や嗜好品、生活に役立つ物となると、どうしても外部から取り寄せる必要がある。
だがその反面、里の性質上大々的に商人を呼ぶわけにもいかず、選ばれた行商人だけが定期的に訪れているそうだ。
もっとも、その選ばれた商人が暴利を貪っていた訳なのだが。
ふむ……なにか取り決めや魔術的な契約でもされているのだろうか。
ともあれ、そんな限られた商人だけでこの里全ての要望を応えるのは難しく、里の中にある二つの集落と、交互に取引を行っているという訳だ。
で、今日はまた白髪のエルフが多く住む、ダリアによって復旧した方の集落を訪れている、と。
レイス曰く、あちらの集落の住人は、精神的に幼い人間が多く、やはりまだ少し心配なのだとか。
まぁクーちゃんがいればある程度安心だとは思うのだが……。
遠目からすでに『なんだか目に優しくないな』と思わずにはいられない、カラフルなマーブル模様の屋根が立ち並ぶ、ダリア作エキセントリック集落に到着した訳なのだが、その屋根以外に変わった様子もなく、住人達が自分達の作った小道具や野菜を露店として並べ、和気藹々とした空気が漂っていた。
行商人は、一応単独ではなく三人から四人のキャラバンでここを訪れるらしく、以前レイスが追い払ったのは、その中の責任者だったそうだ。
で、今は商人たちが住人の作った野菜や道具を吟味しながら、現金、もしくは米や小麦を支払い、仕入れを行っていた。
ふむ、住人はそれぞれ担当する野菜が違うのだろう。まんべんなく買われている。
そして例の商人の姿はどこだろうかと辺りを見回すと――
「あ、いた! クーちゃんと話しているね」
「本当だ。見たところ……丁度オイルを売り込んでいるのかね」
なおアマミさんは、必死に買われそうになっている牛を守っているところでした。
君なにしにここに来たんですか……あ、乳製品の販売でしたか。
早速クーちゃんの元へ向かうと、何やら白熱した言い合いが聞こえてくる。
「そんな得体の知れない物にそんな値段はつけられませんな。そうですね、今回の支払いが……荷馬車一台分で四万ルクスです。むしろ試供品として頂くのが筋だとは思いませんか?」
「一理ある。けれどこれはそれなりに手間暇がかかる逸品。正直ただで渡すのは……余りにも惜しいんだ。うん、でもいきなりは難しいね。今回は見送る」
「……ふむ、それほど貴重なのでしたら……」
天然なのか狙っているのか、大事そうにオイルの入った瓶を抱える彼女に、商人は本当に見送って良いものかと迷っている。
最近、物の価値を正しく理解し、商品の値段を決めているクーちゃんだ。商人としてはカモが知恵をつけて口惜しい気持ちもある反面、そんな急成長を遂げた相手が持ち出した謎の品に興味があるのだろう。
ふぅむ、ちょいと後押ししましょうかね。
「商談の調子はどうだいクーちゃん」
「あ、かいぼん。今このオイルを勧めていたとこ」
「貴方は確か……」
商人さん、どうやらこちらの姿を覚えていた様子。さすがによく観察している。
それは勿論、離れた場所にいる彼女の事も見つけたという意味でもあるのだが。
ほら顔が青ざめた。大丈夫です、今日は何も文句はありませんとも。
「わ、私はあれ以来心を入れ替えたので!」
「いやいや、別に咎めようってんじゃありませんとも。このオイルね、実は魔法のオイルなんですよ。クーちゃんじゃまだ全てを理解出来ていないので、ここは一つ、俺の話を聞いてみる気はありませんかな?」
胡散臭い笑顔と共に、彼女からオイルの入った瓶を一つ受け取る。
これは、燻製したニンニクをそのままオイルに漬け込んだだけの、極めて簡単に作る事が出来る物だ。
だが、ガーリックオイルそのものはよく知られているが、燻製ニンニクとなると、知らない人間も多かった。
少なくとも、元いた世界じゃ知名度があまり高くなかったな。
ううむ……オリーブオイルブームだと思っていたのだが……。
思考が脱線しかけたが、まずこのオイルの素晴らしさを披露しなければ。
「よく、野外で肉って焼くじゃないですか。あれって独特の香りが付きますよね。良い木材だと、食材の味も良くなるんですよ」
「ふむ、確かにそれは聞きますな。料理人によっては、魔導コンロでなく、焚き火で調理するという話も聞いたことがあります」
「さすがよくご存知で。それで、ですが――このオイルは、そんな極上の香りを食材に纏わせてくれるんですよ」
炭火の香りにも似た風味。それをただこのオイルで調理するだけで得られるというのだ。知らない人間からしたら『なにをそんなバカな』と思うだろう。
なお、余りに漬け込みすぎるとニンニクの風味にスモークの香りが負けてしまうため、燻製ニンニクはすでに取り出してある。なので、今この瓶に入っているのは、気持ちオレンジがかったオリーブオイルのみだ。
「そんなオイルが……もし本当でしたら、確かに一本くらいどこかに卸してみるのも……」
「しかし、得体の知れない眉唾もの。値段も――クーちゃん、これいくら?」
「一瓶で三◯◯◯ルクス」
なんでこの間の倍額になってるんですかね?
「ま、まぁなかなか高いでしょう。そうですね、これを買って小瓶に分けていくつかの料理屋に試供品として安価で卸してみるのをおすすめしますが――まずは貴方が納得する必要がありますよね?」
さて、論より証拠だ。手早くアイテムボックスからフライパンを取り出し、野営用の道具を取り出してみせる。
その瞬間、こちらがアイテムボックス持ちだという事に目を輝かせる商人だが、こちらがレイスの連れの人間であると知っている事から、すぐにその欲が消え去ってしまったようだ。
「ちょっと肉でも焼いてみせますよ。ほら、普通の肉です」
「え、ええ。一般的な鶏肉ですな……」
「で、味付けはこの塩だけ。舐めてみます?」
気分は手品師である『種も仕掛けもございません』てな具合で。
尤も、あっちは種も仕掛けもあるんですけどね。
そしてその鶏肉を、この特製オイルでソテーしていく。
すると、肉が焼きあがる前だというのに、すでにその魔法の片鱗が現れ始めた。
周囲に漂い出す、炭火のようなスモークの香りとニンニクの風味。
それが鶏皮の焼けていく香りと音と共に、周囲に空腹を促す魔法を解き放つ。
思わず唾を飲む商人に見せつけるように、肉をひっくり返し、その美しい焦げ目を露わにする。
「ほら、この香りです。どうです? 普通のオイルじゃこうはなりませんよ」
「おお……なんと芳醇で野性味のある香り……これは男性ウケがよさそうですな……」
「いろんな料理に使えますよ、これ。さぁ、もうすぐ肉に火が通りますので、是非堪能してくださいな」
「お買上げありがとうございました」
「ありがとうございました」
ほくほく顔で立ち去る商人を二人で見送る。クーちゃん、オイルが全部売れて大層嬉しそうである。
……一瓶三◯◯◯で、それが荷台一つ分だぞ。どんな利益だよ……。
「かいぼんありがと。おかげでたっぷりお金が貰えた。これでみんなに小麦粉とかお米を買ったり、みんなの家に便利な道具を揃えたり出来る」
「はは、どういたしまして。そっか、クーちゃんは里のみんなの為にお金が必要だったんだね」
「うん。家、直してもらったけど、魔導具とか足りてない物がまだあるから」
げ……それは本来ならダリアに直接請求すべき物じゃないか?
いつか思いっきりせびってやろう。
ともあれ、無事に商談が成立したからと、クーちゃんも誘って、少し遅めの昼食といきましょうか。
結局、大勢の子供に先程のオイルを使ったムニエルや、一般的なフライから香草を刻んで衣に混ぜた香草揚げ、スパイスを下味に使ったカレー風味の唐揚げと料理を提供した結果、あの大きな魚が全て消えてしまっていた。
勿論ダリアの分は確保済みなのだが、恐るべし子供達の食欲。
なお一番多く食べたのは我らが肉食系お姉さんなんですけどね。
「案外簡単だっただろう?」
「そうですね。揚げる前の一工夫でだいぶ変わるなんて面白いですね。それにしても、最後の香油掛け、ですか? あれは初めて見る調理法でした」
「味付けも始めて食べたよ! なんだか甘いタレって珍しいね」
今回甘酢あんかけを作ったのだが、そういえばこの世界に来てからまだあまり中華に属する物は作っていなかったな、と思い出す。
甘い味も、実は今までそこまで日本人好みの照り焼きのような甘さにはしていなかった。
以前、セミフィナルで作ったらんらんロールこと肉巻きおにぎりのタレでさえ、甘さを控え、オレンジ果汁やビネガーによる酸味を活かすように作ったくらいなのだ。
が、案外こういう味も受け付けてくれるのならば、今度は本当に照り焼き味を作るのもいいかもしれないな。
「かいぼん、私はにんにくオイルの量産に入るから帰るね」
「くれぐれも火には気をつけるんだよ。それと、後で俺の食材も回収に行くから」
「分かった。うちの氷室で保存してあるから、いつでも取りに来て」
子供達を引き連れて帰っていくクーちゃんを見送ると、今度は入れ違うようにアマミがやってきた。
そういえばすっかり忘れていましたね……無事に牛さんは防衛出来たのでしょうか。
うむ、悲しそうな様子ではないので無事なのでしょう。
「いらっしゃいアマミ。どうしたんだい?」
「居住区の人に聞いたら、みんなで御飯食べてるって聞いて」
「……すまん、子供達が全部食べてしまった」
「えー!」
いやしんぼさんめ。
だが素直にやって来て素直に落胆する姿に癒やされたので、ちょいと何か用意しましょう。
早速彼女を招き入れつつ、今日の商談の様子を尋ねてみる。
どうやら、牛乳やバターを売り込んでいたようなのだが、生物なので大量に仕入れる事が出来ず、売上は芳しくないとのこと。ならば彼女もスモークチーズを作って売ればいいと提案したのだが――
「美味しくて全部食べちゃった」
「本当にいやしんぼさんだね?」
「美味しいのが悪いの」
「悪くないの」
……気に入ってくれたようでなによりです。
そうこうしているうちに、リュエがアマミに特製の燻製卵サラダを持ってきてくれた。
いつもタルタルソースを作っているおかげか、いまではゆで卵に関わる物ならある程度アレンジして一品作れるようになったリュエ。
お兄さんは君の成長に目を見張るばかりでございます。
尤も、それは切った野菜にタルタルソースと輪切りの燻製卵をトッピングしただけなのだが。
……たぶん美味しいな。今度俺も作ってもらおう。
「アマミ、余っていた魚の身でパテを焼きましたよ。パンに挟んで食べてみてください」
「ありがとうレイスさん、リュエ。じゃあいただきまーす」
「ふふ、大きな口あけて。よほどお腹が空いていたんだね」
ニコニコと微笑む二人と、幸せそうに料理を頬張る彼女を眺めていたいところだが、そろそろ俺もダリアの様子を見に行かなければ。
三人にそれを告げ、出来たてのまま保持したフライサンドを手土産に、約三日ぶりに我が友人の元へと向かうのだった。
さてはて、里長の様子はどうなっているのやら。
(´・ω・`)最近気温のせいか体の調子が悪いです
もし更新とまったら死んだと思ってくだし