三百四話
(´・ω・`)ゼノブレイド2楽しかった
「匂いも色も取れないよー……魔術で浄化しても香りが落ちないよー」
「一体どこの黒エルフさんかと思ったよ。ほら、お風呂入ってきな、しっかりお湯で洗わないと」
「むぅ、じゃあちょっと屋敷のお風呂借りようかな」
「でしたら私も行きます。私もその、煙の香りがついてしまったので……」
照れたように言うレイスと、未だ褐色肌のままのリュエが消えるのを見送りながら、これからどうするか一人、誰もいない台所で思案する。
椅子に腰掛ける。これは、身体に染み付いた癖なのだろうか。台所や厨房にいると、思考が研ぎ澄まされていく。
余計な感情を切り捨て、どこまでも合理的に、自分の頭の中に浮かぶ思い出、感情を綺麗に並べ正してくれる。
今、俺がすべき事。まずは――里長への処置だ。これは時間が解決してくれる。
問題はその後だ。
「ダリアは……恐らく俺達と共和国側に行く事になるだろうな。理由は分からんが」
もし、この大陸を覆う結界の術式に関して、共和国側なにか重要な要となるものがあるのならば。
そしてわざわざアイツが自分で確認しに行く以上、そこにはフェンネルを糾弾する事が出来る何かが、捨て置けない何かがあるのかもしれないと考えているのだろう。
そこに……大義があるのならば。俺は、友人を利用しよう。
フェンネルを明確に悪だと、敵だと、そう知らしめることが出来る材料をアイツが見つけてくれるのならば、俺はそれに便乗しよう。
……殺す手段はもう用意してあるのだから。
「まぁ、問題は背中のコイツなんだよなぁ」
ここ最近背負いっぱなしの奪剣を抜きながらテーブルに置く。
重々しい音をさせる、威圧的な外観のそれは、たしかにレイスが言うように、触れる人間を畏怖させるような、そんな迫力を放っている。
……そういえば、柄の近くに刻印を刻んで貰ったっけ。
何かよくないものが溜まっていたと、セミフィナル大陸の首都で出会った、謎の鍛冶職人は言っていた。
そして、次にこいつを出した時、再びその姿を変えていた。
思い当たるのは、やはりエンドレシアの鉱山の街での一件だ。
あそこで、俺の剣は最初の変化を遂げた。そして同時に……何か、良くないものを取り込んでしまったのだろう。
俺はあの後、何人も手にかけている。
連続殺人鬼しかり、レイスへの襲撃者しかり、そしてアーカムを含む、もはや手遅れに陥った、道を踏み外した魔族しかり。
それが、剣に良くない物、怨念にも似た物を宿していったのだとしたら……。
「龍神の体の部位を破壊して、一度剣の性能が進化したっけ」
だがそれでも、剣の名前も外見も変わらなかった。
つまり、龍神の力をも押さえ込む程、この剣の汚染は酷かったのだ、と。
今思えば、あの鍛冶職人が行った彫刻は、なにかとんでもない力を秘めた秘術だったのではないだろうか。
そして浄化され、ようやくこの剣が正当な進化を果たした――と。
「龍神に、プレシードドラゴン。もう二体、こいつで葬ったんだよな。大したやつだよお前さんは」
そっと、撫でる。多くの命を奪い、最愛の人ですら一度は貫いたこの剣の刀身を。
ウジウジと考えるつもりはないが、やはり事実として、嫌な思い出として蓄積されたあの一件。
けれども、幸か不幸か俺の思考回路は合理的にそれを『過去の出来事の一つにすぎない』と判断を下し、正常に脳内アーカイブスの奥へと収納してくれた。
「まぁ目先の事を終わらせてから考えるかね。まずは鞘でしっかり剣を固定して、安易に抜けないようにして……暫く戦いは避けるか、もしくは格闘術で凌ぐしかないかね」
尤も、俺としてはそちらの方が慣れているのだが。
剣を再び背負い、俺は残りの食材の処理へと向かうのだった。
「組手の相手? 別に良いよ」
「助かるよアマミ。じゃあそっちへ剣もなんでも使ってくれていいから、始めようか」
「本当にいいの? カイヴォン強いのは分かっているけど……」
「大丈夫大丈夫。それじゃあお願いします」
残りの食材も燻製器にセットし終えたところに、チーズ配達人ことアマミが戻ってきたので、格闘術の慣らしもかねて組み手のお願いをする。
普段着で剣も持っていない状態だった彼女だが、そのまま屋敷の裏手へと回り込み、そこに立てかけられていた壊れた箒を片手に構えを取る。
「じゃあこれで。訓練だし、この方がそれっぽいでしょ?」
「よしきた。じゃあそうだなぁ……アマミがそれで本気で切りかかってきてくれ。俺がそれをいなしたり避けたりするから」
「了解。じゃあ――」
言葉の途中で彼女の姿が掻き消える。
視界から外れたのだと、すぐに目ではなく身体を動かし視点を変える。
捉えた彼女は、まるで超低空を飛ぶカワセミのような動きでこちらへと棒を振り上げるところだった。
右手を軌道上に置く。当然、彼女はそれを避ける軌道で切り上げを続行。
置いた手を動かし、その軌道をそらそうとすると、手のひらをチリッと摩擦熱が襲う。
そらし、足を彼女の真横の地面に置き身体の位置を変えながら、次に備える。
案の定、彼女は切り上げの勢いのまま、絶妙なバランスで回し蹴りを放つ。
以前リュエと模擬戦をしていた時も思ったが、やはり彼女の身体感覚はずば抜けている。
蹴りをつかもうにも、放った速度にも負けない速さで戻るその足を捉えることも出来ず、さらなる連撃を許す事となる。
「……さすが」
「剣なしでも凄いね」
言いながら、彼女が懐から粉を撒く。
砂だ。恐らく最初の段階で掴み、忍ばせていたのだろう。
……ダーティーだが、好ましい。
痛みと涙を堪え目を見開き、両手を振るい確実に迫るであろう彼女の決めの一撃を捉えようとする。
まさか目も閉じずにまだ動こうとするとは思わなかったのか、一瞬だけ彼女の身体に触れたと思ったが、すぐに遠くへと消えてしまう。
ふむ、丁度こちらも涙が砂を流してくれた。
「……慣れてるね、こういう戦いにも」
「目なんて閉じたら砂が出てくれないからね」
「うーん……剣士様って感じじゃないね。結構悪い事とかしてた感じ?」
「まぁ、それなりに」
離れたアマミが、棒をくるくるとバトントワリングの様に回してみせる。
息一つ乱さないその様子に、彼女の場数の多さを窺い知れる。
……なんだか、ここ最近妙に昔の事を思い出すな。まるで、忘れていた事を責め立てるかのように……そうならざる得ない状況や出来事が続いているように感じる。
少しだけ乱れた呼吸を整えようと、深く息を吸い込み、短く一気に全て吐き出す。
目に力入る。二の腕が、たぎるように熱を持つ。さぁ、防御はここまでだ。
「アマミ、今から攻める」
「……了解。全部、避けてあげる」
「……そうかい」
そして地面を強く蹴り――
干し草の香りが風に乗って鼻孔に届けられる。
仰向けになったこちらを優しくなで上げるそのどこか甘い香りを吸い込みながら、深呼吸を繰り返し、身体の熱を外に逃がすように、早まった鼓動を落ち着かせるように、徐々に全身の力を抜いていく。
清々しい、というのは、今のような状態を、感情を表すのだろうな。
なんだか珍しく、雑念を捨てて、気持ちよく身体を動かせたような気がする。
すぐ近くで、同じように仰向けになり、これまた同じく乱れた呼吸を整えている彼女に言葉をかける。
「付き合ってくれてありがとう、アマミ。やっぱり強いよ、君は」
「まぁ、ね。けど……勝った人間が言う言葉じゃないよ。まさか素手相手に負けるなんて」
「俺は反則の塊みたいな物だしね、仕方ないさ」
ただ一言『そっか』と、彼女は会話をそこで途絶えさせる。
不思議な青い空をただ静かに眺めながら、再びそよぐ風に、身を委ねる。
ふいに、隣の彼女が起き上がるのを感じた。
そのまま、仰向けになっているこちらを覗き込むように、彼女の顔が視界を遮る。
「ねぇ、色々分かってきた事とか、思っている事とかあるんだけどさ……でも、それも全部終わるまで、飲み込んでおいた方がいいよね、まだ」
それは、きっとこれまで彼女が抱いてきた疑問に対する、彼女なりの思いの現れなのだろうか。どこか、本当に僅かに悲しさや、不満を滲ませた表情を浮かべるアマミ。
「それは、きっと正しいとだけ、今は言っておこうかな」
もう、彼女の中では『自分がダリアの名を持つ事は真実だ』と受け入れているのだろう。
そしてそれは同時に、自分に良くしてくれている、自分と瓜二つの娘を持つアークライト卿との関係にも、おぼろげながらも察しがついている、という意味になる。
けれども、その答えを口にしないと、まだその時ではないのだと、彼女はその結論を口にするのを我慢すると言う。
「……そっか。ねぇ、カイヴォンはこれからどうするの? 今、国に追われているんだよね?」
「そうだなぁ……このままこの里を経由して共和国側に行く、かな」
「……ダメって言ったら? ここでのんびり暮らそうって言ったら?」
「そのダメにダメって言おうかな」
きっと、ここでのんびりと生活していく日々は、心地よくて、心も満たされる事だろう。
けれども、きっとまだ、俺にその選択は取れないんだ。
ましてや、この平穏は、俺達がここにいる限り、長くは続かないのだから。
……旅は、まだやめられないんだ。義務感ではなく、俺がまだ満足していないから。
倒すべき存在だって、やるべき事だって、あるのだろう。だが、やはりどこまでいっても、俺は俺の為に、旅を続けていきたいのだ。
「……仕方ないね」
「ああ、仕方ない。気持ちは嬉しいけどね」
「カイヴォン、料理上手だし、いろんな事知ってるし、里のみんなにも気に入られてるしね。もし、いつかどこかに住むなら、私はここをおすすめするね」
「ははは、そうだね、候補に入れるよ。ここは、凄く居心地が良いから」
反動をつけて起き上がる。
立ち上がり、身体を伸ばし強張った全身をほぐしながら、もう一度彼女にお礼を言う。
それを受けて、はにかみながら彼女が去っていくのを、ただ見送る。
「あ、あの燻製する道具、ちゃんとクーちゃんのとこに運んでおいてよー?」
「おー、了解!」
遠くからのその言葉に答え、俺も自分の仕事をしに戻るのだった。
夜。相変わらず不自然に暗く、星一つない漆黒の空に包まれる里。
案の定、ダリアは夕食に現れなかった。
食卓を片付け、食べに来ていたアマミとクーちゃんを見送ったところで、こちらも一日の疲れを吐き出すように息を吐き、屋敷のロビーの片隅に置かれている、妙に古めかしい椅子に腰かける。
「カイくんお疲れ気味だね? 少し早いけど眠ったらどうだい?」
夕食に出した燻製卵を片手に、リュエがやってくる。
今ではすっかり色も落ち、元通りの真っ白エルフさんだ。
「眠くはないから、少しこうしてのんびりしてるよ」
「そっか。はい、じゃあこれ食べて体力回復だ」
「……これ何個目だ」
「四個目。美味しいね、くんたま。凄いねぇ、ゆで卵がこんなに美味しくなるなんて」
受け取った卵を一口齧る。身が締まり、味と香りの染み込んだ白身がまるでかまぼこのような食感を生み出している。
んむ、我ながら良い出来だ。
モクモクと小さな口を動かす彼女を見ていると、自然と表情が和らいでくる。
「リュエ、レポートの方はどうだい?」
「うん、必要な部分はまとめ終わったよ。ダリアが一段落ついたら話してみるよ」
「そっか。なぁ、リュエ?」
『この先、もしも俺がフェンネルを殺すとしたら、君はどう思う?』そう、口に出そうとしたところで、今一度思いとどまる。
今は、止めておこう。それは必要になった時に言うべき事だ。
もう、この大陸で彼女は十分に思い悩んだのだ。この里にいる間くらいは、それを忘れて過ごすべきだろうさ。
「うん? どうしたんだい? ほら、続きを言ってごらん」
「ええと……ほら、里長が無事に目覚めた後についてさ。共和国に行くつもりだけど、もしかしたらダリアもついてくるかもしれないから、どうしようかなって」
「本当かい!? 私は大歓迎だよ、ダリアには聞きたいこととか話したい事が沢山あるからね!」
嬉しそうに、彼女は語る。
ふと、気になることが生まれた。彼女の中でのダリアとは、どんな存在なのだろうかと。
彼女の記憶の中での我が友人は、どういう人間であったのかと。
その疑問を彼女にぶつけてみると、どこか嬉しそうに、懐かしみながら語り始めた。
「ダリアとシュンはね、私が……たぶん、生まれた瞬間なのかな? 始めて、武器を取った時にお世話になったんだよ」
「ああ……なるほど」
「私が始めて、世界に降り立った時。目の前に二人がいたんだ。それで、すぐに話しかけてくれたんだよ『待っていた』って」
ああ、そうだ。俺はあの二人に『セカンドキャラクターを作るから、育成を手伝ってくれ』そう願い、二人をゲームの開始地点であるセントラルシティの神殿前に待機させていた。
……そうだ、俺達は皆、あの神殿から冒険を始めていた。
本来なら用意されているはずのバックストーリーや世界観、設定や物語を与えられる事なく、唐突に冒険の旅へと放り出されたのを憶えている。
チュートリアルクエストも存在していたが、本当に基本操作の説明だけが行われ、そこに何か物語性を持たせるでもなく、ただ、世界を冒険しろと言われるのだ。
「二人はね、いろんな場所に私を連れて行ってくれたんだ。凄く強くて、私はあの二人に守られながら、追いかけるようにあの二人についていったのを覚えているよ」
「……楽しかったんだね、それが」
「勿論さ! 見たことのない景色とか、戦い方の基本とか、私がどういう道を進むべきかとか、色々相談にも乗ってもらったしね。だから――」
嬉しそうに語っていた彼女の表情が、ふいに消える。
「……あの最後の日。世界が終わる日に、一人ぼっちだったのが凄く、悲しかった」
「っ! ……そう、か」
「気がついたら、凄く未来の世界にいたんだ。それからどうなったのかは、カイくんも知っての通り。だから――君が、あの日、私に二人の名前を告げた時、どれだけ嬉しかったか」
「あの時、リュエは少し取り乱していたから、ね。なんとか意識を向けてもらおうと、咄嗟に二人の名前を出したんだ。絶対、リュエにとってあの二人は大事な存在だって思ったから」
ああ――そうだった。そうだったんだ。それを俺は忘れていたのだ。
リュエにとって、あの二人は……きっと俺が思っている以上に大切な友人なのだ。
なのに、俺は一時とは言え敵対し、そして今なお、シュンは……。
「ダリアが来てくれるなら、私は嬉しいよ。シュンの事は……たぶん、私と同じで、いろんな物に縛られているんだと思う。フェンネルはね、そういうの凄く上手な子だったんだ。昔から、人を思うように動かすのに長けていた。うん、当時から既にその片鱗は見えていたから」
やはり、今言ってしまおうか。
葛藤する。彼女の思い出に存在する、一番弟子とも言える存在を殺す事を告げるか否か。
けれども、そんなこちらの気持ちを知ってか知らずか、彼女は続ける。
「……カイくん、私はね、これ以上あの子が悪い事を続けるなら、あの子を消し去るつもりだよ。でも――私に出来なかったら、その時は……お願いしてもいいかな」
「……俺は、元々そのつもりだったよ」
「そっか。カイくん、君が負けるとは微塵も思っていないけれど、それでも気をつけておくれよ。あの子は、もう本当に行き着くところまでいきついているんだ。私達と同じ領域に足を踏み込んだ『限界を超えた』強さに到達しているみたいだから」
それはつまるところの、ゲーム時代の限界『レベル200』を、制限の消えたこの世界でさらに超えたという意味なのだろう。
かつて、俺が戦ったアーカムもそこに至っていた。
だが、あいつは剣士だった。どこまでいっても、強い力を持つ剣士だ。
けれども、術者の身でそれに至るとどうなってしまうのか。
俺は、かつて見たダリアのステータスを思い出す。
あれは……想像もつかない領域の強さだ。もし、俺と戦ったのがシュンではなくダリアだったら……俺は今こうして、無事ではいられなかっただろう。
つまり、そのレベルの危機感を抱けと、彼女は言っているのだ。
けれどもまぁ――負けないだろ、俺は。
慢心でもなんでもなく、俺は、負けない。
限界を超えた強さならば、俺ももう手に入れているのだから。
「肝に銘じておくよ。まぁ、リュエを騙して閉じ込めた相手だ。油断なんてするはずもないし、許すはずもない。アーカムと同じ道を辿らせるさ」
「……やっぱり、カイくんは私やレイスが関わると、恐いくらい頼もしいね」
燻製卵の五つ目を取り出した彼女が、ゆっくりと立ち上がる。
「じゃ、私も今日は早めに寝ようかな。レイスにも声かけてくるから、先に寝室に行ってていいよ、カイくん」
「おーけーおーけー。じゃあ今日は俺が窓側のベッドな」
「いいよー。この里って星空が見えないし、なんだか窓際って恐いんだよね」
なるほど。真っ暗闇が恐いんですね。
そんな可愛い事を言う彼女と別れ、一足先に寝室へと向かう。
ベッドに倒れるようにして横になった俺は、そのまま二人がやってくる前に意識を落としていくのだった。
(´・ω・`)まさかラストで彼の声が聞こえてくるとは……