三百話
(´・ω・`)里長復活までもう少し
そこに足を踏み入れた瞬間、胃袋に悲鳴を上げさせるような、芳醇な肉の焼ける香りと、食欲をこれでもかとそそるスパイスとニンニクの香りが鼻孔へと流れ込んでくる。
『本日貸し切り』の札が下げられていた、旧宿場町『デミドラシル』の一角にある酒場。
そして、まだ宵の口だというのに盛大な酒盛りを一人繰り広げている――
「ダリア……お前結界の調整はどうなったんだ。一人で食いたい放題しやがって」
「お、早かったな御一行。見ての通り全部終わった。魔力が馴染むまで休憩中だ。まぁ明日の早朝には再入場可能になってるだろうさ」
そう、この国の聖女として名高い我が旧友ダリアだった。
店主が苦笑いを浮かべながら、熱々の鉄板に乗った極厚のステーキをダリアに差し出すと、待っていましたと言わんばかりに、ダリアの手から無数の光が飛び出し、あっという間に一口大のカットステーキへと早変わりする。
……お前食事に魔術を使うんじゃないよ。聖女様だろお前は。
と、その時。すぐ隣から小さな『キュウ』という音が聞こえる。
その正体は……明後日の方向を見て誤魔化しているレイスさんでしたとさ。
「……店主、四人分追加でお願いします」
「ははは、あいよ」
「で、俺達の立場はもう分かったんだが、お前はどうなる? 国を裏切ったのか?」
「ただの視察だ。不穏分子の動きを探るために動いてるって言っとけばいくらでも援護してくれる人間がいるんだよ。正直、この大陸の雲行きは前々から怪しかったんだ、良い機会だったんだよ」
互いに肉を頬張りながら、現状について語る。
なんだかその気安いノリが昔の俺達のようで、今差し迫った状況になりつつあるというのに、不思議と『なんとかなる』そう思えてしまう。
「アマミ嬢は、そうだな、暫くあの里に留まった方が良いだろうな。フェンネルの追求がないとも言えないし――アイツに目を付けられちゃ困る位置にいるんだろ?」
「え? あの、ダリア様……それはどういう」
「ん? アマミ嬢はあれだろ? 俺の名前を持ってる子供の一人なんじゃないのか?」
突然、ダリアがアマミの出自についてなんでもない風に言ってのける。
しまった、ダリアは彼女がどういう立場なのかを知らなかった。
確かにアマミには、本人も気がついていないが『ダリア』のミドルネームを持つ、祝福された子供の一人だ。
そして、それは同時に彼女が高貴な身分だという証でもある。
「私にダリア様の名前なんて……ありませんよ」
「そうなのかね? ふむ、目の色といい髪の色といい、それにその戦闘能力。一般人と呼ぶには無理があるだろ?」
「ダリア、その辺にしとけ。お前の国の歴史を振り返れば、アマミのような人間がいたって不思議じゃないだろ」
「とは言ってもな……俺は赤ん坊一人一人としっかり顔を合わせて、その幸せを祈って名前を授けていたんだ。その中には『アマミ』って名前も確かにあったんだよ」
酔っているのだろうか。いつもより饒舌なダリアの弁に、一同が視線を集中させる。
そしてアマミもまた、自分のルーツたりえるその話を、真剣な面差しで受け止めていた。
「……本当に、私はダリア様の名前を持っているの?」
「分からん。ただ――国の施設から消えた子供達の名前は、今だって忘れちゃいないさ。それは時に王族同士の権力争いだったり、貴族同士のしがらみだったり、時には外からの侵入者による襲撃だったり。因果応報だ、この国はあまりにも大きな戦火を過去に引き起こしてきたんだから、な」
そう締めくくりながら、いつの間にか冷めていた鉄板から、冷たくなったステーキを一口頬張るダリア。
そして、自分の欠片とも言える話を聞き、思い悩むような素振りを見せるアマミ。
だが、そこにもう一人。ある人物が、そこで話を終わらせる訳にはいかないと、立ち上がった。
「……ダリアさん。いなくなった子供達の名前を全て覚えているというのは本当ですか?」
「ああ、間違いなく覚えている。最後に居なくなったのは一一人。そのうち既に亡くなっていたのを確認したのは九人だ。もし、アマミ嬢がその本人なら、残りは一人だな」
「……その名前を、教えて頂けませんか?」
そこで思い出す。レイスの義理の娘であるイクスさんの存在を。
彼女のフルネームは『イクスペル・ダリア・ブライト』それは間違いなく、この大陸に深く関わる者の名前だ。
ならば、分かるのかもしれない。レイスの娘である彼女に何が起きたのかが。
「ふむ、ただの好奇心って訳じゃないみたいだ。その子供は消えた子供達の代の中じゃ一番身分が高い子で、同時に高い素養を持っていたんだ。名前は『未知』や『可能性』を関するXから取って『イクスペル』って名前を付けたんだ」
「っ! ……そうですか。その消えた子供達の親御さんというのは、どうなったんですか」
「探すもの、諦めるもの、自ら命を断つもの。いろいろだ。だが、その子の親は少々事情が違ってな。まぁ色々だ。そうそう人に教えられる話でもないんだ、すまん」
やはり、想像通りの結果だった。
レイスはただ、自分の娘のルーツを知れた事。そしてダリアが口ごもった子供達の両親の話に、何か思うところがあったのだろう、それ以上追求しようとはしなかった。
しかし、まさかミドルネームだけでなく、名前までつけていたとは。
「あの、ダリア様。ちなみにそのアマミという名前はどうやってつけたのですか?」
「ん? たしかその赤ん坊、よくベッドから抜け出して窓辺で眠っていたんだ。その窓がまた大層見晴らしが良くてな。空と海の両方が視界いっぱいに広がる場所で、それで――って、これは言っても通じないか」
「天と海でアマミ、か。たしかにちょっと日本的な響きだとは思っていたが」
そうか。ダリアが名前を付けていたのなら、それも納得だ。
こちらの言っている意味を理解出来ていない周囲の疑問に応えるように『空と海を意味する素敵な名前なんだよ』と伝える。
すると、少しだけ照れたような笑みを浮かべるアマミ。
なんだか不思議だな。俺達はずっと、見えない糸で繋がっていたみたいだな、ダリア。
イクスさんしかり、アマミしかり。お前の授けた名を持つ人と、俺は共にいたのだから。
「さてと……久々に沢山飲んだし食ったし、俺は先に寝るわ。この酒場の二階に部屋を借りてんだ」
「あいよ。俺達は町の宿にいるから、明日の朝一でこっちに来るわ」
先に去るダリアを見送り、残された俺達の間には、少しだけ微妙な空気が漂う。
「さっきの話だけど、もし本当に私がダリア様の名前を持っていたら……私って貴族、だったのかなぁ」
「きっとそうに違いないよ! レイラちゃんにそっくりだったしね、案外双子のお姉ちゃんなんじゃないかな」
「あははは、まさかそんな、さすがにそれはないよ。でも……ダリア様の名前があるのなら、少なくとも私は、生まれてすぐ、いらない子だって捨てられた訳ではないのかもね」
リュエさん。そんな何気ない冗談めいたテンションでズバリ真実を当てないで頂きたい。
こっちは表情抑えるので精一杯なんですが。
そしてレイスもまた、思案顔のままこちらへ向き直る。
「イクスは、少なくともエルスともう一人、引率してくれた人間と共に大陸から逃げたはずです。それが親だったのか、それとも別な人間なのかは分かりませんが……」
「……けど、彼女は君の娘だ。その事実は今もこれからも変わらない。間違っても、産みの親について探ろうとはしない事をおすすめするよ俺は」
「……はい」
きっと、全ては繋がっている。何かが囁く。一連の出来事や、ダリアの名を持つ子供達、そしてフェンネルと、その企み。
ダリアが今動いているのも、きっと国の中枢に長年居続ける事で、微かに感じていた違和感やズレ、そういった物をはっきりとさせたいから、なのだろう。
あいつは、そういう男だ。俺の知るヒサシは、間違った物を、苦境に立たされている者を、決して見逃さない、そういう人間だったから――
「……そのうち、オインクの件も問いたださないと、な」
翌朝。案の定一番の早起きはアマミだった。
彼女を先頭に酒場へ向かうと、以前と同じように店主がバックヤードへの道を開け、中へ向かうように指し示す。
「ああそうだカイヴォン。里長、今眠ってるって話だったろ? もし起きたら伝言を頼む『新しいメニューが出来たから、今度試しにきてくれ』って。それとこいつは土産だ。里長は酒が嫌いだが、こういう飲み物は好きでな」
「これは……アップルサイダーですか?」
「正解だ。発酵を途中で止めて、気泡を閉じ込めた状態の果汁でな。冷やして飲むと最高だ」
存じておりますとも。いわば果汁100%のリンゴサイダー、不味い筈がない。
必ず届けると約束し、俺もまた皆に続き、店の奥へと向かうのだった。
相変わらず沢山の酒瓶に囲まれたその狭い通路を、目移りしそうになりながら進んでいくと、一つの扉が見えてくる。
そこから外に向かえば、先行していた三人、そしてダリアが森の入り口の前に立ちこちらを待っていた。
「お待たせ」
「うし、揃ったな? 今回は割と強引に結界に干渉したから、面倒な道順で進んでたらそのまま結界に飲み込まれちまう。ってな訳で、こっから森に入ったら一気に里の上空に飛ぶように調整した。で、今から全員に滑空の術式を刻む訳だ」
「つ、つまり空を飛ぶって事ですか!?」
「そうだ。まぁゆっくり降りるだけだから、飛ぶってのとはちょっと違うが」
ダリアの説明に目を輝かせるアマミと、先日夜の上空を滑り降りるという経験で、少しだけ不安そうにしているレイス。
そしてその不思議な術式に目を輝かせるリュエという、三者三様の反応に、ダリアも俺もつい、口の端を持ち上げてしまう。
「んじゃ術式発動するからこの輪っかに入ってくれ」
「分かりました」
「おお、これがその術式なんだね?」
地面から上がる光に、リュエとアマミが飛び込む。そして俺もそれにゆっくりと足を踏み入れ、後はレイスだけだと、彼女へと振り返る。
だが――そこに浮かんでいた表情に、胸に小さなトゲが刺さったような痛みが奔る。
それは疑惑の目。この術式が果たして、本当に自分達に害を為すものではないのかと、信用しきれていない、そんな警戒の色だった。
「……レイス、手を握って」
「っ、はい」
手を差し伸ばすと、ようやく彼女が輪に入る。
……まだ、少しだけ時間がかかるのかもしれないな。
なにせ、彼女はダリアと再び友人になると誓ったすぐ後に、ダリアの術式により転送され隔離されるという、言わば裏切られたような形なのだから。
「……本人同士が解決するのを待つしか無いか」
「んあ? なんか言ったかカイヴォン」
「いいや。それじゃあ始めてくれ」
光の輪から、無数の羽根が浮かび上がる。光で出来ているその透明な羽根が、足元から頭に掛けて渦を巻き、そして染み込むように身体に吸い込まれていく。
感触はなにもない。だが、一瞬の浮遊感というのだろうか? 下りエレベーターに乗り、動き出した瞬間のような感覚を一瞬味わう。
「よし。んじゃ森に出発だ。俺が先行して、下で不測の自体に備えるから、俺が森に入って三分程したら入ってくれ」
ダリアの姿が消え、そして暫しの沈黙。
けれどもその沈黙を破り、レイスが申し訳無そうに謝りだす。
「ごめんなさい……私、その……」
「……仕方ないさ。気持ちは分かるから、謝らなくていいから、ね?」
「けれど……彼女はカイさんの……大切な友人なんです。それを私は……」
「あいつだって分かってるはずだよ、レイスの気持ちは。大丈夫、ダリアをまだ完全には信じられなくても、それで腹を立てたり不満を持ったりするようなヤツじゃないさ。逆に、仲良くなろうと必死に君にちょっかい出してくるんじゃないか?」
「そ……それはそれでその、困るといいますか……」
「はは……確かに」
時間が来たからと、今度は全員で森へと飛び込む。
足の裏に地面の感触が伝わると思った次の瞬間、目の前に広がる一面の青空と、そして訪れることのなかった地面がどこに行ったのかと足元を見て、そこに広がる光景に息を飲む。
うっへ! スカイダイビングってこんな感じなのかね、自分の羽根で風を受け止めるのとは全然違った感覚だ。
「うわあああああああ! カイくんすごい! ふわふわだ、空飛んでる! 手をバタバタすると少し動く!」
「す、すごい! 里があんなに小さく! どんどん大きくなってくる!」
「カ、カイさん! 手、手を放さないでくださいね!?」
「はいはい抱きしめておきましょうね」
いやコレはなかなかに楽しい! まるで深いプールに飛び込んだかのような、そんな何か柔らかいものに包まれていくような浮遊感に従いながらも、リュエのように手を動かせば微かにその軌道が変化していく。
そうしてつかの間の浮遊感を楽しんでいると、下からダリアの声が届いてくる。
「おーい! こっちだこっち、この丸の中目指して動いてくれ」
「よしきた! お先に失礼するよみんな!」
すると、我先にとリュエが手をばたつかせ、吸い込まれるようにその円に落下していく。
そしてシュタッと聞こえてきそうな着地のポーズを決め、その円に収まる。
「上手いなリュエ、一◯点満点だ」
「む、一◯しかくれないのかい? 一◯◯点だと思ったんだけどなー」
「一◯が最高得点なんだよ、こういう場合は。よし、じゃあ次が来るから避けてくれ」
そんな二人のやり取りを眺めながら、こちらも少しずつ軌道をずらしていく。
先にアマミがその◯に収まったのを見計らい、こちらもそこへ向かう。
「はい到着。レイス、大丈夫かい?」
「だ……大丈夫です……役得です」
こら。みんなが見ている前でそんな事しないでください。
顔をグリグリと押し付けられ、くすぐったくてつい笑ってしまう。
「ラブラブランデブーお疲れ。さて、じゃあその里長のところに案内してくれ」
「分かりました!」
こちらの様子をからかいながら、ダリアが早速目的の為に動き出す。
随分とやる気だな……やっぱりお前も、罪の意識を感じている、って事なのかね。
足早に向かうアマミと、それにぴったりとついて行くダリアを追いかけながら、そんな事を思う。
……頼んだぞ、ダリア。お前がダメなら、俺はアマミに嘘をついてしまった事になってしまうんだ。
(*^-^*)里長だよぉ☆彡




