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二百九十九話

(´・ω・`)十三章開始

 夜の街道を疾走する。

 荷台ではリュエとレイスが、この揺れと車輪の音の中でもしっかりと眠りについていた。

 やはり疲れていたのだろう。俺もさすがに疲労感を覚えるも、背負っている剣に付与している[生命力極限強化]の効能で、まだもう少しこの強行軍を続けられそうだ。

 途中で野宿する予定だったのだが、ここまで来てしまったのだし、そのまま新しい方の宿場町『アンダーブライト』まで進んでしまおうと、魔物にも[回復効果範囲化]の効果で無理をしてもらう。

 だが、さすがに無理がたたったのか魔物の歩みが緩慢としたものとなり、やがて完全に魔車が停車してしまった。

 けれどもその甲斐あってか、前方にはうっすらと建物の輪郭が見えている。

 もう目と鼻の先だというのに、ここで野宿というのはさすがに癪だ。

 ……俺が牽くか? いや、さすがに目立ってしょうがないか。


「もう少し、もう少し頑張れないか? 俺の魔力で良ければ分けるよ」


 そう語りかけるも、どこかサイに似た魔物は静かに唸り声を上げ、瞳を閉じてしまう。

 ふむ、諦めて二人を起こして野宿の準備に入るべきか。

 ……いや、藁の中は十分に温かいのだし、このまま寝かせておこう。

 なんとか魔物を街道の縁に移動させ、そのまま荷台を囲むように結界の魔導具を展開する。

 追っ手が来る可能性はまだ捨てきれないのだし、ここは俺が寝ずの番をしておくべきか。

 ふと、空を見上げる。二人の寝息と、森から虫の声だけが聞こえてくる、そんな夜空を。

 なんだか、前にどこかで見上げた空よりも、随分と星が多いように見える。

 それは季節の所為なのか、それとも場所のせいなのか。

 なんだけ急に遠くまで来てしまったような、そんな微かな寂しさや望郷心が湧いて出る。

 この世界で見えている星は、果たしてどんな場所なのだろうか。

 ただ星だけを見ていると、地球で見上げた夜空と本当に差がなくて。

 なんだかこうして一人で見上げる星空に、美しさよりも、畏怖を抱いてしまう。


「……本当に、色々ありすぎたよ、この大陸は」


 今まで、何かやらねばならない事、済ませてしまいたい事を中断して旅立った事がなかった。

 けれども今回、初めて俺は『明確に敵だと断じた相手』を放置したまま旅立った。

 その所為だろうか、こうして焦燥に駆られてしまうのは。

 ……布石は打ったのだ。本当ならこの気持ちはただの杞憂にも似た無駄な思いだ。

 けれども、どうしても気になってしまう。いや、許せないのだ。今もあの男が生きている事が。


「少し、目を閉じようかな」


 眠りはしない。

彼女達に何か起きてからでは遅いのだから――




 瞼の裏の闇。なにか見えるような、光のような、線のような、流れのような、そんな曖昧な物を見ようとしたり、それがなんなのか考えてみたりしているうちに、次第に意識が遠くなっていく。

 その度に目を見開き、その眠気を追い出し寝ずの番を再開する。そんな時間を過ごす。

 するとその時、遠くから今聞こえている音以外の音が微かに聞こえてくる。

 それは紛れもない車輪の音。ああ、そうか。そりゃそうだよな。

 彼女はこちらを追いかけているのだから、当然の結果だ。

 音の主がこちらを見つけ、側に停車する。


「いた! もう、なんでこんなに進んでいるのかなカイヴォン。その魔物、そんなに遠くまで早く走れない筈なのに」

「ちょいと反則技を使ったんだよ。出来るだけ遠くに行っておきたくて」

「理由がありそうだけど、今は聞かないでおくよ。その子、もう動けないんだよね? 私の魔車で荷車を引くから、その魔物は放しちゃっていいよ」

「ん? いいのか、そんなことして」

「一応契約してある魔物だからね。持ち主が求めれば戻ってくれるよ。馬車と魔車の違いの最たる部分は速度よりこういう面だと思うけどね、私は」


 追いかけてきたアマミが、いつもの調子で語りかけてくる。

 やはりどこか浮ついたような、先を急くような様子を見せるのは、仕方のない事なのだろう。

『里長を目覚めさせる事が出来るかもしれない』

『ダリアの協力を正式に得られた』

 当然といえば当然だろう。


「じゃあ、牽引してもらおうかな。念のため俺も藁の中に隠れておくから、お願いするよ」

「はいはい。それじゃあ、準備するね」


 そうして、残り僅かだった宿場町への道を、アマミに連れられて走破する。

 到着した宿場町は、その性質上こんな深夜にも拘わらず、明かりが灯った建物がチラホラと見受けられ、その中の一つにアマミが向かっていく。

 一応、この後の展開を考えれば、俺達はアマミと一緒にいないほうがいいからと、この藁の中で一晩を過ごした方が良いだろうと提案しておく。

 すると彼女は『大丈夫でしょ。この町の宿って、全部商人ギルドの傘下だから、余所からの茶々は入らないと思うよ』と、一緒に泊まろうと反論してくれた。

 ならばと、隣で眠っている藁まみれの二人を揺り動かす。


「……う……カイさん、どうしました……なにかトラブルですか……?」

「ごめん、レイス。今アマミと合流して宿を取るところなんだ。追手がかかる心配もないらしいから、ちゃんとベッドで寝る事にしよう」

「なるほど……分かりました」


 なおリュエさんはどうしても起きなかったのでそのまま抱っこして部屋に連れていきました。


 リュエをベッドに寝かせ、そしてレイスもやはり限界だったのか、入った毛布の中からすぐに寝息が聞こえてくる。

 それを確認して、俺はどういう訳か同じ部屋になったアマミの元へと向かう。


「さてと、これで落ち着けるよね? とりあえず色々説明してくれる?」

「俺達三人が正式に国から追われる事になった。アークライト卿には迷惑をかけられないからね、アマミには逃亡犯を追いかけたって体で来てもらおうと思ったんだ」

「……やっぱりね。まぁ、それでなんとかなると思うし、私が戻らなくても接触して応戦、負傷したので隠れ潜んでいたって言い張れるからね、悪手ではないかな」


 呆れた風でもなく、ただ淡々とそう評価する彼女。

 まぁ、きっと彼女なら薄々感づいているだろうとは思っていたのだが。


「どうして追われる事になったのかは聞かないでおくけれど……無茶はしないでね」

「極力そうするよ。ま、今はあの国に居座る理由もないし、あまり気にしていないよ。まずは里長のところに行くのが先決だ」

「そうだね。……ダリア様が手伝ってくれるんだし、きっとだいじょうぶだよね」


 ふいに、彼女がその瞳を微かに細め、悲しげに呟いた。

 不安と期待のせめぎ合い。最悪を想定しての自己防衛。心の保険。そういった物に押しつぶされそうになっているのだろうか。

 それは、俺にだって経験のある事。だから、安易に慰めの言葉なんて――


「大丈夫に決まってるだろ。大陸一つまるまる守護するような聖女様だぞ。それにこっちにはリュエや魔眼持ちのレイスだっている。一応、俺だってそれなりにサポート出来るし、これで失敗なんて嘘だ」


 ――普通に言うがね。

今回ばかりは言わせてもらうさ。自信があるってのも理由だが、何よりも――友達が不安そうにしていたら、助けてやるのが当たり前だろうに。

 俺とダリアの見立て、予測は間違っていないと思っている。ならばきっと、里長は目覚めるし、皆の事を忘れてなんていない。

 ただ問題があるとすれば――ダリアが修理可能か否か。

 ここだけは、本当にやってみないと分からないのだから。


「明日……というかもう今日か。朝一で出発するからもう寝とこう、アマミ」

「そうする。もうこんな時間だ」


 着替えを覗くつもりはなかったのですが、なぜか毛布をもう一枚上から被せられてしまい、隙間から外の様子を窺うことも出来ませんでした。いや覗くつもりはないんだけどね。




 翌朝。こちらが目を覚ますと、既にアマミが鎧やサーコートを身に着けた状態で待機していた。

 寝過ごしてしまったのかと一瞬焦るも、窓の隙間から差し込む光はまだ弱く、今が日の出前なのだろうと、少しだけからかいを込めた視線を彼女に送る。


「つ、つい……だって早ければ今日の夜には里長が……」

「……そうだな。じゃあ二人も起こしに行こうか」


 隣の部屋の二人を起こしに行くと、丁度レイスが布団から出て、髪についていた藁を落としているところだった。

 眠気は完全に消え去ったのか、ワインレッドの瞳をシャンと見開き、こちらを見つめる。


「おはようございますカイさん、アマミ」

「おはようレイスさん」

「レイス、おはよう。調子はどうだい?」

「問題ありませんね。ただ、服の中に藁が入ってしまったようで、背中がチクチクします」


 そう言いながら身を捩る彼女。揺れる胸。そして小突かれる俺の脇腹。


「ダメ」

「ごめんなさい」


 さぁじゃあ最後はぐっすりモードのリュエさんを起こさなければ。

 彼女のベッドへ向かい身体を揺する。ゆーさゆーさ……ゆーさゆーさ。


「……やめておくれー……せっかくベッドで眠っている夢を見ているんだから……」

「夢じゃなくてここはベッドだから。ほら、起きなリュエ」

「……うぅ……あれ? 昨日私藁の中にいたよね?」


 ぽややんと寝ぼけ眼の彼女がむくりと起き上がる。

 そうなんです。貴女は藁の中で納豆になる前に救出されたのです。


「アマミが来てくれたから、ここまで運んでもらったんだ。ちなみに部屋に運んだのは俺」

「全然気が付かなかった……ありがとうアマミ、カイくん。じゃあもう一回寝るね」

「何故寝る」

「ぐぇ……もう三◯分! もう三◯分だけでいいから!」


 毛布に潜ろうとする彼女をなんとかして引っ張り出すと、アマミが珍しい物でも見るかのような目をリュエに向けていた。


「リュエって寝起きだとこうなの……? なんだか別人みたい」

「ある意味正解。まぁ、これが本来の彼女って事で」

「失敬な。私はいつだって清く正しいどこに出しても恥ずかしくない立派なリュエだよ」

「ほら、可愛いだろう。これが我が家のリュエさんだ」


 そんなぽかんとしないでください。お姉さんモードは現在封印中なんです。




「この魔物なら今日の夕方にはデミドラシルに到着すると思うよ。ダリア様が結界の調整をしているらしいけれど、もし終わっているならそのまま里に向かおうと思うんだけど」

「この時間からぶっ通しで移動した場合の話だろ? まだ朝食すら食べていないのに」


 朝の日差しが差す中、魔車で街道をひた走る。

 前日に雨でも降ったのだろう。道のあちこちに残された水たまりが光を反射し、時折目を眩ませる。

 そんな中、御者を務めるアマミがサンドイッチを咥えながら、少しでも急ごうとそう提案した。

 気持ちは分かるんだがね。彼女にすれば、里長は友人であり、同時に育ての親でもあるのだから。

 そりゃあ、俺だって同じ境遇なら、同じ行動に出ていただろう。

 それを理解しているからか、レイスもリュエも彼女の提案を飲む。


「じゃあ途中で御者の交代はしようね。アマミだって疲れ知らずじゃないんだから」

「そうですね。私もリュエも、カイさんも御者の経験はありますから」

「ごめんね、ありがとうみんな。じゃあ、疲れたら交代、お願いするね」


 そうして、太陽が真上に差し掛かる頃には俺が御者を務めることとなり、三人が後ろの荷車で休憩がてら昼食を摂る事になった。

 やはり剣を背負ったまま故に、そのアビリティの効果もありこちらの疲労感は蓄積された様子もなく、これならこのまま夕方まで続けられる、そう思っていた時だった。

 口にパンを咥えたままのリュエが御者席の隣へと移動してきた。


「むぐ……カイくん、ほら口を開けておくれ。今日のサンドイッチは私が前に作ったヤツなんだ」

「ほほう、それじゃ一口」


 柔らかなパンを齧ると、間に挟まっていたタルタルソースが口の中に広がった。

 ふむ、少し荒くゆで卵を潰しているのだろう。まるでたまごサンドのような食感で美味しいな、これ。

 だが、齧っているとその中に、妙に硬い、ガリッっとした物が入っている事に気がついた。


「リュエ……生のニンニクを入れたな」

「どうだい? 疲れが取れるって聞いたから入れてみたんだ」

「……出来れば今度からは小さく切って隠し味程度にしてください」

「むむ、やっぱり失敗だったかー。くーちゃんには好評だったんだけどなぁ」


 こうして無邪気に振る舞う彼女が隣にいる。ただそれだけで、力が湧いてくる。

 それはニンニクの効能では決してなく、例えるなら『この子は絶対に守らなければ』そんな保護欲や義務感から来るもの、なのかもしれない。

 だが、俺は知っている。彼女は、守らなければならない程、弱い心を持っていない事を。

 残りのサンドイッチを飲み込みながら、再び前を見据える。

 視界の先には、ぼんやりとあの巨木が見えてきている。予定通りの到着になりそうだ。


「やっぱりリュエ別人みたいだね、レイスさん。なんだか可愛い」

「ふふふ、そうですね」


 たぶん、今なら里の子供達ともっと仲良しになれるのではないだろうか、うちのリュエさんは。

 ああ、目に浮かぶ。からかわれて子供達を追いかけ回す彼女の姿が。

 それはとてもとてものどかで和やかな光景だ。

 つい、早くそれを現実のものにしたいからと、再び魔物に鞭を入れる。

 さぁ、もうすぐ到着だぞ、みんな。


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