二百九十二話
(´・ω・`)決戦前夜
リュエ達が屋敷に到着した日から一夜明け、俺は一人部屋の中に篭り、ただひたすらに闘いに備え剣のアビリティを吟味していた。
相手は人間で、そして間違いなく同格。
それを踏まえて、この世界に来てから経験した人間との戦いを思い出す。
エンドレシアでは、辺境の貴族の息子やその仲間、そしてレン君と。
そしてセミフィナル大陸ではアーカムの手勢やアーカム自身、そして大会に出場していた多くの人間と。
その中からピックアップするとしたら、やはりリシャルさんだろうか。
そして……僅かな時間だけだったが、イグゾウさんも。
……思えば、本当に全力で戦った相手というのはイグゾウさんくらいしかいなかった。
だがそれも【フォースドコレクション】と【カースギフト】の力で弱体化させる事が出来た為、もしもあのまま戦いを続けていても、負けていたとは考え難い。
傲慢さから来る疑問でも、相手をナメている訳でもない、ただ純粋な疑問が浮かぶ。
『俺は、本当に負ける事があるのだろうか』と。
けれども今、俺が対峙する事になるであろう相手は、俺よりもレベルが高いかもしれなく、確実に多くの研鑽を積み、経験を経た、対人慣れしている人間だ。
俺は、どうすればいいのだろうか。
剣技を競おうとすれば、まず負ける。あの大会で確かに全盛期に近づくことは出来たが、それも実際に数百年力を振るい続けた相手には届かないだろう。
ならこちらが相手より勝っている部分で、挑むしか無い。
それは破壊力であったり、回復力であったり、攻撃の幅であったり。
そして――特殊なアビリティであったり。
「……本当の意味で活用する事になるとは思わなかった、な」
この世界に来てから二度その姿を変えている愛剣を掲げる。
黒い刀身を持ち、そして淡い蒼紫の光を纏った『奪生剣ルインズフェイト』
かつて呪いの詰まった呪物を喰らい、そして剣自体が呪われた事にも気が付かず龍神の部位を喰らい力を増し、そして最後に職人の手により浄化され本来の姿を取り戻した一振り。
その性能は、リュエの持つ『神刀“龍仙”』にも迫り、そして一◯個までアビリティを付与出来るというモノ。
この柔軟性で、俺が負ける事など本当にあるのだろうか。
【ウェポンアビリティ】
[心眼]
[硬直軽減]
[簒奪者の証(闘)]
[龍神の加護]
[絶対強者]
[再起]
[輪廻転生]
[コンバートMP]
[衝波烈風刃]
[震撃]
【プレイヤースキル】
【カースギフト】
[生命力極限強化]付与 対象者カイヴォン
これが、考え抜いた末に到達した、対人……対シュン用のアビリティ構成だ。
満足に攻撃を当てられるかは分からない。だが[衝波烈風刃]により、剣技ではない攻撃に広範囲の衝撃波が付与される。
それを躱しきるのは至難の業だろう。そして万が一どこかにかすった場合は[震撃]により、全身にその衝撃が伝わる。
[簒奪者の証(闘)]でこちらの行動速度を2.5倍にし、さらにMPの回復速度を上昇。
攻撃を当てる度にさらに攻撃速度も上がっていく。
そして速さを活かすための[硬直軽減]に、MP回復速度を更に早める[コンバートMP]これで剣術や魔術を存分に使う事が可能。
……だが、それでも不安は消えない。なにせ相手はダリアに匹敵するであろう男だ。
それに……恐らくこちらをどうにかする仕掛けだってあるかもしれないのだ。
当然の様に[龍神の加護]で、全ての攻撃に対する耐性を得て、さらに精神に起因する状態異常を完全に防ぐ。
そして恐らく俺の生命線であり切り札、尤も信頼している[生命力極限強化]を自分自身に付与しているという訳だ。
これで、どうすれば負けるのだろうか。
負けるビジョンが思い浮かばないというのは、ある意味では恐怖だ。
それはつまるところ、不測の事態に対処できないという事でもあるのだから。
勿論、万が一を考えて[再起]をセットし、死んだ場合の保険もかけてあるし[輪廻転生]の効果で全能力を倍加させる準備もしてある。
それに何よりも、本来の目的で使う[心眼]がある。
これは……ゲーム時代は余り目立った効果ではなかった。
ただ相手がなんらかの技を発動しようとすると、うっすらとそのオーラが見えるだけ。
何が来るかは分からない。せいぜい心の準備が出来る、なんらかの防御策を講じるのが楽になる程度のもの。
だが――この世界においてその効果は本当の意味での[心眼]となった。
先程、屋敷の修練場にてアマミに付き合ってもらい、その効果を確認した。
彼女が剣に手を伸ばした段階で、どこに力が入っているのか、どう動こうとしているのかがうっすらと分かってしまったのだ。
それどころか、いざ剣を抜いた瞬間にはもう、彼女の意識がどこを向いているのか、そして目的や動こうとしている方向を察知し、しまいにはその幻影を視覚として捉えてしまう程に。
実際の人物に先駆けて動く幻影に向けてこちらが攻撃を『置く』だけで、彼女は大きく飛び退り、そして警戒心を引き上げた。
その後の展開はひどいものだった。
もう、相手が何も出来なくなる。どこから挑めば良いか判らなくなってしまうのだ。
彼女が『なんだか手合わせどころか練習にもならないと思う、ごめんね』と諦めてしまう程。
これは……俺の新たな切り札たりえる力だ。
この布陣で、このアビリティ構成で、果たして俺は本当に負けるのだろうか。
どんな不測の事態に見舞われるのだろうか。
それが……分からない。
「……人質、毒殺、裏切り。このあたりかね」
もし、唐突にダリアが裏切り、リュエやレイスを人質にとるような真似をしたら。
……ないとは思うが、仮にあの二人を瞬時に無力化して抑える事が可能だろうか?
僅かな時間があれば、それを打ち破る事はこちらにも、そしてリュエにも可能な筈だ。
そしてダリアが裏切る、もしくは洗脳のような事をされるとも考えがたい。
あいつは裏切らない。万が一、いや億が一裏切るとしてもそんな手段は取らないと断言出来る。
ならば、一瞬でこちらを消し飛ばすような大規模な爆発や魔導を放たれる?
……いや、俺を殺す程の魔導となると、恐らく大陸に大きな爪痕を残すようなものでなければダメだろう。レベル400オーバーのステータスと[生命力極限強化]というのは、そんな馬鹿げたタフネスをこちらに与えてくれるのだから。
そして、既にこちらは[再起]と[輪廻転生]を備えている。
……これも、問題ない。
ならばなんだ。こちらを殺す、打ち倒す策とはなんだ。
「……創作の世界のような力、か?」
例えば因果に関与するもの。命という概念を脅かす術というのはどうだ。
そんなもの、防ぎようがない、か?
いや、因果や概念というのは目に見えない、物理的ではないものだ。
[龍神の加護]が無効化、ないし抵抗してくれると信じたい。
そもそもそこまでの力があるのなら、わざわざ遠回りな策を弄するとは思えない。
……なにがある。俺を脅かすのは一体、なんなんだ?
シュンの強さで、真正面から戦った場合はどうなる。
[心眼]で捉えることが出来るのならば、対処の仕方なんていくらでもあるぞ。
分からない……俺は、どうすれば負ける?
その答えが分からないまま、時間は刻一刻と過ぎていく。
そして気がつけば窓から差す光が消え、一人でに部屋の照明が点く。
随分と長い間考えこんでいたのだなと、立ち上がり剣をしまう。
やはり、こういう自分を強化する方法を考察し試すという行為が俺は好きなようだ。
……なんだろう、今回の場合は必要に迫られてやっていたはずなのに、どこか心が湧いていたように思える。
案外、バトルジャンキーなのかね、俺は。それとも――予感、だろうか。
ようやく本当の意味で対等に戦えるかもしれないという、そんな予感に心躍っていたとでもいうのだろうか。
とその時、ノックの音と共に声がかけられる。
「カイ君、起きているかい?」
「ああ、起きているよ。入って」
現れたのは、珍しく私服、もとい、いつもと違う、一般人というべきか、街の住人と変わらない服を着たリュエの姿があった。
白い法衣のような出で立ちの彼女を室内に招く。
「その服は?」
「ああ、これはここに来た理由に付属するものなんだけれど――ちょっと街を見に行ってみないかい?」
「……その髪で、かい?」
「ふふ、もう染めるつもりはないけれど、相手の方の視覚に悪戯をするつもりでね。ちょっとカイ君で試してみようか」
するとその瞬間、彼女の髪の周囲がきらめいた様に感じた。
そいて次にその髪を見ると、どことなくくすんだような茶色に見えたではないか。
「魔術的に染めたり、幻惑の術で惑わす方法だと打ち破られる可能性もあるけれど、これは、前にカイ君に教えてもらった光に隠された色、あれに関与する術でね。私の髪の周りから、一部の光の色を失わせたり、増幅したりして見え方を変えているんだ」
「なるほど……それなら普通の幻惑、染色の術式を破られても平気だ、と」
「まぁ、主要施設や都市の入り口にあるような、全術式を強制的に解除する結界を通るのはダメなんだけどね。それでも、街を見て回るくらいは可能さ」
これはなかなかリスクの高いお誘いのように思えるのだが……彼女がこうして誘ってきたのだし、その意思を尊重したい。
その提案を飲み、そして彼女と共に屋敷を後にするのだった。
「レイスにお土産、買って帰らないといけないね」
「そういえばレイスは留守番なんだね。珍しい」
「ちょっと無理を言ってね、今夜だけは二人にして貰ったんだ」
貴族街。各屋敷の照明が、空を覆い隠すほどの巨木をうっすらと照らす、不思議な空間。
そんな夜道の道すがら、彼女と何気ない会話を交わす。
二人きり、か。そういえばいつぶりだろうか、彼女と二人きりでこうして歩くのは。
……懐かしい、な。
「静かで、不思議で。ここが、今のエルフの故郷なんだね」
「……ああ。もしもなんの関係もない街なら、綺麗だな、なんて思っていただろうね」
「私は今も、素敵な街だと思っているよ?」
「そうかい。さすがだよ、リュエ」
コツコツと、靴の音が夜道を渡る。時折吹く風が、木々の葉を揺らす。
波の音にも似たそれを聞きながら、ただ静かにこの場所を通り過ぎる。
「……カイ君。もしも、私がずっとこのままだったら……」
貴族街と商業区画を結ぶ橋に差し掛かったその時だった。彼女が遠慮がちに呟いた。
「もし、前のように、無邪気に旅を楽しめる私に、戻れなかった。君は、嫌かい?」
「……リュエはリュエだよ。嫌なんて事はないさ」
「でも、少し寂しいだろう?」
「それは……でも、今のリュエがいなくなるのだって寂しい」
……それは、考えていなかった。
失われる? いや違う、一つに戻るのだろう?
けれども、それは失われるのとどう違うのだろうか。
改めて問われ、そしてその問いへの明確な答えを出せずにいると、彼女がゆっくりと再び歩き出した。
「少し意地悪な質問だったね。まぁ、きっとこの場所を離れて時間が経てば、また私はもとに戻る。でも――やっぱり自分が不完全なのは、ちょっとだけ心苦しいというか、劣等感があるというか。そこまで難しく考えていたわけではないのだけど、なんか嫌だなって」
「……大丈夫。君は、リュエは、絶対に本懐を果たす。そして、あるべき自分に、心のままに、生きられるようになるよ。その為なら、俺はいくらでも頑張ることが出来るから」
「ふふ、ふふふ。そうだね。君は、いつだって私の不安を晴らしてくれる」
橋の真ん中で、彼女か運河を見下ろす。
側へ寄ると、彼女は川を見下ろしたまま語りだす。
「私の住んでいた森にも川はあった。そして自由に流れて、遠くへ行く水を羨ましいと思っていたんだ。だからかな、こういう流れのある場所を見るとつい、見てしまうんだ」
「そういえば、アギダルでもよく見ていたっけ」
「そうだったね。私も、川の流れのように流れて、旅をして。ついに、ここまで来た」
顔を上げた彼女が、こちらへと振り返る。
その瞬間の表情が、余りにも綺麗で、呼吸を忘れる。
吸い込まれるようで、心焦がれるようで、なにも、言えなくなって。
この表情を見るために、今日まで旅をしていたのかもしれない。そう思えるくらい、自愛に満ちた、感謝に満ちた、そんな笑顔を向けられて。
「カイ君。ありがとう。私を、ここまで連れてきてくれて」
「……まだ旅は続くんだから、そんなここで終わりみたいな言い方はしないでくれよ」
「ふふふ、そうだね。ただ、本当に嬉しくて。みんないなくなってしまったけれど、またみんなのいる場所に来れたんだ。たとえ歓迎されなくても、嫌われていても、それでも嬉しいものは嬉しいんだ。仕方ないじゃないか」
「そういうもの……なのかな」
「そういうもの、なんだよ」
まったく、そんな顔をされたらもう、不安も何かも消し飛んでしまうじゃないか。
高まった緊張感も、全部消えてしまう。
そこに残るのは、ただ未来への希望。
願いを叶えるでなく、叶えた後の事。
平然と未来を思う。先の不安や障害等、もはや存在しないかのように。
さぁ、次はどこにいこうか。心のままに全てを楽しめる君を、どこに連れて行こうか。
……悪い、やっぱ俺、誰にも負けないわ。
(´・ω・`)次回 城之内死す