二十六話
(´・ω・`)やべぇよ……やべぇよ……なんだこのポイント
懐かしの味に舌鼓を打ち、余韻が残る内に切り上げる。
まだ今夜の宿を決めていなかったので探そうと思ったのだが、このギルドの最上階にあるVIPルームに滞在する事を許された。
さすがのSSランク待遇である。だが扉に書かれている【PIGルーム】の文字だけは許さない。
そして翌朝、久しく味わっていなかった上質なベッドの上で気持よく目が覚める。
「料理もベッドも素晴らしいが、これに慣れちまうと後々面倒だよな……」
今日こそは宿を探さなければ。
部屋を出ると、丁度リュエも起きてきたのか少々髪をぼさつかせながらやってくる。
相変わらず朝が弱いみたいだが、この調子じゃあ街に出かけるのは昼頃になりそうだ。
リュエは身支度を整える為に再び部屋へと戻り、俺はその間にここの冒険者ギルドに寄せられている依頼を見てみる事にした。
一階へと降り、相変わらずアナログな掲示板へと赴く。
なんでも、この方式なのは一種のロマンだとオインクが譲らないのだとか。
……確かゲーム時代もこういう掲示板だったし、その影響か?
「へぇ、やっぱり依頼の種類が豊富だ」
他の街とは違い、街中での仕事の募集も多く、中にはボランティアのような物まで混じっていた。
が、やはり俺のお目当ては魔物の討伐依頼だ。
さぁ、俺にもっとアビリティを。
「討伐討伐……たまには自分で探すのも良いもんだ」
いつも受付で一括受注だったしな。
だが討伐依頼にも種類があり、中には魔物以外、即ち対人依頼も存在していた。
『郊外に出没する盗賊団の殲滅及び頭領の首の持ち帰り』
『脱走奴隷の捕縛、または処分』
『殺人鬼ニースの捜索、及び討伐』
へぇ、奴隷なんているのか。
ちょっと興味がそそられる響きではあるが、気ままな一人旅というわけでもないし、買うわけにもいくまい。
……しかし、人を殺してもアビリティは手に入るのだろうか?
少し危うい考えだが、もしも強い力を持った人間、それこそあの解放者レンのような、明らかに後天的に力を授けられた相手をもし――
「なんてな。さすがにそこまで落ちぶれちゃいない」
少しして、上の階からリュエが降りてくる。
基本的に上階へ行くのは夜に営業しているレストランを利用する客か、二階にあるミーティングルームを利用する大手の"クラン"の人間だけらしい。
従って、こんな朝早くから上階から降りてくると、嫌でも目立ってしまう。
勿論俺も多数の視線に晒された訳だが、案の定、もはやお約束のようにリュエへと視線が殺到する。
「カイくんお待たせ。今日はどうしようか」
リュエが開口一番俺の名を口にし近寄ってくると、聞こえよがしに舌打ちと溜息が聞こえてくる。
気持ちはわかるぞ。
「俺はちょっと討伐依頼を受けてみようと思う。まぁ余り長く滞在する訳でもないし軽く流す程度にするよ」
「ふむん……じゃあ私は今回は観光と洒落込もうかな? ここまできて依頼を受けるのもあれだし」
「良いんじゃないか? じゃあ先に宿を決めたら、俺はちょっと依頼について打ち合わせに行ってくるよ」
「へぇ、打ち合わせのある討伐なんて珍しいね。じゃあ私はお城の方を見てこようかな」
宿は比較的すぐに決めることが出来た。
ギルドの側には大抵の場合宿が多いのだが、この街に至ってはその宿場通りだけでちょっとした村程の規模だ。
今回は余り高級でない、一般的な宿を取ることにした。
贅沢に慣れ過ぎちゃイカンよ。
「じゃあ俺は一度ギルドに戻るよ」
「了解。じゃあ適当にぶらついて、おみやげでも買ってくるよ」
「くれぐれもトラブルは起こさないでくれよ?」
「大丈夫大丈夫、安心しておくれ」
さて、打ち合わせに行かないとな。
何せ今回の相手は殺人鬼なのだから。
ギルドで依頼を受け、応接室で詳細を聞く。
部屋に居るのは俺とギルド職員と、そして首都の騎士、街の警備を司っている責任者の男性。
「今回依頼を受けて下さったカイヴォン様です」
「どうも初めまして」
「協力感謝する。都内警護隊中層区責任者の"ホーク"だ。まずはじめに、この依頼は実力者でないと返り討ちに合う危険がある事を理解してもらいたい」
開口一番、重々しい口調で警戒と覚悟を促すホーク氏。
短く刈り込まれた白髪と鋭い眼光に、叩き上げの刑事の様な印象を受ける。
「問題ありません、詳細を」
「ふむ……随分と若いようだが、実力に自信あり、と言うわけかね?」
「ご安心下さいホーク殿。カイヴォン殿は総長の右腕と言っても過言ではない人物と聞いております」
「ほう、オインク殿の」
ここでも出てくるオインクさん。
その名前が出た瞬間、ホーク氏の表情が驚きに染まり、安心したかのような顔つきになる。
豚ちゃん凄いな。
「では事の発端……は省くとしよう。連続殺人鬼ニースだが、この街の上層区に逃げ込んだと目撃情報が上がっている。だがそれから今日で二週間。何の進展もない状況だ」
「補足しますと、二週間前にここ中層区にて冒険者が二人、返り討ちに合っています。その際追い詰めることに成功したのですが、隙を突かれて上層へと……」
「うむ。幸い上層はここ中層以上に警備が厳しく、また貴族の屋敷にはそれぞれ常駐の警備兵も配備されている。その御蔭で今日まで新たな被害者が出ていないのだが、情報が漏れたのか一部の貴族連中が騒ぎだしてな。討伐とまでは行かずとも、なんとか上層区から追い出す事が出来ないか、という事なのだ」
「なんとも勝手な話ですね。自分たちよりも弱い人間が犠牲になるかもしれないと言うのに」
臭いものにはフタをしろといいますか、見たくないものは見ないようにするといいますか。
とりあえず危険を他の誰かになすりつける事を優先するのか。
まぁ気持ちは分からないでもないが、余り聞いてて気持ちのいい話じゃないな。
「上層区での捜索だが、貴族街ではなく商店街の方に潜伏していると睨んでいる。そこで、カイヴォン君には冒険者として、上層区を捜査してもらいたい」
「捜査と言われましても、戦闘以外は素人ですよ?」
「……正直に言おう、これは囮捜査だ」
「なるほど。前回の被害者は冒険者のようでしたが、それ以前の被害者も全て冒険者だったと言う訳ですか」
これってもうある程度道筋が見えてきそうな物だと思うんだが。
つい最近そんな話を聞いたばかりだ。
「んー、とりあえず捜査の前に冒険者嫌いの貴族と商人をリストアップしておいて下さい。なるべく人の出入りが多い所優先で」
「……それがどういう意味か分かって提案しているのか?」
「被害者と逃げた場所を考えたら自然じゃないですかね」
違ったらその時はその時で。
絞込まで時間がかかるとの事で、とりあえず俺はホーク氏と共に上層区とやらに向かう事になった。
有事の際に役立つだろうと、地理を大まかに頭に入れておいて欲しいそうだ。
「この都市は三層からなされている。城壁の一番近く、外に農地を持つ農家の人間が多く住む下層」
「そういえばこの辺りだけ作物が育っていますね」
「ああ、大昔に隣の大陸から訪れた解放者が、この辺りでも作物が育つように措置をして下さったそうだ」
「なるほど」
その人はきっと日本で農家でも営んでいたんですかね?
土壌改良とか一朝一夕で出来るようになるもんでもなし。
「それで、下層から坂を上り、内門を潜ったのが先ほどまで我々のいた中層だ。ここはまぁ言わずとも分かるだろうが、我々のような戦う人間と、旅人相手に商売をする人間の為の場所だな」
見事に住み分けられたこの巨大な都市に、思わず関心。
日本にだってここまで大規模で、完全に区画整備された都市なんてないんじゃないか?
まぁ交通網が少ない分区画整備がしやすいのもあるのだろうが。
「最後が、貴族や貴族相手に商売する大手の商会とその商店のある上層と言うわけだ。言わずとも分かるとは思うが、そのさらに中心、もう一つの堀に囲まれているのが王城だ」
「王城には入れないんですか?」
「王城に入れるのは呼び出された騎士隊や貴族、また式典の際に呼ばれた商会の人間くらいだろう。自由に出入り出来るのは伯爵以上の爵位持ちの人間くらいだ」
じゃあ俺は入れるって事なのかね? 公爵待遇だし。
と、いつのまにか上層区へと到着した。
目に見えて建物のグレードが上がり、石畳の質もただの石から綺麗に切り分けられた、質感の違う物に様変わりしている。
このあたりは貴族街ではなく商会がメインの通りらしいが、それでも他の層とは一線を画す街並みだった。
「先程はああ言ったが、私も薄々今回の件には協力者、それも人一人を簡単に匿える力のある人間が絡んでいると思っていた。だが、そうすると一気に事件の規模が大きくなってしまう」
「そうなると、管轄がさらに上へと移行、今回の件が上層全体に広がる恐れがあると」
「話が早くて助かる。そうなってしまっては捜査が困難になってしまう、出来るだけ早期に解決したい。故にこのような囮捜査になってしまった。君の身の安全を保証する事は出来ないが、その分報酬は期待してくれていい。すまないが、どうか協力してくれ」
「ああ、俺の事は気にしなくて良いですよ。さっきは言いそびれましたけど、戦闘に関してはたぶんですけど、殺人鬼程度にどうこう出来る物じゃありませんので」
「……その油断が命取りになるかもしれないぞ?」
毎秒HPが540回復してる人間をどう殺すんですかね。
実はちょっと前に実験として、魔物十匹くらいに囲まれて総攻撃をうけてみた物の、回復どころかダメージすら通らなかったんですよ。
普通、鋭い牙で全身噛み付かれたら死にますよね? 殺人鬼がどんな武器を使うかは不明だが、魔物の総攻撃よりも強い一撃を放つなんてそうそう出来る事じゃないんじゃないだろうか。
「そういえば、先日首都に到着した商会の主がいましたよね?」
「耳が早いな。カプル商会は王家御用達の食材を取り扱う名門だ。ふむ、確かに冒険者嫌いとは言われているが、彼は白だ。何せ昨日戻ってきたばかりの人間だからな」
「そうですね。ただちょっと、彼と仲の良い人間で変な噂でもないかなーと」
あわよくば失脚の材料でもないかなーと。
その後も商会を見て回り、貴族街へと向かう道の途中で一度ギルドに戻る事になった。
(´・ω・`)出川乙




