二百九十話
(´・ω・`)なぁに心配はいらん
「それでは皆さん、短い間でしたが有難うございました。余り会話をする機会はありませんでしたが、美味しそうに食べてくださる皆さんの表情にいつも元気を貰っていましたよ」
最終日。ミスティさんの店で俺が働くのは今日で終わりだということで、いつもなら閉店しているはずの時間にも拘わらず、多くの常連客で店内は賑わっていた。
その大半はエルフなのだが、中にはヴィオちゃんの様な動物の耳を彷彿させるものを頭部から生やしている人や、白衣が普段着なのかと思わず聞いてしまいたくなるような研究員と、様々な顔ぶれが出揃っている。
既に、俺の後を引き継ぐ料理人を、元々ミスティさんが働きに行っていた店から派遣される手はずになっている。
もともとそこまで難しい料理を提供していた訳ではなかったので、レシピの方も既に完全にマスターしてくれているという状況だ。
まぁ、さすがに本職で今も一線で働いている人間はモノが違うと言うべきだろう。
「本当に、カイ君のお陰よ、こうして店を続けられるのは」
「私共の店も、少々行き詰まりを感じておりました。カイさんに教わった技法や料理は、これから新たなブームとしてこの界隈を賑わせてくれる事でしょう」
「大げさですよ、オーナー。では、このお店の事は任せましたからね」
名残惜しむ声、感謝の言葉。それらを受け取り、糧とする。
きっと、踏みとどまってみせる。ここで暮らす人間全てに罪があるとは、思わない。
……そう、今日なのだ。約束の日は。
それは『今日で店を辞める』という約束ではなく『ダリアが答えを持ってくる』という約束。
たとえ、どんな結末になろうとも。
たとえ……決別の道を歩むことになろうとも、俺は諦めはしない。
絶対に、リュエの願いを叶えると、そう誓ったのだから。
深夜。今日再び訪れると約束していた為、アークライト卿の屋敷の前へ行くと、門番の二人が深々と礼をした後に中へと通される。
屋敷に入ると、レイラがイブニングドレスを身に纏いこちらを出迎えてくれた。
「カイヴォン様。既にダリア様が応接室でお待ちです」
「む……結構待たせてしまったか」
「いえ、まだ一◯分も経っていませんよ」
「そうか。悪いな、こんな時間に出迎えなんてさせて」
こちらがねぎらいの言葉を掛けると、無言で顎を上げて首を晒してくる。
もうやだこの子。
彼女を黙殺し、先日使わせてもらった応接室へと向かう。
その扉の前で一度大きく息を吐き出し、そして、覚悟を決める。
ノックを二回。そして掛ける声は――
「うーっす。待たせたな」
「おせーぞカイヴォン。お土産はよ」
「言うと思った。ほら、ちょっと待ってろ」
ああ、本当に変わらない。昔と、何も変わらない。
昔と違い、アイテムボックスなんて便利な物が存在するお陰で、手軽に運び出す事が出来る料理の数々。
今日、最終日だからと大量に作った料理のあまりを、応接室の高そうなテーブルの上に広げていく。
キノコとトマトのキッシュ。タチウオのカツレツ。赤身魚のタタキに、魚のハンバーグ。
お約束の揚げ出し豆腐(白子)に、小エビのかき揚げ。
それらでテーブルが見えなくなると、ダリアが対面するソファーで歓声を上げる。
「おほーっ! そう、そうなんだよ。出来たてを保持出来るってのが最高のチートだよな」
「だな。ほら、酒も用意してあるぞ」
「お、すまんね。じゃあ俺も秘蔵の酒出すとすっか」
「ん、それエンドレシアの酒だぞ、良く手に入ったな」
「酒にかける関税の調整に俺も関わってるんだ。その縁でこっちにも流れてくるって訳よ」
久方ぶりに酒を飲み交わす。
もしかしたら、話が終わった後ではこうしていられないかもしれないから。
だから急くように、本題に入るのを避けるように、たった二人の、深夜の宴が始まる。
「あー……本当うめぇ……天国かよ」
「随分安い天国もあったもんだな。この料理の材料費なんてせいぜい一◯◯◯ルクスだぞ」
「まじかよ……あー……毎日食いてぇなぁ……」
姿形が変わっても。変わらないその味覚、その仕草。
その機微と、調子の違い。
名残惜しむように味わい、いつもなら酒で流し込むタイミングにも拘わらず、何度も何度も咀嚼し飲み込むその姿。
子供にしか見えないはずのダリアの姿が、親友ヒサシとダブって見える。
……それも、少しだけ疲れた様子のアイツに。
「……そうか。やっぱり、ダメだったか」
ポツリとこちらが漏らす。そして、ピタリとダリアが止まる。
「い、いや。まぁ食い終わってからにしようぜ、な」
「もう殆ど食い尽くしてるじゃねぇか」
「あ、マジだ。お前食い過ぎだぞカイヴォン」
「俺じゃねぇっつーの」
そこまで、期待はしていなかったんだ。
もしかしたらって、本当にその程度のもんだったんだ。
人は変わる。だが、たとえ変わっても、一度その関係が崩れても。
きっと俺は、何度だってやり直すことが出来るから。
だから――
「安心しろ、親友。俺はもう、昔の俺じゃない」
俺は、お前を恐ろしいと思った。リュエですら怯えてしまう程の力を持つお前を。
だが同時にお前もまた、俺を恐ろしいと思った。そう思うように仕向けた。
誰よりも俺を知るが故に、お前は追い詰められてしまった。
誰と何を語ったかは、聞きはしない。だが少なくとも、そんな様子で飯を食ってりゃ、だいたいの想像はつくってもんだ。
対面するダリアをただ見つめる。すると、観念したかのように食器をテーブルに戻した。
「……俺は今日、お前に嘘をつくために来た」
「そうかい」
「国王に会えると。ある式典に参加する為に国を出るから、その場所で会わせてやれると」
「ああ、分かった」
「けど本当は――」
「言うな。お前を裏切り者にしたくはない」
「……ここまで言っちまったら、同じようなもんだろ」
「それでも、だ」
きっと、今すぐにでも暴れると、国に喧嘩を売るとでも思っていたんだろ?
そうなはならんよ。少なくとも、お前達はアクションをしかけてくれた。
なら、今度はそこから手繰り寄せてみせるさ。
本当にギリギリだったんだけどな。だが……持ちこたえられた。
最後の最後で、お前の――
「……そういやぁ、お前が泣いたの、初めて見たな」
「うるせぇ、身体に引っ張られてんだよこれは。ノーカンだチクショウ」
お前に泣かれちゃ敵わん。まぁ、これでおあいこなんだろうけどな。
俺も一度だけ、こいつの前で――
脳裏を過ぎる、俺の人生で最も辛かった一夜の思い出。
俺は一度、お前に救われた。だから……借りは返そう。
今だけは、リュエの願いと同じ程の優先度を以って、お前にあの日の借りを返そう。
「俺は、なにかと戦う羽目になるんだろうな」
「……」
「そいつは、国が危機を取り除くために用意する、最終兵器なんだろうな」
罠にかけるつもりだったのなら。
獲物を捉えるための仕掛けがそこには必ずある。
なら、その罠を抜け出されたら、その時はどうする?
どう動く、この国は。
「俺は、そっちの思惑を超えてやる。だからその時は――」
お前を信じている。
「……分かった。策を破られたその時は、こちらも独断で動く」
「頼んだ。後最後にもう一つ」
最悪を想定する。今回に限っては、その可能性が高いから。
最後の願いを託す。俺が、もしも本当に敗北するかもしれないその時は――
「俺にもしもの事がれば、その時は――」
「リュエおそーい! そんなんじゃ日が暮れちゃうよー!」
「仕方ないだろう? 私はこういうのに慣れていないんだ」
「だから、こうやって葉っぱを持って一気に引っ張るんだってば」
「こ、こうかな?」
手元から鳴る『ブチッ』という音に、また失敗してしまったと、申し訳ない気持ちと恥ずかしい気持ちでいっぱいになる。
子供達に出来て私に出来ないだと……なんて器用なんだここの子達は。
私が不器用なのではなくて、あくまでこの子達が常軌を逸したほど力加減が上手に違いない。
私は諦めて、再び手を土で汚しながら、コロコロと可愛い形のイモを掘り起こす。
「リュエは馬鹿力だからなー!」
「馬鹿とはなんだい? 失敬な。ほら、しっかり掘れたよ」
「よーし、じゃあ籠が一杯になったから終わるよー」
籠いっぱいのイモを背負い、元気よく立ち上がる子供達に続き、私も立ち上がり大きく伸びをする。
不自然な空を見上げながら、今日も何事もなく一日が過ぎてくれる事を祈る。
あれから、里長が眠りについてから一月が経った。
そう、今日で丁度一月だ。それはつまり、約束の日でもある。
王都に向かったカイ君が、全ての準備を整え、私達を迎えに来ると宣言した日。
内心、一日千秋の思いというのだろうか? 私が森で過ごした日々に比べれば、余りにも僅かな時間だというにも拘わらず、焦がれ、待ち望んでしまっていた。
けれどもその反面、この里での暮らしが……凄く、懐かしくて。
ずっと憧れていた光景に、あまりにもそっくりで。
仲間と協力し、共に笑い、ありふれた日々を過ごすというこの時間が、本当に夢のようで。
だから、待ち望んでいたとも言えるし、来る事を恐れていたとも言えるんだ。
けれども――甘い夢をいつまでも見続ける訳には、いかないから。
結界からかすかに感じたその揺らぎに、私は思考を研ぎ澄ませる。
「ごめん、ちょっと大事なお仕事があるから、おイモを置いたら私は行かなくちゃ」
「えー! 今日は里長に教えてもらった焼き芋を作ってあげようと思ったのにー」
「それはとても美味しそうだけれど、うん、また今度だよ」
「本当? お姉ちゃん『も』戻ってくる?」
住人達。その中でもまだ幼い子供達は、とても里長に懐いていたようだ。
『里長はお仕事で遠くに出かけている』という優しい嘘を信じ込み、そして現金なもので、代わりに里に留まる事になった私によく懐いてくれている。
尤も、レイスの方は最初の印象のせいか『怒ると恐いお姉さん』という認識で固まってしまったのか、遠目にこそこそ眺める子供が多いという状態なのだけれど。
ともあれ、子供はどこか鋭いのか、私の言葉に何か不穏な物を感じ取ったのだろう。
私が仕事と口にした瞬間、とても不安そうな表情を浮かべるのだから。
「勿論戻ってくるよ。焼き芋を食べたいからね」
「へっへっへ、任せてよ!」
そう笑いながら前を走る、私と同じ白い髪をなびかせて走っていく子供達。
……絶対、私はここに戻る。私は『私』を救った後に、必ずここに。
私はその足で、森の奥へと向かう。
結界の揺らぎは、確かに出入り口である、あの酒場の裏から感じたもの。
それは本当にカイ君、またはその迎えの反応なのか、それともそれ以外の侵入者の物なのか、それを確かめるために。
相変わらず緑の濃い森を抜け、不可思議で綱渡りな道を辿る。そして着いた境界線で、私は結界に手を触れる。
『何者だ』
『あ、リュエの声だ。私だよー、アマミだよー』
『本物か? 証拠は?』
『ああ~……そういうの決めておくの忘れた……どうしよう……』
ふむ、本物みたいだね。
結界を操作すると、その景色が一変する。
今まで見えていた森の風景が揺らぎ、代わりに酒場の裏口、そして以前とは違い、上等な服、恐らくどこかの制服を纏ったアマミが現れた。
「やぁ、一ヶ月ぶりだね、アマミ」
「うん、久しぶりリュエ。じゃあ、早速だけどレイスさんとクーちゃんも呼んで屋敷は話そっか」
それから少しして、クーちゃんと一緒に農作物の取引記録の編纂をしていたレイスが屋敷に戻ってくる。
そう、私達はこの屋敷で暮らしている。
この屋敷を訪れる住人は多く、そして彼等に里長の不在と、代わりに自分達に手伝えることはないかと伝える。
そんな日々を繰り返しているうちに、いつしか私達はこの里の住人に受け入れられていた。
「お久しぶりです、アマミ」
「久しぶりレイスさん。あの……あからさまにカイヴォンがいないからってがっかりしないで?」
「そ、そんな事はありませんよ。貴女の元気そうな姿を見られてなによりです」
「れいすさんね、よくため息着きながらかいぼんの事呟いてたよ」
戻ってそうそう、少しだけ賑やかになる屋敷。
それがなんだか嬉しくてつい、私も笑いを漏らす。
元々迎えに来るのはアマミのはずだと分かっていたのだし、カイ君が自分で戻るのは難しいと分かっていたはずなんだけれどね?
それでも、どうしても期待してしまうのは、私も理解出来る。
「じゃあ早速本題だけど……準備が整ったよ。出来れば今日明日には首都に向かいたい」
「それは構わないのだけれど……大丈夫なのかい?」
「うん。今の私には正式な身分があるんだ。だからよほどの事がなければそのまま向かえる」
「なるほど、それがその制服というわけだ」
「似合ってるよーアマミー」
今日明日の出発となると、後の事をクーちゃん一人に任せる事になる。
大丈夫だろうかと、レイスに尋ねようと視線を向ける。
こちらの言いたいことがわかったのだろう。レイスはクーちゃんと向き合い、そして――
「そうなりますと、私もここを出る事になります。クーさん、一人で大丈夫ですか?」
「うん。れいすさんのお陰で過去の取り引きの値段も分かったし、値段の動き方も理解出来たよ。最初期に比べるとだいぶこっちが損してるねー」
「ええ。恐らく里長が何も言わないのを良い事にエスカレートしていったのでしょう」
「大丈夫、損は取り戻すよ。それで今度はもっと大きいところに売るんだ」
「……あまり、目先の利益に捕らわれないでくださいね」
うん、大丈夫そうだ。
しかしそうなると、カイ君は無事、王と会える算段……つまりダリアと再会出来たのだろうか。
その疑問をアマミにぶつける。
すると、何かを思い出したように立ち上がり、そして――
「あ! そうだ、里長の部屋に鍵かけておいてくれないかな? カイヴォンとダリア様が、くれぐれも身体に触ったりしないようにって言っていたんだ」
「ダリアも、かい? じゃあ会えたんだね、カイ君とダリアは」
「あ、うん。本当に仲良しなんだね、あの二人は」
恐らく、里長の事についても進展があったのだろう。
彼女の表情には、希望と期待が満ち溢れているように見えた。
……そっか。ダリアと無事に再会出来たんだね。
じゃあ……後もう少し、なんだね。
「よし。レイス、出発は明日の早朝でいいかな」
「はい。……いよいよですね、リュエ」
そう、いよいよだ。
私は……過去に決着をつけなければいけない。
かつて間違えたのは……なにもブライトの人間だけではないのだから。
私は、私の間違いも、そして私の犯した罪も、しっかりと償わなければならないのだから。
(´・ω・`)鬱クラッシャーのリュエさんがいれば、大丈夫だ