表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
296/414

二百八十八話

「こんな朝早くに出立なさるとは……せめて朝食を摂っていかれてはどうでしょう。魔車の手配をしておく事も可能ですが」

「いえ、火急の用が出来てしまいましたので、すぐにでも戻らなければならないのです」

「そう、ですか……なんのおもてなしも出来ず、誠に申し訳ありません」

「いえいえ、こちらこそ私の友人が無理を言ってしまい申し訳ありません」


 頭を下げる、壮年のエルフ。

 アークライト卿の屋敷の前で、一人朝霧へと向かうべく、彼に背を向ける。

 そしてこちらの背にかけられる呼び止める訳でもない、別れを惜しむでもない言葉。

 不敬も不敬。そんな事をする人間なんざ、この国には存在していなかった。

 そう、つい最近までは。


「ダリア。後四日だ。忘れるなよ」

「……ええ。それまでに、私も決断しましょう。アークライト卿、近いうちにまた来ます」

「は、は! 了解致しました……」


 たぶん。この一人の男の存在が。

 たぶん。今俺が抱えている問題が。

 きっと、ここで俺達が、この国が選ぶ選択が。

 間違いなく、この国の行末を――決める。

 願わくは……また、三人で。

 俺、ようやく見つけたんだ。お前に勧められるような店を、自分の力で。

 だから――


「……カイヴォン。あの夜のように、また……三人で」

「……そうなるかどうかは、そちら次第だよ」


 ああ、そうだろうな。

 希望を抱かせる言葉を、不用意に口にしない。

 お前はそんなに優しくないから、な。

 俺はもう……お前の優しさを受け取ることが出来る場所には、立っていないんだな。

 ……悪いな、カイヴォン。俺も、この国が、とても、とても、涙がでるくらい、大切だから――

 屋敷が見えなくなり、貴族街から抜けたところで空を見上げる。

 曇り空のはずなのに、からりと乾いた涼しい空気が、かすかに流れる。


「ああ……くそ……今だけは、雨に打たれたい気分だよチクショウ」








 綱渡りだった。

 リュエが言っていた言葉の意味を理解したにも拘わらず、綱渡りをしてしまった。

 万が一にもダリアと敵対してはいけない。そう言われたにも関わらず、俺は揺さぶりを掛けるような言動を繰り返してしまった。

 いや、そうじゃなきゃ交渉が出来ない相手だったのだ。

 もし、あちらも端から好戦的だったら……もし冷静にこちらとの交渉に臨んでいたら……最悪の結末が待っていたのかもしれないのだから。

 俺は、昨夜記憶したダリアのステータスを今一度表示させる。




【Name】   ダリア

【種族】  エルダーエルフ

【職業】  魔導師(50)再生師(50)

【レベル】 377(+798)

【称号】  トリックスター

      エレメンタルマスター

      永劫の聖女

      大陸制定者

      物語を紡ぐ者

      星を飲む者

      再生を司る者

      剣聖に至る者

      狂牙砕きし者

      妖狐調伏せし者

      竜帝超えし者

      魔極に至りし者

【スキル】 雷魔導 氷魔導 炎魔導 光魔導 聖魔導 土魔導 樹霊術

      法術 上位結界術 片手剣術 杖術 再生術 再生魔導

      龍魔導 妖術 死霊術 崩壊術 魔裂術 付与術 魔剣術

      デミ・プログラミング 神聖術




 それは、圧倒的な数字と文字の羅列だった。

その長い年月を費やしたのだろう。

 まさしく手のつけられない、本物の、俺以上の化物だった。

 見たことも聞いたこともないスキルの数々。

 字面だけで壮絶な人生を夢想させる称号の数々。

 そして、もはや意味の分からないレベル。

 これはきっと、俺が戦っても、全力で挑んでも、準備がなければ決して勝てない相手だ。

 ……絶対に、敵対してはいけない、か。

 本当にその通りだったよ、リュエ。こんな相手……まともにやりあって勝てる筈がない。

 この綱渡り……なんとしても渡りきらねばならない。そして……あいつが決めた答えがどんなものであれ、最悪の道を辿らぬよう、自分の足元をしっかりと見つめながら歩まなければならない。

 ……本当、お前強くなりすぎだよ。なんだよその(+798)って。

 なんでお前剣術まで覚えてるんだよ、卑怯だろうが……。


「まさか、本当に聖女様の友人であったとはな」

「まぁ、古馴染みってヤツですよ。さて……アークライト卿に一つお願いがあります」

「……聖女様の友人である以上、無下には出来ん。言ってみろ」

「近いうちに、アマミをお借りしたい。彼女に行って欲しい場所があるんです」

「……分かった。彼女と相談してみてくれ。私は彼女の判断を尊重しよう」


 どんな答えを出すにしろ、もうこちらは足がかりを手に入れたようなものだから。

 そろそろ、二人を迎えにいってもらわなければ、な。




「分かった。余裕を持たせる為にも今日中にでも出発するよ。アークライト卿にお伺いを立てておくね」

「悪いな、急がせるようで」

「いいよいいよ。カイヴォンの用事が早く終われば、里長を助けるのも早くなるんだし」

「……そうだな。じゃあ、道中気をつけてくれ。もしかしたらまたシーリスと鉢合わせるかもしれない」

「……最悪の場合、リュエになんとかしてもらうよ。氷漬けにして転がしておけば……」

「やだこの子恐い」


 彼女に迎えの要請を出したところで、こちらも今自分が抱えている問題を終わらせようと、早々に屋敷を後にする事にした。

 ミスティさんの店の引き継ぎ問題や、対価として支払うレシピの厳選。

 これから待ち受けている事に比べれば些事もいいところだが、さすがにここで投げ捨てる訳にもいかないだろう。

 たとえ、この先国と敵対する事になったとしても、今この瞬間、この国にある小さな店の為に俺が動いているという事実が消える訳ではないのだから。

貴族街を抜け、メインストリートを静かに行き交う住人を尻目に商業区へ。

国内外から集まる様々な品を運ぶ行商人と、彼らの生命線である荷馬車を眺めながら、街の奥へ奥へ。

 彼らは、そしてこの街は、血管であり血液だ。

 彼らの営みで、この国という名の大きな命が生きているのだと、ぼんやりと足を交互に、無意識に運びながら考える。

 今、俺が意識せずに足が勝手に動いているように。

 国ももしかしたら、意図していないところで勝手に何かが動いてしまう事もあるのかもしれない。

 そして、そんな身体に司令を出す、国の中枢にいるダリアは、はたしてどんな気持ちで俺の話を聞いていたのだろうか。

 商業区を抜け、飲食街へ。


「けれども、俺はもう止まらない。賽は投げられたってヤツなんだよ」


 そして、その賽を投げたのは……俺ではないのだ。

 初代国王。リュエを裏切り縛り付けた、ブライトの族長。

 ……お前だ。お前が招いた結果だぞ、これは。







「ダリア様! 一体どこへ行っていらしたのですか!」

「申し訳ありません。どうしても外せない用事がありました。国の今後に関わる内容故に詳しくは話す事が出来ませんが、迷惑をかけてしまいましたね」


 城に入るなり駆け寄る、俺付きの宮廷魔導師および使用人達。

 心配の色を浮かべる、こちらの身の回りの世話をし、必要な仕事を請け負うこの人間達もまた、俺が少し間違えれば、その身を危険に晒すことになる。

 守る事は出来る。だが――本当に守らなければいけないものは、なんだ?

 国か? 人か? 王族か? それともこの大陸か?

 あいつか? 友か? 友情か?

 違う、どれも違う。もっと、もっと根本的な物だ。

 守らなければならないものは、果たさなきゃいけないものは、俺が立ち向かわなければならないものは、もっと根本的な物なのだ。

 それは……『仁義』。

 筋を通す。罪には罰を。間違いには訂正を。

 約束や契約、友情や信頼。

 情にほだされると言われてしまえばそれまでの話。

 だが、俺はいつだってその一線だけは守ってきたつもりだ。

 だから、仮にかつて大きな過ちを犯しているのだとしたら、それは正さなければならない。

 そして俺がこの場所に立ち、選択を迫られているのだとしたら、一人で決めてはいけない。

 俺達に居場所を与えたこの国への恩義。

 俺達に知識を与えてくれた人々への感謝。

 それら全てを心の天秤に乗せて、その上で話さなければならないのだ。

 願わくは、水平を。対岸に現れた『待ち望んでいた仲間』という錘とつりあう事を。


「至急、フェンネルに連絡を。『私が今すぐ、大事な話がある』と言っていると」

「しょ、初代様でしたら、先程戻られたシュン様と話があるからと『神霊宮』へ向かわれました」

「……そうですか。では、私も向かいます」


 そうか、戻ってきたのかシュン。

 ならば、都合がいい。お前も聞くべきだ。

 きっと……お前なら、俺よりもカイヴォンを理解してやれる。

『かつて半身を失った』お前なら……きっと。


 神霊宮は、この王城の中心にそびえる大木、あの隠れ里にあった巨木とほぼ同じ規模の『神霊樹』の内部に作られた建築物。

 その主な役割は……七星の封印と結界の起点。

 その場所にお前がいる今なら……。


 城の最深部にある、まるで樹海の奥のような様相の祭壇へと向かう。

 曇り空を無視するかのように、神霊樹から降り注ぐ魔素の光が幻想的に照らすその場所へと向かい、御神体として捧げられている『顔のない女神像』へと呪文を唱える。

 すると、降り注いでいた光の雨が一箇所に集まるように、足元に大きな光の円が生み出された。

 まるでスポットライトのようなそこに足を踏み入れ、全身が光に包まれる。

 その光量に、思わず目を閉じ、そして再びそれを開けば――

「おや、戻ってきたんだねダリア。その悪癖をどうにかしてくれないかい?」

「また飲みにでも行っていたのか。よう、一月ぶり」


『神霊宮』と呼ばれているこの場所に立ち入った事のある人間は、俺と目の前にいる二人だけ。

 そして――他人にはここが神聖な場所として映っているのだろうが、その実――


「はいインスタントマジック発動。フィールド上の君のクリーチャー全てをトラッシュする」

「嘘つくなよ、こっちにはマジック無効化のクリーチャーが出てるだろ」

「いいや、トラッシュしてもらう。これは『インスタントマジック』だ。しっかりと区切りをつけたのを僕は憶えているよ」

「ちっ……これはサレンダーするしかないか」


 ……ただの、遊び場だ。

 俺達が長い歴史でこの大陸に広めたり、問題ありとしてお蔵入りにした様々な遊戯。

 オセロから始まり、カードゲームやけん玉、ヨーヨーからフラフープと、稚拙な知識でも再現可能な物を集めた一室。

 時折こうして集まり遊んでいたりするわけだが……今日ばかりはそうはいかねぇんだ。

 今遊んでいるカードゲームに決着がついたのか、テーブルの上を片付けている二人の元へと向かう。


「シュン、共和国の方はどうだったんだ」

「ああ、ちょっとした小競り合いに野生の魔物を手なづけたアホが参戦していた。元『エルダイン国』の連中が共和国から離反するだのなんだと暴れていた」

「……血の気の多い連中だな。それで、結末はどうなった」

「エルダインの族長を半殺しにして解らせてきた。仮にも俺達と停戦協定を結んでいるのは共和国だ。そこから離れるのが何を意味しているのか、今一度叩き込む必要があった」

「ふふ、頼もしい限りだ。それでお土産はなんだい? また魔女の祭壇に捧げようかと思っているのだけれども」


 この国は、平和だ。だが隣接するセリュー共和国は……俺達の国『サーズガルド』という共通の敵が出来たからこそ一つにまとまった存在。

 そして……サーズガルドとセリューがまとまったのは……『七星』という共通の敵が現れたからだ。

 なら、その存在が封印された今、一体何がこの大陸を一つにまとめているのか?

 ……業腹だが、それは、俺が、この国が『七星を押しとどめている』という事実だ。

 故に、俺はきっと、本当ならば迂闊な事を一切してはいけない、そんな場所に立っている。

 だからこそ……ヨシキの、カイヴォンへの答えを決める事が出来ないのだ。

 なぁ、お前らも背負えよ。そして、そろそろ誤魔化すのを止めろよ。

 俺は今日……ここに全ての決着をつける覚悟で来たのだから。

 交渉なんていらねぇ、上辺だけの言葉や取り繕いも必要ない。

 全て、洗いざらいぶちまけてやる。

 初手で一撃必殺ぶっ放すのは基本だろ?


「二人に愉快なお知らせだ。リュエ・セミエールとカイヴォンの二人がこの国に来たぞ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ