二百八十七話
(´・ω・`)WEB少しでも進めておかないと……
「……いやぁ、この里長っていうのが色々と際どい発言をする人でだな」
「……あ! い、今のなしでお願いします」
奇妙な空気が漂う中、もう今さら手遅れではあるのだが訂正を試みる彼女。
さて、では改めて俺が里長の言葉を――
それを言おうとした時に気がついた。ダリアが、俺達二人とは違い神妙な表情で、今も思考を巡らせているという事実に。
今の発言に思考すべき要素があったとでも言うのだろうか?
アマミと顔を見合わせ、ダリアの言葉を待つ。
「……ふむ。その里長が眠りにつく時はいつもそんな事を言っていたのかね?」
「余り眠らないけれど、時々あんな風に丸一日眠る事はこれまでもあったよ。その時も『私に欲情しないよう、部屋に入る事は禁じます』とか、似たような事を言っていたかな」
「……なるほど。なぁヨシ……カイヴォン。その里長について他に知っている事はないのか? 名前とか、役割とか、仕事とか」
この話からでも辿り着ける何かがあるのならばと、俺も彼女について知っている他の事柄を話す。
『MI搭載H零型』『家畜や住人の健康診断』『最初の命令に従い里を守っている』
それら全てを伝え終えたところで、その情報を頭の中で組み合わせるかのよう頷く仕草を繰り返している。
……何が分かるんだ? これで。
「そのMIってのはメディカルインターフェイスで良いんだよな?」
「少なくとも里長はそれを認めるような反応をしたな」
「んで、家畜や住人の健康診断も行っている、と。さらに言うと古い命令を今も守っている……」
改めてこれらの情報を纏めると、里長の本来の役割は看護や医療に携わる物の可能性があると、ダリアは言う。
そして――
「いつだって医者やその治療記録、患者の名簿ってのは大事に保管されてるもんだ。もしかしたら……その里長には眠っている間にそういった情報を守るための防衛機能でも備わっているんじゃないか? それで毎度おかしな事を言って人を近づけさせないようにしていると考えれば色々と辻褄が合うんだが」
「なるほど……だとすると少なくとも――」
「情報の保持及び、防衛用のエネルギーの備蓄はある筈だ。活動用エネルギーとは別に」
順序立てて言われ、納得する。
つまり意思を持つ人間、魔導具としての側面だけでなく、長期間データを防衛、保持する機能も備わっている筈だとダリアは言うのだ。
それは、確かに理にかなっていると思えた。
「つまり……どういう事?」
「里長は少なくとももう暫くの間は無事だろうって事だよ。俺も、ダリアの推論は正しいと思う」
「確定ではないが、確率は高いと思うぜ? なにせそこまでの技術を持っていた時代の人間が、なんの対策も取っていないと考える方が無理がある」
「後は、お前がどうやって国から出て里に向かうかだが……それについてはこちらの用事もある。アマミ、今はこれで一先ず納得してくれないか」
俺達はそういった情報の重要性、データのバックアップや修復の大切さを理解しているからこそ、ほぼ確信を持つことが出来たが、彼女はどうだろうか。
ただの口八丁、言いくるめられているだけだと疑われてしまえばそれまでだ。
けれども……俺にも俺の事情があるのだ、一先ずここで引いてくれないかと、今一度彼女の様子を窺う。
俯いたままのアマミ。その表情を読み取ることは出来ない。
けれども……確かに届く、彼女の声。
「……本当に、大丈夫なの? 少しだけ、気を緩めても、大丈夫なの?」
気の抜けた声。凛々しさを感じさせない、彼女らしくない、か細い震える声。
まるで、今の今まで張り詰めていたものが、ふっと緩んだかのような。
「俺がそっちに行くまで、十分に持つさ。そうだな……俺がもう一度里に行く時は、万全の準備をしていってやる。だから……あまりこういう不確かな事は言いたくないが、安心しろ、こんなんでも俺は聖女で、嘘だってついたことはねぇよ」
「ダリア様……本当に、来てくださるんですよね。手を、尽くしてくださるんですよね」
「おうよ」
これで、里長の事は一先ず安心して良いと言える。
変わらない。お前は、救いを求める人間の手を振りほどける程非情にはなれない、そんな人間だから。
そう、その『はず』なのだから。
ダリアの宣言に、ようやく肩の荷が降りたのだろう。
ならば、ここから先は俺とこいつだけの時間、ある意味決着をつけるべき時だ。
彼女に、ここからは大事な話があるからと、部屋を出てもらう。
去り際に『これまでの非礼、平にご容赦ください。全ての咎は全てが終わった際に全て私が負います』と深々と頭を下げるアマミに、ダリアがなんとも言えない表情を浮かべていたのが印象的だった。
そうなのだ。こいつがどう思おうが、この国の人間は皆、こうした態度を取るのが当たり前になってしまっているのだから。
そんな国に長年留まったお前は……果たしてどうなってしまったのか。
それを、これから聞かなければならない――
応接室の照明に照らされる二人。
互いに何を話せば良いのか分からず、ただ無言のまま時計の針が進む。
深夜二時。野鳥の声すらも聞こえない本当の静寂の中、照明から微かに聞こえる魔導具の駆動音が耳に入る。
「……さてと。じゃあ互いの近況報告から始めようか。ラチがあかない」
「だな……俺の事情はある程度分かっているだろうし、そっちから頼む」
俺は語る。
この世界に来たのは去年の冬、エンドレシア大陸だという事を。
そして旅の最中にオインクに見つけられ、お前達二人の存在を知ったという事、そして俺の旅の目的が、お前達に合う事だと言う事を。
肝心な部分は語らない。俺が誰の元に現れ、そして誰と共に旅をしてきたのかは。
だが――気がついているんだろ? あの森で、俺の隣にいた人間が誰だったのか。
親しげに俺の隣に立つ彼女が、どういう人間だったのか。
「去年……か。そいつはまた……随分と、ズレちまってるんだな」
「そっちはこの国が出来る前だと踏んでいるが、どうなんだ?」
「五二二年前になる。俺とシュンはこの大陸の南端の砂浜で目を覚ましたんだ」
「二人一緒だったってのは、幸運だったのかね」
「……どうだろうな。常に元の世界の思い出を共有出来る存在がいる中過ごすってのも、なかなかきつかったぜ、最初のうちは」
それは、そうなのかもしれない。
嫌でも望郷心を刺激され、そして語る内容の節々にそれが現れてしまう。
それは、もしかしたら孤独に過ごすのとはまた違った、耐え難い思いがあったのかもしれない、な。
「んで、お前は目的である俺に会えたわけだが、この後どうするんだ。お前も一緒にこの国で暮らすか?」
「断られるのを分かっててそんな提案するなよ」
「……だよな。それに――なにか、他に目的があるんだろ?」
その瞬間、スッとダリアの目が細められる。
見た目一◯かそこらの少女だというのに、比喩表現抜きに化物に睨まれたかのような、見えない圧力が両肩にかかり、なにか冷たい物が首筋を登ってくるような錯覚をする。
……だろうな。聖女としては見過ごせんだろうよ、もう既にこの国に一度は牙を向いた俺のような存在を。
「……あの里がらみか? いいや、違うな。お前は悪人じゃあないが……『他人の為に怒れる程優しい人間でもない』違うか?」
「……ああ……その通りだ」
お前が、そんな目で見るのなら。
こちらの真意を探るために、踏み込んでくるのなら。
見せてやろう、思い出させてやろう、俺がどういう人間であったのかを。
口の端が自然と持ち上がる。頬の筋肉が脈動するのが伝わってくる。
目が、弧を描く。楽しくて楽しくて仕方がないと、歓喜を隠しきれないように。
なぁ、楽しいなぁおい。ヒサシ、俺、こんなんになっちまったぜ?
ダメだよなぁ、俺にこんな力持たせちゃなぁ。
ダメだよなぁ、そんな俺に敵意を一瞬でも向けたらなぁ?
「……心臓に悪い、落ち着いてくれ」
「いやいや……そいつは無理な相談だヒサシ。俺はな、割りと我慢強い方なんだが――」
なぁ、想像力をフルに働かせてみてくれないか。
頭の中でその状況を、情景を、鮮明に描いてみてくれないか。
その時の自分の感情を、出来る限り繊細に細部まで再現してみてくれないか?
「自分の大切な家族、彼女、彼氏、子供、なんでもいい。その子がいじめられて、何度も泣かされて、自殺未遂すら引き起こして、何度も病院に入れられ、ようやく社会復帰した矢先に昔のいじめっこにまた心ない事を言われる」
例えばの話だ。
実際にこの状況に当てはまるかは当事者である『彼女』にしかわからない。
だが――『少なくとも俺はそう感じた』
「そしてそれでも気丈に振るまい、いじめっこを恨んでいないよ、自分は平気だよというその子の言葉に従い、全てを水に流して許してやる」
けれども彼女はそうした連中への恨みを口にしたことなど一度もなかった。
置いていったエルフを呪う言葉を一度も口にする事なく、それどころか俺が怒り狂うのを防ごうと、いつだってその態度で示してくれた。
だから、俺は彼女の約束を守り――
「なぁ、そんな奴どこにいる? 殺すよな、普通殺すよな? もしも殺人が、報復が罪じゃないのなら誰だって殺すよな? いやたとえ罪だろうと外聞なんて気にせずに本能のままに相手に食らいつくよな?」
守り――きれるか分からねぇよ、もう。
今もう目の前まで来てるんだぜ、憎い一族の喉元に食らいつく為の切符を持った人間が。
けれども、それでも、踏みとどまることが出来るのは、きっとリュエだけじゃない。
もう、この国にすら、大切な人間が出来てしまったから。
そいつに、縛られてしまったから。
「ダリア……今、お前の目の前にいるのは、そういう人間なんだ。聞かせてやるよ、俺がなぜここに来たかを」
さぁ、語ろう。
彼女の千年の苦しみを。救いを与え、そして救いを求めた結果裏切られた結末を。
お前達が残したソレが、どんな化物を生み出してしまったのかを。
俺という、最強最悪の化物を生み出してしまったのだという事実を。
そして、それでもなお対話を望むかのように、ただ王の元へ向かおうとする、心優しきエルフの話を。
白髪を忌む文化の根源。長命を疎まれた彼女の歴史。
教えを与えた人間に騙された、報われない、あまりにも不義理な結末。
それを聞いてお前はどうする? この、俺を、目の前にして、どんな選択を選ぶ?
さぁ……俺の時間は終わりだ。答えを聞かせてくれ、ヒサシ。
「……王への面会、か。今の王は二代目、つまりリュエの住んでいた森の生き残りじゃない」
「だとしても、リュエは王に会わせろと言った。俺はその望みを叶えるためにここにきた」
「……会わせてやることは……出来る。だが――その先どうなる。その事実を告げてどうする? 国王に謝らせて、それで終わるのか? その先に何を求めるか分からない相手を会わせるなんて、俺には……出来ない」
「リュエが何を考えているのかは分からない。だが――少なくとも俺はそうだな……王に罪を認めてもらう。そして、その事実を全国民に告げて貰いたいと考えている」
「ダメだ。国を揺らぐ。それだけは、俺が許さない」
「……ほう、そうかい」
熱が冷める。
頭に上った血が急激に下がるような感覚を味わう。
ため息とともに、一旦この思考を落ち着かせようと力を抜く。
そして――もう一度全身に力を漲らせる。
「ヒサシ。それはつまり、俺がこの国に敵対しても良いって事だな?」
「っ! 違う、そうじゃない! お前が、お前達がやりすぎないのなら、それを保証する事が出来るなら、もしもの時にこの国が対応出来る手はずが整ったら……! その時は、会わせてやれる……」
頭を抱えるヒサシ……いや、ダリア。
その小さな身体で、小さな頭を抱えて丸くなる姿は、まるで叱られた子供のようで。
俺の知るヒサシとは似ても似つかなくて。
……どうした。お前はそんなんじゃないだろう?
「……頼む、少しだけ時間をくれ。俺だけに……決めさせないでくれ……」
「……シュンか? それとも王か?」
「王は……正直なにも知らないただの平和ボケしたガキみたいなもんだ。だが――実は生きているんだよ、初代国王も」
その言葉に耳を疑う。
それはつまり……全ての元凶がまだこの世界にいるという事実ではないか。
初代国王、つまりブライトの族長。リュエをあの森に縛り付けた張本人。
彼女に教えを受け、それを使い彼女を騙し契約した、俺が最も憎まなければならない相手だ。
「……俺も、そいつに聞きたい事があってな。ちょいとこじれるかもしれんが……頼む、少しだけ待ってくれ」
「……猶予は今週いっぱいだ。それまでに答えを用意してくれ。俺はもう長くは持たん」
「だろう、な。お前、今とんでもない顔してるぜ。この世界に来て初めて……恐ろしいと思ったよ」
ああ、時間をやろう。
お前だけに背負わせるにはあまりにも大きすぎる問題だろうから。
そして、引きずりだしてくれ、どうか。その初代国王とやらを。
相談してくれ、俺が会うべきもう一人の親友と。
次に会う時が、恐らく本当の、決着の時なのだから。
(´・ω・`)いっぱい書いて作家モードにならないと改稿作業が出来ぬ