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二百八十六話

(´・ω・`)そろそろ六巻の改稿が始まるので更新頻度がさらに下がる可能性が……

 小さいな。

 あの森で対面した時だって同じ姿だったハズなのに、今振り返ったお前は、本当に子供のように小さく、まるで親を見失った子供のようで。


「そう思うなら野菜くらい切れるようになれ。下ごしらえの手間が省けるだけで大助かりなんだから」

「俺にそんな高等技術を求めるなよ……」


 まるで、つい数日ぶりに合うかのような気安い態度で。

 こちらは約一年半ぶりで、向こうはおよそ五◯◯年以上時が流れていて。

 まぁ、あの森での邂逅を除けばの話だが。

 けれどもそんな絶望的なまでの時間の違いを感じさせないくらい、俺達の会話はいつも通りで。


「まぁ早く食え、閉店の時間だ。終わったら……そうだな、少し付き合ってもらえないか」

「ああ、分かった。どこか落ち着ける場所があるならそこで頼む」


 こちらが急かすと、少しだけ慌てたようにキンピラゴボウと『ダダミの揚げ出し』に手をつけ始めた。

 絹ごし豆腐のようにふわふわと柔らかくクリーミーなそれは、タラに似た魚の白子だ。

 こいつに衣をつけて揚げ、揚げ出し豆腐のように出汁を効かせた醤油ベースのタレをかけてある。

 一口食べて、それが豆腐でないと気がついたのだろう。その背格好に見合う幼い声で喜びを表しながら、不釣り合いな盃をグビリと煽る。

 ……良い飲みっぷりだな相変わらず。思わず俺も飲みたくなってしまうくらいだ。

 だがその誘惑を振り切り、今日までこの場所を使わせてくれた彼女に、こちらの目的が無事に達成された旨を伝えにいくのだった。


「ミスティさん。どうやら彼女が俺の探し人で間違いないようです」

「そう……なんだか以外ね、ああいう子が好みなの?」

「いやいや、彼女はただの友人ですよ。俺には他に心に決めた人がいるので」

「……ふふ、やっぱりそうなのね。それじゃあ……今日でいきなり終わる訳にもいかないし、明日……ううん、出来れば今週いっぱい営業を続けたいと思うのだけど」

「それはもちろん。食材の仕入れもすでに決めていますしね。じゃあ……俺は俺で、協力を申し出てくれた店の人間と話をつけておきます」


 まるで、夢から覚めたかのような、名残惜しさを隠しきれない様子の彼女にそれを告げる。

 チクリと胸刺す痛みを感じるも、これは仕方のない事なのだと割り切り、それを飲み干すように喉をならし、カウンターの中の掃除に取り掛かる。

 ……有難うございました、ミスティさん。

 貴女と、そして貴女が守り続けてくれたこの場所のお陰で、俺はこうして……。

 最悪の形にならずに、ダリアと再会出来たのだから。




「では俺達はこれで」

「ええ、夜道には気をつけてね。酔っぱらいが絡んできたりするんだから」

「くく、この界隈くらいだな、そんな心配しなくちゃならないのは」

「そうよ? だから貴女も気をつけるのよ? 外見で絡まれたりもするでしょうし」

「ご心配ありがとう店主さん。良い店だよ、ここは本当に」


 ミスティさんに見送られながら、この細い路地から表通りへと抜ける。

 隣にいるダリアが、押し殺したような声で笑いながら、こちらを見上げてこう言った。


「本当、誰かに心配されるなんざそうそうない経験だよ」

「だろうな、セイジョサマ」

「っ! やっぱ知ってたか。ガラじゃないだろ? 俺が聖女様だなんて」

「……ああ、そうだな」


 既に、聖女として振る舞う姿をこの目で目撃しているが、今は話を合わせる。

 こいつとは、どこか落ち着ける場所、ある程度機密性があり、事情を理解してくれる人間が管理している場所で話す必要がある。

 なにせこいつは城を抜け出してきているのだ。捜索隊だってもしかしたら結成されているかもしれない。

 その事について尋ねると、案の定『巡回の騎士に伝令が伝わっているはずだ』との事。

 ならば早いところ目的地へと向かわなければと、少しだけ歩く速度を早め、往来を縫うように進んでいくのだった。


「くっそ、足の長さが違いすぎるわ」

「大変だな、身体が小さいってのは」


 さて、俺は今どこに向かっているのか。

 先程上げた条件に合致する場所なんて、この街の地理をほぼ知らない俺が知っているはずもなく、必然的に訪れた事のある場所に限られてしまう。

 それすなわち、俺の取った宿か市場、そして――


「ここは……貴族街のはずだぞ。ヨシキお前貴族の知り合いがいるのか?」

「カイヴォン、だ。お前だってそのナリでヒサシなんて呼ばれたくないだろ」

「ああ、悪いつい。さっき会ったばっかりで実感が湧かなくてな」


 かつての名で呼ばれ、反射的にそれを咎めてしまう。

 それは、過去への決別故なのか、それとも自分が揺らいでしまうのを恐れてなのか。

 だが、少なくとも今の俺はカイヴォンとして生きているのだ。

 それをダリアも理解してくれているのか、少しだけ申し訳無さそうな表情を浮かべ軽く頭を下げてしまった。

 ……なんか小さい子供イジメてるみたいで凄く具合が悪いんだが。


「それにしたって、俺は一応特定の派閥に与しない、絶対中立の立場なんだぜ? もしお前がなんらかの派閥の人間に協力してもらっているとしたら……面倒な事になるぞ?」

「安心しろ。俺を飼いならす人間なんてこの世に存在せんよ。義理で付き合う事はっても誰かに忠誠なんて絶対に誓わん」

「くくく……本当、お前はどこまでいってもお前なんだな」


 俺が訪れた貴族街は、ただでさえ人通りも少なく閑静な一角だというのに、さらに今の時刻は深夜を回ろうとしている。

 だが完全なる無音……というわけでもない。

前回来た時その光景に驚いたように、屋敷の数に負けないだけの巨木が群れをなし、街の中にいるはずなのに深夜の森に迷い込んだかのような錯覚をしてしまうのだ。

つまり、木々に住む多くの命の営み、鳴き声が降り注いているという訳だ。

まぁ『人の住む場所』という観点からすれば、信じられないくらい静かなのは確かだが。


 ……こうして暗闇の中、木々の気配を感じながら二人で歩くのが、酷く懐かしくて。

 すると隣を歩いていたダリアがポツリと呟いた。


「懐かしいな。夏の夜にのどが渇いて、二人で近所のコンビニに飲み物買いに行ったよなこんな風に」


 うだるような熱帯夜。田舎故の自然の多さと、それに比例するかのような濃密な湿気と緑の香り。

 その中を二人、うだうだと気温に文句を垂れながらコンビニへとだらだらと向かった夜。

 ……たしかに、懐かしいな、それは。


「……ああ、そうだったな」


 さすが、考えていることは同じだな。


 やがて、目的の屋敷が見えてくる。

 こんな時間だ、もちろん屋敷に明かりが点いているなんて事もなく、今も門番が静かに自分達の業務を全うしている。

 俺が突然訪れて中に入れてもらえる保証もない。従って――


「はいダリア変装解除。ちょちょいとその威光で開けゴマしてくれよ」

「お前……俺の立場分かってるだろ? ……仕方ないな」


 髪がほのかな光を帯びる。そして現われるのは、この闇夜の中でも月光を受けて輝く鮮やかな金髪。


「ほら、これでいいか?」

「懐かしいな。やっぱりゲーム時代と変わらないんだな」

「それが普通だ。そういや……お前オインクとは会ったのか? あいつなんて――」

「それも含めて、話すのは中に入ってからだ。頼んだぞ」


 人目を気にしてか、着ている服に備え付けられたフードをかぶりその屋敷――アークライト卿の屋敷の門番の元へと向かうダリア。

 するともちろん、こんな時間に訪ねてくる相手に警戒心を抱いた門番が腰の剣に静かに手を掛ける。

 だが……ダリアがフードを外した瞬間、その表情が驚愕に彩られる。

 そのタイミングでこちらも歩み寄り、要件を伝える。

『どうか、こちらの存在を館の主に知らせてくれないか』と。




 効果はてきめんだった。

 突然の聖女の来訪を信じるはずもなく、かといって門番を騙せる程の人間を、数週間前に屋敷を去った人間が引き連れてやってきたのだから。

 門番と、そして完全武装したアマミを引き連れてやって来たのは、恐らく眠っていたのだろう、少しだけ表情に覇気のない、アークライト卿だった。


「このような時間に、何のつもりだ、カイヴォンよ」

「場所をお借りしたい。まさか聖女を場末の宿に入らせる訳にもいかないでしょう」


 彼の視線がダリアに注がれる。

 疑いに満ちたそれが、みるみるうちに信じられない物でも見るかのように変貌する。

 覇気のなかった表情に、どんどんと感情の色が注がれていく。

 きっと、彼にはダリアが本人だと分かるだけの洞察力、もしくは相応の面識があったのだろう。


「夜分遅くに申し訳ありません、アークライト卿」

「まさか……本当にダリア様が……そんな、なぜ……」

「申し訳ありません。友人に連れられるまま、このような礼を逸した行いをしでかしてしまい、なんとお詫びしたら良いか」

「あ、頭をお上げください! すぐに、すぐに屋敷内へと案内致しますので」


 もんの凄い狼狽えようである。いやそりゃあ、例えるなら深夜に突然天皇陛下が『こんばんは』なんて玄関先に現れたらそうなっちゃいますよね。

 我が物顔で連れ歩く俺はもう不敬罪で投獄、処刑でもされちゃうんじゃないですかね。


 屋敷内の応接室へとそのまま通され、まずはこちらの要件、そして今の状況を伝える。

 ダリアとこちらの関係の事。

 そして、本当に友人であるという事。

 人目につかず話せる場所を探していたという事を。


「突然の事ゆえなんの準備も出来ていませんが、場所をお貸しする事になんら異存はありません。どうか、ごゆるりとおくつろぎください」

「ええ、申し訳ありません、アークライト卿」


 こちらを残し立ち去ろうとするアークライト卿。だが、それに付き従っていたアマミが、おずおずと手を上げ言葉を発した。


「あの……私も、ここに残る許可を頂けないでしょうか……」

「アマミ君……! それは、さすがに――」


 ダリアも気がついている。彼女は隠れ里の戦いで、顔を既にダリアに見られているのだから。

 そして……その彼女が俺の案内した場所にいるという事実が、きっとダリアの中に一つの仮定を生み出したに違いない。

 なにせ、遮るアークライト卿を更に遮るようにして、ここに残る許可を出したのだから。




「……前にお会いしましたね。アマミさん、でしたか」

「……はい」

「となると……おいカイヴォン、俺はお前と今日……いやもう昨日か。昨日再会したばかりだと思っている訳だが」

「互いが互いを認識した状態での再会は今日もとい昨日で正解だ。だが……言葉を交わしたのはこれで都合三度目になるんじゃないかね」


 あの闇の中での共闘。そして、隠れ里での対峙。

 互いを知らない一度目と、一方的に知っていた二度目。

 そして三度目の正直での、本当の意味での再会。

 それを、こちらが知っていたそれを、彼女に伝える。


「『お前は確かに強いが、俺の方がさらに強い』か。あの森の中で言われた言葉に内心、何をバカな事を言ってるんだ、なんて思ったもんだが……お前ならその自信も納得だ」

「悪かったな。あの状況で再会なんて、したくなかったんだ。緊急事態だったしな」

「……まぁいい。悪かったな、アマミさん。もう一度謝らせてくれ」


 どこか納得がいかないような、言いたいことがありそうな表情を浮かべるも、すぐにダリアは頭を下げ、再び謝罪の言葉を口にした。


「い、いえ……一応誰も死人は出なかったし、住む場所だって直してもらったから」

「……そうかい。子供達はあの家、気に入ってくれたかい」

「うん。全部同じ構造だったけど、家具も全部一式だったからそれが面白いって」

「……あ、イスとテーブルは床とくっついてしまってるんだ。出来ればノコギリかなんかで切り離して使ってくれ」

「大丈夫ですよ、もうやりましたから」


 ずっと心残りだったのか、ダリアが最初に尋ねたのは里のその後だった。

 一通りその状況を聞き満足したのか、肩の力を抜くようにソファーに身体を預ける。

 だが……俺にとっての本題はまだまだ先、アマミがいては話せない。

 だが、彼女にとっての本題はここからだ。

 こうしてこの場所に残りたいとアマミが提案した理由はもちろん――


「ただ、一人だけもう二度と目を覚ませないかもしれない人がいるの」

「っ! それは……本当に、なんと謝罪すればいいか……」


 突然不意打ちを食らったかのように身体を起こすダリア。

 さて、じゃあまずは俺がその説明を、なぜお前に白羽の矢を立てたのかを。

 目を覚まさない里長の存在を語る。

 そしてここにアマミもいるが、恐らく彼女だって里長がただの人間ではないと知っているはずだろうからと、俺の推論と解決策、ダリアがとれるかもしれない手段について語って聞かせるのだった。


「……旧世界の遺産……オーパーツみたいなもん、か?」

「魔素以外の何かを動力にして動く、アンドロイドみたいな存在じゃないのかと俺は踏んでいる。どうやら動力供給の装置が破損したらしくて、しっかりとチャージ出来なかったみたいなんだ」

「んで、無理やりコードぶっ刺して一時しのぎをしていた、と……興味深いしなんとかしてやりたいところだが……」


 熟考の末に出た言葉には、否定的な続きを予感させる語尾がついていた。

 その瞬間、アマミの手が腰に伸びたのを、俺は見逃さなかった。だが――


「落ち着けよ。協力しないとは言っていないだろう? なんとか出来ないか考え中ってだけだ」

「!? 手が……勝手に」


 腰に伸びた手が、元の位置へと戻る。その動きはどこか不自然で、油の切れた人形かなにかの関節のように微かに揺れていて。それがきっとダリアの力によるものなのだろうと、内心警戒度を引き上げる。


「恐らく、内部に本来のエネルギータンクがあって、そこまでエネルギーを到達させるすべがなく、一時バッテリーみたいな別な小さなタンクにこれまで直接エネルギーを貯蓄していたんだろうな。んで、あの襲撃で……いや、もしかしたらその前から無理な供給でガタがきていた、か」

「じゃあその装置の方だけじゃなくて、里長そのものに問題が起きていた、と?」

「その可能性は十二分にある。直接見てみないとなんとも言えないが……」


 やはり俺よりも知識が豊富なおかげで、以前のこちらの推論よりも現実味を帯びた推論が語られる。

 だが、それにはもう一度ダリアがあの場所までいかなければならない。

 それを、どのタイミングで行うかが問題なのだ。

 なにせ……俺の目的はダリアを通じて、リュエをこの国の王の元まで連れて行く事なのだから。

 その目的がこれ以上遅れるのは……俺の精神衛生上、あまりよろしくはない。

 もちろんアマミも里長もなんとかしてやりたいが、優先順位でいけば、リュエの方が遥かに上なのだから。


「ダリア。里長はこのままでも大丈夫だと思うか?」

「そうだな、今はただのベッドで休んでいるんだろう? 記憶を保存するエネルギーがどれほど残っているか分からないからなんとも言えないが、再起動可能な猶予で言えば、少なくとも身体が朽ちるまでは大丈夫だろう」

「記憶、か……」

「い……今すぐ行こう……行きましょう……お願いします」


 懇願。頭を下げる彼女から溢れる、無数の雫。

 これを、蹴らねばならないのか、俺は。


「……悪いがそれも難しい。俺の立場は分かっているだろう? そうぽんぽんと姿をくらます事は出来ないんだ」

「でも! 今記憶って言いましたよね! それは、里長が私達の事を、里のみんなの事を忘れてしまうっていう意味なんですよね!?」


 それは、果たして里長と呼べるのだろうか。

 姿形は同じでも、それはもう別人ではないのだろうか。

 記憶領域を据え変えたパソコンに、以前まで使っていたプログラムやデータが残っている事などありはしない。

 だが――


「アマミ、落ち着いてくれ。そうすぐに記憶を失うとは限らない」

「けど、今も残っているとも限らない!」

「っ……その通りだ」

「悪魔の証明ってやつか。だが――そうだな、その里長はなんと言って機能停止……眠りについたんだ?」


 俺は思い返す、里長が最後に俺達に語った言葉を。

 ……あれ? 本当の意味での最後ってなると『アレ』になっちゃうんですけど?


「『眠っている間に勝手に服を脱がせたりいかがわしいことをするのは禁止ですからね。私は淑女なのでそういった行為はしっかりとお互いの同意の元に――』だったかな」


 あ、それ言っちゃう? 気を利かせて一つ前の言葉を話すっていう選択肢なかった?

 ダリアもさすがに面食らってるんですが?


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