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二百八十三話

(´・ω・`)秒読み

 そこに行けば、飲んだことのない味のカクテルを楽しむことが出来る。

 そこに行けば、食べたことのない物を食べさせてくれる。

 そこに行けば、自分の知らない物の食べ方を教えてもらえる。

 そこに行けば、自分の知らない酒の飲み方を教えてもらえる。

 静かに淡々と仕事をしながら、それでも自分達に気を配ってくれる料理人が好印象だ。

 慣れ親しんだ奥さんが、楽しそうに笑っている姿を見ているのが嬉しい。

 昔のように、顔なじみが皆集まって旨い酒を飲める。

 それが、この二週間で私の耳に入るようになった店の評判だった。


 不思議な人だった。ヒューマンなのに、私の半分も生きていない筈なのに、無関係なのに、種族が違うのに、赤の他人なのに、私を救おうとしてくれた人。

 突然料理をすると言い出し、夫の料理を長年食べてきた私ですら知らない物を作り出し、瞬く間にこの店を一躍有名店にした、本当に不思議で謎の多い男性。

 昨日、彼が表通りにある有名店のオーナーに声をかけられているのを見かけた。

 遠目から見ただけで分かった。あれはきっとスカウトだ。

 こんな目立たない場所にある店で働かせるには惜しい才能と知識、技術だと、あまり料理に詳しくない私でも分かってしまうくらいだもの。

 誰だって喉から手が出るくらい、彼を欲しがるだろう。

 その日の終わりに、彼に『もう私は満足したから、もし他に誘いがあればそっちに行ってもいいのよ』と言葉をかけた。

 けれども彼は笑いながら『俺はここで働く事そのものが目的なので』と、なんでもない風に言ってのけた。

 それが、分からなくて。

 彼は料理をする時、時折とても辛そうな表情を浮かべる事がある。

 けれども、それがお客様の手に渡った瞬間、まるで悪い夢から覚めたかのように表情を一変させ、かすかな笑みを浮かべながら作業へと戻るのだ。

 きっと、悪い思い出が、嫌な思い出が彼の才能を、彼の技術を、人生を狂わせたのだろう。

 それがなんだか、いつまでもこの店から離れられなかった自分に重なって、放っておけなくて、つい余計かもしれない言葉を投げかけてしまうのだ。

 辛くはないか、無理はしていないか、今日はお休みにしましょうか、と。

 それでも彼はただ儚げに笑いながら決まって同じ事を言う。

『ここで働くのが今の俺に必要な事ですから』と。


 そして今日、仕入れの都合で休業日となったこの日も、彼はやってきた。

 明日の仕込みや、今日出来る事をやる為に、と。

 どうして頑張るのだろう。そんなに辛そうな、寂しそうな表情をしてまで。

 一人包丁を握るその背中を見ていると、たまらない気持ちになる。

 その背中を、そっと支えてあげることが出来ればと、願ってしまう。

 けれど――きっと、彼には決まった人がいる。そんな気がした。

 放っておくものか。こんな、一人にするとどこまでも張り詰めてしまう、誠実な人を世の女が。

 けれども今、彼は一人、こんな見ず知らずの女である私の元にいる。

 ……ダメでしょ。彼は決して一人にしてはいけない、そういう類の人種。

 ……なら、今だけは私が――








 いやぁ、最近どうも腰が痛いぼんぼんです。

 やっぱりね、厨房って自分の身長にあった作業台じゃないと辛いんですよ。

 この身体って一九◯センチ以上あるからね、仕方ないね?

 ただ、この世界の作業台も日本のものよりは高く作られているのだが……それでも腰にくるんですよ。

 しかし早いもので今日で二週間。連日満員御礼でとうとう予約をするために日中訪れるお客まで現れる始末ですよ。

 これはダリアの耳に届くのも時間の問題なんじゃないですかね?


「さてと……じゃあ今日はこいつの調整でもするかね」


 取り出しましたは、巨大な貯蔵用のガラス瓶。

 セミフィナル大陸の屋台コンテストの際に試行錯誤をしている最中に仕込んだものだが、そろそろ良い頃合いではないかと思った次第だが……。


「あら、それは何かしら? ウィスキー……にしては色が黒すぎるし」


 するとその時、先程から一人難しい表情を浮かべていたミスティさんが側へやってくる。

 最近、こちらの疲労が見て取れるのか、頻繁に気遣う言葉をかけてくれるようになったのだが……大丈夫です[生命力極限強化]先生はしっかりこの腰痛も眠っている間に回復してくれるのです。


「ああ、これはリキュールの一種ですよ。ちょっと度数がキツいので……」


 彼女の言うとおり、ほぼ漆黒に近いかすかに赤みがかったその液体を、多めのミルクで割って差し出す。

 香ばしく、深く甘い香りのするそれは、女性である彼女にも気に入ってもらえたらしく、表情を綻ばせながら一口。

 こちらの出す物をすっかり信用してくれているのか、もはや彼女が怪訝そうな表情を浮かべる事はない。

 いやはや、すっかり僕の料理の虜ですね?

 この液体の正体は、以前の屋台コンテストで提供した『エイコーンラテ』つまりどんぐりコーヒーで使用したチップを蒸気抽出、エスプレッソとして濃いエキスを取り出し、そいつをラム酒に混ぜて、その他香料と共に熟成させた物だ。

 その際に数種類の糖類を一緒に投入し、濃く、甘い状態にしたものなのだが……。

 早い話が『カ◯―ア』のどんぐりバージョンである。

 しっかりと香ばしさやどんぐりの甘み、風味も溶け込んでいる状態で満足出来る出来だと自負しているのだが、さて彼女は気に入ってくれるだろうか?


「……美味しいわ。甘くて、温まるような……冷たくても温めても美味しいわねきっと」

「そうですね。熱い紅茶やコーヒーに混ぜても、ホットミルクに混ぜても美味しいですよ」

「本当に、なんでも知っているし作れるのね。ふふ、面白い人」


 止めてください、そんな微笑みを向けないでください。お兄さんには心に決めた二人の娘さんがおるのです!

 レイスさんリュエさん助けて!

 なんて少しおちゃらけた考えで最近妙に切迫した思考を休ませようとしていた時だった。

『本日休業』の札の掛けられた店の扉に影が差した。

 この店には仕入れの商人の為の裏口もあるのだが、表側から現れたとなるとお客だろう。

 ふむ、日中の予約も受け入れてはいるのだが、休日はどうするべきか。

 指示を仰ぐべくミスティさんに視線を向けると、既に彼女が入り口に向け足を運ぶところだった。


「あ、すみません……定休日だとは思わなくて」

「いえいえ。ご予約ですか?」

「いえ、その……少々尋ねたい事がありまして……」

「はい?」


 聞こえてきたのは女性の声。予約でもないとなると……。

 こちらも話を聞こうと向かう。すると、扉の窓越しにまばゆい金髪の色が覗き、そして――


「ここで友人が働いていると聞いて……ね? 少し話がしたいなって」

「……その友人の登場です。久しぶり、アマミ」


 そういえばすっかり連絡を忘れていましたね……?

ちょっと目が笑っていないですね……?




「いやぁちょっと夢中になっていて他の事に頭が回らなかったと言いますか」

「だろうね? 私も調べてみたらこのお店の事知ってさ。カイヴォンが考えている事はだいたい理解しているつもりだけど……方針が決まったなら教えて? 私無駄にこの界隈の噂とかお店とか調べてしまったじゃない」

「う……すまん」


 少々ご立腹のアマミさん。けれども、見知った顔が訪れた事に安心したのか、最近妙に張り詰めていた心がかすかに緩むような、暖かくなるような、心地よい感覚が訪れる。

 彼女は今日、少々見栄えのする制服の様なものを身にまとっている。

 もしや、レイラの屋敷の正式な騎士装束なのだろうか?

 彼女に屋敷での生活はどうかと尋ねると――


「正直……すごく良くしてもらっているんだけど、なんだか腑に落ちなくてさ。やっぱりカイヴォンとアークライト卿の関係とかも分からないし、さ」

「……ごめん。でも、全てが明らかになるのはそう遠い未来じゃないと思うから」

「うん。ちょっと愚痴っただけ。すごく快適な生活をさせてもらっているのは確かだもん」


 はにかむように笑う彼女からは、本当に幸せそうな、心穏やかな日々を過ごしているのが見て取れるようで。

 するとその時、こちらの席に二つのカップが差し出された。


「どうぞ。それでカイ君、この美人なお友達を紹介してくれない?」

「あ、すみませんすっかり話し込んでしまいました。彼女は自分がこの大陸に来てからずっとお世話になっている友人で……」

「はじめまして、アマミと言います。このふらりと消える男の友達やってます」

「悪かったってば」


 当たり障りのない世間話をしていると、ふいにアマミが立ち上がった。


「じゃ、今日のところは帰るね。明日食べに来るから美味しいのよろしくね」

「ああ、任せとけ」


 彼女が店を去り、わずかばかりの沈黙が訪れる。


「あの娘……ではないわね」


 その沈黙が破る小さな呟き。

 はて、なにか気になることでもあったのだろうかと彼女に向き直る。


「いえ、ちょっと人違いしただけだから。それにしても……随分綺麗なお友達ね?」

「でしょう? 世の男が放っておかない美人さんだ」

「ふふ、自慢げね。あの子、どこか貴族のお屋敷の人よね? もしかしてカイ君って……」

「ノンノン、お屋敷で料理人なんてした事ありませんよ」


 いや本当悲惨な人生送ってきたり、逃げ出した料理人とか、そんな可哀想な身の上じゃありませんからね?

 ともあれ、アマミの耳にまで届く程度には噂になり始めたのなら……そろそろダリアの耳にも届いているかもしれない、な。








「なるほど、ここ四五年間の国民の健康状態、魔力活性状態に異常はないみたいですね。魔力徴収量も変わらず安定……調査報告、お疲れ様です」

「は! もったいないお言葉です!」


 立ち去る研究員を見送り、ため息と共に渡された資料に再び目を落とす。

 この都市ブライトネスアーチを覆う環境保持結界。

 その動力源とされている、大陸全土に張り巡らせられた魔力道から漏れ出る不活性魔素と、住人から毎日少しずつ漏れ出ている魔力。

 この徴収、吸収の術式が不当に住人を苦しめていないかという不安から、何百年も前から続けている国民達への健康診断だが、やはり今回も結果は異常なし。

 それはつまり『モラトリアムの悪魔』や『白髪のエルフ』の誕生、出現に繋がる手がかりが存在しないという事に他ならない。

 そしてそれは、こちらが眠るタイミング、目覚めるタイミングでも異常が存在しないという証でもある。

 やはり……フェンネルに直接問いたださなければならないだろう。

 あいつならば、情報の改竄も、魔力の異常の隠蔽も出来てしまうだろうから。

 ……今でこそ数少ない同格の友人。だが、俺に、魔術魔導を使えるだけだった俺に、その仕組みや術式、基礎理論を叩き込んでくれた相手。

 そんな人間を、俺は、疑わなくちゃならないのか。


「……気晴らしにどっか行くか」


 少し、情報収集でもしてみるかね。

 裏の事情、国の暗部の事もそうだが、表の情報も、な。


(´・ω・`)ダリア君ははたしてどちらにつくのか

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