二百八十話
(´・ω・`)これが投稿されてる頃にはきっとらんらんは出荷されているでしょう
誰か他人と言葉を交わしたことが、追い詰められていた彼女の心に余裕を取り戻させたのか、はたまた今の自分を他の人間に見られたくなかったのか、一言『ついて来て』と呟き、足早に進むその背中を追いかける。
話を聞くとは言ったが、はて、どこまで行くのだろうか。
彼女について行くと再び飲食街へとたどり着き、その多くの店が軒を連ねる中彼女は淀みなく、目的地を明確に定めているかのごとく足取りで歩いて行く。
先程まで自ら命を絶とうとしていた人間のそれとは思えないその姿に、やはり先程のはなにか衝動的なものだったのだろうな、と内心一人納得する。
まだ準備中の札の下げられた店先を幾つも見送りながら、メインストリートから脇にそれる細い路地を見つける。
先程は見落としたようだが、この少しだけ細い路地にも多くの店が立ち並んでいる。
ふむ、さしづめ立ち飲み屋や、もっとこぢんまりとした店が密集していると見るべきか。
その路地を抜けた先に、行き止まりのように一件の建物が静かに佇んでいた。
看板がかつて取り付けられていたのか、店の上部には四角い跡が見て取れる。
日焼けした壁と、微かに変色した扉。
真新しいとはお世辞にも言えないが、かといって不潔感があるわけでもない。
少々歴史を感じさせるその佇まいは、もしもここが今も看板掲げ営業しているのであれば、思わず足を止めてしまうくらいには雰囲気があるように思えた。
「話……ね。気の迷いよ、ちょっと川で頭を冷やそうとしただけよ」
「けれどもそこに『死んでもいいや』って気持ちも含まれていたでしょう。あまりにも、貴女の顔は歪んでいた。それに……こんな場所まで連れてきたんです、話してみてくださいな、きっと今よりもう少しだけ気分も晴れる」
やはりこの場所の縁者だったのか、彼女は懐から小さな鍵を取り出し扉を開ける。
建物の中は、やはりかつては酒場だったのか。バーカウンターが用意されており、フロアの隅には沢山のイスとテーブルが綺麗に積み上げられていた。
カウンターの向こう側を見れば、色とりどりの酒瓶がかすかに差し込む陽の光を浴び、どこか魅惑的な輝きを放っている。
……掃除も行き届いているし、瓶の中身が空というわけでもない、か。
彼女は積み上げられたテーブルを背伸びしながら下ろそうとしていた。
歩み寄り、代わりにそれを下ろしてやると、どこか悲しそうな瞳で振り返り『ありがとう』と今にも消えてしまいそうな声を絞り出した。
さらにイスを二つおろし、一卓だけ用意された席に着く。
「……本当に、どうかしていたのよ」
「もしかして、このお店が看板を下げているのと関係していたりするんですか」
「察しがいいのね、貴方。……ええ、そうよ」
どこか危なげなトゲの孕んだ物言いや表情が消え、どこか落ち着いた表情で彼女が穏やかにこちらの予測を肯定する。
深い紺の瞳が優しげに細められ、静かに彼女はこのかつて多くの人が集っていたであろう店内をぐるりと眺めた。
壁にはなにか下げられていたのだろう。日焼けした部分と四角く残ったまあたらしい部分が奇妙な模様のように残されている。
「ここ、昨日で止めたの。もう……料理出来なくなっちゃったから」
「……料理、ですか。酒場だとお見受けしたのですが」
「昔ね、旦那がいたの。料理が大好きで、お酒に目がなくて。だったらお店でも始めたら放浪癖も治るんじゃないのかしら……ってね」
自嘲気味な笑みを浮かべ、ぽつりぽつりと彼女はかつての店の様子を語ってくれた。
美味しい酒に合うようにアレンジされた料理と、それに合う大陸内外から取り寄せた酒。
美人な奥さんが給餌を努め、酒と料理と目で楽しむ潤いを求めやってくる客。
それはとてもとても幸せな日々であった、と。
だが――どうやらそれを幸せだと感じていたのは、彼女だけだったようだ。
「やっぱり、一箇所にとどまるのは退屈だったんだって。ある日旦那が居なくなってしまって、それで……いつ戻ってきてもいいようにお店の維持だけはしていたのだけど……」
「なら……もう少し待ってみてはどうでしょうか」
「ふふ、無理なの。この場所、路地の奥とはいえ客足が遠のきやすい場所でもないし、雰囲気あるでしょう? それなりに土地代もかかるのよ。私もなんとか他のお店で働いて維持していたのだけれど……その、もう頑張らなくてもいいや……って」
声が不自然に高くなる。そして、まるで顔を見せたくないかのように彼女は立ち上がり、カウンターの向こう側へと移動した。
意味があるのかないのか分からない作業をし、こちらから顔を隠す。
「この場所、買い取りたいって言ってくれた人がいたのよ。それで、その人に全部売っちゃおうかなって」
「……そう、でしたか」
きっと、それだけではないのだろう。飛び降りようとしていた理由に説明がつかない。
話を聞く限り旦那さんが失踪したのは昨日今日の話ではないようだし。
深くは聞かない。だが、きっと恐らく、彼女の中の何かが崩れてしまう出来事が、ここ数日の間にあったのだろう。
「最初は自分で料理を作ったりもしていたのよ? でも、ダメ。私はあまり料理が得意じゃないの。お酒の事だってぜーんぜん分からないの。最初のうちは常連さんが義理で来てくれていたけど、それが分かっちゃうと逆に申し訳なくなっちゃって、自分から辞めちゃった」
「……本当に、この場所が大好きなんですね。本当は、売りたくなんかないんでしょう?」
敢えてその事実を突きつける。
そうじゃなきゃ……鍵を持ったまま川に飛び込もうなんて考えないだろうに。
きっと一時しのぎ。扉なんて簡単に破られてしまう。
けれども、自分にとって一番大切な場所を守る鍵を抱いて逝きたいという願いは……命を粗末にするという点では大いに問題だが、その気持ちを間違いだとは思えなかった。
「……売りたくない、売りたくないわよ。でも……あまりにもここは……」
問わない。聞かない。深入りはしない。
彼女の心を折った何かを、俺は聞かない。
だが……ふむ。
そうだ、そうしよう。思うままに、エゴイスト的な発想で、やりたいようにやればいい。
手っ取り早いだろ。その方が。
それが一番確実だろう。期限は一ヶ月もあるのだから。
やれるか? やれるだろ。舐めるな、俺だぞ。
「名前を」
「え?」
この女性を、利用させて貰う。
この店を、利用させて貰う。
だから、名前を。
これから俺の為に利用される、貴女とこの店の名前を、俺に教えてくれ。
ダリアが好きそうな店? 行きそうな場所? なんて事はない。
俺が、俺がその店を、場所を、料理を用意してやればいい。
この業界で成功するなんざ宝くじ当てるような確率だ、そんな甘い話じゃない。
だが――この世界で、ただ一人を狙い撃ちするだけならば、難しい話じゃない。
立地は文句なし。俺やあいつが好む『隠れ家的』な場所だ。
いつまで経ってもガキのままで、ワクワクした事が大好きな俺達なら、きっとこういう店を探すだろう。
そして少なくとも、ここまで様々な店がすでに立ち並ぶこの界隈なら、少々突飛な物を出しても受け入れられるだろうし、物珍しさからか『最初の一回だけ』ならば客を呼び込む事だって可能なはず。
後は、この女性を、名前を聞かれ戸惑っているこの人にそれを提案するだけだ。
同情なんかじゃないと、自分に言い聞かせる。
決してこの悲しみに暮れ、大切な場所を失い生きる希望を失いかけているこの人に絆されたわけではない。
ただ……俺の目的地に至るには、これが一番の近道だと思っただけの事。
だから――
「これから俺を雇う人間と、そしてこれから俺が働く店の名を、教えてもらえませんか?」
結果だけ言ってしまえば、俺の提案は受け入れてもらうことが出来た。
というのも『せめて最後にもう一度だけ、この店に客が入っている様子を見たい』という彼女の願いに沿う形だったからなのだが。
つまり、期待はしていないと。ただ開店に必要な人手が欲しいという理由だけで俺の提案を受け入れてくれたという訳だ。
「約束ですよ。評判が良ければ、最長で一ヶ月、ここで働かせてもらいますからね」
「ええ、構わないわ。それより……支度金でこんなに頂いてよかったの? ちょっとした額じゃないの、これ」
「食材の仕入れから宣伝やら物入りでしょう。じゃあメニュー開発はほとんど俺の独断でやりますけど、味見やなにか意見がありましたら遠慮なく仰ってくださいね」
「……ええ、分かったわ。けど、不思議ね。あのタイミングで出会ったのが料理人だなんて」
「……『元料理人』ですよ」
断じて違う。俺は、その道から外れた人間だ。だから俺は『ただの料理好き』で良い。
それに、極めて個人的な理由でこの場所を、そして彼女を利用しようとしているのだから。
バックヤードとカウンターの間に設けられた、小さな調理場に立つ。
屋台ではない、小さいとはいえ本物の調理場。そこに、店で働く為に料理人として立つ。
その事実が、かすかに心の奥底に眠る苦い思い出を呼び覚ます。
……たぶん俺はもう、知らない誰かの為に、店の利益の為に、そういった目に見えない漠然とした物の為に働く事は出来ないだろうな。
社会不適合者の烙印を押され、逃げるようにしてあの都市を去った俺が、今再びこうして店で働こうとしているんだ。
それも、こんな異世界で。
「……なんて言うだろうな――ちゃん」
え?
まただ。最近、時折誰かの事を一瞬思うも、それが誰だったのかはっきりと思い出せない事がある。
リュエ……いやレイスだろうか。いや違う。これは、今抱いた思いは日本で感じたものに付属するなにかのはずだ……。
……おいおい、どうなってんだ。そこまで薄情だったか? 俺は。
完全に、今の今までゲームに関わらない日本での思い出を忘れていた。
いや、正確には記憶の隅に追いやっていた、だろうか。
……そこまでこちらの世界に順応し、完全にここで生を全うすると決めたから、なのかね。
「良く出来てるもんだね、人間ってのは」
不要なものは、切り捨てる。もしかしたらそれは、冷たいやら冷酷やらと言われる以前に、人間が本来持っている防衛本能や、進化の過程で不要な物を切り捨てるような、もっと根源的なものなのかもしれないな。
「さてと、んじゃとりあえず……“ミスティ”さん、旦那さんが残したレシピ帳かなにかありませんかね?」
思考を切り替える。
今は、ただこの店をどうすれば人が集まる、そしてダリアを呼び寄せる事が出来るようになるか、ただそれだけを考えればいい。
少しすると彼女、ミスティさんが一冊の古ぼけたノートを持って戻ってきた。
が、その表情はすぐれない。どうしたのかと訪ねてみると――
「それ、私も目を通したのだけど……自分が忘れた時用のメモ代わりみたいで、さっぱり要領が得られないの。使う食材の種類までは分かるのだけど……」
「なるほど……確かに個人の店ならそうでしょうねぇ……」
ははは……俺も人の事言えません。結構自分にだけ分かる略語なんか書いちゃったりしてたっけ。
昔を思い出しながら、パラパラとめくってみる。
水分を吸ってふやけた箇所や、何か調味料をこぼしたシミが点在するそのレシピ帳は、なるほど確かに素人が見てもちんぷんかんぷんだろう。
それは無論こちらもなのだが……おぼろげにだが何を表しているのか理解出来る部分もある。
それに、どの料理も俺が知る物だ。その知識と照らし合わせていけば、再現も不可能ではないだろう。
が、今回の目的は料理の再現にあらず。
聞けば、彼が居なくなった後も酒の品揃えだけは一切変えていないそうだ。
ならば、どの酒にどんな料理が合うのか、その大まかな区分や方向性が分かればと思ってこのレシピ帳を求めた訳だ。
悪いが、俺の目的はいなくなった旦那の意思を次ぐでも、料理を継承するでもない。
ただ貪欲に客を引き入れ夢中にさせ、その噂を短期間で都市に知らしめる事なのだから。
「……自分で好き勝手にメニューを決めて、客に食わせる。それなしでは我慢出来ないような、そんな中毒になるような……くく、こいつは楽しそうだ」
悪いな、同業者さんよ。こっちとそっちじゃ積み重ねた文化の量が違うんだ。
盛大に、独善的にやらせてもらうぞ?
(´・ω・`)正直に言おう。ヒーロー楽しいけどあれ一つじゃ飽きるのも早い。




