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暇人、魔王の姿で異世界へ ~時々チートなぶらり旅~  作者: 藍敦
十二章

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二百七十五話

(´・ω・`)五巻発売まで残り16日でござる

「そこの魔車、止まりなさい」


 外からかけられる静止の声に速度を落としていく。

 高圧的で、自分に従うのが当然だとでも言いたげなその調子は、間違いなく港で会ったあの女のもの。

 ヴィオちゃんと口論をし、そしてあろうことか俺の側でオインクを侮辱した相手。

 そのうち痛い目を見てもらおうと思っていたところだが……まさかそれだけでなくブライトの一族、それも王の娘とはね。

 まるで誰かが俺に『この女を殺せ』とけしかけているのではないかと疑ってしまう。

 一人そんな後ろ暗い思いを抱くも、客車内の空気は重々しい。

 緊張の奔った様子の三人に合わせるよう、こちらも表情を取り繕う。


「お父様。私は大丈夫ですので、何があっても……」

「ああ……」

「お嬢様……」


 事を荒立てるつもりはないさ。けれども、荒立てずに回避する事が出来るのならば。

 そして荒れた結果被害を被るのが俺だけならば、許容範囲だろうさ。

 罪滅ぼしじゃないさ。ただ……業腹だがたぶん、俺はお前さんが俺以外の人間に悲しまされたり虐められたりするところを見るのが我慢出来そうにないみたいだよ。

 ……あと、アマミに良いところを見せたい、なんてちょっとした見栄もあるのかもね。


「……俺が対応してきます。少々お待ちを」


 制止の声が上がるよりも先に扉に手をかけ、気負った様子を見せまいと、飛び降りるようにして地面に降り立つ。

 視線を上げれば、白い騎獣に跨った九人の騎士の姿。

 そして先頭にいるのは、やはりあの時と同じ、濃い金髪と碧眼を持つエルフの女性。

 顔立ちは、レイラやアマミにも似ているが、その気の強そうな、そしてどっか人を見下したかのような傲慢な表情が、決定的に俺の友人達とは違うところだろう。


「これはこれは……街道警備お疲れ様です、騎士の皆様」

「執事か。これはアークライト卿の魔車の筈だが、何故ヒューマンが乗っている」

「先日、セミフィナル大陸にてアークライト様に拾われた身にございます。現在、長旅にてお嬢様ともどもお休みになられておりますが……」

「関係ないわ。中を検めさせてもらうわ」


 やはり引き止めるのは無理か。

 騎獣から降りたシーリスがこちらを見向きもせず客車へと向かおうとする。

 だが――今一度彼女の歩みを止めるべく、目の前に今一度立ちふさがる。

 今度は、目の前だ。お前の目の前にいる俺を、近くでしっかり見てみろ――この欲求不満の変態女が。


「何卒、お許しいただけないでしょうか。私にとっては拾い上げてくださったまさに神にも等しい恩人です。どうか、旅の疲れを癒やさせて頂くことは出来ないでしょうか」


 執事ルックの象徴であるモノクルを外し、今一度彼女の瞳を見つめる。

 すると、ようやく彼女の記憶に、こちらの顔がひっかかってくれたのだろう。

 驚きの表情を浮かべ、その歩みを完全に止める。


「お前、どこかで私と会ったことがないかしら?」

「いいえ、一度も。騎士様の様な方をお見かけし、忘れる男などいましょうか」

「ふん。……忠義に厚いのは美徳よ。けれども私も仕事、義務、役目なの」


 ああ、もう十分だとも。これで完全にお前さんは『客車の中の人間は疲れて眠っている』という意識を頭に刷り込まれたのだから。

 そして、お前のような人間は『人が困る事、嫌がる事をした』という事実があれば、それで満足する、そうだろう?

 ならば後は、眠っている相手を強引に起こしたという事実を目の前に持ってきてやればいい。


「分かりました。では、せめて私に……」

「ああ、早くしろ」


 そうして客車に戻り、どこか不思議そうにしている三人に目配せをし、アークライト卿とレイラの二人を客車の外へと連れ出す。

 これで、もう客車内への興味も失せたはずだ。レイラが彼女の目に触れることもないだろう。

 こちらの会話が聞こえていたであろうアークライト卿が、すぐさま『今起きたがなんとか体裁を整えた風』を装い、シーリスに少々へりくだった挨拶をする。

 そしてそれに続き、アマミも当たり障りのない挨拶をする。


「……ふん。やはり蝶よ花よと愛でられるだけではこの血が廃るわね。外に出て少しはマシな顔になったのではなくて? レイラ」

「……恐縮です」


 おっと、油断は禁物だったか。

 あまり顔をあわせた様子はないとは思うのだが、レイラとアマミの僅かな差異を感じ取ったのだろうか。

 疑念を抱いた様子はないが、それでも一瞬、アークライト卿の肩が揺れる。


「ここは結界の外。念のため鑑定魔導具を使わせてもらうわ。まぁ、ブライトの血族に出来損ないが出るとは思えないけれど、ね」


 すると、騎士の一人が何やら網のない虫取り網のような道具を持ってやってきた。

 ふむ、金属探知機みたいなものなのだろうか?

 それを二人の頭の近くへと無遠慮にかざしはじめる。

 なにも、変わった事は起きない。恐らく髪色を始め、何か偽装や変装を行っている場合、それを見破ってしまうのだろう。


「もういいわ。私達も少々急いでいてね。時間をとらせたわね」

「いえ、お疲れ様ですシーリス様。無事のご帰還をお祈りいたしております」

「道中、お気をつけてください」


 想像以上にあっさりと引き下がる姿に拍子抜けする。

 が、相手が同じ血族だという事実もまた、それに関係しているのだろう。

 誰から構わず喧嘩を売る、怪我を負わせる。そんな問題児を野放しにするはずもない、か。

 無事に事が済んだことに胸をなでおろしたその時だった。

 通り過ぎようとしたシーリスが、騎獣をこちらに寄せてきた。


「執事、名乗りなさい」

「……カイです」


 やっぱそうだよな、この変態。水晶になっていたとはいえさんざん人のご子息様をなでくりまわしやがって。

 こちらの名前を聞き、数度口の中で転がすように呟いた彼女が、アークライト卿へと向き直る。


「アークライト卿。この男、大事になさい。そのうち私が引取に行くわ」

「……は?」

「聞こえなかったのかしら。中々見どころがあるわ。私の家に置きたいと思ったの」

「だ、だめ! ……です」


 するとその時だった。

 まさかのレイラ(アマミ)の口癖『だめ』が出てしまった。

 おいおいおい、ちょっとここは黙って頷いておきましょう!?

 言った本人も驚いているのか、思わず手で口を押さえている。

 これは、逆鱗に触れてしまったのだろうか。

 恐る恐るシーリスの顔を見上げる。

 すると、彼女はまるで極上のお菓子を目の前に出されたかのような、それを直前で食べるのを待てと言われたような、興奮と苛立ちと、どこか嬉しそうな色の混じった、少々倒錯的な表情を浮かべていた。


「ふふ……そう、そうなの。まぁ、いいわ。もう一度言うわ。そのうち、絶対に貰いに行く。カイ、貴方も楽しみにしていなさい。そんな末端の家よりも、いい思いをさせてあげる」

「……では、私はそれまでアークライト卿に尽くしましょう。そうですね、その後は……逃げてしまうかもしれません。美しい女性を追いかけるのは好きですが、追いかけられるのにはあまり慣れていませんので」

「ふん、言ってなさい」


 こちらの挑発にも気を悪くした様子も見せず、上機嫌で去っていく背中を見送る。

 ……誰かお前の下につくかよ。そのうち、俺の下で泣きわめいてもらうぞ変態女。

 気がつけば、持ちこたえていた曇り空から雨雫がこぼれ落ちていた。

 よく、ここまで耐えたな。そう心の中で呟きながら、案外これは自分自身への労いの言葉にもなるのではないかと、一人笑いを堪えるのだった。




「カイヴォン、シーリス様になにをしたの? 随分と機嫌が良い様子だったけれど」

「さてね。ただ単に俺が好みのタイプだったんじゃないか?」


 車内に戻ると、真っ先にアマミが問いかけてくる。

 まさか『自分が彫像に化けた時に気に入られて股間を散々弄られた』と言う訳にもいかず、適当に当たらずとも遠からずな答えを返しておくに留める。

 が、やはり納得がいかないのか、珍しくつまらなそうな、不機嫌そうな表情を長引かせたままそっぽを向かれてしまう。


「しかし今回は本当に助かった。私も、娘が悪く言われるのを耐えられるほど、成熟した精神を持ち合わせていないのでな」

「お父様……」

「貸し一つです。そのうち返していただきますのでお覚悟を」

「……それは恐ろしい話だ」


 魔車は進む。零れ始めた雨の中、目的の地である『首都ブライトネスアーチ』へと。

 ようやくだ。ようやく、お前達の国に、その中心に辿り着くことが出来る。

 初めてその存在を知って、そしてお前達二人がいると知ってから、まだ一年も経っていないというのに。

 随分と、随分と長い時が経ったように錯覚するよ。

 俺が、俺としてお前達と相対した時は、きっとなんらかの答えが決まる、そんな予感がするんだ。

 ダリア、そしてシュン。俺は、お前達の敵になるのか、そしてお前達は俺の敵となってしまうのか。

 不安はある。心配もしている。けれども――今は、その懐かしい再会に少しだけ、胸を踊らせてもいいだろう?






 空気が変わる。

 それは雰囲気や気配のようなものでなく、実際に肌で感じている質感と呼ぶべき感覚の変化だった。

 ジメジメとまとわりついていた空気が唐突に薄れ始め、心なしか胸に吸い込む空気の酸素濃度までもが上がったような、呼吸が楽になったかのような爽快感すら感じる程。

 その唐突な変化に驚きを示しているのは、どうやらこの車内では自分だけのようだった。

 皆、一息ついたかのような顔をし、緊張を解いた様子。

 一体何が起きたのだろうかと、アマミに質問をする。


「首都を覆う結界に入ったんだよ。前に話したと思うけれど、この大陸って乾季と雨季程極端ではないけれど、一度降り始めると平気で一月以上降り続ける事もあるからね。だから首都を覆う結界は、偽装術式の看破の他にも魔物避け、それと物理結界での雨よけや環境維持まで担ってくれているんだ」

「なんだそりゃ……そこまで発展しているなら大陸ごと覆ってしまえばいいだろうに」

「カイヴォン様、それはさすがに無理ですよ。首都に張られた結界は、住人の生活に使われる魔導具から出る魔素の残りや、住人から少しずつ徴収している魔力を変換、増幅、再利用しつつ、さらに封印している七星から漏れ出た魔力も利用して作り上げた物なんです」

「聖女ダリア様と、その片腕とされている『フェンネル様』が作り上げた、まさに奇跡ともいえる結界。これ以上の規模となると、さすがにあのお二人でも不可能だろう」

「……なるほど」


 ありとあらゆるものを利用して生み出された強大な結界、か。

 まさか、七星の封印から漏れ出た魔力をこんな生活に役立つものへと転用出来るとは、この技術があれば他の大陸も七星解放なんて掲げずとも豊かな暮らしを手に入れられるのではないだろうか?

 ……独占したいという気持ちも理解出来るがね、国としては優位に立ちたいだろうし。

 だが……少し引っかかるな。なんだから『らしくない』じゃないか、ダリア。

 聞きたいことがまた一つ、増えてしまったよ。

 そうして、魔車は止められることなくこの巨大な首都『ブライトネスアーチ』へと入ったのだった。


「ところで名前にあるアーチ状のものが無い件について」

「うん? ただの名前だよ? なに、虹かなにかかかってるとでも思ってたの?」

「ふふ……カイヴォン様ったら、柄にもなくメルヘンな想像をしていたみたいですね」

「……クク、まぁ気持ちは分からなくもないがな」


 期待なんかしてねーよばーか!


(´・ω・`)その前にH ERO

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