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二百七十四話

(´・ω・`)10分遅刻

『絶対に負けられない瞬間』というのは、誰の人生においても必ず一度は訪れる物で、それは例えば『自分が自分でいられる為』であったり、はたまた『大切な誰かを守る為』であったりと、そのシチュエーションや動機は様々だろう。

 俺の場合は、この世界に来てからは少なくとも二度、そう思える瞬間があった。

 とはいえ、別段それ以外の戦いにおいて『別に負けてもいいや』等と思っていた訳では決してなく、あくまで他の場合と比べ、圧倒的にその瞬間のモチベーションや決意が満ち溢れていた瞬間だというだけだ。

 一つは『リュエを縛り付ける憎い龍神を葬る時』そしてもう一つは『レイスを苦しめるアーカムを殺害する時』まぁ、俺の場合は大抵の場合、自分と深い関わりのある人間の為に戦う時に、そういった場面が訪れたというべきだろうか。


「……現実逃避完了」


 さて、引き合いに出すにしては大げさすぎたかもしれないが、今俺は再び、負けられないというか、全身全霊で自分の理性を補強し、うちなる欲望と戦っているという状況だった。

 このベッド広いじゃん。俺昨日隅っこに追いやられて枕まで取られたじゃん。

 なーんで君そんな格好で抱きついてるの。右手右足がっちりホールドされてるんだけど。

 お兄さんには愛しいリュエさんとレイスお姉さんがいるんです。そんな他の人間の誘惑になんて負けんのですよ。ああ柔らかいいい匂いする寝顔かわいいなチクショウ。


「……起きたら絶対俺が怒られるパターンだこれ」




「抱きまくら? そんな物があるんだ」

「安眠枕とも言って、愛用してる人間も多いんだよ。と言うわけで今度探してみるよろし」

「……一応謝っておくね。ごめんね」

「まぁ俺がソファーで寝とけば良かった話だしなぁ。けどなんだか恐れ多くて」

「……わかる」


 案の定目覚めたアマミに吹き飛ばされた訳だが、条件反射らしくそこまで怒ってはいないようでした。

 そんな彼女に抱きまくらの存在を教えながら、集合場所である宿の裏手へと向かっているという状況だ。

 既に彼女はメイクアップもといレイラに変装済みであり、裏手に停めてある魔車内では侍女に扮したレイラが待機しているという。

 そこで合流した後に、他の付き人や御者と宿の前で落ち合う手はずになっているそうだ。

 ……屋敷の人間も知らないとなると、レイラは普段、気の休まる時がないのではないだろうか。

 髪の色ごときでどうしてそこまで人を貶める事が出来るのか、こればかりは本当に理解が出来ないししたいとも思わないよ、俺は。


 今現在、付き人の格好をしている為、アマミの一歩後ろに付き従う形で宿の中を進んでいると、どこか見覚えのあるエルフの男が部屋から出てくるところと鉢合わせてしまう。

 確か、この男はアークライト卿の付き人だったか。確かセミフィナルの収穫祭の際、彼と行動を共にしていたはずだ。

 ……そういえばあの晩餐会で、俺に声を掛けてきたのもこの男だったか。

 やはりというか、当然のように彼は変装したアマミの元へとやってくる。


「おはようございますお嬢様。これから打ち合わせがあるとの事ですが、なにか王都に戻った後に催しでもあるのでしょうか?」

「おはようございます。催しという程ではありません。少々、会わねばならない方がいまして、あらかじめ父上にその方のお話を聞いておこうと」

「なるほど。申し訳ありません、出しゃばった質問でした。あの、失礼ですが後ろの方は?」


 まるで別人のような口調で受け答えをする彼女は、今の今まで『アマミ』として接してきたにも関わらず、唐突に別人にでもなってしまったかのようで。

 これがまさに狐につままれるというヤツなのだろうか。

 口調から声色、そして物腰や僅かな身体の揺れまでもが別人のそれだ。

 潜入や変装、そういった暗部に関わるスキルは凄まじいものだなと、自分もたまに『魔王のふり』をする手前感心させられてしまう。

 だがそれもつかの間、話題の矛先がこちらへと向いてしまう。

 ……いやでもまぁ、バレないか? いやダメだわ。完全に顔が引きつってるよこの男。


「まさか……いや、しかしそんな」

「……お久しぶりですね」


 しかし何も言ってこない。アークライト卿ですらあの態度だったのだし、いきなり怒鳴られる心配などはしていなかったのだが、こうもあからさまに恐がられるとですね?

 ほら、アマミさんが変な顔してるじゃないですか。今はレイラフェイスだけども。


「……お嬢様をこれ以上惑わす真似だけはしないよう、お願い致します」

「ええ、もちろん」


 具体的に言うと首絞められフェチ。

 忌々しげに、けれども最後まで語調を荒らげずにそう告げた男は、すごすごとこの場を立ち去っていった。

 そして――


「カイヴォン、レイラ様になにしたの? 返答次第じゃ今後の付き合い方を考えないといけないと思っているんだけど」

「……ちょっとだけおかしな癖が俺のせいでついてしまいました。大丈夫、日常生活に支障は出ないから。本当、おかしな事とかはしていないから」


 むしろおかしいのはあの状況で新たな世界の扉を開いちゃったあの娘さんだから。


 宿の外は生憎の曇り空。こちらの今の状況も相まって、なんだか今日の道程が陰鬱とした、それこそ雲行きの怪しいものになってしまうのではと不安に思えてしまう。

 宿の裏手にある魔車の停留所では、既にアークライト卿の物と思われる立派な魔車が魔物に繋がれ、すぐにでも出発出来そうな様子でこちらを待ち構えていた。


「あの魔物は……初めて見るな」


 魔車に繋がれていたのは、一見するとただの馬のようにも見える頭を持つ、薄っすらと青みがかった白馬だった。

 だが決定的に違うのはその足や尾で、一部が鱗に覆われ、水生生物を思わせる部位を持っているという部分だろう。

 少々濁った赤い瞳のその魔物は、どこか値踏みするかのようにこちらに視線を向けている。

 お? なんだ? やんのか? やんのか?


「あれはケルピー。魔車を牽く魔物の中だと最上級に位置するね。川の流れにだって逆らって進める程なんだよ」

「そいつは凄いな! でもこの魔車の客車じゃあ無理じゃないか?」

「そうだね。これは陸上を進む事しか考えないで作った物だもん。けれど、一部の自由騎士なんかは川を渡ったりする為に、専用の客車を用意したりもしていたよ」


 なるほど……この大陸は巨大な川が大陸を縦断しているのだし、こういった魔物の活躍の場が多いのだろう。

 となれば、仮にこの大陸を旅をするとしたら、そういった水陸両用の魔車なんかを手に入れる必要もある、か。

 新たな知識に感心しつつその魔車へと近づきアマミがノックをすると、内部から二人分の返事があった。

 レイラとアークライト卿の二人だ。

 扉を開くと、既に侍女として変装したレイラと、申し訳無さそうな表情を浮かべたその父の姿。

 レイラは、髪色を偽っていない極めて色素の薄い状態のまま笑みを浮かべている。

 きっと、その姿に彼は思うところがあるのだろう。ましてや……今この場には自分が見捨てたもう一人の娘もいるのだから。

 首都を出る時、彼はいつもこんな表情を、口には出せない罪意識を抱いていたのだろうか。


「遅れてしまい申し訳ありませんでした」

「いや、構わん。ではそうだな……今回はカイヴォン君も車内に乗ってもらおうか」

「良いんですか? なんでしたら御者席で哨戒にあたっても構いませんが」

「いや、良い。私の付き人が萎縮してしまう」


 なるほど。先程の彼が御者を務めるという訳か。


 それから程なくして件の人物が現れ、アークライト卿と二三言葉を交わした後に御者席につき、ゆっくりと魔車が動き出す。

 後はこのまま道なりに進み、そして首都を覆う結界内部に入り込むだけという訳だ。

 聞けば、毎回必ずという訳ではないが、時折抜き打ちで車内の検閲をされる事があるそうだ。

 その際、髪色を偽って白髪の人間が紛れ込んでいないか検められるという話なのだが、貴族である彼の魔車までもその対象に入っているのだろうかと、若干の疑問を抱く。


「何分、王家の血を引いているといえ分家も分家、末端に位置するのでな。情けない話だが、結界の維持管理を行っている人間にすら頭が上がらない状況だ」

「仕方がありませんよお父様。カイヴォン様。首都へと続く街道の巡回をしている部隊があるのですが、その部隊長を務めているのが王家の方なのです。ですので……」


 レイラが何かを言いたそうに視線を送る。

 それはつまり俺に『我慢してくださいね』と言いたいのだろう。

 もちろん、今はこちらにも目的がある。事を荒立てるつもりはないさ。

 そう意思を込め、軽く目を閉じ頷いてみせる。


「……カイヴォンは、本当にこの大陸というか……王家が嫌いみたいだね」

「悪い。自分の故郷をそんな風に思われるのは気分が悪いよな」

「……でも、少しだけ気持ちも分かるんだ、本当は。この大陸……ううん、この国はちょっとだけ歪だと思うから」


 髪の色。生まれ。謎の化物。大陸を覆う結界。

 変わらない長命の統率者。冷戦状態にも似た国同士。

 上げていけばきっとキリがないのだろう。

 アマミのその言葉に、レイラもアークライト卿も、思うところがあるかのように顔を俯ける。

 なぁ、お前は、俺と手を取り合えるんじゃないか? ダリア。

 こんなあり方、お前だって本意じゃないんだろ?

 ……どうして、お前はこの国に居続けるんだ。シュンだってそうだ。

 どうしてお前たちは、そこまでこの国に肩入れするんだ。

 ……それを知るのも、きっと必要な事、なんだろうな。




 曇り空ではあるものの、想像以上に持ちこたえていると言うべきか、雨の降るギリギリで持ちこたえているかのような空模様のまま、順調に街道を進んでいた。

 大陸の気候の関係で、むしむしと空気が肌に纏わりつくような不快感は拭いきれないものの、それでも魔車の速度のお陰で窓からの空気が循環し、それを緩和してくている。

 そうして空模様と同様に悪環境とまでいかないギリギリの環境を保ち進んでいた魔車だったが、ここにきて御者席に続く小窓が開き、その報告がなされたのだった。


「……アークライト様。街道警備隊です。先頭には……第二王女殿下の姿も確認出来ます」

「くっ……まさかよりによってシーリス殿下のお出ましとは……アマミ君、大丈夫かね」

「はい。私の方は大丈夫です。しかしレイラお嬢様は……」


 それは、忘れもしない女の名前だった。

『ただじゃ済ませねぇぞこのクソアマがリスト』の一番上に載ってる名前だ。

 ん、あれ?『生まれてきた事を後悔させてやるぞリスト』だったっけ?


「シーリス……聞いた名前ですね。第二王女となると、現国王の次女ですか」

「うん。かなり過激な性格で、自由騎士ともよく衝突している人なんだ。それと、武闘派も武闘派。たぶんこの国でシュン様とダリア様を抜けば、次に強いのはシーリス様だよ」

「……へぇ、そいつは楽しみだ」


 なぁ? 案外良いアビリティでも持ってるんじゃないか?

 ともあれ、あの女が今こちらに向かってきている……か。

 これはどうやら、首都に着く前にひと波乱起きそうな予感がするな。


(´・ω・`)さぁ五巻発売まで残り20日をきりました

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