二百七十三話
(´・ω・`)お待たせしました。あと五巻の発売が今月の29日となっております。
Amazonさんにて表紙のイラストが公開されています。
物音一つしない扉の前で、どう切り出すべきか頭を捻る。
微かな気配しか感じない、アークライト卿の部屋。
彼は恐らく、後ろ暗い世界を知っている、あるいは通じている可能性がある
アマミの出自。白髪を忌む文化。そして――この国に根付いた何か根本的な問題を。
前に一度脳裏をよぎった『国がヒエラルキーの最下層に位置する存在を意図的に放置するのは、どんな目的がある場合か』という疑問。
考えられるのは『国力たりえない存在をあえて残すことにより、その上の平民の不満のはけ口として使う』というもの。
だが――多くの白髪はこの国を逃れているか、あの隠れ里に匿われている。
なら、他に理由があるはずなのだ。
そしてダリアが言っていた『白髪が生まれるのは俺が目覚めた年』という言葉。
……これだ。これがきっと、この問題の核心に迫る鍵なのだ。
どう切り出すべきか。彼に揺さぶりをかける為の言葉のロジックを組み上げながら、扉をノックする。
返ってくる『誰だ』という小さな言葉にこちらも応えると――
「……入れ」
以外にもすんなりと迎え入れられた部屋では、アークライト卿が一人窓辺に立ち、茜色の光に照らされていた。
文字通り、黄昏ていたのだろう。いや……『誰そ彼』の方がこの場合は合っているのかもしれない。
彼はちらりとこちらに視線を向け、小さく呟いた。
「……なんの用だ、魔族の王よ」
「単刀直入に聞きます。アマミとレイラは双子ですね?」
「……他人の空似だ」
「身長から身体のバランスまで殆ど同じでした。アマミの方が多少引き締まってはいますが」
「貴様、レイラの身体を見たのか!」
「不可抗力です。俺は彼女に劣情を抱いたりはしない。それで……これ以上ごまかすなら、俺は今から耳の痛くなる話をしなくちゃいけなくなるのですが」
やはり父親。身体について言及した瞬間、怒りに染まった面差しでこちらに振り返る。
だが、こちらの言葉にその怒りを噴出させるタイミングを逸したのか、再び黙り込んでしまう。
……じゃあ、答え合わせと行こうか。俺の穴だらけの推論で、どこまで正解に掠らせることが出来るのか。
貴方の中にある触れてはいけない部分に、どこまで言葉の刃を掠めさせることが出来るのか。
「ある貴族の家で双子を身ごもった女性がいた。出産の予定から、その双子には『祝福』が与えられる事となり、身重の女性は国の病院、もしくは研究機関に引き取られた」
さぁ、俺の想像力はどこまで現実に近づくことが出来る?
手に入れた情報を組み合わせ、どこまで真実に迫る事が出来る?
「聖女の目覚めと共に生まれた子供達には祝福として『ダリア』の名と、英才教育が施される。そうだな……きっと一般教養よりも先に、魔術知識を詰め込まれる程度には『特別』な訓練を受ける事になるんでしょう」
イクスさんがそうだったように。
レイスが言うには、彼女はまだ幼いうちから卓越した魔術知識と戦闘能力を有していた。
けれどもその反面……彼女は自分の名前を書くことすら出来なかったという。
「けれども、この国の住人は知らないかもしれないが、ダリアの目覚めにはある弊害が存在していた。彼女の目覚めた年に生まれた子供の一部が、白髪として生まれてしまうという、原因不明の障害が」
「っ! 出鱈目だ。そんな話聞いたことがない」
「信じるか信じないかは自由ですが……俺はダリアから直接聞いている。俺は神隷期の人間だ。お察しの通りダリアもシュンも同じだ。当然、俺とも面識があるんだよ」
ハッタリとしてこちらの出自を利用する。
さぁ、疑えるか。俺が神隷期の人間だという事は既に知っている筈だ。
そしてこの国に生きるお前さんなら、ダリアもまた人知を超えた存在だと理解している筈だ。
こちらの言葉を否定する材料も多いが、同じくらい『そうかもしれない』と思えてしまう判断材料も満ちているだろう?
「生まれたのは双子の娘。片やダリアの名を関するに相応しい黄金の髪を持つエルフ。片や、白髪とまではいかずとも、そう見紛う程色素の薄い髪の娘」
ああ、ここまではほぼ間違っていないと自信を持つ事が出来る。
だが、問題はここからだ。
「けれども不幸にも、髪以外に大きな障害を背負っていたのは金髪の娘だった。生まれつき魔力を外に放出出来ない、障害を背負ってしまっていた。その反面、もう一人の娘は髪の色以外なんの問題もなく正常。なら――障害の克服と髪色の克服、どちらが簡単かと考えた両親は――」
「黙れ! もう良い! 聞きたくない、そんな戯言は!」
その瞬間、彼は声を荒げこちらへと詰め寄ってくる。
憎悪でも怒りでもない、涙を浮かべながら詰め寄るアークライト卿。
それは、まるでこれ以上自分を責めないでくれと、許しを乞うているかのようで。
そして、それが何よりもの答えで。
「……アマミは、病院か、研究所か分かりませんが、国に預けたんですね?」
「……そうだ。そして――命を落としたと聞いた」
「けれども生きていた」
元々、長く生きられない命だったと。
放出する事も出来ず魔力を溜め込み続けた場合、人はどうなってしまうのか。
それ即ち魔力の暴走による肉体の崩壊。故にアマミは、強制的に魔力を放出する道を身体に開けられたのだろう。
だが、何故その子供を預かった人間は命を落とした等と説明したのだろうか。
こちらの疑問に応えるように、彼が淡々と語る。
「三○年程前だったか。国の中枢で大きな事故が起きた。その折に、ダリアの名を持つ子供が数名命を落としたと聞いた。私の娘もまた、それに巻き込まれてしまったと……」
「……時期的に合致する……か?」
レイスがイクスさんとスペルさんの二人と出会ったのも、大体それくらいの時期だった筈だ。
いや待て、その時代に起きた出来事はそれだけじゃないはずだ。
……あの隠れ里の初代里長が亡くなり、新たに結界の改良、出口の設定を行うために、クロムウェルさんが訪れているはずだ。
これは偶然か? 大きな事故が起き、ダリアの名を持つ子供が外に逃れたのは。
そして『ダリアの名を持つ子』と『白髪のエルフ』は、ある意味では表裏一体。
まさか、この件にもクロムウェルさんが関わっているとでも言うのだろうか。
「……私があの子と再会したのは、ある晩餐会での事だ。立場上、私にも敵が多くてな。あからさまにこちらに取り入ろうとする若い娘に社交界の恐ろしさを教えてやろうと、あえてその娘の誘いに乗り――」
「……自分の娘の色仕掛けにかかったんですか……ちょっとそれは……」
「ち、違う! その時は知らなかったのだ! あ、違う、そもそも私はそういった手段を好まないので、一つ説教をしようとだな――」
言い訳は見苦しいですぞ。いや確かにアマミくらいの美人さんに迫られれば、俺だって独り身なら喜び勇んでついて行きますとも。
バツが悪そうな顔のまま、彼は続きを話し始める。
「部屋で彼女が髪をほどいた瞬間、私は……文字通り胸を貫かれた思いだった」
「まぁ、元々暗殺目的で近づかれた可能性もありますしね」
「否定はせん。当時あの娘は、自由騎士に入り込んでいた共和国側の人間に付いていたからな」
けれども、彼は彼女の姿を見てその時確信したそうだ。『紛れもない、自分の娘だ』と。
だが今さら名乗る訳にもいかず、立場上の問題もあり、ただなんとか手元に置いておこうとレイラの影武者としての仕事を与えるようになった、と。
よく恐がりもせず敵対勢力の人間を手元に置こうと考えたな。
「初めて娘、レイラに会わせた時は、互いに大層驚いていた。……あの瞬間の事を、私は一生忘れはしないだろう。ようやく、姉妹が揃ったのだ……最高の形とは決して言えないが、それでも互いに生きて、成長した姿で……」
「……その気持ちは分からないでもないです」
「……以外だな、お前にも娘が?」
「まぁ、そんなところです」
リュエとレイスが出会い、手を取り合った瞬間にこちらが感じた深い感動。
きっと、彼もそれと似た感情を抱いたのだろう。
そうなってしまえばもう……二度と手放したくないと考えるのが親心、か。
「……アマミの今の状況は聞いていますか」
「自由騎士として活動が出来なくなったと聞いた」
「ええ。彼女にも彼女の事情があり、守るべき物がありました。それを守った結果、今彼女は追い込まれてしまった」
「……彼女が何かを抱えている事は知っていた。それを、お前も知っているのか」
深くは教えはしない。けれども、彼女が苦境に立たされているという事、そして今、彼女を守るものが存在しないという事実のみを彼に伝える。
もし、親としての心があるのならば。もし、貴族としての力があるのならば。
業腹だが、この人物を頼るのも一つの手ではないだろうかと思うが故に。
俺は、たぶん一人の方が動きやすいから。こちらの行動にブレーキを掛ける存在がいない方が、きっとこの敵地である大陸では動きやすいから。
国に入ればもう俺は……どうなってしまうか分からないから。
「……お前が何をしようとしているのかは聞かん。だが、あの子を守れと言うのならば、いくらでも手を尽くそう。だが……約束してくれ、この国に厄災をもたらす事だけはしてくれるな。お前は……お前は劇薬だ」
吐き出された言葉に、不本意ながらもこちらも納得の意を示す。
ああそうだ。俺はいわば、病巣を周りの細胞ごと、宿主である人間ごと破壊し尽くすような存在だ。
扱いを間違えれば死に至る毒となり、適正に力を抑えれば劇的な効果を発揮する薬となる。
そして、セミフィナル大陸においてはオインクという、ある意味最も俺を上手く扱える人物がいた。
だが今、この大陸にいるのは……。
「俺の望みは……国の滅亡なんかじゃありませんから。ただ、もしかしたら少しだけ、この在り方に憤りを覚えているのかもしれない。それだけです」
「……そうか」
それっきり、彼は口を開くことはなかった。
ただ悲しげに窓の外を見つめながら、時折思い出したかのように己の右手を擦る。
まるで、手放してしまった何かの感触を思い出すかのようなその姿に、こちらもこれ以上なにか声をかける事も出来ず、ただ静かに部屋を後にするのであった。
そろそろ身支度も住んだ頃合いだろうと、レイラの部屋へと再び足を運ぶ。
ノックをすると返ってくるのは、綺麗にはもった『入ってください』という言葉。
その調子になにか面白いものでも見られるのではないかと、少しだけワクワクしながら扉に手をかけた。
扉を開けた瞬間、化粧品や香水の香りだろうか。ふわりと優しげな花の香りが鼻孔に入り込み、ここが『女性の部屋』なのだという事実を思い出させてくれる。
相手が相手だけに素直に緊張出来ないのだが、ここにアマミがいるのならば話は別だ。
そして完全に扉が開かれるとそこには――
「……化粧は女を化けさせるとは言うが、ここまでとは」
椅子に座り、澄ました表情をしたレイラと、その彼女の肩に手を置き後ろで微笑んでいるレイラ。
二人のレイラがその場所にいた。
椅子に座ったレイラはそのすまし顔を維持出来なくなったのか、そわそわとし始めて、反対に立っている方の彼女はそんな様子を微笑ましそうに見つめている。
だが――なるほど、そういう事か。
「二人共演技派だな。立っているのがアマミで座っているのがレイラだろ」
「んな!? 何故わかったのですか!?」
「だから言ったでしょうお嬢様。カイヴォンは、変なところで鋭いからバレてしまうと」
とたんに二人の表情が入れ替わる。
微笑んでいた彼女の表情が呆れの混じったものとなり、座っていた彼女が逆に素っ頓狂な声を上げ立ち上がる。
わからいでか。不本意ならが二人共俺と過ごした時間がそれなりにあるんだぞ?
「化粧で分かりにくいけれどアマミの方が目つきが若干鋭いし、線が全体的にシャープだからね。レイラは純粋に運動不足。二の腕の太さが違う」
「……カイヴォン、女性にそういう事言うのはダメ」
「二の腕……これでもシェイプアップしているのですが……」
しかしまぁ、改めて同じ服、同じ髪型、似た化粧をすると、恐らく余程親しい人間でなければ完全に騙されてしまうだろう。
話し方を真似、そして元々声が似ている二人だ。もう誰に確認するまでもなく、この二人は双子だと本人達が証明しているようなものだ。
「後は私が侍女に変装すれば完璧ですわね」
「んじゃ俺も執事として同伴って事で」
「了解しました。じゃあ……明日のお昼前には出発するから、準備の方お願いね」
彼女達に別れを告げ、先に部屋へと戻る。
明日には。明日にはついに首都へと入り込むことが出来るのだと、ベッドに横になりながら、どこか興奮にも焦燥にも似た気持ちを押さえ込むようにしながら、この感情が落ち着きを取り戻すのをじっと待ち瞳を閉じるのであった。
「あ、ベッドの真ん中占領してる。ダメ、どいて!」
「グェ」
……君もこの部屋に戻ってくるんですかそうですか。
(´・ω・`)設定上、イクスさんとアマミとレイラは顔が非常に良く似ております。参考にどうぞ