二百七十二話
(´・ω・`)今日で博多とお別れ 明日(今日)は神戸に移動よー
「……入って」
目の前の扉がゆっくりと開かれる。
彼女の声に従い、一歩足を踏み入れる。
一瞬、こちらの恰好を見たアマミが驚いた表情をする。だがそれも、今目の前にいる人物の表情と比べれば、些細な変化にすぎなかった。
驚愕。以前見た時よりも遥かに上等な衣装に身を包んだ男性のエルフが、自分の立場を忘れたかのように表情を歪め、一歩後ずさる。
どうやら、今この場にはレイラはいないようだ。アマミとこの男性の二人だけ。
なるほど、あのお付きの男性ですら、レイラの髪の事は知らないと見るべきか。
「な……なぜ」
「どうなさったのですか、アークライト卿」
「なるほど。名前を聞いたのは初めてですね。では……お久しぶりです、アークライト卿」
目を細め、腹に何か抱えているかのような笑みを向ける。
モノクル越に見る彼の表情は未だ困惑冷めやらぬ様子であり、下げてしまった足を前に出し、揺れた肩を真っ直ぐに伸ばし、必死に体裁を整えようとしているように見えた。
「久しぶり……? カイヴォン、アークライト卿と面識があるの?」
「ああ、一度だけ。そうですよね、アークライト卿」
「……ああ、その通りだ。アマミ君、君はその……彼の仲間なのか」
「仲間、というよりも友人です。あの……先ほどの件なのですが」
既にこちらを同行させて欲しいと交渉を行っていたらしく、どんな人間か紹介する為にここに通されたようだが、恐らくもう、交渉や駆け引きの必要はなさそうだ。
だがその代償として、大いに警戒されてしまう形になってしまった。
なにせ、一つの大陸を文字通り変えてしまった『原初の魔王』として認識されてしまっているのだから。
絶対的な力を持つ七星ですら従わせた、恐るべき力の持ち主。それを自国に招き入れていいものかと、新たな問題が彼の中で渦巻き始めていることだろう。
険しい表情を浮かべながら、この状況をどうすればいいか必死に思考を巡らせているであろうレイラ父ことアークライト卿。
けれども……俺の目的はただ侵入する事のみ。
現段階で、国をどうこうするつもりはさらさらないのだから。
――あくまで現段階の話だが。
未だ思考の渦から抜け出せていないアークライト卿と、自分の雇い主と面識のある友人とに挟まれ、久しぶりに困ったような表情を浮かべ慌てふためくアマミ。
このままでは埒があかない。ならば少しだけこちらから提案を持ちかける。
「俺を、新しく雇った使用人として王都に入れてください。それだけで構いません。私はあの国にいる友人に会う為にここへとやって来たのですから」
「友人……だと? お前のような存在が、この国にも……?」
「まぁ否定はしません」
こちらの言葉に彼は天を仰ぎ、額を痛そうに押さえる。
彼からすれば、自分の国に俺のような化け物がすでに巣食っているという認識だ。
まぁその相手は聖女様であったり、国の剣士だったりするわけだが。
嘘はついていない。だがこれで彼は更に思考の渦へと引き込まれていく。
『そこまでの化け物が国にいるのならば、自分もそういう相手と繋がりを作っておくべきなのではないか』と。
まぁこの相手が自分の身よりも国の進退を案ずる愛国心溢れる相手ならば逆効果かもしれないが――少なくともアマミを雇うくらいには後ろ暗い道にも通じているんだろう?
なら、乗れよ。俺の話を飲め。その意思を乗せて、溜息と共に強く視線を浴びせる。
「俺は、一番穏便に事を済ませる道を模索してこの場所に来ました」
「っ! 分かった、飲もう」
それがたぶん、止めだったのだろう。
言葉通りの意味で発したこちらの言葉は、彼にはきっとこう聞こえてしまった。
『今なら穏便に済ませてやろうと言っているのだ』と。
暴力は、圧倒的な力は、人に根を残す。本当に、汚いやり方だな、俺も。
けれども――本意じゃない。だからせめて――この言葉を貴方に。
「……それに、貴方は俺の友人の父親だ」
「っ……そう、か」
「不本意ではあるがね」
アマミを雇う。こちらの提案を飲む。
それは、愛国心溢れる人間がとるべき道じゃない。
ならば、たとえブライトの血が流れていようとも――ああ、そういう事か。
貴族である前に、国の臣民である前に、彼は父親だった、という話なのか。
どうりで殺意が湧かない筈だ。
もっとも、白髪を忌む文化を完全に否定するつもりはないのだろうが。
けれども、自分の娘があの髪色である以上、もろ手を挙げて歓迎するわけにもいかない、と。
そうだろうよ。長く続いた国で、不満を持つ人間が一切いないとは考えられない。
変革を望む人間は必ず一定数いなければならないのだ。
けれどそれが表面化しないのは――本来ならば退位や世代交代のような変革のきっかけが、この国では訪れないから。
長命種故の停滞。そして絶対的な力を持つ存在が文字通り不老で君臨しているが故。
そういう事なんだろ?
なんだ、随分と内に爆弾を抱えていそうだな、この国は。
これならちょいとかき乱してやれば……案外簡単に――
「じゃあ、俺は出立の準備が整うまで部屋で休ませてもらいますね」
「いや、待ってくれ……アマミ君、彼と一緒に娘のところへ行ってくれ。身支度を整える必要があるだろう」
「……はい。分かりました」
黒い考えが脳裏をよぎる。
室内に充満していたはずの緊張感は、既に完全にこちらの放つある種歪な思想に飲まれつつあるように感じられた。
そうだ、これでいい。全部俺が染めてしまえばいい。邪魔をするのならば、立ちふさがるのならば、血を流させずとも、俺が変えてしまえば良い。
どんな手段を使ってでも……俺は俺の目的を果たすのだから。
同じフロアに存在する、彼女の待つ部屋への道すがら。
問い正したい事が山ほどあるだろうと、質問攻めにされるだろうと覚悟をしていた。
けれど、先を歩く彼女はただ、目的地に向けて黙々と足を進めるのみ。
それがなんだか居心地が悪く、どう声を掛けたらいいのか分からなくなる。
『もしかしたら自分の秘密を知っているかもしれない人間と、自分と偶然友達になった相手が知り合いだった』彼女の身に起きた出来事を簡潔に纏めるとこうなってしまう。
彼女からしたら、裏切られた気持ちでいっぱいなのかもしれない。
……嫌だ。そんな勘違いをされるのはまっぴらごめんだ。
「アマミ。止まって」
「……なに?」
振り向いた彼女の瞳の色が、少しだけ濁って見えたのは、俺が後ろめたい気持ちを抱いているからなのだろうか。
二歩分の距離を、大きく一歩踏み出し○にする。
「……偶然だからな」
「……なにが?」
「名前だって今日、初めて聞いたんだ」
「……そう」
どうして、そんなに悲しそうな声を出すんだ。
「俺、セミフィナル大陸から来たって言っただろ。そこで、ちょっとあの人達と話す機会があったんだ」
「……偶然なんだよね」
「ああ。それに――この扉の向こうにいる相手と俺は、本当は友達というより――」
なんというか、こう、厄介な知り合いってヤツだ。
説明するよりも実際に見せた方が早いからと、彼女より先にその扉に手伸ばし、一息に開け放つ。
大きな音をさせながら開かれた扉。そして目に飛び込むのは――
「……なるほど体系までそっくりだ。着やせするタイプだったのか」
「え!? カイヴォン様!? え、あのその……」
うむ。やっぱりこいつに対しては微塵も反応しません。ナニとは言いませんが。
すると突然、こちらの視界が塞がれてしまう。
「お嬢様、すぐに服を着てください。私がこの男を取り押さえているうちに早く」
「わ、分かりました」
「いや何もしないから。それに見ても何も感じないから」
「ダメ。大人しくして」
いやむしろですね、今背中に押し付けられている柔らかな物に反応してしまいそうなのですが。
その事実を告げると、再び『ダメ』と言いながら部屋から追い出されてしまいましたとさ。
着替えが済んだからと部屋に戻ると、珍しくドレス以外の服を着たレイラが、イスに恰好をつけて座っていた。
格好をつけていると言うよりも、美しく見えるように、と表現すべきなのだろうか。
業腹だが、やはり絵になる。そしてその傍らにはアマミが不機嫌そうな表情を浮かべこちらを睨んでいる。
やはり似ている。なぜ今まで気が付かなかったのだろうか。
「お久しぶり……という程でもありませんでしょうか? ご無沙汰していますカイヴォン様」
「ああ」
「それで、何故貴方様がアマミさんと一緒にいるのか、それを聞いても?」
「話すと長くなる。ただ、彼女は俺の友人であり、そして俺がブライトネスアーチに入るのを手伝ってもらっている状況だ」
「……となると、今は警戒態勢に入っているという事でしょうか」
その通りだと彼女に告げる。
こちらの一言で王都の現状を推察出来るくらいには、彼女もキレるのが、ちょっとだけ悔しい。
まぁ勿論、その詳しい理由やこちらの事情を話すつもりはないのだが。
……本当はもっとこちらも態度を軟化させるべきなのだろうか。
けれども……いやぁだって今優しくしたらねぇ? 絶対この人『首絞めろ』って言いだすでしょうし?
「で……そっちの事情は大体察している訳だが、随分こっちに戻ってくるのが遅かったな」
「元々、収穫祭や議会が終わるまで向こうにいる予定でしたからね。予定に狂いはありません。ただ――もしも狂いが生じたとすれば、それはカイヴォン様の影響でしょう?」
瞬間、この間の抜けたお嬢様の表情が、スッと鋭い輝きを秘めたように感じた。
腐っても王族か。十二分のその資質は持ち合わせていると。
若干の挑発にもとれるその眼差しを正面から受けて立つ。
その手には乗らんぞ。俺を自由に動かせるのは、動かしていいのはオインクだけだ。
「挑発しても絶対締めてやらんぞ。せっかく出来た友達に変な目で見られたくない」
「ねぇ、さっきから話がよく見えないんだけどさ……私はもうカイヴォンの事変な目で見てるよ?」
「……」
やばい泣きそう。
そして慰めるふりをして人の手を掴むなレイラ。それを首に持って行こうとするな。
油断も隙もあったもんじゃない。
「ふぅ。色々積もる話もありますが、早速アマミさんにはメイクアップをしてもらいませんと」
「あ、分かりました。その、お願いします」
「ふふ、普段からもっとお化粧をしてみてはどうでしょう? こんなに綺麗なんですから」
「……はい」
ふむ。じゃあ俺は一度外に出ているべきだろうか。
彼女達に視線で問うと、二人が同時に首を縦に振る。
女性の化粧を見るものじゃない。レイスに教わったっけ。
さてはて、一体どんな風に化けるのだろうか。
ワクワクとした心持で退室する。
……本当、そっくりだな。体型も含めて。
「……間違いなく双子、か」
やはり、聞きにいくべきだろう、な。
(´・ω・`)いやぁ結構いい気分転換になったわ
たまには一人旅もいいものだ