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二百七十一話

(´・ω・`)博多から投稿中

「……疑問に思うところも出てくると思う。けど……全部本当の話なんだ」


 まるで貴族が女性を侍らすような、そんな少しだけ悪趣味な装飾のなされたベッドの上で向かい合う。

 男女がこの場所で交わすにはふさわしくない声色で、その言葉を吐き出す。

 こちらの醸す空気の所為か、まるで吐き出された言葉に呼応して、ベッドが沈み込んでいくような錯覚をする。

 ……けれども話そう。リュエやレイスには、強がって見せられなかった思いを。

 ただの友人として聞いてくれると言う、この心優しい真っ直ぐな女性に。

 ずっと不安に思っていた事を。願っていた事を。


「ダリアは、俺が子供の頃からの友人なんだ。一緒に学び、遊び、いろんな場所に行って、いろんな飯を食って。一緒に戦って……俺が一番辛い時にも、手を差し伸べてくれたんだ」


 ダメだ。一度話し始めると、封じていた思いが、忘れようとしていた過去が。

 この世界に来てからずっと目を背けてきた事が、次々に浮彫になっていく。

 ……平気な訳ないだろうが。二八年暮らした世界だぞ、家族だっている。

 よく行く居酒屋、近所のスーパー、作った飯を喜んで食う家族!

 全部、全部もう戻らない遠い日の記憶だ。ダリアは、俺が目を背けてきた世界を強く思い出させる程、俺と思い出を共有していた相手だ。

 そいつとどうして敵対出来るというのか!

たとえ感情に狂わされようとも、会わないという選択肢が出る訳がない!

ああそうだ、俺はアイツがセミフィナルを訪れていたという話を聞いて大いに心乱された。

感情的になり、時には酷い事もしてしまった。

今ならわかる、あれは八つ当たりだ。もし叶うなら、俺はレイラにだってキチンと謝りたいとすら思っている。

けど、俺が、『カイヴォン』としての俺が、それをさせてくれない。

弱さを出す事を良しとしない。この強さが、プライドが、俺を折らせてくれない。

 けど……少しだけ、少しだけ、吐き出させてくれ。

 もう、リュエやレイスが傍にいない今だから、少しだけ、少しだけ――


 …………ははは。

……ダメだろ。そこまで口にしちまったら……もう戻れないかもしれないだろ。

 気の迷いだ。これは、ただの気まぐれだ。少しだけ、本当に少しだけ。


「……ああ、そうだ。ダリアは俺の古い友人でな。ただ……ちょっとだけ不本意な別れ方をして、そしてちょっとだけ険悪になりそうな関係になって、な」

「……うん。少しで良いよ。全部なんて、きっと難しいよね。吐き出すのだって、辛いもんね。それだけで、十分だよ」


 こちらのごまかしを、妥協を、見透かされている。

 ああ……俺が出会う女性達は、どうしてこうも、誰もかれもが強く、優しく、素敵な人ばかりなのだろうか。

 悪いな、アマミ。まだ俺は『カイヴォン』でいないといけないんだ。

 この世界で『強く在り続ける』には、それが必要な事なんだ。


「悪い、アマミ。けど、少しだけ楽になった。こんな中途半端で申し訳ないけれど、次はアマミの話を聞かせてくれないか?」

「ま、約束だからね。私さ、実は自分の生れについて、少しだけ気が付いている事があるんだ」


 まるで契約を反故にするような、出し惜しみするかのように中途半端に終わった此方の話に文句も言わず、彼女が語りだす。

 それは、まさか俺が彼女のステータスを覗いて分かった『ダリア』というミドルネームに関わる話なのだろうか。

 躊躇うように一瞬だけ俯いた彼女が、すぐにいつもの表情で顔を上げる。

 その拍子に揺れる彼女の金髪が、まるでその胸の内を表しているかのように感じられた。


「私は物心つく前に、里長に拾われたって聞いた。でも――どこで拾われたのか、里長は絶対に教えてくれなかった。その事と、私の容姿はきっと無関係じゃないって思っていたんだ」


 そう言いながら、彼女は自分の額にかかっていた前髪をかき上げて、少しだけいつもと違う分け目を作り出した。

 その瞬間、俺は、レイスが言っていた言葉の意味を理解した。

『少しだけ懐かしいです。イクスやスペルに似ていて』

 けど、そうじゃない。そうじゃないんだ。

イクスさんがもし、もっと表情豊かだったら。

 表情豊かなスペル嬢がもし、もう少し大人びていれば。

 そう、あの二人を足して二で割ったような人物を、俺は知っている。いや、今初めて気が付いたと言うべきか。

 少しだけ前髪の分け方を変えたアマミは、俺が知るある人物にとても良く似ていた。

 化粧の有無や、その凛々しい表情の所為で多少の差異はあるのだが――


「私がこれから会う人は、この国の貴族。そして……そのご令嬢と私は……たぶん無関係じゃない。私は、きっと……その血に関係がある」


『レイラ・リュクスベル・ブライト』

 俺が酷い行いをしてしまい、そして少しだけおかしな性癖に目覚めてしまった相手。

 白髪を忌む文化の所為で、髪の色を変えて暮らす王族に連なる人間。

 料理が上手で、一途で、少しだけ世間知らずな娘。

 ……その彼女と、瓜二つであったのだ。

 これは……なんだ、何かが引っ掛かる。なんだ……何かを見落としているような――


「ある事情で、そのご令嬢は表だって王都を出入りする事が出来ないんだ。でも、用事がある時は、どうしても王都を覆う『ある結界』を越えなければならない」


 それは、リュエも以前苦しめられた結界。自分の容姿を偽ることが出来ず、白髪を晒す結果となってしまった結界だ。

 ああ……そうか。レイラもまた、自分の髪色を偽っていたのだったな。

 ならば、アマミの役目というのは、そして王都に入る手段と言うのは――


「私は身代わり。ご令嬢の代わりに魔車に乗り、その結界を抜ける役割。王国の人間に『私は潔白だ。なんの偽りもない王族だ』と思わせる為の出入国許可証みたいなものなんだ」


 ……なんとも、世間は狭いな。

 いや、もしかしたら俺があの大陸でブライトの王族と出会ったのは、ある意味運命だったのだろうか。

 なんだか誰かの手の平の上で転がされているような、そんな見えざる意思すら感じてしまう。

 つまり……また再会する事になるのか、俺はあの娘さんと。その父親と。


「どうして、恵まれた姿で生まれた私がこっちの立場なんだろうね。それが少しだけ不満に思う事もあるんだ。ズルいって、羨ましいって、そんな風にさ」


 葛藤。渇望。嫉妬。

 抱えている筈の思いを見せない、晴れ晴れとした笑顔で彼女はそう締めくくった。

 なにかが、引っ掛かるんだ。

 これまで見聞きした情報と、彼女の話に何か共通点があるような、そんな気がしてならないんだ。


「アマミ。話してくれてありがとう。そして……俺の為にその決断をしてくれてありがとう」

「ふふ、正直に言うと、出入国セットでの契約だから、どのみち今日私はここに来なくちゃいけなかったんだ。恩を売って、少しでも私の為に動いてくれたらいいなって考えていたんだけど……ね?」


 そう嘯きながら、彼女は意地悪そうな笑みを浮かべる。

 けれどもすぐにその表情を拭い去り、真剣な、真っ直ぐこちらの瞳を、その奥底まで見通そうとするように顔を近づける。

 深緑の瞳に、自分の今の顔が映る。

 ……情けない。俺は、こんな顔をしていたのか、ここ最近。


「けど、辛そうだったから。誰かが一緒に居てあげた方が良いって思ったから。少しだけ間違えてしまったけれど、私もカイヴォンの為に動こうと思ったんだ」

「……ありがとう、アマミ。君と出会えて良かった」

「ダメ。それはいつか私に思わせるんでしょ? それじゃあ逆だよ」


 ああ、そうだったな――






 それから二時間程経った頃。

 今度こそ本当に背中や腰を揉み解してもらっていると、室内に遠慮がちなノックの音が響いた。

 驚いたように腰に乗っていたアマミが身体を起こし、その勢いで腹部が圧迫される。


「ぐぇ」

「あ、ごめん」


 すぐさま彼女は扉の前に立ち、近くに立て掛けていた剣を手にして返事をする。


「なんの御用でしょうか」

「お待ちのお客様が参りましたので、お知らせに来ました」

「……そうですか。ではいつもの場所でお待ちくださるように伝えてください。直ぐに向かいます」


 余程警戒しているのだろう。足音が離れたにも拘わらず、未だ彼女は剣を携え扉の向こうに注意を向けている。

 まるで、すぐにでも敵がこの部屋になだれ込んでくるかもしれないとでも言うように。

 そしてそれが当たり前だと、日常だと言わんばかりの慣れた様子に、身勝手だとは思うがチクリと胸が痛む。


「……ふぅ。じゃあこれから会いに行くけど……そうだね、五分くらいしたら一階の部屋に来て。店員に話を通しておくから」

「了解。念のため聞くけれど、これから会うのはアマミとよく似た娘さんのお父上って事で良いんだね?」

「そうだね。この仕事が終われば、私は本格的に身を隠すつもりだから、ちょっとだけ聞いてみるつもり。それでもし……私がピンチになりそうだったら、悪いけどその……助けてくれる?」

「……任せとけ」


 安心しろ。今回この場においては、俺は最強の切り札たり得る存在だ。

 なにせ……あの親子もまた、あの都市にいたのだから。

 俺を敵に回すという事が何を意味するのか……分かっているだろう? お父上よ。

 部屋に一人残された俺は、面会に向けて用意をする。

 そうだな、あの姿が良いだろう。唯一俺が、彼と対面した時の姿が。

 久方ぶりに後ろ髪を括り、モノクルをアイテムボックスから取り出す。

 そしてやや窮屈な燕尾服に袖を通し、面会に備えるのだった。




 もしも。もしも、レイラの父親がアマミの秘密を知っているとしたら。

 俺は、彼女の前でそれを問い詰めるべきなのだろうか。

 恐怖の使いどころ。暴力を振りかざすタイミングというのは、時と場合次第では全てを台無しにしてしまう。

 道徳的には『振るってはいけない』のだろうが、俺はたぶん、条件が整えば平気でそれを振りかざす人間だ。

 そういえば……レイラにはダリアのミドルネームが存在していなかったが、これにも何か理由があるのだろうか。

 すでにこちらが知った情報を、一度まとめてみる必要がありそうだな。

 こういう時、自分の頭の不出来さを呪いたくなる。


「ここか」


 思い悩みながら辿り着いた、先程まで自分達がいた部屋とよく似た扉の前。

 内部の声を聞きとる事は出来ないが、この時間にここに来るように言ったのならば、うまくとりなしてくれるはずだ。

 モノクル越しの風景はいつもと何も変わらない。

 けれども、この扉の先でもしかしたら、これまで知らなかった事が、見えなかった物が見えてくるような気がして、少しだけ胸の鼓動が早くなる。

 さぁ――久しぶりのご対面だ。


(´・ω・`)日本縦断の旅ももうすぐ終わりよー

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