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二百七十話

(´・ω・`)ぼちぼち更新再開

 静寂に包まれた深緑の森。

 緑と土の濃い香りに包まれているにも拘らず、不思議とどこか寂しいこの場所。

 生命の営みを感じさせない程に静まり返った森の中で、俺達は三人に見送られる。


「では、後のことは私たちに任せてください。里長の身体は、私が定期的に確認しておきます」

「私も、結界の調整を続けてみるよ。それに……里の子供達に色々教える事もあるかもしれない」

「私は……とりあえずいっぱいニンニク売りさばくね? かいぼん、アマミ、頑張って」


 レイス、リュエ、クーちゃんの三人が、それぞれこちらを安心させようと言葉をかけてくれる。

 レイスはどこか心配そうな表情を必死に隠そうとしているようで。

 リュエは、どこか寂しそうな声色で。

 そしてクーちゃんは……眠そうな猫を抱きかかえながら、同じく眠そうな様子で。


「ああ、後のことは任せたよ。こちらの手筈が整ったら――」

「私が二人を迎えにくるよ。けど結界の性質上、最短でも一か月後。もしかしたらもっとかかるかもしれないけれど……」

「一カ月だ。それまでに絶対、国王と面会出来るように手筈を整えてみせる」


 里長が眠りに就いた翌日。俺とアマミはこの隠れ里から出発する事となった。

 なぜアマミが一緒なのか、なぜ同行を提案したのか。

 それは里長の為という理由だけではなかった。

 彼女は『王都の警戒度が上がっている筈』だと教えてくれた。

 俺が目的を達成する為には騒ぎを起こせないという都合も考え、彼女自らが侵入の手助けを買って出てくれたのだ。

 ……先日の襲撃の影響もあり、彼女はもう自由騎士に戻る事は出来ないと言う。

 だが既に彼女は二重三重に組織を渡り歩いてきているとも言っていた。

 共和国側の自由騎士。王国側の自由騎士。そして、王国貴族。

 その時のコネを、手に入れた情報を、手段を活用してくれると言うのだ。

 日の当たらない世界を誰よりも知る彼女が、こちらの為にまたその暗部に飛び込もうとしているという事実が、申し訳なくて。

 けれども今、それに縋る事しか出来ない自分が歯がゆくて。


「じゃあ……行ってくるよ、みんな」

「はい。いってらっしゃいませ、カイさん」

「いってらっしゃい、カイ君」

「いってらっしゃい、かいぼん」

「いってらっしゃい、カイヴォン」

「お前も来るんだよ!」

「ああ~」


 なーんでこのタイミングでそんなギャグかますんですかねアマミさん。




 相変わらず複雑な道順で結界の中を通り抜けていく。

 先を進むアマミの金髪を追いかけるようにしながら、一挙一動見逃さないように注意深く。

 ……借りが、出来てしまったな。

 彼女は口にこそしていないが、今の状況、自分を取り巻く環境を変えたいと願っている。

 先日の襲撃で、彼女が所属している王国側の自由騎士からは既に完全に裏切り者として認識されている筈。

 だとすると、既に彼女は身を隠すか遠くへ逃げるかするべきなのだ。

 それなのに、彼女はまた別な陣営への接触を試みている。

 他でもない、俺の目的の為に。


「……全部終わったら、その時は――」


 風にそよぐ、その髪のような光り輝く世界へ――


「そろそろ結界を抜けるよ。ダリア様が酒場のマスターに説明をしてくれているはずなんだけど、念のため私が先行するね」

「あ、ああ。お願いするよ」


 いつの間にか辿り着いていた森の終わり。酒場のバックヤードへと続く扉の前で彼女が振り返る。

 いつもと同じ。気負いや緊張とは無縁の表情。

 自然体で振る舞い続ける事が出来るのが、彼女の強みなのかもしれない。

 そんな事を思っている内に彼女が扉を開き、先に屋内へと向かってから数分、再び扉が開き中へと招かれる。

 以前来た時となんら変わらない、多くの酒瓶に挟まれた狭い通路を進んで行くと、マスターが相も変わらずニヒルな笑みを浮かべて出迎えてくれた。


「話はアマミと聖女さんから聞いている。いやはや、アマミや里長だけでなく聖女様まで懐柔してしまうとは、カイヴォン、相当なやり手だな」

「からかわないでくださいよ。あれは……ダリアが、聖女がそういうヤツだったってだけですから」

「……くく、そうだな。俺も、あの方のお蔭でこうして店を続けられている。本当に不思議なお人だよ」


 そうか。ダリアが何か手を回してくれたのか。


「じゃあマスター、手筈通り『スレイランナー』借りるね。たぶん早ければ一カ月で返せると思う」

「ああ。振り落とされないように気をつけろよ」


 挨拶もそこそこに、アマミが酒場の出口へと向かう。

『スレイランナー』とはなんなのかという疑問を飲み込み、先を行く彼女を追いかけ、店の隣にあった馬房へと向かう。

 するとそこには、よく魔車を牽くような、二束脚歩行の恐竜のような魔物が待ち構えていた。

 一見すると肉食獣のような佇まいと、全体的に刺々しいフォルムの姿とは裏腹に、まるで馬のように優しげな瞳をしているその魔物。

 これが彼女の言う『スレイランナー』なのだろうか?


「カイヴォン、今から少し急いで先に進まなくちゃいけないんだけれど、この魔物、乗れる?」

「いや……乗馬経験はあるけれど魔物に直接はない」

「分かった。ちょっと難しいから、私に掴まるようにして後ろに乗って」

「魔車じゃあ駄目なのか……?」


 見たところ、確かに二人で乗っても余裕がありそうな体躯をしているが、何もそんな不安定な方法を取らなくてもレイスが借り受けた魔車で十分ではないだろうか。

 それとも、それ程までにこの魔物の足は速いのだろうか。

 こちらの疑問に答えるように、彼女が向き直る。


「まずあの馬車は既に敵に知られている可能性がある。それに何よりも折剣白翼章は目立つからね」

「なるほど……分かった、お願いする」


 なぜそこまで急いでいるのか。そして王都に侵入する具体的な方法もまだ聞かされていないが、それでも彼女を信じ指示に従う。

 ヒラリと跨る彼女に続き、こちらもその後ろへと跨る。

 ヒンヤリとした変温動物の爬虫類特有の体温を服越しに感じながら、少々遠慮がちにアマミの腰に手を回す。

 ……細い。あの胸とあの尻にも拘わらず、なんというプロポーション。


「じゃあ、出発するよ。振り落とされないでね、かなり速いから」

「ああ、じゃあ頼んだ!」




 首に余計な力が掛からないように脱力し、けれども猛烈に揺れる頭を支えるように最小限の力を入れる。

そして、この振動で振り落とされないようにアマミの腰にしがみつく。

 臀部が弾み何度も尾てい骨を打ち付けてしまうも、なるほどこのデメリットを許容してでも利用する価値のある速度を誇っていた。

 風を切り裂きながら街道を駆け抜けるその速さは、客車という枷を取り外した魔物のスペックを最大限に生かしたものであり、恐らく体感で時速一○○キロ以上は確実に出ている事だろう。

 つまり、ヘルメットなしのバイクで高速道路を走っているようなもの。極めて高いリスクが付きまとっていると言える。

 そんな中、猛烈な風圧に口を満足に開ける事も出来ず、彼女に聞きたい事も聞けぬまま、街道をひた進む。

 最初に里へ案内された時もそうだが、どうやら何か明確な目的があると、他の事が見えなくなってしまうきらいがあるようだ。

 ……それほど真っ直ぐな子、なんだろうな。

 スレイランナーを駆る彼女を後ろから見つめる。

 真っ直ぐに前を見据えて風を切るその横顔は、どこまでも凛々しくて、そして正義感に満ちているようで。

 けれども……今やろうとしている事は、視点をかえれば『国への反逆』でしかない。

 俺が何をしようとしているのか、彼女だって理解しているのだから。


「カイヴォン、もうすぐ大きな宿場町に着くから、そこで宿を取るよ。予定だと今日の夕方には私の協力者……ううん、雇い主って言った方が良いかな。その人が来るから」

「……それは、俺も同席した方がいいのかね」

「そう……だね。身分が高い人だから、出来るだけ大人しくしていてね」


 やはり、国の重鎮か何かなのだろうか。

 組織の暗部に所属している人間を、嫌な言い方だが飼いならす程の人間だ。

 相応の権力を以ってしかるべきなのだろう。

 彼女を取り巻く環境について考えていた時だった。街道の先に、背の高い建物が連なる町が見えてきた。

 あれが宿場町なのだとしたら、恐らく相当な人数を抱え込んでいる。

 ……なるほど。密会には持って来いの場所という訳か。

 どんな人物が待ち構えているのだろうか。

先の不安を抱きながらも少しずつ速度を落とし、その町へと向かうのだった。






宿場町の名前は『アンダーブライト』そしてこちらの予想通り、町を行き交う人の多さは俺達がいた旧宿場町と比べるのもおこがましいほど規模であり、通りを埋め尽くす程の人の波に、満足に移動が出来ない程だった。

というのも、こちらが魔物連れという理由もあるのだが、他の人間も馬車や魔車を引いている人間が殆どで、それが互いの邪魔をして渋滞を引き起こしていたからだ。

むしろ魔物だけのこちらの方が合間を縫うようにして移動出来た程だ。

彼女に連れられて、町の最深部にそびえ立つ一際大きな、神殿と見まごう程厳かな装飾のなされた建物の前へとやってきた。

まさか、ここも宿だとでも言うのだろうか?


「カイヴォン。今日はここに泊まるけど、予想以上に早く到着したし少し中で休憩しておこうか」

「ああ、そうだね。それに――そろそろどういうプランで行くのか色々と説明してほしいな」

「あ……そうだね、うん。しっかり全部話さないと……」


 本当に宿だったという驚きを隠しながら、彼女に言う。

 さぁ聞かせてくれ、君はこれから何をしようとしているのかを。


 通された部屋は二人用の部屋。にも拘らずその広さは一軒家のリビングを丸々飲み込んでしまってもなお余裕がある程の広さで、外観に負けず劣らすその内装も優美でつい、部屋に踏み入るのを躊躇ってしまう程。

 アマミは慣れているのか、平然と中へ踏み入り、そしてイスを引き溜息と共に座り込む。

 ……美人の溜息というのは、なんとも絵になるものだ。

そんな気はさらさらないのだろうが、まるでこちらを誘惑でもしているのかと勘繰りたくなるほど妖艶で、つい友人だというのに生唾を飲み込んでしまう。


「カイヴォン、少しベッドに横になって。スレイランナーに乗ったの初めてなんでしょ」

「ん? いや別にそこまで疲れてる訳じゃ――」

「そうじゃなくて」


 すると何か思いついたのか、立ち上がった彼女がこちらへ寄り、手を取りベッドへと引っ張っていく。

 何のつもりだと問うよりも先に、ベッドへと突き倒されてしまう。

 ……ああ、そういう事か。


「いや、本当に良いから、お構いなく」

「……まぁ、そう言わずに」


 少し、様子が変だ。

 ベッドがさらに沈み込む。彼女も乗り、こちらへ這い寄ってきているのだろう。

 振動が、陥没具合が、彼女の存在をすぐ傍まで感じさせてくる。

 うつ伏せのままの俺は身じろぎと共に彼女の様子を窺おうとする。

 けれども――その前に彼女に乗られてしまった。

 腰に陣取られ、腕で背中をベッドに押し付けるようにされた俺は、もはや首を回すことでしか彼女の姿を捉える事が出来ず、それが先ほどのおかしな様子と重なり、少しだけ、本当に少しだけ警戒してしまう。


「……アマミ。俺だって男だ。こんな場所でこんな事されるとおかしな気を――」

「ねぇ。カイヴォンは前に私に言った言葉、覚えてる?」


 うつ伏せのまま背後から掛けられた彼女の声は、どこまでも平坦で。

 その声に、仄暗い感情が蠢いているようで。


「『カイヴォンと出会えたことが人生で最高の幸運に思えるように』ねぇ、私は今……幸運じゃないよ。後悔もなにもないけど、それでも幸運じゃない。今までギリギリで踏みとどまっていたのが、急激に動き出したんだ。それも……悪い方向に」


 何も返す言葉がない。

 この先の幸福を信じさせるだけの力のある言葉を、俺は持ち合わせてなんかいない。

 ああ、そうだろう。ある意味俺達がこの大陸にやって来た事が今回の引き金になったと言える。

 ならば……彼女の怒りを、不満を、嘆きを、憤りを受けるのは俺の義務だ。


「……アマミ、君じゃ俺は殺せない。けれども、少しでも気持ちが晴れるなら――」

「馬鹿にしないで! 誰が殺すか、殺してやるもんか。私に希望をチラつかせたんだ、絶対に幸せにしてもらう! だから――私は私が出来る方法で、手伝うって決めたんだ」


 ふと、彼女の体重が移動する。

 まるでこちらをマットレスにでもするかのように、彼女が倒れこんでくる。

背中に、柔らかなふくらみが押し付けられる。うなじに、彼女の息が掛かる。

 ……何考えてんだこの娘さんは。


「こうやって、何人も始末してきた。この態勢で生きているのは、カイヴォンが初めてだよ。……どうしたらいい、私はこの先をまだ知らない」


 信じられないくらい、弱々しい声で囁かれる。

 耳元に息遣いを感じる程の至近距離での言葉に、こちらの理性が揺らぎかける。

 ……そんな事、しなくてもいいだろうに。

 そんな見返りの為に俺は動いている訳じゃない。

 君が美人だから動いている訳じゃない。

 そんな事、そっちだって分かってくれている筈だろう。


「私には分かる。リュエもレイスさんも、無理をしてる。でも――カイヴォンが一番無理をしてる。それが見ていて辛い、早く、終わらせてあげたい。どうにか慰めてあげたい」

「……だったら、そこをどいてくれ。友達なら、ただ聞いてくれるだけでいいんだ。それだけで俺は救われる」


 里の外に、彼女の友達はいなかったのだろうか。

 これしか、方法を知らなかったのだろうか。

 どちらにせよ、それ程までに俺もダメになっているのかね。


「……紳士ぶっちゃって。心臓の鼓動でバレバレだよ。けど――分かった。いくらでも聞いてあげるから、話してみてよ」

「ああ、分かった。だからそっちも全部話してくれ。何をしようとしているのか、その全てを」


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