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二百六十九話

(´・ω・`)今章はこれにて終わり

「……それは、一体どういう事だい?」

「悪いが、これ以上本当に分からないんだ。最初は、偶然だと思っていた。けれどもそれが何度も何度も続いている状況だ」


 どうすればいいんだよ。

 そんな話、俺に聞かせないでくれよ。

 もう、重量オーバーなんだよ、これ以上そんな話を俺に……。

 ……いや、そうじゃないだろ。ここが踏ん張りどころだろうが。

 何弱気になってんだ。ようやく、ようやくチャンスが訪れたと思うべき場面だろ、ここは。


「分からないなら仕方ない。いつか分かるまで、出来ることをやるしかないだろ?」


 ダリア……いや久司、お前にも返しきれない恩がある。

 問題が複雑になったんじゃない。ただ一つ増えただけだ。

 俺の恩人であり親友であるお前もまた、問題を抱えている、ただそれだけだ。

 ああ、何をウダウダ考えていたんだ俺は。今は少しだけこじれちゃいるが、最後までやりたいようにやるのが俺だろうが。


「物事には絶対に原因がある。今は分からなくても、いずれ絶対に分かる。それまでせいぜい折れずに足掻いてくれよ、聖女様」


 今は、この言葉だけで我慢してくれ。

 俺はいずれ、絶対に俺が望む結末を手に入れてみせるから。

 本当、追い詰められないとその気にならない自分の性分を憎みたくなる。

 なんだよ、やっぱりお前も変なもん背負ってるんじゃないか。

 立ち止まるダリアに、なんの解決にもならないただの慰めにも似た言葉を投げかける。

 これで十分だろ? お前は、俺よりも強い人間だ。だから、これで十分戦えるだろ?

 するとやはり、何百年経ってもこの親友様の根っこは変わらなかったのか、肩を震わせながら、空気が漏れるような小さな笑いを零し始めた。


「クク……ははは……そうだな、そういうもんだ。なるようになる、そうだな、それまでせいぜい聖女様を続けさせてもらうぜ、剣士さん」


 再び歩み出す。こちらの事を話すか否か、その迷いはもう完全に晴れ、そして結界の境界である森の奥へと辿り着いた。


「ここで良い。たぶん他の人間が来ているだろうから。ちなみに、一度ここから出たら、今度からは最低一月は入り直せなくしたからな。結界の守りを頑丈にした弊害だが……こればっかりは我慢してくれ」

「ちなみに、入り口はこれまで通りあの酒場にしたよ。聖女さんは、酒場のマスターにその辺りの説明、忘れないでおくれよ」

「あいよ。ああ、そうだ――最後に名前、教えてくれないか?」


 もう、決めた。俺達が名乗るのは今じゃない。

 しっかりとしかるべき場所で名乗ろう。お前に全てを打ち明けよう。

 もう、敵対だろうがなんだろうが関係ない。その場所で俺はお前に全てを告げる。

 そして仮に敵対したとしても――一度築き上げた関係が崩れたとしても、また、新たに作り直せばいい。

 お前となら……きっと、何度だってやり直せる。そう思えることが出来たから。

 悩み、重荷を背負ったお前となら、きっと分かり合えると思ったから。

 卑怯だろ? 弱みに付け込むなんて。けど、それをお前は許してくれる。

 隣に立って。言葉を交わして。そしてお前の葛藤の一部を知って。

 それだけで十分だ。きっと、お前は俺を、そして俺はお前を受け入れる。

 然るべき場所で、俺が間違わなければ、きっと。


「そいつは秘密だ。けど……たぶん俺はアンタとそんなに悪くない関係になれるんじゃないかと踏んでいる」


 俺の口から放たれた言葉は、どう言い繕おうが『拒絶』だ。けれども、未来への希望、願望を乗せてこの言葉を贈る。

 こちらの宣言に、リュエも『今はまだその時ではない』と察してくれたのだろう。

 彼女もまた少しだけ、本当に俺だけが分かるくらい微かに寂しさを滲ませた声で告げる。


「右に同じく。私も名乗ることが出来ないんだ。けれども――たぶんいつか、友達になれると思うよ」


 二人して、差し伸べられた手を振り払うような真似をしておきながら、平然と未来の関係を口にする。

 それが、やはりおかしかったのだろう。ダリアもまた複雑な笑みを浮かべる。


「クク、おかしな連中だ。だがまぁ……志は感じた。お前さん達からは、しっかりとした明確な志を感じた。守りたいと思う意思が、立ち向かおうとする気概を感じられた。俺は、そういう人間は好きだ」

「気が合うな」

「ふふ、私も同感だ」


 賞賛の言葉を告げたダリアが姿勢を正す。そして、しっかりとまっすぐこちら見つめる。

 その面差しは、先程までのどこか懐かしい、人懐っこいような笑みではなく、どこまでも真っ直ぐな、そして素直にこちらも佇まいを正したくなるようなものだった。

 その仕草一つ一つが、場の空気を神聖なものへと塗り替えていくような、そんな不思議な力を感じる。つい、こちらも釣られるように背筋を伸ばしてしまう。

 そんなまさしく聖女と呼べる様子の彼女が、静かに腰を曲げた。

 小さな身体が、さらに小さくなる。下げられた眩い金髪が、太陽を反射しキラキラと輝く。

 そして、顔の見えない状態のままダリアは語る。

 その内容は――謝罪だった。


「申し訳ありませんでした。どんな理由があれども、貴方達の平穏を乱したのは我々です。そして、その統率者である私に全責任があります。もしもこの先、その怒りが再び込み上げてきた時は、貴方達の報復を、責任を以って受けたいと思います」


 それは、聖女としての、国の中枢に立つ人間としての言葉だった。

 一個人ではなく、国の重鎮として報復を受け入れる。それは、言葉以上に重い意味を持っている。

 それを口にしたという事は……相当な覚悟を決めたという意味なのだろう。

 ああ、分かった。報復であれなんであれ、俺はすぐにでもお前に会いにいく。


「分かった。きっとそう遠くない未来で、俺が会いに行く」

「……分かりました。ですが、報復を受けるとはいえ、私も抵抗はさせて頂きます。どうか、それだけはご理解下さい」

「ああ、望むところだ」


 顔を上げたダリアは、再びどこか懐かしい笑みを浮かべてから背を向けた。

 結界を越え、その姿がおぼろげになり、やがて消える。

 その演じ分ける姿は、まるで仮面を被るがごとく。

 ……果たしてどちらが仮面になってしまったんだろうな、お前は。

 ただ草木が揺れる音に包まれながら、消えた姿を探すように森を見つめる。

 まるで、ダリアが去るのを待っていてくれたかのように、日が落ち始めていく。

 長いようで短い一日が、まもなく終わろうとしていた。

 ……何かが始まるような、何かが終わるような、相反する奇妙な胸騒ぎを覚えながら、俺達もまた境界に背を向けた。


「……これで、良かったんだね? カイ君」

「ああ。そう遠くない未来で、俺は、たぶんアイツに全てを打ち明ける」

「そっか。じゃあ、後の事は任せてもいいんだね?」

「……やっぱり、この里に残るんだな」


 ぽつりと彼女が、フードを外しながら語りだす。

 元々、今のリュエならば俺と離れても大丈夫だという話だった。

 彼女の望みを叶える為、俺はこの国の王の元へとたどり着かなければならない。

 本来ならば、可能な限り血を流さないでその目的を果たすという約束だったにも拘らず、俺が選んだ道は、そして俺に降り掛かった運命はそれを許してはくれなくて。


「無血には、出来なかったな」

「これは、私の望みから外れた出来事だよ。守る為なら、他人の為ならいくらでも血を流すさ、私だって」

「……出来ればその血は、自分じゃなくて相手の血にしてくれよ」

「……そうだね。私はもう……他人の為に自分を傷付けるのはうんざりだから、ね」


 その時、俺は初めて彼女の本音を聞いたような気がした。

 他人の犠牲になるのは嫌だという、意思。彼女らしくないとも言える言葉。

 けれども、きっと彼女の言う『他人』というのは……『敵』の事なんだろうな。

 彼女の『他人ではない相手』の範囲は、あまりにも広すぎるから。

 この里の住人の為に戦う決意をしたくらいなのだから。


 里への帰り道で、彼女がぽつりとこぼす。

 前を歩いていた彼女が足を止め、俺が追いつくのを待ち構えるかのようにしながら。


「カイ君。今のうちに言っておくよ。もし、この国と本格的に敵対してしまう事になったとしても……絶対にダリアとは敵対しないようにして」

「ん。それはまぁ当然そのつもりだよ。仮に敵対しても――」

「その『仮に』すらダメなんだ」


 珍しくこちらの言葉を遮る彼女。

 浮かぶのは、若干の恐怖の色。それはまるで友達と決別するのを恐れる風ではなく、例えるなら、とてつもなく恐ろしい存在に狙いを定められたかのような、逃れられない死が迫ってくるかのような、そんな深い恐怖。

 何故、そんな顔をするんだ、リュエ。


「カイ君、『賛美歌 戦いの記憶』という魔導を知っているかい?」


 すると彼女は唐突に、懐かしい名前を口にした。

 ゲーム時代に存在した魔導の一つ。聖騎士を最大レベルまで上げ、なおかつ関連するクエストをすべてクリアしたキャラクターのみが習得可能な『最強の自己強化魔導』。

 その効果は『装備中の武器のステータスをそのまま自分のステータスに上乗せする』というもので、要するに武器を二重に装備するようなものだ。

 そして武器の一五段階のレアリティに応じて全ステータスに補正がかかり、さらに特定の武器の場合は更に特殊な効果を得ることが出来るという、習得難易度に見合う最終奥義のような扱いの術だ。

 懐かしい。ゲーム時代にリュエが装備していた剣は、この補助を活かすために最もレアリティが高く、なおかつ入手が困難な、グランディアシードにおける最上位の一角をなす一振りを持たせていた。

 あの剣で補助を発動した状態のリュエの強さは本当に手がつけられなく、チーム戦で単独で相手チームを壊滅状態まで持っていける程だったっけ。

 スーパーアーマー付与のダメージ三割カット。

呪文詠唱速度二倍のMPリジェネ速度二倍。

 移動速度二倍の全ステータス+15%とかいう、まさしく鬼神の如き強さだ。

 サブ魔導師故の決定力の少なさや、補助効果なしの場合の打たれ弱さ。

 機動力の低さやら最大HPの少なさをすべて補いまさしく化物と化す我らが聖騎士様。

 ううむ……あれほど頼もしい後ろ姿はありませんでしたな。


「カイ君。私は、今回この剣であの魔導を発動させたんだ」


 すると彼女は腰から『神刀“龍仙”』を引き抜きながらそう言った。

 ……待て。その剣の性能は俺だって知っている。龍神を封じるにふさわしい破格の性能を持つ最強の一振りだ。その剣で発動したとなると――

 どこまでの力を得られるというのだろうか? 想像がつかないのだが。


「……いや、だとすると……リュエ、まさかその状態で――」

「私は、術式越しにダリアの魔力の波動を受けて気を失った。あの魔導を発動した上で、さらに直接戦ったわけでもないのに拘らず、ね」


 なんだよ、それ。ダリアお前……一体どこまで強くなっているんだ?

 想像がつかない。それはもはや、途方もない極地に至った強さなのではないだろうか?

 ならば……何故今のようなポジションに納まっているんだ、お前は。

 それはもはや、しがらみもなにもかも切り捨てられる程の力じゃ――ああ、それは俺もか。

 俺も、自分の力だけを振りかざして自由に振る舞うことが出来ない。

 それは人との関係や、これまで歩んできた歴史がこちらの理性を補強してくれるからだ。


「カイ君。君は、ダリアと戦ってはいけない、絶対にね」

「そういう、事か。分かった、絶対にそれだけは避けるよ」


 たぶん、それは下手をすれば、途方もない被害を生み出す未曾有の災厄になってしまうから。

 そんなの、俺だってお断りだ。

 彼女の忠告をしっかりと胸に刻み込み、森を抜けて里に辿り着く。

 すると丁度その時だった。この不自然な空の色が変わり始めたのは。

『ああ、もうそんな時間なのか』と、瞬く間に黒に侵されていく朱の下を二人で駆け、里長の屋敷へと向かうのだった。






 屋敷の扉を開くなり、その咽び泣くような声が薄暗い屋敷の奥から漏れ聞こえてくる。

 何事かと、その音源である里長の部屋へとノックをする間も惜しむようにして踏み入る。

 その声の主は――


「いや、だから里長は眠っている間息はしないし、元々心臓の音も聞こえないから……」

「そ……そういえばそうでしたね……すみません、アマミ」


 レイス、おまいさんだったのか。

 どうやら、里長の加減を見に来たところ、息もしていないし心臓も動いていない事に気が動転してしまい、それでつい勘違いしてしまった、と。

 すると、どうやってか周囲の様子を探っていたのだろう。横になっていた里長の瞳がゆっくりと開かれた。


「主要メンバーが揃ったようですね」


 部屋の中には、アマミとクーちゃん、そしてレイス。

 そこに俺とリュエがやってきたところだ。

 ふむ、周囲の生体反応の数を起動キーにでもしていたのだろうか?

 そんな考察はさて置き、心なしか先程より声が小さい里長の言葉に耳を傾ける。

 もう、あまり長くないと皆が気がついているからか、余計な質問をする人間もおらず、ただ大人しく彼女が話す言葉を今か今かと待ちわびる。


「既にアマミから説明がいってるいと思いますが、私は少し長い眠りにつきます。そのまま朽ちるか、それとも目を覚ますかは……こう言っては何ですが、皆さんの働き次第になるでしょうね」

「約束は出来ないけれど、全力は尽くします。もし次に起きた時は、とびきりのご馳走を期待していてください」


 最初に振る舞ってもらった料理の数々のお礼に。この場所に置いてくれた恩返しに。

 そして、リュエと浅からぬ関係にあるこの場所を守護してきた事への敬意をこめて。


「さて……里の皆には極力干渉しないようにしてきましたし、私がいなくなっても劇的に生活が変わることもないでしょう。ですが、共和国側からの使者、商人への対応は、代表者がいなければなりません。出来ればそれはクーかアマミにお願いしたいのだけれど」


 今回、リュエとダリアが張り直した結界はサーズガルド側のもののみ。共和国側の結界はこれまで通りであり、そして外部協力者からなんらかの接触もあるだろう、との事だ。

 その対応は里長自らが行ってきたそうだが、これからはそれも出来なくなる。

 そして意外にも、アマミはともかくクーちゃんもこの里の中では最年長にあたるらしく、自分で育てた作物を直接共和国側の人間と取引したりもしてきているそうだ。

 なんでも『にゃんこ印のよく育ったにんにく』というブランド名で、隠れた人気商品だとかなんとか。


「分かった。共和国側の人には私の方が通りが良いから対応する」

「ええ、そうして下さい。では次に……」


 淡々と、業務引き継ぎ作業のように里の中枢を担う業務がクーちゃんとアマミへと引き継がれていく。

 それは『これで最後かもしれない』という、言葉にせずとも分かる里長の決意なのだろう。きっと、それは二人にも伝わっている。

 どこか眠たそうな眼をしっかりと見開き、一語一句聞き逃すまいと熱心に話を聞くクーちゃん。

 同じく聞いた言葉を逐一メモに取り、何度も頭に叩き込んでいくアマミ。

 そして、一通り必要な事を伝えた後に里長はゆっくりと、最後の力を振り絞るようにこちらへと首を向けた。

 どこか光が弱まったような赤い瞳が、確かにこちらの姿を映している。


「貴方達の最終目的を、まだ聞いていませんでしたね。ですが……好きになさってください。必要ならここにいても構いませんし、協力が必要なら、アマミに言ってください」

「……分かりました。お気遣い、感謝します」


 それは、本当に時間がないから故の言葉だったのか。それともこちらを信頼してくれたが故の申し出だったのか。

 ただ、後者だったらいいな、と。少しでもこの、唐突に現れた人間である俺達を信用してもらえたら嬉しいな、と。

 たぶん、俺はもうこの場所を好きになってしまったのだろう。

 静かで、自然に囲まれた、無邪気な住人達が身を寄せ合って暮らすこの場所を。

 多様性を否定され、他者との違いで拒絶されても、幸せを謳歌しようと暮らすここの住人を。


「では……次に目を――覚ま……した時の――ご馳走を、楽しみにしつつ……」


 そしてもはや、満足に言葉を続ける事も出来なくなった彼女が、赤い瞳をゆっくりと閉じながら、たどたどしく最後の言葉を口にする。

 けれども長いまつげが交差しようとしたその時だった。唐突に目を開き、まるで最後の力を振り絞るかのように、早口で――


「あ、でも眠っている間に勝手に服を脱がせたりいかがわしいことをするのは禁止ですからね。私は淑女なのでそういった行為はしっかりとお互いの同意の元に――」


 次の瞬間、ドサッと音をさせながらクッションに倒れ込む里長。

 ……最後の最後で、それですか……さすがです、本当にさすがとしか言いようがありません。

 ……ワザとですよね? 変に悲しいムードを残したくないからという、配慮なんですよね?

 ……変な空気が残されたんですがそれは。


「……ええと、カイヴォンは王都に行くんだよね」

「ああ、そうだよ。リュエはここの里に残る予定だけれど……」

「そうだね、まだ結界が出来たばかりだし不安もある。私が責任を持ってここで監視しておくよ」

「……私も、ここに残ります。生活に変化は起きないとはいえ、住人の皆さんを庇護する里長がいない状態というのは……それに……」


 レイスがこちらに目配せをする。

 申し訳ないという意思が込められたそれを受け止め、静かに頷く。

『リュエを頼む』という意味を込めたそれを、彼女も理解してくれたのだろう。

 どこか心配そうにリュエの方に視線を向けながら、彼女の隣に立つ。

 ああ……これで本当に俺は一人旅になってしまうのか。

 少し……いや、かなり寂しい旅になりそうだ。


「私は、早速共和国側の方の出入り口にある検問所にお引っ越しする。にんにく運んでおかなきゃ」

「それでしたら、後ほど私もお手伝いしますよ。以前、商人がかなり酷い交換レートで取引していましたし、念のために」


 皆が、これからの事を考えて動き始める。

 里長が眠りについた事により生じる穴を埋める為に。新たな体制、結界を見守る為に。

 ああ、その方がいいだろう。もしかしたら、俺もまた綺麗事だけでは済ませられない道を行くかもしれないのだ。そこに、最愛の彼女達がいては……きっと取れる手段が少なくなってしまう。

 ……自分の汚い部分を、愛する人間に見せたくない。そんなエゴを、俺だって持っているのだから。


「……今回の規模、そしてダリア様が報告に戻った事を考えると、間違いなく王都の警戒の度合いが上がっていると思う。やっぱり、向こうの出兵のタイミングで入り込むのがベストだったんじゃないかな」


 どこか考え込むようにしていたアマミが語りだす。

 ああ、たぶん彼女の言うとおりなのだろう。けれどもそれはもう終わった事だ。

 もしかしたら俺がいなくても、被害の大きさはそこまで変わらなかったかもしれない。

 けれども……やっぱり俺は間違えてしまったとは思えなかった。


「……それでも、俺はこの選択が間違いだったとは思わない。どんなに難しくても、俺はなんとしてでも王都にたどり着いてみせるよ」

「……騒ぎを起こした段階で、カイヴォンが望む結果は得られないんでしょ?」


 それでも、こちらを否定するような言葉を重ねるアマミ。

 ……無謀だと、まるでこちらを止めようとするような意思を感じるその物言い。

 すると彼女は意を決したかのようにこちらに向き直り――


「……私が一緒に行くよ、王都に」


 そう、宣言したのだった。









「以上がこの結界の向こう……便宜上『異界の森』と呼びますが、そこで起きた事の全てです。自由騎士の皆さんをお預かりしたにも拘らず、無事の帰還を果たすことが出来ず、申し訳ありませんでした」


 今回派遣された自由騎士を統括するリーダー、恐らくフェンネルと繋がりがあるであろう人物に、デタラメの報告をする。

『長い間放置され、結界や術式が複雑に絡まった異界と化していた。だが、どうやら何か他の使命を受けていたのか、こちらの命令を無視して何やら魔導具を発動、内部の結界が暴走し、その余波で多くの人間が飲み込まれてしまった。その被害を食い止めるために、異界と化した森を封印しました』と。

 確認のとれない嘘は、確認のとれない真実と大差がない。

 こちらの報告に納得は出来ないだろうが、飲むしか無いんだよ。

 そもそも……そっちも俺に隠しごとをしていたんだろ? 最初からあの場所の内部構造を知っていなきゃ、あんな魔導具を持ち込ませたりはせんだろうに。

 ……白髪の里か。そこまで憎いのかね、お前さんは。

 そこまで恐ろしいのかね、古の魔女が。

 ……俺には、白髪のエルフという理由だけで忌み嫌うお前らの気持ちが分からんよ。

 そこまで、そこまで恐ろしい出来事があったのかよ。

 だが……俺の目覚めに呼応する以上、無関係ではないのだろう。

 そしてその里の存在を知っていた以上……なにか知っているんだろう?

 目の前の男の瞳を強く見つめる。その瞳の先に、何かを隠しているであろうフェンネルがいるような気がして。


「貴方達に指示を出している人間には、私から直接報告を入れておきます。……お互い大変ですね、秘密主義の人間にこき使われるのは」

「……さて、なんのことでしょうか」

「……悪いが今日の俺は機嫌が悪い。聖女でいられるのも時間の問題なんだよ」

「ヒッ!」


 ナメんなよ、俺は久しぶりに俺を取り戻した気持ちで一杯なんだ。

 フェンネル……適当に逸らかすのはナシだぜ、今回ばかりは。

 逃げるように宿から発つ男を窓から見送りながら、腰にさしている剣をそっと撫でる。

 無骨で、目的だけを優先した、セオリーを無視した得物。

 魔導師の使う剣。強ければそれでいいという理念の元生み出した一振り。


「花言葉なんて、ガラじゃないんだがねぇ」


 とても、懐かしい感じがした。

 だからつい、物思い思いに耽ってしまう。

 魔車が用意されるまで、俺は一人ベッドに腰掛け、中断していた晩酌の続きと洒落込む。

 ……以前、わざわざセミフィナルから取り寄せた酒。

 それを口に含みながら、剣を対面する場所に立てかけた。


『儀礼剣 ジニア・リネアリス』


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