二百六十七話
(´・ω・`)
『よう、久しぶりだな。ああいや、別に大した用事じゃないんだけどな?』
思い出す。思い出が溢れかえってくる。今日今この瞬間まで、ここまで多くの事を、あの世界での出来事を思い出す事なんてなかったのに。
『ゲーム、始めたんだ。オンラインゲームってヤツだよ。なんか離れていても遊べるらしいって……なんだ、そういうゲームって結構あるのかよ、知らなかったわ』
真っ先に、お前に連絡した。また一緒に遊べるぞ、と。ガキだった頃みたいに遊べるんだぞって、教えてやりたくて。
Kaivon: おいおい、お前そんなキャラ作ったのかよ
Daria: 別にいいだろ? ほら、可愛い女の子だぞ
Kaivon: 生憎俺はお姉さま派なんだよ
今でも思い出せる。画面の向こう側のお前が用意したのは、小さくて、金髪の――
「お前がこの侵入者達のリーダーで間違いないな?」
森の奥地にて、地面に剣を突き立てているそいつを見つけ、俺はただ感情を表に出さないように心がけながらそう声をかけた。
背の低い、ゲーム時代と変わらぬその姿に、この世界に来てから初めて見たと言うのに懐かしさを感じてしまう。
赤黒いローブ姿のそいつは、今も集中しているのか、こちらの呼びかけにも応えず、ただひたすら地面に何かを流し込むように、剣に手をかざしている。
そのまま暫し無言でその様子を見守っていると、俄にかざしていた手を下ろし、そしてゆっくりとこちらに振り返った。
……思えば、こいつも金髪碧眼だったな。ブライトと同じ身体的特徴を備えている。
どう贔屓目に見ても子供にしか見えないそいつは、しっかりとこちらを見据え、そして先程の質問に幾分遅れて応えたのだった。
『ああ、俺が襲撃者のトップだ』と。
「……随分と恐ろしい出で立ちだが、お姉さん方の仲間って事でいいのかね」
「ええ。私達の切り札です」
ダリアがレイスに問う。そして返ってきた答えに満足したのか、ようやく警戒を解き武器を収める。
見たことのない武器だ。赤銅色の短い剣。まるで木刀のように飾り気もなにもない一振り。こんなもの、ダリアが使っていたのを見たことがない。そもそもこいつは術士だろうに。
「それで……落とし前でも付けさせようって魂胆なのかね?」
「……もう、みんな死んだ。だがこのまま終わらせては、第二第三の襲撃者が来るかもしれない。それをお前にどうにかしてもらおうと思ってな」
年の頃一四かそこらの、見た目だけなら可憐な少女と呼べる出で立ちのダリア。
けれども、その口から紡がれる、どこか飄々とした物言いは、どうしてもこちらの古い記憶を刺激して、言いようのない思いが膨らんでいく。
……変わらない。何百年経っても、お前は変わらない。その様子につい、今この場でこちらの正体を明かしたいと、このまま俺の側についてくれないかと、そんな希望を抱いてしまう。
だが……きっとそれは上辺だけ。心の底からの信頼を、仲間意識を、昔の関係を今すぐ取り戻せるなんて思っていない。
明確に俺は、この国に対して敵意を抱いている。そんな人間にこいつがいきなり従うとは、思えなかった。
おかしな話だ。オインクと再会してすぐの頃の俺は、深く考えもせず『俺の為なら国を裏切ってくれるはずだ』なんて、なんの根拠もなしに信じられたというのに。
きっと、あの頃の俺はまだこの世界で生きる事を、生きてきた年月というものを軽視していたのだろう。
だが俺自身が多くの人間と接し、歴史を感じ、そしてオインクの歩んだ道、築き上げた物を間近で見て、初めて分かった。いや、思い出したのだ。『人は、変わる』という事を。
「全員……か。俺の部下も、自由騎士の連中も残らず倒したか。なんだよ、やっぱりまだいるんじゃねぇか、こういう使い手が」
「結論を聞かせてくれ。協力してくれるのか否か」
「断ると言ったら、一戦交えなきゃならんのかね?」
「そうだな。お前は確かに強いが、俺の方がさらに強い」
「大した自信だ。だがこっちに害意はないよ。そうだな、こっちからも条件を提示させてくれ」
自分自身への絶対的な自信から来るものなのか、それとも生来の気風からなのか、どこまでもペースを崩さずに語るダリア。
きっと、こいつにも絶対に譲れない願いが、守りたいものが、既にあるのだろう。
人は変わる。そんな事、ちょっと考えれば分かる話じゃないか。
あの世界で、俺の友人だったのはなにもコイツだけではない。
共に学び、同じ道を志した友人だって確かにいた。
けれど――変わっていく人間ばかりだった。
例えば、いつも馬鹿やってた友人が、ある日を境に遊ばなくなった。こちらとの交友関係を二の次にしはじめた。そしてその理由を尋ね、納得した。
『今度、結婚するんだ』『子供が生まれるんだ』『親の跡、次ぐんだ』
そう、なにもこの世界だけの話ではない。人は変わる。大きな節目で人は容易に変わる。
ならば、この世界で途方もない時を、大きな節目を何度も経験してきたであろうダリアが、変わらずに俺を優先してくれるはずなど……ないではないか。
きっと、オインクだってそうだ。もしも俺が『エンドレシアを滅ぼす』『ギルドを乗っ取る』『セミフィナルを俺の国にする』そんな目標を掲げていたら、間違いなく敵対していた。
当たり前だ。この地『サーディス』においては、俺は間違いなく今上げたような敵対者、侵略者でしかないのだから。
故に、譲歩する。ダリアの要求を、ただ大人しく聞く。
「この先を、見せてくれ。なにがあるのか、俺に」
「……それをお前が望むなら。だが……覚悟しろ、お前が一体何をもたらしたのか」
居住区画の中央では、既に多くの住人の手によって消火作業が終わりを迎えようとしていた。
共和国側の住人だろう。比較的身体が大きい、大人に近い人間達の手により瓦礫が撤去され、そして俺が撒き散らした多くの死体を一纏めにしているところだった。
そして、その指揮を執っているのは恐らくクーちゃんとリュエの二人。
ローブ姿のリュエは、死体の山へと向かい浄化の魔法を唱えている。
クーちゃんは自分の家を失い泣きじゃくる子供達をまとめて一生懸命慰めている。
共和国側の人間達もまた、自分達が知らない間にこんな事件が起きたことに嘆き、これからどうするべきか今も頭を悩ませ、燃え跡の前で輪を作っている。
重い、ひたすら重苦しい光景がそこには広がっている。
それを、ダリアに突きつける。
「誰かがコイツを発動させた。その結果、あの中央にある林から大量の人間がなだれ込んできて――」
懐から取り出した風を装い、俺が殺したローブの人間が手にしていたアイテム『フレイムガルドの禍玉』を投げ渡す。
そして、あの時俺が見た光景、聞いた言葉の数々を伝える。
まぁ尤も、それを伝えるまでもなく、目の前に広がるこの光景はダリア、そしてレイス、アマミの心に大きく強い揺さぶりをかけてしまったのだが。
「そんな……直接この場所に……みんなは!?」
「里長が避難させてくれたよ。多少の怪我や火傷はしていたみたいだけど、彼女がいる以上もう治療は済んでいるはずだ」
「……分かった」
アマミの焦る気持ちが伝わってくる。
この状況で、更に追い打ちを掛けるような事実を教えなければならないのが心苦しいのだが……伝えない訳にはいかないだろう。
「アマミ。里長の容態が良くないんだ。出来れば、会いに行ってくれないか」
「え? 里長ならすぐに良くなると思うけれど……」
「それでも、だ。ちょっと様子を見に行ってくれないか」
恐らく、これまでも何度か彼女の身体に不具合が起きた事があったのだろう。
どういう仕組なのか、なにを動力としているのかすら分からないが、彼女はあの森の中の残骸の力で生きながらえてきた。
それも、本来とは違う方法で強引に。
恐らく何十年も、もしかしたら何百年もそうして生きながらえてきたのかもしれない。
……無理をしていたに決まっているじゃないか。
こちらの様子に何か感づいたのか、アマミもまた神妙な表情へと移り変わる。
そして、小さく『行ってくるね』と呟き、屋敷へ向かい駆け出していくのだった。
「里長というのは、この場所の責任者か。襲撃で重症を負ったなら、俺がすぐにでも――」
「だったら、お前はこの場所をしっかりとこの先も守るための手段を考えてくれ。この光景から逃げる口実に使うんじゃねぇよ」
弱々しく提案したダリアに、そう突きつける。
ああ、そうだろう。お前ならまだ可能性はあるだろう。
機械に強く、そしてリュエ以上に術式に精通しているお前ならば。
だが……それも、この里がこの先も平和を勝ち取れてこその話だ。
だから、悪いが今だけは俺も容赦はしないぞ、親友。
案の定、図星を突かれたからか、ダリアは罰が悪そうな表情をし、そしてゆっくりと今も子供達の治療に行っているリュエの元へと向かっていく。
……リュエも、ダリアを覚えているはずだ。彼女にとっても、千年ぶりの再会に、なるのだろうな。
「お前さんかい。この里の結界を維持していたのは」
「……そうだよ。さすがじゃないか、聖女様」
「その言葉、そっくりそのまま返す。他人のバックアップもなしで、しかもあんな強引な方法で俺に一矢報いたんだ。それに……結果として間違えていたのは俺の方だったようだ」
彼女の治療に、ダリアも加わる。
その効果は劇的で、二人を中心にどこか基盤の回路のような、幾何学模様のような術式が周囲全体を包み込み始めた。
その瞬間、こちらの足元からなにかが吸い出されていくような、そんな奇妙な感覚を捉える。
「これは……カイさん、これは再生術です……しかも、私も知らない術式のようです」
「……なるほど」
きっと、現代科学やら機械工学やらを混ぜ込んだのだろう。
俺程度のにわか知識ですら、リュエの術式研究の役に立てたのだ。元々俺以上に知識のあるアイツが直接術者として扱うのなら、その効果は計り知れないのだろう。
「悪かった。全部、直すから」
「それが出来るなら、お願いするよ」
少しだけ寂しそうに、リュエが語る。
『私はリュエだ』と『君を知っている人間だよ』と、もしかしたら言いたいのかもしれない。
オインク同様、ダリアもまた、確かに彼女の記憶の中に存在する友人なのだから。
彼女の思い出の中に俺はいない。けれども、俺以外のみんなはしっかりと存在するから。
広がり始めた術式が、周囲の家、林、広場全体へと広がっていく。
すると焼け焦げた木材が、灰が、崩れた壁と共に、林の中の切り倒された木を吸い込みながらどんどんと元の姿へと戻り始めたではないか。
リュエの使う『ディスペルアース』同様、時間を逆再生するかのような奇跡にも似た御業。
だが、ダリアのそれは自然物だけでなく、人工物をも元に戻す。
……ただ、どうしても細部は粗が目立つようだが。
「悪いが元を知らないから俺の想像が殆どだ。屋根の色が分からん。塗料の成分は分かったんだが」
「……私は、こういう色も好きだよ」
マーブルカラーである。せめて塗り分けるなりなんなりしろ。
けれども、見る見るうちに形を取り戻していく建物の姿に、子供達の涙が一斉に晴れたのは紛れもない事実だった。
前とは違うけれど、その不思議な模様の屋根を見た子供達が、再び笑顔を取り戻してくれた。
……わざとなんだろうな、お前の事だから。
「聖女ダリア。お前の罪は絶対に晴れない。それだけは忘れるな」
「……ああ、そうだろうよ。一度失った信モノは、絶対に戻ってこない。戻ったと思ってもそれは幻想。新たに築き上げたに過ぎない」
「……良い考え方だな。そうだ、失ったモノは返ってこない。新しく作るしかないんだ」
その考え方は、俺がかつてお前に語って聞かせたものだ。
止めろ。ここでお前を『久司』だと思わせるような言動を見せるな。
我慢出来なくなってしまうだろうが。ヘルムを外してしまいたくなるだろうが。
「ああ。そうだな……なら手始めに俺がやるべき事は……この先の平穏の為の冴えたやり方を考える事、か」
「……襲撃に関わった人間は、お前を除いて全員が死んだと見ていいんだな」
「ああ。さすがにこの人数が戻ってこないと、俺の部下はともかく自由騎士側が黙っちゃいない」
敵じゃない。こいつは敵じゃない。ならば、助言を。
どうかこの先も敵にならないでくれと祈りを込めて。
本当は本人だって気がついているはずなのだ。自分が利用されただけなのだと。
それが何者の差し金なのかは俺には分からないが、きっとコイツには分かっている筈だ。
なぁ、お前は分かっていて、利用されると分かっていてここに来たのか?
まだ分からないんだ。俺はお前が今、どんな状況に立たされているのか、それすら分からないんだ。
どこまで手を差し伸べていいのか。どこまで信じて良いのか、それすら手探りの状態なんだ。
それでも、少しだけなら、差し伸べてもいいだろう?
……本当に、本当にずっとお前達に会うことを目的にしてきたのだから。
「……構成員は、皆結界に飲まれた事にしたら良い。お前の静止を振り切った連中が飲まれたと。この場所はもう、誰一人立ち入ることが出来ない場所になってしまったのだと、そう伝えると良い」
「それでも解析を試みる人間が出て来るんだよ。ならいっその事本当に閉ざす方がまだ建設的だ」
「お前が強力な結界を張ってもダメなのか?」
「俺が張ったとバレてしまうだろう」
久しぶりに交わす会話に、どこか望郷心を刺激される。けれども今はそんな思いを封じて、この場所をどうするかで頭を悩ませる。
すると、先程から黙り込んでいたリュエが静かにこちらに歩み寄ってきた。
フードで顔を隠した彼女が今、どんな表情を浮かべているのか俺には窺い知れない。
けれども、その足取りはしっかりとしたものであった。
「元々ここに張られていた結界とは違う物を今、仮の結界として張っているんだろう?」
「ん、ああそうなるな。ふむ……元々の術式と組み合わせて、俺の仕業だと分からないようにすると?」
「話が早くて助かるよ。結界の起点に案内するから、一緒に来てくれるかい」
「ああ、そうだな。できるだけ早い方が良い。作戦開始から半日。そろそろ外の人間が確認に来てもおかしくないから、な」
提示された案をすぐに飲み込み、二人がその起点へと向かおうとする。
……なら、俺もそちらに向かうべきだろう。
この場に残る住人は、ダリアの作った新たな家を見てはしゃいでいる様子だし、もう大丈夫だとは思うのだが……念の為、レイスを残していくべきだろうか。
その提案をする前に、彼女の方から『私は念の為、ここで皆さんの様子を見ておきます』と言ってくれた。
もう既に結界は構築され直しているが、万が一があるからと、一応林を警戒してくれとだけ彼女に伝え、俺も二人の後を追いかけるのであった。
「……なるほどな。こんだけ馬鹿でかい白霊樹ならあの結界強度も頷ける」
「術式はこれだよ。外部にまで繋がる大規模なものだけれど……よく簡単に破れたね」
大樹の根本にある祠の前で、二人が会話を交わしている。
心なしか悔しそうに言うリュエに対して、ダリアは少しだけ照れたような笑いを浮かべながら『俺は反則をしていたんだよ』と告げる。
「俺以外の術式は、みんな式の整え方に穴があるんだ。隙間を通る術式が一つと、相手側の術式の始動地点に入り込む式が一つあれば、大抵の場合は内部から解除出来てしまうんだよ」
「ふむ……よく分からない理論だ。けれども実際に破られた以上、そういうもの、なんだろうね」
「対策さえすれば簡単に防げるから、それを今から見せる」
まるでコンピューターウィルスの様な説明だが、あながち見当ハズレな例えでもなさそうだ。
やはり、知識の差というのは魔法技術においては絶対的な力の差になってしまうようだ。
正直こちらは門外漢なので、二人が今も繰り広げている会話や、何やら浮かび上がる紋章が何を意味しているのかさっぱり分からない。
だが時折聞こえてくるリュエの『凄い、丸くない術式なんて初めてだ』『並べ替えても発動する仕組みなんてどうやって思いついたんだい』等という、心の底から驚く声が、なんだか微笑ましくて。
こうやって、いつか本当に互いの正体を明かして、今のように語り合える日が来たらいいな、なんて夢想してしまう。
……本当に、いつかそんな日が来るのを、切に願う。
「なるほど……術式の考案者はある種の天才だな。経年劣化まで計算して式を編んだか。それも、街道の使用状況まで計算するなんざほぼ未来予知だぜこれは……」
「そうだろう? これを、どう改良するつもりだい。この先誰もここに無理やり入ってこれないようにするにはどうすればいいんだい?」
「そうだな。まず並びが原始的すぎる。せっかく凄い仕組みでも隙が多すぎるから、こいつの配列を分かりやすく纏めていく。その上で、さらに並び替えて暗号化するんだ。それで仕上げに、アンタが表面を何かこう、強引な術式で覆い隠してしまう」
「強引……私の術式はそんなに強引なのかな?」
「正直、強引だと思った。魔力量や術式を編む速度に物を言わせた様な。まぁ俺以外ならそれで完封出来るだろうとは思うが」
二人は完全に新たな結界の構築に集中しだし、俺はもう会話に入る余地はないようだ。
ならば、先に様子を見に行くべきだろう。
もうすぐ動かなくなると自分で告げた彼女と、そんな彼女を慕うアマミの元へと。
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