二百六十六話
(´・ω・`)
どこにでもあるような一軒家。
赤や青、緑色と思い思いの色で塗られた屋根を持つ、木製の小さな家々が立ち並ぶ居住区。
その中心部である広場には、少し広い程度の自然公園のような林がある。
住人はこの周囲で物々交換をしたり、林の内部から繋がる他の森の中へ食べ物を採りに入ったりと、住人の生活の中心にあると言っても過言ではない、そんな憩いの場。
けれども、俺が駆けつけた時にはもう既に、そんな少し前まで広がっていたであろう光景が見る影もなく破壊され、怒号と泣き声、そして金属の打ち合う音、建物の燃える音が轟く地獄と化していた。
「なんで……居住区に侵入者なんて……」
疑問が浮かぶ。けれどもすぐに奪剣のアビリティを組み換え、やるべき事をなす為に足を動かす。
聞こえてくる。泣き声に混じる忌々しい侵入者の心無い言葉。
『忌み子の里だったのか』『厄災の種だ、全員殺せ』『一人も逃がすな、住処を燃やせ』
ただでさえ、ストレスの捌け口としてお前達を待ち構えていたというのに。
まさか、こんな燃料引っさげて出向いてくるなんてな。
【ウェポンアビリティ】
[殺戮加速]
[怨嗟の共鳴]
[龍神の加護]
[生命力極限強化]
[絶対強者]
[全能力+5%]
[素早さ+50%]
[攻撃力+35%]
[硬直軽減]
[簒奪者の証(闘)]
アビリティのデメリットなんて知るか。
殺しが必要だなんて物騒な効果なんて知ったことか。
全身に滾る衝動を全て足に込めて、地面を強く蹴り、惨劇の舞台となるべき場所へと駆けつける。
通りがけに薙ぐ。出会い頭に刺す。走りながら振り回す。
アビリティは応えてくれる。確かに視界に映る光景が、どんどんその残像を長くしていく。
森から次々に現れる見知らぬ集団。それらが獲物を見つけたと声を上げる前に通り過ぎる。
通り過ぎた後にはただ躯が転がり、再び同じ場所に駆けつけた時に初めてしっかりと死んだのだなと確認する。
この大きな林を、ひたすら回る。ぐるぐると周回する。
足が、どんどん早くなる。木々の周りを一周するのにかかる時間が、どんどん短くなる。
何を殺したのか、誰を殺したのか、それすら分からずにひたすら森から出てくる見知らぬ人間を屠り続ける。
やがて、いくら周囲をまわっても次がこない事に気がついた俺は、ようやくその足を止め周囲の様子を確認した。
「……住人はもう逃げたのか?」
燃える家から声が聞こえることもなく、先程聞こえたにも拘らず子供達の姿もない。
誰かに引率されて逃げた……? 俺より先にここに来た人間がいたのだろうか。
敵が現れる林から遠ざかって良いものかと考察する。けれども、もし既に居住区内部へと向かった敵がいたとしたら。
もう一度木々の周りを馬鹿げた速度で一周し、異常がない事を確認して奥へと向かう。
景色が、もはや意識しないと認識出来ないほどの速度で流れる。
そして次第に居住区の奥へ続く道に赤いまだら模様が描かれ始める。
それは、紛れもなく血痕。まさかと思い、周囲を注意深く観察しながら足を運ぶ。
けれども、幸いな事に血痕の主はいずれも見知らぬ鎧を纏った人間や、ローブ姿の男と、明らかに外からやってきた人間のものだった。
一人……二人……一体何人の人間が紛れ込んだのだろうか。折り重なり、積み重なり、バラバラにされ一纏めにされたその死体の山に、どうしてこんな事態になってしまったのかという疑問が先行する。
そして同時に思う。ここまでの惨劇を作り出した、恐ろしくも頼もしい味方が誰なのかを。
しかし、やはりと言うか、案の定――
「……遅かったですね。殆ど私が倒してしまいましたよ」
この状況に似つかわない、鈴を鳴らしたような静かな声。
世間話……いや、むしろ家の中で交わす取り留めのないやり取りのように気安くかけられる声。
「いや、居住区の林からどんどん敵が入ってきていたので、そちらの処理を」
「あら……こちらに誘い込んで一網打尽にしようと思っていましたのに」
その声の主は、大勢の子供に囲まれた里長だった。
もはや綺麗な部分がどこにもない程の返り血を浴びた姿で道に横たわっていた。
子供達が必死に彼女の元に何かが入った瓶を持ってくる。
けれども彼女はそれを断り、ただ小さく『濡れたタオルを持ってきなさい』と言う。
横たわる彼女の衣服には無数の焼け焦げと切られた後。矢でも放たれたのか穴も空き、その衣服に隠されていた作り物のように白い素肌が見え隠れしていた。
……ああ、そうだとも。『作り物のように』だ。彼女が作り物であるものか。
「里長、俺が遅れたばっかりに」
「いえいえ。私がここにいたのも偶然でしたから。どうやら、結界の崩壊と同時に、あの林と繋がっている場所から逆に外の人間が入ってきてしまったみたいです」
彼女が言うには、恐らくあの林と繋がったのは偶然ではないとのことだ。
最初からこの里の構造をある程度知っている人間による、破壊工作だったのだろうという話だった。
だとすると……ダリアに結界を破らせたのは、その工作の為だと?
横たわった彼女は、やはり痛みを感じていないのか、いつも通りの様子で語ってくれた。
恐らくもう、手も足も動かないのだろう。子供が持ってきたタオルを受け取ることも出来ずに、今度は『手足と顔を拭いて下さい』とお願いしている。
……傷を、負ったのだろう。大きな傷を。
自身の身を顧みず住人の為に戦った彼女は、はたして『最初に受けた命令』を忠実に遂行しようとしたからなのか、はたまた『里長としての務め』を全うしようとしたからなのか、それとも『子を守るのは自分の使命』だと思ったからなのか。
それは俺には分からない。だがそれでも、本物だろうとも。こうして住人の為に戦った彼女の意思は本物なのだろうと、ただその事実だけを刻み込むようにして、彼女の姿を見つめる。
「里長、身体の具合はどうなんですか」
「そうですね、自己修復にエネルギーを回せばなんとか立ち上がる事は出来るでしょうが、そうすると残りの時間が少なくなってしまいますからね。それは避けたいところです」
「俺が、あの場所まで運びますよ」
「いえ、残念ですがそれはもはや意味をなしません。もともと無理やり供給をしていたので、今回の事で完全にガタがきてしまいました。もう、供給は不可能です」
まるで当たり前の事を話すように、頼まれた料理が作れないと断るように、そんないつもの調子で彼女は否定の言葉を紡ぐ。
それはつまり『自分の死』を意味するというのに、ただ横になったまま、微笑みすら浮かべて。
「夜までは持つでしょう。それまでに終わらせて来て頂けませんか? 先程からこの里に新しい結界が張られつつあるのを感じます。恐らく動いている人間がまだいるのでしょう」
「新しい結界……分かりました。この戦いを一刻も早く終わらせてきます」
「では、そうですね、私は屋敷で待っているとしますかね。みんな、ちょっと私を連れて行ってくれませんか?」
彼女がそう言うと、子供達がどこからか持ってきた荷台に彼女を乗せ、ゆっくりと屋敷へと運び始める。
子供達は、彼女の身体を重いとは感じていないようだった。
ただ、今自分達が運んでいる彼女が『良くない状態だ』という事は理解しているのか、凄く、辛そうな表情を浮かべながら運んでいく。
それを手伝いたい気持ちもある。だが、先にしなければならないだろう。
頼まれた以上、しっかりとこの戦いを終わらせなければ、ならないだろう。
再び足に力を込める。もはや狂ったような速度が出るこの身体で、森へと向かう。
会わねばならないだろう。この戦いを終わらせるには、その命令を下す人間が必要だ。
俺は、信じているぞ。お前が望んだ結末は、決してこんな形ではないのだと。
お人好しなお前は、今回もただ利用されただけなのだと。
結界が消えた影響だろうか? 周囲を探るために自身に付与した[五感強化]が、森の中から戦闘の音をキャッチする。
まだ戦いが続いているという事実。それは即ち、レイスやアマミが今も侵入者と交戦中だという事に他ならない。
湧き出すのは、この場所を襲ったこと、この国の在り方、リュエやレイスに敵意を向けた事、それら全てを孕んだような猛烈な怒りと殺意。
まだ冷めぬ、約束を破り血塗られた道を作ったと言うのにまだ冷めぬ。
圧倒的なこの怒り、殺してやりたいという不純ながらも純粋な願い。
このまま、全てを壊してしまいたいと思ってしまう程の、熱く熱く、今にも身体から溢れ出てしまいそうな感情の流れ。
もう耐えきれないと、すぐさま森へと飛び込み、その音源へと向かう。
森に踏み入った瞬間、鎧のヘルムに入り込む、ムッとした緑の香り。
息苦しさすら覚えるほどの湿気を含んだその濃密な命の香りは、以前訪れた時は感じなかったモノだ。
これも結界が壊れた影響なのだろうか。けれどもその緑の香りに、赤が混じる。
ヘルム内部に充満していた鉄の香りが、より濃密なものとなる。
血だ。木々を染めあげる大量の血痕の存在に、ぞわりと嫌な予感を覚える。
……いや、レイスであるはずがない。彼女が負ける姿なんて……。
こちらの考えは、すぐに正しいものだという事が分かった。
木々の合間から、微かに見えた紫の髪。そして隣に並び立つ、黄金の輝き。
「レイス! アマミ!」
呼びかけると同時に、二人が大きく飛び退り、そしてすぐさまアマミがこちらへと振り返る。
「カイヴォン来ちゃダメ!」
何故。何故そんな事を言うんだ。あれか、今君たちと対面しているその集団が原因なのか。
彼女達の前には、先程とは意匠の違う、サーコートを羽織った甲冑姿の人間が四人。
なんと、レイスをもってしても倒せない相手だとでも言うのだろうか。
仄暗い欲求がムクリと起き上がる。まだ殺せるぞ、と。抵抗してくれる相手がやっと現れたぞ、と。
剣を持ち変える。片手で構え、そのままこの狂った速度で一気にその上等な装備を纏った一団へと駆けつける。
木々が流れる。こちらに気がついた一人が、すぐさま剣をこちらに向ける。
その剣を……左手で掴み取り、振り回す。
武器を手放すまいとする持ち主ごと振り回しながら、残りの三人へと放り投げると同時に――
「“荒刃砲雷”」
小手調べの一撃。ネタ技。耐えてくれと後ろ向きな願いと共に放たれる技。
自身の攻撃範囲を倍加し、相手の動きの速さを一段階下げる初級剣術。
最後に使ったのがいつなのか思い出せない程の、そんなマイナー剣術。
だが――
「これで全員死ぬか。だらしない」
技の効果なんて確認出来なかった。そう、そうなのだ。この技は昔からそうだ。
覚えられる時期に対して威力が高すぎるが故に、相手に速度低下を与える前に殺してしまう。
そして格上相手では速度低下への耐性の関係で満足に効果を発揮してくれないという、そんな一撃。
「カイヴォン……? え?」
「カイさん、助かりました」
呆けた顔をしたアマミと、どこか安心したような表情のレイスがこちらを見る。
見ればふたりとも、その綺麗な顔にいくつもの赤い筋を作り、被っていたフードもぼろぼろになってしまっていた。
木の枝や土に汚れた髪。よく見れば二人の足元には血痕が残っている。
すぐさま、アビリティを組み替えて二人に回復効果を与える。
む、そういえばレイスはともかく、アマミに[カースギフト]を発動させていなかったのは失敗だったか。
……そうだな、味方であると認識した以上、ある程度こちらの力を開示する必要があったはずだ。
そして逆に、レイスには少々大きな加護を与えてある。だから本来ならばここまで焦る必要はなかったはずだ。
それなのに、今の今までまるで焦っているかのような振る舞いを繰り返して……なにをしているんだ、俺は。
「あ、傷が消えた。カイヴォン回復魔法使えたんだ」
「まぁ似たようなもんだね。大丈夫かい?」
「はい、お陰様で」
「大丈夫。ちょっと逃げる準備をしていたところだったんだけど……強いね、カイヴォン」
「この四人は何者だったんだい?」
鎧袖一触。その言葉の意味する通りの結果が残ったその場所に目を向ける。
鎧ごと分断された四人の身体。それぞれ意匠の違う鎧を身に纏うその様子から、どこかの騎士団に所属している風でもないが、何者だったのだろうか。
「私の同僚、元同僚? 自由騎士団の中の汚れ役担当だね。凄いね、本当。私と同じくらい強いんだよこの人達」
「実際、森の中での戦い方に慣れている風でした。それにコンビネーションも」
「私同様姿を隠す意味で鎧を着ていたんだろうけどね。だったら私みたいにフードかぶったほうがいいよ、やっぱり」
すると、アマミがその四人の死体へと向かい、それぞれのヘルムを外しだした。
エルフ。獣人。ヒューマン。ダークエルフ。それぞれ種族の異なるその四人の最後の顔を確認していく。
目を閉じさせ、そんな彼らを一箇所に纏める。
「カイヴォン、炎の魔法って使える? 一応同僚だったんだ。手厚くって訳じゃないけれど……お願いしていい?」
「分かった」
葬るのなら。殺した俺がやるというのもおかしな話だが。
手を突き出し、闇属性を付与しない炎を放つ。
全てを溶かすように。全ての痕跡を天に運ぶように、少しでも早く舞い上がるように、調整した炎を。
「凄い熱気だね。上手だね、魔法使うの」
「直ぐに、全部消すための炎だからね」
熱気を閉じ込めるように。どうやら、炎魔法の扱いにもだいぶ慣れたようだ。
いつのまにかリュエより先に再現できてしまっていた、超高温の炎は、うっすらと青白く輝きを放っていた。
それを消失させた頃にはもう、地面には溶岩と化した土しか残されていなかった。
あたりに充満する、ガスのような空気を剣で薙ぎ四散させる。
そして二人に問う。この戦いを終わらせる為に必要な存在の居場所を。
「ダリア様なら、今結界を張り直す為に森のどこかで術式を広げているはずだよ」
「私の目で辿ればすぐに見つかると思います」
「……そうか。じゃあ二人とも、新しいローブを渡すからこれを被ってくれないかい」
彼女達の姿を見せるのは、まだ早いだろう。
そして俺の姿もまだ、見せるわけにはいかない。
けれども……たしかにこれは俺にとって、一方的な再会になるんだろう、な。
惨劇の跡に背を向け、森深くへと足を進める。
様々な思いを。疑念を。願望を抱えながら、ただ静かに。
(*^-^*)……