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二百六十四話

(´・ω・`)おまたせ

「っ!? アマミ、森中の魔力の流れが暴走しています。恐らく結界に変化が起きたのでしょう」

「そうみたい。風の流れが変わった。うん、最低でも八人来てるね、結構早い」


 発動させていた魔眼が、唐突に森中を駆け巡る光の筋が乱れるのを捉える。

 まるで紐の先端を子供が掴み、デタラメに振り回したかのようにグシャグシャに動くその姿に、私はなにか良くない事が起きたのではと、根拠のない不安に襲われる。

 けれどもその瞬間でした。その光の奔流から、一筋の光がアマミへと向かっていくのが見えたのは。

 それはどうやら彼女だけでなく、私にも近づいてきているようだった。

 ……害意はなさそうですね。大人しくその近づいてくる光を受け入れる事にした。

 その光が私の足に触れた瞬間、どこか懐かしいような、覚えのある温かさを感じる。

 これは……恐らくリュエがなにかしてくれたのだろう。その事実をアマミにも伝える。

 彼女はただ無言で頷き、再び気配を消失させる。

 私も、一度唾を飲み込み、呼吸の音を極限まで押さえ、木々の合間を注視する。

 そして、私の耳に自分の心音以外の音が聞こえてくる。

 森の木々のざわめきすら感じられない静寂を切り裂いて、その存在の声が確かにこちらの耳に届く。


「――やってくれましたね。皆さん、決して私から離れないで下さい。足跡をたどるように進んで下さい……どうやら、ここはもはや魔境と化しています。一歩踏み外せばそれでお終いだと思って下さい」


 少女の声。どこかで聞いたことのあるようなその声が聞こえたと同時に、木々の合間に私はその姿を見た。

 ぼろぼろのローブを纏う小さな人影と、それに続く同じようなローブを着た集団を。

 先頭を進んでいるという事実。そして、今の発言からしてこの結界の仕組みに気がついている物言いから、恐らくあの人物が……カイさんの友人であるダリアさんなのでしょう。

 ……そして侵入者が現れたという事は、リュエは結界を破られたということに他ならない。

 その悔しさから、拳を握ってしまう。けれども……あの一筋の光はきっと、彼女がまだ諦めていない証拠に違いないから。

 ならば、ここで私が怖気づいてどうする。今一度その相手、その集団を見据える。


 彼女、ダリアさんの特徴を、私はカイさんから聞いている『見かけは金髪の子供のエルフだ』と。

 こちら同様、ローブで姿を覆い隠しているけれども、間違いない。ならば……恐らく私達では彼女に勝つのは難しい、のでしょうね。

 私の敗北条件は、素顔を見られてしまう事。カイさん曰く、神隷期の彼の友人達は皆、私の姿を知っているのだそうだ。

 なんだか不思議な話だ。嬉しいような、恥ずかしいような。けれども今は……それが仇となる。

 そして当然ながら、この侵入者を止められず、森を抜けられてしまう事が敗北条件です。

 それに対して私の、私達の勝利条件は……ダリアさん以外の人間の排除。

 ダリアさんは、もしかしたら里の事を見ても黙っていてくれるかもしれない。

 もしも彼女だけにする事が出来れば、そのまま交渉に移り、敵対していない状況でカイさんと対面させる事も出来るかもしれない。

 けれども彼女以外の人間は――殺しても、結界に飲ませても、どんな手段を使っても良いと言われている。

そして少なくとも、アマミはそれを絶対に実行するという覚悟を以ってこの戦場に立っている。

 だったら――

 私はすぐさま弓を構え、弓術の一つである『ブロウアジャスト』を放つ。

 殺傷能力は低い。けれども、その一撃はかつてオインクさんの必殺の一撃を押し返した事もある、絶対的な力を秘めている。

 これで、結界の中にまとめて押し込んでやれば……!

 魔弓の性質上、風を切るような音もさせずにまっすぐに飛ぶ私の一撃。

 未だ慣れない山道、そして踏み外せば抜け出せなくなるというプレッシャーのせいか、もたもたと緩慢な動きをしていた集団へと吸い込まれていき――大きな衝撃音と同時に、土煙が巻き上がった。

 私の立つ木の枝まで揺らすその衝撃波。きっと直撃せずとも何人かをこの場から除外出来たと確信を持ち、すぐさま別な木へと飛び移る。

 狙撃ポイントを相手に特定させないという鉄則を守るように。

 けれども――


「とはいえ――慎重すぎると、今のように敵に狙われてしまいますからね」

「く!? 今のは魔法ではない! 厄介な……隊長殿、いかがしますか」


 舞い上がった粉塵が流れるように掻き消え、その向こうに潜む一団の姿が顕になる。

 先頭の小さな人物が右手を前に突き出している。そしてそこには薄く青い光の膜が張られていた。

 ……防ぎますか。結構自信あったんですけれど……ね。

 けれども、私は十分に役目を果たした。私の攻撃は十分にその副次効果を生み出してくれたのだから。


「……本当は、今ので何人か退場して貰いたかったんですけれど、ね」


 その呟きは、すぐに上がった叫びによりかき消される。

 森の中に響き渡るのは、複数人の断末魔の声。

 ええ、そうでしょうとも。貴女なら今の好機を逃さないでしょうね。


 一団の最後尾に、他とは違う色のフードをかぶった人間の姿があった。

 それは紛れもない、私と同じ物。つまりそう、アマミだ。

 私の一撃で視界を奪い、そして仮に防ごうとすれば確実に隙が生まれる。

 一瞬で回り込んだ彼女が、最後尾の数人の命を一瞬で奪ったのだ。

 けれどもすぐに彼女は再び森へと消える。

 不思議なことに、この狂ったように暴走した結界の中でも、私達は何事もないかのように動き回ることが出来るようだった。

 これが、先程の光の筋の影響なのだろうか?

 しかしこれならば……一方的に攻撃し続ける事も出来てしまうのでは?


 私は続けざまに魔弓を構え、再び同じ技を繰り出そうとする。

 先程とは別方向からの一撃。侵入者の一団は既に全員別々の方向を向き、襲撃に備えている。

 なるほど、よく訓練されていますね。仲間が死んでも慌てふためく様子すら見せないなんて。

 ……少し、揺さぶりをかけてみるべきでしょうか。

 二度同じ手が通用する程甘い相手ではないだろうと、今度は密かに闇魔導を展開する。

 木々の合間を、茂みの中を、木の根の下を縫うように、徐々に広がる私の術。

 先程の攻防で四散した残留魔力をかき集めながら、一団の足元へと見えざる攻撃が届こうとする。

 するとその時、ダリアさんとおぼしき人物が口を開いた。


「……全員、私の側に寄りなさい。厄介ですが同業が紛れこんでいます」


 その瞬間、心臓を鷲掴みにされたようなプレッシャーを感じ、すぐさま展開していた魔導を四散させ再び他の木へと飛び移る。

 なんだ、なんですか、今のはなんなんですか!?

 一瞬、本当に一瞬で私の術式が飲み込まれた。なんでしょう、まるで指先から知らない何かが入り込み、それが心臓へと至るような、おぞましい感覚は。

 身体を隠しながら、少しだけ荒くなる呼吸を落ち着けようと胸を押さえ蹲る。

 汗が顎へと流れる。魔弓を持つ手が震える。

 なんですか、本当に、なんなんですか、これは。


「魔術の類は禁止、ですね……再生術での取り込みも……気取られてしまいそうです」


 彼女は『同業』と言った。ダリアさんは再生師だという情報から、今の発言の意図はそういう意味なのだろう。

 やはり、私は魔弓で挑むしか無いようですね。

 背中を預けていた木の冷たさを感じながら、大丈夫だと自分に言い聞かせる。

 そして、三度弓を構えようとしたその瞬間でした。

 身動きが満足にとれないはずの一団が、自ら四散し森へと消えていったのは。

 何を馬鹿なという驚きの声を飲み込み、その様子を見ると、確かに彼らは森の中を飛び回り、消えてしまうことなく周囲の様子を探り始めていた。

 ここに来るのは時間の問題だと、私もすぐさま距離を取る。

 そして、飛びながら私の魔眼がそれを捉えた。森の地面の表面を無数に行き交う、先程私が見たのとよく似た光の筋を。

 恐らく、今動いた人間全員に繋がっているのだろう。そしてそれらの筋は全て一箇所に向かっていた。

 ダリアさんだ。彼女の足元から、合計五本の筋が伸びている。

 ……五人、ですか。ダリアさんを除いたその残り五人を撃退出来れば、彼女は諦めてくれるだろうか。


 私は筋のうちの一つ。完全に動きを止めたそれに狙いを定め、その行き先へと向かい再び『ブロウアジャスト』を放つ。

 最初と同じです。気がついてくれますよね、アマミ。

 するとやはり、衝撃音とほぼ同時に断末魔の叫びがこだました。


「……魔眼持ちですか。各個撃破の良い的にされてしまいますね。全員! 死ぬよりはマシでしょう、加護を消します! もし転移先で無事なら探しに向かいますので幸運を祈って下さい!」


 その潔い判断に舌を巻く。そうでしょうね、このままその筋を伸ばしたままでは確実に各個撃破されてしまう。ならばそれを解除し、結界に飲み込ませるしかない。

 どうなってしまうかは分からないけれど、確実な死よりはまだ可能性がありますからね。

 ともあれ……無事にダリアさんを孤立させる事に成功した、と。


「ここからが本番です……どうしましょうか」


 ここまで来たという達成感と期待。そして同時に襲ってくる『このまま勝てるはずがない』という臆病風に吹かれたような弱い心が生み出した不安。

 その二つのせめぎあいを表すかのように、呼吸が乱れ、どうするべきかと頭が思考を加速させる。

 一度落ち着こうと、ここが森の中だと思い出すかのように自然の空気を胸いっぱいに吸い込む。

 けれども、森である以前にこの場は既に戦場だ。思っていたよりも心が平静を取り戻してくれなかった。

 まるで、初めて戦いの場に出た時のような、そんな不安が膨らみ始める。

 状況的に言えば私達の方が有利であるはずにも拘らず、先程一瞬だけ感じた『あの感覚』が頭から離れてくれなくて。

 リュエ以上の実力者であるという情報が、さらにその不安に拍車をかけてきて。

 ……ああ、そうでしたか。なるほど、そういう事でしたか。


「……私は、今までこの次元の相手と本気で敵対した事がなかったんですね」


 カイさんも。リュエも。オインクも。

 私とは次元の違う場所にいる人達は、いつだって私の側に立っていた。

 オインクですら、こちらが有利になる条件で戦い、そして互いに命の危険のない状況で戦ってくれた。

 けれども今、私が本気で挑み、命のやり取りをしているのは……そういう次元の相手だ。

 恐いはずです。震えるはずです。不安になるはずです。

 その異次元の領域に足を踏み入れた私は、文字通り『初めて戦いの場に出てきた』状況と同じではないか。

 でも、それでも――私は今ここにいる。そして、私は今、その次元にいる人間を、大切な家族を背に戦っている。


「止まりなさい、侵入者!」


 震える声を悟らせないように、ありったけの勇気を注ぎ込んで声を張り上げる。

 きっとこの相手に遠距離からの攻撃は効かない。そしてアマミの不意打ちも、既に対策を練られていると考えるべきだ。

 だからこそ私は、この姿を晒す。唯一勝機があるとすれば、近接戦闘。

 彼女は再生師であり魔導師だという。ならば、肉弾戦にそこまで重きを置いていないのではないだろうか。

 かつて、ヴィオさんはダリアさんに挑み敗北したと言っていた。

 それを思えば近接戦闘にまで対応出来る技量を持っているのではと疑うべきでしょう。

 けれども、万が一でも良い。他の方法ではその『一』すらないかもしれないのだ。

 だったらその一に賭けるしか無いでしょう!

 後は、その『一』に何を足していくか、どこまで確率を高めていけるのか、それを考えるのが唯一の攻略法のはずです。


「この森の先に住む者ですか。すでにこちらに被害が出た以上、相応の罰を覚悟してもらわなければならないのですが」

「いいえ、貴女方は云わば強盗です。正体も不明で、家の扉をこじ開けて入ってきた武器を所持した集団。そんなもの、住人に反撃されても文句を言えないのでは?」

「……なるほど、物は言いようですね。ですが我々はこの国の法にのっとり動いているにすぎません。最悪の場合、国を敵に回す事になると理解した上での発言ですか?」

「では一体どのような法を破っているのか、今直ぐ教えて頂けませんでしょうか?」


 交渉に慣れていない。この先がどんな場所かも知らずにいきなり『法』等という答えの用意された文句を使うなんて。

 それは諸刃の剣。扱いきれない人間がその言葉を使うと、途端にそれはただのなまくらになってしまう。

 案の定、彼女は答えに窮しているようだった。

 かつてこの里を作った人間が、なんの取り決めもなしにこの土地を使ったとは思えない。

 ましてや古い、リュエを知る程の人間が作った場所ならば、間違いなくこの国の成り立ちにも多かれ少なかれ関わっているはず。

 そんな相手が、無断でこの土地を使うなんて真似をするはずがない。


「……揺さぶりが効かねぇ相手ってのは面倒だな。ましてや結構本気で敵意向けてんのに怖気づく気配すらないとはな」

「猫を被るのはやめるのですか、ダリア様」

「チッ、ある程度鼻が利く人間も潜んでんのかね。それとも――余程この場所の結界に自信があったのかね。確かにあれは俺じゃなきゃ突破出来んだろうさ」


 口調を変えながら、どこかおかしそうに、そして気持ち忌々しそうに語る小柄な少女。

 その可愛らしい声とは裏腹に、どこか不遜で尊大な、けれども不思議と嫌味を感じさせない雰囲気を醸し出す。

 不思議だ。本当に不思議な人。人となりが、性格や気性が、そういった個人が持つ『質』がことごとくチグハグな人だ。

 今まで多くの人間の人に触れ、その人生の一端に触れてきた私は、ある程度言葉を交わせばおおよその人物像が分かってくる。

 けれどもこの相手、ダリアさんはどこまでも掴みどころがなくて。

 達観しているような。足掻いているような。諦めているような。決意に満ち溢れているような。

 老人のような。若者のような。少女のような。男のような。

 何もかもがごちゃまぜになっている。あやふやで、おぼろげで。


「出来れば、ここで引き返してもらいたいというのが私の本音です。もう、他の人間はいません。貴女は高潔な人間だと聞いています。もしどうしても押し通ると言うのなら、ただひっそりとこの先の様子を見て、そのまま引き返して頂けると助かります」

「……だったらとりあえず、今すぐにでもこっちの心臓ぶっ刺そうとしてる後ろの娘さんを引かせてくれないか。交渉ってのは刃物隠し持っていつでもぶっ殺せるぞって自分に嘘つきながらするもんだが、そいつを相手に気取られちまったら決裂の原因になるんだよ」

「……なるほど、後学のために覚えておきます。ですが――貴女は少々口汚いです。もう少し聖女らしく――」

「心臓を今にも貫かれそうで内心穏やかではありません。どうか下がるように言ってくださいませんかコンチクショー」


 ……私、この人少し苦手かもしれません。


(´・ω・`)五巻の発売は7月28日の予定となっております

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