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暇人、魔王の姿で異世界へ ~時々チートなぶらり旅~  作者: 藍敦
十一章

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二百六十三話

(´・ω・`)がんばれリュエさん

 以前と空気が違う。

 森の中を駆け、空気を取り込もうと私は何度も強く息を吸う。

 その度に感じてしまうのだ。この、説明のしようがない、焦燥感を刺激するこの独特の空気を。

 それは、ただの戦いの気配では決してなく、周囲全体を取り巻くような、目に見えない化物の息吹。戦争という名前の、狂気の化物。

 これは、きっとただの戦いではないのだろう。里という小さな国と、それを侵略しようとする敵国との戦争。

 間違いない。これは、私がかつて経験したそれだ。


「アマミ、作戦を」

「切り株広場で待ち伏せ。私は茂みの中から相手が抜けてくる可能性のある方向に回り込みます」

「分かりました。では私は木の上から狙撃に徹します。それと……私は魔眼持ちです。なにかの気配があればすぐに知らせますので、いつでも退けるように意識して下さい」


 私が編んであげた金髪をなびかせて疾走するアマミ。

 きっと、私よりも過酷な状況に身を置き戦ってきた、歴戦の強者。

 彼女とならば、戦える。私の援護を生かす、完璧に近い布陣で。

 私の本来のスタイルは、自分に近い実力の人間を活かす戦い。

 リュエやカイさんでは叶わないその戦い方は、元来娘であるイクスと共に編み出したもの。

 彼女の面影を感じさせるアマミの後ろ姿に、私の戦意が向上する。負けられないと、奮起する。

 そして辿り着く、目的の場所。

 湿った木の香りが漂う、陽光がうっすらと照らす優しい空間。

 この自然溢れる場所が、まもなく戦火に飲まれてしまうのだと、チクリと胸を刺す痛み。

 私は手近な切り株に足をかけ、そこから背の低い木の枝へと飛び移り、そして順番に高さを上げていく。


「へぇ、レイスさん手慣れてるね。じゃあ私も……」


 彼女が賞賛とともに、近くにあった茂みへと歩み寄っていく。

 何気なく、ただ自然体のまま、草の生育の確認でもするかのように。

 けれどもその刹那、彼女の姿が一瞬で掻き消える。

 木々や草が揺れる音もせず、ただ一瞬でその場から消えてしまうというありえない光景に、つい身を乗り出して姿を探してしまう。


「レイスさん、そろそろフード被って待機」

「っ、分かりました」


 すると、私が探していたのと全く見当ハズレの方向からアマミが顔を出し、フードを被ってみせた。

 ……なんという事でしょう。本当に森の中では敵なしなのではないでしょうか彼女は。

 魔眼を発動しないと、とてもじゃないが見つけられないその潜伏技術に、私は内心冷や汗をかいてしまう。

 もし、敵側にも同じ実力の人間がいたら……と。


 ……強くなった自覚はある。勿論自分の力への自信もついた。

 あの大会で、私は確かにもう一つ上の段階の昇ることが出来たと断言する事が出来る。

 けれども――私は、あの大会でカイさんに深い、とても深い心の傷を負わせてしまった。

 だからこそ、ここで再び彼が傷ついてしまわないように。

 なんとしてでも、この場所で敵を仕留めなければ。

 それに……結界が解除されるとは限りませんからね。

そうですよね? リュエ。






「じゃあ私は木の根本、結界の強化に向かうよ。里長は森内外の遊撃らしいけれど、結界の通り抜けは大丈夫なのかい?」

「私は順路を間違えたりはしませんから問題ありませんよ。ですが、もしも緊急で経路の操作が必要になった際には、その場で待機する事になりますが」

「そっか。本当なら里長の魔力波形を記憶して、結界適用外にしてあげたいところなんだけれど……無理みたいだからね」

「ええ。私に魔力は存在しませんから。大丈夫ですよ、私がいなくても、彼がいるでしょう?」


 屋敷の裏手で交わす、里長との会話。

 既にレイス、アマミ、カイ君にクーちゃんはそれぞれの持場へと向かい、そして私もまた、結界を破られないように起点へと向かうおうとしていた。

 その時ふいに、カイ君と言い争いをしてしまった時の事が脳裏を過る。

 私がダリアに敗北し、結界を破られてしまうと決めつけているかのような物言い。

 それが少しだけ、私の心をチクリと刺したんだ。けれども……本当は私だって分かっている。

 正直、今だって五分五分だと思っているんだよ。

 でも、私にだって意地はある。ここは、かつて私の教えを受けた生徒の大切な場所だから。

 あの孤独な生活で、数少ない友人だった一族達。

 最初は裏切られるのが嫌で冷たくあしらっていた子供達。

 けれども、何度も何度も、何年も何年も、彼らは私に教えを請いに来た。

 そんな関係が心地よくて、段々と心が、解けていって。

 そしてついに『私』が折れ、彼らに教えを授けるようになった。

 瞳を輝かせながら、まるで真っ白な紙に文字を刻むように、次々と知識を吸収していく子供達を見るのが楽しくて、私はあの時初めて『教えることの喜び』というものを知った。

 それが例え、悲惨な結末を私にもたらしたとしても、あの日々は確かに存在していた。

 私に幸せな時間を過ごさせてくれた彼らの為にも、私はここで簡単に諦める訳にはいかないんだ。

 こんなに熱い気持ちになったのは、いつぶりだろうか。

 この旅の最中、ここまで決意に満ち溢れた事が他にあっただろうか。


「……そうだね、カイ君がいる限り、私達の敗北はありえない」

「ふふ、随分と信頼しているのですね。では、私も向かいましょうか」

「里長。今言うのも変かもしれないけれど、すまなかったね。疑うような態度を取って」

「いえいえ、構いませんよ」


 これから戦いが始まるというのに、彼女はいつもどおりの淑女然とした微笑みを浮かべる。

 不思議な存在だけれども、その在り方をとても頼もしいと私も思うことが出来た。

 不動。どんな困難が来ても、自分を保ち続けられる強さ。

 きっと、こんな人間が後ろにいてくれるから、この里の住人は自分たちの境遇にも負けず、笑って過ごす事が出来るのだろう。

 敬意を捧げる。普段、滅多なことでは捧げない、抱かない気持ちを抱く。

 だから――


「武運を祈ります。里長、全てが終わったら、沢山話そう。きっと『私』はそれを望んでいるから」

「ええ、是非。そうですね、今度はどんな物を作って差し上げましょうか」


 そう笑いながら、ゆっくりと去っていく彼女を見送る。

 そして私も踵を返す。自分の戦いに集中する為に。

 振り返らずに、みんなを信じてその場所へ。


「既に結界は閉じているけれど……なるほど、酒場の裏手だけは層が薄いみたいだ」


 教え子の墓石の前で、私は大樹に手を触れて瞳を閉じ、ただ結界内部の構造を頭で追いかけるようにしながら状況を確認していく。

 随分と回りくどい術式だ。たぶん、この場所だけでなく、外の町や街道まで組み込んだ、凄く凄く広い術式。

 人の持つ魔力や、生活で排出される魔力の残滓まで計算に入れた、私でも中々編めないような難解なそれは、自分の教え子ながら、素晴らしく優秀だったんだな、と再認識させられる程。

 それが誇らしくて、そして同時になんとしてもこの子に勝利を捧げたくて――私はこの旅に出てから初めて、本当の意味での全力を出すと決意する。


 剣を取り出し、地面に刺す。

 そこを中心に、杖を使って円を何重にも描く。

 外に実際に術式を描いて発動させるのは、最強の補助魔導。

 その効果は『武器の力を自分に宿す』というもの。本来であれば、神隷期に愛用していた剣で発動させるそれを、私はこの『憎い相手の力も受け継いだ剣』を使い発動させる。

『神刀“龍仙”』私の千年分の魔力と、龍神の魔力を吸い取って生まれた最強の一振り。

 この力を取り込めば……きっと私は負けない。

 だから、私は唄う。その呪文を、私の最後の奥義を発動させる為に。


 口ずさみ、脳裏を過るのは、過去から今に至るまでの思い出。

 それはこの戦いに込めた思いがそうさせたのか、それともこの剣が見てきた歴史が流れこんできたからなのか、私には分からないけれど。

 けれども、少しずつ流れ込んでくるその膨大な魔力が、そして大きな力が、私と混じり合い、どこか心地良い、微睡みのような安心感を与えてきてくれる。

 そして、呪文が完成し、私はその術の名前を告げた。


「『賛美歌 戦いの記憶』」


 流れ込んだ力が形を持つ。

 滾る。腕に力を入れ軽く振るうと、目に見えない波動がこの巨木の枝を大きく揺らす。

 ああ、ここまでなのか。憎たらしいけれども、私とアイツが紡いできた力というのは、これほどまでに凄まじいものなのか。

 まるで、自分がとてつもなく巨大な体になったかのような。

 全てを見下ろし、たやすく踏み潰し、全てを台無しに出来てしまうような背徳感。

 その漲る魔力を纏い、再びこの大樹に手を触れる。

 まるで、私の目がこの木の中に入りこんだような、そんな錯覚。

 魔力の流れの中を私の目が泳ぎ、全てを理解しながら術式を辿っていくような、初めて経験する情報の海。

 ……これなら、たぶん負けない。

 そして術式の内部を探り、一番脆い部分、あの酒場の裏手へと辿り着く。

 まるで、そこだけ網目が大きくなってしまったかのような術式。

 その大きな網目に糸を張り巡らせるように、私は魔力を込めて、二重三重に結界を強化していく。

 けれども――


「来ている、もう」


 糸が次々切られるように、私の追加の術式が破られる。

 そして大きな網のような、教え子の結界に鋭い刃の様な魔力が迫っているのが感覚的に分かってしまった。

 魔術として具現化していない、ただ術式内部にあるだけの魔力をここまで明確な形にする事が出来る物なのかと、今まさに結界を破ろうとしている相手の技量に舌を巻く。

 けれども――糸だって束になれば、刃を通さないくらい頑丈になるものだよ。

 追加の魔力を込め、千切れた結界を縫い付けるように百、二百と魔力を絡みつかせていく。

 破れるものなら破いてみな。ほら、もう切る速度より巻き付く速度の方が上回ってしまったよ。

 抵抗が実り、確かな手応えを感じる。これならば戦いはそもそも起きずに済むと、ほっと息をつく。

 剣の力を借りた事が少しだけ不本意ではあるけれど。

 自分一人の力ではないが故に、手放しで誇る事は出来ないけれど。

 それでも私は――


『抵抗すんな、バカ魔力。ちょいと本気出すぞ』

「くっ、なんだこれ――」


 その瞬間、遠くはなれている筈の私の頭に直接、何者かの声が流れ込んできた。

 木に触れている手のひらに、熱いものを浴びせられたような痛みがはしる。

 それでも、放してなるものかと体重をかけ、手のひらを樹皮に押し付ける。

 なんだ、なんだこれ。私の魔力が、術式が押され……いや違う、すり抜けてくる。

 まるで川の流れをせき止めたのに、突然横に新しい水路でも作られたかのように、次々に知らない術式がこの場所に流れ込んでくる。

 必死に、こぼれてしまった水をかき集めるように私も魔力を込めていく。

 咄嗟に防護術式を組んでみても、まるですり抜けるように知らない術式が流れ込んでくる。

 そして、その襲撃者の思念までもが。


『無理はするなよ。今からデカイの決めるから、覚悟してくれ』


 こちらを気遣う余裕を見せる相手に歯噛みする。

 自分自身に自動回復の魔法を発動させ、そのデカイのとやらが来るのを待ち構える。

 押し付けた手のひらに、もう片方の手も添える。

 魔力のぶつかり合いしか知らない私を嘲笑うかのような相手の魔力を捕まえようとするように。

 けれども、スルリスルリと逃げていくそれは、まるで水の中をたゆたう細い髪の毛のようで。

 ああ、たぶんこれがダリアなんだろうな、と理解した。

 私だって覚えているんだ。彼女と共に戦った日々を。

 いつだって、彼女は捉え所のない、不思議な戦い方をしていた。

 けれども、間違いなくその術者としての技量は……私よりも上を行っていた。

 過去を一瞬だけ今に持ってきてしまった自分に喝を入れる。

 勝てないなら、せめて一矢報いてやる。私は新たな術式を編み込み、それを森にいる仲間へと忍び込ませる。

 そして……ごめん里長。やっぱり森に入るのは諦めてくれないかな。

 私は、術式に時限式の爆弾を忍び込ませる。

 狂い、乱れ続ける魔力の奔流を巻き起こすために。

 それが終わると同時に、両手のひらから流れ込んできた途方もない量の術式に、私は――意識が遠くなっていくのを感じた。


(´・ω・`)ああ……

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