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二百六十二話

(´・ω・`)だーちゃん視点

 晩酌を中断したままのこちらの胃は、まるでお預けをくらった犬のような状態だ。

 そして店内に入ったと同時に、こちらの食欲を誘う芳醇な香りに胃がこれでもかと音を立ててしまう。

 いやぁフード被っててよかったわ。聖女がこんなデカイ腹の音をさせるわけにはいかん。


「む、いらっしゃい。随分腹が減っていると見た。適当に手早く作れる物でも用意しようか」

「ああ、頼むよ。腹ペコでな、こんなナリだが沢山食うから宜しく」


 気を利かせた店主が、おかしそうに語りかけてくる。良い店だな。

 こちらの素性を明かすつもりもないので、ラフな言葉遣いでそれに応対する。

 ああ、分かっているさ。目的は尋問と調査。だが、先に食うもん食ってもバチはあたらんだろうさ。

 白い髪を高い位置で括った店主は、ナイスミドルなんて言葉を当てはめるにはうってつけの容姿をしていた。

 人の良さそうな、けれども相応に人生を重ねてきたであろう風貌は、こういう少しだけ粗野な店を切り盛りするにはふさわしいように思えた。

 そして、彼の流れるような調理風景を眺めながらカウンター席に付き、料理が出来上がるのを待つ。


「お客さん、一人かい? 見たところまだ若そうだが」

「この大陸で外見と年齢が一致する事なんてそうそうないだろうさ。ま、一人ではないが今は一人だ。追加の注文のアテが外れちまったかい?」

「くく、そうだな。団体さんなら良い臨時収入だったんだが」


 にんにくの焼ける香りがする。

 酒に火が通った甘い香りがする。

 肉の焦げる芳しい香りがする。

 そして――少しだけ危険な香りがする。


「店主さんや。しっかり俺に飯、食わせてくれよな」

「……ああ、そうだな」


 変な気は起こさないでくれよ。そっちが気がついている事くらいこっちも気がついているんだ。

 この香りを台無しにしたくはないんだ。だから、な?


 そうして出来上がったのは、ガーリックトーストと、肉でにんにくや他の野菜を巻いて焼いた料理だった。

 他にもフライドガーリックの散りばめられたサラダに、少しだけ具の多いコンソメスープと、十分に腹が膨れそうな量の洋風定食。本当、にんにく尽くしだ。

 そいつを早速頂きながら、店主の様子を盗み見る。

 食器を洗いながら、時折意味深にこちらに視線を送るその姿は、警戒しているというよりも、ただ何かを待っているように見えた。

 恐らく、半分諦めがついているのだろう。少なくとも自由騎士は俺達よりも早くこの町についている。

 狭い町なのだ。そこに見知らぬ集団が現れ、何かを探るような素振りを見せていれば、何かやましいところのある人間は誰だって警戒するだろうし、有事に備える事だってするだろう。

 つくづく嫌になる。戦いというものが。

 ただ互いの武力を衝突させるだけならば、それなりに面白いと感じる事はある。

 俺自身、新たな術式を編み出し、それを誰かと競う事を楽しみとしているのだから。

 だが、実戦は違う。それぞれのほの暗い欲望と野心が水面下で互いを食らわんとし、そして真綿で首を締めるように、ゆっくりと追い込んでいく。

 そういうの、嫌いだ。なんだか気持ち悪くて。子供っぽいと思われるかもしれないが、そういうのは嫌なんだよ。

 それは、簡単に日常を壊してしまうから。一度壊れたそれは、二度と元には戻らないから。

 戻ったと思ったそれは、同じような形になっただけの別物だから。

 だから――この食事が終わるのが、凄く、凄く嫌だ。


「……美味いよ、店主さん」

「そうかい。急ごしらえで申し訳ないが、そう言ってもらえると助かる」

「……今度、もっとちゃんとした時間に来る。だから、な?」


 手が止まらない。瞬く間に消えていく料理たち。

 そしてこれが消えてしまえば、俺は自分の本懐を果たさなくてはならない。

 それを向こうも理解しているのだろう。頼んでもいないトーストの追加を皿に乗せてくる。そして、俺も店主の伝えたい事が分かってしまうからこそ、ぎこちなく笑いかける。

 悪いな、気使わせちまって。やっぱり店主ともなれば、人の顔色で察してくれるのかね。

 まぁ俺はフードで顔を隠しているんだが。


「……これでもう、腹いっぱいだ」

「……分かった。じゃあ、ちょっとだけ待ってくれないか。猫に餌をやりたい」


 やはり俺がこの場所に来たときから、どこか諦めがついていたのだろうか。

 店主は店の窓へと向かい、薄暗い店内に光を取り込んだ。その光と共に入り込む、茶トラ模様の猫。

 随分と人に慣れた様子で、こんな状況じゃなければ俺も撫でたいくらい可愛い猫だ。

 店主は猫に餌を与え、そして付け忘れていたのだろうか、赤い首輪をはめてやるところだった。


「良い猫だな。毛並みも良いし人懐っこい」

「ああ、そうだな。ほら、行けチャトラン」


 再び窓から飛び出す猫を二人で見送る。

 さぁ、これで思い残すことはないだろう。客と店主という関係は一先ず終わり。ここからは……侵略する者とされる者の関係だ。

 無言で術を完成させ、密かに店の床へと展開する。

 そして、猫を見送ったまま、どこか遠くの景色を見つめるように窓の外から視線を動かさない、少しだけ老け込んでしまったかのような佇まいの男の元へ歩み寄る。

 嫌だな。今の今までそんな空気じゃなかったろうに。

 けれども、最後の時まで俺は俺らしく振る舞う事を信条としている。

 だから……俺はこう話しかける。


「出来れば、協力してくれ。手荒な真似はしないし、させないと約束するから」

「そうは言ってもな。こちらも、覚悟を持ってこの場所で長年働いてきているんだ。ここではいそうですかと――」


 瞬間、振り向きざまに放たれる銀光。

 無数に飛来するそれが、こちらが身に纏うローブを切り裂く。

 そう、ローブだけを切り裂く。万が一にも、この身には届かない。

 そして、抵抗されてしまった以上……俺も術を発動しなければならないのだ。

 振り向いたままの形で、男が固まる。

 微かに震える瞼と、驚愕に歪んだ表情。それら全てが、固まる。

 発動させたのは『ゼプトプラズマ』俺が好んで使う、絶対停戦の魔導。

 とてもじゃないが魔導と呼べるような規模じゃない。故に発動を気取る事も出来ない。

 俺がここで手を出さないと、外にいる狂犬連中が何をしでかすかわからないから。

 不本意だが、少々汚いやり方で我を通させてもらう。


「悪いが、もうお前さんが自由に出来るのは心臓の動きだけだ。呼吸もままならないだろ」


 返事なんて出来ない事は百も承知だ。だからこそ、こちらも少しだけ魔力を動かし、肺の動きを再開させる。

 浅く、耳をすませても聞き取れない呼吸をし始める店主に今一度声をかける。


「この店の奥に、結界の始まり、虚弱性の高いポイントがあるのは分かっている。だがその前聞きたい。この先には何があるんだ」


 また少し魔力を動かし、喉の自由を明け渡す。

 俺の魔導は目に見えない。神経に作用し、筋肉に作用し、肉体の支配権に作用するものだ。

 目視不可能。回避不可能。逃れる事は決して出来ない、生物である以上逃れられない絶対特効の術式。

 その凶悪性は、身体の仕組みをこの世界にいる誰よりも知っている俺自身が一番よく知っている。


「教えてくれ。どうか俺に、残酷な真似はさせないでくれ」

「……この先にあるのは、酒の在庫と森だけだ」

「その酒の在庫、最近盗まれただろ。ワイン、共和国側から何故か渡ってきた木箱だ。そいつが決め手でな……答えてくれ」


 そう。自由騎士の人間はこの店からワインを見つけたのだ。

 ヘマしたな店主。今年のワインがどういう状況だったのか、この場所に篭りきりでわからなかったんだろう。

 自分が原因でこの場所が割れたと理解したのだろう。頑なに口を割ろうとしない、毅然としたその表情が、ようやく陰りを見せる。


「……ヤキが回ったな」

「……悪いようにはしない。もし、本当に大切な場所なら、俺が……なんとかする」

「そういう訳にもいかんだろう。あそこを知られれば、間違いなく悲しい結末が待っている。もしもお前さんに心があるのなら、そこへ向かう事だけは止めてくれ」


 ほら見たことか。やっぱりそうなんだ。きっと触れてもらいたくない、そんな儚い願いの込められた場所なんだ。

 フェンネル。お前が俺を動かす時はいつだってそうだ。強引に暴く為、強引に従わせる為、そんな場面ばかりだ。

 この力に物を言わせ、この威光に物を言わせて。

 それが必要なのだと分かってはいるが、それでも気が重くなる。

 なにがある。この先の森に何が存在しているんだ。

 未だその詳細を語ろうとしない店主に、もう一度だけ尋ねる。

 今度は、魔力を少しだけ激しく動かしながら。


「答えてくれ」

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」


 全身から滝のような汗を流しながら、目をデタラメに回し絶叫を上げるその姿を、まるでブラウン管越しの光景でも見るような気持ちで、自分には無関係だと言い聞かせるように眺める。

 この魔導は、本当にどこまでも相手を意のままに出来てしまうから。

 その気になれば、身体を操作して最愛の人間を手にかけさせる事まで出来てしまうから。

 外道中の外道。聖女という存在には似つかわしくない、最凶最悪の術式。


「答えて、くれ」

「アアアァ……ァ……」


 外すつもりのなかったフードを外す。

 言葉よりも説得力のあるこの顔を晒すために。

 きっと、俺は順番を間違えた。けれどもこの順番でなければ、きっと本懐は果たせないから。


「……聖女……はは……俺の飯は……聖女サマの口にも……合うって事、か」

「……ああ、そうだ。また、食わせて欲しい。俺を、信じて欲しい。教えてくれ、この先に何がある」

「……そいつは……自分の目で確かめな、聖女様。あんたにゃ、それを見る義務がある」


 最後まで、口を割らなかったこの男に敬意を。

 脱力し、完全に気を失ってしまった男を抱きとめ、全身を麻痺させて店の隅に寝かせておく。

 そしてそれを見計らったかのように店内に押し入る部下達。

 全員森の前で待機と命令したはずなんだけどな。

 やはり、俺も信用されていないって訳か。


「その店主に指一本触れる事は許しません。その人間は部外者です」


 俺が今自由に出来るのはこの口先から出てくる命令だけだ。

 この先に、俺が見るべきものがあるんだろ? 店主さんよ。

 その感想を言う為にも、アンタにゃ生きていてもらわないと困るんだ。

 大勢で店の奥へと入り込む。罪悪感に苛まれながらも、その流れに乗る。

 本当に……気が乗らない任務だ。恨むぞフェンネル。






「レイスさんは私とすぐに森へ向かいます。先日の切り株広場。あの辺り一帯の結界を一時的に解いて戦闘用のフィールドとして扱いますから」

「分かりました。では皆さん、私は一足先にアマミと一緒に森へ向かいます」


 首輪をはめた猫の到来は、こちらの準備期間を強制的に終わらせて、慌ただしく戦場へと駆り立てた。

 その時、カイさんが魔族の姿になろうとしているのが、私の魔眼に映る。

 ダメです。それだけはさせませんよ、カイさん。

 たとえ貴方が全力で戦う決意をしたとしても――私は貴方の心が悲鳴を上げるのは見たくありませんから。


「カイさん。ダメです。その姿になるのだけは、どうか止めて下さい」

「……レイス、けど俺はもう――」

「お願いします。私を安心させて下さい。カイさんの存在が先方に、ダリアさんに知られてしまっては……敵としてもし再会してしまっては……きっと遺恨が残りますから」


 たとえ一時のものだとしても、再会の瞬間の思い出は鮮烈に残ってしまうから。

 節目の出来事は、絶対にその後の人生に大きく深く根付いてしまうから。

 私は、珍しく大人ぶる。この最愛の人を、まだ年若い一人の男性と見なし、言い聞かせるように。

 失礼かもしれない。気を悪くしてしまうかもしれない。けれども、それ以上に私は彼が心配だから。


「これは、予言です。私の人生経験から導き出された予言です。貴方は、今ここでダリアさんとこういった形で再会するべきではありません。どうか、正体を隠して下さい。お願いします、どうか……お願いします」


 瞳を強く強く見つめ、言い聞かせるように言葉一つ一つに力を入れるようにして彼に告げる。

 すると、かすかに彼の表情が、どこか安心したように緩んだように見えた。

 やはり、無理をしていた。そうだ、彼は今、もうすでに負荷がかかってしまっているのだから。

 ……それを、肩代わりする事は出来ないけれど。


「……分かった。レイス、くれぐれも気をつけて。勿論、アマミも」

「分かりました。絶対に無事に戻ります」

「うん、私が森にいるっていうのがどういう意味なのか、相手に知らしめてくるよ」


 自信ありげに語るアマミも、きっとカイさんを安心させようとしているのだろう。

 本当に、いい子。きっと私よりも森の中では活躍出来るのだろう。

 けれども……どうしても貴女を見ていると、私の娘達を思い出してしまう。

 分不相応かもしれないけれど、私は貴女の事も、守ってみせます。

 そして私達は屋敷を飛び出し、森へと向かうのだった。


(´・ω・`)頑張れだーちゃん

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