二十三話
さくせん かんぞうだいじに
町はマインズバレーやソルトバーグに比べて規模が小さく、町を囲う塀も高さが低く門番も申し訳程度に一人配置されているだけだった。
だが、交易の中間地点だけあり人の数は多く、商店や宿屋の多さが目立つ。
「カイヴォン殿、護衛の人間は我々と同じ宿に無料で泊まる事が出来ますが、いかが致します?」
「ちょっと待って下さいね、ツレと相談します」
馬車ごしに、リュエへと声をかける。
「リュエ、少しいいか?」
「どうしたんだいカイくん、なに、大事な話だって? よしじゃあ今すぐ行こう」
声を掛けるや否や飛び降りてきたリュエに、すごい勢いで引っ張られる。
馬車から離れ、周りに誰もいないのを確認して彼女が話し始める。
「まいったよ。あの商人、かなり女好きみたいでね? 私は大丈夫だったのだけど、同乗していた騎士達が身体を触られていたよ」
「そ、そうか」
すみません全部聞いてました。
随分艶っぽい声を出す騎士さんでしたね。
「それで、何の用かな」
「ああ、宿をどうするかって話だ。護衛は無料で皆同じ宿らしいけれど」
「んー、なんだか気疲れしてしまったよ。私は出来たらカイ君と一緒に別な宿が良いのだけど」
「俺もそう言おうと思ってたんだ。んじゃそれで」
すぐに馬車へと戻り、俺とリュエは別な宿を取ること告げる。
すると、責任者と思しき騎士が、どこか分かっていたかのように微妙な笑みを浮かべていた。
……苦労してるんですね、主に女騎士関係で。
「なんと、リュエ殿は他の宿へ行かれるのですか? でしたら、私の泊まっている高級宿の部屋を一部屋取って差し上げましょう」
「ご厚意感謝します。ですが友人と少し話したいことがありますので、辞退させて頂きます」
「ふむ」
ジロリとこちらを睨む商人。
今更だが、随分と昔のオインクのような体型をしているな。
要するに豚。
これぞ本当の資本主義の豚だ。
「あれかね、君もよければ宿をとってもいいんだぞ?」
「……必要ありません」
ギルドカードの黒ってちょっとした貴族並に権力があるって知らないのかこいつ。
それとも王家御用達と言うのは貴族よりも格が上なのだろうか?
「ではお先に失礼します。リュエ、行くぞ」
「了解だ。じゃあカイくん、ちょっとご飯でも食べて行こうか」
と、リュエも何やら腹に据えかねていたのか、見せつけるように腕を組んで来た。
俺もその考えに合わせようと、腕組みをして少し聞こえやすいトーンで告げる。
「じゃあご飯『も』食べようかな」
「他に何を食べるつもりなんだい?」
尚リュエには通じていない模様。
チラりと振り返ると、真っ赤な顔をしている商人の姿が。
いやぁ、これで機嫌悪くしてクビとかなしにして下さいよ?
「まったく。ああも下心丸出しだと嫌になるね」
「リュエはバカ男を寄せ付けるフェロモンでも出してるんじゃないかね」
「や、やめてくれ。……カイくん、もしかして私はなにか臭うのか?」
どれどれ……クッなんでこんなにいい匂いがするんだ!
あれだね、オスは生態的にメスの匂いを良いと思ってしまうんですよ。
その中でもリュエはエルフだからかわからないが、まるで花のような甘い匂いがする。
「具体的な感想をお望みか」
「恥ずかしいからやめてくれ」
「じゃあ一言。いい匂いがする」
「なるほど、じゃあカイくんはバカ男だな!」
おい。
二人で町中を散策する。
やはり宿屋が目立ち、俺達のような人間を相手に商売をするのがこの町の主な産業なのだろう。
行商人が露天を開いている姿も余り見かけないことから、この町にはそういうルールでもあるのだろう。
だがその代わりに、お土産屋さんのような小さな商店がチラホラと見受けられ、見ていて飽きが来ない。
「ふむ、アクセサリーか……カイくん、これ似合うと思うかい?」
そんな中、リュエがアクセサリーを取り扱う店で一つの髪飾りを手に取った。
「やっぱり青い石か。んー」
中心の青い玉がハメられた、菱型のバレッタ。
だが金具の色が鈍い赤銅色で、リュエの白い髪から浮いているように見えた。
ふと陳列棚に目をやってみると、一つのバレッタが目に留まる。
「これの方が似合うんじゃないかね? 銀色でうっすら青みがかってる」
「む、本当だ。綺麗な羽根の形だ」
「というわけでプレゼントしてあげようじゃないか」
「本当かい!? 嬉しいよ!」
羽根型の、全体が銀色で青い膜に覆われているような美しいバレッタ。
店主の元へ持って行くと、値段は5万ルクスだそうだ。
結構良い物みたいだし、そりゃあそうだろうなぁ。
「支払いはこれで」
「こ、これはブラックカード!」
はい今この瞬間俺の人生で一度はやってみたかった事が一つ完了しました。
リュエへとバレッタをつけてやり、颯爽と店を後にする。
微妙に気恥ずかしい。
「で、カイくんは気がついてるかい?」
「気がついているからこそこうしてキザな真似をしてる訳だが」
ここまで計算尽くで御座います。
どうやら諦めが悪いのか、商人の手の者と思われる騎士が一人、こちらの様子を伺っていた。
恐らく俺達の宿の場所でも突き止めようとしているのだろうが、仕方ない。
「騎士さんも仕事だからしょうがない。とりあえず先に宿をとってから食事にいこうか」
「そうだね。宿さえ分かれば一度戻るだろうし」
宿を決めた後、俺だけ外に出て周囲を伺う。
アビリティ効果のおかげで、集中すればこちらを伺う人間くらいすぐに分かる。
結果、こちらを伺うような視線は感じられず、リュエと共に道すがら目星を付けていた酒場へと向かう事にした。
酒場へと入ると、すでに何人か騎士が席に着いており、見れば責任者と思われる、始めに俺達に対応した男性が食事を摂っていた。
「どうも、お疲れ様」
「あ、これはカイヴォン殿にリュエ殿」
「どうやらそちらの騎士が一人、俺達の後をつけているみたいでしたが」
「……申し訳ありません。恐らく"カプル"様に就いた騎士でしょう。彼専属の護衛で、私の指揮下にはないのです」
「へぇ、随分と偉いんだねあの男は。私はもうあの男と同じ馬車に乗るつもりはないけれど問題はないよね?」
「そ、そうですね。護衛の位置までは強く口を出せないでしょうし……我々も辟易としているのですよ」
「所で、黒持ち……EXランクよりも偉いんですか? 彼」
先程から気になっていたのがこれだ。
王家御用達とは言え、ただの商人だろうに。ならば貴族並の権力の象徴であるこのカードで黙らせる事は出来ないのだろうか?
「確かにギルドの後ろ盾がある以上カイヴォン殿の力は高いでしょう。ですが、ギルドに良い感情を抱いていない貴族や商人もいます。カプルもそういった商人の一人なのです」
「好き嫌いでどうこうできるってのもおかしな話ですけどね」
「そうなんですよね……カプル様が実際に動いて、それを罰しようとして始めてそのカードが効力を発揮しますが、王家の後ろ盾がある以上それも……」
「話は変わりますけど、ギルド統括のオインクって知ってますか?」
オインクならどうだろう? 王家と戦争になっても勝てると言っているし、ギルドの力だけで貴族と同じレベルの権力を与えられるくらいだし。
もしオインクが新たに作ってくれるカードがそこまでの効力を持てるとしたら、こういう問題でいちいちイライラさせられる必要もなくなりそうだ。
「勿論! オインク様は我ら騎士の恩人でありますから! 彼女はその昔、騎士団の腐敗を正し、装備の統一規格化、整備の一括受け入れ等細部に渡るまで整えた伝説のお人ですから」
「お、おう」
たぶん儲けられると思ってやったんだろうな。
やっぱり大手の顧客を独占って強いよなぁ……。
そんな友人の過去の活躍を話に聞きながら、騎士さんと三人で食事を済ませる。
彼はこのまま宿に戻るらしく、俺とリュエはこのままここで時間を潰し、夜の営業になったらそのまま酒でも嗜もうかと思う。
この辺りの酒の種類は想像していたよりも多く、果実酒のような漬け込んで味や香りを変化させた物が多い。
カンパリに近い物もあり、出来れば炭酸水等があれば最高なのだが、どうやら飲食店に置いているのは稀だそうだ。
「そういえば、宿は別々の部屋でよかったのか?」
「そろそろお金に余裕も出来てきたしね。それに私だって一応女だ、それなりに恥じらいくらい持つさ」
「すっかり大人になって……」
「な、撫でるな、バレッタが外れちゃう」
本当可愛いなぁこいつ。
黙っていたら聖騎士を絵に書いたような美人エルフさんなのに、口を開くとどこか抜けている、つい構ってしまいたくなるオーラが出ている。
それだけ人恋しい思いをしていたんだろう。
よーしよしよし。
「ふぅ、堪能した」
「髪がグシャグシャに……もう」
気がつけば客も増え始め、少し早い時間から飲み始める人がチラホラと見受けられる。
ちょっと早いが俺も頼んでおこうか。
「大丈夫か、リュエ」
「のーみーすぎたーおぶってー」
珍しく蒸留酒が置いてあったので注文したら、物珍しさからリュエも飲み始め、あっというまに潰れてしまいましたとさ。
恐らくブランデーの一種だとは思うが、中々に香り高い逸品でございました。
エールだってあるんだし、ウィスキーもどっかに置いてたりしませんかね?
「ほら、リュエの部屋はこっちだ」
「かんびょうしてー」
「……部屋別々にしなきゃよかったな」
仕方なく、俺の部屋へと寝かし、側にイスを置いてとりあえず待機する。
治療魔法とか俺も使えたらよかったのだが、こればっかりは神官系職業の特権なので諦める。
リュエ本人もグロッキー状態で使う事が出来ず、とりあえず宿の受付から水をもらってくる事にした。
そんな事よりカンパリグレープ飲みたい