二百六十一話
(´・ω・`)ダリア視点続きます
自由騎士とはなにか。
この大陸に設立された王国『サーズガルド』において、国の兵力を動かせない時の為に設立された義勇軍がその前身とされている。
では、そもそも何故そんな兵力が必要なのか。
答えは簡単だ。国が動けずとも常に救いを求める人間は一定数存在する。
そしてこちらの義勇軍の活躍を見ていた共和国側の人間もまた、真似を始めた。
ならば、共に助け合う道もあるのではないかと、両国の架け橋となるような形で自由騎士と名を改めた……というのが、一般に知られている表向きの理由。
「なるほど。共和国側からの品、ですか」
「はい。実は少し前からこの町から共和国産の品が出回っているのです。そして、そちらの話を聞くにこの場所は少々特殊な環境にあると聞きます。もしかしたら、と思いまして」
「確かに時空系の結界が展開されていますが、それを応用出来ると?」
「ええ。そうでなければ説明がつかない事があるのです」
綺麗事で終わるかよ。自由騎士ってのは自由に互いに行き来する諜報員の集まりだ。
もちろん正義心で働く人間の方が多いだろうが、上層部にいる両国の人間は互いに互いを探っている。そんな歪な組織が自由騎士団って訳だ。
そして、今回の指揮官であるこの男もまた――サーズガルド側の諜報員だ。
曰く、この町から共和国産の食物や魔導具が流れているらしい。
だが、宿の利用客や訪れた行商人の素性を調べた限り、他国からの品が出回る要素、理由がないと言う。
ならばそれはどこからやって来たのか。
「空間分断結界同士を接合……理論上は可能ですが、恐ろしく精密な操作が必要になりますよ」
ある種のワープとも言える術式。理論上は、離れた場所同士を行き来する事も可能だ。
本来は出発地点Aと起動ポイントBを結びつける、ある種の閉鎖空間を生み出す為の術。
つまり無限ループにハマらせて、それ以上先に進めなくさせるための結界だ。
だが、それを書き換えることでまったく別な場所に再出現させる事も可能ではある。
だが、その距離が長くなれば長くなるほど、間にある障害物や大気、微粒子レベルの物質の存在が術式を乱し、その行き先をあやふやな、不安定で不確かなものへとかえてしまう。
失敗してしまえばもう、それは時空の彼方へと飛ばされるか、それとも身体が術式の内部に分解されて閉じ込められてしまうかの二択だ。
そんな不確かなものが実用化され、そして物資の持ち込みに一役買っているとでも言うのだろうか?
「この森林地帯は国境からかなり距離があります。仮に最北端の出口から国境の先を術式で繋げようとしても、その距離は膨大。ただの密輸の類ではないのでしょうか」
常識だ。そんな事が出来るはずがない。それは先方も重々理解しているはずなのだ。
これはブラフか何かか? 俺を動かす為にありえない術式の話でも取り上げたのだろうか?
しかし指揮官は食い下がる。そんな小さな問題ではないと、密輸程度ではないと。
そして彼は部下に声をかけ、一つの木箱を運ばせてきた。
重々しい音をさせながら置かれたその木箱の中身は、中身の入った酒瓶。
ふむ、随分と綺麗な瓶じゃないか。共和国の職人の手によるものだろうか。
「製造年が今年になっているワインですが、これはまだこちらの国に入ってこないはずの品です。我が国のワイン生産者がごねておりまして、今年はまだ一本たりとも国内に入っていない筈の品です」
「それこそ密輸の可能性はありませんか? 木箱一つくらい、いくらでも可能なはずですが」
「それはありえません。こちらのワインは瓶一つ一つに製造番号がつけられ、出荷先の情報も全て記録されています。どうやら行商人の一人に売り出したようですが、その男がこちらに渡った記録も、それどころかその商人の活動区域である地方から出たとの情報もありませんでした。共和国側での酒の売買には常に許可証の存在が付き纏う……商人が他の人間に渡した記憶も存在しない以上……」
「そしてそのワインがこの町で見つかった、と。……よくも短期間で調べられましたね。前々から目をつけていたのですか」
もたらされる情報が、こちらの仮説……いや、希望的観測をことごとく打ち砕いていく。
なるほど、どうやらフェンネルは俺に嘘をついていたようだな。
なにが『結界の魔力を調べていたら』だ。最初から目星をつけていたんだろう。
この指揮官も、恐らくフェンネルの息のかかった人間。そうでなければ、こんな得体の知れないヤツの部隊との合同作戦なんて実現するはずがないだろうに。
つまり……俺の力が必要だと最初から分かりきっている作戦というわけだ。
「……もういいです。私を使いたいという事なのでしょう。構いません、それが国の未来に繋がるのならば、協力しましょう」
もう表面上の作戦会議の必要はないと言外に告げる。
向こうもそれを理解したのか、他の人間を呼び寄せ、机の上に大きな地図を広げだした。
この辺りの全体図。森林地帯から街道、巨木周辺の魔力の流れまで記されたそれは、間違いなく通常世に出回るはずのないもの。
フェンネルよ、お前どれだけ自分の手勢を隠し持ってるんだよ。
「この巨木を中心に、半径四キロに渡って結界が展開されております。ダリア様には、この一部に穴を空けて頂きたいのです」
「そこから侵入、内部の調査、及び――人がいたら捕縛する、と」
「……はい。既にこちらの調査で、内部に多くの人間がいる事が確認済みです」
自由騎士内部に、この辺りで度々消息を絶つ人間がいるらしい。
その人物の行動を長年監視していた結果、ある程度の量の物資をこの町に持ち込んでいる事も判明しているそうだ。
……自由騎士に所属しているのなら、共和国側と繋がっていてもおかしくない、と。
「……ここだけの話です。その自由騎士は、我々の中でも暗部に所属している人間です。共和国に漏れてはいけない情報も多数所持しています。恐らく本人も自分が監視されているとは気がついているでしょうが……」
「……にも拘らず、また動いたと」
始めは『モラトリアムの悪魔』の調査に向かう為だと言ったそうだ。
そして、怪しいと踏んでいた町の方向へと走り、そこがさらに共和国側の品の出回る町。
出来過ぎじゃないか? まるでそうなるように仕組まれているみたいじゃないか。
モラトリアムの悪魔が死んだのもこの付近だ。だが、さすがにこの悪魔の行動まで何者かが操っているとは考え難い。
なんだ、なにかがおかしい。偶然が三つ以上重なったら、そいつはもう必然だ。
だがそのうち一つでも絶対に第三者の意図が絡まないものが組み込まれると……この場合は悪魔の行動範囲……こいつだけが偶然なのか……?
それとも……悪魔すら引き寄せる何かが、この場所にあるとでも言うのか?
「何があるか分かりません。結界の解除の後、私も共に内部へ向かいます。最悪の場合、結界が多重展開されている事も予想されますから。油断して踏み込んだが最後……永遠に時空の狭間をさまよい続ける事になるかもしれませんから、ね」
有無を言わさず同行を許可させる。
きっと、ここに何かがある。それが良い物なのか悪いものなのか俺にはわからない。
だが、少なくともそれを見極めなければならないだろう。
この自由騎士にしても、フェンネルの手勢である術師団にしても、どうにも焦っているような、目的の遂行に急いているように思えてならないのだ。
こうして話している間にも、俺の連れてきた人間と自由騎士の連中が装備の点検をし始めている。
まるで、この話が終わったらすぐにでも動き出さんと言わんばかりに。
その戦場めいた空気が、否応なくこちらの戦意を高めていく。
この長閑な町に、戦場の空気が漂い始める。
それがどうしようもなく申し訳なくて。
いざという時に全てを黙らせる程の力がない自分が口惜しくて。
聞こえないように、舌打ちをしてしまう。
「……すぐに向かうのですね。虚弱性のある場所は既に探らせてありますので、それが済み次第向かいましょう」
「おお、さすがですな! では、装備の最終確認をして吉報を待ちましょう」
例え見つかったとしても、果たしてそれが吉報なのかどうか。俺には判断がつかんよ。
悪いが俺は好戦的な方じゃなくてね。出来れば穏便に事が済むのを願ってる身なんだ。
敗戦国出身なめんなよ戦争国家。平和万歳だこんちくしょうめ。
予想していた事ではあるのだが、この宿場町『デミドラシル』は、この場所になんらかの結界、研究施設が出来た後に作られた町だった。
というのも、この町の魔力の流れと建物の配置、そして大通りや森へ向かう道が全て重なっていたという事実から導き出された答えなのだが。
例えば魔力の流れが早い場所は、そこで暮らす人間の気質をせっかちにしてしまう事がある。
体内の魔力が、大きな流れに引っ張られるように活性化され、それが無意識に人を急かしてしまう……まぁ本当に微々たる影響で、長年その場所で暮らさないとそんな目に見えて分かるような変化が現れないのだが。
で、その流れの早い場所が丁度大通りの真下に位置している。これはつまり、常に人が行き交う場所であり、そこに長く留まる人間がいないから、万が一にも影響が出ないようになっている、という意味だ。
その他にも森に向かう道は魔力の流れがせき止められた袋小路のようになっていたりもする。
これも、人に無意識のうちに『なんだか辛気臭いな』というような負のイメージを抱かせる。
近寄ってもらいたくないという意味を込めているのだろうが、わざわざ森に向かう道をそこに作っているあたり、町を作った人間は性格が悪いように思えてならない。
まぁ住人達に『あの森は良くない場所だ』と植え付ける意味合いも込めての配置なのだろうが。
そう考えると、つくづくこの町の制作に関わった人間の技量の高さに舌を巻いてしまう。
魔力の流れが人に及ぼす影響なんて、普通は誰も気にしない。配慮しない分野だ。
それどころか迷信の類と考えられてしまう事だって多々ある古い学説なのだから。
まぁ長々と考察していた訳だが、ここまで計算されて町が作られていると、逆に虚弱性の高い場所、内部の人間がどういう場所に通り道を作るかも想像出来てしまう訳で。
「……私が一人で向かいます。他の人間は町の奥、森の手前で待機していてください」
「危険ではないのですか? もし敵対する意思のある人間がいたら……聖女様の身にもしもの事があれば――」
まぁ、そうだろうよ。自覚が芽生えても中々この気質は変えられないんでね。
「私が、危険な目にあうと、本気で思っているのですか?」
けれども、国のトップが守られなくちゃならない世界でもないんだよ、ここは。
少しだけ、久しぶりに戦場の顔をする。この得体の知れない、なにか理由があって動くフェンネルの部下達に向けて。
まるで、その向こうにいるヤツへと見せつけるように。
『俺を動かすなら余計な干渉はするんじゃないぞ』と。
けれどもその瞬間、ふと……思い出してしまった。
それがなんだかおかしくて、折角作った表情を崩してしまう。
ククと、小さく喉を鳴らす、らしくない声。案の定目の前の部下がおかしなものを見たような顔をしだす。
「なんでもありません。すぐに向かって下さい」
こちらの要求通り、森へと向かう部下を見送りながら、今しがた頭をかすめた考えに再び喉を鳴らす。
「『余計な干渉はするな』、か。まるで……吉城みたいじゃないか」
友を思い出してしまって。もしかしたら会えるかもしれない、もしかしたらもう会えないかもしれない、そんな男を思い出してしまって。
少なからず、俺も影響を受けていたのかね。懐かしいなオイ。
「んじゃま、お邪魔させてもらうかね……くっそ、妙ににんにくの良い匂いがする酒場だなここ」
そうして俺はフードを目深にかぶり直しその扉を開く。随分とウェスタンな、ついこの身体にそぐわない、ワイルドな飯が食いたくなってしまうその店へと。