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二百六十話

「魔力流の淀み、ですか?」

「はい。先日の一件であの街道周辺の結界にほころびが出来た為、我々も調査に向かったのですが……」

「それでしたら、すぐに私が対処しましたよ。かなり強引な方法でしたからね、しっかりと事後処理も済ませたと思っていたのですが」

「それは重々承知しております。ですが――『フェンネル』様が異常を感知した、と」


 一人の時間を、突然の来客に中断される。

 そんなの別段珍しいことでもなんでもなく、俺がこの城で暮らしている以上常に付きまとう、どうしようもないしがらみだと頭では理解していた。

 けれども――よりによって秘蔵の酒チビチビ飲んでる時に来る事ないでしょうよ。

 空気読んでよ。大陸中飛び回ってようやくのんびりしていたんですよこっち。

 が、報告の人間が出したその人物の名に、この後晩酌を再開するという選択を除外せねばならなくなってしまう。

『フェンネル・ターニアル・ブライト』俺が眠っている間の結界維持の責任者。

 そして、俺達の眠りを唯一妨げる事が出来る存在。

 その彼が、こちらの修繕した結界に不備があると言うのならば。


「急ごしらえ故に術式に不備が出たのかもしれませんね。彼に謝っておいて下さい。すぐに出立します」


 椅子から立ち上がり、テーブルの上に置いてあった酒瓶を収納する。

 そして自分の戦装束を取り出し袖を通す。

 長い時間眠っていた分、しっかり働かないと示しがつかないから。

 聖女として崇められ、そしてこの国の土台を支えている人間としての義務を果たす為に。


『ところがそうじゃないんだよ。君の仕事に一切の抜かりはなかった。いつも通りね』


 が、そのタイミングで第三者の声が室内に響き渡る。

 周囲を見渡しても声の主の姿はなく、報告に来た人間が狼狽えているのみ。


「声だけを飛ばすのは止めて下さいといつも言っているでしょう」

『悪いけれど僕も忙しい身でね』

「こ、この声はフェンネル様!」

『ああ、伝令ご苦労様。もう下がっていいよ』


 報告の人間が退室し、部屋に鍵を掛ける。そしてどっと息を吐きながら乱暴に椅子へと座りなおす。

 肩肘張らずに話せる数少ない人間が、この声の主だからこその行動だ。


「それで、どういう事よ? 流れが狂ってるんだろ?」

『正確には、君の暴挙で一瞬狂った結界の魔力を調べていたら、その付近に大きな魔力溜まりが存在している事に気がついてね』

「へぇ、そこになにかあるのかね?」


 なんだ俺のせいじゃないのか。

 となると元々その場所になにかあったという事だ。

 王都へと続く街道は、王都全体を包む結界の関係で、日頃から魔力の流れや結界の術式の調整で多くの人間が整備、点検を繰り返しているはず。

 それにも拘らず今の今まで見つからなかったとなると……何者かによって秘匿されていたという事に他ならない。

 なにか心当たりはないかと、フェンネルに尋ねる。

 俺と違い、数百年間この国を守護し続けているこの男ならば何か知っているのではないかと。


「そうだね、古い知人があの辺り一帯を研究したいからと土地を譲ったよ。けれど――その人間は死んだ。もうなにも残されていないはずなんだけれどね」

「じゃあ、研究する価値のあるなにかがある、と」

「そういう事。今後結界に悪影響を及ばさないとも限らない。可能ならそうだね――その辺り一帯を壊滅させてきて欲しいんだ。どうやら良くないモノが沢山いるみたいでね」


 心なしか、声に嫌悪の色が篭もる。まるで、その場所に忌々しい何かが存在するかのように。

 俺はこいつを信用していない。こいつも俺を信用していない。

 そこになんらかの意図が隠されていようとも、俺はそれを探らいないし、引き換えに俺もこいつの願いを『意図に沿うように解決するとは限らない』。

 こいつを信用はしていなくても、こいつの実力と研究技術は信用しているから。

 俺も、自分の実力だけは認めてもらっていると知っているから。

 国の中枢がこんな歪な関係だという事実。国民に申し訳ないとは思うが、これで安寧がもたらされているのだから、案外どこも似たようなものなのかもしれんね。

 元いた世界も、この世界も。


『既に部隊は編成してある。今回は珍しく自由騎士の人間も一緒でね。互いに危惧しているんだよ。あの場所の存在を。かなり大きな木が生えている深い森の奥なのだけれど、どうやら文献によるとあれは白霊樹だそうだよ』

「おいおい、今の今まで気が付かなかったのかよ。見えていたんだろ?」

『あれは外観が一定じゃないんだよ。ひどい話だと庭のオレンジの木が白霊樹だったって話も残されているくらいだ』

「そいつはなんとも……」


『白霊樹』。魔力の流れが集まる場所に生えるという希少な樹木の名前。

 魔力で育った関係で、それを自分に必要な養分であり大気に含まれていなければいけないモノだと勘違いしてしまった間抜けな植物。

 いつしか自分で生み出すようになり、それを外に放出しだすと言う。

 俺も、この大陸に結界を張る関係で幾つか術式に組み込んでいるが、それほどまでに大きなものならば、なにかに利用出来るのではないだろうか?

 そんな事、こいつだって思い至る筈。けれども『壊滅させてきて欲しい』と俺に願った。

 ……面倒事の気配しかしねぇな。余程不都合ななにかがそこにあるのか。

 それに、自由騎士と一緒だというのもきな臭い。

 連中は云わば猟犬だ。王国騎士とは違い、こちらの指示や命令に沿わず『ただ自分達が危険だと判断したから』という行動理念で、ありとあらゆる戦闘行為をし始める。

 まぁ平時ではそんな戦闘狂めいたい行いはしないだろうが……こっちも注意すべきか。


『なんにせよ任せたよ。自由騎士とは最寄りの宿場町で合流する手はずになっているから』

「あいよ。んじゃ今すぐ発つは」

『ふふ、話が早くて助かるよ』

「とっとと終わらせて俺はまた眠りたいんだよ」

『ふふ、なら彼にも早く戻ってきてもらわないとね』

「なに? アイツまたそんな遠くに行ってんの」

『ああ、彼には共和国側に行ってもらっているよ。一部の小国が怪しい動きをしていてね』

「働き者なことで。ああ、そうだ。俺も報告し忘れていたんだが……」


 飄々と語るこの男がなんだか憎らしくて。

 何もかも計算通りと思っている物言いが腹立たしくて。

 誰にも教えていない、ちょっとしたイレギュラーの存在を伝えておく。

 大きな意味はないだろうが、俺だけが驚きっぱなしなのもなんだか面白くない。

 あの戦い、闇の中で共闘した剣士の話を教えてやる。


「単独で、しかも剣だけでモラトリアムの悪魔を追い込む剣士がいたぞ。俺は最後に結界で消滅させただけだ。分かるか? 人を何人も食い殺した後のアイツを剣だけで追い込んだ化物が今、この大陸にいるんだ。楽しそうじゃないか?」

『……そういう話は出来れば早く教えてほしかったね。今回の作戦にも支障が出てくるかもしれないじゃないか』

「人生はいつだって波乱に満ちているんだ。計算づくじゃあ生きていけないってことさ」


 ほらな。やっぱりびびった。露骨に不機嫌そうな声出しやがって。

 さてと、じゃあ俺はせいぜい部下が死なないようにおもりでもさせてもらいますかね。

 未だ文句を垂れ流すその声を部屋に残し、夜の静けさに包まれた城の廊下へと向かう。

 こうして、静かに夜が過ぎるこの国がこの先も続く為ならば。働きましょう、寝る間を惜しみ。働きましょう、酒も飲まずに。それが上に立つ人間の役目なのだから。






 きっと、今回の作戦には大きな意味があるのだろう。

 国の存亡に関わるものではないにせよ、あいつ、フェンネルにとっては大きな意味が。

 あいつの存在はこの国に必要不可欠であり、そのあいつがここまで警戒しているのならば――


「ダリア様。先遣隊の報告によりますと、やはりあの大樹一帯の大森林は全て『空間分断結界』により守れれています。いかがなさいますか」

「……そうですね。恐らくどこかに虚弱性の高い部分があるはずです。何者かが内部に潜んでいるのならば、外部との接点を必ずどこかに作るはずです」


 俺に与えられた部隊は、騎士ではなかった。

 王国騎士団に所属している術士や剣士ではない。恐らくフェンネル直属の部下達。

 決して表に出てこない、その存在だけがまことしやかに語られていた術師団。

 ああ、俺はもしかしたら、今回久しぶりに覚悟せにゃならんのかもしれんね。

『殺しの覚悟』を。他者の命を殺す事と、そして自分の心を殺す覚悟を。


 霧雨が肌に纏わりつく。悪い視界の中、道の先を見つめる。

 木製のアーチがぼんやりと見える。ここが、古い宿場町だ。


「既に自由騎士の皆さんが待っている筈です。先遣隊の皆さんは引き続き周囲の……いえ、宿場町付近の森を重点的に探ってみて下さい。恐らく、どこかに結界の起点と繋がる流れがあるはずです」


 言い終わるや否や音もなく消える、フードを目深に被る怪しげな集団。

 本当、こうしてみるとまるで悪役だな、俺ら。

 今の状況を客観的に見てみた結果、そんな考えが導き出されてしまう。

 それがなんだかおかしくて、俺もフードを目深に被り表情を隠す。


「では、行きますよ皆さん」




 霧雨は、宿場町に入るとその意味を失っていた。

 それは、空を覆い隠すこの巨大な木が町を守るように覆い隠しているから。

 この場所の事は前から知っていた。随分デカイ木があるんだな、と観光に訪れたこともある。

 新たに出来た大きな宿場町に客を取られはしたものの、俺は逆にこの静かな町並みが、この空気が好きだった。

 どの時間道を歩いても、互いの話し声がかき消される事のない静けさが。

 活気があるわけではないが、それでも優しげな笑みを浮かべる商店の人間が。

 皆が移り住んでなお、この場所が好きだからと残った町の住人が。

 そんな優しい町に今、俺達は怪しい風体を隠そうともせずに踏み入っているのだ。


「この町の宿は一つしかないと聞いています。ダリア様、まずはそちらに向かいましょう」

「ええ、分かりました。自由騎士の皆さんをおまたせしてはいけませんからね」


 夜通し駆けて辿り着いた、まだ薄暗がりの早朝。

 昇る太陽から逃げるように、俺達もまたその場所へと向かう。

 大きな、縦に長いちょっとしたビルのような、ホテルのような宿。

 懐かしい。昔建物の構造上、転落事故が起きてはいけないからと相談を受けた事があったっけ。

 柵の高さを増やせと言いたかったが、俺に求められるのはもっと画期的な、聖女らしい術式を用いた改善案。

 なんだか随分と上げられてしまったハードルをなんとか越えてやろうと――


「なんで気が付かなかった……思えばあの時も『この町は妙に魔力の流れが活発だ』って言ったじゃねぇか自分で」


 そうだ。確かあの時も、それを利用した浮遊術式を刻んだんだ。

 やはり、この場所は特別。もしかしたら全てを壊滅させた後に、フェンネルは新たに研究所でも建てるつもりなのだろうか?

 国が発展するのなら。民が幸せになれるなら。悲しい運命を背負う人間が減るのなら。

 本当、何度経験しても嫌になる。今の犠牲と未来の繁栄を天秤にかけるのは。

 ただの一般市民だったんだぞ、俺は。それが今では数千万の命を与る身だ。

 比喩表現や物の例えなんかじゃない。文字通り、俺のワンミスで全部がおじゃんだ。

 だからこそ、こちらの負担を少しでも減らそうと日夜研究している術者達には頭が下がる思いなのだ。眠り続ける俺達を維持管理してくれているフェンネルには感謝している。

 なればこそ、俺はその願いを叶える事にやぶさかではないのだから。

 宿への扉の前、ただ自問自答を繰り返す。

 思考を保留。現実に目を向けろ。今、俺に求められている役割を演じろ。

 扉を開き、その物々しい装備の一団の元へと歩み寄る。

 さて、じゃあ目的がいまいちはっきりしていない今回の作戦の概要、聞かせてもらいましょうかね。


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