二百五十七話
(´・ω・`)同じ豚でも
「確かこの農場がアマミの家って話だったよな……」
館を後にし、里の農業地帯へと足を踏み入れた俺は、こんな森の奥の里であるにも関わらず、見渡す限り青々とした草原が広がる牧草地帯へとやって来ていた。
極めて人工的な、不自然な輝きを放つ太陽ではあるのだが、それを受けてまるで輝くように揺れる草花達。
見ているだけで心配事や不安を攫っていくようなその様子に、思わず深呼吸を繰り返す。
「さてと……丘の上に建物が見えるな。あそこかな」
小高い丘を登ると、次第に赤い屋根の大きな建物が見えてきた。
隣には飼料タンクだろうか、想像していたよりも近代的な設備が整っており、今見えている赤い屋根の建物の正体も牛舎だという事が分かった。
すると、そんな建物の入り口から、金色の長い髪を靡かせる美女……もといアマミが現れる。
牽引しているのは、大きな牛。これぞ牛と呼ぶべき、白い身体に黒いぶち模様のその姿。
ホルスタイン種みたいなものだろうか。
「おーいアマミー」
「あ、カイヴォンだ。どうしたの? こんなところに」
「ちょいと話しを聞きたくて来たんだけど、忙しそうだな」
「あ、大丈夫だよ。ちょっとこの子を里長のところまで連れて行くだけだから」
その大きな牛の頭を撫でながら言う。
ふむ、つぶらな瞳で可愛いな。
「里長は今、リュエの用事で出かけているはずだけれど」
「あ、大丈夫だよ。里長の仕事場に預けてくるだけだし」
「仕事場……?」
アマミとその飼い牛と、まさしく牛歩の速度でのんびりとその場所を目指す。
その途中、やはり里の人間に慕われているのか、アマミの元に白髪の子供から、獣人の大人まで、様々な人間が声をかけてくる。
いずれも『いつまでこっちにいるんだい』や『面白いお話聞かせてよ』というものばかり。
中には『アマミが婚約者を連れてきた』という人間もいたくらいだが、その瞬間『やだよ! カイヴォン性格悪いもん!』と答えるので、お兄さん少しだけ心に傷を負ってしまいました。
「アマミが冷たい。嫌われた。生きていけない」
「ほらまたそうやってからかおうとする。本気で言ってないよ、ああでもしないとずっとからかわれてカイヴォンも嫌でしょ?」
「アマミの優しさに全俺が泣いた」
「優しくないよ。リュエとかレイスさんが恐いだけだよ?」
「ははは、確かに」
「……二人も恋人がいるなんて、カイヴォンはいやらしいね」
「いやらしいことなんてしてないよ!?」
「あはは、知ってる。カイヴォンは、良い人だよ。リュエも、レイスさんも、すごく良い人。だから――」
いつの間にか、人通りの多い場所から、再び農道のような、人気の無い場所に移動していた。
その静寂の中、アマミの声が、微かに震える。
「出ていって。この里から、出ていって」
「……例の件か」
「君達三人が強いのは知ってる。でも、汚れ仕事をさせる訳にはいかない」
「……少なくとも、俺の手はとっくの昔に汚れてるよ」
「じゃあ、どうしてカイヴォン達は、楽しく旅が出来るの? そんなに自由なの」
真っ直ぐに見つめられる。そこに宿るのは、嘘偽りは許さないという強い意志。
そして、純粋な疑問。かすかな渇望。
まるで、羨むかのようなその隠れた感情に、どう答えたら良いのだろうか。
「……それがまかり通るだけの力がある……ってだけじゃないんだろうな」
「力だけじゃない。じゃあ、何があるの」
「たぶん、運が良かった。今の俺はきっと、力だけでなく、多くの人間に助けられたから、こうして自由を謳歌出来るんだと思う」
「……運なんて、そんな不平等なもので人生が決められてたまるもんか」
……俺は、彼女のことを知らない。
今、どういう気持ちでこの場所にいるのか、想像する事すら出来ない。
「私も強いよ。自由ではないけれど、組織の中では自由に振る舞えた。けれど――今、私を縛っているのはその組織と――」
「その先は言わない方が良い。本音だとしても、それと同じくらい大切なんだろう、この場所が」
俺には分からない。
守るべき場所に縛られる気持ちは。
たぶん、それを一番理解してやれるのは、リュエだ。
ああ――そうか。彼女はリュエと同じであり、そして同時に、昔のレイスと同じなのか。
守るべき存在の為に、守るべき場所の為に、様々なしがらみに縛られながらも、頑張り続ける。
彼女の称号にある『頑張り屋』『みんなのお姉さん』という称号。
だが、それが重荷になってしまっている……のだろうか。
「……分かってるんだ私も。どうしようもない事だって、いつかこうなるんだって思ってた」
「自由騎士内部でも、疑われていたのか?」
「まぁ、出自不明でこんな容姿だからね。どこかの妾の子とか思われたり、身辺調査もされているんだと思うよ」
やがてその疑いを探ることを諦め、今度は疑惑ごと自分達の手札にしてしまおうと、彼女に『重大な仕事』を割り振るようになったという。
もう後には引けない、決して離れることが出来ないような、取り返しのつかない役割を。
それは『暗殺』であったり『潜入』であったり、いわゆる暗部に属するもの。
重宝される反面、決して離反を許されない場所に立たされた彼女は、確かにもう、自由とは無縁の、光当たる場所に戻る事が難しい場所に立たされているのかもしれない。
だが――言っただろ『運』という要素がそこに絡み、時として『運命』を捻じ曲げる事もあるのだと。
「……でも、やっぱりアマミは運が良い」
「話聞いてたよね? 自分を不幸だとは思わないよ。たとえ他人にそう思われても、私は、私だけはこの人生を不幸だと思わない。けれども――他人にそんな風に言われるのも癪」
「うんにゃ。運が良い。少なくとも、俺はアマミの境遇を聞いて、アマミと友達になって、それで『どうにかしてあげたい』って思えた。それはたぶん、凄く幸運な事だ」
「……自分で言わないでよ」
「今すぐどうこうは言えないが、俺やリュエ、レイスと出会えたことを、本当に人生最高の『幸運』だと思うことが出来るように、色々こっちも頑張るさ」
呆れてしまったのか、それっきりアマミは話すことを止める。
こちらが手を汚すことを嫌い、そして二律背反にも似た状況に追い詰められている彼女。
皆の姉として慕われ、そしてその手を多くの血に染めてきた人物。
……なによりも、俺達と共に旅をし、既に友人として認められている人物だ。
俺は忘れていないぞ、出会った時、リュエの髪を見て心の底から心配してくれた事を。
こちらの身体を心配して、こっそり貴重な薬草を飲ませてくれた事を。
たったそれだけの事でいい。俺にとっちゃ、それだけで手を貸す、なんとかしてあげたいと思うには十分過ぎる理由なのだ。
「……一度受けた恩は、絶対に返す。利子を馬鹿みたいにくっつけてな」
「到着。里長は留守みたいだから書き置きを残して……後ろの牛舎にこの子を連れていけば終わり」
「里長の仕事場が、ここなのか」
到着したその場所は、小さな一軒家と、やや大きめの小屋。
恐らく牛舎なのだろうが、中を覗き込んでみれば、馬や羊、そして我らが豚ちゃん……ではなく、極々一般的な豚の姿まであった。
おー、よしよし可愛いピンクの子豚ちゃんや。なでりこなでりこ。
「ピギ! ピギ!」
「可愛いなこいつ。うりうり」
「……私は絶対牛の方が可愛いと思うけどなぁ~。うちの牛子の方が可愛いもんね」
「アア~」
対抗するように牛の背を撫で始めるアマミ。なるほど、この牛さんが噂の牛子さんか。
飼い主によく似た鳴き声でございますね……。
しかしここが仕事場というと……里長は普段何をしているのだろうか?
こちらの疑問を察したのか、アマミがこの場所について教えてくれた。
「里長は、生き物の身体に詳しいんだよ。どうしても、ここの住人……白髪の子は身体を壊しやすくて、魔術の効きも良くないの。だから、人から家畜まで幅広く見てくれるんだ」
「なるほど……里長はこの場所になくてはならない存在、という訳なんだな」
「そうだよ。だから……本音を言えば、少しでも戦力は欲しい。でも、やっぱり私は――」
「さっきは話が脱線してしまったけれど、俺はここに残る。あまり詳しくは言えないけれど、リュエもここの住人みたいな境遇だった。だから、他人とは思えなくて」
そして、これは俺の八つ当たりでもある。
王国の騎士だろうと、自由騎士だろうと、この国に牙を剥く事が出来るのならば、それでいい。
だが――極力、血は流さない、という約束がある。
ならば――いいだろう、いくらでもやりようはある。
人間は、身体だけで出来ている訳ではないのだから。
たとえ作り物の身体であっても、人間として生きる里長がいるように。
人間を人間たらしめるものが存在する。だからそれを――
「カイヴォン。さっきはごめん、八つ当たりした」
「っ、いや、こちらこそごめん」
ふと思考を引き戻される。
「じゃあ、一度私の家に戻ろう。用事があったんだよね」
「そうだった。じゃあ、一度戻ろうか」
俺は、一体いつからこんなに不安定になってしまったんだろうな。
「それで、私に用事ってなに?」
「ああ、この里の森について聞いておきたくて。例えば、結界の効力が存在しない部分はどの程度あるのか、とか」
「……それを聞くって事は、本当に戦うつもりなんだね。もしもの時は」
「正直、戦いになるかどうかは分からない。けれども、結界を抜けてきた人間が、里の様子を見てどんな行動に出るか考えると――」
「大丈夫。居住区画にはなにがあってもたどり着けないようにする。私が、森の結界の効果範囲外で待ち受けるよ。森の中なら、私は誰にも負けないから」
「……その場所に、俺も置いてくれ。万が一の為に」
彼女の家の中は、普段住んでいないせいか殆ど物がなく、申し訳程度のイスとテーブルがあるだけだった。
そこで対面し腰掛け、彼女の話を聞いていく。
恐らく、彼女は森の中、視界の悪い中での戦いに特化しているのだろう。
その彼女が待ち受けるのならば、確かに外部から来た人間では苦戦を強いられる。
だが問題は、王国騎士のような集団でなく、個人で強い力を持つ存在、自由騎士だ。
現に今目の前にいる彼女はその自由騎士に席を置いている。そんな彼女に匹敵する人間だって、中にはいるかもしれないのだから。
「分かった。もしもの時はお願いするね。この里で戦える人間って、本当に限られているから」
「具体的な戦力はどんな感じなんだい?」
「魔法師件、弓闘士が一人。純粋な戦士が一人だけ。獣人の子達は戦えるけれど、元々は共和国側からこっちに引き込んだ子達だから、正直今回関わらせるつもりはないよ」
「アマミを含めて三人しかいないのか……」
想像以上に厳しい状況と言える。少なくとも、自由騎士と王国騎士の混合である以上、その人数は最低でも二個小隊と想定するべきだろうか。
……いや、けれども俺が一思いに全て薙ぎ払ってしまえば――
「……アマミは、今回の件にダリアが関わってくると思うかい」
「また呼び捨てにしてる。けど……正直分からない。タイミング的に混ざっていてもおかしくはないけれど……あの方は、白髪を差別したりしないから」
「そう、なのか?」
するとここで、意外な情報が提示される。
俺はてっきり、こんな伝承を放置している以上、白髪を憎むまでいかずとも、別にどうなろうが関係ない程度には思っているものだとばかり。
なら、むしろダリアにこの里の存在を教えて、逆に保護を求める事だって出来るのではないだろうか?
俺が、俺自らがあいつの元に趣き、それを訴え出ることが出来れば――
一抹の希望を懐き、その提案をアマミにする。
だが、彼女の答えは――
「……ダリア様が止めても、騎士達はその存在を秘密にしてくれるとは限らないよ。人に絶対はない。私にはそれが分かる。カイヴォンも、その手を汚してきたというのなら、分かるはず、だよね」
「……そう、だな」
その通りだ。何を日和っているんだ俺は。
「結界を抜けられるかどうかは分からないけれど、もし抜けてきたら、そして万が一森を抜けて里に入り込んでしまったら」
すると、対面するアマミの様子が、目に見えて変化していった。
暗い、水底から湧き上がってくるような、恐ろしげな気配を身にまとい出す。
「絶対に、殺して。皆殺しだよ。誰も、誰一人として生かして帰しちゃダメだよ」
「分かってるよ。絶対に、殺す」
けれども、俺が殺すのは、壊すのは、心だ。
俺はやれる。たとえ相手が誰であろうと。女子供であろうと、美しいエルフであろうと。
そして――本当に敵対する事になるのならば……ダリア、例え相手がお前であろうとも。
(´・ω・`)扱いがここまで違う
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(´・ω・`) ) =3 ブッ
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