二百五十二話
(´・ω・`)美味しいよ
さて、俺のアイテムボックスの内訳を表すとですね、こんな形になっております。
使わない装備、及び魔王シリーズ等の装備品 3%
魔物を倒して入手した部位 21%
換金出来そうな鉱石や魔力結晶 12%
アウトドア用品(調理道具含む) 15%
食料 49%
……おう、文句あるか。ちなみに魔物を倒して入手した部位の中にも食用に適した物があるから、実質半分以上食料だ。
だが、この白髪エルフちゃん達が求めているものは『主食』たりえるものだ。
参ったな。パンも小麦粉も米もあるが、彼らが満足するだけ交換するとなると、後で大きな街で自分達の分を買い足さなければならない。
ましてや今はリュエのバッグが使えない状況なのだ。さすがに自分達を犠牲にしてまで彼らの要望を叶えるわけにもいかない。
……バッグの不調が、この隠れ里にいる影響だとすれば、出てしまえば何も恐れる事はないのだが……。
が、主食となるものを小麦や米以外で賄う方法ならいくらでもある。
今詰めかけている住人の持つ野菜に目を通したところ、ジャガイモをカゴいっぱいに持った人間の姿も目についたくらいだ。
なら、いくらでも主食たりえるものに作り変える事だって可能だ。
「じゃあ、一人小麦粉……そうだな、革袋二つ分までを条件に交換しようか」
ではこの、主食に飢えた住人達に美味しいじゃがいも生地の作り方を伝授しようじゃありませんか。
「もう粉になってるのに、こんなに貰っていいの?」
「いや、こっちこそ小麦粉二袋でこんなに貰っていいのかい?」
「うん、ここってお野菜すぐに育つもん。二ヶ月もあればまた採れるよ」
……なんだそれは。これも、魔素を還元させる仕組みの影響なのだろうか。
だがそうなると、確かに住人が自分達の育てた作物や、この里の森で採れた物に対しての意識が低くなってしまうのかもしれないな。
で、それに付け込んでさっきのような商人がやってくると。
ならば、ここで小麦や稲を栽培すればいいのではないだろうか?
そう思い、次に小麦粉を求めてやって来た、これまた白い髪のエルフさんに訪ねてみたところ――
「私も、試しに育ててみようとしたことがあるのだけど、ダメだったんです。昔から生えているものか、昔から育てているものじゃないと育たないんだって、里長が言っていました」
「……なるほど」
独自の進化を遂げた品種だったりするのかね、この里で育つ作物というのは。
ふと、少し離れた場所で同じように行列を捌きながら小麦粉を手渡している二人の様子を窺う。
ははは、レイスは最初のやり取りの所為で恐がられているのか、あまり人が並んでいないな。
反対にリュエの前には三人の中で一番多くの人間が並んでいる。
そうして、小麦粉を配り終えた頃には、絶対に食べきれない量の野菜達がこちらのアイテムボックスを圧迫するはめになりましたとさ。
「さて、じゃあ今から小麦粉を沢山のパスタに変える方法を教えたいと思います。興味のある方は……そうだね、森の前の広場まできてくださーい」
声を張り上げ、小麦袋を手に満面の笑みを浮かべている住人達に通達する。
すると、皆楽しそうな表情を輝かせながら、こちらの歩調に合わせて後ろをついてくるではないか。
道すがら、普段の食生活について訪ねてみる。
基本的には自分達で育てた野菜と、育てている家畜を潰した肉、そして先程のように外部からやってくるお抱えの行商人から買ったものを食べているそうだ。
それにしても……小学生くらいの子からリュエとそう変わらない外見の白髪さんに、成人していると思われる獣人の特徴を引き継いだ方々までぞろぞろと後ろにいる今の状況。
なんだかちょっと……微笑ましい反面プレッシャーだな、これは。
ぞろぞろと最初に自分達がこの里にやって来た森の出口の前にやって来たところで、野営道具一式を設置していく。
するとその様子を見ていた住人から『里長と同じだ』という言葉が漏れ聞こえ、やはりあの人物もアイテムボックス持ちなのだな、と確信する。
……本当に何者なんだ、あの人(?)は。
「さてと、じゃあ今回も一応いつものやっておくかね」
「……何回目だったかな?」
「正式にコールしたのは船の上の第六回ですし、七回目でいいのではないでしょうか?」
「いやぁ道中結構一緒に作っていたからカウントがごちゃごちゃになっていたよ」
はい、では改めまして。
「第七回ぼんぼんクッキングを始めたいと思いまーす」
過去最多のギャラリーに囲まれながら、やっていきましょうか。
しかしここで一つ問題が発生しております。
この里にいるのは基本的に白髪のエルフさんと、獣人の皆さんなんですけれどね、皆さんとても可愛いのですよ。
元々、自分の趣味でリュエを作り出した身としてはですね、非常に今の状況というのは精神的に来るものがあるといいますか。
獣人の皆さんも健康的に露出した方が多いですし。僕だって健康な男の子ですからね。
「えい」
「てい」
「痛い」
両脇から脇腹に貫手がクリーンヒット。ごめんなさい。
気を取り直して、今日作るものについておさらいだ。
今回、少ない小麦粉で主食たりえるものを作るというコンセプトだが、この里ではジャガイモが大量に生産されている事がわかっている。
先程住人の皆さんに聞いたところ、予想通り主食として食べているそうだが、やはり物足りないと感じているらしい。
元々主食として食べられる事の多い芋類。それを思えば彼らの欲求はある種の贅沢にあたるのかもしれないが……。
「……美味しいもの、食べたいもんな」
贅沢の何が悪い。美味しいものを食べたいと願う事の何が悪い。
限られた地で生きるのならば、せめてそういった欲求は叶えさせてやりたいではないか。
「じゃあ、今から小麦粉とジャガイモを使ってパスタをたくさん作る方法を教えたいと思います」
「イモがパスタになるの? 私達も飽きないように色々焼いたり揚げたりしているけれど」
住人の一人が、信じられないと言いたげな表情を浮かべながら声を上げる。
もちろん、彼女達だって創意工夫を繰り返してきたのだとは思うし、もしかしたら小麦粉と混ぜたことだってあるのかもしれない。
だが……実はここに来るまでの道中で、俺は『ある存在』を見つけている。
「じゃあ、まず始めにこの水を使います」
魔素が溶け込んでいると言うくらいだ、もしかしたら変わった味がするのかもしれないと、途中の農道の側にあった湧き水を少し口に含んでみたのだ。
だが、その水場の脇に設置されていた看板には『農具清掃用水 口にいれちゃダメよ』の文字。
そして口に含んだ瞬間、苦いような、しょっぱいような味がすると同時に、微かに舌に痺れるような刺激があった。
つまり……天然の重曹たりえる水だったのだ。そりゃあ農具の清掃に使うと効果抜群でしょうね。
「カイ君。その水は食用ではないんじゃないのかい?」
「まぁガブガブ飲んだらお腹壊しちゃうだろうね。けど、少量使う分には問題ないよ」
するとレイスが、汲んできたその水を少しだけ口に含み始めた。
あまり美味しいものではないが、まず自分達が口に含んで見せるのが重要だ。
「なるほど……以前アギダルで見つけた物に似ていますね。ただこちらの方が味が強いといいますか」
「たぶん、この水を使えば上手くいくと思うんだけれどね」
さて、じゃあパスタもとい……じゃがいも麺作りを始めましょうか。
まず提供されたジャガイモの皮を剥き、輪切りにして水にさらす。
この段階でどれくらいイモにデンプンが含まれているか確認もかねての事なのだが、少し置いてからそっとイモを取り出すと、ボウルの底に随分と沢山デンプンが沈殿していた。
ふむ、そういう品種なのだろうか。デンプンだけ精製して乾燥させたら、なんちゃって片栗粉でも作れそうだな。
今回はこの沈殿したものも使わせていただきましょう。
「カイ君、今回も私はイモを潰したらいいのかい?」
「蒸しあがったならお願いしようかな」
「茹でるのではなく、蒸すんですね」
ポイントその1 蒸すことによりデンプンの流出を最低限に留める。
まぁ皮付きで茹でて後から皮を剥いてもいいんですけどね。
そして潰したジャガイモの分量の3/4の小麦粉を加える。
今回俺たちが彼らに配ったのは、中力粉と似た性質の小麦粉。この辺りは種類によるのだろうが、それくらいは住人達だって自分達で調整出来るだろう。
ようは、基本の作り方と、里の中にある水を利用するという事を教える事が出来たらそれで良いのだ。
「レイスの方は……大丈夫みたいだね」
「はい。トマトソースでしたら、ラタトゥイユの応用で作る事が出来ますからね。随分と甘みの強いトマトですね、この里の物は」
「へぇ……もしかした凄く得したんじゃないかな、俺達」
「そうかもしれませんね」
リュエが小麦粉をまだ熱いジャガイモに練り込んでいるタイミングで、例の水をほんの少しだけ加えていく。
さて、これでうまくいけばコシが生まれ、生地の色もうっすら変わって……そういえば最初からイモの関係で生地が黄色っぽかったですね。
だが――
「む、少し色が変わったね。練りやすくなった」
「お、成功か」
やはり天然重曹としての役割を果たしてくれたようだ。
それを、住人によく見えるように掲げる。
「えー、こんな風にあの水を加えると色が変わります。小麦粉の品質で色々変わってくると思いますが、とりあえずちょっぴり加えるとこうなりますのでー」
「「はーい」」
素直で宜しい。
小さいリュエみたいな子が沢山ですよ。可愛い。
そうして、出来上がった生地に油を薄く塗って寝かせ、その間にソースを仕上げたり、住人の皆さんに実際に生地を作ってもらったりと時間を潰す。
するとそんな中――
「なんだか楽しそうな事してるねカイヴォン」
「お、アマミいたのか。手伝ってくれてもいいじゃないか」
「いやぁなんだか見ていて楽しくて」
アマミが沢山の子供達にたかられておりました。
里の人気者ってやつなのかね。たまに来る親戚のお姉さんみたいな。
「アマミは里の外から食料を運んだりはしないのかい?」
「私一人程度だと難しいかな。ちょっと持ってきた程度じゃ取り合いになっちゃうし、かといって沢山持ち込もうと宿場町まで荷馬車を牽いてきたら怪しまれちゃうでしょ?」
「ん? でもさっき行商人が来ていたぞ?」
「ああ、それは共和国側の入り口から来たんでしょ?」
「……は? ここって共和国にも面しているのか?」
まさか、ここは国境の上にある里だとでも言うのだろうか。
知らぬ間に、そんな場所まで移動したとでも……まさかあの謎の森が、ある種のワープ、ショートカットのような効力を持っているのだろうか?
「よく分からないんだよね。ただ、共和国側にも入り口があって、そこを通るには里長の許可がないといけないって事くらいしか分からないんだ」
「ふむ……さっきその行商人と少し揉めたんだが」
「聞いた。たぶん、里長はわざと見逃していたんじゃないかな。ここのみんなが自分で気がつくように」
「……余計なこと、してしまったかな」
「いいんじゃない? たぶんその場にいたら私が同じことしていたと思う」
やはり放任主義、ということか。
それとも、外に出られないからこそ、外の世界に渦巻く悪意のような物を感じさせようとしていたか。
真意は分からないが、この辺りも後で聞いてみるべきか。
「さて、そろそろ時間だ。俺は料理を仕上げてくるよ」
「うん、分かった。私の分もよろしくね」
「残念俺がおかわりします」
「だめ」
アマミと別れ、料理を仕上げていく。
とはいえ、後はこの生地を薄く伸ばし、細く切るだけなのだが。
すると、先程最初に『本当にパスタが出来るのか』と訪ねてきた白髪のエルフさん、恐らくこの中では年長者と思われる娘さんが、何やらミシンのような大きさの機械を運んできた。
「これ、パスタ作るやつだよ。使って」
「おお……パスタマシーン……しかも押し出し式だ」
「この機械、昔里長が作ってくれたんだ。里の年長者の家にはこれが置いてあるの」
「……なんでも出来る里長だね」
いやこれ、結構良く出来てるぞ、全部金属製だし。
ハンドルを回すと中のプッシャーが、生地をシャワーノズルのような穴の空いた部分へと押し付ける仕組みになっているようだ。
生地の硬さ的にも、切断タイプよりもこっちの方が向いている。
早速マシンに生地を詰めて、沸騰しているお湯に向かって麺を押し出していく。
「ほら、半分以上じゃがいもで出来たパスタの完成だ」
「カイさん、これってニョッキとは違うんですか?」
「ほぼほぼ一緒だと思っていいよ。ただ、あの水が決めてでね、この細さでも――」
茹で上がった麺を一本手に取り、軽く引っ張ってみたりかじってみたりしてみる。
やや透明がかった、どことなく冷麺に似たその麺は、しっかりとしたコシと弾力を持っており、ほのかな甘みも感じさせてくれる。
「ほら、こんな感じで食べごたえのある、ツルツルした麺になるんだ」
「凄い……水だけでこんなに変わるものなのですか」
「あいかわらずカイ君の料理は魔法みたいだね。私も、随分と驚かされたものだよ」
周囲の人間にも、出来上がった麺を小分けにして味見してもらう。
その反応は、こちらが思っていたよりも劇的なものだった。
皆、初めて見るその麺の質感、食感に驚き、さらにそれが自分達の村で作ることが出来るのだと、中には急ぎ足で水を汲みに行く住人の姿まであった。
楽しそうに、嬉しそうに笑う、小さなリュエのような面々に、胸が暖かくなる。
……もし、この大陸の抱える問題がなくなれば、ここの住人達も自由に生きる事が出来るのだろうか。
「ほら、カイ君。続きを作ってあげよう。みんなに配る分、作るつもりなんだろう?」
「あ、ああ。さて、皆さん作り方はだいたい分かったと思うけれど、後で紙に書いて里長に渡しておくから、困った時は聞きに行ってくださいねー」
そうして、ジャガイモ麺のトマトソースがけが完成したのだった。
「美味しいよ、レイス」
「本当だ、凄く美味しい……さすがだねレイス」
「い、いえ……本当に最低限の手しかかけていませんよ私は。ここのお野菜はどれもこれもとても美味しくて……ああ……トマトの甘さが麺に絡んで……」
チュルチュルとレイスの口に吸い込まれていくパスタを眺めながら、リュエと顔を見合わせて笑い合う。
確かにこれは美味しい。魔素を大量に含ませた野菜というのは、ここまで味がよくなるものなのだろうか?
これは……あの行商人、相当甘い汁を吸っていたな?
で、今回の本来の目的であるジャガイモ麺の布教という目的なのだが――
「アマミアマミ! 次私、私がパスタ絞り出す!」
「ああ~! 私の楽しみが!」
「次私! 早くお湯沸かして!」
こちらが出したパスタをあっという間に平らげ、住人がこぞって自分達でパスタを作っているところです。
いや、順応早いですね皆さん。
これならば、もう住人の皆さんがふかしジャガイモで我慢する事もないだろうと一安心だ。
「嬉しそうですね、カイさん」
「まぁ、ね。ここの住人は……言い方があれだけれど、リュエの仲間、みたいなものだから放っておけなかったんだ」
「……そうだね。私も、他人とは思えなかった。ありがとう、カイ君」
楽しそうにパスタを作り出す住人を眺めながら、不自然にオレンジに染まっていく空を見上げる。
ははは、本当にくっきり色が変わっていくなんて、本当におかしな空だな。
夕暮れ時には里長のところに戻る約束をしていた事を思い出し、アマミに後のことを任せられないか尋ねると、快く引き受けてくれた。
さて、じゃあもう一度、彼女に会いに行こうか。
「……レイス、夕ご飯をご馳走になるのを忘れていないかい」
「大丈夫ですよ。それを見越して控えめにしておきましたから」
「私の記憶が確かなら二回おかわりをしていたはずだけれど」
さすがですお姉さん。
(´・ω・`)家でも簡単に作れるよ




