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二百五十一話

(´・ω・`)ウバメの森のデマ流したヤツを許さない251話目

「生き物じゃない……だって?」

「やっぱりレイスも気がついていたんだね」

「はい。魔眼で見たところ、あの方には一切の魔力反応が感じられませんでした。生物である以上、空気中の魔素を取り込み、少量ですが再生師のように自身の魔力へと変換して身体に巡らせるのが常です。ですが――」

「その流れが存在しない。それどころの話じゃないよ。彼女、呼吸をしていなかったんだ」

「……はい。魔素が口や鼻に入吸い込まれる様子すら見て取れませんでした。ただ、まるで空洞に迷い込むように時折入っていくだけで」


 館の外で二人が語った衝撃の事実。

 異質な存在だろうとは思っていたが……まさか、死人、なのか?

 もはやこの世界にどんな存在がいようとも驚きはしないが、さすがに今の今まで会話を交わしていた相手が死人だと言われると……。


「アンデッド……なのか」

「いや、それはないね。アンデッドならすぐに分かる。これでも聖騎士だからね」

「そうですよね……一体何者なのでしょうか」

「次に会った時、俺も調べてみるよ」


 夕食の時にでも[詳細鑑定]を試そうと心に決め、渦巻く疑念を少しの間だけ押さえ込み、里の様子を見にいくことに。

 リュエが言うように、この場所がある種の……嫌な言い方だが『養殖所や生命維持装置』のような場所だとしたら。

 そう思うと少しだけ住人を不憫だと思ってしまう。だが……住人はこの事を知っているのだろうか……だが――


「……差別を受けるくらいなら、この場所にいた方が幸せ、なのかね……」

「カイ君はそう思うのかい?」

「……分からない。こればっかりは、俺には」


 こちらの呟きに、いち早くリュエが反応する。

 その瞳にはどこか……憎悪のようなものが宿っていた。

 こちらに向けられるその瞳の奥の燻りに、胸が痛む。こんな瞳を向けられた事がなかったから。

 そして、すぐに彼女自身もそれに気がついたのか、目を伏せて小さく『ごめん』と呟いた。


「……俺が、無神経だった。許してくれ」

「……うん。私も、どうしても自分に重ねてしまって感情的になってしまったみたいだ。どこか一箇所に閉じ込められるのは……本当に、本当に辛い事だから」

「あの……私は、嫌です。閉じ込められるのも、差別されるのも、それに、二人が言い争うのも」


 レイスが少しだけ、悲しそうに言う。その姿がなんだか、親が喧嘩して悲しんでいる子供のようで、罪悪感がこれでもかと込み上げてくる。

 そしてどうやらそれは俺よりもリュエの方が大きかったらしい。

 慌てたようにレイスの手を握り――


「ごめんよ、ごめんよレイス……大丈夫、私はカイ君の事もレイスの事も絶対に嫌いになんてならない。これは、私が悪いんだ、だから――」

「いや、リュエは悪くない。俺が無神経だったのが悪い。そして何よりも――」


 なにより悪いのはなにか。

 そんなもの、最初からわかっている。


「悪いのは、この大陸だ」


 そうだ、俺達は悪くない。

 悪いのは王家の連中だ。差別を平然と受け入れる住人だ。

 悪いのは、俺達じゃないんだ。悪くないのならば、何をしても、どんな手段を使っても、それを――

 その時、無意識に握りしめられていた拳に、何かが触れる。

 白い、小さな手。擦るように、力の入った拳を慰めるように。


「また、恐い顔をしていたよ。約束、忘れないでおくれ。血は、流さない。出来るだけ」

「……無血でリュエを国王の元まで連れて行く……だったね」

「うん。ただ……私の願い以外の場所でまで、無理に我慢はしなくてもいいからね。君の行動を制限したいわけじゃないから」


 ああ、本当に俺は。随分と、限界が来ているようだ。




 里の農場地帯を通り過ぎ、先程は向かわなかった居住区画へと足を運ぶと、そこに住まう住人の顔ぶれに思わず驚きの声をあげてしまった。

 皆、白髪やそれに近い髪色をしていた。

 それだけではない、里の外では見かけないような獣人の特徴を一部引き継いだ様子の人や、まだら模様の頭髪、中には魔族のような翼の生えたエルフの姿までもあった。

 その様子を見て、不謹慎かもしれないが俺は『神隷期』すなわち『ゲーム時代』の多様性を思い出す。

 そしてどうやらそれはリュエも同じだったらしく、小さく『懐かしい』と呟いていた。


「随分と活気がありますね。正直、予想外です先程の話を聞いた後ですと」

「そうだね。……仲間が、同じ境遇の仲間がいると違うのかな」

「……そう、かもな」


 静かに、リュエの手を握る。すると恥ずかしそうに彼女がはにかんだ。

 だからつい、久しぶりに――なでりこなでりこ。


「こ、こら……」

「よいではないかよいではないか」

「ふふ、では私も」


 二人でわちゃわちゃとさわり心地の良い髪の感触を楽しんだとさ。


 改めて里の中、人の集中している広場のような場所を見て回っていたのだが、どうやらここはちょっとした市場のようになっているらしく、里の人間が自分達の育てた作物と引き換えに外界から持ち込まれた品を 物々交換しているようだった。

 この場所から出られない都合上、通貨を使う事にそれほど意味がないのかもしれないが、今まで慣れ親しんでいた価値観と異なるその在り方に少々気後れしそうになる。

 だがそれにしても、それらの物品は一体誰がどこから仕入れているのだろうか?

 見たところ、品物を広げているのは獣人のようだが……。


「共和国側はこちらより差別が少ないという話だからね。もしかしたら許可を受けている商人かもしれない」

「そうですね。ただ……少々取引レートがおかしくありませんか?」


 その様子を見ていたレイスの言葉に、視界の隅で行われているやりとりに目を凝らす。


「それじゃあ、マスタードシード五キロ確かに受け取ったよ。じゃあお返しの麦一◯束と稲穂一◯束だ」

「わぁい! これで小麦粉が作れるよー!」

「お米だお米だ! 久しぶりにおかゆじゃないお米が食べられるねぇ!」


 ……いやいやいや! おかしいでしょう!? そんなの精米したり製粉したら一ヶ月分にも満たないだろう!?

 マスタードシードは、恐らくからし菜の実だとは思うが、それが五キロ……どう考えても公平な取引とは思えない。

 いや、もしかしたらこの大陸では米や麦は貴重品なのかもしれないが……。

 すると、最初に気がついたレイスが早足でその取引現場へと向かって行った。

 肩を怒らせるようなその歩調……何かが彼女の逆鱗に触れてしまったのだろう。


「足元を見られるなんて、日常茶飯事だったよ私も。時には、私の事を自由にさせろ、なんて事を言う人間もいたくらいだよ」

「その話詳しく。末代まで全員皆殺しにしてやる」

「いや、残念だけど私が闇討ちした」

「よくやった」


 さすがうちの娘さん。しっかりとゲス野郎を成敗していた模様。

 さて、もう一人の娘さんの様子は……。


「失礼、今のやり取りを見ていたのだけれど」

「ん? なんだい姉さん。何か欲しい品でもあるのかい?」

「私は先程この里に来たばかりの、外の人間よ」


 なんだかいつもと口調の違う彼女が恐いです。あれ、俺を助けるためにしていた演技ですよね確か。

 なんでも、商人ギルドのお偉いさんのふりをしていたとかなんとか。

 件の商人は、外から来たばかりというレイスの言葉を聞き、少しだけ表情を忌々しそうに歪めている。

 やはり、後ろめたい事をしていたという自覚があるのだろう。


「それがどうかしたんで? ここにはここのルールというものがあってですね」

「……これを見ても同じ言葉を言える?」


 するとレイスは、懐から銀色に光る何かを取り出した。

 そしてその効果は……あまりにも大きかったようだ。

 銀色の正体は、レイスが借り受けた魔車に取り付けられていた紋章と同じもの。

 恐らく、魔車の装飾に使われていたものなのだろう。

 まるで見えない力で弾き飛ばされたかのように商人が後付去り、その勢いのまま平服する。

 そしてそのままなにやら言葉を交わしているようだが……あ、商人がからし菜の実の大半を置いて逃げてった。


「レイスも、昔は苦労していたようだからね。同じように商人に足元を見られ、ひもじい思いをしている住人が見過ごせなかったんだろうさ」

「そっか。しかしこの状況、里長は放置していたのかね」

「どうだろうね。もしかしたら、必要以上に干渉していないのかもしれない」

「ま、なんにしてもレイスが困っているみたいだし、助けに行こう」




「い、いえ違うんです! あの商人の方が皆さんを騙して――」

「せっかく来てくれた外の商人さんなのにー!」

「私もお米欲しかった! どうして、どうして邪魔をするの!」

「私達の里の人じゃない! どっから来た!」


 どうやら先程の商人目当ての住人が、レイスを取引の邪魔をした人物として糾弾しているようだった。

 まぁ、彼らからしたらそう見えても仕方ないのだろうが……。

 すると、リュエがその一団の元へと向かって行った。

 同じ白髪の見慣れない人間の登場に、一同の視線が集中する。


「みんな、私の話を聞いてくれないかな」

「……誰? 新しくここに来た人?」

「ちょっとこの里に用事があってね。それより、さっきの商人なんだけれど」


 リュエは、子供に話して聞かせるように分かりやすく、簡単な言葉を使って説明をし始めた。

 よく見れば、確かにレイスの元に集っていた白髪のエルフ達はどこか幼いように見えた。

 外見だけでなく、その表情や話し方、仕草までもが。


「つまり、君達が必死に集めたり育てていたものを、ズルして沢山貰っていたんだよ」

「えー! なんでそんな事するの!」

「お米とか小麦持ってくる良い人じゃなかったのー!」


 ……幼いうちに閉鎖された世界の中で、親もなく育ったが故に、だろうか。

 確かにこの様子は、少々歪だ。だが……それでも苦しんで過ごすよりは良いと、思ってしまう。

『例え辛くても、外界で文化に触れて過ごしたほうが将来の為になる』そう言う人間だって確かにいるだろう。

 だが……俺は少なくとも、リュエをそんな差別、迫害だらけの環境に置いておきたいとは思えない。

 過保護でもいい。それで心が壊れ……自ら命を絶つような事があるくらいならば。

 逃げたって良い、後回しにしたって良いんだ。死ぬよりはよっぽどマシだ。


「きっと、今度からはズルをしないでくれると思うよ。だから、もし今度来たら、許してあげるんだよ」

「うん、分かった! けど……どうしよう、折角木の実とか沢山採ってきたのに」

「私もー! 麦と交換するためにたーっくさんキノコ採ってきたんだよー?」

「ふふ、それなら任せておくれ。私が代わりに交換してあげるから」


 するとリュエは、久しぶりに自分のバッグを取り出した。

 確かにあの中ならば、ここの住人を満足させるくらい食料の備蓄がある事だろう。

 そう思い安心していると、リュエの悲痛な叫びが聞こえてきた。

 何事かと彼女の元へ駆け寄る。すると――


「私のバッグが……機能していない……ただのバッグになっている」

「そんな、リュエのバッグが……最後に使ったのはいつですか?」

「……確か、船の中だったよねカイ君」

「ああ、確か俺がわさびを探そうとして……」


 彼女のバッグの中を覗くと、なにもない底が見えるだけだった。

 いつものような闇も広がっていなければ、手を差し込んでもなんの変化も見られない。

 本当にただ少し大きなバッグになってしまっていた。

 そして、リュエはとても寂しそうに、そのバッグを擦る。


「……これは、私の生命線だったんだ。ここでは、使えないのか、それとも壊れてしまったのか……」

「リュエでも解析出来ないのかい?」

「残念だけれど……これは私の知らない術式が多く使われているから」


 もし、この大陸に入ったことで使用不可能になったのだとしたら……。

 だがそんなこちらの不安、心配を余所に、住人が今か今かと待ちかねた様子で側へと詰め寄ってくる。


「ねーねー麦は? お米は? 私達もう毎日野菜ばかりなんだけれどー!」

「ねぇ、僕がいっぱい採ってきた木の実あげるよ? それでお米と交換しようよ」


 無邪気に、純粋に、ただ無垢な表情で食べ物をねだる住人に、心が痛む。

 ……仕方ない。彼女のバッグは使えずとも、俺のアイテムボックスは旅に必要な食料が山ほど入っている。それを、解放するべきなのだろうな。

 その決意をした時だった。レイスがこそりと耳打ちをする。


「あの……わ、私のカジキも……ひ、必要……必要でしたら……うっ……皆さんに……」

「泣かないで?」


 大丈夫、お兄さんにおまかせ下さい。


(´・ω・`)金の葉っぱやら銀の葉っぱやら

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