二百五十話
(´・ω・`)おまたせ
「失礼しました。改めまして、この里の長を務めています」
「……初めまして里長。立ち入りの許可、感謝するよ」
「初めまして。その、残念ですがこの里に住む事は出来ません。ですが、少しの間お世話になります」
「ふふ、冗談ですよ。あまりに美しい姿をしていたので、つい手元に置いておきたいと思ってしまいました」
やや遅れてやってきたリュエとレイスと挨拶を交わす里長。
年の頃一六程度の、鈴を鳴らしたような可憐な声で上品に笑うその姿は、どこかの令嬢だと紹介されても違和感なく信じ込んでしまいそうだ。
だがそんな彼女を、二人はどこか警戒するような目で見つめていた。
そんな視線に気がついていないのか、はたまた気にもとめていないのか、彼女はくるりとワンピースをはためかせ踵を返す。
そして、三人の様子を伺っていたこちらの視線を受け止めるようにこちらを見据える。
「両手に花。アマミも一緒にいたのでしたら、抱きかかえるようにしなければいけなかったでしょうに」
「生憎、アマミはそういう対象じゃないですよ」
「ふふ、確かに貴方からは女性の匂いがしませんね。中々の精神力をお持ちで」
「……恐縮です」
耳を見ても、エルフ特有の笹の葉のようなシルエットが見て取れず、ましてや獣の耳のようなものも見られない。
種族不明。けれども、その物言いはまるで、男女の仲を知り尽くしたかのような、余裕と妖艶さを含ませたもの。
……この里にいる人間は皆、なにかしらの事情を抱えているのだとしたら、彼女もまた外見通りの年齢ではないのだろうか?
「さて、と。アマミ、貴女は里の皆に顔を見せに行ってらっしゃいな。貴女の話は後で私が直接家に聞きにいきますね」
「あ、うん。じゃあ、三人の事よろしくお願いします里長」
「はいはい。しっかりおもてなしさせてもらいます」
こちらを見つめていた里長が視線を切り、アマミへと声をかける。
どこか待ちきれないような様子の彼女が、里長の言葉に嬉しそうな表情を浮かべ、そして走り去っていく。
本当に久しぶりの帰郷みたいだな。そして、恐らくアマミの話というのは、目撃された白髪エルフの件なのだろう。
もっとも、既にその正体はリュエだと判明しているのだが。
そしてそれは、恐らくこの里長にも伝わっていると見るべき、だろうな。
「では、私の屋敷に案内致します」
里長に連れられて、隠れ里の中を進んでいく。
『長閑な農村』を絵に起こしたらこうなりますよ、と言わんばかりの風景の中、この少し変わった色の空の所為か、本当に絵画の中に迷い込んだかのような錯覚に捕らわれる。
流れる小川、それを受けゆっくりと回る水車。
住人がどこか楽しそうに畑に水をまき、時折前を行く里長に向けて声をかけてくる。
そよ風が草を揺らし、懐かしいような緑の香りが鼻孔をくすぐる。
以前滞在したアギダルの町を思い出す、時間の流れがゆっくりとしているかのような一時に、この大陸に来てからずっと張り詰めていた感情、そして表情が少しだけ緩む。
「……お気に召しましたか、私達の里は」
「っ! え、ええ。背中に目でもついているんですか?」
「ふふ、気配で分かりますよ。それに……後ろのお二方が、妙に私を警戒しているのも」
その言葉に振り向くと、虚を突かれたような表情を浮かべた二人が、さらに警戒を強めたような顔をする。
なぜ、そこまで警戒をするんだ二人は。
「……悪いね、知らない場所、そして『知らない存在』を見るとどうしても、ね」
「……申し訳ありません。少々、私も臆病でして」
「どうしたんだ、二人とも。確かに……少し変わった人だけれども」
「あら、心外ですね。私は清楚で包容力のある、面倒見の良い淑女ですのに」
「自分で言うとその四つのうち一部が欠落してしまいますよ」
「あらま。気をつけます」
……二人が警戒する理由を、今ここで尋ねる訳にもいかないか。
だが、それだけの理由があるのならば、俺も少しだけ、この小さな淑女への警戒度を引き上げるべき、なのだろう。
やがて里の奥、遠くから見えていた巨大な、途方もなく大きな木の幹が間近に迫ってきた頃。
その木の根元に、前を行く彼女の姿に相応しい、ゴシックとアンティークをかけ合わせたような外観の館が居を構えていた。
ミスマッチ……ではあるのだが、木漏れ日が降り注ぐその佇まいが、何故かこの不思議な場所に相応しいように思えた。
するとここで、先程まで警戒した様子を見せていたレイスが隣へとやってきて、里長へと声をかけた。
「素敵な館ですね、里長」
「ふふ、貴女は分かってくれますか。見たところ、服の趣味も私と似ているようですしね」
「確かに。それに私の館も似た建築様式でした」
「私はもう少しシンプルな方がいいかな。なにぶん、田舎育ちなものでね」
「ふふ、すみません。少し落ち着かないかもしれませんね」
言われてみれば、レイスの館『プロミスメイデン』と少し似ている。こういうのをゴシック調と言うんだったか?
ただ俺の頭だと、田園調布のアンティーク館や神戸の異人館を思い出してしまうんですよね。
鉄城門を過ぎると、緩やかな階段が館の正面玄関まで続いていた。
ゆったりとそこを進む里長の姿は、やはりこの場所もあいまってどこかの令嬢のようにしか見えない。
やがてその大きな扉をゆっくりと開き、中へと招かれる。
そして一歩踏み入れた瞬間――
「……アイアン・メイデンにギロチンに……断頭斧……趣味悪くないですか」
「全て私の趣味です。この館にマッチすると思い取り寄せたのですが、イマイチ受けがよくないんですよね」
「……さすがに、私もこれはちょっと……」
「この血、本物だね。ただし人間じゃない」
「あ、気が付きましたか。家畜を〆る時に使ったりしているんですよ」
どこの拷問の館ですかここ。
あ、三角木馬もある。まさかこれも使用済みなんですか里長。
「どうぞ、好きな席におかけ下さい」
通された応接間は、やはりゴシック調の家具で統一された高級感の溢れる一室だった。
なんだかプロミスメイデンでレイスと初めて酒を飲み交わした時を思い出してしまい、つい彼女の方を見てしまう。
するとどうやら彼女も同じことを思っていたらしく、どこか慈しむような微笑みをこちらに向けていた。
「さて、と。まだお名前、聞いていませんでしたね。お伺いしても?」
「あ。すみません、すっかり忘れていました。自分はカイヴォンです」
「そういえばまだだったね。私はリュエ」
「レイスです。遅れてしまい申し訳ありません」
「もとを正せば私が原因ですしね。先程は少々おふざけが過ぎました。申し訳ありません」
落ち着き払い、そして頭を下げる里長。
その仕草、態度は、彼女の肩書に相応しいもののように思える。
少しだけ、影武者かなにか、こちらを試すための人間なのではないかと疑っていたのだが、この館に入ってなお、彼女の所作は堂々としたここの主と言えるもの。
ならば、そろそろこちらも疑うような真似はやめよう。
尤も、隣の二人はまだ少しだけ、懐疑心をはらんでいる様子なのだが。
「ではリュエさん。貴女はこの大陸における白髪の歴史について訪ねたいとアマミから聞きましたが、それで間違いありませんね?」
「そうだね。それと出来れば、この場所についても」
「里の性質上、あまり深くは話せませんが、それでもよければ」
そして、彼女が知りたがっていた、そして俺自身も知りたいと望んでいた、この大陸における白髪について語られ始めたのだった。
「まずリュエさん。聞いたところ、貴女は高位の魔導師だそうですが、現段階での貴女の予想、推測があるようでしたら話して頂けませんか? その方が話も進めやすいでしょうし」
「それもそうだね」
慣れた様子で、リュエに話を振る里長。そしてリュエもまた、一度自分の考えを誰かに聞いてもらいたかったのか、その提案を快諾する。
そして、恐らくこの里に入ってから遠目に見てきた住人の様子や、この里の構造を加味した上での彼女の推測が語られていく。
「そうだね……『先天性魔力拡散症』。この里の住人を見て私が今考えた言葉なんだけれど」
最初に語ったその言葉。それは、不穏な空気を感じさせるものだった。
まるで病のような、生まれつき背負った何かのようなその言葉。
そしてそれを聞いた里長は、否定するでも肯定するでもなく、ただ静かに続きを促すように軽く首を動かした。
「この里は、外に面していない。空も作り物だし、流れている水も全て、人工的に調整されたものだ。さっきの住人達もみんな、身体のいたる所から魔力が流れ出ていたよ。それを、空気や水に還元しているんだ」
「……そこまで分かるものなのですか、魔導師というのは」
リュエの解説を聞いた里長は、それでも表情を崩さずに淡々と告げる。
「私だから、分かる。この空気は、この仕組は、この術式は……凄く、凄く懐かしいからね」
「……懐かしい、ですか」
「さて、私が語るべき事は語ったよ。里長、教えておくれ。この場所の事を、そして白髪とはどういう存在なのかを」
核心を突いたように見えたが、リュエはまだ答えにたどり着いてはいない。
ただ住人の症状と、この里の仕組みの憶測を語ってみせただけ。けれども、その先の答えにたどり着くには十分すぎる情報が出揃ったように思えた。
「白髪とは生まれる前に掛けられたなんらかの制約による副作用……というのが私の、いえ、前任者のたどり着いた答えですね。気がついているようですから話しますが、この里は魔力や魔素の流出を防ぎ、再び住人が内に取り込めるように調整された、一種の亜空間です。この大陸の魔力が集う大樹の根本から、少しだけ魔力を頂いて維持されている場所です」
「そうみたいだね。随分、大きな木だと思ったけれど……」
「それで……白髪のエルフについてはこれ以上私から語る事がないのですが……他にご質問があればなんなりとどうぞ」
語り終えた二人は、ただ静かに見つめ合っていた。
リュエは、この里長が何か隠し事でもしていると疑うように。
里長は、唐突に現れた真実の探求者を面白そうに観察するように。
そして俺は、先程から静かにこちらの手を握っている、隣に座るレイスへと視線を向ける。
「……レイス?」
「少し、里の様子を見てからでもいいのではないでしょうか。リュエも、あまりに不躾すぎですよ」
すると彼女は、無言で見つめ合っていた二人に向かいそう提案する。
視線を互いに切り、表情を崩す二人。
その瞬間、どこか張り詰めた空気に満たされていた応接間に、新鮮な空気が舞い込んできたかのように息苦しさが薄れる。
どうやらそれはリュエも同じだったようで、大きく息を吐き出した。
「そうだね、もう少しじっくり里を見てからでもいいかな、里長」
「ええ。もし、貴女の目から見ておかしな事、気がついた事があればなんなりとご質問ください。私も、それを望みます。この場所を、貴女は懐かしいと言った。その感想を抱くことが出来る貴女を、私は歓迎しますよ」
館の扉を開き、外へ出る。
相変わらず不自然に青い空に出迎えられながら、大きく息を吸う。
この場所を、リュエは人工的な場所だと、そして里長もそれを認めた。
けれども、今味わっているこの新鮮な空気も、懐かしさを感じる風景も、ここに確かに存在している。
ここがどんな由来、謂われのある場所であろうと、素敵なところだという感想を俺は抱いた。
そしてそれはきっと、ここに住む住人も感じている事だと、そう思った。
きっと、住人達にとってはこの場所は居心地の良い安住の地。それを、土足で踏み荒らすような真似だけはしたくない。
「夕暮れ時にはまたいらしてくださいな。手料理をごちそうしたいと思います」
「分かった、それまで里の中を見させてもらうよ」
「あの、よろしければ早めに戻ってお手伝いを……」
「ふふ、それは私を誘っていると受け取っても宜しいのでしょうか? レイスさん」
「……違います」
「里長さんや、さすがにうちのお姉さんに手出しはせんでくださいな」
「冗談ですよ。私はまだ死にたくありませんからね。ただ、お気持ちだけ受け取っておきます。夕食、期待してくださいね。実は先日牛を一頭潰した所なんです」
「……まさかあの処刑道具の血って」
館の前でそんなやり取りを交わしながら、鉄城門をくぐり外へ出る。
不思議な人だったな、と二人に感想を告げようとする。
だが、二人はほぼ同時に――
『あれは人ではない、生き物ではないナニかだ』
そう、口を揃えて言ったのだった。
(´・ω・`)ぼちぼち更新していきますん




