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二百四十七話

(´・ω・`)愚かなヒューマンめ!

「……逃げやがったなアイツ」


 魔車に貼られたその手紙を読み、怒り半分、諦め半分の感情を抱く。

 まぁそうだよな。絶対に面倒な事になりそうだとわかっているなら、俺だってそうする。

 が、仮にも一国の立場ある身としては、それを完全に是とする事も出来ない訳だ。


「……追いかけるか? いやどっち行ったか分からんが」


 さぁ、我が直感よ、あの謎の男の足取りを――なんてな。普通に探知術式で跡を追えば――


「……おいおい、半径五キロ以内にはもういねぇのかよ。近くに魔車も騎獣もなかっただろ」


 残念。完全に足取りを見失ってしまったか。

 なら仕方ない。やはりここはカンに任せて――


「しゃーない。一旦王都に戻るかね」


 一応、元老院のジジババにも報告せんといかんだろうしな。








「……まさか閉店していない宿が一件しか残っていないとは」


 近くの八百屋さんに聞いてみたところ、どうやら宿を廃業……というよりも、新しく出来た宿場町に移動してしまった人間が多いらしく、今もこの町で宿を続けているところが一箇所しかないそうだ。

 曰く、一件でここを訪れる客程度なら全員賄える程大きな宿だとか。

 ならば、間違いなくそこに三人が向かったはずだからと、その宿を探して通りを歩いていたのだが――

 現れたのは、この町の規模に対して、明らかにキャパシティーオーバーと言える規模の巨大な建造物。

 窓の数から察するに七階建ての、ちょっとしたホテル並の大きさのその場所。

 宿に入る前に裏手の馬車、魔車置き場を覗いてみると、そこには確かにレイスが借りた魔車の姿もあった。

 ならばここにいるのだろうと、急ぎ彼女達と合流しようと宿の扉を開く。


「おお……吹き抜けになってるのか」


 開放的な内部構造に感嘆の声をあげつつも、急ぎ受付へと向かう。

 頼むぞ、またここで『愚かなヒューマン』なんて呼ばれたら凹むぞ。


「すみません、少しいいですか?」

「はい、いかがなさいましたか?」

「あ、普通の反応。いえね、実は連れがここに来ているはずなのですが」

「では、そのお連れ様の名前を――」


 極々普通の対応に胸をなでおろしつつ、ほんの少しだけがっかりしたのは秘密である。

 そして、恐らく代表として名前を出しているであろうアマミの名を告げようとし――


「カイさん!!」

「ぐふっ……」

「ご無事でしたか!? 申し訳ありません、私とした事が、あのような醜態を晒してしまい……」


 背後からタックル並の勢いで抱きつかれ、受付へと突っ伏す。そして何故か向けられる憎しみの込められた視線。あ、すみません受付のお兄さん。羨ましいですかそうですか。


「いやこっちこそ悪かった。ごめんレイス、俺も迂闊だった」


 自分が眠っている間に俺が魔車を降りた事が尾を引いているのか、不安そうな、そして申し訳無さそうな表情でこちらを見上げるレイス。

 とりあえず背中ぽんぽんしておきましょう。


「ふふ、カイ君なら大丈夫だと言っていただろう?」

「カイヴォン、身体の悪いところがあったらすぐにリュエに治してもらいなよ? 一応聖水で作ったポーションも用意してあるから、今すぐ――」


 そして彼女に続いて、リュエとアマミもやって来た。


「こっちはなんともないよ。呪いもかけられていたんだろうけど、自力で解呪出来るからね」

「ふふ、やっぱりね。それで――アレはどうなったんだい? 恐らく倒すのは難しかったとおもうのだけど」

「それが――」


 俺は、あの化物との戦闘中に起きた出来事を全て彼女達に話す。

 倒しても倒しても、闇を撒き散らしながら復活した事。俺の全力を持ってしても、食い止める事しか出来なかった事。

 そして、闇の中で共闘した、どこかの魔導師の事を。


「大陸の術式に関与……リュエって魔導師だよね、大陸の術式っていうの分かる?」

「術式かどうかは分からないけれど、規則的な流れが張りめぐされているのはぼんやりと分かるね。たぶん、レイスの方が分かるんじゃないかな?」

「そうですね、大陸深くに、魔力の道が出来ているみたいですが……これに関与というのは少々……難しいですね」

「リュエもレイスも難しいのか……」

「うーん……大陸の術式ってたぶん、大陸を覆ってる結界だよね? それの調整を行っているのって、宮廷魔導師の人達なんだけど……関与となると……」


 ……おいおい、まさか、まさかなのか?

 あの暗闇で言葉を交わしたあの相手。まさかその正体がダリアだとでも……?


「ダリア様かも……」

「ふぅむ……逃げないほうがよかったかね」


 ……いや、どの道今の目的は隠れ里に向かう事。過ぎた事を悔やむ必要はない、か。


「とりあえず終わった事だ。アマミ、隠れ里にはいつ向かう予定なんだ?」

「今日はここで一泊してから、明日の朝一でここの奥の森に向かう予定だよ」

「了解。じゃあ、部屋に案内してくれ。ちょっと休みたい」


 アマミの先導に促されるまま、宿の七階まで階段を登る。なぜ最上階にしたし。

 すると、アマミが苦笑いを浮かべながら振り返った。


「カイヴォンが今考えてる事当ててみようか? 責任はリュエにあるんだ」

「ふふ。実はこの宿、見かけよりも凄い造りでね。ちょっと見ていてごらん」

「リュエ……またですか」


 ようやく登りきったところで、リュエが唐突に通路の柵に足をかけた。


「おいリュエ!?」

「大丈夫、見ていなよ」


 止める間もなく、リュエが一気にそこから飛び降りた。

 慌てて階下を覗き込む。すると、不思議な光景が目に飛び込んできた。

 一直線に飛び降りたリュエが、途中でふわりと落下速度を緩め、見事に軟着陸を果たしたのだ。

 そして、再び彼女が階段を駆け足で登ってくる。


「み……見えた……だろう? ……ここ、は……転落事故防止……の術式……ゲッホゲホ」

「……落ち着いてから話そうね」


 言いたいことは分かった。けど、登る事の面倒臭さは変わらないようですね。

 君体力あまりないんだから全力で階段登るのは辛かろうて。

 しかしまぁ……ちょっと楽しそうなので後で降りる時は俺も真似をしてみようかな。


「リュエ、カイヴォンが帰ってくるまで何度も何度もやっていたからね」

「私は心配でそれどころではなかったのですが……リュエは心配いらないから、と」

「私も心配していたよ? カイヴォン、ちゃんと町にこれるかなって」

「途中何回か道を間違えたのは内緒だ」

「あはは。やっぱりね」




 用意された部屋は、六人用の大部屋だった。

 なんでも、この宿を利用するのは基本キャラバンや自由騎士の一団ばかりらしく、少人数用の部屋の数が限られているのだとか。

 そして、多少割高だという事もあり、こうして大部屋を借りたそうだ。

 まぁ散々同じテントで過ごしたのだし、今更別々な部屋にしなくてもいいと思ったのだろう。

 部屋に入り、すぐに濡れた服をすべて脱ぎ洗濯籠に放り込む。

 ゲーム時代の装備品である『法印のコート』はアイテムボックスに収納するだけで汚れが落ちるのだが、残念ながらそれ以外はそうもいかないのだ。

 部屋着に着替えたところで、ベッドに寝転ぶ。


「で、なんで君は人の着替えを凝視していたんですかね」

「……あ! あまりに自然に脱ぎ始めたからつい」

「我が家の娘さん方ですら気を利かせて後ろを向いていたというのに……」

「ああ~! やめて、レイスやめて、ぐりぐりしないで」


 やだお兄さんお婿にいけない。

 そんなやり取りをしながら、上半身だけを起こして三人に問う。

 時刻はまだ昼過ぎ。俺は先程昼食を摂ったのだが、皆はどうしたのかと。

 すると、どうやら彼女達はまだ昼食をとっていないそうだ。

 曰く、心配で喉を通らなさそうだったから、と。

 そこで、俺が先程利用した食堂について話して聞かせた。

 あのおかしな接客をする店員についての述べたのだが――


「ああ~、まだ抜けてないんだ『エルフ至上主義』あのくらいの歳になると、そういう事言う子が出て来るんだよね~。もう八年もすれば、毎晩ベッドで足をバタバタする羽目になるんじゃないかな~」

「なにそれ中二病かよ……」


 どうやら、若いエルフが患う一種の精神疾患みたいなものだそうです。

 そういえば随分と若い見た目していましたね、あの子達。


「ふむ……確かにそういう子は私も見たことがあるね、懐かしい」

「うちの娘達は環境のせいか、そういう症状は出ませんでしたけれど……リュエはどうでしたか?」

「……一週間で飽きたよ」


 一週間だけとはいえ貴女も中二病になったんですか。

 ちょっと見てみたかったです。


 さすがに再びあの店に向かう勇気もなく、アマミがおすすめする食堂へと向かう事になった。

 こちらはもう満腹なのでただの付き添いなのだが……なにかデザートでもあると嬉しい。

 アマミにそう尋ねたところ『期待しない方がいいよ』との事。

 なんでも、自由騎士向けのガッツリ系メインの店だそうな。

 四人で町中を進んでいると、先程よりも日当たりが良くなったのか、大木の葉を通した柔らかな色の日光が通りを照らしていた。

 微かに緑色に照らされた、雨上がりの道。なんとも素敵じゃないか。

 先導するアマミが、水たまりをピョンと飛び越える。

 それに続き、レイスも小さく跳ねる。

 そしてリュエも大きくまたぐように飛び越える。


「擬音をつけるなら、ぷるるん、バイン、シーン」


 聞こえないように小声で呟いてから、こちらも飛び越える。

 そうして進んでいくと、アマミが一軒の酒場の前で立ち止まった。

 見るからにウェスタンな、中に入った瞬間ガンマンでもたむろしていそうなその外観。

 だが、扉の向こうを見れば、お客がいる様子もない。

 そんな店へと、堂々とアマミが踏み込み、それに続き、やや急ぎ足でレイスが入店する。


「ふふ、安心してお腹が減ったんじゃないかな、レイス」

「そうかもな……本当に、彼女には悪い事をした」

「何事も経験だよ。それに、彼女はカイ君に罪の意識を感じてほしいとは思っていないだろうさ」


 足を止め振り返った彼女に諭されながら、二人に続く。

 その時だった。店内に一歩踏み込んだ瞬間、すでに満腹なはずのこちらの胃袋を刺激する、非常に食欲をそそる香りが鼻孔に飛び込んできた。

 これは……間違いなくにんにくの香りだ。

 ガッツリ系でこの香りだと……。


「久しぶり、マスター」


 胃袋と葛藤していると、アマミがカウンター席へと腰掛け、店主と思われる白髪の人物、恐らくエルフ以外の種族の男性に声をかけていた。

 髪型のせいで耳を確認する事は出来ないが……まぁ気にしなくていいだろう。


「お前さんが誰かを連れてこの店に来るなんぞ、初めての事じゃないか?」

「そうかも。一応、私の『お客さん』になるかもしれない人達なんだ」

「……ふむ。分かった。明日の朝、うちに来い」


 なにやらアマミの事情を知っているような口ぶりだ。

 もしや、明日朝一番に向かう隠れ里と関係あるのだろうか。


「あ、みんなもこっちにおいでよ。マスターの料理は美味しいからね、じゃんじゃん頼んでよ」

「顔見知りだからといってまけたりはしないがね。高給取りのお前さんの事だ。彼らに奢ってやるんだろう?」

「……だ、だめ。みんな、各自払ってね?」


 アマミさんは高給取り! ぼく覚えた!




「ガーリックライスのガーリックステーキ乗せ……私はこれにします」

「私はそうだね……これは知っているよ、カイ君が前に作ったパスタだ。アーリオオーリオにしよう」

「マスター、いつもの!」

「川魚のガーリックフリッターだな。そっちの兄さんはどうする」


 メニューを見てみると、ことごとくにんにく料理ばかりでした。

 そして、全てに口臭予防の特製ドリンクが付属している模様。

 ぐぬぬ、既に満腹だが、少しだけなら摘んでおくかべきか。いやはや、さすがにこの香りの中何も食べないのは苦行だろう。


「じゃあ……ガーリックトーストとコーンポタージュで」

「ふむ、以外と少食だな」

「じつは既に食べた後でして。けど、この香りに負けましたよ」

「くく、そうだろうとも。我が店のにんにくは全て産地直送だからな」

「ここだけの話ですけれど、隠れ里でにんにくを専門に育てている子がいるんだ」

「なるほど」


 ふむ、ちょっと隠れ里に行くのが楽しみになってきたな。


 少しして、にんにくの香りを遮るように、今度は肉の焼ける芳しい香りが漂いだす。

 すでに臨戦態勢に入っている我が家の肉食系お姉さんは、心なしかそわそわしているような様子で厨房の奥へと視線を向けている。

 ははは、こういう店があると絶対に足を運んでしまうな。アマミが毎度ここを利用するのも頷ける。


「行きつけの店、ね」


 いいもんだよ、そういう場所があるってのは。


「お待ちどうさん。まずは一番腹ペコそうな姉さんの料理からだ」

「あ、ありがとうございます……」

「ふふ、私達の分は待たなくていいから、先に食べなよ」

「うんうん。出来たてを食べるのが一番だよ」


 少しすると、大きなプレートに盛られたガーリックライスの上に、これでもかと乗せられた厚切りのカットステーキというなんとも男らしい料理が運ばれてきた。

 たぶん、レイスに一番似合わない料理だと思うんです。だが、何故か満面の笑みを浮かべる彼女を見ていると、そのミスマッチさすら絵になるのだ。

 ……く、肉が程よいピンク色で、うっすら中心が透き通った赤色! レアだ、レアステーキだ!


「で、ではお先に失礼して……」


 つい、釣られて俺まで口を開いてしまう。

 艷ややかな唇が開かれ、そこに肉汁を湛えたステーキが飲み込まれていく。

 ああ、何故か『ステーキを食べたい』ではなく『ステーキになりたい』という言葉が出てきそうです。

 セクシーですお姉さん。たまりません。


「……美味しいですね……」


 満足気に語る彼女と、それを羨ましそうに見つめる二人。

 ……一時はどうなるかと思われた今回の移動だったが、こうして無事に皆で食卓を囲めたという事実に、改めて安堵する。

 明日。明日になれば、一先ずこの大陸の歴史の一端に触れられる。

 だがそんな気負いを忘れ、今はこの一時を楽しもう。

 次々に運ばれてくる料理と、それに喜びの声を上げる仲間達を眺めながら、そうぼんやりと思うのだった。


(´・ω・`)ニンニクMAX!

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