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二百四十六話

(´・ω・`)あと四日でーす

それを俺は、まるで断罪の時が訪れるまでの猶予の間に、自身の罪を忘れさせない為に現れる存在『モラトリアムの悪魔』と呼んだ事があった。

我ながらこじらせてるなーと思わないでもないがね、だが、それが一番しっくりきた。


「……チッ、雨か。こうも暗いと戦闘になったら厄介だな」


四日。ほぼ休憩なしで森沿いに移動しているにも関わらず、その黒い影『モラトリアムの悪魔』の痕跡を掴めないでいた。

俺はてっきり、例の折剣白翼章の人間が足止めでもしてくれていると期待していたんだがね、どうやらただ急いでいただけのようだ。

いや、他人に期待はしてもいいが、今回ばかりはそうもいかないだろうよ。

なにせ、アレは人が太刀打ち出来るもんじゃない。手順を踏んで浄化しない限り、絶対に消す事が出来ない『現象』なのだから。


「永劫を夢見た愚者の末路……永遠なんて、そんな良いもんじゃねぇよ……」


雨を弾く風の壁を生み出し、土砂降りの街道をひた進む。

この暗さ、そしてあれから経過した日数。そして……途中巡回の自由騎士と鉢合わせしなかったという状況。

条件が、整いすぎている。恐らく今日、遅くても明日には顕現し――


「ハッ! んな流暢な事言ってる場合じゃないってか! もう出てきてんじゃん! ああくそ、誰か戦ってやがるな!」


時既に遅し。密林の一角に空の雨雲が落ちきたかのように黒い靄がかかっていた。

それは紛れもない、呪印、呪怨、怨嗟による術式の暴走。

闇に乗じて全てを食らう、最悪の形態を意味している。

これは、今挑んでいる誰かが食われるのを待ってから仕留めるべきか――


「なに考えてんだよ聖女様、俺がここで見捨てる訳にはいかんでしょうよ!」


魔車を止め、その闇が蠢く森の中へと突き進むのだった。




聞こえてくる、誰かの戦闘の音。木々をへし折るような轟音と、息遣い。

想像以上に善戦しているその先駆者に聞こえるように、闇の中で声をかける。


「加勢します! そちらの人数と状況を!」

「ああ!? こっちは一人、子供が出る幕じゃない、逃げろ!」

「そうは行きません、それは人の手に負えるものではありません、私の指示に従ってください!」


闇から聞こえるガラの悪い物言いに、珍しく笑いを漏らす。

ああ、そうか。こんな暗くちゃ互いの姿も見えないか。いいだろう、じゃあこっちも猫っかぶりはお終いだ。


「いいからこっちの指示に従え! そいつはな、魔物じゃねぇ! いわば術式の暴走と、思念の塊なんだよ! 殺そうがナニしようがまたすぐに戻ってくるんだよ!」

「道理で死なないはずだ。どうすりゃいい!」

「待て、そっちの得意な術はなんだ!」

「術なんざ使ってない、さっきから何度もぶった切ってんだ」


は? なんだ、ただの自由騎士じゃないのかこの相手。

余程神聖な加護を得た武器じゃないと触れることすら出来ないぞ、こいつ。

何かを食わせて実体化してる間ならともかく……ぶった切る?

解析術式を蠢く気配へと飛ばしてやる。すると、確かに悪魔の実体化が薄れ、そしてその規模がマギアスで聞いた時と変わらない程度の状態まで戻っている事が分かった。

……おいおい、一体どんな豪の者だよ。こいつ相手に肉弾戦でゴリ押しって。

そもそもなんで正気でいられるんだ? ここまで膨れ上がったこいつと戦ってなお、精神を蝕まれないって……どっかの神官か? いや、神官程度で耐えられるもんじゃない。

 余程の加護受けているか……それとも最初っから精神がイカれてるかどっちかだ。


「あんた、使ってる武器が加護付きならもうちょい粘れるか。切る度に闇が濃くなってんだろ?」

「ああ、気がついたらこんな有様だ。幸い、こっちは暗闇でも戦えるが、そっちはどうだ」

「関係なし。今から周囲の森全部に術式広げて、まるごと空の彼方にぶっ飛ばしてやんよ」

「はっ、マジでそんな事出来るのか? 末恐ろしい娘さんだ」

「生憎、こんな声だが結構年増なんだよ、坊や」

「そいつは失敬。んじゃ、もうちょいぶった切る。任せたぞちびっこ」


この悪魔と戦いながらなお、軽口を叩く相手に好感を懐きながら、地面に両手を付ける。

……この大陸全土を覆う術式に介入し、その一部を書き換える。

ズキンと、頭に痛みが走る。何か大事なものが失われるような焦燥に駆られながら、その作業を続けていく。


「チッ! 的が小さくなってやりづらい。広範囲の技使うぞ、気をつけてくれ」

「話しかけんな! 集中が乱れる! こちとら修羅場潜った数が違うんだ、どんな攻撃が飛んでこようがビクともしねーよ!」


笑いながら言い返し、念のため周囲に防護結界を形成する。

ははは、本当に面白い状況だ。誰かに心配されるなんて、何百年ぶりだよ。

その心の高揚に応えようと、術式書き換えに一層力を注ぎ込む。

だが、その直後だった、それが聞こえてきたのは。


「……“大地烈閃”」

「はぁ!?」


聞こえてくる、懐かしい技名。神隷期の剣術。

だが……このレベルの使い手なんているのか!? 本当何者だよ!

その驚きの直後、障壁が破られ、身体を覆うフィールドに強烈な剣閃がぶち当たる。

幸い、フィールドが相殺してくれたが、その馬鹿みたいな威力に折角終わりかけた書き換え作業が巻き戻されてしまう。


「おま、お前マジでふざけんなよ!? おい所属を言え! どんな威力してんだ!」

「あ、そっち逆方向だけど余波がいっちまったか!? 悪い、けどかなり小さくなったぞそいつ」

「……ああ、そのようだ。これなら今の状態でもいけるか」


余波でこれか。なんだよ、お前どっから来やがった。

共和国側にいたのか、こんなヤツ。それとも別な大陸からきたか?


「いいか、今から一○数えるから、それまでにこの闇から抜け出せ!」

「お前さんはどうなる!」

「こっちはそのままこいつと空の果て……じゃなくて、結界の境界までランデブーさせてもらうわ。そんで消滅確認したら戻ってくる。後あれだ、話が聞きたい、森の外で待ってろ!」

「……ハーイワカリマシター」


とりあえず、今回発生した分はこれで終わりか?

じゃあ、一緒に行こうぜ悪魔さんよ!






なんか偉そうな娘さんの声が聞こえてきたんだが、俺のカンがこのままここにいたら面倒な事になると告げている。

このままここにいろと言われましてもですね、こっちは仲間と合流せにゃならんのです。

恐らく、自由騎士のお偉いさんだろうか。こちらの出自を尋ねられるのは少々不味い。

という訳でですね……悪いとは思うのですが――


『厄介事は勘弁してもらいたいのでこれにて失礼します』


書き置きを街道沿いに停めてあった魔車に貼り付け、アビリティを移動速度上昇用のものに付け替えて走り去る事にした。






気がつくと、空を覆っていた薄暗い雲が薄れ、合間から日光が差し込んでいた。

 ぬかるんだ街道の水たまりがキラキラと光を反射させる中、そこを勢い良く駆け抜けて水しぶきを上げる。

泥跳ねが気になるが、今は先に行った仲間達に合流しなければ、そして、厄介そうな声の主から逃げ切る事が先決だ。


「晴れてるとここまで迫力があるんだな」


目印として言われていた大木。日本……それどころか地球上には絶対に存在しないだろうと言うくらいの大きさのそれを視界に捉えながらそうぼやく。

オーストラリアのエアーズロックは、きっとこんな感じなんだろうな、なんて実際に見たこともない名所を引き合いに出して考えながらひたすらに道を駆ける。

分岐路を途中で何度か間違いそうになるも、わざと別な道に向かった痕跡を残しつつ正規ルートへと進路をかえる。

追跡されちゃあかなわん。

そうして道を進んでいると、轍が道から逸れている場所を見つけた。

見れば、その場所は草が倒れ、獣道と言うよりもあぜ道のような、そんな様相をしていた。

恐らくここが、アマミの言っていた道なのだろう。


「後はこの先の宿場町に行けば合流、か」


雨の名残を湛えた草をかき分け、ズボンの裾を濡らしながら目的地へと向かう。

すると木々の合間から、やや古ぼけた木製のアーチが見えてきた。

そこに刻まれた消えかけの文字を読めば『デミ・ドラシル』の文字。これが町の名前なのだろう。

アーチの向こう側を見れば、どこか古びた、けれども不思議と寂しいとは思えない、暖かな光景が広がっていた。

柔らかな陽光が差す小さな町。空を見れば、雨雲が消え、陽の光を浴びる大樹の葉が揺れていた。

……なんだか、この場所こそが本当の意味で『エルフの国』のような気がする。


「さて……たぶんどこかの宿にみんなは移動しているはずだけれども――」


先程までの雨の影響か、外を出歩く人の姿がない。聞き込みをする事も出来ないからと、ぶらぶらと表通りを進んでいく。

他に宿場町が出来た影響で人がこないという話だが、それでも生活に困っている様子はないようだ。

小さな雑貨屋、行商人の露天馬車、近くに畑でもあるのか、大量に並べられているにんにくの山。

ははは、随分とにんにく押しだな、この八百屋は。


そのまま通りを歩いていると、天気が晴れた事に気がついた住人がちらほらと現れ始めた。

どこかで魔車の行先を聞くべきだろうか、それとも――この空腹をどこかで満たすのが先決か。

いや雨の中の御者って結構体力使うんです。それに今戦闘明けですから。ちょっとお腹がですね、なにかこう、タンパク質的なものを求めているんですよ。


「聞き込みをするなら人の集まる場所が一番だよな」


目の前にある大衆食堂のような店へと、言い訳をしながら入るのだった。


「いらっしゃいま……愚かなヒューマンめ」

「ちっ、愚かなヒューマンめ……とっとと席につけ」

「……態度悪っ」


入店直後に向けられる、こちらを蔑むような視線とまったく隠す気のない悪意。

清々しいほどのその態度に、逆に面白いと感じてしまう。

恐らく店主だと思われる、外見年齢一六歳程の青年エルフと、よく似た顔の女の子のエルフ。

金髪と、くすんだ金の瞳を持つ二人のその態度に、選ぶ店を間違えてしまったかと後悔し始める。

最悪な気分で食事を摂るつもりはないのだが……なぜだろう、そこまで嫌な感じがしないのは。


「愚かなヒューマンめ……お前には水で十分だ。とっととメニューを決めろ」

「……ありがとう」


女の子の手によって席に運ばれる、よく冷えた水とメニュー表。

こうなったらこっちも意地だ。帰れと言われない限り絶対に帰らないぞ。

早速そのメニューに目を通してみると――


「……メニューは普通だな。結構種類も豊富だ」


見たところ、キノコを使った料理がメインのようだが、この大陸の植物については知らない為、それがどういうものなのか分からない。

パスタやピラフ、グラタンやリゾットがあるのだが、使われているキノコの名前を見てもイマイチぴんとこないのだ。

ふむ、ヒューマンを見下しているようだが、いいだろう。あえて声をかけさせてもらうぞ。


「店員さん、ちょっといいですか」

「ふん、随分決めるのが早いな。愚かなヒューマンは熟考する知能もないのか」

「いやぁ、このキノコってどういうものなの? ちょっとこの大陸の事しらなくて」

「……本当に愚かなヒューマンめ!」


女の子が嫌そうな顔をする。あれ、なんだかだんだん楽しくなってきたぞ。

まず、殆どの料理に使われている『ロックマター』というものについて尋ねる。


「そんな事も知らないのか。これはな、土の中から掘り起こす香り高いキノコだ。愚かなヒューマンめ、少し待っていろ」


すると、彼女は厨房の奥へと引っ込んでいった。

ふむ、黒トリュフのようなものだろうか?


「戻ってやったぞ。これを見ろ、愚かなヒューマンは口で言っても分からないだろう。これを見るが良い」

「お、実物を持ってきてくれたのか」


戻ってきた彼女の手には、山盛りのキノコが入った籠が。

そして中を見れば、見覚えのあるキノコ達の姿。

凄いな、ポルチーニにアミガサタケ、トリュフに大きなハタケシメジにタマゴタケ……メジャーな食材だけでなく、珍味や希少な食材として有名な物まで……。

凄いな、この大陸は。それともこの辺りで採れるのだろうか?

 その味を知っているだけに、ついゴクリと喉を鳴らしてしまう。


「じゃあ、これを焼いた料理に。これをシチューに、これをパスタにしてくれますか」

「メニューを見て注文も出来ないのか、愚かなヒューマンめ……待っていろ」


……なんだ、結構いい店じゃないかここ。




「ごちそうさま。美味しかったよ」

「ふん、お前に味が分かるものか! 厨房の人間に伝えて笑いものにしてくれる」

「愚かなヒューマンめ! 二度と来るんじゃないぞ!」


最後までよく分からない従業員だったが、言葉に反して随分と親切な接客に大変満足しております。

しかし、もしかしてこの町の人間全てがこんな調子なのだろうか? ちょっとさすがに面倒だぞ、それは。


「待て、愚かなヒューマン! お前にこれをくれてやろう!」

「ん? なんだい、これ」

「お前達ヒューマンには知る由もないだろうが、それはポイントカードという画期的なシステムだ。来る度にポイントが溜まり、一◯溜まったら料理を一品タダで恵んでやるというものだ」

「愚かで貧相なヒューマンは泣いて喜ぶといい!」

「……ありがとう」


二度と来るなって今言ったじゃないですか!


店を後にし、そこで思い出す。俺の本来の目的である聞き込みをすっかり忘れていたという事に。

……なんか今戻ると、あの店員さん達が逆に気まずいだろうな。

 仕方ない。次に見かけた店に入って聞いてみるとしますか。


(´・ω・`)電子書籍版もブックワーカーさんでは紙媒体と同じ日に発売です。

そして今回はなんと、電子書籍版限定のSSも付属していますん。

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