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暇人、魔王の姿で異世界へ ~時々チートなぶらり旅~  作者: 藍敦
十一章

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二百四十五話

(´・ω・`)あの人の登場

 薄暗い木々の合間からでも、その肌色はよく見えた。

 人間、自分と同じもの、それも裸体には過敏に反応してしまうものだ。

 それは邪な感情ではなく、ただ『どうしてこんなところに裸で』という、文明や文化、知能を持つが故に。

だが――


「……ステータスが、これか。なんだよ……あれ、なんだ」


 見える。黒い、影。蠢く闇のような、黒髪のような巨大な影。

 そこから覗く、いや生える腕、足、腰、臀部、能面のような顔。

 蠢きながら、何度もその闇に飲まれては現れる人間の身体の部位。

 だが同時に、何故か『この世のものではない』という意識が芽生える。

 なんだ、これはなんだ。聞こえてくるこの声は、今見えているステータスはなんだ。

 目に見えない憎悪、怨嗟の声なら聞いた事がある。だがそんなもの、精神力のステータスの働きによりなんとも思わなかった。

 だが――これは、今感じているこれは一体なんなのだ?


「……アマミ、聞こえるか」

「うん? どうしたのカイヴォン」

「他の二人も起きているね?」


 客車に声をかける。


「少々トラブルだ。いいか、絶対に疑問を口にするな、黙って指示に従ってくれ」

「え? なに、どうし――」

「分かりました。カイさん、私はどうすれば」


 アマミの疑問を遮り、レイスが顔を出す。

 こちらの様子に、ただ事ではないと感じ取ったのだろう。

 ……それでいい。俺のステータスを以ってしても恐怖を覚える相手、それを彼女達の目に触れさせる訳にはいかない。

 ……待てよ。そういえばレイスの精神力は……。


「……恐らく、リュエやアマミの言っていた黒い影が、森の中で並走している」

「……確認してみます」


 試すようで申し訳ないが、レイスにも確認してもらう。

 彼女の精神力の値は、俺の倍以上。恐らくステータスに[不屈]を持っている人間は、精神力に補正がかかるのだろう。

 となると、今この魔車の中で最も精神が低いのは――俺だ。


「ヒッ……ぁ……ぁぁ……ア……」

「レイス!?」


 だが、予想に反してレイスが息を飲むような、か細い悲鳴を上げて窓から引っ込んでしまう。


「レイス!? 大丈夫か!? カイ君、何がいるんだ外に」

「たぶん、リュエが言っていた黒い影だ。でも……情報よりもおぞましい姿をしている」

「……この症状……考えられるのは精神汚染。まいったね、これは少々厄介だ。前に戦った時はここまでじゃなかったはずなのに」


 ……なら、やはりここは俺が行くしか無いか。

 剣を取り出し、アビリティを構成していく。


【ウェポンアビリティ】

[生命力極限強化]

[簒奪者の証(妖)]

[龍神の加護]

[絶対強者]

[全ステータス+5%]

[与ダメージ+30%]

[攻撃力+30%]

[ソナー]

[再起]

[アビリティ効果2倍]


 油断はしない。俺が少しでも恐ろしいと感じた相手だ。

 大人気なかろうが、最高の構成で挑ませてもらう。


「アマミ、絶対に横を見ないように。俺が今から魔車から飛び降りてアイツを仕留めてくる。窓から御者席に移ってくれ」

「分かった! たぶん、討伐は無理だと思う。カイヴォン、絶対に途中で逃げてきて。私達は宿場町に移動するから!」

「ああ、分かった。リュエはもしもの為、臨戦態勢で待機。レイスの様子は?」

「ダメだ、恐慌状態に陥っているから眠らせたところだよ。これ、ちょっと異常だ。たぶん……そいつ生きていない。怨霊、悪霊の類が悪化したナニかだ」

「……俺なら倒せるだろう」

「分からない。これは、本来なら私の浄化系の魔法じゃないと仕留められない筈。今、レイスを浄化したところだけれど……呪われていた。しかもかなり重度の呪いだった。カイ君、見ただけでアウトだ。たぶん君ももう呪われている」

「……上等だ。誰に喧嘩売ったか分からせてやる」


 なるほど、本物の悪霊が相手か。

 人の仲間にそんな物騒なもんかけやがって。

 本当に、歪んだ大陸だな、ここは。








「この度は誠にありがとうございました。お陰様で、我々の研究が数十年は進んだことでしょう。本来であれば盛大な宴を開きお見送りをしたいところなのですが……」

「いいえ、どうかお気になさらずに。私を待つ民がいます、もしも私の力が皆様のお役に立ち、そしてこれからの未来に光を灯すのならば――」


 ……めんどくさ! はよ帰らせろはよ! 俺はね、とっとと港に行って次回の輸入の醤油と味醂を増量するようにお願いするっていう崇高な目的があるんだよ!

 なーにが『より早くインクが乾く魔導具』だよ、鉛筆使え鉛筆。

 昔起きた時は『野営を便利にする魔導具』にハマっていた癖に、どうして今度はそんな微妙に使えない事務魔導具の開発に注力してるんだよ。

 だったら早く通信魔導具とかセミフィナルから取り寄せて解析してくれよ、予算割く部署間違ってるだろ。


「では、私はこれで失礼しますよ、所長」

「はい! どうかくれぐれも――」


 グッバイ奇天烈研究者達。俺は今、照り焼き普及の第一歩へと旅立ち――

 素敵な未来計画を頓挫させるかのごとく、研究所の門に大勢の人間が押し寄せてくる。

 緩んだ表情を引き締め直し、再び『聖女』としての仮面を被る。

 なんだね、この人集りは。


「所長様! 聖女様!」

「なんだ、ダリア様の御前だぞ!」

「今、外に出るのは危険です! 出ました、黒い影が、影の厄災が!」


 その訴え、その言葉の節々から感じる恐怖の色に、歯噛みする。

 何故、現れる。まるでこちらの生き様をあざ笑うかのように現れるその障害。

 このタイミング……俺が、出るしかないだろうな。


「未確認ですが、忌み子の目撃情報もありました! 聖女様、どうかそのお力で――」

「……忌み子などと言う呼び名を許した覚えはありませんよ。誰であろうと、救うべき臣民の一人でしかありません」

「っ! 失礼、しました」


 また、白髪か。何故生まれる。どうして、お前達のような被害者が生まれる。

『それがお前に課せられた責務だ』と、誰かに言われているようだ。また、奥歯を強く噛む。

 ……行くしかあるめぇよ。こいつは俺の、俺だけの仕事。俺が負うべき咎なのだから。


「魔車を前へ。街門の外へ向かいます」

「既に用意してあります! どうぞこちらへ」


 乗り込んだ魔車が、まるで跳ねるように坂道を下る。

 逃げ惑う住人の顔に浮かぶのは、この世の終わりだとも言いたげな、そんな恐怖を通り越した絶望の色。

 ああ、そうだろうよ。白髪が恐いだろう、恐ろしいだろう。

 影が恐いだろう。顕現する絶望に立ち向かうなんて不可能だろう。

『そうなるように』この国が出来ているのだから。

 握りこぶしが、怒りに震える。つい、頭をかきむしってしまう。

 ああクソ、聖女らしくねぇ。


「すみません、もう少し速度を上げてもらえませんか」

「申し訳ありません聖女様! 前にもう一台魔車がおりまして、それで――」

「……そうですか」


 誰だよ、こんな状況で外に向かう酔狂なヤツは。

 窓から顔を出し、それを確認する。

 そこには、銀色のレリーフが飾られた巨大な魔車の姿。

 刻まれた紋章は、狂犬の証、剣折る自由の翼の証。

 ……厄介な。無理に押しのける訳には……いかないか。


「あの前の魔車に張り付いて下さい。恐らく外に向かっているのでしょう、便乗します」

「かしこまりました!」




「……なるほど、既に逃げおおせた後でしたか」

「は、はい! 今、被害に遭った子供達を連れてきます」


 街を出て、魔車を飛び出し自由騎士団の連中に話を聞く。

 曰く、白髪のエルフが子供を人質にとり、影の魔物をけしかけたという。

 何を馬鹿な。アレは誰かが御す事が出来るもんじゃねぇよ。

 しかし、その白髪を無視して襲ってきたとなると……まだ力を蓄えていない段階が故に、強者との戦闘よりも、弱者を取り込む事を優先した、か。


「白髪で、そこまで強いエルフなんて……まるでアイツだな」


 記憶の彼方にある、古い友人の分身の一人を脳裏に描く。


「聖女様! この兄弟が被害者で……その、兄の方がかなり重症でして……」


 すると、街から担架に乗せられた少年が運ばれてきた。

 その少年が側に来た、ただそれだけで、ぞわりと鳥肌が立つような怖気が走る。

 思考を閉じる。今はこの目の前の少年の治療に専念するべきだ。

 見たところ、内蔵の腐食、恐らく細胞の変異が始まっている。

 だが――余程優秀な治癒師に見てもらったのだろう。その侵食が止まり、壊死を食い止めている状態だった。


「この子を看護した者は何者ですか。余程の使い手とお見受けします。出来れば補助をお願いしたいのですが」

「そ、それが……既にこの状態だったらしくて、我々ではどうすればいいのか分からない状況でして」

「……分かりました。坊や、大丈夫? まだお腹が熱いと思うけれど、我慢してね」


 ……蠢く腸が覗く、焼けただれた傷跡を解析する。

 ……増殖すべきモノ、排除すべきモノ、それらを条件付けし、仕分けし、マークを付ける。

 分離、治癒、促進、組み合わせを思考する。施行する。


「……腐敗除去術式、成功。続いて欠損部位の増殖、制御に移行」


 状況を確認するように、一つ一つ頭の中の術式を読み上げる。

 大丈夫、この子は助かる。誰だ、本当にこの治癒を与えたのは。

 美しさの欠片もないゴリ押しのようでいて、的確に悪い部分に集中的な治癒、時間停滞の術式がかけられている。

 どこにでもいるもんだな、天才ってのは。


「坊や、大丈夫? 名前、教えてくれる?」

「ラ……ラント……お姉ちゃん、誰?」

「ラント君だね。そうだね、お姉ちゃんはダーちゃんとでも呼んでくれると嬉しいかな」

「ダーちゃん……変な名前」


 ですよね。だがダリアと名乗って興奮されちゃかなわん。


「ダーちゃん……お姉ちゃんは……?」

「お姉ちゃん? 君にはお姉さんがいたの? 一緒にいたの?」

「うん……僕を助けてくれたお姉ちゃんがいたの……」

「……なるほど」


 やはり、誰かいたようだ。

 影に挑み、子供を救い出した何者かが。そして、この術式を叩き込み、強引に命を取り留めた存在が。


「きっと、どこかでラント君が助かるのを祈っているはずよ。私が探してあげるから、どういう人だったか教えてくれないかな」

「金色の髪で……途中で白くなった。青い目の、凄くきれいなお姉ちゃん……」

「……白髪の?」


 白髪。金髪から白髪に? 偽装術式を使い紛れ込んでいる? この大陸で?

 無謀過ぎるだろ、バレたら追放じゃ済まんぞ。

 それに……白髪のエルフに、そんな事が出来るはずが……ない。

 この国は『そうなっている』のだから。


「……外傷の治癒は完了しました。後は他の治癒師に体力を回復させてもらうといいでしょう」

「おお! さすが聖女様だ!」

「ところで――子供の証言と皆さんの証言が食い違っているようですが」


 その白髪のエルフの話を彼らに突きつける。

 行き過ぎた教育は、憎悪を生む。そんなん、懐かしの故郷にいた時嫌ってほど見てきた。

 お隣さんと仲良くすることも出来ないかつて住んでいた世界の国を思い出す。

 だが、越権行為だ。お飾りが口出しして良い話じゃあない。


「とにかく……私はその影の魔物を追跡します。恐らくこの先、力を増している相手に皆さんは太刀打ち出来ないでしょう。国から命があるまで、街の中、結界の中から出ないようにお願いします」

「か、かしこまりました!」


 魔車に乗り込み、御者に降りるように促す。

 ここから先は俺一人の方が都合が良い。きっと、子供の一部、それに捜索に出た人間も何人か食われてる。

 何よりも……よりによって白髪のエルフという、分かりやすい恐怖の対象の側にいたんだ。きっとその感情を食らって肥大化してるだろうよ。

 厄介だな、本当に厄介で厄介で仕方ない。

 魔車を走らせ、夜の街道をひた走る。


「ああクソ……港町はお預けか。照り焼きよさらば!」


(´・ω・`)思考がカイヴォンに一番近い人

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