二百四十四話
(´・ω・`)発売まで残り一週間を切りました
「フッ!」
アマミの息を吐くような短い掛け声と共に、空気を切り裂く音が鋭くこちらの耳に届く。
その突き出された剣を、同じく剣で弾き返すリュエ。
辺りにこだまする音量に、互いの剣に込められた力の程が伝わってくる。
弾かれても、弾かれても、体勢を崩す事なくあらゆる角度から攻撃を続けるアマミは、やはり身体を動かす事になれているように見える。
「なるほど。よく動く子だ」
対するリュエは、最初に剣を交えた場所から一歩も動くことなく、彼女の攻撃を反らし、弾き、しのぎ続けている。
余裕すら見せる表情のまま、アマミの身体捌きを観察しているようだ。
「珍しい戦い方ですね。常に動いているのに、狙いがまったくぶれていません」
「確かに。まるで剣の先がリュエに引き寄せられているみたいだ」
低い姿勢から、飛び退りながら、横にステップしながら。その最中も常に攻撃が繰り出され、狙いがブレることなく彼女へと正確に向かっていく。
普段、動き回る相手を仕留めたりしているのだろうか。
「ふむ……ハッ!」
「うわ!」
とその時、先程まで足を動かさなかったリュエが大きく踏み込みながら剣を横薙ぎに振るう。
それを、まるで体操選手のような美しいバク転で回避するアマミ。
そのバク転の最中、一瞬彼女の手片手が自分の服のポケットに向かう。
だが、すぐにそれを引っ込め、体勢を立て直す。
「……本当、大したもんだ」
「今、何か投擲しようとしていましたね。さすがに訓練で使う訳にはいかないと思いとどまったようですが」
そう、これは訓練。休憩地点まで差し掛かった所で、リュエがアマミに提案したものだ。
曰く、たまには人と剣を交えないと感覚が鈍ってしまうから、と。
だが恐らく彼女の事だ。なにか他に理由があるのだろう。
さしずめ、戦い方で相手の事を探る……といったところだろうか。
「よし、ここまでにしようかアマミ」
「わ、わかった。強いねリュエ、凄く強い」
「君も、まだ若いのに大したものだよ。見たところ、身体強化すら使っていないみたいだけど」
「ああ~……ちょっと体質的に身体強化が出来ないんだよね。回復なら出来るんだけど。その代わり、人より身体能力が高めなんだ」
「……なるほど。平衡感覚も随分と良いと感じたよ。凄く、やり辛かった」
「全然苦戦した風には見えなかったけどね」
気がつけば模擬戦が終わっていたようだ。
どうやら、リュエの評価もかなり高い様子。これで何か分かったのだろうか?
「アマミさん、ポテトの芽を取って下さい」
「うん、お腹壊したら大変だからね」
少しして、昼食を作ることになったのだが、今日はレイスとアマミが担当してくれるそうだ。
二人で協力している様子を遠目に見ながら、折りたたみ式のイスに腰かけ休憩しているリュエの元へ向かう。
その表情は、やはりどこか考え込んでいるような、難しいもの。先程の戦いについて考えているのだろうか?
「リュエ、話を聞いてもいいかい?」
「ん? ああ、やっぱり気がついたんだね」
先程の戦いの意図を知りたいというこちらの意思を汲み取った彼女が、静かに語りだす。
「レイスもだけれど、私は魔力の流れ、波動、波形を感じ取るのが得意でね。少し、彼女からおかしな気配を感じたんだ。それで、戦闘に入ればなにか変わるかもしれない、と」
「おかしな波形……?」
そういえば、ついさっき『体質的に身体強化が出来ない』と言っていた。それになにか関係しているのだろうか。
「結果を言ってしまうと『よく分からない』とだけ。なにかが彼女の中で邪魔をしている風でもなければ、なにか外的要因で邪魔をされている風にも見えない。ただ――不自然に彼女からは魔力が流れ出している。足の裏あたりからかな、垂れ流しになっているんだ」
「……足に穴でも空いていたり」
「魔力は物質的な空間、形状に左右されないよ。まぁ生まれつき魔力が流れる部分の一部が外に向かっているんだろうね」
「ふぅむ……」
なかなか難しい。結局、アマミの体質的な問題という事だけなのだろうか。
他に何か分かったことはないのかと、視線を向ける。
「後はそうだね、どうやら彼女は対人、暗殺に特化しているみたいだね。見たところまだ若いのに、相当な修羅場をくぐってきているみたいだ」
「そいつは……あの容姿だ、それを利用したりもしているのかね」
「さて、ね。けど、悪い子ではないと、カイ君は思っているんだろう?」
「ああ、それは間違いないよ。ただ――今の話を聞いて、改めてこの大陸は歪んでいるな、と思っただけさ」
「……ま、カイ君ならそれくらい想像出来るよね」
隠者の名を持ち、隠れ住む里から外の世界に出た娘さん。
年の割に高い戦闘力に、暗殺に特化しているとリュエに言わしめる戦法。
恐らく、どこかで使われているんだろう。日陰者として、汚れ仕事をさせられている、と。
そこくらいしか、彼女が糧を得られる場所がないのだろうか。
「なんにしても、ただの想像だ。そうと決まった訳じゃない」
「……そうだね。それに彼女は随分と器用だ。あんな風に楽しそうに過ごせるのだから」
「ああ――つまり、自分の昔に似ていると」
「正解。短い間になるだろうけれど、少しでも彼女に楽しい日常を過ごさせてあげようか」
優しげに微笑むリュエと共に、彼女達の方に視線を向ける。
「ああ~! ごめんなさいごめんなさい!」
「気をつけて下さいよ? 芽が残っていると大変な事になるんですから」
「イタイイタイ! ああ~! ぐりぐりしないでー!」
……レイスが楽しそうでなによりです。
アマミと移動を始めて三日。今日で一先ずの目的地である宿場町に辿り着けると聞いていたのだが、今日に限って天候が崩れ、土砂降りの雨が朝から続いていた。
テントを打つ強い雨音に、どこか水漏れでも起こしてしまうのでは、と不安になってしまうくらいだ。
つまり、今は四人でテントの中に篭っている状態なのだが――頼む理性もう少しだけ頑張ってくれ。
美女三人が密閉されたこの空間で着替えたりなんだりしているんです。色々とたまりません。
エルフさんはいい匂いがするんです。レイスさんも何故かいい匂いがするんです!
「うーん……もしかして雨季に入っちゃったのかなぁ」
「え……おいおい、この大陸って乾季と雨季に完全に分かれてたりするのか?」
「乾季、って程じゃないけれど、晴れの日が半年、雨の日が二ヶ月、残りは半々って感じかな。結界の維持の関係で不安定なんだ」
「ふむ……ダリアが目覚めた影響なのかね」
「あ、またダリア様の事呼び捨てにした!」
「ああ、ごめんごめん」
こんな風にダリアの人気っぷりはセミフィナルの豚ちゃん並だ、と。
……オインクは今頃どうしているのだろうか。
結局、最後の最後で盛大な爆弾をあの大陸に落としてきたようなものだ。
恐らく今も、忙殺されるような日々を送っているのだろうな。
かつて、ダリアに協力を申し出たのは知っていたが、泣きつく? それをダリアが断った? どうしても、どうしてもその時の状況を想像する事が出来ない。
シュンはともかく、俺とダリアの付き合いは二◯年だ……あいつはそんな薄情な人間ではなかったはずだ。
「……お前は、助けを求める人間の手を絶対に振り払えない男だったろ」
もしも、俺がこの世界でリュエやレイス、オインクと出会わなければ。
恐らく俺の生涯で最も親しく、恩義を感じている人間はあいつだ。
あいつの為ならば、幾らでも手を汚しても良いくらいに、あいつには借りがある。
考えたくない。あいつと、ダリアと敵対する事だけは。
「ああ~動かないでカイヴォン。私の枕がリュエに持っていかれたの。背中の高さが丁度いいからここにいて」
「……なんか重いと思ったら。そんな事してると俺が枕にするぞ」
「だめ」
慣れたというか完全に友達感覚になったアマミのスキンシップが地味に効きます。
まぁいいや。この雨だ、他の事に頭を働かさないと気が滅入ってくる。
本来、そこまで雨は嫌いではないのだが、やはりこの大陸にいるという不安が、この天気に後押しされているようだ。
「アマミ、何をしているんです。カイさんを枕にするなんて」
「私の枕がリュエに取られたんだ。リュエ、枕抱いたまま起きないし」
「……では、私の枕を貸します」
「いや、まずみんな起き上がろうよ。いくらすることがないからってゴロゴロはよくない」
「ではまずカイさんが起き上がって下さい」
む、仕方ない。では背中に乗ってる頭ごと起き上がらせていただきましょうか。
「うわ」
「ほら起きた起きた。なにか適当に朝食食べて、雨の様子を見て出発しよう。俺が雨合羽でも来て御者をするから」
いやぁ雨合羽って上からの雨には対応出来るけれど、前からには対応出来ないんですね。
いや当然ですよね、だって魔車って前に向かって走っているんだから。
口に雨が、そして魔物の蹴るドロが飛び込み、もう何度目になるか分からないがそれをペッと吐き出し、そして口をしっかりと閉じて前に向き直る。
が、この雨の量に鼻呼吸だけでは息苦しく、つい口を開いてしまい――最初に戻る。
「カイヴォン大丈夫? 私交代するってば」
「いやさっき交代したばかりだし、もう少し俺が」
「そう? もしも大きな木、蔦が巻きついてるからすぐ分かると思うけど、それが見えてきたら速度を落としてね」
「了解了解」
出発が幾分遅れてしまったが、この分だと夜にはその宿場町に着けるという話だ。
『私は装備のお陰で視界が曇ることがないので』と、最初はレイスが御者をすると言ってくれたのだが、この雨の中、一人外に座らせて自分だけ中で寛ぐなんて、さすがに無理だ。
で、今度は『もうすぐ到着するし私が』とアマミが御者を買って出たわけだが――
外から『ああ~! ああ~!』と悲しそうな叫びが聞こえてきたので、途中で交代したと。
「少し弱まってきたか、雨」
顔に当たる雨雫が心なしか少なくなり、先程よりも視界がマシになってくる。
さすがに[五感強化]を付与していても、物理的に見えないものは見えないという制約があるのだが、雨の勢いが弱まったお陰で遠くの景色がぼんやりと見えてきた。
その、黒い大きな、空を覆い隠すようなシルエットに、雨雫を忘れて大口を開いてしまう。
「そ、速度落とさないと。アマミ、見えてきた!」
「じゃあ、そのままその影目指して別れ道選んでくれたら大丈夫だからね」
「あいよ」
これなら道を見失うことはないだろうと、やや緊張気味だった身体の力を抜く。
……ふと、雨音に紛れるように、なにかが滑るような、水しぶきの音が聞こえてきた。
魔車の車輪……ではない。なにかこう、まるで湿原でなにか動物がのたうつような――
[五感強化]を耳に集中させ、その音の出処を探る。
いや、こちらは絶えず移動している。聞こえ続けているという事は――
「……何かいるな」
今日までずっと横に広がり続けていた密林に視線を向ける。
そして――おぞましい物を見つけた。
魔物……じゃない。何かがそう告げる。これは、明らかにおかしなモノだ。
この世界に来てから今まで感じたのは、恐怖よりも高揚、そして自身の絶対感からくる陶酔感。
震えるのは武者震いと、怒り。恐怖なんて、本当に僅かに感じる程度だったというのに。
……これは恐いんじゃない。怖いのだ。得体の知れない、そしてこちらの精神に根付いた常識や、固定観念を震わせるもの。
「……詳細鑑定、この距離からいけるか」
【Name】死ニタイ
【種族】 死ニタイ
【レベル】死ニタイ
(´・ω・`)20日連続更新いけるか




