二百四十三話
(´・ω・`)四巻発売まで残り一週間となりました
「おはよう、大体一時間くらい横になっていたのかな、私は」
「おはようリュエ。そうだね、大体それくらいのはずだよ」
対面した席に着いたリュエと言葉を交わす。やはり、今もあの性格のままのようだ。
そんな彼女の隣にアマミが座り、先程作ったお茶を手渡していた。
一瞬、リュエの視線とこちらの視線が交差する。俺はただ無言で頷き、それを確認してから彼女は口を付ける。
大丈夫、その子本当にいい子だから。今時珍しいくらい純真な子だから。
ぱっと見凄いエッチぃ体つきしてますが。
「レイス、痛い」
「あ、すみません。何故か急に足が」
ごめんなさいお姉さん、足踏まないで下さい。
「それじゃあ頂こうか。リュエのリクエスト通り今晩はパン、ホットサンドを作ってみた」
「ありがとうカイ君。私はね、こういうサクサクしていたり、カリカリしたものが好きなんだ」
「あの、私も食べて良いんですか?」
「ええ、勿論。沢山作っていますから、おかわりもいいですよ」
「ああ~……久しぶりの温かい食事……ありがとうございますありがとうございます」
美味しそうに頬張る三人。こうして自分が作ったものを美味しそうに食べる姿を見るのが、自分は好きなんだな、と再認識する。
その満足げな表情が、俺の心を俺のままでいさせてくれる。
大丈夫、俺は俺でいられる。例え最悪の結末を迎えたとしても、二人がいる限り――
『本当、なんでも作れるのって羨ましいな。やっぱりプロなんだね』
『当たり前だろ。俺を誰だと思ってる。まぁ飯の心配はすんな、俺が――』
ふと、脳裏を流れるその会話。なんだ? これは。
誰との会話だったか。確かこの時も、俺は同じような事を思ったはずだ。
リュエ……だろうか。ああ、そうだ。料理が苦手な彼女の為に俺が毎日料理を作ると決めた時……?
……いや、違う。これは彼女じゃない。誰だ、これは――
「ああ~! 美味しい美味しい! 中に入っているのはなんですか、これ」
出口のない迷路。そんな場所に思考が飲み込まれそうになった時、それを引き止めるような声にハッと顔を上げる。
どうやらアマミがホットサンドの中身がなんなのか気になっているようだ。
「ん? ああ、それか。オニオンとトマト、それと挽肉をカレー粉……数種類のスパイスで炒めたものだよ。キーマカレーって言うんだ」
「キーマカレー……なるほど、初めて食べる料理ですね。料理が得意なんですね、ええと……」
「どうかしましたか? アマミさん」
「……そういえば、カイさん、と呼ばれていますが……名前、それでいいんでしょうか」
「……あ」
なんか一方的に名前を知った所為で、すっかり自己紹介を忘れていた。
こっちは互いに名前で呼び合っているから、それで彼女も判断しているのだろうが、うっかりしていた。
どうやら二人も同じ事を思ったらしく、少しだけバツが悪そうな笑みを浮かべている。
よし、じゃあ改めて……。
「少し前にこの大陸に渡ってきたカイヴォンだ。呼び方はお任せで」
「同じく、一緒に渡ってきたリュエだ。名前が短いから呼びやすいだろう?」
「私も同じくです。レイスと言います。よろしくお願いしますね」
「へ~……他の大陸ってまだ行ったことないからなぁ私。もう知ってると思うけれど、私はアマミ。普段、ハーミットとは名乗らないようにしているから、そこだけ気をつけてもらえると助かります」
「下手に呼んだら消されるからな。おお恐い恐い」
「……ごめんなさい」
「いやそんな本気で落ち込まないで」
……もしも、もしもだ。[詳細鑑定]で現れる情報に、本人も知らないものが混じっているとしたら。
彼女のミドルネームには『ダリア』と入っていた。それを、問うべきだろうか。
いや、問うべきだ。気になる事が余りにも多すぎる。ならば、少しでもそれを減らしたい。
「アマミさん。君、ミドルネームってないのかい? この大陸出身のエルフには、そういうものがよくあると聞いたのだけど」
「いえ、ありませんよ。というよりも、ハーミットが本来ならミドルネームに相当するんですけれどね。一般的に自分の名前の後に出身地にちなんだ名前、最後に自分の家族や部族の名がつくんですよ。私の場合、孤児なので家族や部族の名前がないんです」
やはり、彼女本人が知らない情報も[詳細鑑定]は明らかにしてしまうのか……。
「他にも、生まれた時に偉い人から名前を授かる、という場合もありますね。有名なものになりますと『ダリア』ですね。聖女ダリア様のお目覚めと同じ年に生まれた良家の子供には、その名前が贈られるのだとか」
「……その、聖女様が目覚めるというのはどういう意味なんだ?」
来た。これだ、これが気になっていたのだ。
なぜ、眠る必要がある。その言い草では、何年も何十年も眠ったままだったようではないか。
……一体、どんな理由があるのだというのだろうか。
「それは分かりませんね。ただ、ダリア様が目覚めると、国に張られた障壁の修繕や、封印されている七星の結界の調整、他にも様々な魔術的、技術的な指導をなさっているんですよ」
「なるほど……随分と働きものだな、その聖女様は」
一般の人間に広まっていない理由が隠されている、と見るべきか。
「ふむ、アマミ。君はそのダリア様に会ったことがあるのかい?」
するとここで、話を聞いていたリュエが尋ねる。
ただの好奇心とは思えない、少しだけ探るような調子のその言葉に、ゴクリと喉を鳴らす。
「一度だけ、王都でお見かけしたことがありますよ。本当に遠目からですけど」
「そうか」
……なにか、知りたいことでもあるのだろうか。
翌朝、テントから這い出すと、既にアマミが出立の支度を始めているところだった
彼女のステータスの称号には『頑張り屋』とあったが、まさしくその通りのようだ。
「おはよう、アマミ。早くからお疲れ様」
「おはようカイヴォン。野営の後を残すと、そこに魔物が集まってくる可能性があるからね。結界を解いた後の事も考えて隠滅中」
昨日共に食卓を囲み色々と語ったおかげもあり、彼女の態度もだいぶ軟化し、互いに遠慮はいらないという事で、だいぶフレンドリーな対応をするようになったアマミ。
その隠れ里がどの辺りなのかは分からないが、暫く一緒に旅をする以上、肩肘張っていられるよりもこちらの方がずっと良い。
早速彼女を手伝い、地面に穴を掘る。
ここに消し炭等を入れて埋める予定だそうだ。だが、今回は一纏めにしておくだけに留める。
なにせ、こちらには再生師であるレイスがいるのだから。
昨夜、それを彼女に教えると、どこか羨望の眼差しをレイスに向け始めていた。
ダリアの影響か、再生師の社会的地位がこの大陸ではだいぶ高いようだ。
と、いうのにも理由がある。なんとこの大陸……七星が二体封印されていると言うのだ。
つまり、他の大陸よりも遥かに大地の力を消費しているという訳だ。
だが、それにしてはこの大陸の実り豊かで、聞けば大陸全土に密林が広がっているという。
エンドレシアはあんな有様だというのに、この差はなんなのか。
そして、その疑問にアマミが答えてくれた。
『ダリア様が、封印に使われた魔力を還元し、大地に戻るように再生術を利用した巨大な術式を大陸全土に張りめぐらせているんです』と。
……そしてその話を聞いた直後、リュエがとても、とても辛そうな顔をしたのを見た。
そう、存在したのだ。彼女のように、誰かが犠牲にならずとも済む、それも二体同時に封印するような方法が。
そして封印の後に、この『サーズガルド』が建国された。
封印の、そして建国立役者であるダリアは聖女として今も崇められ、そして慕われている。
その事実が、同じ封印の立役者である彼女にとっては……残酷な程に眩しいのかもしれない。
「アマミ、俺はリュエとレイスを起こしてくるよ。二人は朝に弱いから」
「うん、分かった。じゃあ私は、昨日の魔車の方に魔物を連れて行くね」
再びテントに入り、毛布に絡まるレイスを揺り動かす。
なお、リュエは最初から寝相の悪いレイスに毛布を持っていかれると予測していたのか、寝袋にすっぽりと収まっている。
顔だけ出ているその姿が、なんとも可愛らしい。
……そういえば、昔顔だけ出した人形が『たらこ』を連呼するCMがあったな。
今思えば狂気に満ちていたが……こうしてリュエがその状態になっていると、アリなような気が……いや、やっぱりないな。
「レイス、そろそろ出発の準備をしないと。起きてくれないか」
「うぅ……体が言うことを聞きません」
「はい頑張って体起こして下さい。ほら、ばっちこい」
試しに冗談で両手を広げてみると、吸い込まれるように体を起こす彼女。
なんと現金な。しっかりと抱きとめさせていただきましょう。
「はい起きた。じゃあ次はリュエだな」
「もう三◯秒、もう三◯秒だけこのままで……」
「ダメ」
レイスを放し、今度はリュエを揺り動かす。
寝袋に入っている所為で、少し揺らすとそのままゴロンと転がってしまう。
すると、うつ伏せになってしまった状態で目を覚ました彼女が――
「寝袋は危険だね。どうしよう、身動きが取れない」
「ああ、ごめんごめん。よいしょっと」
「おはよう、カイ君」
「……おはよう」
すっぽり収まった状態でキリっとした表情を浮かべるのは反則です。
本人は真面目なつもりなのだろうが、とてもバ可愛いです。
「……ここは夜でもそこまで冷えないみたいだね。少し汗をかいてしまったよ」
「今晩はもう一枚毛布を出すからそれを使いなよ」
「そうしよう。じゃあ私は出発の前に少し身体を拭いてくるから、悪いけれどテントの片付けをお願いするよ」
「はいよ。というわけでレイスさんや、二度寝してないで早く外に出ましょうね」
「……ぐぅ」
「それにしても、三人共『収納窓』を持ってるなんて、凄いね」
「あー、そういえばこれ希少スキルだったっけ」
御者席には俺とアマミ。我が家の娘さん達は、客車で睡眠の続きをとっております。
久しぶりの野宿で疲れが満足にとれなかったとか。一応リュエの回復魔法を使用していたらしいのだが、根本的な疲労、身体の疲れを取るのは中々難しいと。
まぁあくまでHP回復の効果だからなぁ。体力と疲労は別扱いなのだろう。
俺の持つ[生命力極限強化]ならばある程度疲労も回復してくれるのだが、そこに[回復効果範囲化]を組み合わせたところで、名前の通り『回復効果』しか反映されないからね。
ま、こちらもあるとないとでは雲泥の差だが。
もしかしたら、彼女達は『心労』の影響の方が大きいのかもしれないな……。
「私の里にも使える人が一人だけいるんだよ。というか、里長がね」
「へぇ、やっぱり一人そういう人がいると、色々集団生活で影響とか出るのかい?」
「そうだねぇ、備蓄庫の代わりにもなるし、有事の際にも対応出来るし、みんな頼りにしているよ」
アマミの案内の元、魔車を走らせる。
この河沿い……密林しか見えないが、この街道をこのまま進んでいくと、昨夜俺達が野営に使ったような獣道が再び現れるのだと言う。
そこに入り込み進んでいくと、少し寂れた宿場町があるそうだ。
元々、王都を目指す人間が立ち寄る場所らしいのだが、新たに出来た大きな街の影響で寂れてしまい、あまり利用する人間がいなくなったのだとか。
今では自由騎士や駆け出しの行商人など、あまり金銭に余裕のない人間が格安で疲れを取るための馬車になっているそうだ。
で、その宿場町から、更に森深くへと向かう進む道があるという。
そんな辺鄙な場所の、そのまた奥深くに向かう道など、大抵の人間は知らないのだとか。
なお、その宿場町まではこの魔車の速度でも、もう三日は確実にかかるそうだ。
よくもまぁそんな距離を単身で、しかも騎獣にまたがった状態で行こうとしたものだ。
余程、その里の人間が大事なのだろう。
「カイヴォンは、やっぱり旅の時とか荷物が少なくて済むから便利でしょ?」
「それはあるなぁ。実際、食事にも寝床にも困らないし」
「いいなぁ……私は仕事柄、あちこちに派遣されるけれど、どうしてもそういう荷物の運搬で困っちゃうんだよね」
「誰かと組んだりはしないのかい?」
「ええと……ほら、私ってパッと見王族の人に見えるらしいからさ、色々良からぬ事を企む人とかも近づいてくるわけなんだ」
「ああ、なるほど。うまい具合に仕立て上げたり、好事家に売られそうになったり」
「なんでストレートに言うの。だめ。そういうの女の子に言うの」
なんというか、こうして話してみると、とてもとっつきやすい子なんです。
しかし、この子も『ダリア』か……その隠れ里には、白髪のエルフだけでなく、複雑な事情を抱えている人間が多く住んでいるのかもしれないな……。
ふと、手綱を握るアマミの様子を盗み見る。
前をしっかりと見据えるその横顔は、やはり美しく、凛々しい。
濃い金髪を長く伸ばし、それを風になびかせる姿は、なるほど確かに王族のような、どこか高貴な印象を受ける。
ただ……髪は自分で切っているのだろうか? 少々ぼさついているというか、後ろ髪だけ極端に長いように見える。
両サイドはそれなりに綺麗に整えられているのに。
「ん? どうしたの、何かついてる?」
「うんにゃ。髪が長いなーと思って」
「あーこれ? 本当は結ったりしてるんだけど急いで来ちゃったからね。結構量があるから専用の髪飾りを持っているんだよ」
「後でレイスに結ってもらいな。彼女はプロフェッショナルだから」
「へー! あの人、なんだか旅人っていうよりも、どこか良い所の奥様みたいだよね」
「ははは、あながち間違いじゃないかも」
こうして、第三者の印象を聞くのも面白いものだ。
たまには良いものだな、こうして知り合ったばかりの人間と一緒に旅をするというのも。
いつもの二人の様子を見ようと、御者席の後ろの窓から中を窺う。
そこには、二人寄り添って眠る彼女達の姿。なんだか、子供みたいだ。
「もう少し進んだら、休憩出来る草原があるから、そこで止まろっか」
「ああ、お願いするよ」
「ふふ、君たちは仲良しだね、本当」
(´・ω・`)ちなみに今日作者の元に見本が届きました