二百四十二話
(´・ω・`)アマミいいこいいこ
「つまり、本格的な調査が始まる前に、その隠れ里やらにいって犯人に心当たりがないか調べたいと」
「恐らく、自分の里に捜査が及んでしまうのを恐れて、それで急いでいたのでしょう」
「ふむ、君は優しい子だね。きっと仲間にそんな事件を仕出かす人間はいないと、そう信じているからこそ、早く事実を確認しに行きたいのだろう」
「ああ~! 三人共私の頭の中を覗いてくるー」
いや、推理です。
すっかり諦めたのか、剣呑な空気を抑えたアマミが、地面に座り込みいじけだす。
いやだから頭隠すなって。今度は背中が見えるから。白い素肌が見えてるから。
しかし、隠れ里ね……なんとも都合がいいというかなんというか。
そこに行けば、この大陸における白髪の意味、歴史を知ることが出来るのではないだろうか?
「さて、とりあえずその反応で色々わかったわけだが……アマミさんや」
「なんですか、もうなにも話すことはありませんよ!」
「いや、俺達もその隠れ里に連れて行ってくれないかね」
「ダメに決まってるでしょう!? どういうつもりです、私達はひっそりと暮らしているのに、どうしてまだ苦しめようとするんですか!」
当然の反応である。彼女からすれば、俺達は秘密を暴こうとする正体不明の、恐ろしい力を持った三人組だ。
だが――こちらの考えを先読みしたのか、リュエが一歩踏みだした。
何をするつもりかと身構えるアマミの前で膝をつき、視線の高さを合わせる彼女。
そして、頭頂部からリュエの髪の色素が抜けていく。
「私は外の大陸から来た身でね。少々この大陸の文化に疎い。もし、私と同じよう人がいるのなら、話を聞いてみたいんだ」
「嘘……ここまで白い人……大丈夫なの? 身体がダルかったりしないの? 回復魔法かけよっか?」
「む、この髪の持ち主は虚弱体質になりやすいのかい?」
その反応は劇的なものだった。
懐疑心を含んだアマミの瞳が、急激にリュエを気遣うものになる。
回復魔法……まさか、アルビノのように紫外線に弱い、という事だろうか?
だが、少なくともリュエは健康体だ。なにかハンデを背負っているようにはとても見えない。
だがそれでも、アマミはおろおろと自分の荷物をあさり、なにか薬品の入った瓶を取り出してみせた。
「私が作ったポーションだよ。美味しいとはいえないけど、身体の疲れが取れるよ?」
「……ふふ、なんだか気を使わせてしまったかな。必要ないよ、それは里にいる子達に分けてあげな」
「う……うん」
かいぼんのなかの あまみへのこうかんどが 10じょうしょうした!
リュエが髪の色を晒したお陰で、アマミの態度が軟化したわけだが、隠れ里には連れて行ってもらえるのだろうか。
彼女に今一度尋ねてみると、酷く頭を悩ませ黙り込んでしまった。
無理もない。別に彼女がその里の責任者という訳でもないのだ。よそ者を安易につれていく事は出来ないのだろう。
だが……これはまたとない好機だ。なんとか、リュエだけでも連れて行ってもらえないだろうか。
「まず、私は騎獣が逃げてしまったので困っています。今から私が言う地点まで乗せていってくれるのなら、里の責任者に許可を得られるか尋ねることは出来ますが」
「ふむ、ここぞとばかりに足元を見る。中々に強かだなアマミさん」
「ちょっとこっち見ないでくれませんか? 思考読まれる」
「酷い泣きそう」
「あ、ごめん嘘、泣かないで」
やだ、この子素直。
「ふむ。私は乗せてもいいと思うよ。その隠れ里の近くまで行くのなら、その気になればそこから自分で見つけられるかもしれない」
「え……ダメです、そういうズルは無しでお願いします」
「ふふ、冗談だよ。まぁ、境遇が境遇だ。気持ちは分かるさ」
「そうですね……見たところ旅に慣れているようですし、御者をたまに交代してくださるのなら、私も助かります」
「もちろん、それくらいお安い御用ですよ。やー、騎獣は早いけれどお尻が痛くて」
ふむ、なかなかに迫力のあるヒップさんである。お胸様も中々ありますし。
今でこそ『エルフ死スべシ慈悲ハナイ』のような心境ではありますが、元々エルフ娘さんは好きですから。ちょいと一家言あるわけでして。
個人的なイメージとしては、エルフ=スレンダーなのだが――ナイスバデーもなかなかよろしい。
「じゃあ、その場所までの案内として、御者をお願いしようか」
「分かりました! それとなんですけれど……すみません、野営道具の大半を騎獣に積んだままでして……」
「ふふ、では野宿がんばってくださいねアマミさん」
「え!? すみませんお願いします、毛布一枚でいいんです、貸して頂けると……」
「冗談ですよ」
レイスさん、もしかして俺が押し倒されたのをまだ根に持っていらっしゃる?
それともこのいじめたくなるオーラに反応してしまったのか。
だが、その一方でリュエは何やら思案顔をしている。ふむ?
「リュエ、なにか気になる事が?」
小さく彼女に声を掛ける。もしや、彼女だけが気がつくような違和感、怪しい点があったのだろうかと。
「……あの瞳の色。間違いなくブライトの血が流れているはずだと思うのだけれど、ちょっと気がついた事があってね」
「隔世遺伝かなにかだと思ったんだけれど、違うのか?」
「カクセイイデンがなんなのか分からないけれど、先祖の特徴が顕現するのは珍しい事ではないよ。ただ――」
心なしか、彼女の声のトーンが下がる。少しだけ忌々しそうな、寒気のするその雰囲気に、ゴクリと喉を鳴らす。
「過去にスペルとイクスの姉妹と会った時にも思ったのだけど……ブライトの血を引くと、胸が大きくなるのかもしれない」
……え? なにそんな大真面目な顔でそんな考察してたんですか。
キリッっと擬音でも聞こえてきそうな表情でなに言っちゃってるんですか。
「それで、レイスはテントを張るのにちょうどいい場所を見つけたのかい?」
「はい。少し奥に入ったところに開けた場所がありましたので、そこで野営をしましょうか」
「私の方も結界魔導具の設置を終わらせたところだよ。魔車は奥まで入り込めそうにないからね、ここに置いていく事になるけれど」
「あの、大丈夫なんですか? 盗まれたりしませんか?」
「心配いらないよ」
リュエが軽く手を翳すと、そこから光が溢れ出し、魔車へと降り注ぐ。
すると、透明な……いや、『透明になる』ペンキを上からかけられたように、魔車の姿がかき消えてく。
もっとも、牽引する魔物の姿はすぐにまた現れてしまうのだが。
「動かない物ならこうやって隠す事が出来るからね。アマミ、君はこの魔物の引率をしてくれないかな。一緒に野営地まで連れて行こう」
「……凄い、初めて見た……貴女は魔導師なんですか?」
「そんなところさ」
アマミと同じ感想をこちらも抱く。
ミラージュキャッスルのような陣地形成ではないものの、ワンアクションで物質に光学迷彩と同じ効果を付与するなんて……これをもし生きた人間にも使う事が出来れば、どんな場所にも潜入出来てしまうのではないだろうか。
残念ながら不可能なようだが。
密林をかき分けて進んでいくと、レイスの言うように少し開けた場所が現れた。
他より背の低い草木の生えるその場所は、過去に何か起きた名残なのだろうか。
「たぶん、過去にここで炎の魔法を使った人がいたんですね。近くの木にその時の名残が残ってる」
「アマミさんよく気がついたな」
「これでも自由騎士として、密林内での戦闘の専門家でしたから」
「ふむ、確かにそのようだね。牽引を任せたのに疲れた様子もなければ遅れた様子もない」
「ふふ、頼もしいですね。この先野営をする事も多くなりそうですし、頼りにしています」
「……そんな風に言われると、逆にプレッシャーになるんだけど……頑張ります」
照れたようにそう言いながら、手早く魔物を近くの木に繋ぎ、周囲の邪魔そうな細い木を剣で刈り取っていくアマミ。よく働くいい子である。
その間に、出来たスペースにこちらもテントを設置していく。
リュエのお気に入りの、骨組みをサクっと地面に差すことが出来る折りたたみ式のテントだ。
あっという間に設置出来たしまった四人が中に入っても十分に快適に過ごせそうな大きさのそれに、またしてもアマミが驚きの声を上げる。
「そ、それ私も欲しい! いいなぁ、どこで買ったんですかそれ」
「いやぁ、ちょっと分からないなぁ」
「ふむ。恐らく魔導具の一種だからね、魔導具の文明が進んでいる場所……この大陸のどこかだとは思うのだけど」
「そういえば、リュエの倉庫には最新の魔導具や調理器具が沢山入っていますよね……」
言われてみれば。となると、まさかこの大陸にも『女神小神殿』があるのだろうか?
……いや、オインクおよびクロムウェルさんが進出したのはセミフィナル大陸までのはず。
この大陸に、リュエへの貢物をする場所なんてないはずだが……。
「あ、よく見たら『ミール工房』のマークが入ってる。やっぱりマギアスのブランド品かぁ……高いんですよねぇ」
「……マギアス?」
それは、俺が運び込まれた街の名前のはずだ。
つまり、リュエが使っていたテントはこの大陸で生まれた物だと?
いや、ここで仕入れた物をセミフィナルに行ってから誰かがお供えした可能性もある。
結論付けるのはまだ早い、か。
恐らく、俺と同じ事を考えているであろうリュエもまた、テントのマークをじっくりと眺めている。
……もし、この大陸にもリュエに貢物をする為の場所があるとしたら。
その管理をしているのは一体誰なのだろうか? また一つ、気になることが出来てしまった。
「ふぅ。よし、じゃあテントが出来たし、私は少し横になってもいいかな?」
「ん、ああ。結界の設置で疲れてしまったのかい?」
「正解。すぐに回復するとは思うのだけれど、横になった方が回復も早いからね」
そう言いながら、彼女は懐かしい水色のローブを取り出した。
俺と出会った時に来ていた、あの魔力の回復速度を高めてくれると言う。
何気に、肌触りもよかったのを覚えている。彼女がそれに腕を通した瞬間、一瞬だけうっとりとした表情を浮かべたのを見逃さなかった。
「そういえば、この辺りは魔力が澄んでいますね? 結界の中だったんだ」
「それじゃあ、俺は適当に軽食でも作るよ。出来たら起こすからゆっくりしてな」
「ああ、お願いするよカイ君。そうだね……今日はパンが食べたい気分かな」
「あ! でしたら私もがお手伝いしましょう。実はですね、私は料理が出来るんですよ!」
とここで、アマミが自信満々な様子で提案する。その表情には『ここで自分がもっと役に立てるとアピールしておきましょう』という気持ちがありありと浮かんでいた。
大丈夫、ちゃんと魔車に乗せてあげますから。一緒に連れて行ってあげますから。
調理台に食材を並べていると、レイスが隣にやって来た。どうやらアシスタントとしてのポジションを奪われてなるものかと躍起になっている様子。うむ、大人げないお姉さん可愛い。
「パン、切り分けてくれるかい? 厚さは三センチ程度で」
「このパン……セミフィナルで購入したものですか?」
「そう。出来たてを収納したからまだふわふわだ」
そんな彼女にパンの切り分けをお願いして、こちらは具材の準備に取り掛かる。
今回は変則的なホットサンド。厚めのパンに切れ込みを入れて袋状にした後に、具を詰めて両面を焼くというもの。
となると、中に入れる具は小さめに切った方が食べやすいだろう。
そうして調理を進めている最中、ふと周囲の様子を見る。
手伝うと意気込んでいたアマミはどうしているのかと気になったのだが……ふむ、なにやら隅っこの方でごそごそしておる。
ちょっとかわいそうな気もするが……。
「気になりますか? 彼女の様子が」
「ああ、ここは敵地だ。念には念を入れるさ」
「ふふ、そうですか。私はてっきり、彼女が可愛いからかと」
「ははは、確かに可愛らしい人ではあるけれどね」
「……なんだか、少しだけ懐かしいです。イクスやスペルに似ていて」
「……そういえば、顔つきが少し似ているような」
「ええ。瞳の色も、髪の色も」
やはり、気のせいではなかったのか。
……聞いても、いいのだろうか。あの二人の事を彼女に。
レイスは、俺達と共に歩む事を決めた。けれども、沢山の子供達の親であったという過去を捨てたりはしない。ならば、その過去を探ろうとするのは……。
「……いいですよ、聞いてくださっても」
「ごめん、レイス。お願いする」
「そうですね……あの二人と出会ったのは、私が最初のお店を開く前の事です」
それはまだセミフィナル大陸の戦争が激化する前の事だそうだ。
店を作るための人手や材料集めに奔走していた頃、ある木材問屋を訪れた際に二人と出会ったという。
満足に食べさせてもらっていなかったのか、まだ幼い二人がやせ細った身体で木材加工に従事していたそうだ。
姉あるイクスは、その非凡な才能で魔法を駆使し、大量の木を加工していたのだが、妹のスペルはそこまで上手ではなかったようだ。
従業員に辛く当たられていたのを目にし、店を開くために溜めていた金を叩きつけて引き取った、と。
だが、それを目にしたイクスが、後日レイスに襲撃をしかけた。
自分から妹を奪った憎い仇だと、取り返そうと襲いかかったという。
「今思えば、あの子の強さは当時から私を越えていました。正直、スペルが止めてくれなければ私は負けていたでしょうね」
「それで、スペルさんの説得で彼女も?」
「ええ。どうやら木材問屋を脅して逃げ出したようです。元々、難破船と一緒に漂着していたらしく、その残骸の回収に来た問屋に一緒に……と」
「……となると、やはりこの大陸出身か……それについては?」
二人の過去が、俺が想像していたよりも重いものだった事に驚きつつも、彼女に話の続きを促す。
難破船……少なくとも海の外から来たのは確定のようだが。
「スペルはまだ幼く覚えていないようでしたが、イクスが言うには『自分達はあの場所にいてはいけなかった』とだけ。……ブライトの家名を持つという意味を当時の私は知りませんでしたが、やはり、あの二人は――」
「恐らく、王族の末裔だろうね。過去にこの大陸で何が起きたのか……」
イクスさんが詳しく語らなかったのは、余程の事があったのか、それとも、よく理解していなかったのか。
そういえば、彼女のミドルネームに『ダリア』と入っていたようだが、これは確か『ダリアが目覚めた年に生まれた子供に冠せられるもの』という話だったはずだ。
これについても、俺はまだ詳しくは知らない。まるで、普段ダリアが眠っているような言い方のようだが……今、アイツはどうしているのだろうか。
セミフィナルに来ていたというくらいだ。今現在、活動中だとは思うのだが。
気になる事が次から次へと出てくる。だがその前に――
「なんで君泣いてるの」
「話が聞ごえで……よがっだでずね、ぞの二人が優じい人に拾われで」
調理台の反対側で目を拭うアマミさん。
盗み聞きとは怪しいやつめ、こうしてくれる。
「ああ~! ダメ、ぐりぐりしないで」
「それで、どうしたんですかアマミさん。その手に持っているものは……」
「ああ~……あ、これは食後のお茶に、と思いまして、この辺りに生えている香草や植物、木の実をブレンドしたものです。これを煎じて飲むと、胃の働きを促進してくれます」
「へぇ、凄いな、この辺りにあるものでそんな物が作れるのか。じゃあありがたく頂戴するよ」
「ありがとうございます。そろそろこちらも料理が出来ますので、リュエを起こしてきてくれませんか?」
「分かりました」
彼女が後ろを向いた瞬間、アイテムボックスに茶葉を収納して調べてみる。
本当なら、こんな人を疑うような事、絶対にしたくないのだが……悪いな、アマミさん。
場所が場所だ、どうしても、な。
『アマミのお茶』
『サーディス大陸に自生するレンズベリーとヤツラギ草の根、複数のハーブを配合したお茶』
『胃腸の働きを活発にし、疲れを取る効果がある』
『また筋肉痛、打撲の治癒を早める貴重なハーブも混ぜられている』
『製作者の罪滅ぼしの気持ちが込められているようだ』
……罪悪感で押しつぶされそうになるんですが!
やっぱり激突した事まだ気にしているんじゃないですかあの子!
もういい、あの子はいい子だ、間違いない。
こんないい娘さんを疑わないといけないなんて、やっぱりブライトの一族は最低だな!
(´・ω・`)ブライトは氏ね




